いのちを頂く(食べる)という事

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生活・身近な話題

いのち

重いトピになるのかもしれませんがお付き合い頂けますと幸いです。

美味しいご飯を食べるのがとても大好きです。
お腹いっぱい食べると幸せを感じますし、
おいしいご飯屋さんを調べては行ったりします。


結婚して子どもが出来、主婦になってから
外食をやめて自炊する様になりました。


毎日調理する事になり、トピ題の事が頭によぎります。

アサリの砂抜きをしているとき呼吸しているアサリが可愛いな・・・。
このまま飼う事って出来るのかな?
アサリのみそ汁を作るとき、アサリをお鍋に投入して少し心が痛む。


煮干しが入った袋、もう粉だけだから最後にお茶パックに入れようと
袋からガサっと出したらいっぱいお頭が出て来たよ!

人参のヘタを水につけて育てると頭がのびて来た!

お肉のかたまりを切るとき。生々しいです。

お魚はかわいそうで切り身しか買えないです。


毎日沢山のいのちを頂いているんだと実感します。
ありがたいと思うとともに心も痛みます。


ありがとうの気持ちを込めて
「いただきます」「ごちそうさま」
はもちろん言ってますが
残さず食べきること。
食べきれないくらい作らない事
買った物は残さず調理しきる事

作ってくれた人達、育ててくれた人達に感謝

これらを心掛けていますし、子にも教えています。


でもまだ少し痛む心があるのですが、
皆さんはどのようにしてこれらのいのちに感謝していますか?


他の方法があったらぜひ教えて下さい。

ユーザーID:7809309722

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  • きれいに食べる

    「いただきます」「ごちそうさま」をきちっとする。
    残さないようにする。
    魚なども、きれいに骨を取って食べる。など、

    普通の食事のマナーを心得ていれば十分だと思う。

    ユーザーID:2859028979

  • ベジタリアンになれば?

    とはいっても植物にも神経組織の仕組みのようなものがあって
    痛みとかわかるらしいです。
    たとえば、日の当たる方向に延びるのは光を感じる組織があるからです。

    同様に私も大いなる疑問があります。
    お釈迦様でもキリストでもいいんですが、
    「インフルエンザが治りました」という人にどういう声をかけるのか?

    「それは良かったですね」と言うのか?どうか。

    もし、命の数が重要なら
    「あなたは地球上の人間の数より多いインフルエンザウイルスを殺したんですよ!」と
    いう可能性はないのか。

    いまだに疑問として残っています。

    ユーザーID:9904625502

  • 分かる

    生きている限りは食べなくちゃいけない。
    他の生き物の命を食べて自分の命を繋いでる。
    だから可食部分は食べ尽くす。
    あ、あと今思ったのは。
    自殺はいけない気がする。
    だって、感謝って観点から言ったら
    自殺しちゃったら、今まで命をくれた他の生き物に申し訳ないもの。
    うん。

    ところで、呼吸して目の前で「生きて動く」アサリを釜茹でに出来るのに
    死んだ魚が可哀想で買えないって言うのが面白いです。
    どっちかって言ったら、アサリの方が可哀想に思うんだけど(笑)

    ユーザーID:3602040520

  • ベジタリアンです

    ベジタリアンですが、肉や魚がダメなのはどちらかというと体質の問題なので、
    トピ主さんのように罪悪感などは・・全然感じないで食べてますね(笑)

    多くの方と同じく「頂きます」「ご馳走様」は、手を合わせて言いますが、
    それとは別に、夜寝る前に、布団に入って手を合わせ、色々なものに感謝しお祈りします。
    食事時の頂きます・ご馳走様よりも、この時のほうが真面目に祈っています。
    食事時はどうしてもわさわさしてるので、寝る前のほうが、落ち着いて感謝し、
    食べ物の命が自分の命と溶け合い、一緒になるのを感じられるからです。

    そのあたりに関しては、身体にやさしいインド/伊藤武 という本を読むのをオススメします。
    トピ主さんが読んでどう感じられるかは、わかりませんが。

    それと、トピ主さんは食べ物どうこうの前に、
    「自分が生きていること」自体に対して、抵抗や罪悪感などがあるのではないかと見受けられます。
    食べ物に対しての考え方や対処よりも、そちらの面を掘り下げたほうが、いいのではないでしょうか

    ユーザーID:8140080787

  • おいしく食べてます

    魚も牛も豚も、人間に食われる為に生まれてきたわけじゃない。

    その命を喰らって人間は生き延びているんだから、どう生きていくのか、常に自分自身に問い掛けて生きていく必要がある。

    中途半端な感傷ほど失礼なものはない。

    ユーザーID:3766978417

  • より良く生きることでお返しする

    牛も豚も鶏も魚も植物も…みんな命あるものです。
    命あるものを食べることをしなければ人間は生きていけません。

    なので「命あるものを食べること」に罪悪感を感じたら、もう死ぬしかなくなります。

    >まだ少し痛む心があるのですが、
    >皆さんはどのようにしてこれらのいのちに感謝していますか?

