国語の面白さ

レス49
(トピ主1
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趣味・教育・教養

私は、「国語」が苦手です。答えが不明確なはずなのに答えがあるからです。

私は、本が好きで読みますが、登場人物像は、人それぞれで違うと思っていますが…「この人の気持ちを表している文章はどれ?」で、間違いとされると…どうしてと思います。

自分の捉え方を否定され、一般的ではないと言われている気持ちになります。

どうして「国語」には間違いがあるのでしょうか?「国語教育」の面白さがわかりません。
「国語」の面白さを教えてください。

因みに私は、「数学」が好きです。答えは一つにも関わらず解き方がいろいろあるからです。

ユーザーID:1589430891

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  • 考え方だと思います

    自慢じゃないけど、国語のみ全国模試1ケタでした
    だからと言って、文章を書くのが得意かというとそうではありません

    国語は主に「読み解く力」じゃないかなと

    だから、答えはあります

    「この人の気持ち」なのですから、「あなたの気持ち」ではありません
    人それぞれというものではないのです

    たとえば、「絶世の美女」というだけの言葉であれば、人それぞれのとらえ方がありますが、文中を抜き出すのであればその部分しか答えはありません

    文章を読む時に、頭の中で映像化していますか?
    私は思い返した時に映画で観たのか、本で読んだのかわからなくなる時があります
    これがスムーズに出来るようになると、映画を観るよりも複雑な心情までが情報として入ってきますので楽しいです

    数学が好きという事で、たとえば「証明」「論理」はどうですか?
    ささいな文言で問題の意味が変わってきますし、論理的思考で文章によって説明しないといけないかなと思います
    やってる事は同じです
    「パズルランドのアリス」がおすすめ

    行間を読むことです
    「母親が安心して赤ちゃんの世話をまかせられる子ども」って、どんな子供ですか?

    ユーザーID:4351423067

  • 問いをちゃんと読んでない

    うん、そういうことを言う人って、大体問いをちゃんと読んでないんですよ。

    ものすごーく単純化しますとね。
    「彼はミカンを手にとって少し微笑んだ。
    それから、リンゴをしばらくの間眺めていた」
    という文章があって、問が
    「彼は、ミカンとリンゴとどちらが好きですか。
    問いに対する最も適切な答えを選択肢から選びなさい」
    だとします。

    1.ミカンだから。
    2.バナナの方が好き。
    3.リンゴ。
    4.リンゴはミカンより大きい。
    が選択肢。

    これ、「問いに対する適切な答え」は3しかありますまいまい。
    彼が本当はリンゴとミカンとどっちが好きかどうかなんかどうでもいいんですよ。どっちだと思っていてもいい。
    そうじゃなくて、「あなたは「AとBとどちらが〇〇?に正しい答え方ができますか?」
    という、問答の形式を整える能力を問うているわけです。

    でもさあ、なんかしらん、これで
    「彼はミカンの方が好きかもしれないじゃないか」
    って怒り出す人がいるんだよねえ。
    まあ割と、こういう行き違いが起きているんですよ国語の問題って。

    ユーザーID:4380775132

  • 良くある質問です

    そうですね、自分の考えを全面的に否定された気になりますよね。私も中学生の時はそれで憤慨してました。

    でも基本的に違うのです。
    国語のテストは、質問をする側が果たしてどんな答えを求めているだろうか?−−と推測する訓練なのです。

    ですから、貴方の考えを述べてもダメなのです。相手の思っていることを推測しないと。
    それが国語のテストの面白さです。
    そしてこの訓練は社会に出てからも役に立つのですよ。

    ユーザーID:8728583357

  • うらやましい

    数学が好きな人は国語ができると思ってますが。
    問題を解く能力は理解力と読み解く国語力からだと思うからです。
    それから受験問題の場合、不正解ははっきりしています。
    受験テクニックも必要でしょうが、お悩みの件ですが、一般的でない答えは間違いになります。
    受験は振り落とすためのものです。
    国語受験の試験問題によって、国語が苦手と思うようになったのでしょうか?
    本が好き、国語が好き、違う話でしょう?
    国語教育について書き込めるような人間ではありませんが、答えが不明確なはず、ここに疑問をもち書いてみました。
    どっちにしても本好きの数学好きがうらやましいです!
    うらやましい、何十年ぶりに使ってみました。
    苦手な言葉なんですが、使わないように教育さてたものです。

    ユーザーID:8200185441

  • 学生かな?

