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1980年.四大を卒業した女性は就職できなかった?

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キャリア・職場

風美子

我が社には二名の女性部長がいます。
能力・人柄ともに素晴らしく女性社員の目標でもあります。
部署が異なるため日常的な接点はありませんが、ひょんなことからお二人に食事をご馳走になりました。
その場で以下のような会話を交わしました。

部長A「入社当時は『結婚したら辞めるんだろうな』とあからさまに言う上司が何人もいたのよ」
部長B「そうそう。短大を卒業し就職してから10年くらいは簡単な事務作業とお茶くみくらいしかさせてもらえなかったし」
私「先輩たちは短大卒なのですか?有名四大卒と思い込んでいました」
部長A「私たちが入社した1980年頃は四大を卒業した女性は我が社に就職できなかったのよ」
部長B「私なんか短大卒でも地方出身・一人暮しだったから、この会社にも就職できないと諦めていた」

1980年前後「4大卒女性は就職できない」「地方出身・一人暮し女性は就職できない」
「『結婚したら辞めろ』と言われる」のは我が社だけの特徴でしょうか?
他社も同じような傾向だったのでしょうか?
またその理由は何なのでしょうか?

ユーザーID:4802502024

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  • 均等法施行前

    1986年4月に男女雇用機会均等法が施行されました。

    だからその前なんて、
    四年制大学卒は男子のみなんて求人がいっぱいあったし。
    女子は自宅通勤者のみなんてのもあったし。

    今みたいに育休なんてのもないし、寿退社が当たり前だったし。

    それに当時の四大への女子の進学率って今と違うから。
    ○○の仕事に就きたいから四大進学ってのが普通だったから、四大出て普通の会社に就職ってのはあまり考えられていなかったと思うよ。

    ユーザーID:4509044875

  • 知らないんだ〜!

    そうか、若い方々は当時がどうだったか知らないんですね・・・

    おおよそその時代に就職活動をした四年生大学卒のものです。

    トピ主さんの先輩方のおっしゃる通りです。
    「うちは短大卒しか採用しないです。四年生卒の女子は採用しません」とどれだけの会社に言われたことか・・・・

    当時は「寿退社(結婚したら退職する事)」が一般的だったので、女性は「腰掛就職」とみなされ、短大卒の人の方が少しは長く在社するだろうと思われていたので、四年生卒の女性は敬遠されましたよ。

    おまけに就職活動の解禁も、男子学生が決まった後からだったし大学の就職課も女子学生の就職には積極的では無かったし。

    全てについて、男性と女性の扱いは別でしたからね。
    雇用均等法ができてから 徐々に変わっていったのですよ。

    そういう意味では、今の女性は恵まれているんですよ。
    スタート地点で、昔のような差別を受けていないのですからね。

    ユーザーID:8921934126

  • 感慨深い

    男女雇用機会均等法世代の私からみると世の中全然進歩してないと思ってたけど、こんな質問がネットに出るとは、実は意識は変わっているのですね・・・と、しみじみ。

    お答えすると、
    1980年前後「4大卒女性は就職できない」「地方出身・一人暮し女性は就職できない」「『結婚したら辞めろ』と言われる」
    のは御社だけではありませんでした。一部上場企業でさらにその傾向は強かったと思います。

    「またその理由は?」と、本気で疑問に思われている様子なのが、ほんと感慨深いです。

    上場企業を始めとする「いい会社」は、4大卒とか一人暮らししてるとか、そういう「生意気で身持ちが固くなさそうな」女の子は入れたくなかったんですよ。
    短卒で、自宅から通っている「よいお嬢さん」を、男性社員のお嫁さん候補に雇ってたんです。だから結婚したら当然辞めてね、となる。
    わかりますわかってます、つっこみどころ満載ですよね。でもそういう時代でした。

