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余命宣告された義父の今後と「いのち」を学ぶわが子…

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(トピ主14
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家族・友人・人間関係

ひびき

61歳の義父が肺がんステージ4と診断されました。
余命3ヶ月〜6ヶ月、医師には、その時を覚悟するように言われております。

嫁であるわたしとしては「むむむ」と思うこともありましたが、明るくて、飄々としていて、ぶっとんでいて、気さくな義父です。
ギャンブル大好き、その昔は借金までして義母を困らせたことも多々あったようですが、嫁のわたしから見ても、義母への愛は確かなものです。義父母は本当にラブラブで、結婚記念日は決まって夫婦で旅行。行ってきますのチューもデートも当たり前。羨ましくて、わたしと主人の定年後の目標の夫婦でもあります。
わたしたち夫婦の子供である5人の孫のことも本当に可愛がってくれて、義父も一緒になって遊ぶ姿は、家族一同お腹を抱えて大笑いすることも珍しくありませんでした。

そんな、つい先日まで元気に働きに出ていた義父の、まさかの末期がん宣告…
わたし自身も気持ちがついていかないのですが、子供たちのことも気がかりです。
子供たちは7歳女子、4歳男子、2歳女子、1歳男子、0歳女子。
下3人はまだでしょうが、7歳と4歳の子は、ある程度「いのち」について理解していると思います。

この「身近な人の命」について、どう向き合わせるべきか悩んでいます。
わたしがしっかりしなければと思うものの、どう受け止めさせればいいのか、どう話してあげればいいのか、またその瞬間に立ち会った場合(立ち会うか否かも未定ですが…)のことなど、右も左もわかりません…。

とても大切なことですので、子の親として嫁として、やるべきことをきちんとやろうと思っています。
辛い経験を思い出させるようなこと、本当に申し訳ありません。
ご経験談やアドバイスなどがありましたら、お聞かせいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

ユーザーID:3427052986

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  • 息子3歳の時

    私の父は息子が3歳の時、50そこそこで亡くなりました。
    父にとっては初孫ですし、娘しかいない父にとっては初めての男の子と言う事で
    それはもうベタかわいがりをしていました。

    私は嫁いだ身で、同居もしていなかったので3歳の息子は正直言って
    ほとんどおじいちゃんの記憶はないと思います。
    ただ、写真を見たりすると、遊んでもらった事などを思い出したりはしたようです。

    父が亡くなって数年後小学校に行く頃に息子が急に「小学校に行きたくない」と言いだしました。
    ビックリしました。
    どうしてか、と聞いたら
    「小学校に行って、中学校に行って・・・・・・・ 大人になったらおじいちゃんになって死んじゃうから」と。
    どこでどう結びついたのかわかりませんが、息子の中で成長する事が、大人になる事が
    死と直結する恐怖になったようです。
    その時初めて、子どもの繊細な感覚に驚いた覚えがあります。

    その後、夫の母を見送りましたが、息子と娘、それぞれトラウマを抱えているようです。
    それはつい最近、夫の父を見送った時に娘が口に出して初めて知りました。
    正直、私は何も気づきませんでした。

    人の心を推し量るのは難しいです。

    ユーザーID:7980080622

  • 本当にむつかしいですね。1

    息子中1、娘小1の時、同敷地内別居、ヘルパーさん有で一人暮らしだった母に末期がんが見つかりました。私は母が嫌いでしたが、息子は溺愛されており、とても仲が良い二人でした。娘が生まれた頃、母は認知症を発症、息子と違って娘は疎まれ、露骨に差別されておりました。
    そんな背景の中、ヘルパーさんに24時間ついてもらい(仕事をしていたので蓄えが十分ありました)、母の看取りの自宅療養が始まりました。余命2か月と言われての退院でした。
    寝付いてから更に認知症が進んだ母でしたが、幸い家族の顔を忘れる事はなかったので、息子も娘も学校から帰ると祖母の家に顔を出してくれる毎日、母もにぎやかで幸せだったことと思います。
    娘は自分が疎まれていることを知ってか知らずか、全く気に留める風もなく、いつも母に温かく接し、最後は母のベッドに招き入れてもらい、一緒に添い寝したり、息子に「妹が困っていたら助けてあげるんだよ」と、とうとうその口から言わせたのでした。娘にとっては弱って死にゆく祖母との最後の時間に、気持ちを通い合わせることができる大切な時を過ごせたのだと思いました。
    母が亡くなった瞬間は、残念ながら傍にいませんでした。(続

