街が変わっていくことがつらい

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生活・身近な話題

都内在住です。

4年後に控えたオリンピックの影響もあり、今、身の回りのあちこちで再開発が進められています。

でも、未来への発展の喜びよりも、今まで当たり前のようにあった、慣れ親しんだ街、見慣れた街の風景が急速に変わってしまい、思い出まで失われて行くようで、寂しさのほうが勝ってしまい、物凄く悲しいです。

今はもういない人との思い出ある場所が、次々と取り壊されて元の姿が想像できないくらい別物に変わってしまうのは、本当に胸が張り裂けそうなくらい辛く、受け止めきれずにいます。

今もまだ元気な人となら、これからの街で、また新たな思い出を作っていくことも出来ますが…。

同じような喪失感を感じている方はいませんか?
また、いらっしゃればその思いは、どのように解消していますか?

辛い思いを共有出来たら、少しは楽になるかもという気持ちでトピを立てさせてもらいました。

よろしくお願いします。

ユーザーID:7914286416

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  • 同じです

    48歳、既婚女性(一児あり)です。

    私もまったく同じ思いをしています。

    30歳くらいからでしょうかね、こんな風に思うようになったのは。

    若い頃は、今とは正反対で、新しいもの、新しい街が出来るたびにワクワクして出かけたものですけどね。

    年なのかな〜。

    解消の仕方は分かりません。

    強いて言えば、思い出は自分の心の中にあると思うことかな。

    ユーザーID:4357275198

  • 今のうちに

    写真や動画をいっぱい撮っておきましょう

    ユーザーID:2196901865

  • 分かります

    私の場合、故郷を離れたのをきっかけに懐古意識がより一層強くなった気がします。
    懐かしい景色や思い出に思いを馳せる事が好きで、夫にその気持ちを話してみるのですが、
    夫はあっさりしていて私の感情は空回り…。

    私は近代的な物より古典的な物が大好きです。
    例えば明治・大正・昭和の写真や映像、伝統的な工芸・建築、日本画、民謡などなど。

    私も変わっていく景色や習慣に焦燥感を感じる事が多々あります。
    世の中が便利になっていくのは嬉しいんですが、時々一人でしんみりしてしまいます。

    ユーザーID:0043965640

  • すみません。続きです。

    解決策は私も分かりません。
    やはり画像を保存するくら位しかないのかな…。

    誰かと同じ思い出を共有できればいいですよね。
    私はよく弟や妹と昔話に花を咲かせます。
    私は忘れていた事を彼らが覚えていて、思い出させてくれたり楽しいですよ。

    ユーザーID:0043965640

  • ろろさん

    共感のレス、ありがとうございます。

    解消の方法はわからなくても、同じように感じてる方がいらっしゃることがわかって、少し心細さがやわらぎました。

    少なくとも、同じように思ってる人は忘れないでいてくれる気がします。

    ユーザーID:7914286416

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  • 今からでもさん

    レス、ありがとうございます。

    そうですね、記憶だけでなく記録にもたくさん残しておきたいです。

    でも、取り壊しがわかった時は、もう慣れ親しんだそれまでの様子とは違ってしまうんですよね。

    本当は、当たり前の時に残しておくべきなんですよね。

    ユーザーID:7914286416

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • たろさんへ

    ありがとうございます。
    お気持ち、とてもよくわかります。

    昔話ができことはいいですね。
    私は一人っ子なので、両親くらいしか思い出話ができる人はいないのですが、色々な事をよく憶えていて、ツーカーで話が通じた父が一昨年亡くなってからは、本当に些細な昔話を話せる相手もいなくなってしまいました。

    その父との大事な思い出が、なくなっていくのがつらいです。

    私だけは忘れるまいと突っ張っていてもやはり不安だし、焦燥感は確かにあります。

    東京ローカルかも知れないので、ご存知の方は限られてしまうかもしれませんが、“噂の東京マガジン”と言うテレビ番組があって、その番組のエンディングで、“東京の今と昔”の定点からの比較写真が映るのですが、たった1〜2分で毎回号泣です。

    街が変わっていくことへの焦燥感や、やるせなさからの解決法がみつからないのは、いつか誰しも死ななくてはならないことを受け入れる感覚と似ているのかも知れません…。

    ユーザーID:7914286416

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • それよりも

    町の建物がどんどん変わり鉄筋コンクリートのマンションに変わる事で、多くの職や伝統が失われました。
    私の父は木造建築の大工でした。
    私が子供の頃に、父は働き盛りの頃に職を変えました。細々と生き残った人も居ますし、マンション内の造作大工さんになった人も多いでしょう。
    大工だけでなく、左官職、飾り金物職、瓦職人さん、多くの職人さんが極端に減りました。
    ですから、私が感じたのは感傷ではありません。
    そうしたものを失くす事に賛成したのは、他ならぬ、町に住む私たち人なんですよ。
    サラリーマンの方々は、今頃そんな感傷に浸るんでしょうね。

