お墓や仏壇って本当に必要ですか?

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生活・身近な話題

りあみっくす

40代女性です。

10代後半〜20代前半の短い間に姉、弟、実父を立て続けに亡くしました。
祖父母も同じ時期に相次いで亡くなりましたので、お葬式に出席した回数は相当なものでした。

年老いた祖父母はしかたがないとしても、まだ10代だった姉と弟、40代だった実父の死はかなりこたえましたので、その頃から宗教はもちろん神様の存在を信じないようになりました。

実家は浄土真宗です。
家族のお葬式はこの宗派でやりましたし、お墓もあります。
実家にはもちろん立派なお仏壇があり、先祖代々の位牌があります。

3人兄弟で残ったのは私はひとりになり、結婚もしてませんし子どももいませんので、ゆくゆくはお寺に頼んで永代供養してもらうことになるのだろうと思います。

薄情だと思われるでしょうが、私は家族の命日をはっきりと覚えていません。
例えば、6月下旬だったとかそういうことは覚えていますが、何月何日というのは思い出せません。
というより、あまりにも辛かったので思い出したくないのだと思います。

そのため、命日にお墓参りをする、仏壇にお線香を上げるなどということをしたことがありません。
もちろん家族を忘れることはありませんし、その気持ちがあればそれでいいのだと思っています。

それより、仏壇や位牌はあくまでも物でしかないのに大切にする気持ちになれないのです。

かといって粗末にはできません。
あるから大切にしなくちゃいけない、いっそのことなければいいのに、と思う私は本当にひどい人ですね(笑)

ユーザーID:2966705301

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  • 別に

    あなたが無宗教ならいいんじゃないでか?

    いつも心にある方が、命日だけとかお盆だけとか名目上の供養されるよりも…

    ちゃんと祖先を大事にしてるってパフォーマンスであり
    お寺を儲けさせるだけのパフォーマンスなんですから

    ユーザーID:6076065937

  • お寺に供養してもらってもいい

    菩提寺にお願いして、ご本尊やお位牌もお墓もすべて永代供養ということにしてもらうことができると思います。お仏壇も、仏壇屋さんなどでお焚き上げしてくれます。

    実母さんはご存命なのかなと思いますが、どこかのタイミングで、そうやって供養し、処分して気を楽にするのもいいと思いますよ。ほかのご家族にもんだいなければ、もうなくしてしまってもいいかも。

    わたしも自分や夫の実家のお墓、仏壇のことを考えると、自分は子どものためにどうしようかと思います。自分と夫の実家のお墓と仏壇はどこかのタイミングでなくして永代供養にするのがいいと思ってますし、自分については、没後しばらく納骨堂においてもらい、そのあと永代供養にしてもらったらいいと思っています。仏壇もお墓もいらないです。戒名もお葬式もいらないです。

    いま、お葬式や法要はどんどん簡略化しているみたいなので、いいかどうかはわからないですが、子どもの負担はへらしたいですね。

    トピ主さんはひどくないですよ。やさしいんですね。

    ユーザーID:5047804355

  • お気持ちわかります

    私は寺の娘として生まれました。祖父も父も寺の住職でした。 私は女なので世襲はしませんでした。
    寺は亡くなった住職の供養は次の代の住職が行います。位牌もお墓も寺で管理されます。

    ですので家には家族の墓はありません。
    祖母も母もバラバラに一人ずつの墓ですし、私がいなくなる前に永代供養をお願いする事になると思います。

    位牌はお寺の中にあり、世代が代われば勝手にお参りにも入れません。

    なのでお墓にも位牌にも執着のしようがなく、家に仏壇も持ちません。

    お墓参りはしますが。

    ですのでお墓や位牌に意味があるというより、生きている者の気持ちのためだと思っています。

    そう思わないと寂しすぎると言うこともありますが…。

    時々お墓を綺麗にしに行きますが、命日だからとかではなく、季節毎に適宜お掃除する感じです。

    先の事も見据え、またご家族の事を忘れず、ご自分の人生を生きていらっしゃるトピ様は、薄情などであるはずはありません。

    私も最後の一人になります。

    跡取りと言う考え方がなくなった今では、そういう方が沢山いらっしゃいます。

    ユーザーID:4731831307

  • 辛いのですね

    お墓や仏壇の存在までもが重いんだと思います(あなたの状態では)

    薄情なのでなくショックが強すぎて考えたくない程なのでしょう

    お墓や仏壇が心の拠り所という方もいらっしゃいますし
    個人個人の考えがあって当然でしょう
    故人への思いがそれぞれなのですから。

    でもトピ主さん、今は手を合わせたくないかもしれませんが
    今後もしゆっくりお花とお線香をあげたくなった時、ないというのも寂しくないですか?

