父が末期の癌、私はこれからどう向き合えばいいでしょうか

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睦月

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トピを開いていただきありがとうございます。私は結婚3年目の30代主婦です。東京出身の夫とは私の地元で出会い、その後結婚と同時に転勤で東京へ引っ越してきました。飛行機の距離にある実家には、弟家族と両親が同居で暮らしております。

先日めずらしく弟から電話があり、父が末期の癌であることが発覚したと告げられました。肺がんで、ステージは4、既に腰椎に転移しており、手術は不可能。今後はセカンドオピニオンを受けつつ、化学療法になるだろう、とのことでした。まだ60代前半、健康には人一倍敏感で、ゴルフやウォーキングを日課にし、こまめに人間ドックや検査もしていた父がまさか、そんな病気になるなんて、晴天の霹靂でした。父はもちろんのこと母も非常にショックを受け、私への連絡は弟が担ってくれたそうです。

その後私も直接両親と電話で話し、父も母もショックではあるがもうどうしようもないこと、旅行好きの父はとにかく身体が動くうちにどんどん旅行へ出かける、と言っておりました。母は涙声でしたし、父も声に覇気がなく、聞いてる私も非常に辛かったです。両親は昨年100歳になる祖母(父の母)を送ったばかりで、祖母の世話のぶん遠出出来なかったから、とここ最近は海外や国内によく旅行に出かけておりました。東京に住む私たち夫婦のところにも何度か遊びに来てくれました。この春にも一緒に温泉に行ったりして「睦月が遠くに嫁に行って寂しいけど、これからどんどん遊びに行く」と言ってくれた、その矢先です。

私は在宅で仕事をしており、収入こそ少ないものの時間の都合がつきやすい&パソコンさえあればある程度対応できる仕事のため、夫の勧めもあり今後はこまめに実家に帰省しようと思っています。今はそのくらいしか、思い浮かびません。

同じような体験をされた方、参考にいろいろお聞かせください。

ユーザーID:0108242030

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  • 運命

    お辛い気持ち十分わかります。

    肉親の健康に異変が起きると気が動転するのは誰も一緒です。

    私は人生は長生きだけが幸せだとおもわなくなりました。

    人間は産まれれば必ず死にます。

    どういう形で死ぬかは運命が決めてくれます。

    運命が決めてくれたことには従うしかないと思っております。

    安らかに眠りにつくことを祈るしかありません。

    ユーザーID:2603376122

  • あきらめないで!

    お父様のこと、お見舞い申し上げます。

    うちの父も末期の腎臓ガンでした。
    発覚した時は体中に転移してて、あと2ヶ月もつかどうか・・・と、言われました。
    でもそこから3年頑張ってくれました。
    最終的な死因はガンではありませんでした。(薬による副作用かもしれないのですが・・・断定は出来ませんでした。)

    ガンは免疫に左右されるというのは本当だと思います。
    本人が日々楽しく充実した時間を過ごせば、免疫力が上がってガンを消していくかもしれません。
    どうか希望を持って、お父様の体力に合わせて楽しくお過ごしください。

    ユーザーID:8350495743

  • ご心配ですね

    でも実家に夫婦揃って居ることだし、弟家族も同居していることだし、貴女は自分の出来る範囲で援助していればいいです。

    末期癌というと明日にも死にそうと考える人が居るけれど、あんがい5年くらいはぜんぜん大丈夫です。

    お父さんは定年後、これから余生を楽しもうとしていたのにお気の毒です。

    貴女はまめに帰りすぎないこと(笑)まずは自分のいまの家庭を第一に考えることを忘れないで下さい。

    ユーザーID:4234818474

  • できるだけいっぱい会ってあげて下さい

     お察しします。
     私の主人も33歳で母親を癌で亡くしました。
     あまり頻繁に見舞いに行ったら「深刻な病気なのかと思わせてしまう」、との思いで(未告知)あまり顔を出さなかったようで、20年以上たった今でも「もっと顔を見ておけば良かった」と悔やんでいます。
     トピ主さんのお父様はご自身のご病気をご存じな様子なので、出来る限り顔を見せてあげて下さい。

     また、これは患者さんの意思にもよりますが、今から思えば手術+化学療法で消耗していくのを見るよりも、「心構えをして告知をし、ホスピスで穏やかに過ごさせた方が良かったのかも」、とも言っていますが、あくまでご参考まで。
     皆さんが心安らかに過ごされますように。