    ユーザーID:5133361929

  • まさきさんへ

    レス、ありがとうございます。

    まさきさんが感じることは、“淋しさ”より“怒り”なのですね。

    確かに、働き盛りに職や技術を生かす道を失われた身内の立場からしたら、まず込み上げるのは、怒りなのかも知れません。

    でも、日本の伝統的な職人技術が失われて悲しいのは、私も同じです。
    そして、街の変化に淋しさを感じることは、そのような変化ももちろん含まれます。

    錆びた昭和のブリキの看板(アースやボンカレーなど)ひとつだって、なくなったら悲しいですから。

    でも、街の変化には、自分達が感じるものとはまた違った側面の苦しみがあるということを知ることができて、良かったです。

    ユーザーID:7914286416

  • トピ主のコメント(4件)全て見る
  • 横からですが。

    うーん。
    技術の発展や生活形態の変化などによって、昔からある職種が斜陽になることってありますが、これって別に誰が悪いわけではないですよね。

    もちろん当事者の方が、そういった世の中に対して怒りを覚えるのは、多少は理解できます。
    ただその方も、立場を変えれば“選ぶ側”に必ず入っているわけで。

    >サラリーマンの方々は、今頃そんな感傷に浸るんでしょうね。
    なんて言われても、サラリーマンだけの責任ではないよな、と思うわけですよ。

    ユーザーID:4260800983

  • それは貴方の悲しみであって他者の悲しみとは限らない

    > 街が変わっていくことがつらい

    幕末から明治を生きた人の手記を読むと、明治維新によってみるみる西欧化していく
    「江戸」の町並みを「夷狄の影響を受け、実に嘆かわしく残念なことである」と
    書いていますね。

    昭和30年代に生きた人の中にも、古い町並みが壊されてどんどん高層ビルが建つことを
    悲しく思っていた人だって居たでしょう。

    でも一方で、文明開化を率直に喜び、高度経済成長の結果町並みが近代化することを
    喜び、五輪誘致による日本の発展を喜ぶ人だって沢山居るわけです。

    お気持ちはわかりますが、必要に迫られて行うことや、発展の方向で行われることを
    悲しむよりも、建設的な考えを持つ方がよほど健全です。
    失われたものを嘆くよりも、新たに得るものを喜んでは如何でしょうか。

    ユーザーID:4392457750

  • 池波正太郎さんのエッセイ

    「鬼平犯科帳」などで有名な作家・池波正太郎さんのエッセイに、前回の東京オリンピックや高度経済成長期に東京の街をズタズタにしていく者たちへの怒りが書かれている部分があったと思います。東京・浅草生まれの本物の江戸っ子である池波さんが、急激に変わっていく街をどう見ていらっしゃったのかがよくわかります。エッセイはたくさんあるのでどの本だったかよく覚えておらず、タイトルをご紹介できないのが申し訳ないのですが、図書館などにはいくつか揃っていると思います。

    私は都心の会社に就職、その後住むようにもなって四半世紀というにわか東京人ですが、東京生まれの親たちからはやはりオリンピックですっかり東京が変わってしまったという話を聞きます。それを好ましく受け止める人もいれば、無くなっていくものに深く想いを寄せる人もいますよね。私もちょっと近所を歩くと再開発、古いビルは壊されて違う街になっていくようで、ここはどこ?私はだれ?状態です。

    池波さんのエッセイを読むと、無くなってしまった東京が目の前に立ち現れてくるような気がして、時々引っ張り出して何度も読み返してます。よかったらどうぞ。

    ユーザーID:7710031822

  • 街並みが変わることもそうだけど

    都内在住です。
    街並みが変わることは確かに辛いかもしれないですね。
    ただ、人が生きていく以上、変化することはある程度仕方ないこととは思います。災害対策、バリアフリー化、交通状況の改善・・・。
    変わることで恩恵を受けることもあるのですから、許容しなくてはいけないのかなと思います。
    トピ主さんが街並みが変わることが悲しいと同じように、昔からの住居表示が消されてしまうことに大きな喪失感を得た方も多いのではないでしょうか・・・。

    ユーザーID:7672149974

  • ちょっとエゴ

    私も都内在住で、変化の激しい場所に近いので、寂しい気持ちは分かります。 しかし、トピ主さんが感じる、慣れ親んだ街や見慣れた街とはいつの頃の街でしょうか。 戦後の焼け野原ですか、それともバブルの頃の取り敢えずお金だけ掛けた街並みですか?
    どの時代を懐かしく思おうが、その時だって誰かにとっては、「変化してしまった街並み」だったと思うのですよ。 そうやってマイナーチェンジを繰り返して来たから、今の東京があると思います。 トピ主さんの懐かしく思う時も、その変化の一瞬です。

    そして「未来への発展」の結果できたネットや、ネット上の掲示板を使っていながら、一方で変化を嘆き悲しむ点にエゴを感じます。

    ユーザーID:6793167243

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