    仏壇や位牌に魂入れを葬儀の時にしたはずですから ただのモノという意識ではないですね、私は。


    >いっそのことなければいいのに

    これはお墓や位牌でなく ご家族の死がなければ良かったのに、という思いでは?
    受け入れたくないのでは?
    何歳でも人の死を認めて受け入れるのは辛いものですよ
    受け入れられないなら受け入れなくても良いのでは?
    それだけ辛かったという証拠ですから位牌もお墓も大切にできる時期ではないという事だと思います

    お大事に

    ユーザーID:6692167110

  • 全然酷く無いです


    命日をはっきり覚えて無い理由を読んで
    それこそが一番の故人への供養だと思いました。

    七回忌とかもそうですが
    ただの慣習としてやるくらいならば
    無くても良いと思っています。

    宗教宗派に関係無く
    故人を偲ぶ思いが大切なのでは無いか、

    私はそう思います。

    ユーザーID:2765878737

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  • 同じです

    私も、命日とか仏壇にこだわるつもりはありません。
    そういうのって、結局普段忙しさにかまけて思い出さない人でも、それをきっかけにして
    お参りしましょう、という「かたち」であって、義務ではないと思うのです。

    私自身も、お墓に入るつもりはありません。灰を宇宙に撒いてもらうか
    海に撒いてもらうかして、特別に仏壇やお墓や位牌や遺骨を残す気はありません。
    そのかわり、空に撒いたなら空を、海に撒いたなら海を、眺めるときにふと
    思い出してくれればいいな、と思っています。それでじゅうぶんです。
    お墓参りだのお花の定期的な替えだの、子供や孫に負担をかけたくありません。
    子供たちがそうすることで癒されるというのなら、やるな、とも言いません。
    とにかく遺された者たちに負担をかけない、ただふとした時に思い出す程度で良い、と
    私も思っています。

    ユーザーID:6340516130

  • 人間が後づけした物

    わかります。私もそう思います。

    心から消えない限りいいのではないでしょうか。
    仏壇とかお線香とか、人間が後づけした物。
    (宗教的にはちゃんと意味があったりしますけどね。)
    今でも家族を大切に思ってて、頑張って生きてこられたんだし
    立派だと思います。

    ただ、諦めというか、そういう気持ちは持って欲しくないなと思います。
    結婚するしないとかどちらでもいいですけど、残された人生を精一杯生きて欲しいと思います。
    トピ主さんにとっての幸せを掴んで下さい。

    ユーザーID:1058961481

  • 宗教がらみで悩むなら

    素直に御住職に打ち明けられたほうがよいですよ。
    キリスト教に懺悔の間があるように、仏教も人の悩みを取り除く役割があります。
    そもそもが宗教が悩みや苦しみを解消する・緩和するためのものですから。

    自分もそれなりに年をとり、御住職の法話を聞く機会も増えました。
    その中にはトピ主さんのようなジレンマを抱えた人とのやり取りもありましたよ。

    話をしたり、説法をきいたところで全てが解決するわけではありませんが、
    気持ちの持ちようとか、もっと楽に考えてよいように教えてもらえるでしょう。

    ユーザーID:2075655988

  • よろしいんじゃないですか?

    私も父母・祖父母の命日なんて覚えてませんよ。「雪降ってたな」とか「夏で確か7月?」ぐらいです。

    仏壇・神棚・位牌のたぐいは、それらがあった親の家を処分したときに捨てました。そういうものの価値はそれを信仰する人の中にあるのだから、信仰しない私には無意味でしたから。

    ユーザーID:0567461287

  • ひどいですか?

