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今、話題になっている『貧困』って『貧乏』じゃないですか?

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生活・身近な話題

東雲

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  • 貧乏は昭和の人間には逆にノスタルジーを感じてしまう

    昭和の時代に青春を過ごしていた私からすると、貧乏は身近であって、特別、悲劇というイメージではないです。
    逆にお金がなくて、四畳半一間で家族が重なりあって寝てたんだよとか、自虐的に話してました。
    が、貧困というと、どんなに頑張っても上昇出来ないという絶望感を伴うイメージですね。私には。
    ただ、例の女子高生は、今年等は高卒の就職率が高くなっているから、正社員を目指せばなんら問題ないと思いますがね。
    アニメの学校は、自分でお金貯めていけばいいのにと思います。
    ある主義主張を持った人たちに利用されてるていえば言い過ぎですかね?

    ユーザーID:3071061898

  • ちょっと違うかな

    「相対的貧困」って等価可処分所得が全人口の可処分所得の中央値のさらに半分以下という定義になるのではありませんか?

    これを「貧乏」という一般的に使われる名詞で定義してしまうと誤解を生じるからわざわざ「相対的貧困」という新しい言葉を生み出したのだと思います。

    日本だと一人の場合、相対的貧困にあたる可処分所得(税金や社会保障費を払って残ったお金)が122万円ですから、だいたい月10万円の手取りですね。

    余裕はないけど生きていくことはできるかな。住居費をかなり下げられる地方なら特にね。車の維持は無理だろうから移動手段はスクーターか自転車でしょう。

    それってまさに私の貧乏大学生時代の生活です。私は寮に入ってたので学費含めてそのくらいで全て賄えてたから。若かったしネットも携帯も無かったから出来たけど今は無理かな。

    世間話だったら「貧乏」で問題ないというのは確かであり、その点はトピ主さんに同意します。ただ、その「貧乏」は人によって全く異なっているかもしれないということには注意しておきましょう。

    ユーザーID:2191927583

  • とぴぬしさんありがとう

     私がなんとなく前から思っていたことを言葉にしてくれましたね。
     
     貧困も、貧乏も同じって人、って私は理解できません。

     アフリカの子供たち。5歳にもならない子供たちが食べ物もなく、医療も受けられずばたばた死んでいく。そんな状態は国自体が”貧困”にあえいでいる。給料前のOLが「今、貧乏だからランチはお弁当を作ってきた」っていうのと本当に同じだと思ってるんでしょうか?

     スマホはなくても生きてはいけます。昔から日本には”衣食住”という言葉がありますね。これは人間が人間らしく生きていくための最低条件です。スマホは、そのどのカテゴリーにも当てはまりませんよ。現在社会に何かを付け加えるとしたら、教育、でしょうか。でも、スマホがなくても勉強はできますよ。パソコンがなければ宿題ができないのなら、図書館に行けばいい。
     
     なくてもどうにかなるもの、もしくは、どうにかしたら代用品が手に入る状況、は決して貧困と言ってはいけないと思います。

     

    ユーザーID:6539834839

  • 「困っている」ことに共感できない人たち

    「貧困」とは、文字通り「貧しくて生活に困っている」こと。「貧乏」は、貧しく乏しい状態を表している。
    トピ主さんの目的である「貧困叩きでなく、ちゃんと論じたい」という点に応えるレスが少ないので、あえてそこに触れるなら「困ってなんかいないじゃないか」と思うから叩くわけだけれど、じゃあ「貧乏」と言い換えたところで貧困叩きがなくなってまともに論じられるかというと、そうはならないことは明らかだよね。
    叩く人は、貧困だろうが貧乏だろうが関係ない。叩きたいから叩く。なぜかはここでは書かない。というより、書くのははばかられる。
    ただ、政治家の貧困叩きは言語道断だ。子供の6人に1人が貧困という日本の現状を政治家は恥ずべきであって、貧困叩きに便乗して政治家としての責任を免れよう、貧困問題について国民が一つの意識を共有することを分断しようという態度は許し難い。
    「相対的貧困」の問題は格差や富の偏在、公平な負担と富の分配の問題と関わるのだけれども、それらの問題について国民が「困っている人」に共感し、政府・行政の責任を追及することを恐れているのだ。
    貧困叩きは政治家を助け、格差を拡大させるだけだ。