    その部長さんたちのような女性たちの努力のおかげで、女性がより自由に働ける、現在があるんです。
    どうぞお2人によろしくお礼をお伝えくださいませ。

    ユーザーID:1733958385

  • その通り

    短大を出て81年に入社しました。都内大手損保です。
    当時は、女性は男性の補佐的役目でした。ですから4、5年働き寿退社というのを、企業も望んでいました。
    自宅から通勤するというのも必須でした。
    結婚までお宅のお嬢さまを我が社でお預かりしますという感じでした。
    私は経験ありませんが、授業参観ではなく仕事参観という行事もあったようです。
    特別な能力はいらない、だれでもできるような事務仕事を数年やって社内結婚してもらって、また若い女性に入社してもらうという筋書きです。
    今では信じられませんが。

    四大に進学する女性は、教師とか薬剤師を志望している女性ばかりでした。
    二名の女性部長さんは頑張ってこられたんですね。
    えらいと思います。頭が下がります。

    ユーザーID:3829682213

  • どこもそうでしたよ

    一流企業は、短大卒・自宅通勤に限るが一般的でした。女性社員は男性社員の花嫁候補だったので、若くて家庭がよくて身持ちが固いのが絶対条件だったのです。
    東京の4大卒は知りませんが、地方の4大卒は教員・公務員になるか、卒業と同時に結婚しました。在学中にお見合いしている人もよく見たし、卒業式に婚約者や旦那様が来ている人もよく見ました。

    時代は変わりましたね〜。今や花嫁候補はキャリアや手に職をもつ女性。女性が働くのが当たり前になりました。
    でも1980年頃の短大卒女性って、今の20代女性の母親くらいですから、娘のロールモデルになれなくて、なかなか難しそうですね。私の知人も娘を専業主婦にさせたくて、短大にやった人がいますよ。
    キャリアと母親業の両立の仕方がよくわからないことが、今の少子化を招いていると思います。
    かえってヤンキー気質の方が、躊躇なく子どもを産みますよね。

    ユーザーID:4440764287

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  • さあ?

    姑は早稲田を出て、大学で教員をしていましたけどね?

    今でも、博士課程までとると、人件費が上がるので就職しにくくなるというのがありますから、貴方の会社は昔4大卒の女性はとらない、というのもあったのかもしれませんね。

    ユーザーID:0827839301

  • あながち間違ってはいないでしょう

    2つの側面で歴史を調べてみると良い。

    1つ目はOA機器の進歩
    80年代初頭というと、NECが作った2つのPCがある。
    PC-88とPC-98です。

    ホビーユーザーはPC-88でプログラムやパソコンゲームに親しんだ時代です。
    N88Basicを一生懸命覚えてプログラムを作ったものです。

    そして大した時期が変わらずに登場したのがPC-98。
    どちらかというとオフィスなどの仕事の現場で使われるためのPCでした。
    今や過去の遺物でもある3.5FDDを見たときは衝撃でした。
    それとMS-DOSとの出会いもPC-98でした。

    ○○奉行のような市販の事務用ソフトなんて無かった時代。
    専用のプログラムを発注して作って貰っていた時代でもある。

    その流れが変わったのがwin95の登場です。ソフトさえ使えれば良い時代になった。
    それまでは事務の仕事の大半を一般職に頼っていた時代です。

    2つ目は法律。男女雇用機会均等法は85年に出来たものです。
    言い換えれば80年であれば、男女は平等に扱われてなかった証ですね。
    若いうちに就職して一般職事務の役目を果たして寿退社するものと見られていたのは事実。

    ユーザーID:7734122012

  • そうですよ

    私は地方の大学を出て、地方の企業に就職しましたが、当時は、銀行、大企業(地方に本社がありましたが、上場企業)は女子は短大卒か高卒しか採用しませんでした。なので、大卒は公務員、教職くらいでした。

    また、地方出身者・一人暮らし女性は就職できない、というのも実話。

    どちらも理由は採用した女性たちがその会社の男性と結婚してほしかったから。
    そして、数年して寿退社したら、また若い女性と入れ替わって、またお嫁さん候補が入ってくる・・・そういうことですよ。

