死が怖い

レス34
(トピ主2
お気に入り57

心や体の悩み

halco

40代です。
小さい頃から、死んだら「無」になってしまう、今こうして考えている
自分自身が無くなってしまう、と想像するとおそろしくなることがたびたび
ありました。
とにかく「無」になるという状態がおそろしくてたまらないのです。
また両親や兄弟や夫がいつか死んでしまうということを想像して悲しく
なったりもします。
どうしたら「無」になることが怖くなくなるでしょうか。

ユーザーID:4675755170

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数34

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • 人類の宿命

    死が怖いのは当然で、これだけはどうにもできないでしょう。宗教はその救いのために出現したのかもしれません。輪廻など考えたくなりますよね。死ぬとその後はその死んでいることを意識することさえ永遠にできない訳ですから、永遠にですよ! しかも人間は100年も生きることが出来ずに死んでいくわけですから、これは相当怖いですよ。
    だからこんな怖いことは考えないようにするしかないのかな? あまり怖がると宗教にのめり込むような事にもなりかねないし・・・。

    ユーザーID:4881027189

  • 貴方が若いからです

    私も友もそうでした。今65になって 受け入れられます。体もあちこちガタが来ます・ 膝痛です。だから75で終えたいです。

    ユーザーID:6022771283

  • 誰でも死は怖いものですよね。

    遅い早いがあり、宣告されて死を迎える人や突然亡くなる人もいて、
    万人それぞれの死があるわけですが、それでも世界中の全ての人が必ず死ぬんですよね。
    こればかりは例外なく平等に。

    でも、誰も死ぬ時のことは死んでみないとわからない。
    ですから、今あれこれ考えて不安になっても意味がないと思うんです。
    それより、生まれた瞬間から死に向かって進んでいるんですから、今を大切に生きていくことが大切かなと考えてます。

    ユーザーID:4113579065

  • 1日を大切にする

    生あるものは必ず死を迎えます。それがいつなのかわかりません。
    1日1日を大切にして、今日が最期の日だと思い大切に過ごし、悔いない生き方をするようにしています。

    実の親の死が一番堪えます。兄弟や義理の関係はその場だけ辛いけど後々あっさりしています。その人の考え方ですが血縁の親は特別です。年齢順でなくて魂順で人は寿命を全うします。

    ユーザーID:1848043730

  • だって「無」だったことあるじゃないですか

    前回の東京オリンピックとか、生まれる前のイベント映像とかご覧になったことあると思いますが、その時って私たち「無」ですよね。

    死んだ後なら死体とか墓とか、まだ痕跡がありますが、生まれる前は痕跡すらない完全な「無」です。

    ぶっちゃけ宇宙ができてから約138億年のうち、圧倒的に「無」だった時間のほうが長いわけですから、むしろ「有」であるほうが異常ともいえます。何が怖いというのでしょう。

    ユーザーID:6722847957

  • 心や体の悩みランキング

    一覧
  • そうですか…

    私も同年代ですが、死は怖いと思いません。
    数十年もすれば、今存在している人は皆いなくなっていますし。
    無になれば、無になった自分を意識することもないわけで。
    もしも生に終わりがなかったとしたら、その方がよほど恐ろしいと思うのですが。

    ユーザーID:5344457612

  • 怖いですよね

    30代後半です。体力的にも外見的にも10代や20代の頃とは明らかに違うし、まだまだ先の事とはいえ死を意識することも増えてきました。
    人間いつかはみんな死ぬ・・・考えたら怖いことですよね。

    ユーザーID:1508649112

  • 私は死んだあとのことが怖い

    幼いころ、針山を歩く人や牛に八つ裂きにされる人など、地獄絵図を見せられたことがあって
    その時の記憶が強烈に残り、死んだらどうなるんだろうと思うと怖いです。
    現世であまりいいことをしていない証拠なのかもしれません。

    50間近の今は、いろいろ衰えてきて、60歳になったら、70歳になったら…が怖くてたまりません。
    無になることよりも、人に必要とされなくなる現世の老後が怖いです。

    ユーザーID:6406144299

  • たいていの人はそう

    みんな死ぬのは怖いと思いますよ。でも、おばばさんのおっしゃるように、ある程度の年になると、もういいやという気持ちにもなると思います。

    よくピンピンコロリと言いますが、死ぬ直前までピンピンしていて、コロリと死にたいという意味です。体が不自由なまま生き続けるのもつらいですからね。

    ユーザーID:9524046120

  • まったく同じ…

    同感です。

    小さい頃、事情があって死んでしまいたいと、毎日考え、泣き、実行しようとしていました。

    暗黒時代です…。

    少し考える力がついた頃にまったく同じ、無になる事に恐怖を感じました。

    で、少しずつ、死んだ気で何事にも挑むようになり

    50代の今は、子供と孫に血も分けたし、仕事もしたし、ほぼ、満足してます。


    出産した時、怒濤の苦しみの中で抗うすべもなく産まれる「生」に
    「死」も似たものかもと悟りもしました。


    …なるべくなら、死んでも後悔しないような「最後心」を積み重ねて生きようと…
    常々、思ってはいます。

    ユーザーID:0137668349

  • 達観した

    死が恐ろしいと考えたのは 私は高校生の時でした。
    ある夜 「死んだらこの私はこの世にいなくなるんだ」
    と考えたら 怖くて恐ろしくて ふるえがとまらなくなり泣いてました。

