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今、話題になっている『貧困』って『貧乏』じゃないですか?

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生活・身近な話題

東雲

ごくごく簡単に言います。

『相対的貧困』
進学や就職などが、自由にならないほどの貧しさ。


『絶対的貧困』
医療費や食費も出せないほどの貧しさ。

この2つを並べて考えていて、ふと、『相対的貧困』って『貧乏』でいいんじゃないか? と思ったのです。


「貧困」という言葉を使った上で、区別しようとするから、うまく理解されないのではないでしょうか?

日本の子どもの6人に1人は貧乏、だったら、すんなり納得してもらえるような気がするんですが。

みなさん、どう思われますか?

私の目的は、現在、話題になっている「子どもの貧困」問題が、「スマホ持ってて貧困とは言えない」などと叩かれることなく、論じられるようにすることです。

「貧乏」なら最低限の生活は出来ていること、でも、物を持つことやお金がかかることに制限がかかること、というのを端的に表せると思うのです。

『相対的貧困』のことは、貧困ではなくて『貧乏』と言いましょう。
という提言をしたいのです。

何か認識不足の部分がありましたら、ご指摘いただけるとありがたいです。

ユーザーID:9533542299

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  • それはどちらも、貧乏ではないでしょうか。

    『相対的貧困』『絶対的貧困』どちらも同じ貧乏ですよ。

    ユーザーID:7814418886

  • うちもビンボー

    ただの貧乏じゃあ、奨学金使えば?、で終わっちゃうじゃないですか。

    それを公的資金導入まで持っていくためには、一般人がとっつきにくい、思考を諦めさせるような類の、高尚で難解な、造語や概念やカテゴライズを持ちだすしかありません。

    正攻法で行くとどうしたって通りませんから。
    「相対的貧困」の次はわけわからない横文字が登場するだろうと予測しておりますよ。楽しみです。

    ユーザーID:5581084802

  • どうにもならない、貧乏、ド貧乏認定です!

    何かで読みました!
    貧乏と言うそうです。
    日本では物があっても、現金と教育ができないと貧乏認定だそうです。
    ついでに、そういう家庭は家も車もない、人脈もない、どうにもならない。
    ド貧乏と言っていいと思います。
    素人でも納得できました。
    貧困、あまっちょろい表現は罪つくりです!

    ユーザーID:3634528844

  • 昔は皆貧乏だった・・・

    NHKの番組は見ておらず、後で様々なサイトを見た感想ですが

    嘘か本当か、趣味に使うお金があり、ランチに行く余裕がある女子高生を「貧困」と言うのはちょっと語弊があると感じました。

    でも、トピ主さんがおっしゃるように「貧乏」と言う言葉なら少しは納得ができる気がします。

    私は50代ですが、いつも子ども達に言う言葉があります。
    「昔はみんな貧乏だった」と。
    もちろん、今に比べれば、と言う事ですが、割とそれが「普通」だったような気がします。
    貧乏が普通だから、貧乏が惨めでもなかった。
    それは「貧困」と言うほどではなかったからだと思います。

    今は高校どころか大学へ行くのが当たり前、ですが、私たちの時代には「生活が苦しくて高校すらいけない」人も何割かはいました。
    大学なんて、どちらかと言えば「行けないのが普通」でした。
    お金がなければ上の学校へは行かない、余分な物は買わない…それが当たり前だったのに。

    お金がなくても学校へは行きたい、趣味にお金も使いたい

    この人たちを「明日の食費にも困る」人たちと一緒に「貧困」と呼ぶ事には違和感を感じます。
    申し訳ないけれど今の時代は贅沢だと思います。

    ユーザーID:5139234822

  • なんだか言葉遊びのようだわ

    国語辞書的な解説がないと、"貧困"と"貧乏"の違いが分からないです。いちいち解説しないと理解されないなんて大変だし、ますます誤解や混乱を招くことになりそう。

    そもそも、私は貧乏者だけれど、あなたは絶対的貧困者ですか、って変な会話ですね。

    ユーザーID:7536867090

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  • 私の意見

    貧乏と貧困とは意味が異なります。

    貧乏とは外から見えるもので、生きて行くために自分に足りないものがあることです。貧乏に陥った場合、足りないものを補うことで救われるのです。
    それ以上は、自分が努力するしかありません。

