境界線(嘆き)

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心や体の悩み

モーリン

 人と人との感情の変化の境界線について、まさに実感しています。
たとえば、先輩と後輩の実力が入れ替わるとき、その境界線ははっきりとお互いにわかるものです。
嫁(子)と姑(小姑)、夫と妻、近所の高齢者と次世代の人、権力や実力の入れ替わるとき、体力的な力の逆転の時、その境界線は確かにありますよね。

それを感じてしまった今、さて、次はどうしたらいいのでしょうね。
昨日、後輩が明らかに自分より力があることを知りました。
昨日、母より弟のお嫁さんのほうが力があることを実感しました。
数年前、明らかに私のほうが舅より権限があることを感じました。

追い抜く者の時はわからなかったけど、追い抜かれた者の立場になって、あー、ここが人としてその格を試されるときなんだなと感じました。
舅に私はどういう態度をしてきたのでしょう。もっと彼のプライドを気遣ってやらなければならなかったのでしょうね。
人として、良い学びをした一日でした。
皆さんでそういうことを感じたことのある方いますか?
その後どんなふうに自分を変えましたか?

ユーザーID:3932959738

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  • その境界線に、あなたが居ない

    その境界線は、あなたが、自分の物差しで、他人を推し測っているだけです。その物差しで測るべきは、あなたと他人との境界線でしょう。その境界線は、あなたしか判らないものです。他人のことではなくて、あなた自身がどうなのかが大切なことです。他人のことは、二の次です。

    ユーザーID:2033725593

  • まあ

    現実として、小さい頃から体格や学の吸収力が良かった方なので、逆にそういう空気を出さない様に学びましたから、大人になってもそういう態度はとった事が無いのでわかりません。

    されたら、おそらくなんとなく悲しいでしょうね。
    事実は事実なので特別そこまで悔しくはないかな、ただそれでそこまで空気に出してしまう相手を憐れむかも。

    あ〜この人は手に入れた力を振りかざしちゃう人なのだと。
    そこまでの人間だなと思ってしまいます。

    うまい人は気づかれない様に要所要所で使いますからね。
    軋轢生みません。

    ユーザーID:7867692598

  • でも

    もともと相手への尊敬があれば何も変わらないと思います。

    ユーザーID:4043687053

  • 振り返って・・

    生意気なことを言うようですが、自分自身のプライドとどう決着をつけるかと
    いうことではないかと思います。
    私は、今までもたぶんこれから先も下の立場しか経験がありませんので
    決着をつける必要がないのですが、上の立場だった方が逆転されたと感じた時の
    焦燥感は、想像できます。あくまでも想像ですが・・

    その焦燥感に負けてしまうのか、謙虚な気持ちになれるのか・・・

    私は、この言葉が大好きです。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

    ユーザーID:9127424209

  • 境界線?

    そんなもの考えたことないです。
    この人は自分より力があるとかないとかいつも考えてるんですか?
    嫌な感じですね。

    ユーザーID:5609057640

  • 普通

    そういうのは小中高で部活をやっていれば経験しているはず。
    そしてそういう経験で知っていれば人は謙虚になれるはずなんです。
    今のその年で初めてわかったってことはあなたは人並みに以下だったってことなんですよ。

    ユーザーID:4795214109

  • 土地の境界かと思った笑。

    良いトピですね。
    こういう正直なトピは好きだなと思う。

    年を重ねるほど、
    気持ちの切り替えは実際難しいと思います。
    表面では爽やかや達観を装っても。

    こういう風に階段を下りながら人は全うするんでしょうけどね。
    階段上がるすれ違う若者に、
    自分の若い日を思い出したり。

    でもさ、
    しょうがないとやり過ごすのも、
    決して悪くない、むしろ立派なことでもあり。

    諦めた先には広がる世界がある気がするから。

    良い学び、と思うあなたは偉いですと思うし。

    そんな風に思います。
    ほかの方のレスも楽しみですね。

    ユーザーID:7177067281

  • なぜ

    なぜ、そんなに他人と自分との差を気にするのでしょうか。
    いつも無意識に「勝ち、負け」を判断されているのでしょうね。

    でも、それはきっと、「自分のなかに核が無いから」だと思います。
    後輩が自分を抜こうと、自分は自分。
    相手に対する尊敬の念は変わりません。

    相手が自分より上だろうが、下だろうが、態度を変えない。
    これはとても大切なことです。

    どんな時もどんな相手に対しても、丁寧に心をつくしていくべきではないですか?

    ユーザーID:0047773705

  • ありがとうございます

     常に勝ち負けを気にして暮らしてきたのではないのです。
    年齢を重ねて、今まで自分がたぶん、何度もこういう場面に遭遇したのにそのことすら気づかずに来たことや、世代交代は交代する側から退く側へと来て、初めて退く側の心境にふれ、人の気持ちに気づかされたという感じです。