    学校教育の国語の問題は理論的思考訓練と割りきりましょう。
    ある意味数学の証明問題と同じですよ。
    私は完全文系人間で国語が一番得意でした。
    だから数学好きのあなたが羨ましい。
    でも、よく言われる「国語は数学と違っていくつも解答があってややこしい」という意見には首をひねります。
    確かに現実の人生には解答がいくつもあります。
    何が正しいかなんてわからないし、それが文学の永遠のテーマとも言えます。
    しかし、学校で習う国語の設問は必ず答えがひとつに絞れるように作られているもの。
    数学より親切だとすら思います。

    トピ主は、プライベートで自由に読書を楽しむのと国語という科目を混同しているのでは?

    出口汪(ひろし)さんの本が参考になると思います。
    たくさん出ているので自分に合うものを探してください。

    ユーザーID:5006773952

  • まったく同感

    私(59・男)は退職した世代ですけれど、学生時代の国語は非常に苦手でした。国語の教師にも、

    「君は 他の科目の教師からも聞いたが 教科書の読解力も劣っているらしいな」

    と指摘されたほどです。私も、

    「国語の試験の解答になぜ 間違いがあるのかわからない (但し漢字の書き間違えを除く)」
    「読書感想文に 600〜800字 などと文字数の規定があるのがおかしい 単に おもしろかった  悲しかった  だけで なぜいけないのか」

    ただ・・・高校卒業30年以上経過して仕事柄新入社員時代から数学・物理学を使うのが日常の職業で在職中も数学書は活用しましたけれど、高校時代の数学の一部の解説が30年たってやっとその意味がわかった。

    数式は見てわかるものの、その数式を解説している文章が理解できなかったのが、30年たって、

    「ああ・・・この言葉は そういう意味のことを言っていたのか 数式は見ればわかるが その解説文の意味を理解するのに 30年かかった」

    という経験があります。それで国語は学問の基礎だという理由がわかった。

    ユーザーID:4101074627

  • 子供の頃は

    私もトピ主さまと同じように思っていました。
    「本当にそれが正解なの?」「作者に聞いたの?」と
    先生に聞いてみたくなることもありました。
    「国語」は得意教科でしたけどね(理数はOUTでした…)。

    でもだんだん「普遍的な回答」や「出題者の意図」を
    推し量ったり読み取ったりすることが面白くなってきたんですよね。
    「国語」好きって、読み取ることの面白さを知ってる人が多いんじゃないかな。

    作者の意図(登場人物の気持ち)も、必ずしもテストの正解が「正解」では
    ないかもしれないけれど、「一般的にはこう解釈する」ということを
    知る上では意味があると思います。
    なにより、「国語教育」は正しい(美しい)日本語を習得するためには
    大事だと思いますよ。

    ユーザーID:9768778953

  • 私は好きでしたよ

    私は国語、好きでしたよ。現代文も古文も。

    現代文で問われているのは、「読者としての私の感想」ではないのです。客観的に読んでいったうえで、筆者の言いたい事や登場人物の気持ちが導き出せるか、ということです。

    試験として出題するからには、問題を作る方も「そんなの、あなた一人の感想でしょ」と言われないように、複数で作成するか一人で作成したとしても、チェックだけは他人にしてもらいます。ですから、設問も解答も「人それぞれ」ではないはずです。

    私が現代文が得意・好きだったのは、たぶん、パズルに通ずるところがあったからだと思います。新聞の日曜版に掲載されているクロスワードなどのパズルを解くのが好きでした。ヒントがつながって答えが導き出せる。分からなかったヒントも、他のヒントがつながることでわかってくる。国語も(たぶん、他の教科も)同じです。設問をヒントに本文を読み解くパズルのようなものです。ある設問(ヒント)が他のヒントの解答を導く。ヒントを捉え間違えると、全体が歪んでくる。

