駄)100パーセント真実ではない

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生活・身近な話題

ぶるどっぐ

50代主婦です。高校2年生の息子と次の文章をめぐって議論になりました。
「固定観念というものは、100パーセント真実ではない。」

息子「固定観念というものは100パーセント真実ではない、つまり真実である可能性は0パーセントだ」
母(私)「100パーセント真実ではない、つまり90パーセントまたは10パーセントだけでも真実の部分があるかもしれない」

わあわあ言い合った後、もしかしてお互いの言うことも正しいかも、ということになりました。この文は学校の教科書に出てきた一文だったそうですが、先生の解釈は真実である部分は0パーセント、とのことです。

固定観念は、という主語がつくと息子のほうが正しいのかなとも思いますし…固定観念って間違ってることのほうが多かったりもしますものね。でも真実の可能性がゼロ、とは言えないと思うし…

考えれば考えるほどわからなくなってきます。
皆さんはどちらだと思われますか?

ユーザーID:0362158753

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  • 文章の意味と、個人的見解の違い

    そりゃあ、文章の意味だけの問題なら、息子さんが正解ですよ。
    「100%ない」と断言した書き方なら、この文章に他の解釈の余地はありません。主さんがここに「つまり〜あるかもしれない」と付け足すことこそ不自然です。

    これが「著者は『固定観念は100%真実ではない』と述べているが、これに対してあなたの考えを述べよ」という設問になるなら、話は別です。主さん仰るように、主語の問題ですね。
    「固定観念に真実の可能性は0ではないと思う」は、あなたの個人的見解であって、文章の意味ではありません。

    ユーザーID:7291650027

  • 駄どころではない?

    文法的に見れば息子さんが優勢かもしれませんが、「固定観念」を説明しての言及ならお母さんに賛成です。

    100パーセント・真実ではない

    100パーセント真実・ではない

    どちらなのか、作文者に出てきてもらいましょう。

    なにやら「自己言及のパラドックス」めく話題の会話ができるなんて、素敵な親子さんですね!

    ユーザーID:6474580934

  • どちらもあり

    まず、文法的にはどちらの解釈も可です。
    「100パーセント真実」ではない、と「ない」の語が「100パーセント真実」を否定しているとみることも、、100パーセント「真実ではない」と、「ない」の語は真実のみ否定し、100パーセントはその補強とみることも可能です。
    前者がトピ主さんの、後者が息子さんと先生の解釈です。

    次に、語義的にはどちらも可能というか、お二人の解釈がかみ合っていません。
    息子さんが「真実である可能性」を論じているのに、トピ主さんが「真実の部分」と論じているからです。
    例を挙げれば「夫は仕事、妻は家事」「親の言うことに間違いはない」「子供は嘘つかない」などの観念を、絶対的な命題と考えると全て誤りです。これが息子さんの解釈です。
    しかし、「夫は仕事、妻は家事」という家庭は少なからず存在しますし、親のいうことにも正しいことも当然ありますし、嘘をつかない子供もいるでしょう。これがトピ主さんの解釈です。

    ユーザーID:5512714847

  • 全くない

    「100パーセント」「ない」なので全否定だと思います。
    パーセントという言葉に惑わされたようですが、「全く真実ではない」と言いかえれば僅かな可能性も否定していることが分かるでしょう。

    その文章の意味するところと別に「固定観念」に「真実」が含まれているかどうかについては、「固定観念」と「真実」の定義をどうするかで答えは変わってくるでしょう。私は「固定観念」という言葉がすでに誤謬性を含んでいると思うので、わざわざ「真実」ではないと言うまでもなく、「誤解」や「間違い」などと同じ否定的意味合いを持つと思います。

    ユーザーID:3979753336

  • 2つのことが混ざっている

    まず「固定観念に真実はない」ですが
    例えば
    「豆腐は柔らかい」という固定観念でしたら
    豆腐も凍らせれば固くなるので、真実ではないと言えますが
    「物質は気体・液体・固体のいずれかの形状をとる」ですと
    研究が進めば覆ることも有り得ます。
    また、「生物には必ず死が訪れる」という固定観念でしたら
    死なない生物はないので、真実と言えます。

    つまり、その人なりの固定観念のレベルで
    真実と言える場合もあり、真実と言えない場合もある。
    ということではないでしょうか。

    もう1つの「100%ない」は
    可能性0%ということです。
    10%は良いという意味は含まれていません。

    文中に意味が違うものが2つ入っているので
    混乱したケースと言えますね。

    ユーザーID:2833066461

  • この一文なら

    息子さんが正しいと思います。

    トピ主さんの主張(真実の可能性がゼロ、とは言えないと思うし)は個人的には賛成だけど、この場合は作者が断定しているんですから「真実である部分は0パーセント」で良いと思います。

    ユーザーID:9927265301

  • 本当に分からないんでしょうか?

