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食べられなくなったら死ぬのは仕方ない?

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  • 費用負担と社会的コンセンサスの話が混ざっていてわかりづらい

    トピ主さんの問題提起は、とても重要なものだと思います。

    ただ、(1)患者負担が少ないので、家族にとっては「何も判断しないでそのままにしておく」が最適解になるのをどうするか、(2)どのような状態になったら寿命と判断し、延命を中断するかの社会的コンセンサス、の話が混ざっているのでわかりにくくなっています。

    (2)の側で、たとえば「生理機能の低下で食べられない状態が安定して1ヶ月続いていたらもう寿命」というコンセンサスが得られれば、(1)の側で「それなら、2月目以降は保険給付を順次減らして半年後にはゼロにします。いつ延命治療を中断するかは本人と家族が判断してください」はアリだと思います。

    逆に、トピ文のように(1)の側を先に言ってしまうと「貧乏人は死ねって話か」と感情的な反発で問題が錯綜するだけです。

    第一歩としては、医療者側がガイドラインを作って「こういうケースでは延命を勧めない」を徹底することだと思います。素人が「延命しますか?」と聞かれて「要りません」と答えるのは困難ですし、「こういうときは、もう諦める」という指針が出ていれば(2)のベースになるでしょう。

    ユーザーID:6662622195

  • 同感です

    祖母、祖母の姉の介護を手伝い、祖母は看取る事もできました。
    介護のなかでは、様々な段階がありました。
    日常的に祖母に接しているなかで、食べること、おしゃれ、旅行が大好きだった2人が、まず、旅行ができなくなり、その後、おしゃれや化粧をしなくなっていったときに、「そろそろお別れなんだな」と覚悟していった気がします。
    大叔母に関しては、胃ろうをつける判断を求められたことがあり、「食べる事が大好きだった人が、食べることができなくなる、味を分からずに栄養だけとらされるのは、本人にとっても苦しいだろう」ということで、痛みをとったと聞きました。
    私は伯父伯母の判断を英断だと思っています。
    介護される側が、人生に対して、何を重きをおいてきたのか…そういったことを主治医とじっくり話せたのが良かったようです。ただ、治療するというよりも、「どういう生き方、死に方をしたいのか」を本人や家族とじっくり話せるようなお医者さんになってください!

    ユーザーID:8979801836

  • 医療従事者です

    医療、特に高齢者医療はブラックだと思ってます。
    やっぱりお金なんです。
    患者さんは医師が全てですから、無駄な検査や無意味な薬を嬉々として受諾し「お医者さんに怒られちゃうから」「お医者さんが言うから」が口癖。
    全く問題はない、大丈夫だと言っても信じず、なにかあった時に駆け込んだ医院で何も薬が出なければ「あの先生はヤブだ」となり、大量に投薬し検査だらけになると「あの先生は私のことを大切にしてくれる」となります。
    医師としては簡単なカモです。
    (そんな医師ばかりではないと信じたいですが)
    医師は処方箋を出し、検査をすればお金が入るんです。
    延命だって同じです。
    手術だってそうです。しかも、医師としてはたくさん切ってみたい。
    「延命処置をしないなんて、そんな可哀想なことをしていいんですか?」
    と医師に言われて拒否出来る家族はいません。

    私と私の家族は一切の延命を拒否することを書面にのこしています。
    救急車を呼べば治療をされてしまうので、救急車も呼ばないつもりです。
    これは高齢者の医療現場を見ている私の出した答えです。

