出来るまでさせるのって?

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趣味・教育・教養

さんさん

体育で逆上がりや水泳をどこまでやるかトピがありましたが、できるまで強制的にさせるかどうかについてです。

うちの子の学校は、「できる範囲でやりましょう」というスタンスみたいで、泳げない子も泳げるようになるまで特訓というのはないみたいです。
私たちが子供の頃は、できるまで居残り特訓みたいないがあったのですが、今は「できる範囲で楽しく」みたいな風潮なんでしょうか?
むりやり居残りさせると体罰と言われかねないでしょうしね。
高校の時に、50メートル完泳するまで水泳させられて、だんだん寒きなって心細くなって泣きながら泳いだ記憶があります。今だったらシーズンオフまでプールに入れたら、体罰と言われるかも知れませんね。

出来るまで頑張らせるかどうか、辛い思いをさせないか、微妙ですよね。

ユーザーID:3032199773

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  • 水泳は

    出来たほうがいいですよ。
    義務教育に水泳が組み込まれているのは多くの学生が被害にあったある水難事故の教訓があるからです。
    海に囲まれている国だからこそ泳ぐ機会は生涯あります。
    我が国にカナヅチがほとんどいないのは過去の教訓があるから。このような国は世界でも珍しいです。

    当然ですが教育は「本人」のためになります。
    「できないんならやらなくていいよ」は一見優しく見えますが、究極の放任です。
    教師の職務放棄だとも思います。
    ただ、水泳は命の危険に直結する授業でもありますから、トピ主さんのように心細くなってまでさせられるのは可哀想ですね。そういう点は教師の課題だと感じます。

    ユーザーID:0622324015

  • どうしても、できない事はある

    人には、それぞれできる事もあれば、できない事もあります。

    子供の学年が進めば、誰でもできる事はだんだん少なくなります。
    逆に、できない事が増えてくる。
    それを無理やりやらせるのは、虐待です。

    ユーザーID:8165228927

  • できない事情

    昔、教員養成大学の体育の授業で聞いたことがあります。その時は跳び箱でしたが、無理やりやらせてはいけない児童がいると。それは過去に跳び箱を跳んでいて骨折した経験のある児童、トラウマがある場合、無理強いはダメだ、と聞きました。

    私は幼少期に海でおぼれた経験があります。プールはとても怖いです。足が立つプールならいくらでも練習しますが、中央部が深くて足が立たない、となるともう震えがきて水にすら入れません。

    「できる範囲で楽しく」はどうかと思います。そこまで学校体育は甘くないんじゃないかと思うのですが、事故も怖いですし、ある程度の緊張感は必要かなと思います。私なら無理強いはしませんが「できる範囲で努力」させます。

    ユーザーID:9238711619

  • 感想

    個人的には出来るまで強制してさせるというのは反対です。
    こういうのって運動系にありがちなことですよね?運動能力の低い子を見せしめにするようなことって、当人にとっては残酷なことと思います。

    人間、得意不得意はあるでしょう。得意なことを伸ばすというのは本人も苦はないでしょうが、不得意なことを克服するというのは結構な苦痛です。本人が克服するために頑張る気なら良いですが、本人ができなくても良いと思っているのに、強制してやらせるのは良いこととは思えないです。

    ユーザーID:7472426158

  • 子供の性格にもよる

    私たちの時代ってなんでも出来るまでやらされました。

    出来るまでやらされて達成感があったかというと全然。

    イヤな思い出しか残っていない。

    しかも無理矢理やらされた逆上がり、マラソン大会で歩くの禁止、水泳、給食完食みたいなものって大人になって役立ったものはひとつもない。

    むしろ運動系はイヤな記憶しか残っていないので試合観戦もしません。

    水泳やマラソンはある程度できたのですが、ある程度できるとタイムが良いから選手ねと勝手に決められてそこから強制的な練習をさせられます。それがとてつもなくイヤだった。

    皆と同じようにできたのだからもうら解放してくれ!という感じですね。

    ユーザーID:1547580630

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  • 学校による?