    ちなみに古文(特に文法)はテトリス(ブロックパズル)みたいだと思っています。

    ユーザーID:2079641010

  • 私の意見

    テストに出される選択問題なら、正解は一つか二つで、主人公の気持ちやそれに近いと思われる気持ちを、多くの人が選ぶと思います。物語を読みとる力、そういう練習をするのが、国語学習の一つですから。

    主さんの場合は、主人公に自分を重ねて考えてしまうことはありませんか?
    そういう「邪念」が入ると、登場人物の気持ちを読みとる事が難しくなります。
    あくまで、人物の立場、気持ちに立って読まないと答えは見つけられないかも。

    でも、国語学習はそれだけでなく、自分だったら?と考える学習もあります。
    授業で意見交換しますね。
    昔、私が高校の頃は「こころ」を読んで、クラスで大激論を交わしましたよ。

    また、私の高校ではテストの際も、「あなたが主人公なら?」という記述式の問題も必ずあって、自分の意見がきちんと述べられていると、高評価をもらえました。
    こういうのは、私の大好きな問題でした

    数学は、人の考えや意見を聴くことはできないけれど、国語はそれが、良い意味での「意見バトル」も出来る。
    私が国語を好きな理由の一つですね。
    (意見を交換できるので、社会科の勉強も好きでした)

    ユーザーID:2372010142

  • 受験科目としての国語

    受験科目としての国語は、文章を味わい、感じるのではなく、出題者が望む答えを論理的に導き出すのが肝要です。
    読み手としてのあなたの気持ちや考えはできる限り排除しなければいけません。
    例えば、主人公の気持ちを述べよ と言った問題の場合
    自分が主人公ならこう感じたと思うことを書くのではなく、
    本文中にこう書いてある、または主人公はこう行動しているから、このように感じているはずだと言うことを答えなければならないのです。
    必要なのは感性ではなくて、論理力です。

    ある意味 推理小説で犯人を当てるような感覚です。

    ユーザーID:3340188162

  • 国語も答えは一つ!

     試験問題に限っての話ですが、国語も答えは一つです。
     小説を読んでの感想などで、どこがおもしろかったなどというレベルの話では、貴方の言うように答えは人それぞれのことはあるでしょうが、試験問題になるようなケースについては、当然ながら答えは一つです。
     答えがいくつもあったら、試験にならないじゃありませんか!。
     高校時代に、理系科目は学年一番なのに、国語が全くできない友人がいました。
     理系科目は論理の世界ですが、国語は感性が必要な領域です。つまり、その友人は論理的思考には優れていましたが、日本語の意味を理解する感性が欠けていたのです。
     私は国語も数学も得意でしたが、正解に至る思考過程が異なっているのです。つまり、数学などは論理的思考を進めて正解に至りますが、国語は感覚的に正解がおのずとわかってしまうのです。
     お気の毒ですが、貴方は私の高校時代の友人と同じタイプの方のようですね。
     

    ユーザーID:9008555663

  • 多面的な見方を学ぶ

    トピ主さんは思考回路が理系の方なのでしょうね。

    私は国語が好きでした。
    この人の気持ちを表しているのはどれ?という質問は、例えば人間の感情と言うのは表面に見えているものだけでは無いという事を学んだり、文章の意図を見抜けるかを学ぶと言う事もあるでしょう。
    小学生や中学生の学習段階だと、通常はこう解釈するんだよというパターンを教えてくれているのだと思います。
    「こわばった顔で笑っていた」を単純に笑ってるから喜んでいた、と捉えていればそれは間違いと言えるしょう。
    高校、大学であれば既存の解釈に対して独自のアプローチを探る事もあるでしょうが、応用は基礎があってこそだと思います。

    また純粋に分かりやすい文章とはどんなものかを学ぶ事も重要な要素です。
    小町でも何が言いたいのかよく理解できないコメントを見かける事がありますが、自分の考えている事、事実関係などをなるべく正確に相手に伝えるにはどうすればいいかを学習していないと後々非常に困る事になります。

