世捨て人

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趣味・教育・教養

人間もこの世もつくづく嫌になりました。
それでも苦しんでいるのは、執着があるから。
執着を断ち切りたいです。
この俗世から逃れて、心安らかに暮らすことにあこがれます。
実現した方はネットを見ていないでしょうが、実現した方を知っている方はいますか。
その方は、どういう理由でそうしたのでしょう。
どんな暮らしをしていますか。
どんなことを言っていますか。

ユーザーID:9473775093

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  • 出家するか山に篭もるか

    >どんな暮らしをしていますか。
    >どんなことを言っていますか

    こんな事を自分で考えるのが世捨て人なんじゃないですか?
    人に聞くまでもないです


    小池 龍之介さんの著書がおすすめです

    ユーザーID:3420813730

  • 阿闍梨

    有名な千日回峰行(一日48キロの山道を毎年5月から9月の4ヶ月、9年間かけて1000日歩く)を達成された酒井さんをテレビで見たことがありますが、一見、ごく普通のおっちゃんでした。

    私自身、そこまでのことはやったことはないですが、山歩きはやっていたことがあるので、多少想像はつきます。一日48キロの山道というとおそらく16時間くらい歩くことになりますが、俗世から逃れて心安らかに暮らすどころか、眠気をこらえて、死なないようにするだけで精一杯だと思います。

    逆にそれだけ追い詰められるからこそ、俗世間から逃れることが出来るような気がします。

    ユーザーID:1065948654

  • 簡単ですと言っては残念でしょうが

    世捨て人になられるのは宜しいと思いますが、自分捨てに
    なられることがありませんように。

    簡単ですの説明をします。
    我々は周囲に気遣いをする社会に暮らしてゐます。なので
    他人の思惑を気にします。いいえ、他人の思惑を優先して
    しまう習慣があります。

    ある方が話してゐました。他人の思惑を優先する生き方を
    「他人の人生」と。この他人優先の思考から離れて「自分の
    人生を生きる」自分優先思考に変えられることです。

    態々住む場所や勤め先を変える必要はありません。在りの
    儘の自分でゐられたら宜しいのです。自己中と言われても
    構わないではありませんか。我々人間は、何時でも何処迄
    も自分の人生を大切にして生きる生き物で良いと考えます。

    ユーザーID:0207255584

  • 何処へ逃げてもシガラミはあるけどね

    東大を出て、官僚を6年間やって、突然辞職して、美術系の学校に通った後、田舎で職人をしている友人がいます。
    頭が良すぎて人疲れしてしまう人なので、若いころも暇さえあれば旅行に行っていました。
    バックパック一つに必要なものだけ詰めて何週間も海外に行ったり、青春18きっぷを使って地方を回ったり。
    海外へ行くと、自分は日本人であることを確認できて、田舎へ行くと都会育ちであることを思い知らされた…と言っていましたね。
    結局は、何処へ行こうが“柵”はあるもので、“自分が何になら没頭することができ、捨てたものを忘れていられるのか…”という点が大切だったようです。
    美術系の学校に通うときに、人間関係は随分と大胆に整理して、恋人とも別れていましたよ。
    新しい土地では、学歴も敢えて伏せていますし、持ち物はいつも最低限のものを持ち、それを大切にしている人です。
    『俗世から逃れて、心安らかに暮らす』には、周到な準備と大胆に自分を脱ぎ捨てる勇気が必要ですよ。
    そこまで徹底する決心がつくまでは、期限付きの逃亡を図って自分の心と向き合うと良いのではないかな。

    ユーザーID:3250648536

  • 「世捨て人」なんていませんよ

    「一言芳談抄」を読んでみて下さい。

    「世捨て人」なるものが、熱い情熱の持ち主であることに気づかされます。

    ユーザーID:3945002759

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  • うむ

    >この俗世から逃れて、心安らかに暮らす

    同じ思いです。

    俗世との関わりをなくすことはできなくとも関わりを少なくすることはできそうです。

    執着。

    無執着にはなれずとも、欲をなくすことは少しずつできます。

    人里離れた所に住むのは難しくとも 必要な日用品が手に入るくらいの所で
    仕事はたとえば予備校講師 教える以上のことはしない というのは中々それに近いと思います。