    実体験を申し上げます。

    今からウン十年前の小学生だった時転校しました。
    前の学校は『出来る範囲で頑張りましょう』でしたが、転校後の学校は真逆のスパルタ校。

    転校後初めての水泳の授業で、25メートル泳げないのは学年で自分ひとりでした。その学校では卒業までに全員25メートル以上泳げるようになるのがノルマでした。
    なにしろ息継ぎすら教えてもらった事がありませんでしたから。
    でも、その後2クラス合同の80人近くの声援を浴びながら泳ぎ切れた時は泣きたくなるくらい感激しました。

    できなかった事が出来た時の喜びは、頑張った人しか味わえない宝物なのに【出来る範囲で…】は少しもったいないような気もします。

    ユーザーID:1122715174

  • 出来ない子も生きられる学校

    ちょっと大げさなタイトルを付けました。
    家の子の小学生の時水泳大会が有りました。見に行って「学校教育とは有り難い物だ」と思いました。どの子も速い遅いは有っても泳ぐのですから。
    しかし終盤に入って、プールを歩くだけの競争が始まりました。今年泳げなかった子たちの競技だと説明を受けました。しかし泳ぎ終わった子たちが盛大に応援して明るい雰囲気でしたよ。
    泳げない子は心の中では、恥ずかしいとか残念とか来年は頑張ろうとかそれは色々感じているとは思いますが。
    私は子供の時に跳び箱が飛べず、できるまでやれと言われました。クラスで2人だけでした。何度も飛べずにやり直し、先生がよそ見をした時に飛びました。みんながワーと拍手をして「飛べた」と証言してくれました。もう一人の子は肥満児で最後まで飛べずに泣いていました。卒業するまでその子に辛く当たられました。
    先生はどうしても飛ばせたいのなら、跳び箱を教えるべきだと思います。どんなふうに助走して思い切りとんだら、跳び箱のどこに両手をつくとか教えませんでした。ただみんなの前でみじめな思いをさせて、たまたま飛べた私は合格でできない子は辛い思いをしました。

    ユーザーID:2449665543

  • 難しいですよね

    私の本音は、勉強や運動で、みんなが出来ることは子供にも出来るようになって欲しいです。
    出来るまで頑張ってほしいけど、頑張っても出来なかったことは仕方ないと思うように、私も努力しています。

    主人が子供に「お父さんは頑張っても出来なかったことは、出来なくていいと思ってる。だけど、頑張りもせずに最初から出来ないからいいやーとお前が思っていたら、お父さんは容赦なく叱る。出来たことだけでなく、努力する過程が大事なんだ。」
    と話していて、恥ずかしながら気付かされました。

    ユーザーID:2083323214

  • 難しいね

    私自身は、無理に頑張りたくないし、そこまで頑張らせるのもどうかと思っているタイプではあります。

    ただ、自分は何かに必死になって取り組んだ経験のない、非常に中途半端な人間だなと思うことがたびたびあります。

    メディアなどで、その道に通じた人の話なんかを聞いてみると、やはり死に物狂いで頑張った時期があったりして、そうやって頑張れるのも才能の内なのかもしれないけれど、頑張らなかった(頑張れなかった)自分が何ともお粗末に感じたり。

    子どもの習い事でも、「やるなら本気で」派と、「趣味で楽しく」派がいるようで、「本気」派は親も子も大変だろうけどその分成績をしっかり残していたりするので、充実しているのは「本気」派なのかも、と思ったり。

    学校の授業ごとき、かもしれないけれど、その授業程度も頑張れないから今の中途半端な自分があるのかもしれない、とか。

    ユーザーID:8065560823

  • 恐怖!帰りの学習!

    私が子供の頃、小学校では「帰りの学習」なるものがありました。

    小1の頃一日の最後に漢字と算数のミニテストがあり、出来た子から帰れると言う非情なゲームです。
    ビビりな私は集団生活に追いつくのにやっとなのに、出来無い子はどうなるんだろうとそれだけで不安な気持ちに。
    ある日「学」の字で何故か丸を貰えず最後まで残され、何度やり直しても「もう一度」と言われ
    帰る事が許されませんでした。

    日は落ち、だんだんと暗くなる教室。
    「お母さん心配してるだろうな」と思ったらもう悲しくて涙がぶわっとあふれ出て涙で前が見えません。
    その頃は質の悪いわら半紙を使用していたので消しゴムで何度も消すと紙が破れるんですよね。
    それがまた子供心に切なくて、、、

    自分でも何が何だか分からなくなった頃に教師も飽きたのかようやく保釈されました
    「何故丸にならないの?」としゃくりあげながら聞いた所「形が変だから」だそうです。

    「出来るまでやる」なら少しはサポートして欲しかった。

    なお給食が食べられ無い子も同様の扱いでした。

    ユーザーID:5422675322

  • 難しいですよね

    私はとても運動音痴で、跳び箱も泳ぐ事も出来ませんでした。
    私が学校低学年だった40年前は「気合と根性」の時代ですから、
    それはもう、ビシバシと指導されたものです。