    貧困とは、自分が他と比べて劣っている感じて自ら苦しむことです。精神的な貧困とも言えましょう。自分に無い物を探す眼差しから、有る物を見つける眼差しに変えていければ、救われます。

    絶対的貧困を物資的な「貧乏」とするならば、相対的貧困は精神的な「貧困」と言えましょう。

    ユーザーID:6395475821

  • 一字違いで大違い・・・てほどでもないか

    トピ主さんの認識不足かもしれない点は、貧困と貧乏、どう違うんだっけ、と混乱しやすいから、相対的だの絶対的だのという言葉を持ち出さなきゃいけなくなったのではないか、という可能性です。

    ユーザーID:8238971482

  • 主さんも相対的貧困の定義がおかしいよ

    「相対的貧困」と「絶対的貧困」の違いって貧乏の度合いの大小じゃないですよ。
    「相対的貧困」って、金持ち世帯から貧乏世帯まで順番に並べて、中央値の半分以下の所得の世帯のことです。
    だから金持ちの国であれば、中央値も当然高くなるし、その半分の数値も高くなる。最底辺でも年に1回は海外旅行なんて生活水準も理論的にはありえるんです。
    逆に貧困国なら中央値でさえ食べるのがやっとなんてことも世界中には現実にありますよ。
    ただ一つ言えるのは、相対的貧困層がたくさんいるということは、所得の格差が開いているということ。似た指標にジニ係数というのもあります。これは上位所得者が社会全体の富をどのくらい独占しているかを示す指標です。
    「スマホ持ってて貧困とは言えない」も「スマホ〜貧乏〜言えない」も同じじゃない?
    子供の6人に1人が主が仰るような貧乏かすらも判断できませんよ。社会全体の富を示してないのにさ。
    基礎になる所得の算定だけど、世帯所得を世帯人数の平方根で割るんです。子供は稼働してないから同じ世帯人数でも大人ばかりの世帯より貧乏で当たり前になるしねえ。

    ユーザーID:2965584142

  • 賛成です

    確かに「貧乏」のほうがしっくりきます。何が当たり前か、は時代によって変わりますし、今現在の若者や子供の貧困について語っても、高齢の方や、中年でも当時の貧乏な家庭で育った人にはぴんとこないと思います。周りと比べて貧乏である、ならば、どの時代に育った人でも、ある程度自分の経験と照らし合わせて理解できそうな気がします。

    ユーザーID:0184209843

  • まさに言葉のあや

    貧乏って言葉には、他人から言われれば蔑みが感じられるんじゃない?
    貧困は憐れに感じられる。何とかしてあげなきゃみたいな。
    貧乏と自分で言えば自虐的だけど、深刻な状況だとは限らない雰囲気がある。

    ニュースなんかで取り上げる時、「貧困問題」とは言っても「貧乏問題」とは言えないもんね。
    …で、深刻に思えず、偏見をもたらす貧乏という言葉以外で使えたのが「相対的貧困」。

    相対的貧困とか便利な言葉ですよ、ホント。ただの貧乏だと私も思う。

    ユーザーID:9169622681

  • 世界共通の概念だからでは?

    おっしゃる通り、「相対的貧困」は「生活水準が他と比べて低い」「ある国・地域の中で平均的な生活レベル(獲得収入)よりも著しく低い」という意味なので、「貧乏」とほぼ同じだと思います。それなのに「貧乏」を使わないのは、「相対的貧困」は「絶対的貧困」と対になる世界共通の概念だからではないでしょうか。

    世界銀行の定義では1日1.25ドル未満で生活している人をAbsolute Poverty(絶対的貧困層)としており、他方、OECD(経済協力開発機構)は、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)が全人口の中央値の半分未満の世帯員をRelative Poverty(相対的貧困者)としているそうです。

