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ハングリー精神・使命感が全くありません…(20%駄)

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生活・身近な話題

冬の案山子

50代一人暮らしです。趣味は園芸、猫、DIY、ごく時たま、道のゴミ拾いとか雪かきをして、ふふっと自己満足して過ごしてきました。

小学校〜大学院まで25年に渡り、なぜか虐めをする人に事欠かず、保健室登校、入院になりながら過ごしてきました。友達と思っていた人も、こちらが頼りすぎて疎遠にされたり(赤面)、逆に、ライバル視(友人の方が先に結婚したとか、一戸建てを新築したとか)されていたことがわかってショックを受け疎遠になってしまいました。塾講師時代は、生徒間の嫉妬・敵意にショックを受けました。職場では、IT知識で人為ミスを減らしたり、提案したりと頑張った時期もあったのですが、一部の同僚は喜んでくれたけど、上司に、「そんなことしなくていい」「理屈ばかり」と悪く評価されていると知った時、がっくりきて職場を去ったこともありました。

もうヒト一般と自分自身とに失望し、のんびりまったり過ごすことしか頭にありません。戦うより逃げる、グループでの自分の位置や夢を諦めることで、精神的に生き延びてきました。

子供時代は、人の役に立ちたい、発明をしたいなど夢がありました。今では、自分が何の夢を持っていたのかさえ霞んで見えません。今でも学ぶことは好きだけど、知識をもつことがひどく虚しい。

アップルなどの創始者や科学者の伝記を読むと、自分に欠けているのは、ハングリー精神や世の中を少しでも良くしたいという気概だと思います。困難があっても逃げず、戦うことも辞さない態度−ヒトの嫌な側面から逃げる自分の弱さとの戦いも含め。

でも、人間関係で嫌な経験をすると、亀のように甲羅の中に引き込もってしまう自分。この世に生まれてきた意味がないという苦い思いがいつもあります。

どうすれば、引き込もらず、人のドロドロした部分への失望に打ちのめされずに生きていけるでしょうか。
ハングリー精神、使命感を持ちたいのです…。

ユーザーID:8733103021

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  • 無理をなさらなくてもいいのでは?

    >ハングリー精神、使命感を持ちたいのです…。

    何故でしょうか?

    >この世に生まれてきた意味がないという苦い思いがいつもあります。

    でもそれはトピ主さんの過去のことでしょう。

    >趣味は園芸、猫、DIY、ごく時たま、道のゴミ拾いとか雪かきをして、ふふっと自己満足して過ごしてきました。
    >もうヒト一般と自分自身とに失望し、のんびりまったり過ごすことしか頭にありません。

    それはそれでいいんじゃありませんか。

    ゴミ拾いとか雪かきとか、人のためになることはしても、他人の迷惑にはなっていない。

    自己満足でもそれなりに満足できる人生なら、私にはうらやましいとさえ思えます。
    (からかうつもりはないです、お気に障ったら失礼)

    私自身が、のんびり静かに暮らしたいという思いをずっと持ちながら、定年を過ぎた
    今でも第2の職場で結構追い詰められつつ働いてるので、本当に、のんびりまったり
    過ごすことができる人がうらやましい。

    人にはそれぞれ向き不向きがあります。
    無理に使命感を持つべきなどと思わず、自然体で生きていかれても、いいのではありませんか?

    ユーザーID:4125889199

  • 人との関わりの中で、人生は価値を持つ

    文学を大学院で勉強している学生です。
    「勉強なんて一人でできる」と思い、高等学校を中退した過去を持ちます。
    今は「教えること」や「教わること」を通して、人との交わりの大切さを実感しています。

    トピを読んで、夏目漱石『こころ』の登場人物の「先生」を思い出しました。
    「先生」は人間も自分も信じることができず、ついには自殺をしてしまいます。
    「私の鼓動が停まった時、あなたの胸に新しい命が宿る事ができるなら満足です」と、若者に向けて遺書を書き、自身の人生を伝授します。
    若者の未来に期待したからだと思います。
    なので私は、裏切りの世を生きた「先生」も、最後は再び人間に期待することができたのだと思っています。

    「先生」にとって、自分の人生を伝授できる相手が現れたことは、幸いなことだと思います。
    人生は、立派に生き抜くだけで価値が生まれるのだと思います。
    自分の人生という教材を通してでしか、伝えられない何かがあり、
    そのことによってでしか救うことのできない相手がいるのだと思います。
    期待が裏切られる世の中であっても、「この人になら期待をかけ続けられる」と思える存在が、トピ主様に見つかりますよう。

    ユーザーID:9849898512

  • ちゃらんぽらんの大学生4年からの意見です!!