    言葉のチョイス一つで全く意味や印象が変わる。これも国語の面白さだと思います。

    ユーザーID:2935102411

  • 国語力は推理力

    40代のおばさんです。「国語」の問題は今もあまり変わりないのでしょうか。

    国語の文章題を解く力は「推理力」だと、私は思っています。言い換えると「読解力」です。
    その文学作品を使って、問題を作成する人(先生)が何と答えさせたいのか?を解くのです。
    そう考えると解答は必ず問題用紙に書かれています。

    文章や本を読んでどう思ったかどう感じたかは、点数で計ることはできません。それは個人の楽しみの世界なのです。


    さて、国語の面白さの一例を本多勝一氏の「日本語の作文技術」から紹介します。

    例文:渡辺刑事は血まみれになって逃げ出した賊を追いかけた。
    さて、血まみれなのは、渡辺刑事でしょうか?賊でしょうか?

    回答は、判読不能、です。

    ここで、句読点一つで、どちらでも自由に血まみれにすることができます。

    A、渡辺刑事は血まみれになって、逃げ出した賊を追いかけた。
    B、渡辺刑事は、血まみれになって逃げ出した賊を追いかけた。

    こういうのを私は面白いと感じるのですが、育さんはいかがでしょうか?

    ユーザーID:5414220259

  • おススメは

    ご存知ですよね?ぜひ「3年B組 金八先生」を見て下さい。
    大人になっても、そっか〜そんな持っていき方、受け止め方もあるのか〜と分りやすくすんなり納得出来ちゃいます。
    金八先生の授業は、時代が変わっても色褪せない感じがします。
    時代背景にリンクした、想像力も、私も子供達が、中学生の時、ヒントや気付きがあるかも…と見てました。第一シリ−ズから見た38歳です。

    ユーザーID:9242183269

  • 国語(日本語)の面白さを堪能できます

    >私は、「国語」が苦手です。答えが不明確なはずなのに答えがあるからです。

    トピ主さんに質問があります。

    A:私は、今朝早くに目が覚めた。
    B:私は、7時5分前に目が覚めた。

    AとB、どちらの文章が、価値の高い文章だと思いますか。

    これは、答えが不明確なのではなく、”価値”の問題と捉えるのが正しいですね。

    さて、どちら?

    >自分の捉え方を否定され、一般的ではないと言われている気持ちになります。

    言葉にも、理論があります。

    ・三浦つとむ「日本語はどういう言語か」講談社学術文庫

    難しい本ですが、

    >因みに私は、「数学」が好きです。答えは一つにも関わらず解き方がいろいろあるからです。

    であれば、読みこなせると思います。

    なにより

    >「国語」の面白さを教えてください。

    をお望みなら

    ・宮澤賢治「注文の多い料理店」ハルキ文庫
    ・太宰治「お伽草紙・新釈諸国噺」岩波文庫

    国語(日本語)の面白さを堪能できます。

    ユーザーID:7373327289

  • たしかに国語は

    個人個人考え方とらえ方が違うから○×テストには疑問がありました。

    私が先生が授業中に言ったことをテストでは書かないと

    ○がもらえないんだと気付いたのが小学6年ごろでした。

    テストに自分の感じた事や思った事を書くと×がついてきたので不思議だったのです。

    算数数学なら答えは一つなのではっきりしてますが

    国語は漢字いがいは答えは人の数だけあるからです。

    それでもしょうがないので国語のテストは先生が言った事を書くようにしました。

    学校図書館の本を読むのは好きで毎日読んでましたが

    国語の授業が楽しかった事は一度もありません。

    ユーザーID:9247118234

  • 清水義範さんと西原理恵子さんの本おすすめ

    著・清水義範さん、絵・西原理恵子さんの「おもしろくても理科」のシリーズに「はじめてわかる国語」という本がありまして、「国語って本当はこんな学問なんですよね」という解説?があります。

    トピ主さんの、その国語に対する曖昧模糊とした疑問、印象がすっきりすると思います!
    これを学生時代に知っていたら、とも思った本です!