    今は50代。達観しましたね
    死ぬのはみんな平等だし、死んだとたんに何もわからない。無になる。

    どなたかも言っておられますが 体にガタがくれば自然と死が怖くなくなります。
    この痛みから解放されるのなら…
    私も持病がありますので。
    トピ主さんは ある意味健康で悩みがないんですね

    ユーザーID:1334464372

  • 一度は取り憑かれるテーマかな

     トピ主さんの言う「無」になる恐怖は、思春期の頃に殆どの人が感じる事だとおもいます。
    現在、齢五十を重ねたワタシは、持病の発作から死ぬよりキツイかも、な発作を何度か経験し「明日の死」を受け入れる覚悟とひきかえに、現在は平穏な気持ちで日々を暮らしています。
    実際、身近に壮絶な死も見てきました。

     おかしな言い方ですが、最近は人間の最大のテーマでもある「死」や死後が楽しみでもあるんですよ。奥アマゾンの先住民ヤノマミ族の死生観に少し共感したり、最近解き明かされつつある宇宙の見えないエネルギー「ダークマター」とは死後の世界と関係があるのでは?、とか(笑)。

    マイナスに捉えるより、そんな考えを愉しみながら生きて行くのも…また楽しい。

    ユーザーID:2125418478

  • 自分の生きた証は残せるのでは?

    私も「無」になるのは恐いです。
    でも、自分の生きた証は残せるのではないですか?

    人は、子孫を残せれば良かったと思えるのかもしれません。
    子供以外でも、芸術作品でも、日記でも、お墓だってもいいので、残せます。

    無心になって、何かの作品を作ると良いのではないでしょうか?
    陶芸でも、人形でも、絵画でも、ブログでも、編集した音楽メディアでも、残された人間が、大切にしたいと思うものを・・・。

    だから、ピラミッドや、モナリザ、モーツワルトが、昔話が語り継がれて残って行くのでしょう。

    ユーザーID:8510965997

  • kyatb31

    死の何が怖いって、この意識することが永遠になくなることでしょう。宇宙が出来て130億年以上だとして、これから先ビッグバーンとビッグクランチを何度も繰り返したとしてもそれは自分のあずかり知らぬことで永遠に自分の意識のないところで進む。どこまで行ってももう何も意識がない。楽しみも感動も苦しむことさえもない。これって怖いですよね。あまり考えないようにしましょうか・・・。

    ユーザーID:4881027189

  • そういう時期がありました

    そういう時期がありました。今は無になることは
    眠っていて朝がくることがないから
    ぞのまま眠っていること、それは
    自分が眠っていることさえわからない時と
    同じ状況なのだと思うことで怖くはありません。
    子供がいれば、自分とつながっている命があると
    思えること。孫がいれば更に命が先に繋がっているという
    こと。40代では身体の不調が皆無でしたが
    今は身体のあちらこちらが痛く、痛みと共に
    生涯を過ごさなくてはならないこと
    それでも後悔のない充実した日々を送っていこうと
    いう気持ち・・
    もしかしたら、又生まれてくるかもしれない予感・・
    深く考えているととりとめがないですが
    無は目覚めない眠りと同じということで
    怖くないですね。

    ユーザーID:5384785275

  • 死生観はそれぞれですよね・・・

    死んで無になるかもしれないし、雲の上で住むかもしれないし・・・
    来世があると思う人もいます

    死は必要以上に恐れる必要もないと思いますよ

    無になるのが怖いと思うならいろんな死生観を考えてみてはどうですか?
    無になると私も幼い頃思っていました

    でもだんだんお葬式に行ったり、身近な人が亡くなったり・・・
    そういうことを通してなんとなく無にはならないのだと思うようになりました

    人それぞれですが、怖いという意識は消えました

    時期が来れば人は死ぬくらいの感覚です

    いつか死が誰にでもあるのだから、この残された生きる時間の有効活用の方が興味沸きました

    10年で何ができるか・・・
    何かはじめればかなり変わります

    10年前を振り返ればずいぶん変化を感じませんか?

    死を恐れるより、10年先の自分のために生きた方が楽しいと思いますよ

    あと人の心には残ります
    死んだからと言って忘れられるわけではありません

    誰かの心には永遠に存在しています

    そう思えば自分は無になるという発想変わりませんか?

