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日本の第二次世界大戦中の写真、絵葉書などのコレクション

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趣味・教育・教養

アメリカ小町

日系人のお友達から、私に見て欲しいものがあるから来て欲しいと言われ、行ってみましたら、大きなバインダーに2冊分の第二次世界大戦中の写真、絵葉書等のコレクションでした。息子さんがご両親の為にコレクターの方から譲って頂いたものですが、彼らは日本語も読めませんし、彼ら自身はあまり興味の無いものだったようです。

かく言う私も、多少、戦争の話は聞かされて育った戦後のベビーブーマーですが、戦争関係には全く興味が無く、内心、バインダーを開くのも嬉しくなかったのですが、コレクションを見ているうちに、70年以上も前の日本の絵葉書や写真に、とても興味を惹かれました。

その中で、特に私の目を引いたのは、外地にいらした兵隊さんがご両親に向けて書いたお手紙や数枚の書かれた絵葉書でした。思わず、友達にこの手紙と絵葉書だけでも譲って欲しいとお願いしてしまいました。出来るものならば、これを書いた方たちのご親戚にお送りしたいと思ったのです。

が、70年も前の住所で、郵便が届くものでしょうか?その方の地元の市役所などにお送りしたら、ご親戚にお渡ししてくださるでしょうか?その場合、何課にお送りしたら良いのでしょう?

また、このコレクションですが、(もし、私が払える範囲でしたら)譲っていただいて日本のこういった関係の物を集めている博物館などに、寄付をしたらどうだろうかとも考えております。

この件に関し、ご意見、お勧めなどしていただけると幸いです。

ユーザーID:5612685579

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  • 是非、お願いします。

    お願いします。残す事です。戦争は、何も残りません!これからの人達へのメッセージの為にも!貴女から 日本の大手の新聞社に投稿なり連絡したらいかがですか!多分、貴女に賛同します。これが、一番の道ですか!後は、遺族会も有りますが、マスコミの力が、一番ですか!全国紙が、お勧めです。

    ユーザーID:8734744106

  • 素晴らしい

    遺族の皆様に送ってあげたいという発想が素晴らしいですね。

    思い付いたのは、地元のローカル新聞社ですね。
    新聞記者なら興味をもつ題材でしょう。時々そうした、ローカル視点ならではの戦争特集などしているのも見かけますし、紙面から読者に呼び掛けることもできます。自治体との繋がりも新聞社ならあるでしょう。

    後は県の遺族会、県人会などでしょうか。
    自治体に問い合わせたら、紹介してもらえるかもです。

    ユーザーID:8311090338

  • 農村地域なら

    おそらく都市部なら難しいでしょうけれど、農村地域なら代は代わっても親族が住んでいらっしゃるのでは?

    役所等に丸投げしても無償ではどこも探してもらえないのでは?

    今やインターネットで住所を入れれば、上空からの航空写真どころか通りにテレポーテーションしたように見られる時代ですから、住所近辺に今も家があるかどうかは、海外からでもわかると思いますよ。

    ユーザーID:9785046574

  • 「昭和館」に寄贈するのはいかがでしょうか。

    昭和館とは、東京都千代田区にある博物館です。
    太平洋戦争中又は戦後の国民の苦労を後世に伝えることは活動の一環とされており、その資料として当時のはがきなどを収集しているそうです。

    ユーザーID:5016930345

  • 親は生きていないでしょう

    おそらく住所は大きく変わっています。もう親も生存していないと思います。
    私には予科練に行った父がいますが、生存して交流が有る方は一人だけになりました。父も亡くなり、戦死した叔父ももう何十年も前に墓の下です。その家が存続していても、甥か姪かあるいはその子供の代です。その方たちが何も知らなかったらそれまでかとも思います。
    もし遺族を探すのなら、その県の遺族会か軍人会か、新聞に掲載してもらうかしかないと思います。
    貴女がそのコレクションを見た時に感じた物は、しごく当たり前の日本人の心です。この方たちが命をかけて守ろうとした人々が今の日本を作りました。
    その思いに何とか応えたいと瞬時にしてそう思ったのです。
    おそらく手紙の方は生存していないでしょう。でも目に停めてくれた貴女に感謝していると思います。
    私の町には戦死した方を祀るための忠魂碑と言う物があり、戦死した町民の名が刻まれています。お参りする人が今も後を絶ちません。
    若い人が沢山死にました。痛ましい事です。
    貴女の思いが通じると良いですね。