    あと、国語(現代文)の文章問題は、著者の考えを推察することじゃなく「問題を作っている人の考え」を推理することなんですよ、とエッセイで書いている人がいて、なるほどなー、と思ったなあ(村上春樹さんも、自著を抜粋した国語の問題が解けないと書いていましたね、そういえば)。

    ユーザーID:2496864910

  • 理解しなくてよし

    私は、国語も数学も「論理的」という点で
    似ていると思うし、
    両方得意で大好きです。

    あなたが国語の問題の間違いを
    論理的に導き出せないのは、
    言葉のニュアンスを正しく理解していないからかも。
    数学に例えると、移項ができないような感じ。

    これって、
    分数の概念をりんごで教えらた子供が、
    分数のかけ算が理解できない、というのに、
    似ていると思います。
    (りんご3/2個を4/3人で分けるとか。
    子供「どういう状況!?」みたいな)

    国語ができないなら、無理に頑張らなくてもいいのでは?
    得意な数学の世界で生きていけばよろし。
    (私は数学と国語が似ていると思っているので)

    ユーザーID:2510189973

  • 最近、おもしろいと思うようになりました

    学生時代、国語(読解)は得意でした。
    登場人物の心情など、不正解になることがほとんどありませんでした。
    でも、国語の授業が楽しかったかというと、そういう訳でもないです。

    高校卒業から30年以上たった今、目の不自由な方への朗読ボランティアをしています。事前にリクエストがあった場合は、下読みして行きます。ボランティア仲間の一人は、以前、国語教師だった方です。その方と、登場人物の心情について、話し合うことがあります。このセリフは、どんな気持ちで言ったのか、どう読めばいいのか、なんて話し合うのが楽しいです。

    考えてみると、学生時代は読み方を先生に指導され、言葉を変えれば、強制されたから楽しくなかったのかな、と思います。今は自分の読み方と相手の読み方と話し合うのが楽しいと思います。
    ボランティア仲間の元先生が、私の学生時代の先生だったら、国語の時間が楽しかったのかな。

    ユーザーID:5130247217

  • そうですね

    国語の面白さは

    答がない、または無限にあること。答に辿り着くルートもまた然り。そして最善のものは確かにあり、それを掴むちからを身につけられる。ついでに言えば、国語を磨けばよい友達になれよい仕事が出来、よい友達やよい仕事が近寄ってくる。

    答とは何か?…強いて言うならば、作者の心が辿ったルートを推理しながら歩いていくこと、そして作品のこころをうまく言い当てていると考えられる場所に到達すること。この推理の工程は数学と変わりない快楽ではないかと、個人的には思います。

    少なくとも論文や説明文などは、ルートも答もほぼひとつか、せいぜい数個までと言えそうです。ひとつきりの解釈しか出来ないくらいにしっかり練り上げられ、誤りや漏れの無いよう推敲された参考書や論文などは、読んでいてすっきり、楽しい限り。自分でもきちんと国語を学んで、書いてみたくなります。言語で科学する経験はいかがですか?文学作品ばかりが国語の守備範囲ではないと思います。

    ユーザーID:2744493350

  • 聞かれているのはあなたの考えではない

    こんにちは。
    それは、国語の問題の解き方を誤解していらっしゃると思います。
    国語のテストなどの設問は、あなたの考えを聞いているのでは無いのです。解答者は、質問者の質問を理解し、それに合う解答を問題文の文中から抜き出して答える事を要求されているのです。ですので、殆どの場合、正解は問題文中にあります。そっくりそのまま抜き書きするので無い場合も、文中の言葉を使って答えるべきなので、国語も数学同様、答えはほぼ一つだと思います。

    国語って、自分の考えを述べる、みたいに思っていると不正解になると思います。国語は、他者の考えを理解し、それに対応する力をつける教科なんじゃないかと思います。
    頭脳の使いかたとしては、数学同様、論理的思考が要求されると思いますよ。