    ユーザーID:4490556017

  • 穏やかな余生を

    寿命がわかるということは
    交通事故などで急逝される方よりは
    ある意味、余生を充実してすごせます

    うちは紆余曲折はありましたが
    最終的には自宅で緩和治療をうけながら
    眠るように息をひきとりました

    最後に意識があったときは
    次兄の息子の冗談に笑っていたそうです

    手術や化学療法は本人の痛みを伴います
    場合によりけりですが
    様子をみながら緩和治療に移行する英断が必要です

    病院によっては緩和治療に後ろ向きなところがあります
    その場合は転院、もしくは自宅で末期のケアを丁寧にサポートしてくれる医療団体もありますので
    考えを広くもたれますように

    ユーザーID:6058619686

  • ちょくちょく行って上げて下さい

    50代のおっちゃんです。去年の今頃、義父に脳腫瘍が発覚し、その時点でもう完治の見込みはなく、今年の五月の連休に亡くなりました。関東住まいで妻の実家は九州ですが、二ヶ月に一度くらいお見舞いに行ってました。それくらいしか出来ることはなかったです。

    妻は三人兄弟の長女で、妹と弟は地元なので、毎週末にはお見舞いに行ってました。危篤と知らせがあった時、妻はすぐに家を出て、病院まで6時間程かかるのですが、義父は妻が来るまで持ちこたえていて、顔を見た後は意識がなくなったようです。

    亡くなる直前、もう意識はなかったようですが、義父は満面の笑みを見せたそうです。いい死に方だったと妻は言ってました。すべてから解放されたんでしょうね。

    ユーザーID:4753009972

  • 大変だけど

    お父様のことお見舞い申し上げます。

    私の父は4年前に大腸がん末期と診断されました。
    私も両親と離れて暮らしていましたが(片道4時間)、診断されてからは毎週末実家に帰省していました。
    3か月くらい経った頃に父が、大変だろうからこれからは1か月に一度くらい顔を出してくれればいいよと言いました。
    その時、両親ともに少しは落ち着いたのかなと思ったのを覚えています。
    逆に言えば、それまでは私が毎週帰省するのを待っていたんだろうなとも思います。
    なので、主様も大変でしょうけれど、まめにご両親に顔を見せるのは喜ばれるのではと思います。
    お父様だけでなくお母様も不安なお気持ちでしょうから。

    それとうちの場合は、娘と一緒にでかけるということがうれしかったようなので、
    ご旅行はもちろん、ちょっと買い物やランチというだけでも、体調が許す限り一緒に出かけられたらいかがでしょうか。

    どうか主様もご自愛くださいね。

    ユーザーID:9454447941

  • 普段のままでいい

    50代男性です。

    特別なことはできないと思います。
    でもそれでいいのではないですか。

    もし自分が父親の立場であれば、
    そっと成り行きに任せ、自然体のままがいいです。
    逆に気を使われてたり、子供に仕事や生活の面で
    迷惑を掛けたくないと思うでしょう。

    お父様はきっと、もう自分の寿命なんだと覚悟を固めています。
    むしろ若い世代が元気であってくれることが一番の励みに思うはずです。

    それとご自身のためにも
    旅行好きのお父様に一度旅行に付き合ってあげたらいかがですか。
    それで十分だと思います。

    ユーザーID:4986198777

  • 悔いの無いように

    はじめまして。ご心中お察しいたします。
    私は母を11年前に肺線癌で亡くしました。イレッサという薬の効能が騒がれていた頃です。
    初診でステージ3と判断され、リンパ節にも転移しており手術は不可能でした。
    放射線と抗ガン剤投与で3年程生き延びました。

    お父様はステージ4との事なので、色々と急がれたほうがいいと思います。
    抗ガン剤や放射線治療で体力と免疫力は下がりますから、急変もあります。
    体験から色々とお伝えできますが、内容がキツくなりますのでこの辺で。
    ご希望があれんばまた書きます。

    お大事に。

    ユーザーID:4422823461

  • 悔いのないように

    私も父を肺がんで亡くしました。

    父は手術不可能と言われても「俺はすぐ治る」と言い、
    ちょっと昔の話でも聞こうものなら「お前は俺を殺す気か」と怒りました。
    それでも車で4時間の距離でしたがなるべく顔を出すようにしていました。