    私はそこまで深刻に考えたことはありませんが、トピ主さんは心が痛むのなら、より良く生きることに懸命になられては?

    『あなた方(動植物)の命を頂いてまで生かせてもらっているこの命を決して無駄には致しません。常に精一杯のことを成して、より良く生きることでお返し致します』という生き方をされたら良いかと思いますが、いかがでしょう?

    ユーザーID:5187724654

  • いのち と思った事はないです

    食べ物 確かに 生き物であったとは思いますが

    そこまで 追及したことはありません。

    いのち を頂くと 教えてもらった事も記憶にないし
    (食べ物を 無駄 捨てないようにとは言われましたが)

    あさりが かわいそうと思った事もないです。

    価値観の違いでしょうね。

    ユーザーID:3435474404

  • それで十分すぎるぐらいだと思います。

    感謝の気持ちを忘れないことが何より大事だと思います。
    生命を大切に扱う気持ちは必要ですが、あまり極端になる必要もないのではとも思います。

    少々トピずれかもしれませんが、最近の行き過ぎた食のエンターテイメント化には辟易しています。
    「xxの解体ショー」とか「xxの残酷焼き」とか、生命の尊厳もなにもあったものではありません。
    地方の食文化でも、昔から「踊り食い」とか「活き作り」とか似たようなものはありました。許容範囲かもしれませんが、個人的には嫌いです。

    それから、誰が食べるのかというぐらいの超大盛り(メガ盛り)を提供するお店とか。
    制限時間内に無理やり食べ切ってタダになって、いったい何が嬉しいのか・・・。

    いずれもメディアの取り上げ方の問題もあろうかと思いますが、命あるものを頂くという気持ちが薄れてきているようでちょっと残念です。

    ユーザーID:9976951387

  • いい年して何をセンチメンタルなこと言ってるのか・・・

    それって、それほどお腹が空いていないという証拠ですよ。
    空腹時に、「ああ、お魚ちゃん可哀想」なんてそんなセンチメンタルなこと思いませんよね。



    >他の方法があったらぜひ教えて下さい。

    実に簡単です。
    そんなことを思う余裕もないくらい、空腹になることです。

    ユーザーID:4057500476

  • 考え方がおかしい

    魚がかわいそうだから、切り身しか買えないって何??

    おんなじことじゃない。

    一匹丸々はかわいそうで切り身はかわいそうでないなんておかしいと思います。

    つまらないことにあまり必要以上の時間や労力をかけるのは間違っていると思います。

    とぴ主さんがかわいそうと思う以上に、日々命の生き死にが繰り返されています。

    人体のいたるところにいる菌だって 何億個も死んだり生まれたりしているわけですし、

    ユーザーID:9155226034

  • 日本は、

    食料自給率は40%くらいしかないです。でも、日々食べることに事欠くことはないですね。本来ならば、外国の人に分配されるべき食べ物を日本人が奪っていることもあるのではないだろうかという認識を持つ必要があるかもしれません。

    ユーザーID:7555266537

  • 綺麗事

    私は女ですが、食べるために殺生は必要なことだと思ってます。
    海外のTV番組では、そのようなシーン見ますが
    可哀想だとは思いません

    食べるためであるなら 魚にしろ 肉にしろ
    生きるために必要なことだと思うし
    むしろ その原理を知らない方が 罪で 偽善的だと思ってる

    夫は そのようなシーン 可哀想で見れないといいます。
    ハンターの父親が子供に狩りを教える姿をみて
    子供の教育に悪いと言いますが、私はそうは思いません
    でも 肉や刺身 寿司などは喜んで食べます。
    知りたくない現実 見たくないものには蓋をして
    罪悪感を感じないで生きて行くのも自由です

    でも私は、全てを知った上で 食べます
    出来るだけ急所を抑え、苦しまずにとは思いますが
    可哀想とはあまり思いません
    皮の剥ぎ方、内蔵の取り方 必要な知識だと思ってます
    スーパーにいけば綺麗なパックのものはありますが
    自分が手を汚さないだけで 殺生してることには変わりないと思うからです。