    ユーザーID:2521434166

  • 本当にむつかしいですね。2

    続)娘と席を外した後、訪看さんと一緒に部屋に入った途端母の顔色でもう亡くなっている事が分かりました。傍にいたヘルパーさんがそれに気づかない程穏やかな死でした。看護師さんは「たった今、亡くなったのだと思います。きっと外ではしゃぐお嬢さんの声を聴きながら亡くなったのだと思います」とおっしゃいました。
    たまたま家にいた息子を慌てて呼び、亡くなった母のベッドを囲みました。
    その夜、腹違いの兄が来てくれ、息子と娘と私と兄で亡くなった母のベッドサイドで食事をし、語らいました。翌日初めての定期テストだった息子は英語の本片手に一緒にその場で和やかな時間を過ごしました。
    家に帰り、火葬した後の骨拾いの話をしたときに、息子は「骨を拾うのは嫌だ」と言い出しました。怖い、悲しし等、色々な感情があったのでしょう。ですが、ネットでの体験談など拾い読みをし「やっぱり俺、拾うよ」と決心。葬儀場も家族と同行し、母が清めてもらい、棺に入る様子を見、通夜、火葬、骨も拾い葬儀も。全て子供達も一緒に体験しました。今迄会った事もなかった親戚にも会え、息子と娘は沢山のことを吸収した時間だったと思います。(続

    ユーザーID:2521434166

  • いのちの向き合い方

    子供らは、これまで通り、自然体で接すれば良いのです。そして、子供らが「いのち」のことを考えるのは、先のことです。むしろ、あなたの方、現時点でどうして接して良いのか判らないのではないでしょうか?今のあなたが出来ることは、義父の思いを聞くことです。

    ユーザーID:0974100938

  • 本当にむつかしいですね。3

    続)全て一緒に体験させた事が果たしてよかったのかどうか、彼らの立場に立つと正直わかりません。が、死にゆく母を通して人の一生を子供達に見せることで、母の死を生かしてあげたかったのだと思います。そして、息子も娘も「命」の意味を自分なりに理解して、「命」を大切に思ってくれればよいなという気持ちもありました。
    今、息子(高2)も娘(小5)も特に母の死について嫌な思い出があるようには見えません。息子は母の家に行くと懐かしがりますし、思い出も楽しそうに語ります。
    長々と自分語りで申し訳ありませんでした。これから先のお義父様の行く道を思うと、お読みになるのもつらかったと思います。この私の体験が一つでもとぴ主さんの参考になりますよう、申し訳ないと思いながら、断片的ではありますが、思い出せる限り書かせていただきました。
    とぴ主さんのお子さんより年回りが上の兄妹の体験ですのでお役に立つかどうかわかりませんが…。
    お義父様をお大事に。そしてとぴ主さんも無理をされずお体大切になさってくださいね。どうか、一日でも長く、ご家族が穏やかに過ごすことができる日がもてますよう、祈っております。

    ユーザーID:2521434166

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  • 生命力

    余命宣告されたとは言え
    義父さんの寿命が尽きるのは
    どのくらい先なのかは
    不明です。

    このまま1年、2年と生があるかもしれません。

    まずはトピ主さんが義父さんの
    寿命が1日でも長くあるように
    祈りましょう。

    自らも、明日の命はわかりません。

    もしかしたら、義父さんよりも先に
    この世からいなくなることだって
    ないとは言えません。

    ただ、もしもの時が来たら
    子供達と一緒に
    いままでありがとうございます。
    天国から見守っていてください。
    と言ってあげてはどうでしょう。

    身内が余命宣告されることは
    悲しい思いもありますが
    先の可能性ももち続けて接して
    いきたいものです。

    ユーザーID:4827924132

  • レスします


    ちかしいおじいちゃんなら、お見舞いに何度も行って、ありのままを感じればそれでいいんでは?
    小さいお子さんばかりなので、おじいちゃんとお子さんの体調に問題の無いときには会わせて、普通に過ごせば、それで良いのじゃないかしら。
    人間、生まれたら必ず死が訪れます。
    闇雲に隠せば、よけいに死が恐ろしいことに感じるでしょう。
    お見舞いしていくうちに親子でいろんな話をすることになるでしょうから、結果的にそれがいのちを学ぶことになるんじゃないですかね。

