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食べられなくなったら死ぬのは仕方ない?

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  • そうですか?

    うちは「出来るだけの事はしてください」と延命を望んだのに、医者は勝手に延命しない指示を出したそうです。後からわかり驚きました。どうせ長くはなかったでしょうが、なぜ勝手なことをするのでしょうか。今でもそういう事があるのに、安楽死や尊厳死など認めたら歯止めがきかなくなるのではないですか?
    そういう医者がいる限りは現状も仕方がない事です。予算の問題は別のところで考えるしかないですね。

    ユーザーID:9880511106

  • そりゃお金だけで議論はできないよ

    重い内容だと思います
    ただですね、現実的に、私は比較的高所得の独身で、健康保険料の負担額はかなりのものです。正直負担感感じていますが、それは今回のテーマとはまた別の話なので置いておいて。
    手元に書類がないので、厳密な金額はわかりませんが、それでも多分年間100万円には満たないくらいの額のはずです
    健康保険の主旨から言ったら、このように大きな額を負担する人もいて、幅広く皆さんに福祉を提供しようってことですよね。
    トピに記述のある「高齢者一人の方に400万円」の金額が本当に正しいのか、確認するすべはありませんが、正しいと仮定した場合、
    多分かなりトップレベルに多く負担している人複数人のお金が全部一人の高齢者に注ぎ込まれる状況で、広く社会福祉も同時に成り立つのでしょうか
    高齢者には誰でもなります。でも他人の分を十分に背負えるほどの負担ができる人って、そうそうたくさん増えません。
    感傷論だって必要ですが、そもそも持続不可能な理屈なのに、なんとかそれを信じたいという気持ちが強すぎて見誤っている面がありやしないかと感じます

    ユーザーID:3992034519

  • そりゃ大きなお世話だけどさ

    生きる事も死ぬタイミングも自分で決めたいよね。
    ほんと、大きなお世話。

    でも、それなら9割税金で医療施設や介護施設の職員の世話になるのも
    「大きなお世話」なんじゃない?

    なんで親のシモの世話、食事の世話、入浴や清拭をやらないの?
    遠距離なら引っ越すか呼び寄せるかすればいいよね?
    自分の生活があって親の面倒みれません、って?

    ならその人にとって「自分の時間や生活を犠牲にするほどの存在ではない」
    ってだけでしょう。
    別にそれは誰が非難することでもないし、そんな権利もないと思う。

    色々理由付けして他人に丸投げしておきながら「大きなお世話」という
    捨て台詞はないでしょうよ。

    というか、そういう人は当然ご自身で親や身内の介護されてるんですよね?
    寝たきり状態なんて機材さえレンタルできれば自宅で面倒みれるケースが
    殆どなんだから。(うちはそうでしたよ?)

    ユーザーID:9777185111

  • 祖母がそうでした

    私の祖母が認知症で胃ろうで何年も生かされていました。
    父や父の兄弟は年に数回、孫達は誰もお見舞いに行きませんでした。
    正直祖母は気性が荒く元気な時は疎まれていました。
    何のために生かしていたんだろうと今思うとなんとなくわかりました。

    生きていて欲しいではなく責任を取りたくないのです。胃ろうを止めたら確実に死んでしまう。わかっていたからこそ決断できないのです。だからだらだらと生き続けさせたのです。

    結局祖母は5年以上その状態で生き98で亡くなりました。ろくに葬式もせずその後、遺産相続でもめ兄弟バラバラになりました。

    親のそんな姿を見ているので、彼らが同じようになったら延命は絶対しません。

    ユーザーID:6089834333

  • 私の祖父母の場合

    私の祖父母の場合は、父の強い希望で延命をしました。

    祖父は難病だったので予め延命治療拒否の意思表示をしていましたが、父がいざとなったら思いきれず、延命治療をしていただきました。

    祖母の場合は認知症が来ていたので意思表示はなく、ベッドで寝たきりで5年以上でした。傍で見ていて、ご飯も食べられない、認知症の進行で会話もできないし、意思の疎通もできない、痛いと言って暴れたり、楽しそうなことが一つもなさそうで、私はこの状態で生きていることが残酷だな、と思いました。なので、私は延命治療はしてほしくないと周囲に伝えています。