    可哀想というよりは食料は必要だからと思ってます。
    だから罪悪感は全く無いです。

    もしサバンナで猛獣が人間を餌と思い襲っても
    猛獣は罪悪感持ちません

    ユーザーID:9823173595

  • 考えさせられます

    私は、子どもの頃に狩猟してきたイノシシを解体する場を見てからお肉を食べられなくなりました。お肉だけでなくて、私も同じで魚は切り身や頭を切っていただいたものばかり買ってしまいます。子どもには、幼稚園頃から【きみの家にも牛がいる(絵本)】や【いのちの食べ方】という本を読んで聞かせてきました。たくさんの命をいただいて生きている私たちにとって、忘れてはいけない大事なことだと思っています。牛や豚は、体を洗われ、生きたまま血を抜き、新鮮なお肉を保つためになるべく苦痛を与えないよう脳震盪を起こした状態で解体されていくそう。
    上にあげた二冊の本以外にも色々読んで、学校で、屠場見学をしたらいいのにな…と思ったことがありました。動物だけでなく、野菜も包丁で切られる時に泣き声を上げると聞きました。
    とても大切なことを、改めて考えさせてくださりありがとうございます。

    ユーザーID:4415544228

  • それでいいんじゃないでしょうか

    痛みを感じながら、無駄にせず感謝して食べる事が何よりだと思うのですが。

    ただ、切り身だと心が痛まないのだとしたら、ナンだかなぁと思います。

    直接自分が手を下さなければいいのでしょうか。

    ユーザーID:7450959899

  • 私も同じ思いです。

    私もトピ主と同じ思いです。
    そこで私は買い物するときに次のことを考えて購入しています。

    *豚・牛・鶏肉・・・処分されるまで大事に育てられていたもの。
               抗生物質を使っていないとか、広い清潔なところで育てられているもの。
              (生協などはそのような情報もすぐわかります)

    *野菜・・・有機や減農薬で育てられたもの。

    *卵・・・自然の風が入る鶏舎か平飼い(地べたで飼われている)の鶏の卵

    人間はどうしたって他の生き物の命を食べて生きなければならないんです。
    そして、家畜は人間に食べられるために飼われている。
    だったら、せめて牛や豚が生きているときは、気持ちよくストレスなく生きていてほしいんです。
    そういうことを大事にしている生産者に家畜は飼われていてほしいんです。

    結果として少々値段が高くなりますが、気持ちは落ち着きます
    私として出来ることはこれくらいなので。
    安売りの肉や卵は、必ず理由があると思います。
           

    ユーザーID:4314297264

  • だってそれが。。。。

    だってそれがいきるって事でしょ?
    心が痛むといいつつ結局は食べるんでしょ?
    なら心を痛めても何の意味もないでしょ?
    食べられる方の身になったことあります?
    私は、もし自分が食べられる方だとしたら、
    人間にありがとうねって感謝されても、そんな事全然考えずに食べられても
    結果は同じ。自分は命を落としているってだけだと思うんです。
    食べた方がどう思おうと、食べられた方には関係のない話で、
    ある意味ありがたがるのは食べたほうの自己満足かと。

    ユーザーID:7410680118

  • 一番大変なのは

    私は、お肉を塊にお魚を切り身に、トピ主さんが「かわいそう」と思う工程を担ってくれている人が大変だなと思います(毛皮とか絹糸とかもそうなんですけど)。
    命あるものを食べないとならないのは仕方ないことと割り切れますが、自分で命を奪わないことに後ろめたさがあります。
    その人たちにできることといえばお金を払うことと感謝することしかないんですけど。

    ユーザーID:2716367571

  • 当たり前だけど大事なこと

    命を頂いて生きているんです。
    当たり前だけどとても大切なことです。

    動物だけじゃありません、植物だって立派な命です。
    どの命が尊いなんて事ではなく、命はそれぞれ同様に尊いものだと思います。
    (だから“動物の命を奪いたくないから菜食主義者”はちょっとした差別主義者だと思ってます)

    日々感謝を忘れないのはもちろんの事、様々な命の上に成り立っている自分の命や他人の事を尊重し大事にする気持ちが大切だと思っています。

    血となり肉となり我々の役に立つ様々な命と同様に、自分自身も誰かの(何かの)役に立ちたいと願っています。
    そうする事で自分の命になった動植物への恩返しになればいいと考えています。

    もちろん今はそんなに出来た人間じゃありませんが、できるだけ理想に向かって生きたいと思っています。

    ユーザーID:4683144565

  • 深いトピで ふと思ったこと。

    命を奪わない食べ物には何があるのだろう? ふと考えてみました。

    植物にも命があります。
    植物の実や種や根も生きてる命ですねえ。
    海藻も同じ。・・・・何があるだろう?


