• ホーム
  • 学ぶ
  • 私だけ?昨年末の第9について(やや駄だが切実)

私だけ?昨年末の第9について(やや駄だが切実)

レス25
(トピ主1
お気に入り105

趣味・教育・教養

ポンジュース

初めまして。クラシックおたく40代既婚男性ポンジュースと申します。
昨年久々にN響常任指揮者がパーヴォ・ヤルヴィに変わり、
大晦日にベートーヴェンの第九をNHKEテレでやっていたので、録画して、楽しみにして今見てみたのですが、、、
その演奏にぬぐいがたい違和感がありまして、ついついトピックを立ててしまいました。
周りにはクラシックのことで語る友人がいないので同好の方に、ぜひお付き合いいただければと思います。

まず全体的にインテンポなのはよいとして、これ見よがしにアクセントをつけて力を込めているように表面的には見せつつ、
サラサラと急流の川のようにただただ流れていく演奏に唖然としました。
近年アンサンブル力の上がってきたN響のこと、このサラリーマンのやっつけ仕事の如く超特急で、一刻も早く
曲を終わらせんかのような指揮についていった演奏力は大したものだとは思いましたが、聴き終わって残ったものは、
目の前をレーシングカーが轟音で通り過ぎた直後のような奇妙な静寂と空虚感だけでした。

特に第1〜3楽章はその感が強く、ひょっとして第4楽章で「おお友よ、こんな音ではない」と3つの楽章を
全否定するストーリーの伏線のつもりで、サラッと流す新解釈のつもりか?とすら思いました。
どこにも念を押すような、溜めるようなフレーズが一つたりとてなく、ハイブリッドカーの運転のように
無駄なエネルギーを極力かけない省エネで、効率よく燃費よくエンディングに持っていくかのような演奏で、
あるいは、指揮者が途中でトイレに行きたくなったのか?とすら思いました。

続きます

ユーザーID:8126155863

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数25

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • まったくまったく同感です。

    トピを作ってくださってありがとうございます。
    あの第九は絶対に速すぎでしたよね。

    この鬱憤、不満をどこにぶちまけようか、と新年明けてからも気持ちがモンモンとしておりました。

    テンポ80って書いてあるから、現代メトロノームの80で振り通されたのだと思いますが、あんな追い立てられるようなせわしない底の浅い第九ははじめて聴きました。

    まあこういうことは好き好きだとは思いますので、キレが良くてすてきだったのに、どこが?と思われる方もいらっしゃると思いますが、私と同じように速すぎ、浅すぎ、と感じられた方がいらしてうれしかったです。
    しかし、第九って、おもしろいですね。第四楽章で前の三つの楽章を全部否定しちゃうんですからね。「そんなつまんない音楽やってないでもっと、こう、別の音楽にしようぜぃ」ですもんね。ベートーベンって、以外にお茶目さんな方ですね。

    ユーザーID:6413427228

  • 私も見てました

    昔クラシックを愛していましたが(25年ほどまえ)最近はとんとご無沙汰でした

    大晦日に放映された第九をみていましたが、行き急いでる感がありましたね
    ベートーヴェンらしくない、優等生な第九という感じ

    昔好んで聞いていた、アバドの第九のほうが、アクが強くて、作曲家の苦悩が感じられるような第九でした
    これだ これがベートーヴェンなんだ! という感じです

    久々に聞き比べがしたくなってきました

    ユーザーID:5041669656

  • 当たり前かな、と

    そもそも年末だからって
    ベートーベンの「第9」を聞かなければ
    演奏しなければならないというのがわからない。

    年末だから、という?な理由だけで
    演奏者のモチベーションは上がらんでしょう。

    昔は、年末→借金取立て→楽団員の生活→年末の興行→一般受けの「第9」
    というのがあってそれなりのモチベーションがあったと思います。

    しかし、それも今の時代にあってはそういうこともないでしょうし
    義務感やルーティンワークから芸術は生まれにくいと思います。

    ユーザーID:1402041147

  • N響だけではありません…

    私は毎年民放とNHKの二つの第九を楽しみます。

    指揮者によって演奏が違うのはっきりしていて面白いですね。
    毎年録画をして繰り返して楽しむものですからその年の世相が反映されているように思えます。

    音的なことはマイクの位置かもしれませんね…

    私は合唱に入ってからが好きなので、盛り上がってからクライマックスに入ってからは特にその年の特徴がよく出ていると思っています。

    こんなはずではない…
    去年はそんな出来事が多かったですから(笑)