    でも、父にとってはどんな状態であれ、祖母が生きていてくれることがうれしかったのだと思います。仕事があるので毎週末に病院に行き、童謡を聞かせたり、少しだけでも食事をさせようとゼリーやヨーグルトなどを食べさせたりしていました。

    祖母のことを思うと残酷だと思ったけど、父にとっては心の支え。とても難しい問題で正解なんてないと思います。

    私に生きてほしい、と言ってくれる人がいるのに、自分の選択で命を絶つことも残酷だと思いますし。

    ユーザーID:2096219411

  • BIZENさんに一票

    よく、この投書欄でも、生きてるだけで丸儲け、なんていわれますが、こんなに多くの方の本音が、それに反している事に驚きました。

    高齢者は65歳から、後期高齢者は75歳から、となっていますが、ある年齢になったら、延命の治療はしないなどと決める事ができるのでしょうか。
    生きている価値のある人と、そうでない人を選別する事ができるのでしょうか。

    BIZENさんがおっしゃる様に、人の価値とか、生きる意義なんて、人が判断出来る問題ではないと思います。
    身体が健康で若くても、無駄な人生を送っている人もいれば、身体が全く動かない中で、天才的な偉業を遂げているホーキング博士のような方もいます。
    生きていてくれるだけで良い、と思われる人生を送っている方もいる筈です。

    生かされてでも、永遠に続く命など有りません。
    授かった命を、最後まで大切にしようとするからこその延命です。

    人を生かす事によって国が滅びる可能性があるのなら、
    もっと国の財源を見直し、無駄をなくす事を一人一人が真剣に考えましょう。

    ユーザーID:4887808472

  • 死ぬのが怖い

    このトピでは実際にみとった経験や医療財政を考慮して
    無理な延命はしたくない、と言う方が多いですね。

    でも私、死ぬのが怖いんです。
    たとえ「ジョニーは戦場へ行った」のようになっても、
    自分の(多分朦朧とした)意識がなくなることが怖い。
    ひどい苦痛を味わったことがないからかもしれませんが、
    痛みは最大限コントロールしつつ、できる限り長く生きたいと思ってしまうんです。

    父を脳疾患で亡くしていて、最後は病院で管につながれて意識のない状態が続きました。
    あの状態になっても、私は生きたいと思うのです。

    延命にお金がかかって、自分の子が多大な借金をするようなら、諦めて延命中止でもいいです。
    医療技術ではできるけど、財源に限りがあるから、もう治療しない決まりです、という事なら、あきらめます。

    でも、今の制度でいいって事になってるなら延命してほしいです。
    それが現役世代に経済的負担を強いることになっても、目に見えない不特定多数からの税金なら、使って私を生かしてください、と思ってしまいます。

    醜いですが…。

    これが、元気なうちに考えた、私の終末の希望です。
    ごめんなさい。

    ユーザーID:6577009917

  • 同感

    まったく同感です。
    私も家族にいつか意識がなくなって自分で食事がとれなくなったら
    延命しないでくれ、と言っています。
    あとは残された家族の気持ちの問題でしょうね。

    ユーザーID:7640315909

  • 感想だけですみません

    このような重い内容のトピックにレスをするのは勇気がいることですし、
    そのような現場にいないわたしが何かレスしていいものかどうかとも思いますが、
    トピ主さんの書かれている内容に少しだけ違和感を感じるので書かせていただきます。

    トピ主さんは、入院患者一人当たりに最低でも年間400万円の医療費が支払われていますが、
    本人負担は数万円から多くて1割です。とお書きになった上で、
    このお金が若者に回ることになれば社会はもっと活力のある方向へ向かうのは明らかです。
    そろそろ理性を欠いた長寿信仰をやめないと国家が滅びる、それが私の持論です。
    と書かれておりますが、ここに違和感を感じました。