    ユーザーID:9697695473

  • 私なら

    私なら、病院で亡くなるのならその瞬間には立ち合わせません。(そもそも未就学児や小学生は病棟に入れないかも)
    病院以外の場所(自宅など)で急変してそのまま亡くなってしまい、期せずして立ち会ってしまうこともあるかもしれませんが。

    皆さま本当にお辛い状況だと思います。義父様が少しでも長く、楽しい時間を過ごせることを願っております。

    ユーザーID:7268699024

  • 娘の立場として

    義父さんはまだ60代ぐらいでしょうか、お若いですよね。ご本人もご家族もショックが大きいと思います。

    そんな時に、もしお嫁さんが「義父さんの病気で子ども達に命について学んで欲しい」なんて思っていたら、こんな時に何を考えているんだって思いますよ。

    想像してほしいんですが、友達のご主人が病気や事故でなくなった時に「お子さん達はお父さんが亡くなったことで、命のまなびができてたね。」なんて絶対に言えませんよね。
    幼いお子さんが命を学ぶという機会はいくらでもあります。

    まして、最期の時に子どもはその場にいるのかいないのかって、そんなの今きめることでも考えることでもないです。

    ユーザーID:9146924552

  • 教える事ではない

    教わる事なのですよ。

    これは子供に限らずで、大人も「教えられて解る」ことではないのです。

    大事なのは、いまお爺ちゃまが病と闘っていることを伝える事です。
    末期のガンとなりますと、気力だけでは乗り越えられない事おあると思います。
    以前のようにはつらつと孫と遊ぶ事もママならぬ事も出てくるでしょう。

    そんなときには「なぜ爺は変わってしまったのか」をきちんと話してあげて欲しい。

    「いのち」について語れるのは命と闘っている本人だけです。

    トピ主様がやれる事は、第一に父親とどう向き合うのか・・・ですよ。
    その姿を子供は見ています。
    末期がんだからと、父に気を使って孫を連れて行かない・・・とかしないでね。

    伝えたい事はもっとあるのですが・・・・

    ユーザーID:7083086807

  • 適当な私でも何とかなりました

     上の子が2歳の頃に私の祖父を、上の子と下の子が幼稚園のころに夫の祖母を送りました。


     祖父の時はまだ下の子は乳児で、上の子は、病院を非常に嫌がりました。点滴チューブ(1本入っている程度だったんですけどね)があったり、マスクしていたりというのが怖かったらしいです。しばらく夜驚がひどかったですね。葬式中はよくわからなかったみたいで、斎場を走り回ること…天国で祖父は大笑いしていたでしょうね…(そういう人柄だったので)

     祖母の時は、認知症で老いて弱っていく姿を本当に間近で見ていました。病院へ入院したと話した時、上の子は上記を思い出したらしく、何となく死については意識していたようです。
     亡くなったとき、葬儀屋さんがとても丁寧で親切だったため、子どもにもわかるように説明をしてくれ、子どもの質問にまで答えてくれました。
     ちなみに、子どもたちにおばあちゃんこれからどうするの?と聞かれ、私は燃やすと直裁的に表現したため、ガン泣きされましたが、夫が燃やさないと天国に行けないとフォローしてくれたので何とかなりました。

     幼稚園くらいなら、きちんと説明すればわかるので、何とかなると思います。

    ユーザーID:5015357886

  • 自然体でいいのでは?

    昭和時代。
    2代3代同居は あたりまえで、
    また、 子供の数も多かった。

    未だ 死の意味も良く分からない幼児が、
    家族の死に直面することも 珍しくはない。

    私も 断片的な記憶があるが、
    そんな時、子供達は、
    何か厳粛な空気を感じて、それなりの対応を
    するものですよ。

    思い悩むことはない。

    ユーザーID:5740904564

  • ケア

    同居してたお姑さんが癌が見つかってから4か月で他界しました。
    その時の我が子は12・10・6歳でした。
    私は子供達の考えや祖母にしてあげたいこともあるだろうと思い、全てを言いたかったのですが、舅と夫は辛い思いさせたくないと言って「病気」とだけ
    伝えました。
    毎週 日曜日はお見舞いへ行きました。
    どんどん弱っていく祖母を見るのは辛かったかも知れません。
    ただの病気なのに?どうして?って思ってたかもしれません。