    子供が冬休みになったら実家に長居しようと2週間帰らなかったら、終業式の2日前に容体が急変して亡くなりました。
    最期も看取れずもっと親孝行すればよかったと後悔ばかりです。

    どうか悔いの残らないように

    ユーザーID:0207486262

  • 経験を言うなら

    お気持ちお察しします。ご心配ですね。そんなにそうそうお見舞いにも行けないでしょうし…

    自分のできる範囲で、自分がつぶれないようにお父様を支えるしかないかと思います。
    電話やお見舞い、お母様への精神的なフォローと、
    家の設備や保険など物質のフォロー、
    やり方はいろいろありますよね。
    思い出づくりの旅行もしかり。

    8年前、父が脳腫瘍のグレード4、余命1年と診断されました。
    既婚で海外出張のある兄と比べて
    私は独身で比較的身軽に動けたため
    シフト制の休みをある程度固定させてもらい、
    亡くなる少し前まで半年間位、週に一度通院に付き添いました。

    車で20分あれば行ける病院でしたが
    公共交通使うと通院だけで半日仕事。
    付き添う母が運転できなくて
    毎週タクシーを使ってたのですが
    それもきついなあ、ということで…
    往復100キロを毎週車で走るのは私も正直しんどかったですが
    (一人で父の在宅介護をしていた母には申し訳なかったです)
    これくらいしかできませんでした。

    方法は何であれ、
    こうしてあげれば…と後悔しないように
    お父様との時間を大切になさってください。

    ユーザーID:7543081413

  • トピ主です

    短い間にレスを頂きありがとうございます。
    同じような体験をされた方も多く、とても勉強になります。

    現在これを書いてるのはもう夜中なのですが、寝ようとすると覇気のない父の声が思い出され、色々考えてしまって眠れません。皆様のレスにお返事を書くことも考えたのですがまとまらず、泣き言になりますが、もう少し自身のことを書かせてください。

    実家で同居してる弟は医療従事者ではありませんが医療関係の国家資格を持っております。病との戦いは本人にしかできませんし、具体的に何かできるわけではありませんが、彼がそばに居る事で両親も心強いと思います。

    一方長女である私は、好きな勉強をし、我が儘に大学に進み、好きな仕事に就き、婚期を逃すのかと散々親を心配させた挙げ句、遠方に嫁いだ、親不孝な娘です。遠方への転勤は夫の仕事の都合ではありましたが、同じく同郷からこちらに嫁いだ知人に「お互い親不孝だね」と言われた言葉が、こんな状況になって身に染みています。

    悔やまないように、というレスを大多数いただいているのにもかかわらず、もう私は悔やんでしまっています。

    ユーザーID:0108242030

  • トピ主です

    家族の中でも私は「自分勝手な娘」でした。弟は両親が私を甘やかすと愚痴り、母は父が私に甘いと愚痴り、実際父は私には非常に甘かったと思います。

    怒鳴られたり叱られたりはもちろんしていますが、待遇が甘い、というのでしょうか。

    私の進学の際、母の猛反対を諌めたのは父でした。夫の転勤が決まり、遠方に嫁ぐことになった際も「これで夫君がハードワークからデスクワークになるなら親として逆に安心する」と送り出してくれたのも父でした。それでも帰省したあとは「睦月がいないと寂しいね」と母にもらしていたそうです。加えて最近では私たち夫婦になかなか子供ができないことを嘆いていたそうで、そんなところまで私は親不孝です。

    夫とは、そろそろ、と思っていた子供を、できるだけ早く授かるように努力しよう、という話になりました。年齢も年齢ですので簡単にはいかないかもしれませんが、もう私にできることはそのくらいしかありません。

    ああ、夜中に書くと、どうしても暗い話になってしまいますね。

    ユーザーID:0108242030

  • トピ主です

    泣き言をたくさん書いてしまいましたが、私の悲しみや悔やみは私自身がどうにかすればいいことですね。とにかく父には、身体の自由がきくうちに父のやりたい事を、少しでも少しでもできるように。親不孝なかわいい娘に、できるだけ会えるように。交通費などの面で夫に負担をかけないように。私も日々の仕事を頑張ろうと思います。