    ユーザーID:7904053808

  • 同意見です

    高齢者の場合延命せずに寿命に従った方がいいと思います。本人の為に。

    義父は進行性の難病でしたが、瞬きしか出来なくなってから義父の子供達の希望で胃ろうにし、その状態が7年半続きました。
    自分が介護するとは思っていなかった義母は最初は文句を言っていましたが暫く経つと自分に得する事が多いと気づき変わりました。
    義父の病気は難病指定の為『治療費の実費はなし』『介護5の為全て介護サービスで賄える』『病院への義父の支払いは胃ろうのレトルトの食事代だけ』『年金二人分は全て義母の小遣い』というのが7年以上続いて快適になってしまったのです。最期の半年は危篤になっても何度も医師に延命を頼み義父が可哀想なくらいになりました。何故何度も延命するのだろうと思いましたが、義父の葬儀後義母の口から出たのは「年金二人分もらえなくなった」とがっかりした言葉。
    こういう人もいるのです。

    点滴だけなら義父は数ヶ月で逝けたはずです。年金、税金、介護保険、健康保険を7年も無駄にして、義父本人も苦しい思いをして得したのは義母だけだったと後になって気づきました。

    ユーザーID:3811829619

  • トピ主さんに同意します

    私の母も同じ事を言っていました。
    頼むからそれだけはやめて、と。

    だから彼女が病気で物を一切食べられなくなった時
    胃ろうや延命治療は断りました。
    穏やかに穏やかに、すうっと眠るように亡くなりました。

    私も夫と子に胃ろうや延命治療はしないでと
    言ってあります。
    エンディングノートにも書いて置いた方がいいですね。

    ユーザーID:2334656860

  • 同感です

    食べられなくなったら死ぬ。それがいいと思います。
    あとは認知症。自分の子供の顔も認識できなくなった祖母は施設で食事の介助を受けながら20年近く生きています。

    ユーザーID:2336155460

  • ご指摘がありましたので。

    >ただ、林檎さんがおっしゃっていた、自分は拒否するけど親にはする、というのは「悪意のない」虐待ではありませんか?

    夫や私が義父と少しでもそのようなことを話していて、義父がそんな風になってまで生きていたくないと言っていれば、私はそれに従いました。ですが、義父は既に90才を超えていて、長く一緒に暮らしていても、そのような話をする機会はありませんでした。なので、私の価値観としては拒否するけど、義父の気持ちは分からないので、家族としてそう判断し、夫も同意してくれました。私は今でもそれを間違っていたとは思っていませんし、何も分からないトピ主さんから虐待呼ばわりされるのは、かなり心外です。

    トピ主さんはご自分はまだ回答を見つけていないと言われていますが、そうでないなら、患者さんの家族や私の判断を批判されるのはおかしいです。私はトピ主さんの回答は既に出来上がっていると思います。そして他の方のレスを拝見しても、それがこれからの中心的な考えとなっていくのだろうとは私も思っています。

    すみません。続きます。

    ユーザーID:7417295327

  • ぜひ読んでいただきたい

    「看取り先生の遺言」 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」
    奥野修司著  文芸春秋社

    内容はここで紹介しきれませんが、在宅緩和ケアに取り組んだ岡部健医師

    魂を揺さぶられるような深い示唆に富んだ本です。

    ユーザーID:8224689817

  • わかります

    私は寝たきりの母、認知症の父の介護をしてきました。
    親に対する愛情は壮絶な介護の後全くなくなりました。
    そして、なんでこんなになっても生きてるのだろうと呆れながら介護していました。

    人間として機能しなくなったのに延命するのは全く意味ないと思います。

    長生きしたくない、と親をみてつくづく思いました。

    ユーザーID:0406503329

  • ご指摘がありましたので 2。

    今後のことではなく、トピ主さんが言われる現在の患者さんのことですが、例えば親の年金をあてにしている子どものことはよく聞きますし、私も知っています。でもトピ主さんのところにおられる、そのような患者さんの中には、ご自分がその状態ででも生き続けることが出来れば、子どもが年金を受け取ることが出来ると喜んでおられる方があるかもしれません。その考え方の善悪ではなく、その方の気持ちとしてそうかもしれないということです。でもトピ主さんは年金を取られて、面会にも来てもらえない患者さんとしか見ていない。それは危ういと思います。