    ユーザーID:5934715803

  • 国語の授業はつまらない

    「この人の気持ちを表している文章はどれ?」
    という問題の答えを、その例に出された小説を書いた作家さんが間違えたという話があります。
    トピ主さんが嫌いなのは国語ではなく国語の授業ではないでしょうか?
    国語は面白いですよ、それは答えが一つじゃないから。
    自分と全く一緒の考え方の人はいない。そこが面白い所だと思います。
    ただ、国語の授業では正解以外の答えは否定されてしまいます。
    もったいないことです。

    日本の授業は算数でも○+△の答えを書くだけで、答えの□を出すためには何と何を足せばいいか? という教え方はしません。
    発想の自由を重視しない、もったいない教授方法だと思います。

    人間は十人十色。自分に馴染まないことに悩むより、自分に合ったものを高めたほうがいいと思います。
    トピ主さんの個性をもっと伸ばせるような勉強を、しっかり続けて下さいね。

    私は反対に、答えが一つしかないから数学に対してはあまり面白みを感じません。
    でもその答えを導く過程をもっと重視した教え方をしてもらっていたら、きっととても楽しめる学科だったのにと思うと、残念です。

    ユーザーID:0369962134

  • 今の国語は難しいのかな

    学生の頃、国語、社会が好きでいた。国語は文章から、導き引き出せば良かったからです。
    問題もどれに当てはまりますか?と丁寧に文章の中と同じように書いてある。消去法で書けます。

    漢字も暗記しておけば国語のテストに関しては楽だと思える程でした。
    でも最近は、自分で考えて、聞きたいであろう答えを、自分の言葉で書かないといけないんですね。

    今の国語は難しくしたのかなという印象です。

    ユーザーID:6264579296

  • よくわかります。

    私も学生の頃、同じことを思っていました。
    数学も好きでした。
    論理的に組み立てていくことが好きだったんでしょう。
    国語、現代文では評論の問題ではいつも高得点。
    一方で読書好きながら、小説からの出題は全くダメでした。
    とくに選択肢問題など、こっちの可能性もあるし!という思いもいっぱいで、誤答とされることに不満を持っていました。
    このように「登場人物の気持ちを聞かれる」小説は苦手でしたが、
    他はそこそこよかったので、国語の教師の免許を取得しました。

    ですので、いいのですよ。
    あなたの感性を信じていいのだと思います。
    ただ、試験では不利かもしれませんね。他の部分で補えないですか?

    こんな私でも、年が経ち、いま大学受験の国語の問題を解くと、小説でもかなり正答が得られるようになりました。
    人生経験も大事ですね。
    そして、あの頃に感じ方は人それぞれ違うと思っていたことが、その後築いてきた人間関係で、相手のいろいろな考えを受け入れる土台になったと思えます。

    本が好きなのですよね。それこそが人生を豊かにしてくれると思いますよ。「国語」好きにならずとも、十分ではないでしょうか。

    ユーザーID:1050462196

  • 文章が、正しいか間違いか?

    たぶん、文章の「正しさ」について、無頓着なんだろうと思います。

    「彼は、時間に正確なので、約束の電車の時間に遅れた」という文章は、漢字の間違いも無く、意味も
    理解できると思うのですが、論理的に変な文章です。これを「正しい文章に直して」みましょう。

    「彼は、時間に正確なのだが、約束の電車の時間に遅れた」であれば、論理的に筋は通ります。
    「彼は、時間にルーズなので、約束の電車に遅れた」でも、良いでしょう。

    どちらが正解かは、前後の表現で「彼の性格について」の説明があるはずで、無ければ、両方正解です。
    彼が「キッチリした性格」と描写されていれば、前者が正解で、「いい加減な性格」と描写されていれば
    後者が正解です。

    ここで「時間に正確な人間でも、遅れることもある」とか「時間にルーズでも、時間通りの時もある」と
    いう事を、言い出す人が、先ず間違いなく国語が出来ない思考回路の人になります。(世の中に少なからず
    いると思っています)

    文章が「論理的に成り立つかどうか」が、キーポイントですから、自ずから答えは収斂されてくるのですよ。

    その読み解き方を、楽しめるかどうかが鍵でしょうか?