    引き続き、良ければ同じような体験をされた方のお話を聞かせてください。まだ周囲には一切知らせておらず、実家の皆と私の夫しか知らない事なので、私もこうした匿名の場所でしかお話を聞く事ができません。どうか、よろしくお願いします。

    ユーザーID:0108242030

  • ご両親の意志を尊重して上げて下さい

    お辛い事と思います。
    私も身内も含めて数人、同じような状況を経験しております。
    ある身内には「癌は告げても末期は告げない」中での介護でしたので、先の話を
    されると非常に辛かったし、「「もうすぐ死ぬ人」と言う目で見ていないか」と
    怖かったです。
    トピ主さん達にはまた別の辛さがあるでしょう。

    正直出来る事はそんなに多くはありません。
    ですから、お父様ともっとも近くで介護されるお母様の意志を尊重して上げて下
    さい。
    具体的な話を一つすると「最期までの時間をどこでどう過ごすか」でしょう。
    自宅介護はもちろん大変ですが、今や、多くの病院は末期であろうとも長期入院
    は難しくなっております。ホスピスの存在もあります。
    各々に長所と短所がありますので、医師やネット等で情報を集めてみて下さい。

    個人的には「余命宣告よりも長く保った」系の話には拘らない方が良いと思います。
    高齢者の末期で予想以上に保つ方はほとんどいらっしゃらないでしょう(宣告通り
    で亡くなった遺族はあえて言いませんし)
    延命治療は「どういう状態を生きていると思うのか」を問われる治療でもあります。
    ご本人の意思を尊重して上げて下さい。

    ユーザーID:8967705241

  • 自分を責めないでください

    こんにちは。昨日も書き込みした者です。

    過去に色々とあったようですが、そんなに自分を責めないで下さい。
    できることはまだあるし、あなたにしかできない事もきっとあるはず。
    過去よりこれからを大事にしてください。

    治療に入ると外出も難しくなるし、場合によっては容姿も変わります。
    肺の病気なので会話も難しくなっていくと思います。精神的にも不安定になります。
    まだ気力と体力があるうちに楽しい思い出を作る事をお勧めします。(お父様のご意向を汲んだ上で)

    結婚されて実家から出ていらっしゃるそうなので、どのような形で看病に関わるかは分かりませんが、
    関わり方、対応ひとつで今後のご家族の関係にも影響する場合もあるので気を付けてください。
    私の身内でちょっとありましたので。主さんのご家族にはそのような事は無いと思いますが、老婆心ながらすみません。

    ある日、私は母に「母ちゃんの好きな花ってなに?」と聞き、
    少し恥ずかしそうに母は「ラナンキュラスだよ」と。

    病気にならなかったら聞かなかった母の好きな花。
    これが闘病中の唯一の母との良い思い出です。

    ユーザーID:4422823461

  • できるだけ会う

    他の方のレスと同じですみません。
    でもできることはそれしかない気がする。

    もちろんお子さん(お父様にとってのお孫さん)ができたら、
    喜んでもらえるし、「1日でも長く」という希望になると思いますが、
    やっぱりいちばんは、家族で一緒に過ごすことです。

    わたしも母を見送りました。
    癌患者の看護は(付き添いだけであっても)大変だし、
    看護する側も心も体も辛いです。
    (最後は脳に転移して私達のことも分からなくなりました。
    でも子供に戻ったみたいな母も、今思えばかわいかったですが)

    なにをどうしても、後悔は残ります。
    でも一番辛いのは病気の本人、そして配偶者ですよね。
    ただただ、側にいてあげてください。
    お母様のことも支えてあげてください。
    お父様に、「お母さんのことは心配ないよ」と言ってあげてください。
    足が痛い、腕が痛いと言ったら、さすってあげてください。


    辛いですね

    ユーザーID:0490308674

  • 私は

    母を肺癌で5月に亡くしました。初期と言われていたのに再発し闘病4年めでした。お辛い気持ちはわかりますが1日1日をなるべく笑って楽しく過ごせるよう努めて下さい。そしてお父様に感謝の気持ちを忘れず伝えましょう。