    老後の楽しみ今から見つけて計画練った方が有意義かもしれません

    ユーザーID:4036696925

  • 産まれる事は死ぬ事

    人間だけが高尚な生き物ではありません。
    生物の一種類にすぎません。

    花が散るように、生きるものは終わりがあるんです。

    そして、私たちは毎日、生き物を食しているんですよ。

    だから悔いがないように生きましょう。楽しみましょうね。

    ユーザーID:5204450236

  • 「無」になると考えなければ楽になります。

    よほどお悩みなんですね。

    私も小学生の頃から
    「死」「無」「意識」の事を考えては深く悩み
    年寄りくさい子供だねと言われてきました。

    怖かったのは
    死よりも宇宙の全てから生命や意識を持った物が
    無くなることでした。

    何十年も狂いそうな恐怖に虚しさを感じたり
    夜中に目覚めては
    「宇宙から全てが無くなる・・・何も存在しない・・・」
    との考えが苦しかったです(今もですが)。

    「小さな宇宙人アミ」という本を読んでから
    とても気分が楽になりました。
    さくらももこさんのイラストで3部作の本です。
    読みやすいのでお勧めします。


    個人的な体験では
    祖母と伯父が亡くなった後に私の所に来て
    死後も魂は存在し
    「無」ではないんだと分かりました。

    他の方もおっしゃっているように
    1日を後悔なく
    精一杯生きる事が大切だと思います。

    私はどの宗教にも属していませんが
    大学の講義で宗教は死の恐怖から人間が救いを求めるために
    誕生したと習いました。

    抵抗がなければ色々な宗教を勉強してみるのも
    良いかもしれませんよね。
    どこかの教えや文章に
    トピ主さんの気持ちが楽になれる言葉が
    あるかもしれません。

    ユーザーID:4535028391

  • いつか悟る

    身近な人間がまだおられるから怖いのかも。

    私は、妹を交通事故で、母を病で亡くしてる40代です。

    自分が死んだ後、どうなっても構いません。
    いつまでも誰かに覚えて欲しいとも思わないし、今は楽しいけれど、別に今生に未練もありません。
    最近、手術入院もしてますが、別に死は怖くないです。
    いつか、死なんて怖くなくなりますよ。

    ユーザーID:0578558599

  • 無にはなりません!!

    肉体に入ってしまうと目に見える波長の幅は虹の色の範囲に制限されます。

    しかし肉体の目には見えなくてもX線やγ線や電波などが存在することはレントゲン、TV、携帯で理解できるでしょう。

    空気だって目には見えませんが風があることで空気が存在する事がわかるでしょう。

    さらにその空気をすいこんで冷やす(エアコン)と水が出てくることで空気中に水が形を変えて存在してることがわかるでしょう。

    氷も水も水蒸気(湿度)も同じという事も知ってるでしょう。

    人間も同じで肉体は入れ物でほんとの姿は魂なのです。

    無になるというのはまちがいです!

    死は肉体とつながってる霊子線が切れて霊体が戻れなくなる事です。

    もう肉体に戻れませんが死とは朝に目が覚めるような感じで今まで「夢」を見ていたんだと思うのと同じ感覚です。

    死はこわいものではありません。

    死は肉体修行の卒業式です。

    ユーザーID:7513628132

  • トピ主です。

    お礼が遅くなりすみません。
    おひとりずつにレスができず申し訳ありませんが、皆様のレスをじっくり読ませていただきました。

    人間に必ず訪れる死ですが、あまり考えすぎるのもよくないのかなと思いました。
    それよりも一日一日を大切に生きる、自分にのこせることは何か考える、というのが重要なのかなと…
    また歳を重ねていくにつれて、死ぬのが怖くなくなってくるのかもしれないと、読んでいて少し安心?しました。

    なかなか普段の生活では人に聞けないので、ここでいろいろな考えを聞けてよかったです。
    もし時間が許すなら、さらに聞いてみたいとも思います。
    皆様のレスは大切に保存して、時々読み返したいです。
    ありがとうございました。

    ユーザーID:4675755170

  • トピ主のコメント(2件)全て見る
  • 私も

    怖かった。いまも怖いです。
    自分が焼き場で焼かれるなんて・・・
    でも、どこかできっとまた生まれるんですよ。
    なるようにしかならない。恐怖を忘れてしまえるほどに夢中になれるものが見つかるといいですね。
    私は見つかりました。

    ユーザーID:2295679777

  • 手塚治虫のブッダ知ってますか?