    容疑者Xの献身を見ていてそう思いました。

    ユーザーID:2330208713

  • 覚悟…

    この世が嫌になってしまったのですね…

    でも、世捨て人は楽ではないはずです。

    愛着を感じることを断つだなんてね…

    でも、その覚悟ができたら出家の道を選ばれたらどうでしょう…

    お布施のみで生きることで考え方はガラリと変われると思います。

    ユーザーID:3714686169

  • お気持ち察します

    悟さんはどんな執着をお持ちですか?
    たくさんの本を読みましたが執着を断ち切るのはとても難しい作業、なんだそうです。
    私の場合は、自分の執着のために何か大切なものを犠牲にしていたら死に際に後悔しないのか・・・、とふと思った時にはっきりと「そんなの嫌だ!」と思えた時に吹っ切れました。大切なものを失うのは切ないです。これ以上、失うのはもっと切ないです。今では日々の小さな幸せがとても愛おしいと思えるようになりました。

    ユーザーID:7899074622

  • 知っています

    私の街ではとても有名な人でした。

    >その方は、どういう理由でそうしたのでしょう。

    出稼ぎにやってきて、そのまま年を取って寒山拾得になったようです。

    >どんな暮らしをしていますか。

    ですから寒山拾得です。橋の下に住んでいて、長髪の爺さんで、おそろしく汚かったです。

    >どんなことを言っていますか。

    「あうあう」しか聞いたことありません。

    ある冬の朝に橋の下で凍死してました。・・・新聞に載りましたよ。
    有名な方です。

    >この俗世から逃れて、心安らかに暮らすことにあこがれます。

    地球上にいる限り逃れることは出来ませんから、街の雑踏の中で心安らかに生きてください。

    ユーザーID:5025157602

  • ある意味それかな

    五十代女性です。負うべき責任を片付けて、しがらみも愛着も、物もなんもかんもぶん投げて、知る人一人いない土地で暮らしています。旅するように生きてますよ。決してお金持ちじゃありませんよ、食うためだけのパートをして、ちいさな暮らしをのんびり大切にして生きてます。何者にも侵されない時間、平安な心で淡々と。これが自分の幸せなんだなと噛みしめつつ。猫と犬と楽しくやってますよ。

    ユーザーID:2126124744

  • 例え出家しても

    例え出家しようが山奥で自給自足しようがホームレスになろうが 人間関係はありますよ、続きますからね。
    俗世から離れて、完全に人間関係断ち切って生きるってのは無理だと思います。

    たぶん何分の一かの人間は皆トピ主さんと同じようにを苦々しく思いながら生きてると思います。
    私もそうです。でも人間と関わらないって不可能ですから・・これも修行と思えばどうでしょう。

    ユーザーID:7348010980

  • 4/5 世捨てがここにいます。

    世捨てなので普段こんな所には出てこないのですが。まず、世を捨てるためにはかなり周到な計算がいります。完全に世を捨てるということは死ぬということです。死ねずに生きている限り最低限食べて、寝なければなりません。自分の場合まず経済、次に現代芸術、10年余リ日本中、世界中をボヘミアン、ホームレス。多くの宗教の網の目をくぐり抜け、ここ20年余り南カリフォルニア、メキシコとの国境近くの山ふところの野っ原で苫屋(掘っ立て小屋)生活。理由はここには冬が無いこと。小屋の回りには沢山の種類の野菜畑。果物の樹も大きくなってとても食べ切れません。主食は蕎麦です。真っ黒けで誰も私が日本人だとは知りません。それでも生存費は総計年20萬円ほどかかります。電気も車もありませんが退屈どころか時間が足りないくらい。犬と猫3匹同居、毎日の毛ずくろい、近くの川へ洗濯しにも行かなければ。これは近くの町(村みたいなもの)の図書館で書いています。月―回程度大枚五百円で買った中古自転車で石けん等を買い出しに来てインターネットで世界を覗いてみます。―口で言えば世捨て人とはいつ野垂れ死にしすとも可なりの覚悟のある生きざまです。

    ユーザーID:9620410952

  • 古典を読む

    普通に考えると「出家」ですね。
    日本の古典を読めばいいんじゃないでしょうか。そういう出家して世を捨てた方が
    文章を書いているのが残っていますよ。
    「徒然草」「方丈記」等。

    なんなら「正法眼蔵」とか「歎異抄」とか。

    ユーザーID:9420486430

  • 友人

    夫婦で都心から山奥に引っ越しました。
    当時はご主人の仕事が遠方でも宅配などで納品したらよいモノづくりの仕事だったため叶ったみたいです。

    とはいえ、別荘地として開発された山。
    別荘の数は 500以上あると思いますが、引っ越し当初は長期休みの時に人口が増えるだけで オフシーズンは広大な山に常駐している家族は3世帯だけ。