    先進国でも絶対的貧困層が存在しないとは言えない時代となり、日本の貧困問題を論議する場合もRelative Poverty、Absolute Povertyを直訳した「相対的貧困」「絶対的貧困」が使われているのだと思います。

    このトピのお陰で勉強させていただきました。

    ユーザーID:9797004287

  • お金を使う優先順位

    「相対的貧困」についてはさまざまな「専門家」と称する方々がネット・テレビ等で自説を繰り広げていますが、なんか変。

    テレビで取り上げられた女子高生の、「相対的貧困」については、スマホや高額な画材、映画やイベントに参加するチケット、外食で1000円以上のランチに使うお金はあっても、クーラーを買う、パソコンを買う、進学するお金を貯める、って
    お金はない。
    何にお金を使うかって優先順位がなんかおかしい。
    で、そのおかしさはおそらく親から受け継いだおかしさなんでしょうけれど、そこを是正せずに、「みんな専門学校に行くのに私はいけないから貧困だ。平等じゃない」という発想に行きつくのが間違っている。ただ、子供が知識不足で頓珍漢なのはあたり前にわけですから、そこは周囲の大人が介入すべきなのに、「顔を出して貧困問題を語ってくれる女子高生がいる」ってことに飛びついて放送してしまったテレビ局が一番悪いんでしょうね。

    日本の子供の6人に1人は「貧困」というのであれば、2割近くになりますので、「相対的」にみても異常な状態じゃないんじゃない?

    ユーザーID:4699531135

  • トピ立ててくれてありがとう

    私も少し前の「相対的貧困」をみて疑問を思っていました。

    きっかけになった高校生の生活をみると、我が子の生活よりはるかにいい。
    我が家は高いDVDもないしライブにも行ったこともありません。
    図書館での勉強のお昼代は300円で水筒を持って行きます。
    私のお昼は冷凍食品3品のっけたもの。水筒持参で会社へ。
    自分の趣味にかける金額はオンライン英会話3000円のみ。

    しかし我が家は「貧困」ではないようです。
    エアコンは自由に使います。PCは私のを自由に使わせています。
    海外旅行も行きますし塾にも行く。ローンのない持ち家もあります。
    世帯収入は1000万を超えています。

    彼女の夢、デザイナーになりたいのならソフト(DVDや映画)の購入ではなく
    安いPCを買ってフリーソフトでいいので画像を作る勉強をすべきなんです。

    調べれば手段はたくさんあるはずなのに周りの大人がそのアドバイスをしない。
    もしくは自分で調べない。そしてお金がないから学校へ行けないという。
    問題は全ての理由を貧困とすること。根本的に間違っていると思いました。

    貧困の人にただお金を渡しても問題の解決にはならないと思います。

    ユーザーID:2541970116

  • はい!

    わたしもまったく同じことを考えていました。

    相対的貧困、って「貧乏」のことじゃないかと。
    わたしのイメージとしては、

    貧困 < 貧乏 < ふつう < 小金持ち < 大金持ち

    こんな感じで、貧困と言うのは明らかに食うに困っている状態で、
    貧乏は、食うにはあんまり困ることまでないけれど、普通の生活は無理な
    感じ。

    だったら相対的貧困って、貧乏のことじゃないか?って。
    「俺んち貧乏だからな。普通の生活してみたいよ」って言われたほうが
    「そうだよなあ」って共感できる気がします。

    ユーザーID:6201518938

  • う〜ん、賛同はできない

    ただ安易に「貧困」を使うことに対しては賛同できます。

    だからといって、その代替として「貧乏」が適切だとは思えません。

    どちらかと言えば、私のイメージでは「貧困」がトピ主さんの「相対的貧困」としてのみ
    使われていると思います。

    「絶対的貧困」の場合には「生活困窮者」に含まれていると思います。

    「貧乏」という言葉は、若い人はどうかと思いますが差別的ニュアンスが含まれる。
    ですから、「貧乏」という言葉が独り歩きするというのは差別用語が公然化するだけ。