    三つだけ思い浮かびました。

    一つ目は 乳です。
    赤ちゃんの時頂いた母乳。でも これは期間限定ですね。

    動物の乳なら? 牛にしろヤギにしろ本来その子孫のためだから、
    その動物の命を奪いはしないけど、横取りになってしまいますね。

    二つ目は塩。

    三つ目は 水。


    このトピで 「食べるってなんだろう」と根本から考えてみたくなりました。
    都内の小学校で家庭科を教えています。

    興味深いテーマをありがとうございます。またおじゃましますね。

    ユーザーID:5648180285

  • 命を頂く

    私の勤める幼稚園(仏教系)では給食の前に「多くの命と皆様のお陰によりこのご馳走を恵まれました。深くご恩を喜び有り難く頂きます」給食後に「尊いお恵みを有り難く頂きました。お陰でご馳走様でした」の言葉を言いますが、その通りだなぁって思うのです。多くの命を頂いて成り立っている私達の身体は、私達だけの物ではない。だから大切にしなくてはいけない。これは命の大切さを伝える事にも繋がると思うのです。ところでトピさんは「魚はかわいそうなので切り身しか買わない」そうですが、近頃の子どもの中には、魚は切り身の形で泳いでいると思っている子もいるとか。トピさんがお子さんに本当に命に感謝する気持ちを伝えたいのなら、やはりまるごと購入して、焼いたり煮たりされた方がいいと思いますよ。

    ユーザーID:4137220191

  • レスします

    命を頂いていると自覚した時、
    物凄く葛藤しました。
    動物が好きなのに、
    肉を食べる自分へ嫌悪感を持ちました。
    食肉処理場の写真などで命が食料に変わる瞬間を見て、
    人間と私自身の残酷さに悩みました。
    私は自分の食べる命に対して直接手を下さず、
    お金で解決していると自覚しました。
    そして食肉処理場の方へ感謝の念を持ちました。

    殆どの生命体は他の命を犠牲にして生きています。
    肉、魚、野菜などを摂る事を残酷と言うのなら、
    微生物のお陰で作られた発酵食品やコーヒーなども
    口に出来ません。
    命を平等に扱うべきならば、
    ゴキブリも病原菌も駆除出来ません。
    それに子供が病気になった時も抗生物質などが
    使えなくなります。
    やはり生きる為にはどうしても他の命を
    犠牲にせねばならないと、気付きました。

    現在、とても感謝しつつ命を頂いています。
    肉や魚の切り身を調理する時、
    どの部位なのかを想像しながら
    心の中で感謝の気持ちを述べています。
    そしてなるべく食べ残さないようにしています。

    ユーザーID:1902121850

  • 二度目のレスですが

    子どもの頃にイノシシを解体する場を見て、お肉を食べられなくなりました。と書いたものの…
    動物の命は、ラーメンのスープにも入っているし…、ゼラチンも命です。お肉を食べられなくなったとはいっても、口にしているのですよね。

    一度目のレスで、えらそうなことを書いてしまいごめんなさい。

    ユーザーID:4415544228

  • いのちを頂く尊い食への感謝の言葉

    京都・真宗興正寺の宿に泊まると、食事の前後に必ずこの言葉を唱和しました。
    下に挙げておきますね。


    食前の言葉

    一粒一滴(いちりゅういってき)、みなご恩
    不足を言ってはもったない
    感謝でおいしくいただきましょう
    いただきます


    食後の言葉

    今、尊い食を終わって、心豊かに力 身に満ちる
    この心身をもって、おのが業(わざ)に励みましょう
    ごちそうさまでした

    ユーザーID:6302888461

  • 考えないな

    地球上の動物は、生きるために他の生物を食べなければならないので
    そんなこといちいち気にしません。

    何億年も前からの、動物の性(さが)なのです。
    植物なら自給できるんですけどね。


    地球外の生物は今のところサンプルがないので不明です。
    地球外生物を、われわれが生物として認識できるかどうかも不明です。
    そもそも生物の定義とは?