    最後にお見舞いに行って4時間後に亡くなりました。
    受け入れるのが大変だったみたいです。

    私の意見はきちんと向き合わせる事です。
    残り少ないの命と向き合い、孫として何をしてあげれるか考え、生と死について
    触れることも大切だと思います。
    そうやって順番通りに亡くなり、子孫へ教えてるのだと思います。
    人は死から逃げれません。

    ユーザーID:6819327669

  • 言い方は悪いけれど

    闘病を学びに変換するのはちょっと抵抗ありますが、確かに学びはありますよね。
    命の大切さ。
    健康の有難さ。
    人生は一瞬であること。

    お子様が一番見ているのは、周りの思いやりだと思う。
    出来ることがなくても応援してあげてくださいね。

    縁起でもありませんが、もし最期に立ち会えるのならば、皆で手を握ったり、汗を拭いてあげて欲しいです。
    私は父の最期、気が動転してしまい、配慮が足りなかったので今でも後悔しています。

    ご主人の健康にも気をつけて、優しくしてあげてくださいね。

    ユーザーID:5616281474

  • ・・・・・。

    私はあなたに(むむむ?)です。
    この状態で、しかもとても身近な家族の看取りで、家族一丸となって協力しあう・・とかお義父さまに悔いがないような時間を過ごしてもらうには・・ではなく、
    ご自分の子供に(学ばせる)には・・って。 その上から目線にびっくりです。
    配偶者を失おうとしていらっしゃるお義母さまは、こんなお嫁さんの気持ちを知ったら悲しいでしょうね。
    あなたはいかがですか? あなたの息子さんのお嫁さんが、あなたの大切なご主人の余命を知って(死んでい過程において子どもに命を学ばせる)って知ったら
    切なくなりませんか?
    そんなこと、考えて学ばせることなんでしょうか? 経験して自然に学ぶことではないのでしょうか?
    実の親でもあるだろうあなたのご主人も理屈ではない悲しみでしょうに、なんだかあなたのようなクールなお嫁さんって恐ろしいです。

    ユーザーID:7540473638

  • そんなに難しいことでもないような?

     60代男性です。
    私が初めて、血筋の人間が亡くなったのを経験したのは、小学校2年生だったかな?

    いとこの男の子、私より1才下でした。私が遊びに出て行って、返って来たら事故で亡くなってて、すでに線香が立っていました。

    伯母は、そのこともあって、私を可愛がってくれましたが、やがて伯母も寿命が尽きました。

    最期は、意識も無さそうな感じでしたが、私が伯母の両手をごしごしとこすったら、パッと目を開けて笑いました。

    それっきり、目を開けることはありませんでした。

     小さいお子さんを病院に連れて行っても、臨終に立ち会うことになるのは、めったにないでしょうが、苦しみ抜いて亡くなるのでなければ、普通にお見舞いに行くのは宜しいのではないでしょうか?

    例えば、動物を飼っているだけでも死には直面しなければなりませんよ。普通のことだと思います。

    ユーザーID:6785591809

  • トピ主さんが子供の代弁をすべきではない

    トピ主さんは、義父と子供の感情を先取りして、この間をつなぐ
    ことができたらと考えていらっしゃる様です。

    しかし、トピ主さんのお考えは、トピ主さん世代の感情ではない
    かと考えます。子供さんの感情は、まだそこまで育っていないの
    ではないでしょうか。

    トピ主さんが子供さんの感情を敢えて、そこまで引き上げる必要
    があるのでしょうか。

    子供さんは、今の子供さんの感性で対処すれば良いのではあり
    ませんか。トピ主さんの自己満足なのではありませんか。

    ユーザーID:5666191517

  • ありがとうございました。

    どのレスも、なるほどなるほど、と思いながら読ませていただきました。

    毎週末家族で義父を見舞い、楽しそうに過ごしている子供たちと義父を見ては治癒を願わない日はないのですが…
    治ると信じている義父、そしてそれを叶えるのは難しいと義父のいないところで聞かされている我々…こんなに切ないものはありません。