    仏壇やお線香って、生きている人間が故人に何かする手段としてあると思うので
    それを必要としないのならそれはそれでいいのでは?
    人間、なんか対象がないとどうしていいかわからないものですから。
    私はお線香あげています。そういうのがないとどうしていいかわからないだけ。
    別に、トピ主がいらないと思えばそれでいいと思います。
    自分も結構自分の都合でお供えするので、命日とズレてたりもしますけど。あくまで気持ちの問題だから。
    お墓っているかな〜って私も思いますけどね。自分も跡がいないので、お墓つくっても仕方ないな…とか。
    高いお金出して、どうせ永代供養とか合祀とか無縁仏になるしかないのに、墓石屋やお寺に儲けさせるため?と思ってしまいます。
    というわけで、自宅に安置したままです。災害が起きたら持って逃げるの大変だけどね。

    ユーザーID:5314297830

  • キリスト教や神道なら仏壇は必要ないでしょうね

    ああいうのは生きてるひとのためにあるのです。実際は、そこに私はいません、ってやつ。千の風にもなってないと思うけど。

    ユーザーID:1114905639

  • 質問は何でしょう?

    ↓これが質問ですか?

    >お墓や仏壇って本当に必要ですか?

    別に必要ないです。
    葬送の儀式は人として区切りとして必要だと思いますが、お墓や仏壇は宗派によるものなので信者でない限り必要ないでしょう。

    ちなみにうちの母は遺言により散骨しました。墓はありません。
    遺骨の一部だけ、瓶に入れて机の引き出しの中にあります(笑)それで良いと母が言ったので。

    従来の形にとらわれず、貴女は貴女なりの“喪”の儀式をされると良いと思います。

    ただ、子供に「お祖母ちゃんのお墓は?」と尋ねられるときちょっと困ります。(引き出しだし・・・)

    ユーザーID:6772359917

  • そうですね。

    絶対必要かと言われれば、絶対必要ではないと思います。

    私も兄を亡くしました。
    命日は20年以上前なのにはっきり覚えています。
    その日やお葬式のお天気から、みんなどんな様子だったのか。
    誰がどこに座っていたのかも鮮明に覚えています。

    お墓や仏壇は確かに供養のためにあるものであり、宗教によっては仏壇はありませんよね。
    でも、私は亡くなった故人のためにあるという考えの一方、これらは私や残された人のためにあるという考えもあります。
    確かに主さんのおっしゃるように「あくまで物」でしかありません。
    でもその「物」は故人を思い、慈しむ対象のようなものにもなっています。

    これはあくまで私の考えですから、全ての人がそうでないといけないということではありません。
    でも私はお墓参りに行けば兄に話しかけ、仏壇に供えるのは「ほら、兄貴も食べなね。」と言った感覚です(もちろん、他のご先祖もいらっしゃるわけですが)
    信仰心があるわけではありません、私にとってはお墓や位牌や仏壇は兄のいる場所と言う感覚なのです。

    ユーザーID:5795093339

  • わかりますよ


    お墓や仏壇って本人たちではなく、残された者の為のものなんですよ。

    私も両親が亡くなって、姉妹でしたので、お墓は永代供養にしました。

    ただ、位牌は実家にあります。姉に相談もしましたが引取りには困った感じでした。

    私の考えとしてはご先祖あっての自分達だし、亡くなった=仏様になるわけですから

    何かしらの見守りはしていてくれていると思うんです。

    要は粗末にすると良くないことが起きるような感じですけどね。

    主さんのところはある意味特別なところかも知れません。お墓や仏壇の意味というか

    考えさせられる状況にあるんだと思います。

    私は思い悩んだ時、お墓参りにいきます。すると落ち着くと言うか、腑に落ちる時があります。

    そもそも、形式なことではなく、こういうことだと思うんです。

    きっと主さんも自分のおかれている状況にな迷いや悲しみがあるかと思います。

    お墓までいかなくても、いつでも思い出して手を合わせるだけでも気持ちは落ち着いてくると思います。

    ユーザーID:8503532555

  • レスします

    色々な体験をされて大変でしたね。
    そんな経験をされて、神だの宗教など信じられなくなるのも分かります。

    ただ、お墓のあるお寺の住職さんに今後を、相談に行ってもいいのではと思います。
    困った時は、誰の所へ行けばいいかを、考えてみればいいじゃないですか。

    ユーザーID:0041106625

  • トピ主さんの気持ちがわかります

    「仏壇や位牌はあくまでも物でしかない。大切にする気持ちはないが粗末にもできない」。同感す。私もほぼ同じことを考えています。

    私は末っ子なので、いずれは家族皆を見送ることになると思っています。その時には、親族のお墓や位牌などをなんとかしなくては、と今から(同じく40代です)考えています。