    今の医療が入院患者さんたちの幸せになっているかどうかを考えることがもっとも優先される
    ことではないでしょうか。

    それを考えるに当たって
    「入院患者の方に使われる費用」の問題から
    「社会の活力」「国家の将来」の問題を合わせて同一水準で論ずる姿勢には違和感を感じます。

    私は理想論ですが「国家など(経済的に)滅びても構わない」と思います。

    実際現場に携わってもいない人間が生意気を申しました。

    ユーザーID:4719113168

  • 考え方はそれそれですが

    私の父は90歳で要介護4です
    トロミ食ですが 口から摂取できています
    週に一回は面会に行きます
    会話はできませんが 笑顔を見せてくれ 握手を求めてくれたりします

    ここの施設は 基本的に口から摂取できなくなったら寿命 という考え方です
    私も その考えに同意して母も妹も同意しています

    遠く離れていて行けないけれど チューブで栄養を入れていようが生きていてくれればいいという考えの人もいるでしょう
    人それぞれだからそれでいいと思います

    今 高齢となっている方々は日本の一番大変な時を命をかけて支えてきてくれた人達です

    そんな方々が心身ともに穏やかに生活していける日本であってほしいですね

    ユーザーID:4209691240

  • 書類にサイン

    「食事がとれなくなった時点で尊厳死を希望する・希望しない」という選択をした書類に、本人がサインをする制度ができれば良いと思います。

    ただ、希望しないを選択した人が点滴だけで20年生きている・・・等の場合でも、家族には100%選択権はないとしてしまうと問題は根深くなりますから、やはり答えはなさそうです。

    ユーザーID:2768987068

  • 正解はない

    命に対する問いに正解はありません。
    尊厳死も、延命も、誰かにとっては正解であり、誰かにとっては誤りなんです。

    数年前、猫を亡くしました。
    猫は死期を悟ったかのように死の半月前から食事をしなくなりました。
    足腰が弱りながらも、よろめきながらも最期まで排泄の努力も忘れませんでした。
    そして、最期、皆がリビングでテレビを見ながら談笑している中、静かに息を引き取りました。
    それは見事な幕引きでした。

    私にとって猫の死に様が手本にしたい死だと思っています。
    死に行く者として静かにそれを受け入れている様に、悲しみよりも尊崇の念を抱かせてくれました。

    死に抗う者
    死を受け入れる者
    人間の受け取り方は千差万別です。

    あなたにとってはただ生かされている命かもしれないけれど、誰かにとっては心臓が動いていてくれるだけでホッとする命なのかもしれません。

    ただ、私自身は、あの猫のように全てを受け入れ、自然に己の寿命に従いたいと思っています。

    本当に難しい問いかけです。

    ユーザーID:1793537414

  • 根が深い問題

    皆様の投稿を読むと 比較的多くの方が、
    尊厳死を認める ご意見のようですね。

    末期癌等で、回復の可能性はゼロで、
    死期が近い場合に 限ってみれば、
    私も、 確かに その通りだと思う。

    しかし 要件がもう少し 違う立場からは、必ずしも
    そうとは 云えないようです。

    例えば、
    ある 救命救急医の ヨミドクタの記事
    『 老年医学を学んだ救命救急医の立場から ― 救急医が台無しにしやがって……』
    ALS患者の 家族と 緊急医の齟齬の問題。

    例えば、
    『尊厳死の法制化を認めない諮問の会』のHP
    重度の障害者の介護問題。

    これらを読むと、その根の深さがわかります。
    これらの問題について 言及するだけの 素地・素養は
    私には無い。

    ユーザーID:7736431596

  • 全く同感です

    うちでは引き取れないし滅多に見舞いにもいけないけど生きててほしい、なんて
    あまりにも入院している家族の気持ちを考えない身勝手な願いだと思います。
    ただただ寂しさと痛みに耐えながら生きろという人がいるなんて
    それが家族の愛であるかのように思っている人がいるなんて
    ビックリです。