    今みたいに女性の能力を活用しようなんて思っていない社会だったと思います。
    大学進学率20%の時代ですからね。

    ユーザーID:4760989442

  • そうでした、そうでした

    そのころの女性は就職と言うと結婚までの腰かけ、とみなされてました。実際多かったです。
    4大にいくと卒業時には22歳。当時の平均結婚年齢は24〜5歳。
    企業にしてみれば22歳で採用して育ってきたな〜と思ったら結婚退職されてしまうので、短大生しかとらない!という流れでしたよ。事実、私の周りにもそういった企業ばかりで、4大卒の私は就職活動苦労しました。

    面接で一人暮らしをしていたらマイナス点は普通。生活が乱れているから、だそうです。

    某有名企業の面接に行ったとき、「どうして4大なんか入っちゃったの?結婚遅れるよ」って平気で言われました。

    代わりはいくらでもいる、的な発想で、若くてきれいな子が有利でしたね(笑)

    ユーザーID:0869111589

  • ずっとですから

    当時女性はOLで一くくり、お茶くみコピーで会社は相手探しの腰掛の場、社内や、関連会社や取引先、同級生などと合コンして3年ほど付き合い27くらいまでに寿退社するのです。婚活なんてないから、この時点で見つからない人は親の紹介のお見合いをするのです。
    男女七人夏物語、ふぞろいのりんご達の世界です。

    四大は給料が高くなるので採用は懸念されたものです。理系でさえ意味も無く下に見られていましたから。
    少なくともバブルが終わるまではこれでしょう。

    ユーザーID:4553545903

  • びっくりです

    主さんのように「どうして?」と疑問に思う人が出てきたという事に対するびっくりです。
    男女平等の教育の結果、主さんのような若い方がいて、
    あぁ、世の中は進んだんだなぁという実感からのびっくりです。

    4大卒の女性が就職できないのは、当時の女性は男性のアシスタントとしてしか使われなかったからです。
    自分より高学歴な女性には威張れないから、男性から嫌われたんです。
    4大卒だと専門的な職業など、就職先が限られてしまったのです。
    また、私は90年代に東京にある一部上場企業に就職しましたが、当時もありました。女性の一人暮らしは採用しないというルール。
    企業は男性社員の花嫁候補が欲しいのですから、身辺清らかな女性が必要なのであり、一人暮らしの女性は男女関係が乱れている可能性があるという偏見です。
    また、当時は同じ会社の社員は家族同様という日本特有の考えも強く、女性は庇護されるべき存在であり、会社の上司は親代りですから、一人暮らしで何かあると、会社の責任もあり、何かと面倒くさい、という事もあります。
    結局、当時の企業が欲しかったのは男性より少しおバカで、家族に守られた世間知らずな処女、という事です。

    ユーザーID:9643071594

  • 1985年まで

    1985年にいわゆる「男女雇用機会均等法」が施行されるまで、トピ主さんの2名の部長さんのおっしゃったとおりの状況でした。

    そもそも当時の女性の多くは短大に進学し、就職→結婚退職、というのがごく普通の流れだったんですね。

    大企業の多くは、そもそも女性を採用するときには「一般職」として採用し、総合職の男性の「お相手」と見ていて、30歳までに結婚できなかった場合は退職するか、雑務担当として居残るかで、前者の場合は「行き遅れ」、後者の場合は「お局様」と呼ばれていたわけです(笑)。

    それを先人の女性たちが「働く権利を奪う」と機会均等を求めて、現在の状況につながるわけです。

    ついでですが、トピ主さんはその会社に入るときの求人票の内容、覚えてますか?
    だいたい「仕事内容」「給与」「雇用形態」くらいだったでしょ?
    当時だったら「女性:短大卒以上22歳まで」とか「容姿端麗であること、自宅通勤できること」っていうのが堂々と掲載されていたんです。
    今やったら違法ですが、そういうことがまかり通っていた時代を経て、管理職になったお二人には最大級の敬意を表したいと思います。

    ユーザーID:4002273186

  • 男女雇用均等法以前はそうでした

    当時の「就職したい企業」上位の会社に入社しましたが、女性の同期は高卒と短大卒だけです。
    男性の同期は、国内のトップレベルの大卒がほとんどでしたが。
    私が在籍した会社が、女性の4大卒を採用したのは、男女雇用均等法施行以降じゃなかったかな?

