傲慢で偏狭な兄、依存的な母の介護、もう限界です

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ひと

私は52歳(独身・女)、アパートで暮らしながら母の介護と実家の家事支援に通っています。昨年5月に父が倒れたのを機に地元に戻って以来、1日の休みもなくがんばってきました。
その間、父の看取りがあり、現在は独身(59)の兄と要介護2の母(81)の世話をしています。
姉もいますが、実家にはほとんど寄り付かず、戦力とはなりません。
問題は、この兄が極めて尊大で偏狭、傲岸でケチということです。
口にする言葉のざっと95パーセントは批判か否定、嫌いなものの話、心に怒りを抱いたどなり声です。
昔から自分以外の人はぜんぶバカという人で、父以上に抑圧的でした。
さらに問題なのは、この兄に対し、母はべたべたに依存し、あまあまだということです。
これまで私は、母というより助けが必要な老人だと思い、新たな関係を築くつもりでやってきましたが、息子の愚かな言動をたしなめることもせず還暦近くまで育ててしまった経緯等を思い返すと、もう限界かという気がいたします。
兄と姉は小さいころから陰鬱で、いつも2階の部屋に閉じこもっていました。母はそのストレスを、いちばん年下の私に垂れ流してくれたものです。
兄は父が病気になるまで、ゴミ出しルールひとつ知らずに過ごしてきたおぼっちゃまです。
私は、何についても否定的なこの家族にあっては人生を失ってしまうと思い、50歳にして絶縁を決意したという背景もあります。その直後に父が倒れ、意を決して戻ってきたのです(簡単な経緯ではありません)。
このたび、母が入院中に絡んできたため、10日ほど距離をおきました。しかし2日後には退院、また実家での生活が始まります。介護や家事だけなら平気ですが、この兄と、兄にべったりの母の声を、もう聞きたくありません。みなさまならどうしますか、ご意見ください。

ユーザーID:1406224459

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  • もう一度絶縁を決意して下さい

    もう一度絶縁を決意して下さい。
    そうして実行あるのみ。

    将来、姉・兄さんがお母さんの葬儀を主催したら、出席は有りですが、欠席でも構いません。
    それが絶縁です。
    覚悟を持って絶縁して下さい。

    ユーザーID:4189098429

  • あなたが病む

    私なら、絶縁とまでは行きませんが、距離をとります。
    お兄様が一緒に住んでいるのならば、まかせればいいのです。
    お母様を介護しても、感謝なんてされていないでしょうし。

    とにかく実家から離れなさい。

    ユーザーID:7471475000

  • 関わらない

    お母さんとお兄さんで二人で助け合って生活してもらったらどうでしょうか。
    身を粉にして面倒みてお兄さんに感謝されるならまだしもそうではないのでしょう。
    私なら助けてほしいとお声がかかるまで放っておくと思います。冷たいでしょうか。

    ユーザーID:6802963799

  • どうせ終わるよ

    もうフランスに帰っちゃったんでしょ?
    あなたが一度くらい遊びに行こうが行くまいが、この関係は終わったと思いますよ。
    あなたが真剣に彼を愛していて、フランスに移住して、フランス語も学ぶというのなら話は別ですが。
    一時の恋愛なんだから、別にどう終わろうといいじゃないですか。
    何しに外国行っているんだろ。
    外国で自由に生きたいのなら、年なんてそんなに気にする必要なかったのに。
    私は日本人だから年を気にしたというのなら、32歳にもなってちゃらちゃら学生相手になにしてんの、と言いたいですね。そもそも日本風にやりたいなら外国にいる必要ないのに。
    何もかも中途半端なひとですね。