    よほど特殊な文脈でない限り、
    「固定概念というものは、100パーセント真実、ではない。」
    つまり真実の可能性もあり、真実ではない可能性もある、ということだと思います。
    でも、
    「固定概念は100パーセント間違っている」
    という息子さんの解釈が合っている可能性も一応あります。
    文脈によりけりですね。


    「この林檎は赤い林檎黄色い林檎ではない」
    これを読んで、この林檎は何色なのか想像してください。
    「この林檎は赤い林檎であり、黄色くはない。」
    「この林檎は赤い林檎でも黄色い林檎でもなく、別の色である。」
    両方の可能性があり得ます。
    これを、どちらかと決めつけることが間違っていると思います。
    息子さんにはそこの所を分かってもらい、自分の感情から先入観で決めつけたりせず、この文章からでは両方の意味にとれるのだ、ということを理解して欲しいですね。

    ユーザーID:6399867460

  • 調べれば簡単に解決します

    「固定観念(こていかんねん)は、固着観念(こちゃくかんねん)とも云い、心理学の用語で、人が何かの考え・観念を持つとき、その考えが明らかに過ちであるか、おかしい場合で、他の人が説明や説得を行っても、あるいは状況が変わって、おかしさが明らかになっても、当人がその考えを訂正することのないような観念を指す」

    真実なら固定観念とはいわないのです。

    ユーザーID:0694474711

  • どっちも正解じゃない?

    「100パーセント」という修飾語が、

    後のどの語にかかっているか、という問題だと思います。

    1.「100パーセント真実」ではない(真実、にかかる)
    2.「100パーセント」真実では「ない」(ない、にかかる)

    どちらも文法的には正しいと思います。

    上記の1.ならトピ主さんの仰る意味、
    2.なら息子さんの仰る意味になると思います。

    ユーザーID:6202520278

  • 私は主さん派

    私の第一印象は部分否定(つまり主さん派)です。

    この手の文は、中学の英語の時間に繰り返し説明を受けた気がしますが、
    これは英語ではなく日本語なので、どちらでも正解としか言いようが無いです。

    書き手の力不足か、そうでなければわざと紛らわしい表現を使って遊んでいるかのどちらかでしょう。

    誤解を避けるためには、
    ・「100%真実である」とは言えない
    または
    ・100%間違いである
    と書くべきでしょうね。

    ユーザーID:5515182324

  • 多義文

    その文だけ見れば2とおりに解釈できる文で,そういう多義文は珍しくありません。まずはどちらにも解釈できると認めることが重要です。

    固定観念というものは、[100パーセント真実]ではない。…あなたの解釈
    固定観念というものは、100パーセント[真実ではない]。…ご子息の解釈

    しかし,文章の中に出てきたということは文脈があるわけですから,それによりどちらか一方である可能性は高いでしょう。

    また,表現のテクニックとしてはわざとあいまいに見せて話を進めるとか,どちらか一方と思わせておいて実は逆という意外性によって読み手を引きつけるなどもあります。

    要するに文章全体を見ずに言ってもしかたのないことで,さらには文章全体を読んでも決められないこともありえます。

    ユーザーID:8908016089

  • 観念とは?

    観念だけでネット検索、

    物事に対する考え方

    もうこれまでと諦めること、

    (哲学的なものは面倒なので省略しました)


    そこに固定という文字が付くと、

    あれでしょうか「決め付けるな」ってことかしら。

    ユーザーID:7271402874

  • どちらの解釈も可能

    「100パーセント」真実ではない(つまり真実である可能性は0パーセント)が息子さんの意見で
    「100パーセント真実」ではない(つまり真実の部分があるかもしれない)がトピ主さんの意見ですよね。
    固定観念という主語に関係なくこの一文だけなら日本語の解釈としてはどちらもありでしょう。
    先生は前後の文章を読んだ上で判断したのだと思います。

    「きれいな浴衣を着た女性」
    きれいなのは浴衣でしょうか、それとも女性でしょうか。

    ユーザーID:7702818321

  • 先生がおかしい

    文の解釈上、両方ありえます。
    通常は、あいまいさを排除するために読点や助詞を挟みますが、そうではない場合、文脈で判断します。
    常識的には、「固定観念というものは、100パーセントが真実というわけではない。」というお母様の解釈になると思いますが。

    ユーザーID:9937993490

  • タイトルだけだと

    「100パーセント真実ではない」
    の部分だけ取り上げると、真実は含まれていない
    と解釈します

    だけど「固定観念というものは、100パーセント真実ではな」
    の場合は固定観念の事を述べているので、多少は真実が含まれていると解釈します

    だから両方です、、後は、文脈次第ですよね

    ごめんなさい、役に立ちませんね

    ユーザーID:4022810580

  • 息子

    >100パーセント真実ではない
    この表現だけの解釈なら「真実ではない程度が100パーセント」なので、
    息子さんの解釈が正しいです。
    100パーセント云々が70パーセントならどうですか?
    例えば「200パーセント真実ではない」なら。

    でも、解釈は文脈に沿うものですからね。
    前後によれば、別な解釈も可能です。

    まあ、正確に意思を伝えたいなら別な言い方にすべきでしょう。
    トピ主さんなら、「100パーセントは真実ではない」
    息子さんなら「100パーセント、真実ではない」
    とかね。