    人の生き死にに関わることですから、どんなに大きな流れが出来ても、たった一人の考え方まで尊重されるべきとはトピ主さんも考えられると思います。そうであるなら既に意思表示が出来なくなった状態で過ごしておられる方に関しても、そうするべきで、そのためには出来る限りの想像力を働かせて関わるしかないのではないでしょうか?
    医療関係者の方に、家族に見捨てられ、毎日天井だけを見て、ただ生きているだけの可哀想な患者さんとしか見てもらえないなら、トピ主さんの前におられる患者さんはあまりにも気の毒です。

    ユーザーID:7417295327

  • 同感です。

    先日義理の母がなくなりました。
    二年以上入院していました。
    がんを患っている上に、認知症も進んでいて訪ねてもほとんど反応がありませんでした。
    元々そんなに交流があるわけでもなかったし、主人でさえも年間3回しかお見舞いに行きませんでした。
    近くに住んでいる兄弟は頻繁にお見舞いにいってくれてはいましたが、誰も引き取るとは言いませんでした。
    冷たい様ですが、こんな状態で生き続けることに意味があるのだろうかと内心思っていました。

    私は自分で食べられなくなったらもうそのまま寿命を迎えたいです。
    何の楽しみもない人生はもう終わったも同然ですから。

    ユーザーID:4032395376

  • 高齢者だけではなく

    私は重度の内蔵疾患を患っています。
    治療も進行を遅らせているだけで完治はしません。遠くない将来、身体障害者になります。さらに発達障害者でもあります。
    30代前半での発症の為に結婚も出産も諦めました。
    通院、入退院を繰り返しており非正規でしか働けません。
    働けなくなったら生きる為に生活保護を受ける事になると思います。
    ただ、そこまでして生きる意味があるのかなと常に考えています。

    高齢者だけではなく、条件を満たす難病患者は60歳以降、安楽死を認めて欲しいです。
    悪化する一方の病気と闘うのはもう疲れたよ。
    そして、この国はもう高齢者や病気の人間を支える力は残っていないから。

    ユーザーID:4201725939

  • そのとおりです

    食べてこその「生物」だと思います。
    口から食物を摂取できなくなったら最期のときだと考えていいんじゃないですか。

    ユーザーID:4751117552

  • 私も延命治療反対派です。

    自分にも自分の親にもです。
    (ただし寿命を全うしたと言えない
    若年の場合にはもちろん出来る限り助けたいと思いますし、
    それが当然です)

    線引は難しいけれど、80才以上であれば、
    自発呼吸が一応の目安になるのではないでしょうか?

    栄養補給はなんらかの形で行い、
    酸素マスクも必要ならもちろんするけれど、
    自発呼吸ができなくなった時点で、
    覚悟を決めるというのが現実的に
    ちょうどいいかも知れないですね。

    ただ、他のレスにもあったように、
    「意に反して」延命治療になり、
    それを「敢えて外す」決断はそう簡単にはできませんね。

    年400万稼ぐのも難しいご時世に。
    年400万円もかけて「生きさせる」オカシイと思います。

    ユーザーID:2052096902

  • 豊かな時代の産物

    やがて背に腹はかえられなくなります。社会保障に回す金がなくなるからです。

    ユーザーID:6016242838

  • 本当にそう思います

    本当ですね。
    日本は健康保険のお陰で安く医療に掛かることが出来る。
    しかし私のように殆ど医者に掛からない、今後も西洋医学には極力掛かるつもりはなくても高額の健康保険料を有無を言わさず国にブン取られます。
    本当に現代医学を必要としている人も多い傍ら医療関係者の利益の為に無駄な医療費も湯水のように使われている結果でしょう。

    いっそ既に破綻しそうな健康保険制度に見切りをつけ自分で保険を掛けるようにしたら良いといつも思います。
    そうすれば安易に病院にかかれなくなる分、予防医学にシフトせざるを得なくなり、医者の言いなりや医者に丸投げは出来なくなり色々な分野の医療を選択しやすくなるのではないでしょうか。。