    ユーザーID:6299009042

  • 使い分け

    社会的な定義としてあるのが「貧困」、国が決めた一定基準以下の生活状態を指すのだと思います。
    「貧乏」は自分が基準。夫の収入が少ない人は「家は貧乏だから」と言います。

    ある開業医の奥さんが言っていました。「家は貧乏だから年に一度しか海外旅行に行けない」って。彼女の付き合っている人たちと比べて、彼女の夫は収入が少ないのでしょう。
    「小泉政権の時の政策『痛み分け』で年収が250万円も減った」→「貧乏になった」という理屈でした。

    ユーザーID:6672886759

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  • 貧困は社会の側からの評価です

    「貧困」という場合は、「ある社会で、その社会にそんなに貧しい人が存在することが不適切であると考えられる状態」を表すのが、貧困研究などでの基本的な使い方です。「社会にあってはならない貧しさ」が貧困ですから、社会としての判断になります。

    「貧困」と判断される場合は、「あってはならない」ので、その状態を解消する支援もセットで考えることになります。貧困の基準として生活保護基準を考えると、生活保護基準以下の所得であれば生活保護費の給付が発生します。このような違いを無視して、貧困を単なる貧乏と言い換えるのは不適切です。

    で、社会として「あってはならない貧しさ」をどう判断するかについて、「これで決まり」というものはありません。トピ主さんが挙げられているOECDの基準は、国際比較しやすいように構成されたもので、各国での貧困感覚とは異なる可能性があります。

    全く違うアプローチとして、社会的生活で「他の人ができるのに貧しくて出来ないこと」を「社会的剥奪」と考え、これを貧困の基準とする考え方もあります。この考え方だと、日本で若者がスマホを持てないのは社会的剥奪であると言えるかもしれません。

    ユーザーID:0657132483

  • ふ〜ん 

    相対的貧困は、あくまで造語に思います。

    貧乏と言うと個人的で、貧困は社会問題にすべきと認識させる為に
    使い分けてるみたいに思う。

    ただ、極貧は少ないですよ。
    草食べたって聞いたら、ああ貧乏なんだって思うけど。

    うちは貧乏と言いながら、スマホ持ってランチする。
    子だくさんで生保なのに、家計はアイパッドで管理する母親もいましたよ。

    だから批判されやすいんです。
    家庭の収入が世間より少ないだけなんです。まあ、そんな人ばかりでないと思うけど。


    安易に離婚する家庭が増えたし、
    稼ぎの少ない母親になぜか子供を託すケースが多いので、
    貧困家庭が増えたにすぎない。

    昔の家庭の方がよほど貧乏だったと思う。
    でも、それでも成り上がろうとするパワーはありましたよ。

    変に憐れんで、甘やかし、マスコミなどが
    貧困家庭はずっと貧乏って決めつける方がよほど罪と思います。

    ユーザーID:3450888233

  • 高卒以上、希望するのに進学できない状況


     近頃は、マスコミ等を見ているとタイトルのような感じを受ける。
     これが、貧乏。

     他国と違い小さい時から労働で小学校にも行かせてもらえない、住むところもなく路上生活とかとは違うんですね。

     日本の言う貧困って進学関係の事を言っているんですね。

     私もこのごろ知りました。 貧困=貧乏だと思う。

    ユーザーID:3571376211

  • 単に

    言い回しの問題ではないですか?貧乏と貧困。
    デブと肥満。のっぽと高身長みたいな。
    意味は同じだと思ってますけど。

    ユーザーID:1773564684

  • 貧困と貧乏は意味が違うそうですよ

    さっと調べた所

    貧乏・・・収入が少ない
    貧困・・・生活に困っている

    って感じです。
    だから極端な話、世帯年収入100万でも住居があり食品を近隣等から
    常にもらえている状態なら貧乏ではあるけど貧困ではありませんし、
    不労所得で年収1億あっても災害等で住居等生活に必要なものを
    なくしている方は貧乏ではないけど貧困って事です。