    ユーザーID:9647157766

  • そうです

    まず、短大は、だいたい枠が決まっているので採用されますが、大学卒業者は、当事 
    公務員
    団体職員
    などが主流だったと思います。

    自宅から通わない(どんな一人暮らしをしているかもよくわからない)人は採用しない
    1年の浪人や留年している人は、雇わない

    と明言している会社も大手でもたくさんありました。
    わたしはちなみに留学をして留年していたので、応募できない会社がたくさんありました。
    いまでこそ、こんな世の中ですが、その当事はそんな感じでしたよ

    ユーザーID:6683504812

  • 就職出来ないと言うより、平均勤続年数が短かったから敬遠された

    これは、東京の事として、捉えていいですか?

    確かに、雇用機会均等法ができる前には、女性は25歳ぐらいの結婚退職や27〜29歳ぐらいの出産退職が「普通」だったので、企業の方がリスク回避(人材を数年育てて、独り立ちするまでの費用は数千万円)のために、高卒や短大卒を主に採用していました。
    私は某大企業に短大卒で就職しましたが、実際に国立のO女子大卒の同期は、学生時代から付き合っていた人と2年で結婚退職しました。同期に四大は数人いましたが、みんな25前後で結婚退職しましたね。
    短大卒の私にも一人で泊まりの出張や外部の研修にも行かせたり、勉強会にも予算をくれる、良い会社だったのですが。

    そして「現役・自宅」は葵のご紋でした。現役の方がより長く勤めてくれるのと、当時はまだ女性向けの寮の整備は不十分でしたから。

    当時のトップ短大や高卒は家政科を出た四大卒よりも、役に立っていたと自負しています。実際に仕事をする上で、大学で学んだ事よりも、若い頭で実地吸収した方が、良いと思った事ありませんか?息子は法学部卒ですが、実務経験のある私の方が知識はあります。ま、過去を語っても仕方ないね。

    ユーザーID:5097981519

  • 会社によるのかも

    私は1977年入社ですが、同期にお茶の水の数学科卒の方が
    いました。

    大学(地方国立理系)の同級生に女性もいましたが、
    院に進学した方を除いて、就職したと聞いています。

    >1980年前後「4大卒女性は就職できない」
    >「地方出身・一人暮し女性は就職できない」
     少なくとも私の周辺ではそのような事実は有りませんでした。

    ユーザーID:5061475826

  • そんなに昔話になっていたとは

    1985年に4大卒で就職した、女性です。

    女は短大卒の方が、却って就職には有利というのは私達の時代には常識でした。
    私の周りでも超一流どころに入れたのはたいてい短大卒の人達でした。
    今では、不思議に思われてしまうのですね。時代は変わったのですね〜。

    あの当時は結婚したら会社を辞める方が多数派でしたから、仕事を教えて
    すぐに辞められるのが会社にとって不都合だったのではないでしょうか。
    (なにしろ、25すぎると貰い手がなくなる、なんて言われた時代でしたから。)

    それに、4大卒なんて頭でっかちで、偉そうに見えて部下として使いにくい
    と思われたのでしょう。

    私は地方出身で、下宿生だということで就職にかなり不利でした。
    「親の監督が行き届かず、安心できない、」が理由だと聞いて、腹が立ちましたよ。

    同じ大学の卒業名簿で、男女で入った会社に明らかにランクの差があることが
    歴然と分かり、ショックでした。共学でひたすら勉強して、難関と言われる大学に
    入って、そこまでは男女の差別など感じなかったので、驚きました。
    今考えると世間知らずだったなぁ、と思います。