    私も自然死を望んでいることを早めに伝え、高齢の義両親にも思い切っていざという時のことを確認しておこうと思います。

    ユーザーID:1285545484

  • 教えて下さい

    70代の父が、脳出血により半身麻痺となり、ものを飲み込むことも困難となったため、現在は療養型の病院に入院して鼻から栄養を入れている状態です。半身が麻痺しているので寝たきりの状態で、目は開いていて、何か言いたそうにはしていますが、意思疎通はできない状態です。

    胃ろうや人工呼吸器などの延命治療はしませんと病院には伝えてありますが、鼻からの栄養も延命治療になるとの説明はありませんでした。鼻からの栄養を始めるときも、こちらに選択権があるような感じでは無く、少し元気になったら鼻から栄養を入れてみようと思います、くらいの感じで始まりました。

    この鼻から栄養を入れるのは、始めてしまってから途中で止めることができるのでしょうか?教えて下さい。

    介護が、老衰からでは無く病気から始まった場合、どこからが延命治療になるのかの判断は、医療や介護の素人である家族にはとても難しいと感じます。

    万が一、母や義母(義父はすでに他界)が同じような状態になったときには、鼻からの栄養を断ることができるのなら、断ることも考えようと思います。

    ユーザーID:2342804444

  • 切ないです

    老人介護の仕事を長く続けています。
    時々、施設に経管栄養を摂取されている方が入ってくることもあります。
    栄養だけはしっかり行き届いているので、意識のしっかりした方もいます。

    施設内にある調理室から美味しそうな香りがしてくると、
    「私もごはん食べたい…美味しいもの食べたい…」と呟く人。

    病院から大きな褥瘡を作って入所してこられ、またその褥瘡がなかなか治らない。
    「痛いよう、歯痒いよう、そんなの塗っても効かないよ、やめて。
    もういいから殺しておくれ」と涙を流す人。

    色々な人を見てきましたが、ほとんど体を動かせず、食べる楽しみすらなく、
    悪化していくばかりの褥瘡や持病に苦しみながら…
    ここまでして生かされる意義とは何だろう?それは本当に本人のためなのだろうか?
    と疑問を覚え、とても切なく、つらくなることが多かったです。

    家族に愛されているのなら、まだ生きる希望もある気がしますが、
    家族がよく面会に来てくれるわけでもない方の方が多かったです…

    ユーザーID:9338982407

  • ムムムさんと同じ意見を持つ。

    トピ主さん、食べられくなったら自然死をですか、、、。

    友人の8歳お子さんは、重度脳性麻痺で、生まれながらチューブ、胃ろうで生きています。生まれてから口から食べ物をとった事はありません。しゃべる事もなく、唾さえも自力で飲み込む力がありません。
    自分で出来るのはまばたきだけです。

    老人でなくとも、色々な障害や病気で、寝たきりで意思表示が出来ない子供、大人がたくさんいます。

    トピ主さん、それでも同じ意見を持ちますか?
    皆さんも同じ意見ですか?

    ユーザーID:7445992519

  • 考える方向は同じ。ただ言葉には気をつけて

    タイトル通り、考える方向は同じです。
    ただ、「天井を見ているだけ」「家族はお見舞いに来ることも稀」には同情し兼ねます。
    医療費の問題も書いてらっしゃいますが、そのお金でコメディカルスタッフは生活しているのです。

    どこかの国は、自分で食事を食べれないイコール死と捉える為、寝たきりの人はほとんど居ないとか。
    確かに、自然に逆らわずってことはそういう事なのかなと思います。

    生き様を語る時代から、死に様を語る時代になりました。
    今はDNRを選択する方も増えていますし、リビングウィルがもっと普及するといいなと思います。
    わたしも気管吸引、経管栄養、中心静脈栄養、尿管カテーテルは拒否します。

