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障害を抱えるようになった夫と別れたい

ミキ
2016年5月1日 14:58

小学生の子、2人を持つ30代後半のミキと申します。
文字制限内には収まりそうになく長文になることを、あらかじめお許しください。

夫が職場で怪我をしたのは6年前、頭を強く打ち救急へ運ばれました。入院を含め二週間ほど静養した後、仕事復帰したのですが事故前と性格がガラリと変わってしまいました。何でもないことですぐに怒り辺り構わず声を荒げる、光や音に過敏になり頭痛やめまいを訴えるという症状だったので、1ヶ月ほどして専門医にかかったところ「TBI(Traumatic Brain Injury) = 外傷性脳損傷」と診断されました。頭部に強い衝撃を受け脳がダメージを受けているというのです。

それから私たちの苦難の日々が始まりました。幸い(と言っていいのかわかりませんが)職場での事故だったために、短時間勤務が認められ週に1〜2日セラピー・治療に通いありがたいことに給与はそのまま、治療費は会社の保険でカバーされています。
外見は事故前と全く変化ないのですが、ちょっとした明るさや物音で頭痛が誘発されるらしく会社以外の外出をしなくなり(ほとんどの店やレストランなどは明るすぎ+賑やかすぎて15分ほどで頭痛がしてくるようです)午後3時頃には帰宅しずっと家に篭っています。
その間、我が家のカーテンは閉めっぱなし、物音を出すと「静かにしろ!」と怒鳴られるため私も子どもたちも家にいる間は息を潜めるようにしています。
私も会社員として働いているため、仕事が終わるとすぐに子どもたちを学童保育へ迎えに行き、帰宅ー夕飯の準備ー子どもたちの宿題や入浴の世話…と毎日が分刻みです。その間夫はたいていリビングルームのカウチで眠っているのですが、頭痛とめまいで家事は全く出来ない状態です。
事故前は共働きということもあって、お互い仕事が立て込んでいる時は外食していたのですが、それも全く無くなりました。

続きます。

ユーザーID:4230954117  


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タイトル 投稿者 更新時間
続きです−1
ミキ(トピ主)
2016年5月3日 12:06

初めての投稿なので、ちゃんとトピ主表示がされているか不安ですが…続きです。

一番辛いのは記憶障害で、少し前に話したことを覚えていないということがよくあります。出勤前に「行きがけにゴミを出してくるね」『いいよ。俺が出しておくから』そして帰宅すると「なんでゴミを出し忘れているんだよ?」と夫が怒っているようなことはしょっちゅうで、逆に『明日の日曜は10時から結婚式だから』と言われ「え?誰の?」『先週、同僚の結婚式に出るって言ったじゃないか。”ご祝儀袋用意しなきゃね”ってお前も言ってたよな』(この時点で初耳です。頭の中で考えたこと=口に出したことの混乱がよく起こる様です)夜あわててコンビニに走ったこともあります。
私が言ったこと・夫から聞いたことををノートに書く等々やってみましたが、毎日のことなのでとても追いつかないし 夫も「俺を子ども扱いするのか?」と不機嫌になり「言った・言わない」の議論も不毛に感じられ(本人は全くそう思っていないので)「そうだったね。ごめんなさい。」と折れています。

ユーザーID:4230954117
続きです−2
ミキ(トピ主)
2016年5月3日 12:18

事故前はちょっと自己中心的なところもあるものの朗らかで社交的な人だったのですが、今では犬の散歩で家の前を通る方に「フンを入れる袋は持っているんですか? ウチの植木におしっこなんてさせないでよ!」と家の中から怒鳴ったり、挨拶をされても返さなかったりでおそらく相当な変人扱いされていると思います。
親しいご近所の方たちには事故の経緯と症状(精神的に不安定だったりコミュニケーションがうまく出来ないこと)なども話してはいるのですが、6年も経っているしなんせ外見上は全く健康なのでなかなか理解していただけないでしょう。

上の子はバイオリンを習わせていたのですが、家で練習することが出来ず2年前に「お父さんが良くなるまでお休みしよう」とレッスンをやめさせました。またサッカーをやっているのですが、夫が数回試合に来たときはゲーム前の人混みに耐えきれなかったようで帰宅、1回は隣で応援しているチームメイトの親御さんに「耳元でそんなにうるさく怒鳴らないでくださいよ!」と言ってしまい、私が慌てて謝罪し連れ帰りました。それ以来、学校での発表会や行事はすべて私一人の参加です。