    ユーザーID:6419867228

  • どうぞ、お父様とたくさんお話をなさってください

    同じ症例でも、進行の仕方や症状の出方は
    様々ですが、実体験としてこんな思いを持つ者が
    いるということをお伝えしたく、
    レスをさせていただきます。

    まだ60代だった父が、あまりの腰痛の激しさに
    受診をした時には、すでに脊椎の何カ所にも
    ガンがとりついている状態で、ステージは4。
    手術・抗がん剤とも適用できず、
    入院5か月で無くなりました。

    父は、入院後ほんの1か月ほどで、ガン性脳症による
    認知症の症状が出て、正常な会話が出来なくなりました。
    私は、ガン患者さんの多くが、体の寿命より先に、
    知的な働きに障害が出ることを知りませんでした。

    また、あらためて父と真面目な話しをすること自体、
    父の命を見限っているようにも感じ、お見舞いに行っても
    冗談のようなたわいもない話で、お茶を濁していました。

    どうして、まだ会話が成立するうちに、勇気を持って、
    父と向き合い、父が言いたかったであろうことを聞き、
    私が伝えたかったことを言わなかったのかと、
    13回忌を迎えようとする今も後悔しています。

    ユーザーID:0659908975

  • 仲良し親子なら

     親子関係良好と拝察します。
     お父様のお体の動くうちに、旅行などいろいろ思い出を作ってください。
     外出外泊がままならなくなっても、差し入れなど、できるだけ。
     やればやるほどよいものです。
     愚母、食道がん発覚後2か月で亡くなりました。
     皆様おっしゃられることと同じようで差し出がましいのですが、経験から。

    ユーザーID:7722919289

  • トピ主です

    引き続きレスをいただきありがとうございます。

    その後母・弟より連絡がありまして、両親はふたりとも落ち着きを取り戻し、現在は治療やこれからの生活にも前向きになっているそうです。父は様々な本を買い込み、食事や生活など、少しでも長く、免疫を上げる生活を目指すとのこと。弟夫婦も免疫の本などをプレゼントしたそうです。癌患者特有の症状で足先が冷えるそうなので、私も冷え取りソックスを贈ろうと思います。

    実は同居の祖父(父の父)も最後は胃がんで亡くなっています。看護はとても大変でした。また父の従兄弟の息子さんも40代という若さで癌に命を奪われています。この病の非情さ、周囲の苦しさを、父自身がいちばん身をもって知っているのだと思います。それでも前向きに…というか、病と向き合おうとする父は、やはり凄いと思います。

    私は実家から出ている身ですし、距離的にも出来ることは少ないので、父はもちろんのこと、伴侶である母と、実家を継いでいる弟の意志に従う形で、これからも従っていこうと思います。

    ユーザーID:0108242030

  • トピ主です

    ダーツ様、何度も書き込みをいただきありがとうございます。お母様を見送られたとのこと、お辛い想い出を書いてくださり、ありがとうございます。

    >過去よりこれからを大事に

    本当にその通りですね。これからの父との時間…というよりは、実家の皆との時間を、大事にしていこうと思います。

    >私の身内でちょっとありましたので

    これは私も懸念しています。私と弟は普通の仲の姉弟ではありますが、いかんせん今まで「普通の仲の家族」が揉める姿を、親族の葬儀や、自身の祖父母の介護・看護の場で見て参りました。

    私の実家は本家でして、そういった事からも、父にもしものことがあった場合は色んな所から口出しがあるだろうと思われます。姉弟間で揉めてる場合ではありませんし、幸い弟は私よりもしっかりしていますので、彼が居る限りは大丈夫だと思います。ただ弟に任せきりではなく、私もどういう形で父のこれからに関わっていくのかは、慎重に考えています。

    私の希望はあくまで、父が望むように、その次は伴侶である母、あるいは跡取りである弟が望むようにしてもらうことです。その中で自分ができることを見つけていこうと思います。

    ユーザーID:0108242030

  • こんばんは

    トピ主様。こんばんは。
    個別にお返を頂きありがとうございます。
    とても冷静にご判断されているので安心しました。
    お父様に一日でも長く穏やかな日々が続きますことをお祈りしています。
    残暑とか台風とかありますが気つけてください。
    しばらくこのトピは見守り続けたいと思います。
    では。

    ユーザーID:4422823461

  • 4月に父を亡くしました

    私も実家から飛行機の距離の遠方に嫁いだのですが、嫁いだ直後、父に大腸がんと肺がんが見つかりました。父の意志で治療せず家で静かに過ごす事になりました。

    私は不妊治療のため専業主婦だったので夫の理解も得て、2〜3カ月に一度は実家に帰って、弱っていく父に会い介護する母の話相手をしていました。
    その生活を一年半続けたある日、突然危篤を迎えて眠るように亡くなりました。

    実家から離れて親不孝…と思う気持ちは分からなくもないですが、今幸せであると伝えて、顔を会わせて差し上げる方がお父様は喜んで安心してくれるのではないでしょうか?