    僕が思うにトピ主様は「他人は他人、自分は自分」という考え方ができていないのではないかと思います。というのも他人の負の意見ばかりに振り回されて自分を悲観的に視ているように見えるからです。

    友人が疎遠していく流れも僕も似たような経験があるのですがやはり、大事な友人ほど離れていくのは辛いものです。「自分が何かをしたのか?」「離れる理由がわからない」等と苦悩してきました。そんな中、高校時代にクラブでよくツルんでいた5歳年上の女性から言われたことが「来る者拒まず、去る者にピース」です。どういうことかというと「去って行った者に対し祝福あれ、そして自分は悩みの種成る物から解放された」という意味です。何と無くその言葉で生きていくと最近はこの言葉の意味が解ってきました。

    趣味が多様にあるようですが上記のことを踏まえ、園芸を独学で学ぶというのは如何でしょうか?そして、それをいかし園芸の教室を開いてみるのも手だと思います。勿論、自分で得た知識や独学での知識を。自分がやっていることで他人を巻き込みながら修行をすれば自ずとハングリー精神は憑いてくるような気がします。

    少しでもご理解戴けたら幸いです。

    ユーザーID:2372353143

  • すみませんが

    >ハングリー精神、使命感
    そんなもん、持ったことないわー。大企業創業者や伝記になる人のほうが変わってるのです。私はむしろ、歴史に残る科学者とかって、とんでもない非常識人で、周囲の人は、持て余して困り果てたのではないかと思っています。

    ユーザーID:6122399775

  • 屈原

    屈原をご存知ですか?

    屈原は、中国戦国時代の楚の政治家で、主君をいさめたが聞き入れられず、絶望のあまり入水自殺をしますが、その際に、理解してもらえない自分を嘆く詩を残しています(記憶を頼りに書いています。間違い等ありましたら、ご容赦願います)。

    若い頃は、この話を読んで、屈原の潔癖さに感動しましたが、年を重ねるにつれて、屈原は、傲慢なところのある人間だったのではないかと思うようになりました。

    >IT知識で人為ミスを減らしたり、提案したりと頑張った時期もあった
    >上司に、「そんなことしなくていい」「理屈ばかり」と悪く評価されていると知った

    上司への”報連相”に抜かりはありませんでしたか?

    本当は、そのような事であったのかも知れません。

    実は、私は、”報連相”が大の苦手で、鳴かず飛ばずの人生を送っています。

    >今でも学ぶことは好きだけど、知識をもつことがひどく虚しい。

    学問は、人間にとって、最大の贅沢と言われます。

    私も、まだまだ知りたい事がある、その思いを頼りに頑張ろうと思っています。

    ユーザーID:7239935114

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  • トピ主さん、人間に幻想を抱きすぎ

    同年代ですが、自分の楽しみしか考えていません。
    使命感なんて持っていたら、ずるい他人から利用されるだけですよ。
    私が親切にするのは、家族にだけです。
    家族に親切にしたら、自分にも返ってくるけど、他人に親切にしても、
    利用用人間に認定されて、さらに利用されるだけですから…
    人間、そんな高尚な存在ではないですよ。
    トピ主さんは、作り物の道徳を信じているから、実態とのギャップに
    失望するのでしょう。

    ユーザーID:0424492815

  • トピ主です(1)

    長い間お礼のお返事を書かず申し訳ありません。ネット接続不能な日があったのですが、なにより、長い間、言葉が出てこなかったのです。
    私のトピに真剣に考えて答えてくださったことに、心から感謝いたします。
    以下、お1人ずつお返事です。

    >アイアン様
    今のままの小さな自己満足、なにより、所詮は自分のことだけしか考えてない心のあり方に、自分で我慢がならなくなった感じです。忙しく働いていると、隠居して悠々自適に憧れますが、社会出ていると、それだけで他人のためになっていると感じます。(そのくせ、怖くて第一歩が踏み出せないのですが…)
    私は放っておくと、限りなく怠け者なのですが、それをさらに放っておいて、最近いたたまれなくなったのだと思います。
    ありがとうございました。どうかお仕事、ご自愛くださいませ。

    ユーザーID:8733103021

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  • トピ主です(2)

    >心坊や 様
    「人との関わりの中で、人生は価値を持つ」
    まさしく、そうですね!
    猫や自然を大切にすることで意義を感じられると思っていたのですが、そうでもなかったようです。
    「こころ」の解釈、非常に興味深く拝読しました。たしかに、そうならないように自分の過ちを告げるのが、先生にとっては、思い溢れる遺言だったのだと思います。本当は、先生は人を信じたかったのだと思います。真の人間不信なら、結婚もせず、告白もなかったでしょう。裏切られた痛みを知る自分は絶対そんなことをするまいと思っていたのに、友を裏切り、友は死んだ。人はかくもたやすく罪を犯してしまうのかと弱さを受け入れるには自尊心が強すぎ、自分を許せなかったのではと思います。