    貧困と貧乏はイコールでない以上は言い換える事は出来ないでしょ。

    ユーザーID:4450068180

  • そもそも「相対的貧困」という言葉自体が作為的

    まずトピ主さんの考えは「貧乏」と「貧困」の言葉の違いを定義しないと分かり難い。でも考えとしては面白くて好きです。

    個人的には貧困というのは「絶対的貧困」しかないと思います。
    「相対的貧困」といっても、どこで何を比べるかによって結果が大きく変わるわけで、そもそも「相対的」に「貧困」をつけること自体が、とても作為的だと感じます。
    何が何でも誰かを貧困層にしたいのかなって。

    それなら「相対的経済格差」って言うべき。
    まあ「格差」自体が相対的に比較した結果なので、言葉としてはダサいですが。

    経済的に貧しくて健康を害するレベルだとか、子供を安全に育てられないというレベルで初めて「貧困」と言えると思います。

    私の印象だと「貧乏」は自覚して初めて表面化するレベルのことだと思うんです。個人差があって、本人が貧乏だと思わなければそうでもないというか。

    ユーザーID:3541184248

  • 先進国の相対的貧困は増す傾向に、、

    貧乏って言葉、しっくりきます。
    でも他人から言われたら差別用語みたいに蔑まれている感あり。

    貧乏からは抜け出られます、衣食住を切り詰めて学費を出した親、私は奨学金が収入が多いので貰えないという事は知りませんでした。(高校生の頃)

    先進国の相対的貧困は何かを切り詰めればスマホも持てるって事。
    絶対的貧困家庭なら電話は無料、ライフラインだから。

    今は学費がハイパーインフレですね、日本も米国も。
    大学は全員入学するところではないしネットを利用しての勉強も可の時代です。

    普通の奨学金は高額すぎだから補助金が欲しいというのは言語を習いたいけど習うクラスが無いと騒ぐ避難民(スマホ持ち)と同じレベルの思考。
    日本の福祉国家が欧州のように破滅に追い込まれないことを祈ります。

    ユーザーID:9427574630

  • 金持ちの対語が貧乏、富裕の対語が貧困

    皆さん、言葉に対する感受性が強くいらっしゃって興味深いです。

    私は単純にタイトルのことを思いました。

    ユーザーID:8364753077

  • どんな言葉にしろ

    どんな言葉を使うにしろ、基準をきちんと決めないと混乱しますよね。

    私は相対的貧困っていうものがよくわかりません。
    うちの高校3年の息子(理系)は医学部志望ですが、私立の医学部にいかせるほどの余裕はありません。
    相対的っていうのは「○○と比べたら」っていう意味の言葉ですよね。私立の医大に進学させられる財力を持った家庭と比べればうちも「相対的貧困」なのでしょうか。違いますよね…。

    貧乏というのは、かなり主観的な言葉ではないですか?
    我が家は普通の家だと思っていますが、私立医大に進学可能な家庭と比べたら貧乏です。

    主観なので、件の女子高生のように「1000円のランチを楽しめるなら貧困ではない」「いや、貧困だ」と話題になったのでしょう。

    ユーザーID:3393022588

  • 貧困層ほど肥満になる?

    米国では,貧困層ほど肥満が多い.なぜなら,いわゆる「ジャンクフード」で空腹を満たし,フィットネス・クラブに通うお金も時間もないから,という話を聞いたことがあります.

    「あんなに丸々と太っていて貧乏だなんて,どんな生活しているの!」という批判は不当だという話です.

    本当か嘘かは知りませんが,2016年9月27日付納豆さんのレスを読んで,ふと,連想しました.

    ユーザーID:2307257726

  • 巨人の星(野球のアニメ版)

    あの卓袱台(ちゃぶだい)をひっくり返すところは衝撃でした。それから中学入学で主人公が継ぎ接ぎだらけの学生服を着ていたシーンも。あれこそ貧乏、そうおもいました。
    インドでもクリケットじゃなくて野球の方をそのまんま放映すればよかったのに。

    あとこれもアニメ・明日のジョー、これも最初のシーンは凄かった強烈でした。同じキューポラの街の設定でもぜんぜん違うんだなと思いました。

    ユーザーID:2103946702

  • 良いトピを立てて下さってありがとうございます。

    皆さんの多様な解釈を拝見して勉強になりました。

    他の方もお書きですが、この二つの言葉には違いがあると思います。

    貧乏: 経済的な状況(経済資本のみ)