    私もトピ主さんと同じようにずっと思っていました。
    食べる事もできなくなり枯れるように死んでいく・・・
    それが自然ですよね、きっと。
    以前テレビでとある医師が「飢餓状態になると痛みを感じなくなる」と言っていました。
    私はそれで良い、というかそれが良いです。

    でも家族の事になるとどういった選択をするべきかは迷うかもしれませんね。
    家族と言えど自分じゃないですから。
    私自身は日頃から「延命治療だけは嫌だ」と言っていますのできっとわかってくれていると思いますが
    主人はなんだかちょっと違うのかも?
    わかりません。
    病気だって事故だっていつ襲ってくるかわかりませんから
    折に触れ話し合う事が大事ですね。

    ユーザーID:9719628661

  • 国の金の切れ目が、、、

    と言うから誰のお金かわならなくなる。
    国のお金を支えているのは、働いている世代でしょう。
    さらに“お金”を“食糧”に言い換えたら、もっとリアルに実感できるのでは?
    若者と壮年の働き手たちが、必死で働いて食糧を集落に持ち帰ってきた。集落にはたくさんの老人と少しの子供たちがお腹を空かせて待っている。働き手のうち壮年の者たちは地位と既得権を利用して、実入りのいい役回りを手放さない。多くを壮年者が取り、まだ地位の低い若者は少しの食糧で命をつなぐ。そして残りを集落で分かち合う。もはや死を待つばかりの老人の胃に穴をあけ、どんどんどんどん食糧を流し込んでいる。命の尊厳だから、それを望む家族がいるから。若者は自らはお腹一杯のご飯も食べられず、そんな状態だから子供を産むことも躊躇して、この集落の子供が少ないのは、そんな理由である。いない子供の食糧は与えなくていいから、ああ助かった。そうして年月は過ぎ、若者も年を取り子供はとうとういなくなった。ついに食糧を調達する働き手もいなくなって、やっと老人に食糧を流し込むのは中止されたとさ。

    ユーザーID:5157915579

  • う〜ん

    生きる意義なんて人の勝手ですよ。大きなお世話です。嫌なら他の仕事に就けばよろしい。予算はまた別の問題ではないでしょうか?自費のなんのといったって、延命をどう捉えるか、治療と延命の線引き、その他実際には難しいのでは?それより、他に予算の無駄使いもあるはず。
    延命については色々な考えもあるでしょうが、いくら匿名のネットとはいえ「生かし続ける意義」などとある意味公に言ってしまえる医療関係者が、せめて医師や看護師、ヘルパーなど現場の人間ではない事をを祈ります。最近は病院や施設の虐待もよく聞きますから。
    生きる意義なんて、誰が決められることでもありません。

    ユーザーID:3732699668

  • 正解はないけれど

    70歳。尊厳死協会会員です。
    10年前に亡き母と一緒に入会しました。

    その母は3年前に95歳で他界しました。
    床に臥す4か月前まで、頭も体もしっかりしていましたが、肺水腫で緊急入院してからというもの、日毎まるで体を削るように衰え、それまでがあまりに元気だったギャップに本人も私たちも当惑しました。

    入院当初は仕方ないとしても、肺の水が抜けてくると母は絶対安静が苦痛で、そっとトイレに立ってしまうことから、パジャマに紐着けられてしまったりもありました。
    病院のスタンスも解りますが、実年齢よりも元気な者には長居したくない場所だなとの感想を持ちました。

    母のしっかりしていた脚はみるみる筋肉が落ち、1ヶ月半で自力歩行に困難をきたし、それに伴い旺盛だった食欲も激減。
    以降は坂道を転げるように命の灯も細くなっていきました。

    それでも意識だけは明確だったので、一切の延命治療を本人の口で拒否。
    多臓器不全が宣されましたが、たった4か月足らずでミイラのようになって逝った母の死因は栄養失調だったと思っています。