    私見では「貧乏」と「貧困」の大きな違いは
    「貧乏」は自称の言葉であり、「貧困」は他称の言葉だと思ってます。

    「我が家は貧乏だから」のように自分を蔑む言葉であれば構わないと思ってます。

    ユーザーID:2911250717

  • 貧乏って、時代的に使用したがらないけど

    差別的表現にはなっていませんが、メディアでも小説の表現でも、使用されにくくなってますけど。

    まあ、そのうち差別的表現として禁止されると思いますけどね。

    トピ主は、自分の主観だけで主張しないで、現代社会の流れも考慮しないと。

    ユーザーID:3215615101

  • 貧乏としなくてもわかると思うけどな

    意味はわかるが、内容はちょっと理解できない。
    相対的貧困とすると、絶対的貧困に比べて大したことないだろ?と感じさせると言いたいのかな?

    時代背景がどうあろうとも、周りと比べずとも、これだけ貧しいのは困った事だ、というような、病院に掛かれない、食べ物も買えないことと、
    衣食住はどうにか足りているが、お金がないから進学を諦めざるを得ない、ようなのは、実際違いはあるけど、どちらも貧困、貧しいですよね。

    でも。
    相対的貧困についてまで税金で国がなんとかする、ということは社会主義国家にならない限り無理だと思いませんか?

    高校までは義務教育とする、ということには必要性も意味も感じますが、ゆとりを奨めてきたのが一転、義務教育終了後も学校に通うのがスタンダードだから、塾に通うことや高校以上の進学も助成しようとか言われ出したら、ふざけんな、と私は思う。
    いや、その子にふざけんな、じゃなくてね。
    だったらその前に義務教育期間中のカリキュラムを、もっと学べるものに変えていくべきでしょ、と。

    スマホ持ってるから貧困じゃない議論は無意味だと思うけどね。

    ユーザーID:3481163101

  • 余計に分かりにくい。

    貧乏って主観的に何かが欠乏している時に使う言葉じゃないですか??
    貧困の方が客観的に最低限の需要が満たされていない感じがします。
    時間貧乏だから、移動は全部タクシーだよーとか普通に言うし、聞くし。
    100万の時計などを買った直後に、最近買い物しすぎて若干貧乏ーとか言うし聞くし。
    うーん。貧困でよくないでしょうか?

    ユーザーID:8486676717

  • 貧困は貧乏ではない

    私は、仕事を早期退職して収入がありません。
    年金を受給するまでは、貯蓄を取崩して細々と暮らしています。
    もちろん、貧乏生活ですが、貧困ではないです。
    私の息子も、低所得で貯えもなくボロアパート住まいですが、毎日楽しく好きな事をしているので、貧困とはまた違うように感じます。
    貧乏でも幸せな人はたくさんいるので、貧困とは別ではないでしょうか。
    貧困とは、貧乏の中で、もがいている人。
    相対的貧困の所得格差が原因であるところは、貧乏と呼んでもよいのかもしれませんが、貧困はそれだけではないと思います。

    ユーザーID:0922696693

  • レス

    辛い苦しい体験と強く結びついている言葉や、差別を想起させるような言葉に対しては、
    それを用いる時それなりの心遣いがあってしかるべきだと思います。

    ユーザーID:6420359801

  • 貧乏は自分で言う言葉。

    うちは貧乏だから〜。
    は自分で言うからまだいいんです。

    東雲さんちは貧乏だから。
    って私は言えません。

    私はデブ。
    私はチビ。
    私はノッポ。

    自分で言うならいいけれど、

    東雲さんはデブ。
    東雲さんはチビ。
    東雲さんはノッポ。

    誰かに言われたら嫌な感じがすることがあると思います。
    だからこそ、
    貧乏、貧困。
    使い分けていると思いますよ。

    ユーザーID:4001137118

  • 貧困

    生きるに必要なお金足りず。人間として心身に衛生的な生活は保証されているので、貧乏とは現代ないはず。収入が少ないのにローンがあるっておかしいんです。貸さないはず、収入なければ補助。

    ユーザーID:5208492264

  • なるほど!