    ユーザーID:8256301493

  • そういう風潮が

    まだまだありましたね。
    私自身は1960年代前半の生まれですが、1950年代生まれの姉の頃はそうだったようです。

    ですから4大進学を希望していた姉ですが、親から「嫁にいけなくなる」「就職に不利」とかいろいろ言われて短大に進んだのを覚えています。

    私は4大に奨学金をうけて進学し(親の反対があったため)、その後金融機関に就職しましたが女性管理職などいませんでした。
    数年して「女性初管理職」が登場しましたけど・・・・。

    「男女雇用機会均等法」で「採用・昇進などで差別的取り扱いの禁止」が定められたのは1997年(平成7年)です。
    それまでは「事業主の努力義務」でしかなかったんですよね。

    まあ1972年の勤労婦人福祉法からはじまり、一歩一歩進んできているんですよね。

    私の母が老いてから私や姉に謝ってきたのは「大学進学を率先して応援しなかった」事でしたっけね。
    姉は未だに怒りが収まってい無いようですが。

    「寿退社」はアタリマエの時代があったんですよ〜。
    20代半ば過ぎますとお局扱いもされましたしね(笑
    1980年前後では27歳で独身ですと「行き遅れ」とも言われたし(怒

    ユーザーID:0232280576

  • そういうことも多かったのかもしれません

    当事者ではないですが…。私の母の同級生の友達は70年代後半頃に国立または有名私立四大を卒業し、就職に苦労したそうです。当時女性の結婚適齢期が23〜25歳。寿退社、家事育児は女がするという考えが多く、肩たたきにあったそう。職場の花的扱いで、歳がいったら良くない、かといって結婚・出産後、女は使えないと。四大卒は就職後すぐその歳になる。教師や保育士、看護師などは例外。四大に行かずに財閥系の大手企業に就職できた友人も、その年齢になると寿退社が暗黙のようで、外資系に転職したとか。母は専門卒で公務員になりました。四大卒の友人は就活に苦戦、やっと小さい会社に就職するも数年で倒産し、職探しに苦労し、母が職場で募集してたバイトを紹介したこともあったとのこと。
    現在、四大卒の友人達はいずれも子育て中も仕事をつづけて、シンママでフリーの仕事をして家を買ったり、会社員でバリバリ仕事したりしてます。
    私が元職場で会ったバブル世代の人(1980年卒より下の代)も、雇用機会均等法世代と言われながらも「女はクリスマスケーキで25(日)過ぎは売れ残り」といわれたと。仕事得て続けるのに戦うものが多かった。現代も結局…。

    ユーザーID:9358654785

  • トピ主さま何歳?

    えー、今だってマタハラとかあるんだから想像に難くないのでは?
    男女雇用機会ナンチャラ法は80年代でしたし、そうと決まっても頭の固い人、今までの風習、生活様式などなど、そう簡単に平等とはならなかったから、その部長二人は尊敬に値しますね。

    ユーザーID:5142359309

  • 50代女性です

    1984年に4年制の大学を卒業しました。トピ主さんの会社だけでなく、そういう会社は多かったと思います。

    わたしは、地方出身でひとり暮らしでした。一部上場の会社の大多数は、無理だったと思います。説明会で、はっきりとそういう説明のあった会社もありました。願書を出しても採用することはないという意味でした。入社試験を受けることすらできませんでした。短大出身の友人は、大手の総合商社に入社しましたが、入社式では「きみたちは4年間は仕事を頑張ってほしい」というような言葉もあったようです。つまり、社内でお相手を見つけたら寿退社をするのが当然という意味でした。

    その頃は、まだまだ結婚したら寿退社というのが珍しくなかったのです。会社としても、数年勤めたら退社してくれるので、4大卒よりも短大卒の女性の方が扱いやすいということだったようです。それでも、一部の会社では、女性も結婚後も働きやすいような仕組みを作っている会社も出始めていました。もちろん、そういう会社は大人気で、狭き門でしたが。

