家族・友人・人間関係

父が亡くなって4カ月。辛いです。

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なお

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私の父は2012年の12月に末期の肺がんで余命1年と宣告をされました。
父はわたし達に迷惑をかけたくないからと自ら遺影の写真を撮り、戒名を準備し家を売って旅立ちの準備をしてホスピスに入りました。

1年持たないかもと言われていましたが、2013年の12月には退院するまでに。
病気が改善したわけではなく、相変わらず肺は苦しかったみたいですが、
病院食に飽きたことと、周りが亡くなっていくのを見るのが辛かったそうです。

2014年の4月に再び父に会いに行きました。
前回会いに行った時より顔色も良く見え、
父自身もホスピスも過ごしやすかったけど、
やっぱり自由は良いなぁ。まだ一年は生きれる気がするよと言っていました。

しかし、2014年6月。肺炎になり再入院。
そこから症状があっという間に進行し7月の初めには寝たきりで
しゃべれなくなり、周りの人のことを忘れてしまうまでに。

お医者さんからいよいよ7月いっぱい持つかどうかと言われ、
すべての予定も仕事もキャンセルしホスピスへ泊まり込むことに。
(飛行機でいかなければならない距離です)
父は4月に会った時とは別人のようになっていました。
そこから半月ほど私は父のそばで過ごしました。

毎日、父に話しかけました。
調子のいい時は呼びかけると顔を見たり、うなずいたりしてくれて
穏やかに一緒に過ごすことができました。
7月23日は私の誕生日なのですが、その日も一緒に過ごすことができました。

しかし、24日に急変。
そこから症状が回復することなく、26日の未明に旅立ちました。
最後は手を握って看取ることができました。

あれから4カ月。
お父さんの友達もホスピスの看護師さんも友達も良くがんばったねと言ってくれ、自分自身もできることはやったと思うのですが辛いです。

ユーザーID:8302013041

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  • 追加です。トピ主です

    正直こんなに辛いものだとは思いませんでした。

    遺影を見て手を合わせていると声が聞きたくなったり、
    一緒に過ごした半月や最後の日を思い出しては涙が止まりません。
    恥ずかしながら声を出して大泣きする時もあります。

    みなさん、これをどうやって乗り越えるのでしょうか。

    私と父は事情があり、一緒に暮らしたことがありません。
    母子家庭でした。
    父は九州方面、私は関東でずっと暮らしていました。

    ちゃんと親子らしくなったのは20歳を過ぎてからです。
    それまでに会ったのは記憶がある限り3回。

    大人になってわだかまりも溶け、
    一緒にお酒を飲んで、結婚式も参加してくれて、これからだと思ったのに。
    父は生前もう後悔はないと言っていたけれど、
    もう少し一緒の時間を過ごしたかった。

    最後に病院で一緒に過ごした半月。
    半月という期間はふつうにみれば短いかもしれないけれど、
    私にとっては父と一緒に過ごした一番長い時間でした。

    時が解決すると分かっていても辛いです。
    誰かに聞いてほしくて書いてしまいました。最後までお読みいただきありがとうございます。

    ユーザーID:8302013041

  • 月日の流れと共に

    現在、30代後半の主婦です。私は18の時に父親を病気で亡くしました。
    医師から半年の命と聞かされていたので覚悟はしていましたが、肉親の死を初めて経験し私の一番の理解者だった父親がいなくなり、ショックで2週間あまり寝込んでしまいました。
    見舞いも毎日は行かず、週に1回か2回のペースだったので、毎日でも行けばよかったと未だに後悔しています。
    でも、トピ主さんはできるだけのことをされたのだから、悔いはないでしょう?きっとお父様も、よくしてくれたことを感謝しているはず…
    亡くなった人は、二度と戻ってきません。残念ながら現実を受け入れるしかないのです。
    月日の流れと共に、悲しみも和らいでくると思います。

