親に普段の自分を見られたくなかった

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心や体の悩み

だい

私は前々から、自分の言動に疑問を持っています。
というのも私は学生なのですが、ある程度コミュニケーションは取れるのですが親しくはなれないんです。心を開けないというか、特に理由は無いのに気圧されているような感覚に陥ることがあったりで地に足が着いていないという表現が一番あっているかと思います。
自分の性格なので仕方のない面はあるところはありますが、そういう自分に立ち向かっていこうと現在いろいろ考えています。

そこで本題なのですが、私は幼少期に運動会や授業参観がとても嫌いでした。親が見に来るからです。恐らく普段の自分を見られたくなかったのです。
しかし、なぜ見られたくなかったのでしょう?
考えられるとしたら、普段から親にオーバーに誉められたりしていたので馬鹿にされてると思っていたことが関係しているのかもしれません。
その延長で人目をやたら気にするような性格があるのかもと。
現在は親に見られるのは嫌ではないですが、親のことは嫌いかもしれないです。
その反面、誰かに認めれれたいし認めあえる関係を構築したいと悩んでいます。
半分までは自分でわかっていますがどこかに疑問が残っているので何かアドバイスや事例があれば教えて欲しいです。
これだけの情報ではわかることも少ないかと思いますがよろしくお願いします。

ユーザーID:8667937399

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  • そうですね

    まず、一点だけ強調しておきます。
    授業参観などで、親に来て欲しくない、と思うのは普通です。

    もちろん、それが好きな子もいます。
    でも、例えば私は好きではないですね。
    また、私の友達は親が来るのが嫌で、プリントを渡さない常連がいました。
    これについて何故かは、専門家ではないので理論的に説明は出来ませんけど、
    学生時期の子供には、ごく普通の感情だと思いますよ。

    なぜか、うちの子供達は私が学校へ来るのが好きでした。
    授業参観も必ず見に来てくれと言うので不思議でした(笑)。
    でも、子供達のお友達でも、プリントを渡さない常連がいましたよ。
    いつの時代も変わらないのだと思いましたけどね。

    お友達と上手く関係が築けないのは別問題かも知れません。
    でもね、私は振り返ってみると友達が多い方でしたけど、
    その当時は何かしら孤独を感じたり、もめたりしていたものです。

    トピ主さんは正しくそう言う思春期と言うか、
    正常な時期を過ごしているのだと思います。

    ユーザーID:3760525263

  • 親の思い込みを壊したくなかった、とか

    親から見た自分ってあるじゃないですか。「この子は優しいから…」とか「恥ずかしがり屋だから…」みたいに、親なりの解釈で物事を判断して結論付けている場面とか。それが正しいかどうかは分からないし、それは別として。

    それで、子供なりに、普段の自分を見ると、親は思い込みを壊されるかもしれない。そうすると申し訳ないとか、後でまた面倒くさい話になったりするとか、そういうのを避けたかったのかもしれませんね。

    認められたいけど、ちょっと自信がなくて、できれば親の思い込み通りに認められたいのだけど、実際はそうでもないと自分で分かってる部分があるので、親が自分に対して思い込みで期待するなら、思い込みのままの解釈で終わらせてほしい、みたいな、「勝手に思い込まれても、わたしゃ責任とれませんから。でもそれとは別に、認めてほしいってのはあるな」みたいな感じだったのかも知れません。

    他人からどう見られているか、というのは、自分が他人をどう見ているか、です。他人の目は、「自分の想像する」他人の目なわけですから。そういう自分で作った他人の目で、自分を監視して制限するわけです。不思議なことしてますね。

    ユーザーID:6194434162

  • アドバイスにはなりませんが

    18歳(高卒)で家を出て、授業料免除で生活費も見てくれる大学に行き、その後、就職も実家から離れた場所に住んで30年以上になります。早くに家を出ると、親とどんな関係だったかなんて忘れてしまいますよ。

    ユーザーID:3412952974

  • まあ

    あり得る事です。
    あなたが人より察しの良い子供だった。
    親の評価が正常なものではない事に気が付いていた。
    だからこそ自分の実力も子供ながらに分かっていた

    もしかしたら、親はおそらく自分が何をしても褒めるだろうと思う反面、そうじゃないかも、他の事の差に気が付いたら正常な評価に切り替わるのでは?と言う不安が見えたかもしれない

    だからこそ、あなたの心中は理屈では分かっているけど理屈が合わない状況と例えるべきか、合点がいかないのでは無いでしょうかね。

    まあ、往々にしてこの手の問題に答えなんて無いのが答えってのがオチだったりするんですが。
    あなたが思うほど周りはそこまでシビアに判断をしていない事がある。
    あなたほど繊細に考える事が良いか悪いかはケースバイケースなので不問としても、認めると言うのは思うほど簡単ではないし、思うほど難しくは無いのです。
    なぜなら、人が人を認めるのに明確なものは無いので

    こいつのここはって一点でもあればそれは認めてるのです。
    少なくともあなたの自己分析は評価できると思います。
    後は人に伝わる良い点を多く身につける事です
    後は流れ

    ユーザーID:0766678787

  • レスします

    なぜ親御さんのことが嫌いなのでしょうね。
    自分の納得いかなかったことでも大げさに褒められるので、いい子を演じなければならなかった苦しさがあったのでしょうか?
    褒める=自信をつけさせるという図式が子育てにはありますが、トピ主さんには逆効果になってしまったのかもしれませんね。