    永代供養や(希望の人には)樹木葬、海洋葬など...位牌や仏壇は、供養して処分(あまりいい言い方ではないですが)するつもりです。

    ものではなく、故人を思い出すことが大事なのではないでしょうか。それなら、写真と遺品を時々見て話しかけるのでいいのでは...。

    ユーザーID:1240035092

  • 私もそう思う

    私もお墓や仏壇など意味がないと思います。
    お金をかけるのは馬鹿らしいとさえ思います。

    そういうものが大切と思う人を否定する気はないです。
    価値観はいろいろでしょう。

    ユーザーID:9167164112

  • 私は処分してしまいました

    ご質問が「必要でしょうか」になってますが、仏壇や位牌はまだご実家にあるのですね?
    お母様が管理していらっしゃるのでしょうか。

    私も両親の命日、覚えてませんよ。
    仏教も別に信じていないので、どちらも処分してしまいました。

    父の位牌と仏壇は霊園に処理してもらいました。御焚き上げとかいうのをするとかで、2、3万円払った記憶があります。母が亡くなって、実家もなくなり、私は海外住まいなので、母の位牌は作りませんでした。

    一応霊園にお墓はありますが、亡くなった後に行ったことはありません。
    施設に入っている弟がいるので、弟が亡くなるまでは永代供養にはできないということで、管理料を払っています。

    お母様(?)が亡くなって、管理する人がいなくなったら処分してしまっても別にかまわないと思いますよ。
    燃えないゴミには出せないので、お寺か何かに頼まなければなりませんがね(ちょっと面倒くさいかも。お寺だとお金も結構かかるかもしれません)。

    ユーザーID:2218400209

  • そこは行き詰まりから解放される場

    自分の人生は思い通りにならないことばかりです。思い通りにならないからこそ苦しみ悩むのです。あなたの家族が早い時期に亡くなったことがそうです。我々は個々に計画を立てて生きるのですが、実際には計画通りにならないものです。我々は、何かそういう自分の思い通りにならないものに取り囲まれて生きているのではないでしょうか。

    言い方を変えれば、そのこと自体が行き詰まるのではなく、思い通りにしようとする心が行き詰まるのでしょう。自分の計画が間違って行き詰まっているにも関わらず、そう考えることが出来ない自分なのです。このような時、仏壇やお墓を頼みにして何とかしてもらうと思っても、どうにもならない現実に直面するため、そんな物は自分にとって不要と考えるのです。

    もしも自分の計画が行き詰まった場合、どのように見直していけば良いのか、自分で気づいていくしかありません。そのためには、何か「この世」を越えたところから降りてくる働きに出会うしかないでしょう。そういう働きに出会う場所として仏壇やお墓があり、そういうことに自ら気づくためにお参りをするのでしょう。トピ主さんの行き詰まりが解放されることを願って止みません。

    ユーザーID:5423131998

  • 私もずっと思ってきた

    死んだ人に敬意を払うべきだとは思うけどず〜っとお墓やらなんやら作っていたら地球上お墓だらけになっちゃうよね〜、なんて。
    私は母と確執があって父のお墓がどこにあるか知りません。
    今風のロッカー形式のお墓らしくて。
    でも、父のことは思い出しているし話しかけたりしているし…そこにお墓がなきゃ出来ないことだとは思っていません。

    私自身は樹木葬とかいうのにしてもらおうと思っています。
    だって、地球から産まれて命をはぐくんでもらってきたのだから最後はまた地球に吸収してもらったらいいっていう感じ?