ユーザーID:4230954117
続きです−3
ミキ(トピ主)
2016年5月3日 12:32

下の子は8歳なので「お父さんはいつも怒鳴っている人」と認識しているようです。「お父さんは僕たちがあんまり好きじゃないんだよね?何もしてないのに”うるさい!”って怒られるもん」と言っていたので、「お父さんは今病気で、自分を抑えることが出来ないのよ」と説明はしているのですが…

この6年の間に、夫の職場で2度ほど大規模な人事異動が行われ2回とも夫のアシスタント的立場の方々が、昇給・栄転していきました。帰宅して悔しがる夫に「今は仕方ない時期。まずはストレスを溜めず回復することに集中しましょうよ。」と言うと「お前には俺の辛さはわからない。」「妻としてのサポートが足りない」と言われます。
抗鬱剤を含む6〜7種の薬のせいか、私に女性としての興味を失ってしまったのか定かではありませんが事故以来、夫婦としても機能していません。今の私は、まるで我が子+大きな子どもを抱えたシングルマザーみたいなもんだなあ…とたびたび考えます。
親しい友人や家族に現状を訴えても「家族も大変だけど本人が一番辛いよね」「しっかり支えてあげてね」「1日も早く回復することを願ってるよ」と応援されるのみです。

ユーザーID:4230954117
続きです−4
ミキ(トピ主)
2016年5月3日 12:51

不謹慎ですが時々考えるのです。
「同じ事故だったら、手や足を失った方がマシだったかも」と。思いきり家族で悲しんで次に進める、進路変更した生活を徐々に作っていくことが出来たのにと。
6年経ちましたが「目がちゃんと見えるよ!(脳機能の障害で瞳孔の調節がうまく出来ないようです。パソコンの打ち込みもキーボードを使わず音声認識ですべてタイプしています。)」「サッカーの応援も平気だよ!」「今日は一緒に買い物に行こう!」という日が来るのか、それともこれから10年20年かかるのか、一生このままなのか全くわかりません。

「どうせシングルマザーみたいな暮らしなんだから、本当のシングルマザーになったほうが経済的に苦しくなっても精神的に救われるんじゃないか?」と最近よく考えます。カーテンを開けて大声で笑える!
その一方で、私が離れていったらこの人はどうやって生活していくんだろう?(一人っ子で両親はすでに他界)子どもたちだけが血の繋がった家族なのに、それを奪ってしまっていいのだろうか?とも考え深い自己嫌悪に陥ります。

長文の愚痴になってしまったことをお許しください。読んでくださってありがとうございました。

ユーザーID:4230954117
ありがとうございます その1
ミキ(トピ主)
2016年5月9日 8:01

5月7日182本のレスの時点まで拝見させていただきました。
見ず知らずの私のために、お時間を割いていただき本当に感謝しております。何度もパソコンの前で泣きました。

今までのレスで書いていなかったこと、また私の書き方が悪くご理解いただけていないであろうことを補足させていただきます。

住宅環境について
事故が起こる2年前に、30年ローンで注文住宅を建てて移り住みました。それまでの2LDK賃貸マンションから比べると子どもたちそれぞれの部屋、夫と私の仕事スペースも確保しており、事故の後は「あの狭いマンションだったら、夫と距離が取れずもっと大変だっただろうな」と思っていました。

互いの親族について
夫は一人っ子で知り合った時にすでに母親は亡くなっており、義父はアルツハイマーで入院中(私も夫の事も認識できず)8年前に亡くなりました。義母の妹とその息子(従兄弟)が居ますが関係が薄く、私も義父のお葬式で1度顔を合わせただけです。
私には70代の両親が居ますが、実家には飛行機でないと行けない距離です。母親がステージ3の癌のため放射線治療の最中で、幸い同県に住んでいる弟夫妻が様子を見てくれています。