    あくまでも私個人の意見ですが、弱っていく父を見るのは悲しかったし、夫に泣きついたりしましたが、一年半かけて父を見送る心の準備が出来たのかな…と思っています。いつか来る母のその時の覚悟も…。

    トピ主様、お辛いとは思いますがご家族と気持ちを共有して、お父様を支えて差し上げて下さい。

    ユーザーID:3894274926

  • トピ主です

    引き続きレスをいただきありがとうございます。お盆という事で帰省しておりました。病のことがわかる前から、今回は長めに帰省しようと決めていたので、ゆっくりと実家の家族と過ごすことができました。癌が進行しているからなのか、そもそも気管の弱い父が癌のショックでそうなっているのかはわかりませんが、咳き込んだりすることも多くヒヤヒヤしましたが、おおむね普通の生活を今は送っています。

    どうすればいいのかなあと考えた挙げ句、とりあえず癌のことは脇に避けておいて、夏の想い出づくりに励みました。みんなで釣りに出かけたり、BBQをしたり、お墓参りをしたり、普通の夏を過ごしました。

    そのなかで、父の夢は空港で私と夫と、私たちの子供を「おかえり」といって迎え、一緒に釣りへ行くことなのだと聞きました。

    私も夫も、やはり自分たちが父を幸せな気持ちにするために出来ることはそこなんだなと再認識できました。

    ユーザーID:0108242030

  • トピ主です

    今回の帰省で私にも心境の変化がありました。ここまで、たくさんのお辛い経験をなさった皆様が「悔いなきように」と書き込んでくださいました。緩和ケアや様々な情報収集をすすめてくださった方もいらっしゃいます。

    ですが、私はどうしても「死の準備」に気持ちを向ける事に抵抗がありました。父の病やその死に目を向けたくない、認めたくない、という訳ではありません。生きる父が目の前におり、本人も長く生を望んでいるいまこの瞬間に、死に方、送り方、最後の姿を想像しながら過ごす事は、そういった事柄を引き寄せてしまうような気がしてならないのです。

    父も母も少しでも長く、ということを望んでいるいま、娘の私ができることは、その望みが叶う事を信じ抜く事だと思っています。

    癌と戦う生き方だけではなく、「生」から始まった人生の最終地点はやはり「死」なのかもしれません。が、そこへの道のりや時間は生きる人間自身が決めること。病を得た父が、死ではなく生に気持ちを向け、毎日を楽しく幸せに過ごす事にこそ、私は意味があるのだと思います。

    ユーザーID:0108242030

  • トピ主です

    父の病のおかげで私自身も生き方や幸せの定義を再確認させてもらった気がします。人は皆等しく死にゆく生き物であること、日々の生活がいかに平和で幸せなものであるのかということ、だからこそ毎日を幸せに充実した気持ちで楽しむことがいかに大事か。癌は強大で凶暴な病ですが、故に強烈にそのことを認識させてくれました。

    私は父が生きる事を望みます。父自身が生に目を向け生を信じる事を望みます。そうして父の夢である「空港で孫を迎える」ことが叶うのを信じています。その姿を想像すると、私も幸せで温かな満ち足りた気持ちになります。

    私はいま、変な話ですが、癌に感謝すらしています。私に幸せとはなにか、生きる事とはどういうことか、教えてくれたからです。

    そして、私を育ててくれた…というか、現在も育ててもらってるようなもんですが(笑)父にも母にも、私に幸せをくれる夫にも夫の両親にも、頼れるしっかりものの弟にも義妹にも甥っ子にも、友人や知り合いにも、そしてレスをくださった皆様にも、改めて感謝を捧げたいとます。

    ユーザーID:0108242030

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