    ユーザーID:9991939818

  • レスします

    両親と永遠の別れを経験した人はみんな辛い思いをしております。

    地球が太陽の周りを回れば回るほど辛さは薄らいできます。

    宇宙のすべての生き物に現れる現象です。

    ユーザーID:9056776291

  • 暖かい布団に寝かせ、看取ることができたこと

    最後一緒に過ごせたこと
    布団に寝かせてあげられていたこと
    そして看取ることができたこと


    あなたは親孝行の幸せ者ですよ



    あとは時間が解決していきます

    いつか、ああ最後に一緒にいられてよかったよって笑って話ができるようになります


    いまはお父様のご冥福を祈っていてください

    ユーザーID:6691596540

  • お父様、天国で感謝していますよ

    仕事もキャンセルして、お父様の最期の半月、ずっと一緒に過ごせたんですね。お父様はとっても幸せでしたね。あなたのような娘さんを持たれて。

    私は医師ですが、あなたのお父様のように幸せに天国へ旅立たれた人はまず見たことがないです。そもそも毎日家族が面会に来る患者など、めったにいません。子供がいるのに、亡くなってからでさえ来ない人もいるんですよ。

    私もとうに両親を亡くしていますが、亡くなって4か月後くらいって、いちばんさびしい時かもしれませんね。

    でも、お父様をしっかり見送られたのですから、悔いはないですよ。お父様はきっと、天国で感謝されていることと思います。そして、前向きに生きろってね、言ってますよ。

    私にも娘2人いますが、私が最期の時、娘たちがあなたのように接してくれたらいいなあってお父様がうらやましく思いました。

    ユーザーID:5307085378

  • 義父を亡くして

    私も先月に義父(ちち)を亡くし日が経つごとに父への想いが募ります
    私には実父もいますが、幼い頃に生き別れ疎遠になったままです
    義父は主人と結婚してから嫁というより実の娘のように優しく温かく可愛がってくれました
    入院中も嫌がる素振りも見せずお世話をさせてくれました
    亡くなる前の夜、病室で左側の手と足の爪を切らせてくれ「一度にすると父さんが疲れるから左側は明日にするね」その約束が最期になりました

    孫(息子)を出産した時の本当に嬉しそうな笑顔や孫の成長を共に喜び祝ってくれた姿など今までの色んな想い出をひとつひとつ思い出す度に感謝の気持ちと…もっともっと傍に居たかった、傍に居てほしかったと涙がこぼれます
    父が苦しむ痛がる姿は見たくなかったけれど、まだまだお世話をさせてほしかった
    娘として迎えてくれ今まで支えてくれたお返しがもっとしたかった

    最期まで誰の手も煩わすことなく独りで旅立った父に敬意と誇りと感謝の気持ちでいっぱいです

    亡くした相手が大切であればあるほど時間が経つごとに想いは募るものなのです

    ユーザーID:3344117418

  • あなたをご先祖に自慢しに行ったのよ。

    私はこういう優しい話を聞くたびにそう声をかけるようにしています。
    だって、そうとしか考えられない。泊まり込みの看病なんて、よほどの覚悟がないとできませんもの。


    あなたは今とても辛く寂しいと思います。
    でもあなたもお父様を誇りに前を向いて生きてください。

    それにしても立派なお父様。
    トピ主さんのような愛ある方を育て上げて、ご自分の亡き後のことまで潔く進めておられたとは。

    ユーザーID:1163525438

  • 分かります

    私も、3年前に父を亡くしました。
    2年余りの癌闘病の末でした。

    最期の1週間は薬で意識のないまま、私たち家族も病室で寝泊りしました。
    容態の変化が怖くて、父を1人に出来なかったのです。
    父の意識はないけれど、私たちは普通に会話してテレビ観たりと過ごしました。

    父亡き後、それぞれに辛い思いを抱えながら、いつもの生活に戻りました。
    私は実家から遠方に住んでいるために、闘病中の父が辛い時もなかなか帰ることも出来ず、本当に後悔しかありません。

    毎日毎日父を思い出しては後悔することばかりで、表面は笑いながら心の中は泣いている。。
    父の死も実感出来ず、1年間はかなり辛かったです。

    でも、2年目から3年目は少しずつ・・本当に少しずつですが、落ち着いてきたように思います。
    父への後悔は変わらないけれど、まだ父の笑顔を思い出せないけれど、月日が何かを変えてくれたのでしょう。