    貧困: 経済的な状況(経済資本)+他の要素(社会関係資本、文化資本を含む)


    また「貧乏」はより日常(会話)用語で、「貧困」はより学術用語、と個人的には理解しておりますが、どうでしょうか。

    他の方がお書きの通り、「相対的貧困」と「絶対的貧困」は英語のRelative povertyとAbsolute povertyの訳語ですが、「貧困」の方がより学術的用語であるということから、訳語として使われたのではないかと思います。

    Poorを「貧乏」、Povertyを「貧困」と訳す、とどなたかが書かれていたと思いますが、それはどうでしょうか。文章のトーンや対象読者に応じて、翻訳者の判断でどちらにも翻訳可能かと思います。

    かつて「思想の貧困」という論文がありましたが、「想像力の貧困」、「共感力の貧困」、「人間関係の貧困」、「文化力の貧困」等、経済的貧しさだけの問題ではないところに問題の奥深さがありますね。

    ユーザーID:5752174815

  • みんな理解してると思いますが

    単にあなたが貧困という言葉では分かりにくい、
    貧乏と表現すれば分かる、というだけでしょう。

    うまく理解されないってそんな話聞いたことありませんけど。
    貧困でもすんなり納得してますよ。
    あと、貧困問題がスマホ持ってても〜と叩かれることなく論じられるって、意味がわかりません。
    それを叩かれていると感じるのはトピ主であり、
    論点の一つとしての意見だとみなして論じていると感じる人もいると思います。
    貧困を貧乏と書けばこれらの意見がなくなるって、根拠は何ですか?
    自分がそうだとわかりやすいから?
    そもそもスマホ云々なんて意見見たことないし、スマホ以外にも車や着物など所持品を挙げたらキリがありません。
    スマホは叩きで外食はOKなんでしょうか?

    私はむしろ、貧乏より貧困の方がしっくりきます。
    貧乏の方が端的に表せると思うのですって、それはトピ主にとってね。
    みんながみんなトピ主と同じ言葉のイメージを共有しているとは思わないこと。

    ユーザーID:6282524168

  • 相対的貧困とは

    貧しさを表す数値じゃなく、格差を表す数値です。昔小町で書いたような気がします。

    だから、普通の貧困とは違うのです。

    そして、(可処分)所得の高い順から並べて、ちょうど真ん中の所得の半分を貧困とするから、

    もし社会主義国や独裁国家で、

    ごく少数の金持と、大多数の貧乏人が存在する国だったら、

    相対的貧困率は、低くなると思いますよ。

    そんなに極端じゃなくても、

    金持ち層と貧困層の二層型で中流が少ない国でも、低くなると聞いています。

    ちょうど真ん中の人の所得が、貧しい人よりの額になる場合です。

    欧州なんかそうなんじゃないでしょうか?

    日本は6人に一人の子供が貧困で恥と言いますが、

    相対的貧困率じゃなく、相対的貧困とされる人の所得の最高額を各国で比較しないと、

    本当に日本が危機的なのかどうか分からないよね。

    日本は、まだ高い方じゃないのかな?


    そこまできちんと説明してから、この言葉を使って欲しいね。

    ユーザーID:7345557408

  • 貧困は免罪符ではない

    「貧困」を唱えながら趣味の高額なものをたくさん購入し学費がない、だから進学できないは本末転倒。お金の使い方の優先度の問題です。そこは叩かれても仕方がないと思う。

    本当に生活を切り詰めながら教育資金を貯めている親や学生からすると?と思うのは当然。

    私自身大学時代は仕送り5万。家賃込みです。地方の4畳半トイレ風呂共同でバイトしながらやってきました。貧乏だけど貧困ではなかったし、学費を払ってくれている親には感謝しかなかった。

    パソコンは学校へ早朝行って練習。紙に書いたキーボードでエアタイプ。明るい貧乏(ちなみに女性で現在IT職)。

    だから今回の件は甘いな、としか言えない。そりゃ奨学金を使わずに進学する学生と「相対的」に「貧困」かもしれません。
    でもね、趣味や娯楽を我慢して将来のために頑張っている家庭もあるんです。