    ケアする者として、その方とその方の家族が、何を大切にするか?
    自分の考えはケアのあり方に表れていいと思いますが、患者家族へ押し付けるものではありません。

    家族のことですが、滅多に来れない理由がある場合もあります。
    医療費支払い、オムツ代等の療養費、生活の為働いているなど。
    たまに入院させるだけさせて、現状把握もなく、インフォームドコンセントを行っても病識もなく、預けっぱなしになっている家族もいますが。

    ユーザーID:5468761467

  • ムムムさん

    ムムムさんの疑問は、トピをよく読めばわかると思いますよ。

    ユーザーID:5578376083

  • トピ主に同意します


    同意いたします。

    ユーザーID:9957299079

  • ご一緒に考えの整理をしようと、軸として

    1.死の定義の問題
    a.肉体の死
    b.精神活動の死 脳死など
    c.人格的な死 重度認知症など
    d.社会的な死 生存を望む他者がいない状態

    2.生命関係の技術の問題
    3.意思と価値処分の問題

    を設定しますと

    2は、bで特に問題になる。
    3は、c以上は意思能力が不十分で、成年後見制度の対象。

    年金の話は、保護義務の実質的な遂行の放棄と
    成年後見人による本人財産の搾取を要件に
    児童保護施設の成年版も考えられるか。

    延命には褥瘡などの苦痛が伴い
    c以上でも、意思能力があれば拒否する蓋然性が高いならば
    本人の積極的な希望のない延命行為は、虐待が強く推測されるか。

    なお、他者論やファンデンベルグの現象論になじんだ者としては
    a-d全てを満たすのが、他者が生命を論ずる最低要件で
    国家の介入には謙抑性が望まれるという感覚があります。

    根源的な問いに直面させられる医療職の
    多忙な実務の中、問いを抱える力とオープンに議論する力
    医療者としてすばらしいと思います。

    辛すぎたら治る部署へ異動されて、良さを長く発揮して頂きたいです。

    ユーザーID:8318500660

  • 自分のことだけなら何とでも言えるんだけど・・・

    正直、本音を言えばトピ主さんに同意です。

    医学の進歩も善し悪しです。
    安楽死が認められるなら、私は元気でも70くらいで逝きたいと常々思っています。どんな状態でも家族に負担がかかっても生にしがみつく人もいるし、本人はもういいと思っても家族が許さない人もいる・・・難しい問題ですよね。

    取り敢えず、私は何かあったら子供達には延命処置はしないでとは言ってあります。

    ユーザーID:4644210325

  • 不快です

    父は、パーキンソン病のため、亡くなる前の数年間は胃瘻でした。
    トピ主は、「重度障害は別」と書かれてますが、判断基準がトピ主の価値観と合致しないといけないのですか?
    家族の価値観によって、何が悪いのでしょう?

    「意思表示のできる方は、胃瘻拒否が多い」とのことですが、現状では胃瘻のマイナス面ばかりが一人歩きしているように思います。
    拒否している方に、きちんと胃瘻についてのメリット・デメリットを説明し、「家族の迷惑になるから胃瘻拒否」との状況をなくした上でのことなんですか?

    私の場合ですが、私自身が医療従事者であることもあり、胃瘻を拒否する私の家族に胃瘻のメリットをきちんと説明し、最終的に胃瘻となりました。

    父は故人となり、胃瘻しなかった場合より数年長生きしました。
    私が自分で胃瘻造設に向けて働きかけたにもかかわらず、今でも本当に胃瘻が良かったのか自問自答しています。

    「胃瘻は悪」との価値観に凝り固まったステレオタイプのトピ主に、わけ知り顔で語って欲しくありません。

    ユーザーID:8877650781

  • よくわかります。。

    お気持ちよくわかります。
    私の祖母は亡くなるまで9年間、寝たきりでした。
    お見舞いにいっても目線すら動かず、訪問自体を理解していないようでした。それを9年も。
    私は子供ながらに 祖母は幸せなんだろうか、自分だったらただ生きているなんて望まない、かわいそうだと思っていました。