    本人は本望でも、娘としては複雑で、我が身の時を考えます。

    ユーザーID:7910044012

  • 二つ思うこと・・

    結果的にそうなってしまうことも多いと思うんですよね。
    私の知人(故人)で、人工呼吸器で長い期間を過ごした方がいるのですが、
    家族も、無理に生かしたかったのではないのです。
    意識が戻るかは半々で、実際一時は戻ったのですが、その後は戻らなかった。
    でも、一時でも普通に目覚めて会話できたら、また目覚めるかもと思ってしまいますよね。
    止め時なんて判りません。

    胃ろうも、自分ならしたくないですけど、
    仮に自分の親が認知症になって、食欲はあるけれど嚥下が出来ない状態になったとして、
    「おなかすいたー、おなかすいたー」
    と泣かれたら、多分胃ろうを作ってしまうと思います。

    トピ主さんへの反論ではありません。
    ただ、自分が年を経て、色々なものを見てきて、
    色々なことが複雑に絡み合っていることの方が多いな、と感じることが増えました。
    ひきこもりには、うつ病や不登校を「無理させるな、死ぬぞ」と言われて見守っていたら、結果そうなった、というパターンもありますよね。
    それは結果論なのに、「追い出せ」「甘やかしたから」「躾が悪い」というのは、世界で最も単純な言葉。
    このトピにも、そういうのを感じます。

    ユーザーID:9399938840

  • 痛烈に感じました

    父が60代で半身不随になり、一時的に介護が主体の施設に入所したことがあります
    月額費用は40万くらいだったと思います。
    入所者の中で父は最年少、ほとんどは、体の自由がきかないだけでなく、意思疎通もできないような方でした。
    これより少ない金額で家族4人生活している現役世代が多数いる中で、もちろん、支払う能力があるから入所してらっしゃるんでしょうが、なんともやりきれない気持ちを正直感じました。
    個人負担の金額で上記ですから、健康保険などで負担している金額を含めると、社会全体で負担している金額はもっと大きいはずです。
    金の切れ目が医療の切れ目、と言ってしまうと、やはり抵抗感を感じる方が多いのはよくよくわかります
    でも、際限なく費用を突っ込めるほどの余裕が現在、そしてこれからの日本社会にあるのかというと、それは違うと断言できると思います
    少なくともある程度の期間なりを経たら、追加の延命措置はもうしないなどのソフトランディングを真面目に検討するべきなのではないでしょうか
    かなり高所得の人1人が年間に負担している健康保険よりも、延命中の方1名にかかる費用の方が高いなんて状況、続くわけがないです

    ユーザーID:3992034519

  • とても口にしづらくて、でも

    リアルにこの事柄に関して言葉に表すのはタブーと思っておりました。しかし、目をそむけてはいられない状況になりました。

    協会の会員になるだけでなく申請書または宣誓書を本人直筆で書いておく。知りませんでした。有難うございます。

    いろんな立場いろんな意見がありますね。どの方のレスも参考になるものばかりです。自分はといえば、現実は一番大切な夫にこの事柄について何ひとつ話せておりません。タブー感が払しょくできてないようです。ざわざわします。

    ユーザーID:7413013991

  • 老化で逝くことの何が悪いのかわかりません

    自然な死を迎えたいと多くの人がごく当たり前に望んでいるのに、ではそうしましょうとなると「命を粗末にしている・恐ろしい」と言われる不思議。


    「どのような状況にある人であっても明日があると信念を持つ」

    素晴らしいことだと思います。
    幾多の奇跡も生んだでしょう。
    ですがその信念は、人間の寿命の限界から目を背け「幻の命」を追い続ける結果を招いていることも事実です。

    ようはすでにハードルを上げ過ぎなんです。

    胃ろうを寝たきり高齢者にも施しているのも、世界中を見渡しても日本くらいのものです。
    ボロボロの身体を抱え、何度も死にゆくことを止められ、「苦しまないと死ねない国」なんて揶揄されているようですが。

