自分の感覚を信じるということ

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家族・友人・人間関係

匿名

うまく言葉に出来ないかもしれませんが、感じることを書きたいと思います。

仕事、子育て、人間関係…様々なことでよく悩んだり、自信をなくしたりします。
信頼出来る人に相談したり、ネットや本を読んで情報や知識を得たりして何とかしようと試みます。
人に話したりいろんな情報や考え方に触れるうちに、たぶん自分に都合の良いものを取り入れているだけだと思うけれど、自分の感覚を信じてみよう、自分はこれでいいんだと思ってきます。
だからといって、悩みがきれいに解決するとかうまくいくとかではなく、自信はないんだけれど、自分を信じてまた頑張ってみようと思うのです。
自分の感覚は間違っていないのだと。

私は自分に自信がない人間です。仕事と育児をする30代の女です。資格を持った専門職なのに自信もないのです。育児でもうまくいかなくてすぐにイライラしてしまいます。

けれどこんな自分だけど、ふと自分の感覚は間違ってない、信じていこうと思う時があるのです。

漠然としていて分かりにくいかと思いますが、このような感覚は何なのでしょう。
やっぱりまだうまく言葉に出来ません。
皆さん、こんな感じ分かりますか。

ユーザーID:2410918447

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  • 分かります

    私もいつもそれに従っています。
    「このような感覚」とありますが、私の考えですが自分が自分らしく生きていくための勘のようなものだと思ってます。
    本能とでも言うのかもしれません。
    私が私であるがゆえに感じる本能です。
    なので同じようなものを見たり聞いたりしても、他の人には分からない事だったりもするし、その逆もあります。
    私の場合結婚相手もすぐにピンときました。この人を選んでいいんだと初めてあった日に分かりました。11年経ちますが間違ってなかったと思ってます。
    それが世間一般でいう条件のいい結婚というのではなく自分が安心できる、自分らしくしても嫌われないと言う事です。
    私にとってはそれが一番大切なことでした。家を購入した時もこの家だ!と分かりました。この家にいるととても気持ちがいいのです。
    なので駅から近いとか豪華だとかいうのとは違います。これはネットの情報もしかりです。他人から見ても何か私は勘が鋭く見えるらしいです。
    占いのような事と勘違いされる方もいて今度自分の彼を見てほしい!なんて頼まれることもありますが人様のことではなく自分に必要なものかどうか分かるだけなんです。

    ユーザーID:1437077957

  • 錯覚を信じない

    あなたの根拠のない「自分を信じる」がうまくゆかない原因なのでしょう。

    それよりも毎日の生活や仕事のことについてスケジュ−ルをたて一つ一つのことに手順書(例えばフロ−チャ−ト)を作りそれによって進めることです。私は自分はできない人間だから自分の気根に合わせて物事を進めています。スケジュ−ルはメモ(TO DO LIST)と日課(ル−チンワ−ク)からなっています。手順書は各ステップごとに書き入れます。これらは先仕事です。このあとは本番です。最後は後仕事です。本番で気づいたことを後仕事で振り返ります。このやりかたを繰り返します。

    この考えの基にになっているのは始めに心に思い描き次いで実践して失敗、挫折を次に生かすことです。また現実をよく観察、洞察してその人の能力に合わせてものごと解決をしてゆきます。
    実際に取り組んでみると分かるでしょう。

    大切なのは心と現実をつなぐこと。生きるとはそういうことです。理念と具体性の両方が一つになっていることです。

    そして数年、十数年やってみると「自分の感覚、自分を信じる」ことがどういうことなのか胸に落ちてくるでしょう。

    ユーザーID:8334999728

  • 自己肯定力

    良いことです。
    その力大切にして下さい。

    ユーザーID:5982823190

  • 言いたい事わかります

    もしかして全然違うかもしれませんが・・・(苦笑)

    「信念を持って生きよう」とされているのではないかな?と思いました。

    誰かに相談しても最終的に決めるのは自分だし、どんな結果でも自分で
    選んだ事なら受け入れるしかない。
    だから自分を信じて「これでいい」と言い聞かせているのではないですか?

    主体的に生きていると、自分の感覚を大切にするような気がします。
    (私はほぼ感覚で物事を決断しています。笑)

    そして自分を信じる事=自分を好きになる事、だと私は思っています。

    独りよがりになったり、自分の価値観が絶対と思ってはいけないけど、周囲に
    流されたり、本音とは違う事を言ったりしたりすると心がざわざわするので、
    他の人の価値観も尊重しつつ、人は人、私は私と思って生きていいんじゃない
    かな?と。

    ユーザーID:4018742365

  • わかりますよ

    私は現在、50代半ばです。
    私の30代40代には、ネット環境など普及していませんでしたので、まっぱら本を読み漁りました。(笑)
    現代では、恵まれています。 こうしたネットにて一般の声が聞こえるのですものね。


    よく言われる、「結婚前に違和感がある事は、その後も同じ違和感」
    これには、大賛成です。 要するに、自分の感じた事というのは 時間が経ても変わる事はないのですよね。

    トピ主さんが生きて来て、その間に培った勘に頼って間違いない…と私は思います。

    間違った、と思ったらやり直せば良いんです。
    人生は長い。 そして短い。

    ユーザーID:0710363711

  • 分かります。

    他人からの話やアドバイスが参考になる時もありますが、結局は、最終的決断を下すのは自分だし、私は人間関係において自分の勘は当たります! ある程度の年齢になれば、それまで色んな経験もしているので、自分の考えに沿って判断できる様になっているのだと思います。 若いときみたいに勢いだけで行動したりしなくなり、冷静に判断もできる様になりますからね。

