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2016年。嬉しかったこと、悲しかったことは?

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生活・身近な話題

殿様のお上さん

また早くも一年が過ぎます。
皆さんにとってどんな2016年でしたか?

私から。
夫が5年前に突然20年以上働いていた会社を辞めて独立し、
5年目の今まだ今年も仕事が沢山あることが大変喜ばしいことです。

悲しいのは、21歳の娘が5年付き合っていたボーイフレンドに新しく好きな人ができたこと。
丁度半年ワーキングホリデイで外国に行っている時でした。
娘はあまりショックで先月、1か月早く帰国し話し合いをしましたが無駄でした。
子供が悲しみに浸っていると母親も悲しいものです。

皆さんはどうですか。

ユーザーID:5983996489

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  • 一年あっと言う間ですね

    嬉しかった事・・・

    姑が80歳を迎え、親族全員でお祝いが出来た事。
    親友と旅行に行けた事。
    私に新たな生き甲斐が見つかった事(趣味)

    悲しかった事・・・

    父が急死した事。
    突然の事でしたが安らかな最期だったようで娘たち姉妹の
    慰みとなっています。

    ユーザーID:5653418567

  • 最悪な年でした

    新年早々に報じられた大好きなグループの異変。
    それ以降、色んな情報に振り回されて心を揺さぶられ続けて。。
    真夏の夜に最悪な発表。

    このまま大晦日が来て、いつの間にか虹が消えるように・・新年となるのでしょうね。

    例年通りに放送された、局を変えての歌の祭典番組も、今年は全く興味が湧きませんでした。
    自分の気持ちの落ちように、驚くほどです。

    ほんとに、私の元気の素だったんですよね。
    個人的に好きな人もいますが、全員そろってのグループが1番好きみたいです。

    25年と言う年数は、私たちにも重なる年数だったので、余計残念な気持ちで過ごした1年でした。
    今も複雑です。

    ユーザーID:1194688275

  • 娘の成長を感じられた

    シングルマザーになって早6年。
    長女が今年中学に入学しました。

    長女が小学3〜4年生くらいのころが一番荒れて、ケンカもしましたし、家から追い出したこともありました。
    離婚してしまったことがいけなかったのかと、自分を責めたりしたこともありました。

    そんな長女、毎日毎日ヘトヘトになりながらも、愚痴ひとつ言わず勉強も部活も頑張っています。
    お友だちも多く、クラスでは学級委員にも推薦され、委員会活動も頑張ってるそうです。

    休みもなく、毎日頑張ってる長女を見て、本当に涙が出そうになります。


    当たり前ですが「我が子も成長したんだな〜」と、嬉しさをかみしめられる、いい年になりました。

    ユーザーID:0663155898

  • 振り返ると

    今年始め夫の身内で若い人が急に亡くなり、後半も私の身内二人、知人の家族、と「なんだか人がいっぱい亡くなったなぁ」と、悲しいというか「疲れました」かな。

    嬉しい事は、義父に褒められた事。
    数年前義母が亡くなってから、私なりに頑張りましたが、夫の親族に褒められた事や感謝の言葉をかけられる事はありませんでした。

    報われたような気持ちになりました。

    あとは、実家の母が家の片付けが以前よりできるようになりました。
    以前より元気があるように見受けられます。
    嬉しいです。

    喪中のインパクトがあり過ぎて「嬉しかった事???」と思い返しました。
    こちらのトピのおかげで、久しぶりに「良かった探し」ができました。
    ありがとうございました。

    ユーザーID:8162891690

  • 人生の転機?

    良かった事は、旦那の事業がずっと右肩上がりで、売り上げが億を越したこと。
    悪かったことは、お金を持った旦那が女遊びに目覚めたこと。スナックの女とは月1。保険業の女とは、毎日連絡を取り合いホテルも行って付き合ってる。
    すっかり夢中になってる旦那で家庭は崩壊寸前です。

    ユーザーID:6632421793

  • 申年の1年

    もう少しで

    申年も終わりですが...

    私の嬉しかったことは高学年の子供の成長の変化に嬉しく思えたことです。

    悲しかったことは、私と親の体調面が悪かったことです。

    ユーザーID:6905189880

  • えっと…

    まずは、
    母が交通事故に遭い、
    父は肺がん(幸いステージ1でした)
    で、私は倒れて入院中です。
    2016年までの厄を落として2017年を迎えようと家族で話しています。

    ユーザーID:7993612617

  • 一刻も早く終わってほしい

    一年ではあります。

    うれしかった事と悲しかった事は同じです。
    身内、恩師、友人が6人亡くなりました。
    私は2015年まで海外にいたので、皆待っていたかのようにバタバタと亡くなりました。挨拶やお礼ができて、本当にうれしかった。悲しかったけども。