    お金の大事さを知っているから調べるしよりよい使い方を選択する。その経験値は将来も生きる。

    貧困を嘆くだけでは何も始まりません。

    ユーザーID:2541970116

  • 一億総中流時代の貧乏人から

    私もあの騒ぎを解説していた専門家の言うことに、大変疑問を持ちました。こじつけすぎてますね。件の高校生ははっきりと、貧乏でも貧困でもないです。ただ、お金の使い方について優先順位が世間とは違い、趣味、遊び>>勉学。

    私は50代、一億総中流時代に育ちながら小学生時代から家が貧乏であることは感じて育ちました。当時でも偏差値という言葉はありましたが、私は意味を知らなかったし、それが出てくるような学力テストを受けたこともありません。親は中学も出てません(昭和一桁生まれ)。夕食の材料が買えない、家に現金は千円が数枚で月末まで暮らす、とかごく普通でした。学校は公立のみです。

    現代の感覚でいったら、私のような家庭の子供が貧困、貧乏でしょう。こういう育ち方をしたせいでしょうか。趣味、遊び>>勉学の価値観の人たちを、貧困家庭の例とだされても???が浮かぶだけです。相対だろうが絶対であろうが貧しくはないです。

    ユーザーID:0760144144

  • 貧乏、貧困だけじゃない

    最近は『下流…』云々の、見出しが付いた放送や活字を見掛けます。
    いつぞやの『NHKスペシャル』で老後破産をテーマに『下流老人の漂流』の放送が有りました。

    ユーザーID:7237807148

  • 赤貧

    本当の貧乏は 赤貧と言う方がインパクトがあるかも。

    ゲゲゲの女房には水木しげるさん一家は、食事が腐りかけのバナナとか
    雑草を食べてた、冬も暖房なしだったとか。。

    戦後10年以上たって、まわりは既に「貧乏」ではなかった時代です。

    ユーザーID:1142458151

  • なんとなくわかりますが

    私のイメージですと

    貧困→贅沢もできず生活費も切り詰める状態
    貧乏→貧困も含まれるがそれ以外に
       (お金を)使いたい気持ちに収入が追い付かない状態


    です。

    ○○貧乏という言い回しがあります。
    件の高校生は『アニメ(漫画?)貧乏』『イベント貧乏』といったところでしょうか。
    趣味にお金をかけすぎて生活部分に影響が出てしまうタイプに思えます。
    あの部屋をあえて映したのは
    「こんなにアニメが好きなのに学校へ行けない!」アピールをしたかったのかもしれませんが
    逆効果でしたね。

    同じくアニメや漫画、絵を描くことが好きな娘が言っていました。
    「あれだけいろいろ買っていたらお金が貯まるはずはない。私の貯金も吹っ飛ぶ。」
    「あんなにグッズがそろっていて貧困とは思えない。」と。
    娘は
    絵では食べていけないだろうから趣味として続けると別の道を選んでいます。

    あれだけのものを部屋に揃え「貧困だ、貧乏だ」と嘆くのは心のあり方の部分です。
    言葉を変えても意味がないんじゃないかな?

    ユーザーID:0732122750

  • みなさん、ご意見ありがとうございます。1

    日本における「相対的貧困」の定義については、ネットで見られて、みなさんと共有できる学術論文を挙げておきますので、ご興味がございましたら、どうぞ、検索してみてください。

    「子どもの貧困」阿部 彩著
    ─すべての子どもの幸せのために─


    「絶対的貧困」の定義は、世界基準では、1日あたりの生活費1ドル未満で生活している人(世界銀行定義)で良いと思います。


    「一億総中流時代の貧乏人から」 ん?(2016年9月30日 5:34投稿)さんのレスまで読みました。

    「貧乏」と「貧困」の定義は、

    貧乏:等価可処分所得が全人口の可処分所得の中央値のさらに半分以下で、貧困線(統計上、それ以下の収入では一家の生活が支えられないぎりぎりの境界線)まで。

    貧困:貧困線未満

    これで、どうでしょうか?

    ユーザーID:9533542299

  • トピ主のコメント(8件)全て見る
  • みなさん、ご意見ありがとうございます。2

    すみませんが「相対的貧困」を「貧乏」と言い換えるのがダメならば、対案をお願いします。
    「人並みの生活が出来ていない」ということを、どう言えば世間に理解してもらえるのかを、私は考えたいのです。

    おじじさんの意見は「絶対的貧困」→「生活困窮」と言い換えたほうが良いということで、よろしいでしょうか?