    自分のケースは違うのだと思いたい、生きて欲しいと思うのは誰しも一緒です。
    しかし、用意されているその医療が、その回復が、本当にその人のためになるのか。
    優しい望みに囚われ、まるで年齢ノルマを課すような結果にならないように注意すべきです。


    それから、どれだけ命の尊さを語っても、私が言葉を撤回しても、国の金の切れ目が命の切れ目になる現実は消せません。

    ユーザーID:0011951959

  • 治療と延命

    本当に管をつけてでもただ生き続けたい、生き続けて欲しいと願っての延命がどれだけあるのか。
    結果的に延命になってしまった場合も多いのでは?例えば人工呼吸。治療のプロセスで必要になり自発呼吸に戻れば治療となり、結果的に戻らなければ延命になってしまう。どうなるかは医者もわからない。それでも拒否する?因みに自分の両親は戻らなかったことはないですが。退院しましたよ。

    鼻管からの栄養も胃ろうも治療のプロセスとして実施し、結果的に外せなくなるケース。ありますね。これも自分の両親はいつも一時的で自分で食べれて退院しましたけどね。
    時間はかかっても回復することもあるし。どうなるかなんて誰にもわからない。
    それが現実でしょ?それとも初めから全ての人に回復の可能性を全て捨てろとでも?

    やってみなければわからないのに、一度つけたらは外せないのは、それを悪用する人が出てくるからでしょう。
    そういう事情や経緯を全てスルーした問いかけをするトピは本当に医療関係者?
    ただ目の前の事だけを持ち出して意見を募るこのトピこそ、意義を感じませんけど。

    ユーザーID:3464421725

  • 私なら絶対尊厳死したい

    私は独身なので特に感じますが、自力で生活が出来なくなったら尊厳死したいです。
    自殺願望はありませんが、人に迷惑をかけてまで生きる理由がないからです。

    そもそも高齢になって、愛する人愛してくれる人、密に連絡を取り合う友達、趣味は生きがいがあって、健康でお金もあるのならばいくらでも長生きしたいです。

    ですが、お金もない、身体も辛い、友達もいない、楽しい事もない、そのような状況で自分の事が自分でできなくなってきたら自分の意志で死ねるうちに死にたいです。


    私に大金があって、愛する人が病気になって、眠っている状態でもどんなにお金がかかっても生きていて欲しいと思うのならありだと思います。
    でも、税金を使ったり、たいしてお見舞いにも来ない状況で生かしておくのはおかしいと思います。

    ユーザーID:6103294441

  • 父をむりやり延命した後悔

    父は、自分の死期について考えたくなくてノープラン。
    肺癌になり、最後まで「生きたい」と(熟考はせず)言っておりました。

    いろんな治療を受け、積極的に点滴をし、いろんな薬を飲み、体をぼろぼろにしながら、命の期限から逃げようとしていた81歳でした。

    私も、その時になればそうなるのかもしれません。

    でもね。
    父の最後の最後は酷いものでした。
    死の数時間前、もう体は死んだも同然なのに、無理矢理生かしている状態なので、ぼろぼろ。痛みもはんぱなかった。苦しみもはんぱなかった。
    最後の言葉は「ころしてくれ」
    できませんでしたが…。

    意識はわりとはっきり。むりやり、濃い酸素をがーがー口にいれられ頭痛と口の渇きで口から出血。水は誤嚥防止で一切なし。モルヒネを大量にいれられて、死に向かわせているのだか生かそうとしているのか訳の分からない状態でした。
    とても「楽に、あの世にいける」状態ではありませんでした。

    そうなる1ヶ月まえに、食べ物を食べられなくなったら食べずにいてそのまますーっと、餓死、または、脱水症状で、「通常の、自然の摂理に則った」死を受け入れていれば楽だったはずだと思いました。