    トピ主さんの言う人を認め、人から認められる関係というのは、勿論うわべだけの関係ではないですよね。
    だったらやはり、自分の壁を取り去るところから始めなければなりませんね。
    相手の話ばかり聞かず、自分の話をすることはできていますか?
    身近な話題からでいいから(好きな食べ物とか最近読んだ感動した本の話とか)、自分という人間を知ってもらうために、自分のことを話すのは大事だと思います。
    自分の素の部分を他人に知られるのが怖いですか?
    誰彼かまわず自分をさらさなくてもいいと思いますが、信用できる人間を見極められるといいですね。
    相手に緊張しなくてすむように、相手も自分と同じ人間なのだということを頭に置いて接することでしょうね。

    ユーザーID:0401087995

  • 回答ありがとうございます

    回答ありがとうございます。返事遅くなってしまいすみません。

    親というのはどうしても子供に対して口を出したくなるものだと思います。
    そういう親心を理解することが私には欠けていたのと、文句を言うのであればさっさと自立すること、けして親に責任があるというわけではないと私も思います。
    ですが、よく考えると過剰に誉められるのが嫌だった背景には私の気持ちが無視されていたという不満が見えてきました。
    「嫌だ」という気持ちを聞き入れてもらえなかったこと。そして嫌だと言ったとき「なんで嫌なの?あなたおかしいわ」などなどとにかく否定されていました。
    親の心理としては「何でこんなにしてやってるのに!」というところでしょう
    数ヶ月前にもそのことで私はついに激怒したのですが、あなたが悪いの一点張りでした。
    私の気持ちをひとつも理解してくれなかったことが悲しかったです。今思えば本当に何一つ理解されませんでした。
    親に聞き入れてもらえないことでうまく主張することができなくなっていき現状に生き辛さを感じているのかと。

    ユーザーID:8667937399

  • 続き 連投すみません

    それで結論なのですが、授業参観などで普段の姿を見られるのが嫌だったのは誉められることが嫌だったのではなく嫌な誉められ方をやめて欲しいという気持ちを聞き入れてもらえなかったことにあると私は気づけました。
    私の主張に100%従えといっているのではなく、私の気持ちも少しは考えて、と言いたいんです。一緒に対等な関係を作っていこうというのが私の考える認め合える関係というものですが、これでは親という肩書きを盾にして一方的な関係を構築することしかできません。
    如何にして相手の思考に近づきかなえられる範囲で尽くせるかじゃないんでしょうか。
    これって難しいことですか?
    誉められるのが嫌、というケースで考えてみてもそんなこと無いはずです。
    結局、誉めるという行為が親の愛としてではなく単に自己中心的な行動でしかなかった。

    親に限らず関係を構築していく上で自分には不足していることが多くあるのでもっとうまく自分の気持ちを伝えられるように私も日々努力していこうと思います
    こえじゃ回答の返事になってないかも・・・
    結構失礼なこと書いているかもしれません、なにかご指摘あればお願いします。

    ユーザーID:8667937399

  • 不足というより背負いすぎかも

    「私の気持ちをひとつも理解してくれなかったことが悲しかったです。」

    ここ、なんですよね。難しいのは。

    これがあるから「如何にして相手の思考に近づきかなえられる範囲で尽くせるか」は、他人には要求できても、自分ではそう簡単には実現できないのです。

    お互い適度に相手の気持ちを考えましょうよ、というのは、正しいのですが、実際に具体的な場面で、どの瞬間の気持ちを考えてもらうと適度なのかは、人それぞれで、だからこそ、だいさんの親との関係のように、かみ合わない場合が出てくるのだと思います。

    そして、上で「ここ」と言った「悲しい」記憶が、相手の思考に近づくのを邪魔したりします。後に激怒させたりするわけです。で、関係は破壊されます。

    楽しい記憶や気持ちよい記憶が呼び起こされると、それをもう一度得ようとするように働き、悲しい、苦しい記憶が呼び起こされると、それを避けようとするように働く。単純なしくみですが、実に厄介です。

    もしかすると、如何に過去の記憶に影響されずに行動するか、というトコロがミソかもしれません。過去をひきずらない、とはよくいったもの、かもしれません。

    ユーザーID:6194434162

  • いつかりかいできる

    トピ主さんは何歳ですか?
    そのうち親を一人の人として認められますよ。親も初めて親をやるんで、分からない出来ない事がたくさん。

    自分の出来る範囲で精一杯やってくれたのは間違いないと思います。

    相手の気持ちはお構いなしに自分がしてあげたい事をやる人 というのは、自分自身他人から自分の意思を尊重された経験がない人です。

    人間、自分に内在する事しか出来ません。経験が伴わず知識だけですと体得できないです。

    経験するには反応を返してくれる相手が必要です。

    私が思うには、親子関係というより相性や縁です。親がやってくれなかったけど、求め続ければそれが出来る合縁の人と巡り合えます。

    あまり親子で縁が強いのも考え物です。私は娘と相性がよく、こちらは親なので忍耐があり、頼る立場ではありませんので、距離が近すぎて苦しい事がありますよ…お母さん大好きで信頼してくれるのはありがたいですが、今から事あるごとに話してます。親が出来る事に限りがある事を。

    色んな事考えて、たくさんの人の思いを知って、毎日頑張って。
    きっと良いご縁の人と絆が作れます

    ユーザーID:5352117640

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