    今はトップシーズンでも閑散としているらしいですが、定年後に常駐する人が若干増えたため 少々ストレスみたいですね。

    でも自然が多いですから多少のストレスも綺麗に洗い流せるみたいですよ。


    最近は値下がりした隣の土地も買って、野菜などを作り、石窯も手作りで作ったみたいでゆっくりした生活を送っているようです。

    日々の生活用品は生協を使ったりしているようです。
    山奥ですが川が近く氾濫した際も 生協さんがずぶぬれで届けてくれたそうです。

    都心に居る時は宵っ張りでしたが 越してからは8時か9時に就寝だそうです。
    その代り朝が早い。

    奥さんは50代前半、ご主人は70歳くらい。
    越して24年経ってます。都会には戻れないと言ってます。

    ユーザーID:5281417599

  • 簡単に言うな!

    トピ様の仰る ー人間もこの世もつくづく嫌になりました ー って、何故そうなったか考えた事が有りますか?人と接触して嫌な思いをして、「おたく」になった人は、私に言わせれば、迷惑な世捨て人です。

    トピ様の場合は、オタクになる環境が無い、だから、仕方なく、こんなトピを立てているのではありませんか?

    世捨て人になるには、いつでものたれ死にをする覚悟か、又は、財力を手にして人と感情の交換を避ける事です。全てを無くして放浪すると、人のお慈悲や、お世話を受ける事になります。其れを避けたいなら、体力と知力で生きぬく。財力が有るなら、全ての行為をお金で賄う。人への感情移入はしない。

    何れにしても、自分の生命を独りで維持するには、なみなみならぬ、活力が必要で、人間関係なんて、その労力に比べたら、如何でも良い事。

    私は、人を信頼せず、自分を信頼して生活しています。財力を持って、好んで独りで暮らしている者です。人とは、買い物、お役所、家の管理等のみの接触。自分のやりたい事をして、ネットも楽しんでいますよ。先ず、身の程を知り、自分を好きになる事です。

    ユーザーID:7765347000

  • 「森の生活」

    皆様の レスが とても 興味深く のぞかせていただいています。

    もう トピ主さん ご存知かもしれませんが Walden, or Life in the Woods
    ( Henry David Thoreau )なども 同系列かな?と。

    期限付き出家(これを 出家とは 言わないでしょうけれど)で
    どれほど 世を捨てられるのか まず 体験。
    自給自足と 思索の 生活。

    または どなたかも 実践されているようですが 放浪の旅。
    (この 実体験に 基づくトピ 
    凄味が ありますね、「尻馬」様
    ぜひ また どこかで お目にかかれますように。)

    それが できなければ 精神的放浪。

    一切の行為を 放浪者の目線で 再認識する想像力の育成、

    ある程度の 健康や 体力に 裏付けられる要素があり
    トピ主さんの 年齢や 健康状態が わかりませんが
    できるうちに。

    ユーザーID:6681102006

  • 迷惑な世捨て人

    との熊手のことば。半分同感。簡単に言うな!何を?人間もこの世もつくづく嫌になりましたという
    ことか??迷惑?社会にとって?ということか??

    財力を持って、好んで独りで暮らしている者です。羨ましいね。まことに羨ましい。
    やっかみで言うと、財力の出所は株とか先物取引か?虚の財力ですな。だからこそ羨ましい。

    経済学者にいわせると株とか先物取引も見えない民衆からの搾取になるのだろうね。

    ともかく羨ましいが何故「簡単に言うな!」となるのか分からない。教えて欲しい。

    ユーザーID:1669024841

  • 修道院なら。。。

    年配のユダヤ系アメリカ人の友人(わたしの父より8歳上)のそのまた友人で相当の年配の人が修道院に入り、直接の友人のほうが修道士になった人の飼い猫の引き取り手を探していました。話しはそれだけです。所有物の一切を飼い猫も含めて手放さなければならないので世捨て人と同じですよね。カトリック修道院の詳しいことはオードリー・ヘップバーン主演の「尼僧物語」やマルセリーノの歌で有名な「穢れなき悪戯」でわかります。もっとも「尼僧物語」は女子が医大に入れない国で主人公の本当の意図が医学の勉強だということがバレ、本当の奉仕精神を身につけるまで医療従事がお預けになったりするスポコン系(?)の話で完全な世捨て人の話ではありません。日本にはそういうところはあるのでしょうか? 仏教系ならあるかもしれませんがちょっと違うような。。。インターネットは修道院では使用禁止のような気がしますが仏教系なら大丈夫なような。。。これも未確認です。