    ユーザーID:8904712632

  • 原則と例外を入れ替える

    胃ろうや呼吸器等の延命装置を付ける場合には、家族の特別な同意を必要とすることにすればよい、と思います。
    同意した家族は、2週間に1回、来院の上、延命装置継続許可書に押印をすることにすればよいのです。
    郵送によるサインは、特別の事情のない限り、認めないことにすればよい。2週間に1回のお見舞いもできない相手の延命を望んではいけない。
    当然、家族のいない人は、回復可能性のない状態で、延命装置を付けることはできません。回復可能性に加えて、年齢差別になるかもしれませんが、「平均寿命より上の年齢の人」という条件付きでもいいかもしれません。

    トピ主様がお怒りのケースでは、ほとんどのご家族が数か月で「もういい」とおっしゃると思います。

    現在は、延命治療をすることを原則としているのが間違いで、特別な装置による延命治療は、家族が望まない限りできない、ことにすればよい。
    その代わり、脳死のように、回復の見込みがないことや場合によっては年齢等が、厳密な判断材料として用いられる必要があると思います。

    ユーザーID:0709877103

  • 尊厳死宣言

    あらかじめ、公正証書で尊厳死宣言をしております。

    経口摂取できなくなったら、私は死にたいですから。
    管だらけで寝たきり、生きている実感も乏しい中、生きるのは嫌です。
    いかなる延命治療も拒否します。

    私が尊厳死宣言をしたのは、親の高額な年金目当てで、子供たちに生かされている方を知っているからです。
    その方は、もう何年も胃ろうをし続けています。寝たきりで、意思の疎通も難しいです。
    生きているのではありません。子供のエゴにより生かされているのです。

    ユーザーID:4246764111

  • 50代様 お気をつけて下さい

    尊厳死協会は 入会して会員証を持っているだけでは
    延命治療の拒否にはなりません。

    我が家の両親は夫婦ともに会員でしたが
    入会しているだけでは、病院側が延命治療を止めることは出来ず
    私も尊厳死協会に問い合わせましたが
    入会だけでは駄目だそうです。

    本人が拒否します、という申請書を書いてやっと
    医療機関は殺人罪で告訴されることを
    免れるそうです。
    (なぜ医療機関が延命をするかと言うと
    勝手に治療を放棄したとみなされて
    家族から訴訟を起こされるからです。
    患者が口頭で言ったからと治療を止めたら
    死後、その場にいなかった家族に訴えられて
    それで敗訴した病院が結構あるんです)

    必ず宣誓書を用意して下さいね。
    会員であるだけでは、いざその時に誰も力になってくれません。

    ユーザーID:2504030592

  • 延命

    何度もしましたけど。経管栄養。それも延命ですよね。何かあるとすぐ寝たきり、点滴。意識もはっきりしない。そこから始まって経管栄養になり、やがて自分で食べられるようになり退院します。リハビリも早くからやってました。

    自宅でも、自分でお箸を使い食べられるくらいまで回復します。何度も同じ事ありました。同じ状況でも、そのまま寝たきりになってしまう人もいますが、ウチはなりませんでした。やってみなければわからない。そもそも医学で全てが解明されているわけでもなく、やってみなければわからないことで満ちているのだから。

    胃ろうもしました。その時に入院した病院の方針で、リハビリ進めるためには経管よりいいと言われたから。回復せず数ヶ月で亡くなりましたがそれは結果です。
    何が悪いのかわかりません。要は途中でやめられないという事でしょうけど、そうしておかないとハードルが下がって、病院の都合で延命をやめてしまったり、安楽死が犯罪に使われる等のトラブルに発展する恐れもあるからなんじゃないんですか?本人や真面目にやってる家族だけのせいなの?
    国の金の切れ目が命の切れ目? なにそれ?

    ユーザーID:4964842114

  • 平均寿命より

    健康寿命で競争をしていただきたいですね。

    意識がなく寝たきり経管栄養で長生きというのは自分が望むものではありません。

    健康寿命世界一ということであれば日本もたいしたものだと胸を張ることができます。

    ユーザーID:7383882871

  • エールの数が物語っている

    言葉にすると誤解や意義が生じてしまう問題です。が、無言のポチでトピ主さんの考え方を応援するがダントツの4桁です。

    ユーザーID:2724577335

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