    お墓って…作りたい人が作ったらいいと思う。

    ユーザーID:1517645482

  • 生きている人の気持ち

    墓や仏壇は生きている人の心の拠り所と思えば必要です。
    お若い時に姉弟や実父を亡くされてさぞ苦しい思いをされたことでしょう。心が折れる事もあったでしょう。
    その人の寿命は年齢ではないです。魂順なので「今日が最期の日」になるのが誰なのかわかりません。

    命日を覚えていないということは、宗教を信じていなく供養をされていないので覚えていないのでしょうか?それともショックが大きく覚えれないほど酷かったと思えます。

    生涯独身でいるなら、ある程度の年齢になったら生前契約をする必要があります。残された遺族が何処に納骨したら良いか悩みます。
    墓参りや仏壇に線香を上げるのも、生きている人の気持ちです。
    亡くなられた家族を忘れない気持ちで十分だと思います。
    仏壇や位牌が負担になれば時期を見てお寺や仏壇専門店に相談された方が良いです。

    ●●しないといけない気持ちを捨てて下さい。気持ちが楽になります。宗教は信じる信じないはその人自身の気持ちです。自分はどうしたいのか冷静に考えて他人や世間体を気にして自分らしくない行動をすることは辞めて下さい。

    ユーザーID:1177284864

  • 同意です

    45歳で同い年の夫が急逝しました。
    夫の両親は末っ子同士でしたので、本家のお墓に入らず自分たちのお墓を購入予定でしたが、それより先に息子の死。
    墓はわたしが購入し、舅の名で建立しました。いずれ舅姑が夫と一緒にはいることでしょう。
    舅姑や義やわたしの実母はことあるごとに墓参しているようですが、わたしは法要のときだけ訪れるだけです。(管理がしっかりしているため手入れなど不要)
    だからといって、夫のことを忘れたわけでもないがしろにしてるとも思いません。いつも一緒にすぐそばにいてくれてると思ってます。
    今や日本国内だけでなく世界に出て仕事をすることも多い現代では子どもたちに墓守をお願いするわけにもいかないでしょうし、させる気もありません。
    ただ、「形のあるなにか」に縋ったり祈ったりすることが自分の心の安心や安定に繋がる人がいることも事実です。そういう人たちのために墓や仏壇はあってもいいと思います。

    ユーザーID:0829887847

  • 手を合わせる形として持っています。

    私は生後まもなく父親、20代前半で一人の姉(20代前半)の事故死、30代半ばでたった一人の家族母親まで亡くし、実家族はいなくなりました。
    (当然その間にも双方の祖父母なども亡くなりました)

    早くに亡くなった家族の事を思えば、墓を守るのは私しかいないのと、朝晩手を合わす形の仏壇は(母から譲り受けた物)あります。
    残された私の義務でもあると思います。
    幸い結婚して子供もいますが(主人も数年前に亡くなり)、おそらく私が亡くなればお墓の存続は無理と思うので処分をして永代供養するように子供に伝えてあります。

    大きな仏壇も必要ないので、場所をとらない様な形だけの物にでもして毎朝お水だけでもあげて欲しいかなと思っています。
    心で思うだけで十分なのですが、手を合わす行為は自分自身が落ち着く(瞑想)できる瞬間でもありますね。

    亡くなった祖父母、両親(ご先祖様)がいての今の幸せな自分がいると思っているので(古い人間です)感謝の意味でも朝夕仏壇へ手を合わす事になります。

    色んな形もあって良いと思いますよ。
    でも命日くらいは覚えていて欲しいかなと・・

    ユーザーID:9004603846

  • 量産品

    仏壇や位牌は大量生産なので
    たんなる製品ですよね
    墓石だってコンピューター制御の機械
    で削る時代ですから、そうなると

    気持ちだけの問題なので

    必要かどうかは、人それぞれということになります

    ユーザーID:8525885275

  • トピ主さんに限らない悩みです

    同じような立場の人は多いはずです。トピ主さんに限らない悩みです。 
    運命なのだから、どうしようもないと思います。

    >お墓や仏壇って本当に必要ですか?