    ユーザーID:5823399341

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  • 当時の方々は90代だと言われているので

    平和記念館のような 語り継いでいただけるところに お渡しするほうがいいのではないでしょうか 当時の事実を隠すためにそれらの資料を一軒一軒たずねて 処分している人達もいるそうです 政治政策の為らしいです
    ですから 間違いでなく保管し語り継いでいただけることを確認してから行動されたほうがいいと思います
    二度と過ちを繰り返さない為に…

    ユーザーID:9616441376

  • 是非!

    厚労省の代表電話にかければ担当部署につないでもらえますよ!

    ユーザーID:3648659595

  • 市町村の変更

    もしトピ主さんが日本を離れて久しい方でしたら、平成の大合併という市町村を半減させた政策を御存知ないかもしれないので、市町村の変更についてご注意を。

    都道府県別市町村合併一覧

    で検索すると、幾つかのサイトで以前の市町村名と合併後の現在の市の名前がわかります。

    他にも新興住宅ができると新たな町名に替わったり、平成の大合併以外にも、戦後間もなく隣の市に入ったり区が増えていたりしますので、そのままの所もあるでしょうが、そうでない所が多いようです。

    都市部でなければ、親族に渡せる可能性はあると思いますので、少し調べられては。

    ユーザーID:3933170139

  • 各市の福祉部などは?

    合併等あったので名称が変わり、戦中までの住所では届かないかもしれません。
    住民票を発行する課で現在の住所名がわかるはずですが教えてくれないかな?
    最近は厳しいから難しいかも。

    ご家族は戦没者遺族年金を受け取っていらっしゃった方が多いと思うので、
    各市役所に連絡するのが良いと思います。祖母が受け取っていましたので
    住所が変わっても連絡がありました。
    現在受け取る方がいなくても記録はありますから兵隊さんの氏名から判明しやすそうな。

    自治体により名称は違いますが、市民福祉部や福祉健康部などで課は福祉課や社会課など。
    福祉の名がつくところが多いですね。
    毎年の慰霊祭も同部署が担当されています。

    また市によっては、市立の資料館や博物館に戦地からの葉書などを展示していますよ。
    県立もあるかもしれません。
    もしご遺族が不明の場合、あればその市の資料館などに置いてもらうようお願いするとか?
    新宿に平和祈念展示資料館(総務省委託)もありますよ。

    私が身内であれば、会ったことがなくてもその葉書が届いたら非常にうれしいですね。

    担当部署にメールで相談されてみるのが良いかもしれません。

    ユーザーID:6743138384

  • 早速のレス有難うございました。

    数日後に2ヶ月ほどの他州への出張が決まっているものですから、取り急ぎ皆様に相談させていただけて本当に良かったです。

    兎に角、お手紙や既に書かれている絵葉書に関しては、譲って頂ける事になっていますので、出張から帰り次第、まずインターネットで調べられるところまで、自分でやってみて、その先は春に一時帰国する際に、皆様にお勧めいただいた団体又はマスコミ関係にお願いしてみようと思います。

    『遺族の皆様に送ってあげたいという発想が素晴らしい』とおっしゃていただいて恐縮です。でも、あのお手紙を読めたら、日本人で無くとも遺族にお送りしたいと誰もが感じると思います。

    平和記念館には行った事がありますが、昭和館というのは聞いた事も無かったので、ウェブサイトを見させていただきました。確かに、こう言った所に寄贈出来たら嬉しいですね。お友達に話してみます。もし、良いお返事を頂けたら、平和記念館、昭和館等の機関にご連絡をさせていただいて、その様子で、何方に寄贈するか決めたいと思います。