    ユーザーID:5563208445

  • はい、お答えしましょう

    人と接触するのが嫌だと、家族に完全依存、つまり迷惑をかけながら、一見世を捨てているオタクは、単なる迷惑な世捨て人だと思ったまでです。

    財力を持つ為に、株とか先物取引?そう云う発想は無いですね。世のシガラミに絡まれながら、必死で働きました。だからこそ、私も世捨て人になりたいと思った訳。あぶく銭で暮らして行ければ、世なんか捨てたくないでしょう?因に、虚の財力を持つ才能は皆無です。

    海外で勝気に稼ぎ、100歳迄生きると仮定して、これで嫌な思いをしなくても暮らして行けると思った時点で、世を捨てました。財力を得てしまうと、人間、物欲、名誉欲、金銭欲等が頭を持ち上げるもの。私の場合は、そう云う欲が一切無くなったと言う事です。只今、欧州で暮らしています。快適さと粗野な生活。嫌な事は一切しない自由、人との無駄な接触をしない自由は、そう簡単に獲得できるものではないよ!と確信しました。だから、簡単に言うな!なのですよ。

    嫌な思いをさせたらごめんなさい。

    ユーザーID:7765347000

  • 2度目です

    多かれ少なかれ トピ主さんのような心境になったことのある人は 
    多いのでは と思います。

    私は 40歳で 日本を 離れたのですが 目下暮らす場所が
    「他人との 心地よい距離を保って 暮らせる」場所でとても気に入っています。
    言葉の壁 文化の壁は 大きかったのですが 日本の生活を振り返ると
    同言語を話すが故なのか 私の 性格からなのか 人間関係の
    がんじがらめに 疲労困憊することも まま ありました。

    しょせん 世の中は 他人には 無関心。
    誰が 世を捨てようが 修道院に 入ろうが 
    山奥に こもろうが 世界が一ミリも 変わるわけではありません。

    結局は ご本人の 決意ですが 一つ 大きな決断の前に
    人との 距離の置き方 (物理的なものも無視できません。話すときに
    人と 以前より離れてみるとか)を 検討してみるのも 一案かと。

    自分を 見る目にも 距離を。
    火星から(?) 今の自分を 俯瞰してみるイメージなども
    いかがでしょう?どんな風に 見えるでしょうね。

    ユーザーID:6681102006

  • なるほど〜

    レスポンスを読みいってしまいました。
    面白いですね!

    私が頭に浮かんだ世捨て人は釈迦です。奥さんも子供も捨ててしまわれたとか。

    他人にフオーカスする全エネルギーを自分の内面に向けるために世を捨てたのかもですね。
    トピ主さんも世捨て人をやってみたらよいのにと思いました。
    人生は短いのだからやりたいことは、やってみなくちゃ。
    駄目なら復帰したらよいだけだし。

    ユーザーID:0873006765

  • 以前そうだった

    若い頃、小さな製造関係の仕事に就いてました。もともと物作りが好きだったし、職場でも基本黙って作ってればよかった。職人の世界で、物が相手です。
    同僚、上司も気の合う人達で楽しかったし、休日は近くの海で釣りをして過ごす。ストレスフリーの人生を謳歌してました。
    俗世につかりながら心安らかに過ごしてましたよ。

    が、リーマンショックで会社は倒産、転職先では商売関係の事務仕事。
    一気にストレス溜まりました。休日も気が休まらない。
    近くに海もないので釣りにも行けない。
    今はただひたすら生きていく為に我慢して仕事してます。

    まあ、人間好きな事を仕事に出来るのが一番幸せなのかも、と思いました。

    ユーザーID:8141075405

  • 執着

    ある人は、一人の時、自分にギフトを送るそうです。通販で、テーシャツ、パンツ、香水、化粧品、それも流行りの。それだけ自分に送っておくと、物への執着がないそうです。流行りの洋服を着ると、人間への執着がないそうです。自然にかわいいグッズが増え、物事への執着がなくなるそうです。以前の物より、新しい物が好きになる、と。それも、他の人も持っている、という強さ。カップルみたく、二匹お人形。嫉妬すらなし!おばあちゃんの心境!と。

    ユーザーID:4371509284

  • みなさんのレス

    ひとつひとつが参考になります。
    逆説的ですがこういう方たちが生きているのなら
    世の中捨てたもんじゃないと思いました。
    変ですかね。

    トピ主さん
    丸山健二の小説やエッセイを読まれてはいかがでしょう。

    ユーザーID:3525689934

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