    私も死は非常に怖く、子供の頃から考え出したらどうにかなりそうでした。
    私は40代の時にある病気にかかり
    手塚治虫のブッダに出会いました。
    これを読んだら心が救われましたよ。死もそんなに怖いものではないと思いました。
    機会があれば是非読んでみてくださいね。

    ユーザーID:1241155767

  • 私もそうでした

    私もあなたと全く同じで死が怖かった時期が有りました、しかしある時その恐怖が完全に消え去ってしまいました。
    何故かと言うと、理解して貰えるかどうか分からないですけど、ある時自分は存在しない事に気が付いたのです。
    それ迄は自分という存在が消えて無くなる言う恐怖が有ったのですが、自分は存在しないし勿論この世も地球も存在しないと気付いた時に、死の恐怖が無くなったのです。
    この様に言うと、でも私達は存在して現に生きているじゃないですか、とあなたは言うでしょう。
    でも私たちが生きてると思っているこの世界は何と言うか、まあ夢を見ている様な物なのです、しかしこの人生という夢は本当に真に迫っていて、しかも死ぬまで覚める事が無いのです、そのため夢である事に殆んどの人は気が付かないのです。
    夜に寝て我々が見る夢は朝になって目が覚めるから夢だと気が付く訳で、夢を見てる時はそれが本物だと私達は思っているわけです、もし目が覚めなかったらそれが夢だとは気が付かないのです。
    その事を理解すると死の恐怖が無くなります。

    ユーザーID:9945633112

  • それはトピ主さんが幸せだから

    今の生活や人生に満足しているから。

    「ああ、もうこんな人生終わりにしたい。」と、毎日毎日思って暮らしている人にとっては、死は自由と安らぎをもたらす物だからね。

    自分で人生を終わらせてしまう程の苦痛を味わう事に比べれば、天寿を全うして無になる事は、それはそれで幸せな事だと思いますよ。

    ユーザーID:8095872595

  • 全身麻酔

    全身麻酔の手術を受けてから、なんとなく死ぬことのイメージができました。
    ぱたっとわからなくなったんです。
    術後以降、死ぬってあんな感じかな、と思うようになりました。
    ちょうど電源が外れたみたいな感じ?電池が切れた?

    私の場合は、そんなにこわいとは感じていません。
    むしろ、今を後悔しないようにしておこう!と思います。
    遊べる時に遊んどけ、好きなことをしよう、とか。

    ユーザーID:5333872186

  • こんなの見つけました

    >レオ・バスカーリア博士

    ○レオ・バスカーリア博士の『いまの自分を抱きしめてますか』

    この中にお母様の亡くなるシーンがあります。

    『何故、泣いているの? 私には自分の持ち分の時間がなくなったの。貴方には貴方の持ち分がまだ沢山ある。。。』

    これで人の亡くなる悲しみを乗り越えることができました。

    *小町のトピ「自分のためになった本」
    ルビー様のレスより
    (URLの貼り方を忘れたので)

    ユーザーID:2125418478

  • 般若心行

    優しく解説されている本もあるので、もし興味を持たれたら読んでみて下さい

    『無』が怖いとおっしゃいました

    では
    『有』とはなんでしょう

    貴女にとって有が、私には無かもしれない
    その逆もしかり

    そもそも、眠りに落ちるときに意識してはいませんよね?
    私、逝く時ってそんな感じじゃないかと思ってます

    ユーザーID:0873580298

  • わかります

    私も小学生のときにノストラダムスの予言が怖くて、死ぬのって怖いと
    おののいていたものです。でも予言は結局華麗にスルーされまだ生きてます。
    そのときにみんな一緒だし、自分より若くて死んじゃう人の方がかわいそうだから
    しょうがないか。と友達と話していたのを思い出しました。

    本当に、死だけは常に身近ですよね。だからこそ毎日悔いないように生きてます。
    それは自分だけじゃなくて、ペットや肉親も。だから常に、こちらもなくなったとき
    「あんなこというんじゃなかった」「もっといろいろしてあげたらよかった」
    という気持ちがなるべく少なくなるように、日々大切にしないとなあと思います。

    ちなみに怪しい同人誌や日記は結婚のときに処分しました

    ユーザーID:3502641721

  • 死にたくはないけど怖いとも思わない

    小学生の時、交通事故で突然母が亡くなりました。
    それ以来、60代になった今もずっと死について頭から離れたことがありません。
    子供の頃から死を怖いものと思ったことは、何故かありません。
    勿論自分自身が死に臨んだときその気持ちのままでいるかどうかは分かりません。

    死はある意味救いだと思います。
    死があるから生きられると思います。

    死は「無」になることだと思います。
    死後の世界を想定しそれを思い煩うことのほうが救いにならないと思います。
    人間は死んだらそれっきり、肉体や心を作っている全てのものが元素に還り
    あとは「無」、何と清浄、と思います。

    ユーザーID:9788004519

あなたも書いてみませんか?

  • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
  • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
  • 匿名で楽しめるので、特定されません
[詳しいルールを確認する]
レス求!トピ一覧