    本当に有難うございました。先ずはお礼まで、

    ユーザーID:5612685579

  • トピ主のコメント(2件)全て見る
  • 祖母の不思議な写真

    二十歳の女性です。

    半年前、祖母が亡くなり、祖母の写真の遺品を整理していたら、戦時中と終戦直後の祖母の写真が出てきました。

    戦時中、祖母は、もんぺ姿で、頭には日の丸の鉢巻を巻き、一生懸命、ミシンを漕ぎ働いている姿の写真が数枚出てきました。

    終戦直後、祖母が、マリリンモンロウが良く穿いていた、落下傘の様なスカートを穿き、星の付いているジープの運転席で

    米軍の将校の制帽を被り、得意げに、微笑んでいる写真と、ダンスホールで米兵と踊っている祖母の写真が多数出てきました。

    私は、不思議に思い、母や叔父、叔母に訊いてみると、「お婆ちゃんは派手好きだったからな〜!」と言ったきりそれ以上、話してくれません
    トピ主さん、日本は本当に、アメリカに負けたんですよね?

    ユーザーID:5273497337

  • アメリカ小町さんなんですよね・・・?

    トピ主さんこんにちは。アメリカ小町さんなんですよね。
    それだともしかしたら在米総領事館とか大使館に
    繋いでみるというのもひとつの手かもしれません。
    本国につないで、それで調査してもらったり
    するほうがいいのかも?と思っています。

    それかもし一時帰国されるのであれば、
    各地の県人会や遺族会などで調査するようになるかもしれません。
    70年も前のことなので、お元気でいらっしゃる方は
    もうほとんどおられないかもしれないので
    時間との闘いになるかもしれません。
    でも、それでも、ご遺族のところに帰りたいだろうなと
    こんな私でも想いますから、是非、アメリカ小町さん
    うまくいってほしいなと祈ります。

    おりしも日本では「この世界の片隅に」という
    アニメが、ちょうど舞台背景がその頃のものなのですが、
    来年映画になるようで、アメリカ小町さんの投書を観て
    過去からのSOSのような気がしています。
    ご遺族のもとへ、たくさんの人が帰れますように。
    god bless you アメリカ小町さん。

    ユーザーID:5935512375

  • 厚労省援護局が遺品を遺族へ渡す支援をしています

    追加です。お忙しい中ご苦労さまです。

    ふと厚労省援護局を思い出し調べてみました。
    戦没者の遺品をお持ちの方へ呼びかけを行なっている部署がありました。

    厚労省の資料で調べ、遺品を遺族へ渡すことを行なっている部署があるようです。
    氏名と住所があればご遺族に渡すことができる可能性大だと思います。

    厚労省援護局で検索し、「戦没者遺族等への援護」というページを開きます。
    そのページの下の方に「政策分野関連情報」というのがあります。
    その中に「戦没者の遺品をお持ちの方へ」という項目があります。

    そこを開くと 事業課事業推進室 調査第2係 とあり連絡先も載っています。

    日本に帰国されるようなので、電話なさってみてはいかがでしょうか。

    トピ主さんのような方がいらして有難いです。
    ご遺族に届くと良いですね。

    ユーザーID:6743138384

  • 引き続きのレス有難うございます。

    うめぼし様のお祖母様おもしろいですね〜〜。出来るものなら、お写真見せていただきたいくらいです。こちらでお知り合いになった戦争花嫁でいらした方で、似たような方いらっしゃいますよ。(笑)

    にゃあ様、はい、アメリカ小町です。ウェブサイトで調べなければ厚労省が何かも分からない者です。(恥、、、私が日本にいたころは、厚生省と労働省は別だった様に思うのですが、違いましたっけ?)私の帰国時には間に合わない様ですが、いつか、『この世界の片隅に』のアニメを観てみたいと思います。

    アラフィフ様、色々お調べ頂き、本当に有難うございます。お手紙と書かれた絵葉書は『厚労省援護局事業課事業推進室 調査第2係』にお願いするのが一番の様ですね。新宿の『平和祈念展示資料館』の方も帰国の際伺ってみようと思います。