    それ以外では、夫の両親が次から次へとトラブルを起こすので(事故とか入院とか訴訟とか…あ、この3つの事案は全く別件です。それぞれの事案にまつわる面倒事が絡んでます)、とばっちりをくってほんとひどい年でした(現在も継続中)。
    夫にあなたのご両親問題起こしすぎ!いい加減にして!!と3回くらいブチ切れました。夫は私の顔色をうかがい続けた一年だったかもしれません。

    はやく終わってほしい。

    ユーザーID:4018558569

  • 検査したら、また・・

    4年前に珍しいお腹の部位の癌がわかって、手術をして、その翌年一年、入退院を繰り返して、2年間抗がん剤(他の薬に比べたら高額)をのんで、やっと抗がん剤も終わって、通院もそれまで一カ月に一度が3か月に一度になって一安心したら、今年の4月にPET検査で乳がんがみつかり、えーまた癌・・けど、幸い発見が早く、ステージ1で、大部分が良性で、前の手術に比べたらとても楽で、今は服薬をしていますが、何ともありません。

    ただ、それまでは占いを信じていた私ですが、今年の初詣でおみくじを買ったら、「今年は大吉良い事だらけ・・」乳がんの検査結果の日、新聞やテレビの占いで、「今日は心配事が解決、人生バラ色」などと出たので、もしかして乳がんでなかったのかっと思ったら、やはり乳がんだった。

    それ以来占いは信じないことにしました。

    ユーザーID:3597781279

  • ささやかですが

    嬉しかったことは、今年は実母の在宅介護中に、2回東京に行けたことです。絵画展と某国大使館の大使公邸でのランチに行くことができました。やっぱり東京はいいですね♪

    それから、昨日の仕事関係の忘年会がとっても楽しかったこと。しみじみ職場に恵まれていると思いました。

    病気をしなかったこと、親戚の叔父叔母や親友と仲良くできたことなど、どれもささやかですね。

    悲しかったことは・・う〜ん、小さなことはあったけれど、大筋ではなかったかな。強いて言えば同居の母が施設に入ったこと。でも、これはごく自然な成り行きだったので、悲しいという感情ではないかも。うん、悲しかったことはありません。

    ユーザーID:8972855583

  • 重苦しい1年をすごしました。まだ続きますが

    すでに書かれている方もおられますが
    好きなグループの1月からの試練には本当に心が押しつぶされそうです。
    当人たちのこれまでの活動姿勢をつぶさに20年、見つめ続けてきた自分としては今の状況はあまりに不条理。本人たちの悔しさを思うにつけ、また今の日本の報道陣の偏向ぶりを思うにつけ、気持ちがふさぐばかりです。

    ただ。自分の家庭を思うと健康で仲良く過ごせたのでこれはやはり幸せだと素直に思っています。

    ユーザーID:6747364018

  • 実家の母、良いこと悪いこと

    私にとって今年一番の出来事は、
    81才の実家の母が、施設に入ったことです。

    足腰が弱く、認知症もあり、おむつ失敗も多いのですが、
    最近、認知症専門の施設に入りました。

    「施設入居」したことが、
    良いこと悪いことです。


    施設に入れてしまった、申し訳なさもあります。

    半面、古い一軒家での独身長男の同居で、
    汚くて寒い暮らしよりは、マシかとも思っています。

    施設は暖かいし、栄養ある食事、風呂・歯磨き補助
    運動の時間もあります。


    ここ7年位、母の洗髪・風呂・ヘアカットは
    実家で、私が行ってなした。
    が、入浴介助後に母が倒れ、救急車で入院。

    実家までの時間は、片道2時間半。
    そして私と主人も、精神科に通院中なので、
    これ以上実家では無理でした


    せめてもの救いは、施設探しのときに、
    友人からアドバイスと専門家を紹介してもらい、
    ベターな施設選択が、できたこと。

    友人と、お世話になった人に感謝しつつ、
    母のやすらぎを願う、2016年でした。

    ユーザーID:3276895406

  • 怖かった、哀しかった春

    もう忘れられているかもしれません。
    でも、あれから8か月が過ぎましたがあの時の2度に渡る揺れとそれに続く大きな余震の連続は忘れることが出来ません、体験者としては・・・
    亡くなられた方もいらっしゃいます。
    ただ、規模の割りには人的被害が少なかった、それは痛々しい姿をさらしながらも
    凛とそびえたつ熊本城、お城が身代わりになってくださったのでは・・などと思ったりもしました。
    崩れた石垣、落ちた屋根瓦、熊本のシンボルであるあのお城の変わり果てた姿を見てみんな泣きました。
    仮設住宅が整備され、避難所はもうありませんが、まだまだあの時のまま手付かずの場所も数多くあります。
    余震もまだあります。もう震度3ぐらいでは「あー、また揺れよるね」ぐらいしか言わなくなってしまいました。
    忘れようとしても忘れられない年になってしまいました。
    もうこんな災害が起きませんように・・・

    ユーザーID:5921242311

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