    結果、水は怖すぎて中学でも理屈をこねてはプールに入らず、
    高校は新設校でプールが無く、そこから水には入っていません。
    大人の今でも怖いです。

    しかし、跳び箱は一度跳んだ事から飛躍的に上手くなり、
    そこから体操の選手になり、その身体能力から、
    他の体育会系部活に転向して国体2位。

    後々振り返って、スパルタ式であったけれど、
    出来ない挫折感も、やればできる達成感も十分に味わいました。
    そして両方の結果共に、私にとってはとても重要な基礎になっています。
    自分に出来る事と出来ない事が分かったし、
    努力しても泳げない事という事実は、人にハッキリ答えられます(笑。

    例えば跳び箱を骨折するまでやらせるのは無茶です。
    でも、努力の最中に骨折は、ある程度仕方ない。
    出来ない事も出来る事も、学生は試せる特権だと思いますが、
    指導者と個人が上手くかみ合わないと難しい。

    私にとっては、無理やり歌わされる音楽の方が虐待に感じました(汗。

    ユーザーID:4499353033

  • 極端なのはNO

    最近は可哀想至上主義が幅を利かせていますね。
    学校もクレームが怖くてなあなあのゆるい系が流行るようです。

    躾けも可哀想、勉強も可哀想、嫌いな物食べさせるのも可哀想、努力も、恥も、緊張も、我慢も、小さな子供には可哀想〜。

    私の友達は自転車に乗れません。
    始めて練習した時ころんだのがあまりに痛くてもうやりたくないと泣いて訴えた結果なんだって。
    大人の方も鬼役するより甘やかす方が楽だし、こういう風潮はまだまだ続きそうですね。
    先生は他人だからともかく、親だけはしっかり子供と向き合って甘やかし一辺倒にならないようにと気を付けたいものです。
    子供のために。

    ユーザーID:0968306032

  • トピ主です

    給食を全部食べるまで許さないという先生がいて、吐きそうになりながら必死に食べている子を見るのが嫌でたまりませんでした。給食も普通に全部食べれる子ばかりとは限らないからです。

    運動ができない子に無理矢理させるのもそれと同じだと思います。
    できる子からすると「根性でどうにかなる」と思うかも知れませんが、そう簡単ではないと思います。
    見せしめっぽいのって確かにあって、「泳げないと冬でもプールに入れるからな」と言われたときは恐怖でした。脅しや根性で泳げるようになるわけではいと思いましたし、サボるつもりはまったくないし、実際、11月にもなって濁ったプールなんて罰を受けている感覚でしかありませんでした。
    でも、一緒に入ってくれた水泳部の人には感謝しています。

    ユーザーID:3032199773

  • 教育姿勢の問題ではなく・・・

    いまの教師は忙しいのです。出来ない子にいちいち構ってられないのです。

    それでますます能力の格差が広がるのですが、ムリにやらせると体罰だとかモンペや批判が来るのです。

    たとえ身を守るためには絶対に泳げた方が良い水泳でさえ、出来ない子にはムリに教えることなくスルーです。

    昔のほうが、出来ないことから逃げない姿勢が学べましたね。(程度問題ですが・・・)

    ユーザーID:1470580720

  • 結局は「程度」と「バランス」

    水泳や運動に限らず総論としてですが

    なんでもかんでも「できる範囲で」で終わらせてしまっては
    本当に何もできない子はどうなっちゃいます?

    運動ダメ、勉強ダメ、芸術ダメ、音楽ダメ・・・
    本人の「出来る範囲」に任せた結果、掛け算の九九もろくすっぽ
    覚えきれずに小学校卒業してしまってもいいのでしょうか?

    無理やりにでも最低限できるようにしておかなければいけないことってあると思うんですよ。
    もちろん掛け算の九九が言えなくても漢字で「月火水木金」が書けなくても
    人並み以上に稼げてる人もいますよ。
    けど、それはそれ以外の面で特殊な能力を持った芸能人やスポーツ選手なんかの特例で

    やっぱり小学生の内に出来るようにならなければいけないことはあるわけで
    具体的にそれがどうの程度なのか、どれだけなのか、それは子供によっても違うわけで
    人それぞれになっちゃうと思うのですか。

    「できる範囲」が九九の3の段までならば、強制的にでも全部覚えさせるべきだと思います。

    ユーザーID:1754154627

  • 生活スケジュールの考え方の変化

    個々の内容に関しては、
    リスク管理の面などで学校・行政の責任が持てる範囲が変化したことも一因だろう。

    万が一の場合を考慮したときに
    水泳なら溺れた場合の救護能力を学校が保障できるか?
    逆上がりなら、先生の補助がハラスメントなど別の問題に発展しかねないかなど。
    実際に給食はアレルギーなどの扱いで、全部食べろはほとんど無くなった。

    それともう一つあるのは、ゆとり教育以降は家庭が自分の子供の方針をもつ方向になった。
    ゆとり教育以前は学校が何より優先するという風潮だったが、それが変わったわけです。