    するどいトピにざぶとん5枚!
    わかりやすくなりますね。
    賛同します!

    トピ主様の意見だと、なにか問題ありますかね。

    ユーザーID:6056298381

  • 問題点が違う

    相対的貧困を相対的貧乏と言い換えて、何か変わりますか?

    全く変わらない。

    貴女が疑問と思うことを、もう少し率直に考えたらいかがでしょう。

    ユーザーID:3719049457

  • そもそも論

    貧乏、分かりやすくていいですね。

    でもね、そもそも、子供がどんな進学先を選ぼうがどんな就職先を選ぼうが反対せずに全ての資金をだして援助できる親の方が少ないと思うのですよ。
    家を出て一人暮らしをしながら私立大学の理系に進学したい。院まで出た後は海外の大学に留学したい。研究を続けたいから大学に残るけど給料は出ないから仕送りしてね。とか言われたらどうします?どれくらいの親が資金を用意できるでしょうね?
    ここで「うちの家庭ではそこまで出来ないわー」ってなったら、その家は「(相対的な)貧困家庭」なのでしょうか?
    違いますよね?
    どこの家庭にも「ここまでなら出来る」っていうラインがある。
    いわゆる中流家庭であっても地方在住なら東京の私立大学に進学させるのはしんどい。兄弟がいるなら尚更。だから「進学するなら国公立にしてね」ってなる。でもそれって貧困ですかね?

    相対的貧困とか言うからおかしくなるんですよね。
    進学先を自由に選べる人の方がきっと少ないのに。
    貧困っていうのは「食べるのにも困る。高校にさえ行けそうもない」ってくらいのラインで統一でいいと思います。

    ユーザーID:0188729624

  • そんなこと、みんな当たり前に知ってる。

    小学生くらいなのかな?

    ユーザーID:4734970656

  • 言葉の定義

    貧乏という言葉もまた人によってイメージに幅があると思います。
    貧乏の方が貧困よりも貧しく感じる人もいるかも。
    例えば
    貧乏は「戦後の混乱期のようにボロボロの継ぎのあたった服を着て一日にパンの耳一切れ」
    貧困は「生活保護家庭」みたいなイメージもあり得るような気がします。

    それをきちんと定義せず貧乏と貧困について議論をすると、話がかみ合わないと思います。

    「相対的貧困」「絶対的貧困」という言葉は、
    言葉を使う方も読むほうもその言葉がどんな状態を表すか
    いちいち説明したり定義を知ろうとしたりすると思いますが、
    それは面倒くさいけど、
    ちゃんとした議論をするためには必要な事なのではないでしょうか。

    このような学術用語的な言葉は、定義を明確にするために説明が必要なようになっていて、
    普通に話題にするには回りくどく感じるものなのだと思います。

    ユーザーID:6309449091

  • 差別用語は時代の流れ

    昔は、ここまで差別用語にうるさくなくて自由だったんですが

    まず身体的な事から差別用語になり、そのあと放送通信出版流通

    マスコミの発達と共にどんどん差別用語が増えていったんです。

    今では、ネットでは差別用語は別の漢字に置き換えられて表現されています。

    おそらく、あなたのいう「貧乏」も近いうちに差別用語に区分され、使えなくなるでしょう。

    このまま続けば、喋る日本語が全部差別用語に分類されてしまい

    何にも言えない世の中になるかもしれません。

    ユーザーID:7841953932

  • ええっと

    トピ主さん、せっかくネットに投稿しているのだから、
    「貧乏」と「貧困」の違いを調べてみましたか?

    貧乏と貧困は、違うんですよ。

    ユーザーID:1084123457

  • 共感します。

    貧困と貧乏を分ける。

    賛成です。

    スッキリします。

    貧困と貧乏の間にも、格差ありますものね。

    全てまとめて一括りにしないほうが、それぞれの問題に具体的に対応できると思います。

    ユーザーID:9647938910

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