    今年はどんな演奏になるか…
    まだ始まったばかりの一年が落ち着いた素晴らしい年であってほしいものです…

    ユーザーID:2679944853

  • 第九じゃなく初耳のクラシック音楽のコンサートに

    自分好みのCDなんかで良く聞きなれた音楽のコンサートだと良くそういう事があります。というか必ずがっかりします。自分の好きなあの指揮者のこういう解釈が自分にぴったりした場合、他の解釈なんて馬鹿げて聞く気もしませんし、コンサートの後に腹が立ってくるほどです。

    第九なんて毎年年末に聴いて退屈しませんか? それに例えば色々でもベートーベンだけだと退屈しませんか? そんな聴き慣れた音楽よりも今まで全く好きになれなかったピースとか今日の若い作曲家による斬新な曲なんか、とってもナマ演奏だと楽しめると思いませんか?

    そして久々聴いてなかった第九を例えば10年くらい隔ててきけば新しい解釈もとっても新鮮で新しい感動が湧いてきませんか? クラシック音楽なんてこんなに長生きしてるから、そのくらいの年月なんて全く色あせません。だからそんな事感じはじめたら第九を聴くのはしばらくは止めたほうが身のためじゃありませんか? (笑)

    ユーザーID:8805370242

  • 趣味・教育・教養ランキング

    一覧
  • トピ主です 1

    最近のトレンドでスマートな演奏が流行りなのは知ってますが、これは少々極端だと思います。
    私は第九は20以上のレコードと実演に触れてきましたが、少なくとも今までで一番「?」がついた演奏でした。

    それとも、日本人はどうせ第4楽章しかまともに聴かないでも思って、第1〜3楽章はサラッと演奏したという、
    さしずめサービス精神とでも言うつもりでしょうか。

    この違和感を一人でやり過ごすことがどうしてもできずについついキーボードに向かってしまいました。
    この演奏をテレビでご覧になった皆さま、どうお感じになりましたか?

    逆に今回の演奏が気に入った方もいらっしゃると思いますので
    皆さまのご意見をお聞かせいただければ大変有難いです。

    ユーザーID:8126155863

  • 私は感動

    12月22日、FMで生放送を聴き、いたく感動しました。もともと第9って好きではなかったもので、期待せずにラジオをONにしていた程度でしたが。
    それで31日のTVもみました。N協、すごい挑戦?だったんですね。
    一挙にファンになりました(第9の)。
    トピ主さんとは波長が合わなかったってことでしょうかね。残念。

    ユーザーID:8116555726

  • まあ、第九ですし。

    ヤルヴィはああ見えてけっこう若いですし、早いテンポを好みがちなのはしかたがないんじゃないでしょうか。第九に思い入れが深いのは日本人特有のことですし、海外では第九はそれほど演奏されていないようです。
    そもそも日本で第九が好まれるようになったのは、オケ団員と合唱団員が一緒の舞台に上がれて、チケットが売り易いゆえに、どこでも「第九、第九〜!」となったから。

    ところでウィーン・フィルのニューイヤー、良かったですよね。渋面のヤンソンスの笑顔がめっちゃチャーミングで!
    今まではコンサートの添え物っぽかったバレエも、振り付けが立体的でグレードアップしていて、衣装も素晴らしかった!
    芸術監督が交代したのかな〜なんて思いながら、楽しんでいました。
    ラデッキーの指揮者と観客が一体になれるたのしさは格別です。

    ユーザーID:6648681830

  • 同感です

    私も、同感です。

    速過ぎるのもそうですが、なんだか浅い印象でした。

    彼の指揮は生き生きとしていて好きですが、
    第九の解釈はちょっと自分とは合わないな、と思いました。

    演奏前の解説で「4楽章の歌詞では”兄弟よ”と呼びかけるところを大切にしたい」
    とおっしゃっていて、非常に共感し、実際の演奏がどうなったか
    楽しみをしていたのですが、ちょっとさーっと流れていって、肩すかしでした。

    私は素人ですが、趣味で合唱をしており、
    プロの指揮者、プロのオケとで何回も第九を歌いましたが、
    昨年亡くなったクルト・マズアさんの指揮で歌ったのか最高に良かったです。

    パーヴォ・ヤルヴィさんには、他の曲で真価を聴かせてもらえればと思っています。

    ユーザーID:7277493692

  • NHKホールで演奏聴きました

    毎年年末はN響の第九を聴きにNHKホールに出向くのですが、今回の演奏がすごく素晴らしいと感動して帰宅したのですが…私は素人なんでしょうか???