    私の文章はわかりづらいでしょうか?胸の内を打ち明けるには、私の能力では難しいようですね。ありがとうございました。

    ユーザーID:3932959738

  • いいえ

    トピ主さんの文章は、分かりやすいですよ。

    トピ主さんが今回感じた事を第三者が見た時に、
    「勝ち負けを気にしてきたのでは?」と判断しただけです。

    すべての第三者がそう感じるわけではないです。
    ただ、ここは掲示板ですから、色々な感じ方をする人がいるのだと思います。

    ユーザーID:0047773705

  • 境界線なんてない

    辛口です。
    とぴ主さんって小さいことを気にしすぎるタイプでは?
    一見、優しそうな文章ですが、内容はかなり冷たいですよ。

    人と人とに境界線なんてないでしょう?
    それをわざわざ意識して、しかも今自分が上だと認識して、優しいふりしてる…

    あなたのまわりの方がかわいそうです。

    ユーザーID:1959583757

  • 境界線

    他に良い比喩があると良いけれども…。
    しかし、
    トピ主さん的には、
    やはり「境界線」という表現が一番今の内面を表すんですよね、きっと。
    もしかしたら、そういう厳しい世界で生きて来られたんだな〜と思うと、
    なる程と思いますし。

    うん、
    私には、
    「己れは人に優しかったか」、
    と誰も責めず言い訳せず、
    自分を厳しく振り返って見つめるトピ主さんがみえてきますが…。

    ハードボイルドなよい呟きを聴いた気がするよ。
    (ちょっとほめすぎ?笑)

    ユーザーID:5042107134

  • ありがとうございます

    結婚し最初はよそ者で、地域の行事ではお手伝い、次第に代替わりして役員になって、今引退の時期に来ている。
    先に引退していった姑世代が、昔は・・・・っていうと、時代が違うとか、自由にやらせて欲しいと思ってきた。そういう時にもっと良い対応の仕方があったのだと、自分がその立場になってわかります。
    過去の失敗は消せないけど、それを生かせない自分にはなりたくないです。

     常に人と比較して生きてきたという気持ちはありませんが、自分を振り返ってみると、常に自分は出来なくない!!と思って生きてきた気がします。
    出来る!!とは思えず、できないと控えめにもなれず、出来ないこともない!という感じです。
    自分の50年を振り返ると、本当の自分は、自分が思っているよりずっと出来ない人間だったと思います。
    出来るという中身は、仕事が、スポーツが、勉強がという意味もありますが、そういうことより、人としての根本的にある格のようなもの?深み、愛、仁のようなもののことです。
    傲慢だったかな、やさしくなかったかな。
    今日から変わろう、そう誓う朝です。

    ユーザーID:3932959738

  • なるほど。

    2度目です。
    こういうトピ好き〜、私。

    これですという具体例もないぶん、
    誤解を受けるほど整然と淡々とした文章ってすき、
    決して自分を褒めてなく、
    むしろ内省的だし。

    私たちは、
    先輩や年上を追いかけて、
    困惑も複雑も感じた日もあったけど、
    立場違えば感情も違って。

    そしてその年齢や立場になって、
    わかる、
    ということが往々にしてあると思う。

    「わたしは傲慢でなかったかしら」と反省する気持ちって素晴らしい。
    頑張ることをよしとして、
    できるはずと努力して、
    信念を持って生きてこられた人って、
    どうしても独善的になる。
    自分以外の他人の気持ち(哀しみ)を理解できた柔軟って、
    本当にすごいことです。

    「わたしはひとにやさしくできたのか」、
    と胸に手を当てる人の心ほど尊いものないです。
    まろやかな気持ちになる、
    優しいトピをありがとうございました。

    ユーザーID:7177067281

  • モーリンさんへ

    66歳オジサンです。
    私は年齢を重ねながら何度か逆転する場面に遭遇しました。
    トピ文に共感を覺える人が多数だろと思っていましたが・・・

    追加トピ文を読んで黒澤明映画監督の言葉を思い出しました。
    「乱」という作品が公開された時,多数の評論家,メディア等から
    否定的な批評が出ました。
    これに対し黒澤監督は
    「自分はキャンバスに一生懸命に青色を塗っているのに赤色でないと
    言われている気分だ」
    モーリンさんも同じ気分だろうなと思っていましたら・・。

    第2の追加トピが・・
    モーリンさんはきっと子供さんに慕われる素敵なお母さんでしょうネ。

    ユーザーID:1047425574

  • 歳歳年年人同じからず

    歳ごとに人の世は変化していく


     
     「毎年、花は同じように咲くように対し、人の世は同じではない事」 ではないでしょうか…。

    ユーザーID:5175698075

  • ありがとうございます

     具体的なことを書こうとして地域のことを持ち出しては見ましたが、考えさせられた場面はきっとほかにあったのだと解っています。
    自分という人間は、些細な運の差を人生のすべてのように感じてみたり、偶然な人の行動を自分への批判と受け取ってみたり、そうやって
    常に自分を被害者のように感じてきましたが、自分もきっと他の人に同じような思いをさせていたのだと思います。
    自分を生きることと、人にやさしくすることは共存できることなのに、私には難しく感じてきました。
    そういう目で周囲を見渡せば、学ぶべき人も大勢いて、学ぶべき出来事も多くあって、それを生かせてこれなかった私と、生かしてこれた
    人の差は、50年間ですから相当の差なのでしょう。
    書きながら、こういうことを書かずにいられないこと自体、まだまだ未熟なのかしらと感じます。
    皆さんの言葉、ありがたく感じています。
    身の丈を知り、それを伸ばすように生きたいと思います。

    ユーザーID:3932959738

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