ユーザーID:4230954117
ありがとうございます その2
ミキ(トピ主)
2016年5月9日 8:16

訴訟について
実は2回ほど弁護士さんと話し合い「かなりの確率で勝訴できるだろうが、仕事を辞める覚悟が必要」ということで見合わせました。今の夫の状態で、新しい会社への転職はおそらく不可能であろうと思うのと(夫自身、できる限り仕事を続けたいという強い意志があります)時短・給与据え置き等職場の方々の理解を得られているからです。また治療費がこれまでの6年間に2300万円ほどかかっており、これからの治療費を補えるほどの保証は難しいとも言われました。

夫の職場について
9時〜3時と仕事をしていますが、抗鬱剤・向精神薬で何とか感情のセーブはできているようです。そのため帰宅してからの反動がひどいのかもしれません。一度、若い部下が「残業なしで早く帰れる上に給料そのままとは羨ましいですね」と夫に言って怒鳴りそうになる夫を同僚の方が止めて下さったようなことはあります。お恥ずかしい話ですが、事故後職場復帰して秘書の方が「夫さん事故前と様子が全然違いますが、大丈夫なんでしょうか?」と知らせて下さって初めてTBIだとわかりました。(私は入院中溜まった仕事のためのストレスだと思っていました)

ユーザーID:4230954117
ありがとうございます その3
ミキ(トピ主)
2016年5月11日 10:49

眼鏡等について
いろいろなアドバイスをありがとうございます。光過敏用のサングラス、室内用、PC用と3つの特殊眼鏡と、一定の周波数の音を遮る補聴器のようなものを日常的に使っています。


別居について
皆様からアドバイスをいただくまで「別居」という事は頭に浮かびませんでした。
自分たちでデザインした新居への執着もありましたし、私の中で別居=「問題を抱えた夫婦が、お互いを冷静になって見つめなおすために距離をおくもの」「何らかの原因で(生活時間の違いや、自宅で日夜仕事をするようなケース)物理的に一つ屋根の下で暮らすのが難しい」という印象がありました。
自宅を売りアパートやマンションにそれぞれ部屋を借りる、または夫か子ども+私が自宅に残り近距離内に一方が部屋を借り週末をどちらかの家で一緒に過ごすという形ですよね。(外で会うというのが難しいと思いますので)
正直なところ、一旦夫と離れて暮らすようになったら、いったいどんなきっかけでまた一緒に生活できるようになるのか想像がつきません…
選択肢の一つとして、真剣に考えたいと思います。

皆様一つひとつのレスに感謝の気持ちで一杯です。

ユーザーID:4230954117
皆様に心から感謝しています 1
ミキ(トピ主)
2016年6月12日 4:50

トピを立ててから1ヶ月ちょっと、皆様からのレスを1つ1つ何度も読み返しました。
同じような病状を抱えるご家族を持つ方、ご自身が苦しんでおられる方、医療関係の方々のアドバイス…見ず知らずの私に時間を割いてくださって本当にありがとうございました。

あれから子どもたちと何度か話をしました。
「お父さんの病気がこのまま治らなかったら、違うお家に離れて暮らそうかなと考えてるんだけどどう思う?」
上の息子は「お母さんがずっと大変なのはわかってる。だからお母さんが決めていいと思うよ。僕はどっちでもいい。」

そして下の息子もそのような事を言うかと思っていたのですが
「そしたらお父さんは一人でお家にいるの?僕たちの家族なのになんで離れないといけないの?そんなのおかしいし、お父さんがかわいそうだよ。」という返事でした。
物心ついた頃から日常的に夫に怒鳴られていた息子が、こんな事を言うなんて…と何だか頭をガンと殴られたような思いでした。
思い切って「お父さんの事好き?」とも聞いてみたら、なんでそんな事聞くのか?と言った表情で「うん、僕のお父さんだからね」と。

夫自身にも少し変化がありました。

ユーザーID:4230954117
心から感謝しています 2
ミキ(トピ主)
2016年6月12日 5:09

2週間ほど前に、夫に内示が下りました。
業務内容を聞くと、今までの夫の業務経験・スキルを活かせる新しいポジションでそれまでの仕事での”脳の障害のため支障が出ていた部分(社外の方との交渉、専門分野の会議の準備とリード、出張など)”を取り除いたものに、個人ペースで出来るリサーチや業務マニュアル作りなどの仕事を加えたもののようです。
オフィスもフロアの角の静かな小部屋を与えられるようで、会社が夫のために敢えてそのような業務を作ってくれたのだと言う事でした。
夫も自分がこなせない業務をチームの他の方へお願いせざるを得ない状況に日常的にイライラしていたため、この人事には大変感謝していました。