    前回より良かったし、おそらく今までで一番良かったと思った私が外れ???

    ユーザーID:8491142145

  • ツイッターユーザーの漁火

    若いころは正にその「生き急いでいる感じ」に魅力を感じていたんですが、
    業界が「パーヴォといえば」的なノリで売り出し中の学者様がこういう演奏を指して
    「ベートーヴェンの脳内で鳴り響いていた音がうんたら」
    「意思に満ち溢れた音が張り巡らされてかんたら」とか言いだした途端、
    急に白々しくなって、飽きが来て、結局追いかけるのをやめてしまいました。

    というかシーン全体がゴリ押しっぽいので、最近は全然ご無沙汰でした。
    昨年N響の常任になったそうで、第九を振るというので、聴いてみました。
    今回の第九も決して0点ではないと思いました。でもね。これは個人的な感想ですが、
    上には上がある世界で簡単に持ち上げる人に囲まれていると牙が抜かれるのかな、
    という印象を持ちました。私が年をとったのか、それとも。

    勿論「音楽は耳で聴くものだ、お前は先入観に左右される愚鈍だ」と言われたら
    「そうですね」としか言いようがないのですが。
    「楽譜の情報をくまなく網羅しさえすれば、作曲家の意図は全て再現できるのか?」
    という問いに答えが見つからないまま、去年の第九は早足で過ぎ去って行きました。

    ユーザーID:8171797263

  • 教えて下さい。

    パーヴォ・ヤルヴィ氏が、語っていませんでしたっけ?
    この速い方が、ベートーヴェンの想い描いたテンポらしき事。
    もしくは、最初の頃の演奏は、このテンポだったらしい事。
    そう思って演奏を聴いたので「そうなんだ〜」って、
    感心したし、そのテンポで聴けて嬉しかったんですけど。

    家事をやりながらで、氏のお話はちゃんと聞けなかったので、
    私の間違った思い込みかもしれません。
    パーヴォ・ヤルヴィ氏のお話を聞かれた方、教えて下さい。

    ユーザーID:4802604555

  • 聴いてみたかった。。

    問題とされている演奏は聴いていませんが、トピ主さんの描写が大変面白く、聴いてみたくなりました。
    指揮者がトイレを我慢して振ってるような9番は、あんまりいただけませんケド(笑)

    私は1楽章が特に好きなので(出だしの緊張感が好きなのです。)超特急ではちょっと寂しいですね。

    ウィーンフィルのニューイヤーコンサートは観ましたよ。
    演出も面白かったし、マリス・ヤンソンスの指揮もすごくよかった。

    ユーザーID:4131796262

  • 私は楽しめました

    録画でも見直しましたが、たしかに速い第九だったと思います。

    でもそれは指揮者が違えば当然のこと、と思って聴いていました。
    逆にトピ主さんは、どのオケのどの指揮者の演奏が好みなのでしょうか?

    私は今年はN響ではない某有名オケの第九演奏会に行きましたが、それも楽しんできました。
    小人数のプロの合唱団で、N響の音大大合唱団とはまた違った味わいがありました。

    ユーザーID:6148353408

  • 間違ってませんよ

    にゃにゃ〜んさんのおっしゃるとおりです。

    私も確かに聞きましたよ(じっくり見ていたので)。

    べートーヴェン自身が考えたのはこの速いテンポの方だそうです。

    私も「そうなんだ〜」って思いながら聞いたので特に違和感はありませんでした。

    合唱部分に気を取られていたので気にならなかったのかもしれませんが。

    20代の頃、市の合唱団で歌って以来第九大好きです。また歌いたいな〜。

    まあそうかりかりせずに、もっとおおらかに音楽を楽しんだらいいんじゃないかなと個人的に思いました。

    ユーザーID:1201071507

  • そうかそうか

    他の指揮者の名演を聴いて、溜飲を下げようぜ。

    ユーザーID:3006275320

  • 連続ですみません。

    N響ではないのですが、過去のパーヴォ・ヤルヴィのベートーヴェンを何曲か聴いてみました。
    ドイツのオケです。

    で、トピ主さんの仰る意味がわかった気がします。

    過去の名演奏と言われたものと比べると、確かに斬新でこれが「ベートーヴェンの当時のリズム」と言われると、うーん、それでもこれまで聴いてきた演奏との違いに違和感を感じる、と私は思いました。