    私は、先生のように自分の過ちを人に語る勇気がありません。自分の体験をこれ以上語る勇気も。虚栄心ばりばりです。長くいじめが続いて、自分が無価値に思えたせいかもしれません。この感情はなかなか消えないのですが、最近は、傷つくのが怖くて潜んでいるより、傷ついてもいいから、生きる実感を味わいたいようです。
    こころを引用してのご説明、ありがとうございました。

    ユーザーID:8733103021

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  • トピ主です(3)

    >フッキーマウス様
    「他人は他人、自分は自分」という考え方ができていない」

    まさしくその通りです!去る者を祝福するのは本当に素晴らしい心持ですね。私は、人に去られるのはつらいですが、もともと一人が好きなので、そのうちつらさも薄れます。他人の負の意見というより、負の行為(いじめ)を見、体験して、「こんなことがまかり通るはずがない、まかり通るのは、本当は私が悪い?」という自己信頼の完全欠如と「○○であってほしい」と他人への期待があります。そこには、「他人はどうあれ、私はこう生きる」という自立心が決定的に欠けています。自立心を身に着けるには、現実にいろいろ経験しなければならないのですが、その一歩が踏み出せない感じです。近所づきあいもあるのですが、1人でいることが好きで、他人と関わるのを避けてしまいます。
    お若くして一悟りを得られたのは、それだけ大変な体験もおありだったと思います。どうもありがとうございました。

    ユーザーID:8733103021

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  • トピ主です(4)

    >勤務医様
    「大企業創業者や伝記になる人のほうが変わってる」

    諸手を挙げて賛成です!もし、ジョブズの下で働いていたら、数ヶ月で辞表提出間違いなしです。
    ただ、大学の卒業式でのスピーチのビデオを見た時、人柄はどうであれ、自分に与えられた生を精一杯生きようとする態度はひしひし感じました。私が見習いたいのは、そこです。だったら見習えばいいのですが、具体的に何をするか−自分のしたいことがわからないので、ふらふらしています。

    聖書に、主人から預かったお金を土中に埋め、戻ってきた主人に差し出した召使と、有効
    活用して増やして差し出した召使の話があります。前者の召使は「怠け者」と怒りを買います。活用して減らしてしまったケースが出てこない(笑)のですが、要は、活用することが大切といいたいのでしょう。自分は失敗を恐れ、土中に埋めてしまうタイプです。
    お医者様でいらっしゃったら、その技術と知識で気がつかなくても日々他のために生きておいでだと思います。事務ではあまり感じないところを見ると、私はヒーロー願望でもあるのでしょう(笑)

    どうもありがとうございました。

    ユーザーID:8733103021

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  • トピ主です(5)

    >土神様
    「屈原は、傲慢なところのある人間だったのではないか」というご意見、興味深いです。
    高校生の時、「なぜこの世はこんなに『不完全』なのか」と嘆いたことがあります。己の不完全さには一切思いが至りませんでした。

    確かに「上司への報連相」に、問題があったと思います。最初はきちんとしていたのですが、だんだんおざなりに。経営者と関係の深い上司で、重要なことを相談しても、何もしない・言わない、数時間遅く出社・退出は日常茶飯事。上司は、提案に対し、最初は肯定的でしたが、そのうちすべてに否定的になり、肯定的だったケースにも文句をつけてきました。「あてにできない人⇒実質いなくても困らない人」と私の内心の評価を感じたのだと思います。いい加減な人について、心の中でどう折り合いをつけるのか、私には大きな課題です。他者への尊敬が薄くなる傲慢な私です…。

    ユーザーID:8733103021

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  • トピ主です(6)

    >通りすがり様
    ご家族をおもちでしたら、毎日、自分以外の存在のために生きておられる部分も大きいでしょう。すばらしいことです。私は猫以外に家族がいません。
    「使命感なんて持っていたら、ずるい他人から利用されるだけ」−そういうこともあります。でも、利用されるというやりきれない気持ちを自分の中で消化できれば、それはとても素晴らしいことだと思うのです。あの世の存在をなんとなく信じているせいか、「気をつけて防いだが、それでも騙された」でもいいのではないか?という思いもあります。気をつけても騙されたのなら、騙す奴の問題(結果地獄行き、かわいそー)だろうと。もちろん、生活に差しさわりがあるほどの被害は嫌ですが(地獄という思想はこういう点で役立ってくれます)。
    道徳を作り物にするもしないも、個々人にかかっているとに思うのです…。人が車に轢かれても関係ないと通り過ぎるのと、救急車をすぐに呼んであげるのがあるなら、後者でいたい…。「作り物」ということは、人の力で、良いように「作りかえる」こともできるという意味にもとれると思う私は、昭和の学校教育に洗脳されたままなのかもしれません。

    ユーザーID:8733103021

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