そして「お祝いに久しぶりに家族で外に食べに行こう。」と言うのです。
「でも、他のお客さんもいるだろうし途中で頭痛やめまいがしたら大変でしょ? 家でお祝いすればいいじゃないの?」と言ったのですが
「静かなところを選べば大丈夫だと思う。自分でももうそろそろいけるんじゃないかなという気がする。」というので、ネットで繁華街からちょっと離れた落ち着いた雰囲気のレストランを予約しました。

ユーザーID:4230954117
心から感謝しています3
ミキ(トピ主)
2016年6月12日 5:26

こじんまりした個室のないレストランだったので、心配だったのですが事情を話すとお店の方は直接照明が当たらない角の方の席に案内してくださり、途中2回ほどBGMの音量を少し下げて欲しいというリクエストにも応えてくれました。
私はもちろんの事、子どもたちもレストランでの外食に大喜び
私と子どもたちは夫抜きで何度か親族の集まりなどで外食したりファストフード店に寄ったりしたことはあったのですが、父親が一緒だということが特別嬉しかったようです。

食事が無事に終わると、夫が突然頭を下げました。
「事故にあってから毎日の生活が辛くて、いつもいつも”なんで俺がこんな目に? 俺がいったい何をしたんだ?”と思ってきた。今まで普通に出来てたこともうまく出来なくなって随分イライラしてきたけど、それをずっとミキや子どもたちにぶつけてきたよな。
セラピストからも”こういう病状を抱えて家族のサポートを失う方も多い。あなたは支えてくれる家族がいて幸せですよ。」とこの前言われた。ミキたちからしたら、本当”なんで私たちが?”の毎日だったよな。
家族がいなかったら俺はもっとひどい鬱になってて、きっと自暴自棄になってたと思う」

ユーザーID:4230954117
心から感謝しています 4
ミキ(トピ主)
2016年6月12日 5:44

「長いこと見守ってくれてありがとう。ミキのサポートなしでは、ここまでやってこれなかった。本当に少しずつしか回復してないし、いくつかの障害は一生残るかもしれないけどこれからも少しずつ自分で自分の感情をコントロール出来るように俺も努力する。
俺は今まで、全然家族の大切さを実感したことなかったけど、ミキと結婚できてこうして可愛い子どもを持てたことが人生の中で一番のラッキーだ。本当にほんとうにありがとう。」

私はお店の中で泣き出してしまい子どもたちを驚かせてしまいましたが、夫からの感謝の言葉がこれほど胸に響くものだとは思っていませんでした。
この6年間の苦労が何でもなくなる…というのは決してありませんが、心が随分軽くなったような気がします。
よく長年老人介護をされている方が「もう嫌だ!コノヤロー!と思うんだけど、時たまありがとうとニッコリされると苦労が報われるのよね」とおっしゃっていますが、ああこの事か…と実感しました。

ユーザーID:4230954117
心から感謝しています 5
ミキ(トピ主)
2016年6月12日 6:00

夫は6月から新しい業務に就きましたが、心身の負担が減った分、ストレスも随分軽減された様子です。家に帰ってからの態度が和らいだ気がします。(子どもたちが父親とリビングやキッチンに居る時間が増えました)
家のカーテンは閉めたままですし、これから先 夫から理不尽なことで怒鳴られることもあると覚悟していますが、今回、皆様のいろいろなご意見やアドバイスを伺うことで自分のこれからの生活を真剣に考えることが出来て、本当に良かったと思っています。
自分の親にも真剣に相談できなかったことを、こうして名前も顔も存じ上げない多くの方にぶつけてしまうのはどうかと悩んだのですが、ここでご相談できて救われました。
「いざ我慢できなくなったら、別居・離婚してもいいんだ」と頑張りすぎず、抱え込みすぎず、適度に手を抜きながらやっていくつもりです。

最後まで、ぐだぐだと長文ですみません。
夫と同じように障害を抱えた方々、またご家族を支える方々の日々が少しずつでも良い方向に向かっていくことを心よりお祈りしております。

ユーザーID:4230954117
 
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