    追伸:昨日は少々急いでおりまして、纏めてのお礼で申し訳ありませんでした。ばるちゃん様、東北小町様、秋のドナタ様、ヒストリアン様、海賊の妻様、玲子様、かじゅ様、アラフィフ様、本当に有難うございました。

    ユーザーID:5612685579

  • トピ主のコメント(2件)全て見る
  • 返信、ありがとうございます。

    2回目のレスです。

    私の祖母は、戦争花嫁では無いです。

    私の祖父は戦死しています。

    確か、母が、祖父は、インパール作戦で餓死したと言っていました。

    祖母の家族は、皆、空襲で死んでいます。

    返信、ありがとうございました。

    ユーザーID:5273497337

  • 戦争花嫁に関する研究機関・研究者

    とても、大切な資料です。ご指摘のように、ご家族、あるいは、管理の出来る適切な機関にお渡しになられるのがいいと思います。(ご家族については、どのようにコンタクトを取られたいいのか、わかりませんので、研究機関について、情報を書かせて頂きます)。


    アメリカ、オーストラリアでの戦争花嫁の研究はかなりなされています。移住関連の日本での資料館は、
    JICA横浜海外資料館(こちらでは、戦争花嫁の特別展示も過去やっていました)。資料室の方がとても親切ですので、ご家族探しについてもご相談が出来るかもしれません。

    http://www.jomm.jp/

    ごく最近、母親が戦争花嫁だった人たちのドキュメンタリー(七転び八起き)が作成されました。
    個人的にアメリカに渡った戦争花嫁の方の研究をなさっている方も数人おいでになります。

    (ちなみに、私はニュージーランドに渡った戦争花嫁の方の研究をしております)。

    ユーザーID:9521126563

  • 戦争もの。

    親戚にアルミの水筒がありました。鞄はどこかのをみたことがあり、列車と土のような臭いがしました。実物は言葉にならない悲しさがありました。

    ユーザーID:0089384468

  • たった70年前の事

    子どもの頃は繁華街で傷痍軍人さんが募金活動をされたりしていました。

    義父の兄は特攻隊として海上に散りました。
    火垂るの墓を書かれた野坂氏も没されましたね。

    後世にどうやってつなげていくかは、私たちの世代が最後ではないかとも思います。

    遠い国の内紛も他人事ではありません。そして自国も。

    グーグルで1947年(終戦から2年)の航空写真が見られるサービスがあります。
    わが町も2/3は焦土でした。
    いったい何人の人が大切な家族や暮らしを失ったでしょう。

    忘れてはならない事です。
    身近な家族を、子どもを、妻を、親を、恋人を、故郷を守る事が使命と信じ
    散っていった人たちの事も。

    遺族の方はまだまだ戦争は終わっていないと思います。
    無事届いて心の整理が少しでも出来う事を願うばかりです。
    トピ主様の決意に敬意を表します。どうかよろしくお願いします。

    ユーザーID:4380738273

  • 我田引水

    先の大戦を経験した者から一言。

    日本では日本の状況(立場、被害、等)に注目されるのはご尤もな話と受け止めております。 至極自然な事です。 

    然し、世界的に見ると逆に日本は運が良かった、と私が日頃考えているのも事実です。 

    欧州の悲惨差は日本の比ではありません。 

    それも、日本の様に先のイクサで綺麗さっぱり終わった訳では無く、其の後長く悲惨な状況が尾を引いていたのです。 

    近隣諸国とて大差無し。

    諸外国の艱難辛苦にも心せねばなりません。 忘れがちですよね、皆さん!  と、言うか、考えたく無い、と言った方が正しいのかも !?

    「戦争花嫁」。 桑港の日本街でも散見されました。 羅府とて同じ事。 周りのニッケイからは良く思われておりませんでした。 同じ同胞でもです。 史実は史実。 忘れてはならない過去です。

    ご苦労の程が偲ばれます。 合掌。  

    ユーザーID:2471120580

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