    祖母の子供である私の父や叔父たちは、同じ気持ちがないわけではないようでしたが、どうしても延命治療の中止つまり祖母の死を選ぶことはできなかったようです。どんな形でも生きていてほしいという気持ち、育ててくれた母親への恩返しの気持ちだと思います。それと延命治療を希望しないことは最善を尽くさないことであり親を見捨てることだと考えていたと思います。

    最近は終活などで、自分の死を考えることが身近になっていますね。各自、宣言するのがいいでしょうね。
    私の60代の父、母は、延命治療は望まないと今から宣言しています。私も望みません。
    私の夫は望む(とりあえず長生きしたい)そうです。
    人によって考えは違うので、元気なうちに宣言しておくしかありませんね。

    ユーザーID:8720316319

  • 保険でいくらでも稼げるシステムに問題がある

    日本の医者って、死なせない事を一番に考えますよね。それは寝たきりになっても、意識が無くても治療すればするだけ保険システムでお金が入るからです。

    病院経営には大事なことだと思いますが、これだけ医療費の無駄を騒がれながらも、延命治療をこれでもかと行う日本という国がおかしいと思います。意識の無い老人に胃ろうをしてまで生かすのは、本当に家族の意思でしょうか?

    いろいろな人の話を聞きますが、延命治療をしなければ退院せざるを得なかった、脅されているようで断れなかったという人が多いです。

    私は食べられなくなったら、自然死でよいと思います。いくつでというのはまた問題ですが、そういう時揉めないように欧米のように、こういう状態になったら治療はしないという覚書を本人が書いておくべきだと思います。
    今の日本では、そういうものがあっても無視されていますが。
    このままでは、いきなりそういう時代になりそうです。その時慌てるのではなく、政府ももう医療費は賄えないと宣言し、自然死してもおかしくない老人にお金をつぎ込むより若い世代のために国家予算を使ってほしいです。

    ユーザーID:8943682158

  • 誰も幸せにならない

    祖母がその状態で8年生きました。若くて回復の可能性があるならともかく、80歳をはるかに超えた祖母に対して治療を続けることを、両親は快く思っていませんでしたが、同居する伯父家族が決めたことと口をはさみませんでした。

    祖母が亡くなって、伯父夫婦は従兄たちに、自分たちの延命治療はしてくれるなと言ったそうです。従姉から聞いて驚きました。

    伯父は途中で後悔していた。でも、途中でやめられなかった。母の命を絶つ決断ができなかったと。

    そのために徒に命を引き延ばし続けられた祖母が気の毒ですし、そのために莫大な税金が投じられたことを申し訳なく思っています。

    ユーザーID:0459605820

  • 私なら

    私自身だけの気持ちなら延命はしたくありません。義母を脳間梗塞で五年ほど介護しました。話せない、動けない、食べれない状態を自宅でお世話しました。心身ともにぼろぼろになりました。タンの吸引もあったので、24時間介護です。こんな思いは、私は家族にさせたくありません家族には、延命はしないよう伝えています。一日でも長く一緒に居たいけど私の体は悲鳴をあげてる…そんな苦労をさせるくらいなら、介護する側される側どちらのためにも、延命はいりません。もちろん、若ければこの気持ちも、違ったとは思いますが。私は義母が延命を幸せだったと思っていなかったように感じていましたし。

    ユーザーID:0667605095

  • おっしゃる通りです。

     私の 母は 昨年 ころんで また 呑み込みが悪くなったため  鼻管から栄養を補給するようになりました。 鼻の管を抜いたらいけないので 手を縛られていました。足は 大たい骨骨折で 全く ベッドから起き上がることができませんでした。 手も足も動かせない状態・・・。そして ころんで半年ぐらいで 亡くなりました。
     そばで 見ているだけで 胸が 痛みました。
     まさか 手をしばられるとは 思ってませんでした。
     あなたのトピをよんで 本当に 考えさせられました。

    ユーザーID:3089456101

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