    わたしの入社した会社は仕事内容などは男女平等でしたが、昇進に関してはやはり男性優位でしたよ。

    ユーザーID:7615486486

  • 頭も性格も良い友人は

    百科事典のセールスをしていた
    あと、独り暮らしでアパートに住んでいると採用されなかった
    実家から通う子が望ましいんだと

    女子の仕事はお茶出しとコピー取りが中心で
    あとは男性社員の雑用とか伝票整理
    22、3才位(遅くても25まで)結婚したら
    専業主婦になるのが普通だった

    ユーザーID:4184043070

  • その通りです。

    まさに同じ世代です。

    教師になる、医学部にいく、など特別なコースを除いて、女子が4年大学に進学すると就職はないと言われてました。で、有名女子短大の方が四年大学よりレベルが高いなんて今では信じてもらえないような状態でした。
    で、女子の一人暮らしでは就職先が無いと言われてましたので、自宅外なら寮に入るというのが必須でした。
    雇用機会均等法の前の就職だったので銀行の面接の時「うちは結婚したらやめていただきます」と本当に私言われましたよ。
    友人には国立4大出身で某テレビ局の報道(といっても裏方)にいまして結婚退職するとき人事に「あと半年待てば辞めたくてもよくなるよ」ととめられたそうです。つまり結婚したらやめなきゃいけない決まりがあったという事です。

    一流企業になればなるほど女子は職場結婚の為の存在でして、数年勤めて寿退社するのが当たり前だったんですよ。
    もっと言えば良い家柄のお嬢さんは就職なんかせずに学生時代からお見合いして結婚するのも珍しくはありませんでした。

    ユーザーID:7701428498

  • 正しい

    そうなんですよ。ちょうどその頃に四大を卒業しました。就職先は官公庁、教職、銀行、デパートの売り場。大企業は男性社員の厚生事業(結婚相手)の一環として短大卒のみ。女性の総合職なんて皆無です。四大卒女子を採用しない世界的に有名企業Kセラに乗り込んで「御社の理念に…」と、まくしたて採用内定した友だちに拍手喝采。彼女いわく、他企業の大卒初任給よりKセラの高卒初任給が上だったそうで「高卒初任給で結構ですので…」と言ってやる気(本当は給料重視)を見せたそうです!

    ユーザーID:8861055825

  • そうです

    当時、女性は四年生大学へ行くと就職できないと言われて、教職とかでなければ短大へ行く方が就職できた時代です。大手企業に入ってみたら女性は結結婚したら退職するものという雰囲気でした。企業によってはそれもなく、同年代女性でも未だに正社員でばりばりの人もいます。そして現在、娘は修士まで行きましたが、最近気が付いたこと…娘が就活してみて、一部の企業は修士女性を採用してくれますが、女性が修士以上は就職が理系でも難しい。学部の方が就職し易い現実。総合職を目指しても、男性に比べて女性採用人数が少ない。女性は結婚したりして辞めるとか、出産して休むとか、男性を採用する方がいいのだと思いました。女性の活躍なんてしたくてもできない世の中だと実感しています、(うちの娘の大学や周りだけかもですけど)
    話はそれましたが、当時は、やはりまだまだ女性の社会進出が歓迎されていなかったのではないでしょうか?女性はお茶くみ、結婚したら辞めるものという、企業によってはそういうものだったと思います。あとは、結婚したら専業主婦という考えの人も多かったのかも。そして30年経っても、女性の社会進出はまだまだこれからだと思いました。