    ユーザーID:5817951173

  • コツはね

    国語の「問い」はあなたの考える人物像(自分の捉え方)なんてきいちゃいません。
    「出題者が求める答え(人物像)」が解答です。
    正解はそこにあるのです。
    あなたの考えが否定されようが一般的であろうがなかろうがここ(国語)では関係ありません。
    (私もそこに気付くのがちょっと遅かった・・・かも)
    まあ、社会に出るとそのような理不尽な事も沢山あるものです。

    ユーザーID:2835643571

  • さまざまな物語がヒットする理由

    物事が起こった時、全員が同じ感情になるわけでなくとも、大多数が同じ感情になるということ。
    でなければ「全米が泣いた」とか、ならないわけです。

    つまり国語で聞かれているのは「だいたいの人が、どう思うか」なので自分の意見と合う時もあれば、合わない時もある。
    否定されたわけではなく「少数派」なだけです。

    さらに「文章で何を伝えようとしているかを読み取る」というテクをつけさせたいと考えられます。
    これが出来ないと、算数の文章問題ができない(何を聞かれているか分からない)、など、他の教科にも影響が出るからです。

    国語の目的は、ただ文字が読めるということより、「文字によって双方向で意思の疎通ができるようになる」ということだと思います。

    他人の気持ちが理解できることと、自分がそう感じるかどうかは別です。自分の気持ちは、テストの答えではなく「感想文」で表現するものです。

    そのとき表現が上手で、たくさんの人に共感させることができれば、主さんの気持ちは、少数派から多数派に変わることができるかもしれません。

    ユーザーID:0358388871

  • そんなに浪漫があるものでもないような

    前提になっている国語の問題のサンプルが
    「この人の気持ちを表している文章はどれ?」
    ですが、実際にこのような問題はあったとしてもそんなに
    多く無いと思います。

    漢字、故事成語、古語、文学の派閥と作者と
    作品の関連、などの単なる知識を問い、
    明確な答えがあるものが大半になると思います。

    文章問題でも『「その時」はいつを指すか文章から拾いなさい』
    などの明確な答えがあるものがほとんどではないかと…。
    (トピ主さんの上げたような問題は、数学では1問も発生の
     余地がなく、国語だと発生する可能性はありますが)

    ただ国語が何のためにあるかといえば、
    言葉を通してトピ主さんはこうして不特定多数の人に
    質問することができたのではないでしょうか。
    その得た回答でトピ主さんの疑問が解決するかは
    わからないところが国語的かもしれませんが。

    数学を通しては、私にはトピ主さんの
    『「国語教育」の面白さがわかりません。』
    という意図は、絶対に伝わってこないと思いますが、
    言葉(国語)を通してなら伝わりました。

    コミュニケーションの道具としての上手下手もありますし、
    充分に学ぶ価値はあると思います。

    ユーザーID:3781190121

  • 面白いですよ

    私は国語が好きで、大学では日本文学を専攻しました。

    よく、現代文は答えがないとか、主人公の気持ちなんて分かるか!とか言われます。
    学生時代は家庭教師のアルバイトをしていて、生徒からもそう言われました。

    私は逆に、なんで「これが答えだ」とわからないのか不思議でした。
    現代文の、主人公の気持ちを1〜4から選ばせるような問題なんて、暗記も計算も不要だし、一番簡単だと思っていたので。

    私と同じような意見の人の共通点は、子供の頃から本(物語)が好きということくらいしかありません。
    読書量に左右されるのでしょうか。

    予備校の林先生は現代文を教えてらっしゃるんですよね。
    私は勉強しなくても、現代文ができたので勉強の仕方はわかりませんが、林先生は論理的に教えているのだと思います。
    著書など調べてみたらいかがでしょう。

    ユーザーID:9882350901

  • ありがとうございます。

    「人の話を聞いていない」と言われる私にとって、身に染みるご指摘でした。

    悩みでもあるので、国語…楽しさが味わえるよう…頑張ってみたいと思います。

    トピをたてて良かったです。
    本当にありがとうございました。

    因みに私は、50代で児童にかかわる機会があり、ふと昔のことを思い出しトピをたてました。もしよろしければ、これから国語を勉強するならば、何か役立つ勉強法があればお願い致します。

    ユーザーID:1589430891

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