    そんな事を考えるほうが楽しいな。

    ユーザーID:6501740614

  • 同感です。

    私も娘が幼い頃から食べもののありがたみを教えてきました。人間のすることは残酷だけどそうしないと私たち人間は生きて行けないから命を頂いている以上残さず食べないといけない?昔、殺される前の牛の涙をテレビで見た時は辛かった。食べ物を粗末にする人間は大げさかもしれないけど私はすべてにおいて信用できません。日本は本当に飽食です。ありがたみを忘れてはいけません

    ユーザーID:3257983769

  • 頂いたいのちの分だけ良く生きようとする

    「食べ物が美人をつくる」なんて言いますね。
    それはきっと、頂いたいのちのおかげなのです。
    私は料理が好きで、材料から手作りする方です。
    買い物するときはつい値段を気にしますが、
    その材料は、優劣のないいのちだったんです。

    ときどき、トピ主様と同じようなことを考えます。
    他のいのちを犠牲にしなければ生きられないことについて。
    あえて言うなら、自分を養ってくれた生き物に恥じないような
    良い生き方をすることが感謝の一つの形かと思います。
    自分の命は、ほかのいのちを犠牲にして永らえる価値があるのかと
    ときどき思って自分の行いを振り返ること。
    人にやさしくし、仕事をていねいにし、常に誠実でいる。
    難しいことですけれどね。
    もちろん、食事のときの感謝は忘れません。

    ユーザーID:5278240288

  • 違和感あるなー

    なんのかんのと小綺麗な事をおっしゃいますが、

    >お魚はかわいそうで切り身しか買えないです

    でがっくり・・

    四の五の言わずに鮭でもまるっと一本買って
    余すところ無く有り難く食べきってみましょうよ。
    どう感謝したって生き物の命を絶って
    自分の命をつないでいるんです。

    ユーザーID:5074293771

  • 感謝の表し方がある

    あなたは「いのち」をいただくことに感謝すると共に、その「いのち」に対して心が痛むといいます。その「痛み」が何なのか気になるのでしょう。あなたが感じる「心の痛み」とは、他の「いのち」を殺すことに対するものであると同時に、「いのち」を殺さなければ自分の「いのち」を維持できない境遇が存在する現実の、二つから生まれてくるものではないでしょうか。

    前者の「痛み」は、他の「いのち」をいただくことに対して感謝することで、昇華できることと思います。しかし、後者の「痛み」はそうは行きません。後者の「痛み」は、他の「いのち」をいただいて元気になった自分の「いのち」の維持に感謝すると共に、その自分の「いのち」を他の何かのために使わなければ、昇華できないのです。

    我々は、他の「いのち」をいただくからこそ、それが自分の中で、自分の「いのち」として生まれ変わるのです。その「いのち」を他のために使って行くことが、「いのち」が生き続けることの意味になるのです。その「いのち」を、自分だけのためだけに使えば、いただいた「いのち」を殺したも同然です。自分の「いのち」を他のために使うことこそ感謝の本意ではないでしょうか。

    ユーザーID:2882455500

  • 残さない

    ちよっと心がいたむという気持ち、大切だと思います。
    食物連鎖の頂点に生まれたのはたまたまですから。
    それでも、食べなければ生きていけない。
    短編で「いのちの食ベ方」という無声映画がネットで見られます。
    是非おすすめします。
    ごちそうさまという言葉は頂いた正に生命に
    感謝することだと思いました。
    せめて、食べ残さないようにしています。

    ユーザーID:0255015820

  • 一人一人出来る所まで

    私も心が痛んでしまうベジタリアンです。

    一概に肉魚を食べないからといって野菜(痛みを感じる)を食べるならそれは偽善だとおっしゃる人が必ず出てくるんですが、「一人一人頂く命の許容範囲」というのは違っていて良いはずなんですよね。0か10ではなく、3でも良いし8でも良い。

    ある人は残さず感謝をして肉を食べる。
    ある人は自分で殺せないものは食べない。
    ある人は野菜もかわいそうで切れないので落ちたフルーツを食べる。

    正解はないんです。みな自分の心が納得できる事を「考えた上で」すれば良いと思うんです。もちろん、自分が生きていくことが前提なので、犠牲になってしまった動物たちがいる事を知った上で薬を使う。でもこれを知っていれば、例えば化粧品などは、動物実験をしていない物も売ってますのでそちらを選ぶなど少しでも犠牲になる命を減らす事が出来ます。

    ただ、生きて行く為に絶対に肉が必要だし目の前にいても自分が生き延びる為に殺せる、というのなら肉を食べる資格があるでしょうが、自分では殺せないと思うなら、今一度肉を食べるという行為について考えてみても良いかもしれません。

    ユーザーID:1486809371

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