    主さん、無理しなくてもいいです。
    泣きたい時は泣きましょう。

    ユーザーID:2979644635

  • いつか、悲しみが癒える日が来るかと思います

    私は24歳の時に、父を末期の肺がんで亡くしました。
    父を亡くしてからは、しばらくは現実を受け入れられず、
    通勤途中の電車で父と似た背格好の人を見て涙が溢れ出たり、
    同年輩の人が御家族と一緒にいるところを見て羨ましさで一杯になったり……父が亡くなった現実を受け入れるまで数年を要しました。
    40歳を過ぎた今でも、夢に亡父が出てくると、懐かしさで涙ぐんでしまったりします。

    看取った方は、出来る限りのことを最大限していても、
    いろいろと辛い気持ちが湧き上がることがあるかと思います。

    看護師さんや御友人が「良くがんばったね」という言葉は、素直に受け入れてはいかがでししょうか。
    ただ、矛盾するようですが、周囲が「良くがんばったね」と、いくら言っても、お父様を亡くした悲しみが、その言葉で癒えるとは思えません。いまの「辛い」という気持ちに対しては、なおさん自身がじっくりと向き合えばいいのではないでしょうか。

    親しい人を亡くしたときは、「辛い」という喪失感が永遠に続くような気がするかもしれません。でも、ありきたりな言葉ですが、そういった遣る瀬ない悲しみは、時が少しずつ薄めてくれると思います。

    ユーザーID:6441845551

  • 泣くこと

     辛い時は、泣くのが一番だと思います。辛い時の涙は、何にも勝る精神治療薬です。
    誰もいない所で大きな声を出して泣き、涙を流せば次第に悲しみが遠ざかってくれるでしょう。
     
     それにしてもご立派なお父上ですね。感心しました。私もそうありたいと思います。

    ユーザーID:0289269734

  • お世話できて良かったですね。

    30年前の話ですが、悲しみから立ち直った頃の事を覚えています。
    大腸癌で余命半年だった私の父が亡くなった時、これで苦しくて悲しい日々が終わったと思いました。
    一方では、わたしの両側に付いていた羽の片方がポロッと取れたように感じました。
    その後数か月過ぎても、楽しいことがあった後に、ひとりになると涙が溢れだす事が何度も有りました。
    暗い顔をした父が夢に出る日も有りました。
    いつまで私はこの状態なんだろうと思っていました。
    しかし、ちょうど1年経とうとする頃に、ものすごく晴れやかな顔をして笑っている父が夢に現れました。
    この夢を見た後、なぜか私は父を思い泣かなくなりました。
    そう言えば、母は同じ頃見た夢で、列車に父が乗り、母も乗ろうとしたらドアが閉まり、列車は行ってしまったのよ〜、置いてかれた〜 と言ってました。
    たぶん母も私も、心の立ち直りが夢となって表れたのだと思います。
    10年前に、私のもう片方の羽が取れましたが、両足で歩いているので、もう大丈夫でした。

    ユーザーID:5716004824

  • 死というのは・・

    私も6年前に父を亡くしました。亡くなってから1年くらいはもっと話をすればよかったとか思い出作っていればよかったなんて後悔もしたものです。親に限らず知っている人が死ぬということはつらいものです。特に家族。今まで当たり前のようにみんながいる、この先も変わらないと思っていても一人欠けただけで当たり前じゃないんだと思い知りました。亡くなって4か月ということですが、おそらく今が一番つらい時期だと思います。
    私は、父親は病気で苦しんだのだから せめて成仏してほしい。きちんと行くべきところに行ってほしいと亡くなった直後からそう願っていました。だから、家族がずっとメソメソ泣いていては思いを残して成仏できないのでは?って思ったのです。一年は思い出しては泣いていましたが、それでも生きている人間は前に進まないといけない。父に心配させてはいけない。そう思い今まで過ごしてきました。
    今は、家族と父親との少ない思い出を笑いながら話しています。主さんも、そういう日がいつか来ます。

    ユーザーID:3949265456

  • トピ主です。

    みなさま、暖かい言葉をありがとうございました。
    レスが遅くなり申し訳ありません。
    父のことを褒めていただき嬉しかったです。

    まだまだ気分に波はありますが、
    父を誇りに思い、父の意思を継いで生きていこうと思います。


    ありがとうございました。

    ユーザーID:3483218688

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