    最期に立ち会わせても、立ち会わせなくても、どちらにせよ
    納得と後悔が交錯すると思います。
    正しい答えなんてきっとないんですよね…

    義父母の思い、主人の考え、義弟義妹の意見、そして病院の相談員などにも力添えをいただきながら、子供たちの様子を見つつ決めていこうと思います。

    大切な思い出をお話くださったミイ様、うさひよ様、ありがとうございました。わたしが知りたかった体験談そのもので大変参考になりました。
    かおる様、ご配慮のお言葉ありがとうございました。はっきり「立ち合わせない」とご意見くださり、心に刺さるものがありました。
    ご回答くださった皆様、ありがとうございました。

    ユーザーID:3427052986

  • トピ主のコメント(14件)全て見る
  • 何のポエムかと

    大変失礼ながら、家族の死を目前にして「いのち」を学ぶなどと、何を絵本のタイトルのようなことを言っているのだろうと違和感を禁じ得ません。

    貴方自身のご両親が健在で、まだ死というものを身近に経験したことがないのでしょうか。

    若くして人生の伴侶を失う義母様の無念は如何ばかりかと。10年後、20年後…と当たり前のように思い描いて来た未来を断ち切られ、諦めようのないものを無理矢理に剥ぎ取られるのが人の死です。

    子供には理解できないし
    まだ理解しなくて良いのじゃないかと思います。

    ユーザーID:4268368918

  • 勘違いをされている方がいるようなので

    「まずは1日でも長生きできるよう祈る、サポートする」とか
    「今決めることではない」とか
    さも私が「早く死んでほしい」と思っているように感じている方がいらっしゃるようですが、
    そんなことは特筆すべきことですらない、当たり前のことのために省略させていただいております。
    限られた文字数の中で、そこまで書くべきでしょうか。

    どれだけ延命を試みても、家族が願っても、来るべき時は来てしまう。
    その時に子供とどう向き合えばいいのか、親として避けることのできない、また避けてはいけない場面なのではないでしょうか。
    その時その瞬間のことを、経験談やアドバイスとしてこういった場で求めることは間違いなのでしょうか。

    義父といえど私の父。1分1秒でも元気であり続けてほしいと思っております。そんなの当然です。
    時代と共に変わりゆく死の形とそのスタイルについて、子を持つ母として情報を集めたかったのですが、ダメですか?
    義父から見たら私は義理の娘、でも父と娘です。
    かつ私は義父の孫を産んだ「人の親」です。
    各方面の配慮をしてはいけないのでしょうか。

    ユーザーID:3427052986

  • トピ主のコメント(14件)全て見る
  • 質問が漠然としすぎ

    義父さんの病気の事をどう伝えるか?という質問でしょうか。

    それならば「重い病気と闘っているから優しく接してあげて」でいいのでは?

    それとも臨終に立ち会わせるべきかという質問でしょうか。

    少しずつ衰弱して蝋燭の火が消えるが如く天寿を全うする人もいれば、壮絶な
    断末魔の末に力尽きる人もいます。

    いずれにせよ人の死を【見せ物】にすべきではないし、まして【子の成長の
    材料】にしていい内容でもありません。

    最期の時に主さんができることは子供さん達と自宅で静かに時が流れるのを
    待つくらいでしょう。

    顔アイコンが笑顔ということは、主さんにとって義父さんの現状はそれほど
    たいしたことではないんでしょうね。

    それほど希薄な感情しか持てない間柄だった事をとやかくいうつもりはあり
    ませんが、余命宣告の内容に笑顔アイコン。

    極めて不快です。

    ユーザーID:0845879639

  • 義父の生死を教材にしないでね

    このトピの書きぶりでは、

    ・(どうせ)亡くなるのだから、「いのち」を学ばせる(良い)機会だわ
    ・(せっかく)身近に亡くなる人がいるのに、「いのち」を学ばないでおくなんて(勿体無い)
    ・こんな時こそ(嫁の出番よ)、やるべきことをやらなくちゃ(さあ、張り切って行こう!)