    ユーザーID:9286070258

  • 私なら1度絶縁を決意したならどんな経緯が有ろうと戻らない

    貴女は、絶縁を決意して実行しながらも『意を決して…』戻った。《絶縁》と言うのは《縁を絶つ》と言う事。どんな背景が有ろうと我が身が野垂れ死になろうが、覚悟が無いなら、《絶縁》なんて、無理。御兄様が偏狭で居丈高なのは至極、当然。御母様から、散々、甘やかされて其の御年迄、所帯の苦労も自分自身が思い知るしか無い崖っぷちに立つ様な修羅場も経験して来なかったのだから。私が頑固で、言い出したら必ず実行すると言う気質を連れ合いも娘も、骨身に染みて解ってるので半年間だけ連れ合いと修羅場の末に強行突破で別居した時には『俺からだと解ると、お母ちゃん受け取ってくれないだろうからお前からって事で渡してくれ』と連れ合いから頼まれた娘が、纏まった現金を持って来た時にも一切、受け取らなかった。結局、道端で倒れ知らぬ間に警察から娘に連絡が行ってしまい、退院後に連れ合いと娘から土下座されて連れ合いとの2人暮らしの日々。貴女の人生は貴女に決定権が有る。例え、親・兄妹でも縁を絶つべき時にはキッパリ絶縁しても良いと思う。

    ユーザーID:1175655828

  • トピ主です。みなさまありがとうございます。

    概要だけ書いたにもかかわらず、どなたさまもしっかり読み取ってくださり、本当にありがとうございます。
    「団塊世代末っ子三男坊」様、「あかさたな」様、「かえで」様、「ミサコ58歳」様、「覚悟をもって絶縁せよ、距離をもて」というご意見が多く、ほっとしています。

    苦しみ続けた家族問題の、私が自分のためにできる最後の救済劇となることに賭け、絶縁を考えたのと同じエネルギーでもって父の介護を申し出ました。父も極めて問題の多い人でしたが、穏やかに看取ることができたことは幸福でした。

    私は、あの母親の最期を見届けます。それはもう覚悟したことです。
    その後、兄と姉についてはもう関わらないと決めました。これも簡単な思いではなく、悩み抜いた末の結論です。
    みなさんのレスを読み、
    それまで人的つながりをつくるなり、次の仕事への準備をするなり、心を痩せさせないよう努力しながら、あと少しがんばってみようという力の芽が生まれたように思います。

    もっとも、あの家の中で過ごす具体的な時間を思うと正気を失いそうになります。
    引き続き、さまざまなご意見、うかがいたいと思います。よろしくお願いいたします。

    ユーザーID:1406224459

  • 主です。補足です。

    補足です。
    参考になるかわかりませんが、「絶縁を決意して家を出る→また戻った」のではありません。
    約30年間地元を離れ、年に1〜2度日帰りで帰省、電話もほとんどなしという疎遠な状態を続けるなかで、それでも母の依存、父の無理解などに苦しみ、生きる力をごっそり奪われるばかりの関係なら私自身が生きるために縁を絶とうと決意、誕生日をめどに絶縁の準備(分籍届け、家督相続放棄の証文、いくばくかの手切れ金、絶縁状)をすすめているうちに父が倒れたのです。

    みなさま「絶縁」というところに焦点を当てておられるようですが、その闘いは乗り越えておりますので、あしからずお願いいたします。

    ユーザーID:1406224459

  • いちおうの結果

    読んでくださったみなさま、エール等をくださったみなさま、ありがとうございました。
    ご意見もほぼ出そろったと思いますので、現段階での結果をお伝えして終ろうと思います。

    まず、医療関係社、福祉関係社、親しい親戚などに現状をお伝えしました。
    以前のような関わりは無理であると訴えることで、私自身の逃げ場を作ったつもりです。
    母は医療器具つきで退院してきたこともあり、見守る必要があるというまっとうな理由もあって、とりあえずデイサービスの日を増やしていただきました。今後はなお増やし、行かない日にはヘルパーを頼む、ショートステイを取り入れるなど、一対一で関わる時間を極力減らす方向で考えています。
    また、私の仕事であった母の体操や、他愛のない会話、手や脳の体操などは、ももうする気はありません。
    父が残した庭の鉢植えは一斉に枯れましたが、今後は一切世話をしません。
    兄に関しては直接怒りをぶつけたところ、初日は数言のいやみのみですみました。
    母に作るついで、私自身が食べるついでもありますので、晩飯の世話だけは続けてやろうと思います。

    ありがとうございました。

    ユーザーID:1406224459

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