    確か、N響の定演でマーラーを最近振ったと思うのですが、これも「マーラーを忠実に再現」みたいなことをインタビューで語っていました。
    このマーラーは、私には(斬新だったけれど)「へぇ、そうなのか」とストンと受け入れられたのですが、ベートーヴェンではこれが「違和感」になってしまうのは、これは単に私の好みの問題なのだろうと思います。

    クラシックは再現芸術というところに意味があると思います。
    作曲者の意図は絶対かもしれないけれど、そこに指揮者の解釈が入り込むからこそ、面白い。
    だから、やはりヤルヴィのベートーヴェンが好きかどうか、ということでいいんじゃないでしょうか、と思いました。

    ユーザーID:4131796262

  • 私は楽しめました

    私はパーヴォの第9とても楽しめましたよ。私はパーヴォのファンでドイツカンマ−フィルのベートーベンの交響曲全曲演奏のDVDも持っていますし、CDもありますし、今年の第9はNHKホールで聴きました。
    パーヴォが指揮をすると本当に新鮮な曲に聞こえます。特にベートーベンの2番が好きです。他にもショスタコービッチやマーラーもとてもおもしろいと思います。ブラームスの交響曲もとても早いテンポですが、本当に美しいと思います。他の曲も聴いてみることをお勧めします。
     これは好みの問題かも知れませんが、私には無駄な装飾を取り払って本質を究めようとしているように聞こえます。

    ユーザーID:7955570773

  • 色んなの聴けて楽しい!

    第九好きですさん、ありがとうございました!
    やはり、ベートーヴェンの想い描いたテンポに近い演奏だったんですね。
    聴けて良かったと、あらためて思う事ができました。

    長く伝えられる音楽って、わりと最初はさらさらシンプルなモノで、
    いろんな人が演奏していくうちに、いろんな人の感情が足されていって、
    荘厳になったり、センチメンタルになってゆくのかもしれませんね。

    ジャズや、日本の伝統音楽などにもその傾向が見られるような気がします。
    近年日本の大衆音楽でいえば「影を慕いて」なども、
    美空ひばり、森進一の歌い方は、思い入れたっぷり緩急たっぷりだけど、
    佐藤千夜子、藤山一郎は、あっけないくらい速めにさらさら歌っています。

    長い時代と、幾つもの人の手を経て育ってゆくのも自然な事だから、
    現代の演奏方法が、現代の感性に愛されるのは当然でしょう。
    それはそれとして、作曲家の想いと、当時の演奏方法を探ってみたい、
    そんな気持ちが芽生えるのも自然な事。
    今回は演奏を聴きながら、ベートーヴェンやその時代に想いを馳せたり、
    いろんな想像をふくらませて、楽しませていただきました。

    ユーザーID:4802604555

  • 死人に口なし、とは言いますが。

    ベートーヴェンは悪筆で、記号を書いたのかヒートアップしてたのか、判断がつかないことが多い。
    今回はそれを精査した楽譜のうちの一つを使ってました。
    でも実は同じ楽譜を使ってマイルドに仕上げる人もいるし、パーヴォが火付け役でもない。
    更に検証の余地があるといって後日出版されたものもあるんですね。

    パーヴォはinとoutが明確で、従来との違いが聴きとり易いから人気ありますね。
    実際に「聴こえる喜び」というのは大きいです。余計な演出もしない方だし。
    ただやはり指揮者がそう言ってたからといって「これが作曲家の意図か」
    と刷り込まれるのは危険。これも折衷案だからです。本人は自信あるんでしょうがね。

    インタビューは説得力を持たせるものですが、耳だけで伝わらないから言葉の力を借りた、
    という意味合いもあるかも。それで理解が深まるならという意図も納得できますが、
    どうしても視聴者を有り難がらせたいという製作者の下心が見えてしまうんですよ。
    パーヴォの一人勝ちということにすれば業界まるっと美味しいのでしょうが。