    核家族の時代なのでお墓や仏壇を持たない人は多いと思います。 多分、無いままなのでしょう。
    ビルの中に小さなお墓を持つお寺が都会には幾つもあります。そんな時代。
    トピ主さんは、実家にお墓や仏壇がある。 必要かどうか問うまでもない人のはず。

    ユーザーID:6193602687

  • よくわかりますよ

    3年前 義母が突然の事故で他界。
    主人の実家には 大きな仏壇とご先祖様の位牌があったようですが それも なくなり。

    恥ずかしながら 50を過ぎて 初めて自分が関わった通夜葬儀でした。
    その後 49日 納骨 1周忌と。

    仏壇も買いました。
    今は後悔しています。
    うちも子供がいないので 将来どうするのか。

    位牌は どこかお寺に永代供養として 納めることもできるでしょうが 仏壇は。
    実家でやはり 同じ問題が。
    仏壇専門店が引き取ってくれました。

    主人の両親のお墓は遠方にありますが 私たちが入るころ
    共に 平均余命を全うすれば 一人でお骨を持って行けません。

    近くのお寺に永代供養と決めました。

    お盆は 普通に 簡単ながら 小さい灯篭と棚にお供えをします。

    年忌の供養も 私は お寺への奉仕としか思えません。
    義母の命日 主人が 仏壇に手を合わせているのを見て思い出しまた。
    3年経てば 悪いけれど 忘れてしまいます。
    それでいいと思います。

    お彼岸 お盆に 初物の果物を買った時 お供えする程度で
    充分だと。

    仏壇は 要らないと思います。
    長々すみません。

    ユーザーID:9786852008

  • 振り回されたくない

    私は仏壇やお墓のない、分家家庭で育ちました。 だから、法事など行く事はあっても、あまり生活に関わりなかったです。だからといって、亡くなった祖父母を忘れるという事はなく、色んな思い出は大切にしています。 しかし結婚した夫の家は、仏壇、お墓、先祖を一番に考える家庭です。
    育った環境からか夫も、そのような考えです。この違いは埋まらないですよね。私からみたら、裕福ではないのに、大きな仏壇の手入れにお金をかけ、親戚とも疎遠なのに、なん十回忌もの法事を、自宅でしています。私達は実家とは離れた他県に住んでるため、法事はお寺さんが来るだけです。親戚もきません。
    私は形だけって気がします。気持ちがないのに、ただ長年の付き合いでお寺さんを断れない。私は息子が将来どんな生活をするかわからないけど、法事やお墓のために、お金に困ったり自分たちの生活を犠牲にしてなんて、ほしくないです。遠く離れていても、心で想ってくれたら十分。旦那には全く伝わらないです。先祖のおかげで自分たちがある!だそうで、非常識な嫁なんだと思います、、。 皆さんどうなのか私も知りたいです。

    ユーザーID:9240753674

  • 心で思っているなら

    トピ主さんおつらいとおもいます私は弟はいますが祖父母夫や自分の両親や叔母を立て続けなくしました50代既婚女です

    ご自分の入るお墓あるのであれば必要ないとおもいます

    なくなった叔母は祖父母の写真の前にお水とお茶を供えてました お鈴がありましたけど仏壇買ってませんでした

    仏壇あってもお祈りしなければなにもなりません

    私は般若心経を覚え毎朝なくなった父母祖父母に向かい唱えていた時期もありました

    浄土真宗であれば 南無阿弥陀仏で良いのでは?

    私も最近命日気にしだしました

    悲しみ深い時は難しいとおもいます

    ユーザーID:5588068153

  • それでいい

    仏壇や位牌、墓は残った人の心のよりどころです。
    私は月2回くらい墓参りし、亡き父母と語り合います。
    面倒でしたら所属宗教のルールに沿って処分すれば気持的に楽です。
    葬儀そのものも多様化してるし墓をつくらない人も増えています。
    葬儀なんて宗教家がつくった行事です。
    それが証拠に宗教によってさまざまな葬儀があります。
    なかには鳥葬なんてのもあり遺族は大真面目です。
    ただ、親戚などと対立しないようにくれぐれもご注意してください。

    ユーザーID:1129533688

  • レスします

    モノは考え方ひとつで人生は決まります。



    トピ主の親や先祖は墓の中で嘆いていることでしょう。

    私は親の命日には必ず墓前にいってお線香を炊いてきます。命日を知らないとは酷い人ですね。

    私は先祖代々のお墓を大事にして生きています。

    ユーザーID:5494077110

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