    ユーザーID:5590655965

  • 狭き門でした

    1985年 東京の四大卒 地方出身でした。
    就活中、大学の掲示板にある企業の求人票のほとんどに
    女子は「自宅通勤のみ」と書いてありました。
    まだ女性用の寮などもなく 、
    身元のしっかりした女性が好まれたのでしょう。
    求人を公に募集しているのは、外資系やベンチャー企業、
    数少ないメーカーだったでしょうか。
    それでも男性とは別枠の採用でした。
    教員の道を選ばれる方もいました。
    当時典型的な日本企業は、
    女性は一般事務職として採用することがほとんどで
    短大卒や高卒の方々の募集が多くを占めていました。
    就職を考えて優秀な女性が多く短大に進学されました。
    長期的な戦力とは考えられていなかったので
    若い人が入れ替わり立ち替わり入社していたのです。
    私は地元のメーカーにかろうじて就職できましたが、
    入社してびっくり、同期の四大卒の女性は
    ほとんどが縁故採用でした。
    私達の頃は結婚退社もありましたが、
    出産を機に退社される方が多かったです。

    ユーザーID:6957152787

  • 1986年でも厳しかった

    私が進学を決める頃は女子大生ブームとかいうものでしたが、
    「四大に行っても就職できない。短大がいい」と言われていました。

    私は進学校で、短大の人は周囲にいなかったため、
    (教師志望が多かった)深く考えずに四大に進学。

    卒業時には多少はましになっていましたが、それでも
    学校に来る求人には「自宅女子に限る」となっていて、
    自力で探した会社に就職しました。

    真偽のほどはさておき、よく耳にしたのは、
    ・女性は結婚して辞めるから、少しでも若いほうが長く働ける。
    ・女性は男性社員の結婚相手候補。
    地元の女性のほうが親の手も借りられて、
    旦那が仕事でいなくても大丈夫。
    ってことでした。

    私が就職するころには
    ・短大卒でも四大卒でも退社するまでの時間は
    だいたい同じだとわかってきたので、
    それなら融通のきく四大卒を入れよう
    …って話になったみたいです。

    ユーザーID:7105393260

  • 男女雇用機会均等法

    社会科で習いませんでしたか?

    この法律が出来たすぐ後にバブルが来て、日本女性の進学、職業に関する意識や受け入れる側の意識も変わったのです。

    当時の一般企業の考え方は・・・

    平均結婚年齢が25歳位、入社して3年程度で退職する人を雇用したくない。
    産休、育休がきちんと制度化されていなかったため、妊娠出産後に働き続けるのは簡単なことではなかった。
    子どもを保育園に入れることへの偏見もあった。
    女性社員を男性社員のお嫁さん候補のように扱う会社もあって、「身元のしっかりしたお嬢さん」であることを望んだため、親元で暮らしていない女性を敬遠した。

    ですので、当時四大に進学するのは、
    師士業など専門職希望の人。
    親がオーナー社長で親の手伝いをする人。
    良家の子女で、大卒という肩書をアクセサリーにして、良家に嫁ぐ人。

    バブル期に色々な制度が充実したのと、バブル崩壊で男性側が失職したり、給与が下がったりしたことで、共働きが普通になってきました。

    社内恋愛で結婚する人が多かったのは、結婚して女性が退職するのが当然だったからです。

    ユーザーID:6967716967

  • 本当ですよ

    私は今60才ですが 関西でも有名な大学を1979年に卒業しましたが就職は本当に大変でした
    10社ほど受けましたが短大出の人が有利な時代でしたね 女は2 年くらい会社の花として勤め後は寿退社が理想
    結局自分で起業しました 今の人が羨ましいかぎりですが今は今で違う意味で大変ですね

    ユーザーID:7444007531

  • そんなことないですよ

    私は1982年都内の国立大学を卒業。
    丸の内の大企業に就職しました。
    専門部門でした。
    地方出身で下宿していましたが
    東京駅までの通勤を考え引っ越し。
    つつましいアパートでした。

    あの時代は〜だから…できなかった
    というのはもっともらしく聞こえますが
    相手が知らないのをいい事に
    世代が離れた人に言ってしまうのは
    みっともない事だと思います。
    同世代同士の愚痴でいう事でしょう。

    「大学によっては」という事です。

    ユーザーID:6513944495

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