    学校そのものが子供のスケジュールの一部となっていった。
    6時間授業なら何時で下校、それに従って習い事なり学童なりを各家庭で組み込む形に変わった。
    授業はカリキュラムがあり、授業外の時間もないのだから「出来るまで」の指導は物理的に不可能。
    子供たちにとっても教員にとっても「可能な範囲で」携わることしかできないのも現実でしょ。

    ユーザーID:8490600808

  • 100点取るまでやれ

    テストで100点取るまでやれとは言われないですよね。
    息子が通う小学校の毎月あるテストは合格ラインが80点。
    事前にまったく同じ問題を何度も解きます。
    計算が苦手な子は計算機の持込OKです。
    なんか笑ってしまいましたが。
    100点取るのは強制ではなくて、25メートル泳ぐのは強制っていうのはおかしいですよね。

    ユーザーID:0212397660

  • 過ぎたるは及ばざるがごとし

    昔の人はいいこと言いますね。

    強制はトラウマになって逆効果ってことありますよね。かといって、できなかったらいいのよ〜は甘やかしです。

    私は、水泳や逆上がりなど基礎的な運動ができないのは教え方が悪い場合が多いのではないかと思います。だから、教えられる人がきちんと教えた上でできないなら仕方ないと思います。水泳や逆上がりの話が良く出ますが、小学校の教師って体育は専門じゃないです。はっきり言って教え方がいい加減なこともあります。

    教えてもらえる環境下であることが前提で、頑張る教育はありだし、そうでないなら、あきらめる教育もありだと思います。

    ユーザーID:4919524301

  • 大事なのは

    出来るまでではなく、諦めない気持ちを育てると言うことですよね

    アラフォーの私は、小学校でガツン系の先生で育ちました
    25mのクロール、運動音痴には教え方がひどく今でも泳げません
    でも最後のテストで足を着くことなく最後は犬かきで辿りつきました

    今でもなんのこっちゃと思いますが
    私が学んだ事は
    苦手な事でも諦らめず壁を登る力を貰えた事だと思ってます

    ただ今の子供も、お稽古やらで忙しく
    先生も生徒にそかまで構わなくても良いかなと思ってるんじゃないかな
    だって出来るまで付き合うって時間も精神的にもパワーのいる事ですもんね

    ユーザーID:4908797376

  • 泳げるってすごい

    もう読んでいる方はいないかも知れませんね。

    自称何でも世界一の国に住んでおりますが、私の周りには泳げる人がほとんどいません。。。


    私はこの国に来て、自分が泳げるのは水泳が小学校のカリキュラムに組み込まれているからだと初めて自覚しました。
    水泳が出来るというのは教育の賜物であったと… こんなことに気がつかないのは私だけかもしれませんが。(人間は浮くことが自然にできると思い込んでいたようです)
    あまりにも周りの人たちがかなづちで、それでもなぜか家にプールがあったりする人もいてまたそこで溺れて死にそうになったなどという話を聞くと、小さい頃に身についていて良かったとしみじみ思います。

    国民の多くが泳げないという比較対象があるので、狭いとされている日本で十分な大きさのプールが各校にある、やり方に満足は行かないかも知れませんが、生徒が泳げるまで頑張ってくださる先生もいらっしゃるという環境は、それだけでありがたいことだと思ってしまいます。

    ユーザーID:7668829330

  • トラウマ派

    自分は高校の体育の授業での「走り高跳び」がトラウマです。

    私は人よりも身長が高く、体格も骨太で一見スポーツ万能っぽく見られますが、事実は真逆で走れば転ぶ、テニスもゴルフも振れば空振り、泳ぎも溺れてるのか泳いでるのかわからない、外に出るより家で本を読んでいるほうが好きな超インドア派でした。

    当然体育は大嫌いでしたが、ある日走り高跳びの授業で、ある高さを私より背の低いクラスの全員が跳べたのに、一番身長の高い自分は最後まで飛べず、皆が三角座りで見ている中、女性教師に「そんなにでっかい体で何で跳べないの」とか「根性を出せ」と言う言葉を浴びせられながら何度も何度も挑戦させられました。

    結局最後にバーを揺らしつつも跳べたのですが、達成感など1mgも湧かず、ただただ涙をこらえ、屈辱感に耐えるだけでした。

    誰かが仰っている通り、水泳はできるに越したことはないし、大人になって役立つスパルタもあるかもしれませんが、今思い出しても、その高さを何故全員が跳べないといけなかったのか、何故背が高いということをそこまで侮辱されないといけなかったのか、まったく理解できないままです。

    ユーザーID:6019402496

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