    ひよこさん、「絶対的貧困」→「ド貧乏」、「相対的貧困」→「プチ貧乏」
    わかりやすいです。

    みどりさん、「相対的貧困」→「余裕がない」
    さじ加減が難しいところですね。

    和泉式部さん、「相対的貧困」→「ゆとりがない」
    ということで、よろしいでしょうか?

    私が子どものころは好景気の最中でした。
    なので、お金が無いことは絶望には繋がらなかったのです。
    がんばって働けば、人並みの生活は出来るようになるはずだという希望がありました。

    今は……どうでしょう?

    ユーザーID:9533542299

  • トピ主のコメント(8件)全て見る
  • 子供が「みんな持ってるから自分も欲しい」と言う。

    私の時は、ファミコンでした。
    その話出されたら、話についていけない。
    持ってないから、遊びに行った先でそれをみんながやり始めても、参加できない(気後れなど)。

    親にタイトルのことを言うと、親は
    「よそはよそ、ウチはウチ! 比べても仕方ないことをグチグチ言うな!」と。

    お金ないない言われて育ちましたが、塾とか普通に通って、教育費はスルっと出てました。
    大人になって分かったのは「そんな(無駄なことに使う)お金はない」ということだったんだな、と。
    つまりお金はあったけど、親の方で買い与える気がなかったっていう話。

    それが言えない親の元に育つと、相対的貧困が生まれるのかな、と。

    親自身が、子供より自分にお金をかける傾向も目立ってきている昨今ですから、子供の貧困というのは、「親がどうお金を使うか」でずいぶんと違ってくるのではないかと思ってしまいます。

    誰かと比べたら、誰だって持ってない。
    一番の金持ちだけが、本当の金持ち…ということに?

    お金の支援は、より必要な人にして、趣味にかける余裕がある人には「足るを知る」ということを教える…というのはどうでしょうか。

    ユーザーID:4126940080

  • 貧乏かどうかというよりも

    そもそも相対的貧困っていう概念がいらなくないですか?

    相対的っていうことは、誰かと比べているわけです。

    だれかと比べて自由になるお金が少ないっていうのは、だれが決めるわけ?

    だれとどう比較することができますか?

    やりたいこと、才能、住んでいる場所、働き方、満たされているという定義

    これらはひとぞれぞれ違うのです。

    お金がなくても豊かな人もいれば、湯水のごとくお金を使ってすり減っている人たちもいる。

    相対的貧困とか言っている人たちは、単に自分をわかっていないだけです。
    まして他社が手を差し伸べるなんてできませんよ。本当に必要なものは基準なんて設けられないのだから。
    その人たちにそのお金は本当に必要なのでしょうか。

    言葉をすり替えてもモラトリアムな若者が自立することはないです。
    むしろ居心地よくなって安住するだけです。

    ユーザーID:9943014508

  • 下流

    相対的貧困は、中央値の上か下か、という、階層分けしたときの下の方、ということだから、上流、中流、下流で、下流とか。
    下流老人という造語が既にありますし、下流家庭、下流家庭環境の未成年者でどうでしょうか。
    経済観念や食育、躾が行き届く家庭から見ると、無駄な出費や方向違いの努力も多い、その点から、単純に経済支援でなく、家庭外部からの社会的支援が必要という意味も。

    魚を与えるより釣りを教えろ、ってやつです。昔は「貧乏だけどインテリ」という枠があって、そこの出身の子弟は、金がないなりに身を立てる知恵があって、そこに進んで行けたのですが、相対的貧困の子供はそういう知恵がないですよね。親が知恵持ってないからでしょうけど。

    もっとも、これだとギスギスしそうで、相対的貧困と学術用語風に煙に巻くぐらいでちょうどいい気もします。

    ユーザーID:1257534908

  • 例によって情緒的理由でイケナイのでは?

    貧困となると「発想が貧困だ」なんて具合にお金以外にも使いますよね。

    貧乏となると、普通はそのまんまでお金の話ですから。

    テレビでキャスターが「貧乏」というと庶民を蔑んだ印象になるとか、そんな程度の理由じゃないですか。

    よくある言い換えの類と一緒でしょう。

    ユーザーID:5969875090

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