    と、括弧の中の本心まで伝わってきてしまいした。他人の私でさえ聞きたくない本音、お義母様やご主人が知ったら悲しみは如何許りか。トピ主さんに自覚が無い分、虚しさも一入です。

    トピ主さんにとっては、子供の成長の為のまたとない教材でも、お義母さんやご主人には掛け替えのない人との辛い別れ。そのさなかで、貴方は余計なことは何もしないで下さい。

    幼ければ幼いなりに、子供は可愛がってくれた人との別れから、自ら学びとるものがあります。子供を信じて、成長の邪魔をしないであげて。そして、厳粛であるべき別れの場を、トピ主さんの思惑で掻き乱さないで下さい。

    ユーザーID:5473328337

  • いのち学ぶ?

    いのち、まなぶ程、薄っぺらいものではありませんよ。

    生きていくうちに、体験していくものです。

    その考え方は、残念ながら傲慢です。

    ユーザーID:4536777045

  • うーん…

    活字って難しいですね。
    とはいえ、深読みされすぎる方が多くて、ちょっと可笑しくなってしまいました。
    デフォルトのアイコンを変更しなかったことまで指摘されて、あれやこれや想像されてしまうのは…よほどお時間のある方なのでしょうか。
    念のため謝罪しておきます。アイコンをメイ様のご希望の表情のものに変更せずに申し訳ありませんでした。ただ「任意」であることをお忘れなく。

    質問文をちゃんと読まれていない方が多いようで…
    質問に対する回答を下さった方が少数なのですが、それでも辛い思い出をお話くださった方には心より感謝いたします。

    こういうスタイルの発言なので、様々なご意見があってしかるべきだと思いますが…
    個人的には「見せ物にする」「子供の成長の材料にする」「教材にする」「どうせ」などと安易に想像して書かれることにびっくりです。そんなこと微塵も思いませんでした。これこそご記入者ご自身の心の鏡ではないでしょうか。いじめは、こういうところから始まるんだなと…
    個人的には、勝手な想像を膨らませて指摘されるほうが問題だと思いますが、水掛け論はくだらないので、やめましょう。

    とりあえず、ありがとうございました。

    ユーザーID:3427052986

  • トピ主のコメント(14件)全て見る
  • あんまり気構えないほうがいい

     トピ主さんは死とは程遠いところで生きてきたんでしょう。だから、子どもというよりは自分がどうすればいいかわからない…そんなところでしょうね。

     人の死とは遠いようでいて、実は身近です。極論を言ってしまえば、これを書いている私ですらも、明日事故で死ぬ運命かもしれません。トピ主さんも、お子さんも、ご両親もです。そして、大切な誰かが死んでも、あるいは自分が死んでも、世界は何事もなかったかのように生きている人の手によって回り続けます。

     あらかじめトピ主さんが先回りをして考えることではないのです。子どもによっては、大人として何が起こっているかは説明はする必要はあります。だけど、そういうものの感じ方は人それぞれ、子どもそれぞれであり、それに明確な正解などありません。もう少し、子どもの生きる力を信じていただきたいものです。実は子どもも人も大切な人が死んで、悲しみにくれることはあるこそすれ、そこからずっと立ち直れなくなるような、それほど弱い生き物ではないのです。


     トピ主さんはよくわからない怖いもの(死)から子どもを守ろう・年長者としていろいろ教えようと気構えすぎです。

    ユーザーID:5015357886

  • お怒りになられるかもしれませんが…。

    >わたし自身も気持ちがついていかないのですが、
    そういう状況でありながら、子どもさんに『どう受け止めさせれば…』というようなことを言われたので、トピ主さんに批判的なご意見も出てきたのではないでしょうか?

    >この「身近な人の命」について、どう向き合わせるべきか悩んでいます。
    これよりも前に、ご自身がこれからお義父さんとどう向き合っていくのか、お義母さんやご主人をどう支えるのかを先に考えられて、気持ちの整理がある程度出来れば、子どもさんに母親としてどう接していくのかも、少しは見えてくるのではないかと思います。

    ただ私は7才の子どもさんが一人の方の生き死にを見て、何かを学ぶことは難しいと思うし、逆にそこで何かを学んでしまうと、まだ幼いだけに歪んだものにならないか心配です。
    今の子どもさんの年齢であれば、この度は生死に対する恐怖心を残さないように、また残されるであろうおばあちゃんに、これまで以上の愛情を持てるようになってもらうことが必要ではないかと思います。
    そして子どもさんが成長し、この度のことと、これからの様々な経験が合わさることで、漸く学べるものがあるのではないでしょうか。

    ユーザーID:1038048286

  • 違和感

    私の知り合いにあなたの様な人がいます。

    不幸な出来事があると、異常にテンションが上がり、張り切りだすのです。

    人の不幸が嬉しいわけではなく
    別れは悲しいんだけれど
    自分の力を発揮する場が用意されたことのワクワクドキドキ感の方が上回ってしまうんです。

    あなたは、子供に「いのち」を学ばせるという役割を見つけ、そのことに高揚していませんか?