    ユーザーID:2803967822

  • 真実ではないことを信じて疑わないことを固定観念と言います

    なので、息子さんが正しいです。
    真実は固定観念とは言われません。

    でも固定観念を説明するのに「100%真実ではない」は、
    「頭痛というものは100%頭が痛いということである」
    みたいな感じでおかしな文だと思います。

    ユーザーID:1359820563

  • 「固定観念」の正しい定義は関係ない

    >固定観念というものは、100パーセント真実ではない
    という文の意味するところが
    「真実である可能性は0パーセント」

    「全部が全部真実ではない(真実である場合もある)」
    か、という質問ですよね。

    >固定観念って間違ってることのほうが多かったりもしますものね。でも真実の可能性がゼロ、とは言えないと思うし…

    文の意味を判断するのに、作者の意見が正しいか間違っているかは関係ないと思います。
    「月極と書いてげっきょくと読む」と書いてあれば
    それが間違いであっても文の意味することは「月極の読み=げっきょく」です。
    文の意味を判断する材料として、文の意味するところの正当性を持ち込んだことが、混乱の元だと思います。

    なお、トピの文は、その一文だけではどちらにも取れると思います。
    先生は前後の文脈から判断したのではないでしょうか。

    ユーザーID:2194401743

  • 教科書に間違いを載せるのはマズイです

    生徒がそのまま覚えてしまったら、あとで恥をかいてしまいますよ。
    教科書にそう書いてあったと言っても、その教科書を見せるしか
    信じてもらえないでしょう。

    ユーザーID:0694474711

  • ゲッキョクってなんですか?

    月極をそう読むこともあるのでしょうか。
    そうでなければ、少なくとも教科書には載らないです。

    教材が間違っていたら、クレームがすごいでしょうね。

    ユーザーID:1359820563

  • 例文がちょっと・・・

    「固定観念というものは、100パーセント真実ではない。」
    この一文だけ見ると、この文章に「100パーセント」って部分は不要なのでは?と思いますね。
    「固定観念というものは、真実ではない。」だと意味として正しく明瞭なのに、なんでここに確率を表す要素を入れたのか、不思議です。
    他の人も言うように、句読点をあと一つどこに入れるかでトピ主さんも息子さんもどちらも正しいとなりますね。
    これ、口語をそのまま文字にしたことで起きるパラドックスのような気がします。
    天気予報で良く耳にする、「雷や竜巻などの突風に注意」これもアナウンサーの「間」の取り方で雷も突風?って変な感じに聞こえます。

    ユーザーID:8919733908

  • げっきょくは忘れてください

    先に「月極と書いてげっきょくと読む」という文をだしてレスした者です。
    この文を教科書に載せる、という方向に話が進むとは想定外でした。
    そうなるとトピの趣旨から外れますので、どうぞ忘れてください。
    ややこしいレスをしてすみませんでした。

    内容が誤りであっても、そうとしか解釈できない文がある、
    と言いたくて、あえて完全に間違った内容の文を例に出しました。
    「ゆうべウチで飼っている牡牛が子を生んだんだよ〜」でもよかったのです。
    「そんなことあるわけないのだから、牡牛が出産したという解釈はちがうのかしら」とは思わないでしょう。
    文の意味は「牡牛が出産」と解釈した上で「おかしなことを言う人ね」と思うのではないでしょうか。

    トピの文は二通りの意味に取れますが、トピ主さんは事実をもとに意味を決めようとし、
    事実はどちらかと迷っておられるので
    「どちらが事実かと文の意味とは関係ないのではないか(そうすると、事実がどうであれ文の意味としてはどちらにもとれる)」
    と、私は言いたかったのです。

    ユーザーID:2194401743

  • ブルドッグさんが正しいと思います。

    私はブルドッグさんが正しいと思います。

    というのも、もし0パーセントを意図したなら、
    「xxxは、100パーセント真実ではない。」
    という曖昧な表現よりも

    「xxxは100パーセント偽りである。」
    と読む人が間違わないように書くべきです。

    もし、これが、0パーセントを意識して書かれたのなら、その作者は落第ですよね。

    主語が何であるかにかかわらず、このような紛らわしい表現は避けるべきですが、作者がここではあえて使ったというので、私はぶるどっぐさんが正しいと思います。

    ユーザーID:9543169785

  • 固定観念の意味は

    「固定観念というものは、100パーセント真実ではない。」
    この例文自体がおかしな文章だと思います。

    「固定観念」とは、その考えが明らかに過ちであるか、おかしい場合で、
    他の人が説明や説得を行っても、あるいは状況が変わって、
    おかしさが明らかになっても、当人がその考えを訂正することのないような観念を指します。

    つまり「固定観念」=「間違った考え」なわけです。
    ですから、この言葉の説明に100パーセント等と云う割合を表す言葉は不要なはずです。
    一般的には「固定観念」=「思い込み」と勘違いしている人も多いのではないでしょうか。
    「思い込み」は全てが間違いとは言えない訳ですから。

    単純に文章の国語的解釈をすれば、息子さんとトビ主さんとの様に二通りの解釈が可能でしょう。

    しかし、文意的に解釈すれば、息子さんの言う解釈にしか成り得ません。

    ユーザーID:6322348831

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