    いずれにせよ安直な「なりきり」にはご用心。色々聴いて自分に合ったものを探すことです。

    ユーザーID:8171797263

  • いやそれって

    要するにトピ主の感性が劣化して色んな解釈を受け入れられなくなったというだけでしょ。速いとかいうけど、昔からトスカニーニとかシェルヘンとかものすごく速い演奏はあったわけだし、上の方で誰かがおっしゃってますが、ベートーヴェンの生きてた時代の速度はこれくらいだったといわれてるわけだしね。
    私はフルトヴェングラーのようなロマンチックな第9も大好きだけど、パーヴォの新鮮で溌剌とした第9も好きだけどね。ベートーヴェンの楽譜はシンプルであるが故に色んな解釈が成り立つし、その指揮者の音楽性によって大きな違いが出てくるもの(だから、市場にはこんなに多くの種類の録音が出てるわけです)。色んな演奏を受け入れられた方がいいんじゃないですかね。まあ、「こんなベートーヴェンはけしからん!」と青筋立てて怒り狂って、自分の楽しみの範囲を自ら狭めるのも勝手だけど。

    ユーザーID:7434154114

  • 聴いてないけど…

    件の演奏は聴いてませんが、クラシックは指揮者の解釈によって、同じ曲でもまったく別物になりますよね
    クラシックおたくのトピ主さんなら、そのくらいのことは言われなくてもご存じだと思いますが

    録音技術のない時代のものですから、作曲者の意図した演奏がどんなものだったかなんて、今となっては分かりません
    今回の演奏は、ただ単にトピ主さんの好みじゃなかったってだけです

    ユーザーID:8776101291

  • お気持ち分かります!

    と言っても、私の場合はフルトヴェングラーの1951年バイロイトが最高だと思っているので、他は全部ダメなんです(笑)
    最近では、年を取って丸くなったせいか、色んな第9があって面白いと思うようになりました。
    確かにヤルヴィのN響は速すぎて軽やか過ぎますが、あれはあれで今どきの第九らしくて若々しくていいんじゃないかと思います。

    ユーザーID:9400182165

  • トピ主です 皆様有難うございました! 1

    トピ主です。皆様、有難うございます!お返事が遅くなりすみません。
    色々お感じになられた方もいらっしゃるとは思いつつ、でもちょっともやもやが収まらず投稿させて頂きましたが、たくさんの方々のお声をいただき感激しております!本来でしたらお一人お一人にお返事をさせていただきたいところですが、まとめてのコメントとなりますことをご容赦ください。

    同じ曲でも色々な解釈があり、それに様々な感じ方があることこそがクラシックの楽しみ
    であることは重々承知しつつも、やはり昨今の原典主義、楽譜至上主義を標榜した、学究的な演奏には私はどうしても「?」をつけたくなります。確かにそれがベートーヴェンの楽譜通りであったにせよ、多くの人に聞きこなされつつ21世紀に至った今、そこに懐古的に立ち返る必要性がどこにあるのだろうと思ってしまいます。ことに第九こそ、あれだけ大規模な管弦楽法で作曲された曲に、わざわざ室内楽的なせかせかしたアプローチもないものだと思います。

    (クラシックのことなので情熱がほとばしり長文すみません。続きます)

    ユーザーID:4065385716

  • トピ主です 皆様有難うございました! 2

    私の個人的な意見かもしれませんが、
    やはり、一つ一つの音を重厚に踏みしめつつ進む演奏こそ、第九に、ベートーヴェンにふさわしいと感じ、そこからすると2015年の第九にはどうしても違和感がありました。

    「年末の第九」については皆さまも色々なご意見をお持ちのようですし、舞台裏にも色々な事情があるようですが、私は日本の音楽界がつくった素晴らしい風習と思っています。本場ですら、あれだけの大規模な編成を要する第九はなかなか演奏機会も多くはないそうです。ここは日本人に生まれた幸せを感じつつ、楽しんでいきたいと思っています。

    それにしても通りすがり様のおっしゃるようにウィーン・フィルはやはり別格ですね。毎年ニューイヤーを聴くたびに、あれこそ人類が作り出した至宝の財産だと感じます。

    ヤルヴィの演奏には個人的にはかなり吃驚してしまい、勢いで投稿してしまいましたが、
    改めて多くの方のご意見をお聞かせいただき、感謝しております。あの演奏を良いと思われた方には、水をさすような投稿で不愉快に思われたかと思います。どうかご容赦下さい。

    有難うございました

    ユーザーID:4065385716

あなたも書いてみませんか?

  • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
  • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
  • 匿名で楽しめるので、特定されません
[詳しいルールを確認する]
レス求!トピ一覧