    ユーザーID:2811046494

  • なんとなくですが

    わかる気がします。
    私は小町を見るのが大好きなんですが、皆さんこんなことまで他人に聞くんだ、と驚くばかりで、それが面白くもあります。
    私は自分の思ったままに感覚で生きているので、もちろん迷うこともありますが、これでいいんだって思えるんです。
    人に聞く前に自分でシミュレーションして、いろいろ結末を妄想してから選択するんですよね。
    トピ主さんもそんな感じじゃないですか?
    だから私は人に聞く前に答えが出てしまって、小町が大好きなのにトピを立てることが出来ません。
    自分の中に答えが出てるのに、人に聞くのは無駄ですからね。
    それがつまらなくもあります。
    でも自分に自信があるわけでもないんですよね。
    ただ進む道が見えてるってだけなんです。

    ユーザーID:4110867853

  • 多分…

    これかもな…の選択肢の一つとして聞いてください。

    他人軸で生きていることと、
    今の自分だけではなく、
    家庭、育児、仕事、お金、自分の生きがい…と、
    将来に対して漠然とした心配があるからではないでしょうか?

    自分軸で生きることと、仕事でも何でも
    自分に自信が持てることが見つかれば
    なんだかなぁという気持ちにならないと思います。
    経験から…

    ユーザーID:3198105880

  • 私も日々考えてます。

    トピックをみて自分と同じ感覚の方が、と思いました。私は自分の行動、物を考える方向、ほか挙げるときりがないですが自信がないです。だからこそ毎日気をつけて行動はしてますが、日常生活、人付き合い、子育てや家庭のことなど自分のとった行動や言動がとった人にとって本当に良かったかとくよくよ考えてしまいます。主人に思わず相談すると、ほぼ毎回こてんぱんに”何故そういう考え方するの?”とか反対意見ばかり言われ逆にへこみます。その度、さらに自信を失っています。ですが、実際行動するのは自分で、その瞬間の対応をどうするか決めるのは自分の感覚です。なので苦しみながら、第三者からみたらどうなのかと省みつつ、厳しい毎日を修行のように生きるしかないかもと自分で考えています。主様は相談できる方がいらっしゃるのでラッキーだと思います。ストレスを取り込まず、息抜きしながら。

    ユーザーID:2188533067

  • 多分

    その根底にあるのは魂の感覚なのではないでしょうか。

    ユーザーID:0422879164

  • 同じです

    ちょうど、同じように思っていたところです。
    私は今の職場で頭の回転の早く、自分はこう!としっかり主張される方がいて、私は自分の感覚を後回しにしていましたら、だんだん疲れやなんだか分からないイライラざわざわ感を感じるようになりました。
    いろいろ考えたら、あっ自分の大切にしたい感覚からの言葉や行動を後回しに自分がしてしまっているからだとわかりました。
    だから、自分の感覚たいせつにしていきたいと思いますー。
    でも、頭の回転の速い方とだと、自分の感覚に自信が持てずに萎縮してしまうんで、難しいですが、やっていきたいと思います。

    ユーザーID:8846327279

  • 長くてすみません 1

    そういう人って、生まれつきそうなんだと思います。
    「生まれつき」と書いちゃいましたが、先天的なものか、それとも環境や教育など後天的なものかは、私にも分からないんですが。
    しかし、何事かを成し遂げることが出来た人の回顧譚には、そのような『自分の内的な羅針盤を信じられる勇気』のような感覚があることが多いと、常々感じていました。

    その感覚って何なのか?
    と言われれば、答えは私にも分かりませんが、ただ最近、私も本当にうっすーーーくですが、自分の内的な声を信じられる感覚というのが芽生えてきたように感じています。
    もしかしたらそんな風になった自分の変化が、その感覚を持てる理由を考えるヒントになるかも知れないので、書きますね。

    あくまでも私の場合ですが、最近燃え尽き症候群のような経験をして仕事を辞めました。(経験したことのないような疲労感で、いろいろ読み漁っていたら燃え尽きの感情を表現した言葉と非常にしっくりきたので、病気ではないまでもそんな状態なのだと自己判断しました。)
    前は結構ワーカホリックで、仕事を辞めると自分を責めてましたが、今回はなぜか全然そんな気になりません。

    ユーザーID:4681141768

  • 長くてすみません 2

    それどころか、出来ることならこのままずっと仕事したくないとすら感じています。(もちろんそんな訳にはいかないんですが。)

    でも、そんな風に感じること自体が、私にとってはまるでさなぎがスルリと脱皮して全く違う生き物になるように、自分が変わってしまった感があります。たぶん、単に仕事に疲れたから今は休みたい・・・とかそういう一過性の変化ではなく、なぜかは分かりませんが、私の人生観とか仕事観(思考ですから、ある意味人間の中身ですね)が変質してしまった感じがします。
    どう変わったのかはまだ私にも分かりませんが、でもとにかく、何かギリギリの体験をして、実に崖っぷちすれすれのところを歩いていたのを転落し、谷底に落ちてそれまでの私は死んでしまった・・・・みたいな。そんな感じ。

    たぶんこの崖っぷち感、ギリギリ感、もうこれ以上がない・・・という体験や心境が、開き直りではないですが『ここまで来たら、開き直って誰の目も気にすることなく、誰に気を使うこともなく、私は自分を信じていけばいいんだ』とでもいうような心理になっているような気がします。

    ユーザーID:4681141768

  • 長くてすみません 3

    これはあくまでも私の例ですが、主様はそんなギリギリ感はないですか?
    常に自信がないというようなことを書かれていらっしゃいましたが、もし薄氷を踏むかのような思いで懸命に生きていらっしゃるのであれば、
    だからこそ『誰も当てに出来ない、してもしょうがない、自分のことは自分しか知らない』というような潜在意識があったりする・・・なんてことはありませんでしょうか?

    ユーザーID:4681141768

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