    本当に悲しい時、人間は寡黙になります。
    その姿こそ、子供の心に残るものだと思います。

    ユーザーID:5023522865

  • トピ主さんの言葉は人によってはとても軽く感じるものです

     そうですねえ…トピ主さんはトピ主さんなりに重く受け止めているつもりなのでしょうが…

     おそらくは、これほどの批判を受けているのは、トピ主さんの言葉が人によっては軽く聞こえ、これから亡くなる人や看取るであろう夫・伴侶に対して配慮がないように感じてしまうからです。特に、大切な人を亡くした直後の人、これからそう遠くない未来に亡くしそうな人にとってはそのような言動に見られやすいと思います。トピ主さんがたとえ走思っていなかったとしてもです。つまり誤解を受ける言動ということです。

     多くの人にとって生死とはある意味神聖なものです。「勉強」「学び」の名の下に軽々しく扱うべきではないと思う人は意外に多いです。トピ主さんは素直に、自分も初めての体験で、子どもにもどう接したり、説明したりすればいいかわからないから、どうしたらいいのかを聞けばよかったと思いますよ。

     トピ主さんのそれは、人からどう見られるかを熟慮できない文ですので、高確率で何かやらかすと思われます。慎重に行動されたほうがいいですよ。

     トピ主さんの役割はただ1つ。子どもが感じたことをただ否定せずに受け止めてあげてください。

    ユーザーID:5015357886

  • 気遣える心 1

    小さい頃からお年寄りが周りに多くそのため看病に通う母の姿やお見舞いに病院へ行く事も多くそしてお葬式に参列することも多かったです。大人に成ってから父の癌闘病にまた職業柄患者さんを看護してきました。終末期といっても人それぞれです。その方がどのように過ごしたいかご家族がどのようにその方を思っているのかがとても大事です。お体の状態もその時々で違います。お子さんの声が仕草が元気づける事も有れば遠ざけたいと思ってしまう体調の時も有ります。その方が妻に子に嫁に孫に伝えたい事も有るかもしれません。実際私は祖父にぎゅっと手を握られて「頑張りなさいよ!」と言われました。その後の闘病は当時の医療では緩和治療が無かった事も有り子どもが近くにいられるような状態では有りませんでした。今の「ひびき」様の状態では幼子のお世話で精一杯ではないのでしょうか。体調がいいとき、お父様が喜んで迎え入れてくれるときお父様の体調を気遣える様にお孫様を接してあげられる環境にする。お父様の体調を気遣える様優しく子どもに伝える。体調が悪くなかなかお父様に会えない時はお子様とお父様について何が出来るか相談する。

    ユーザーID:4451393997

  • 気遣える心 2

    「闘病」のなのとおりお父様は「癌」と戦っておられます。それは「おねつ」を出して寝込んでしまっている時と同じです。家族が病気をしたら心配し早く治る様に少しでも楽になる様に体を心を気遣います。病で寝込んでいる方も心配で看病している方もその気遣いで繋がっている様に思います。「命」は難しい問題です。冷たくなった父を見たとき感じたとき今までの闘病生活を思うと「お疲れさまでした。ようやく病気から解放されたね。美味しいものも食べられるね。行きたい所も行けるね。」と思ってしまいました。父は頑張って病と闘っていました。一生懸命生き一生懸命命を全うした様にも思えました。でもおそらく父が大人に成った私に頼りにしているからと言った意味も含めていろんな姿を見せて教えてくれたからだと思います。母にしか見せない父の姿もきっとあったと思います。父の孫に当たる小学生・幼稚園児の甥っ子姪っ子にはあまり会っていません。それは体調が思わしくないときなかなか機嫌良くは父も接する事が出来なかったからです。おそらく「命」について考える事は自分が死ぬまで続く永遠のテーマのように思います。今は気遣える心でいいのではないでしょうか。

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