「永誥」の読みと意味を教えてください

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りなりな

江戸時代の藩の公文書にあるうちの先祖の履歴に、

「○○年○月○日永誥 △△年△月△日徒行目附 …」とあるのですが、
この「永誥」とはどういう意味でしょうか?

 漢和を引いて、おそらく「えいこう」と読むらしいことは分かったのですが、熟語がのっていなくて、意味がわかりません。

 歴史に詳しい方、どうかよろしくお願いします。

ユーザーID:7581105798

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  • それ以前にちゃんと読解できているかという問題

    活字ではなく、手書きの古文書ですよね? 全てちゃんと読解できている上でのことでしょうか?

    手写本の読解は、よほど訓練を積んでいないと間違いが多いですよ。本当にその字で合ってますか? 確実ですか? 地元の歴史博物館などで見ていただいたほうがいいんじゃないでしょうか。

    ユーザーID:8419980425

  • 永誥

    誥=Patent=特許

    「永代にわたり貴家の専業とすることを許可する」と考えたら何かヒントが出てきませんか。

    ユーザーID:2345561191

  • 読み方は知らないが

    ネットで「永詰」を検索すると出てくる。

    地方の各藩は、江戸や京に藩邸を持っていた。
    そこの勤めだと思う。普通は何年かで交代するが、交代せずにずっと勤めるという意味でないでしょうか。

    水戸藩主は参勤交代が免除されたので、江戸詰の藩士は「永詰」もいたと思う。

    ネットでの例だと、ある藩士の妻と逢引するために、その藩士を京の藩邸に「永詰」させた、という話が載っていた。もちろん、その藩士は単身赴任です。

    ユーザーID:3353522731

  • 「永訣」だったりは…

    しませんかね??

    「日付の直後に、短く記載」だから、そんな気も。

    ユーザーID:0168787158

  • トピ主です

     このご先祖、このあと妙にいろいろやってまして、御勝手掛とか庭奉行とかよく分からないヒマそうな名前の役職やって、そしたら突然安政の大獄の4日後に「奥右筆」とかいう藩主の秘書官みたいなものになっていたり、わけの分からないおじいちゃんです。

     この「永こう」の前は、馬廻組とか小普請組とかみたいな、わりと時代劇で耳にする仕事だったのですが、「永こう」の後がよくわかりません。調べ方もよく分からない役職が多くて……。

     御勝手掛って、お城の料理人を探してくるとか献立を決めるとか、そういうことなんでしょうか?
     庭奉行とは、どんな仕事なんでしょう。暴れん坊将軍に出てくる「お庭番」の総元締めみたいなもの? それとも役所の土木公園課の課長さんみたいなもの?

     いったいこのおじいちゃんに何があったのか知りたいのです。
     よろしくお願いいたします。

    ユーザーID:7581105798

  • トピ主のコメント(7件)全て見る
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  • 永誥

    「誥」の字は「告げる・触れを出す」とあります。
    より上位のものから下位のものへ、一方的に宣言することですね。
    これと永の字を結んで「永誥」。
    確かに私もその熟語は見つけることが出来ませんでした。
    無理に意味を考えるなら、「無期限の布告」でしょうか。
    △△年に徒行目附(かちめつけ、でしょう)がどうしたのか、その辺りもヒントになるかもしれません。


    それと、
    ・そもそも文書に置いて字が間違っている
    ・文書の文字を読み間違っている
    の可能性はありませんか?

    間違っているとしたら「永訣(えいけつ)」でしょうか。

    ユーザーID:0832851971

  • 原本は楷書体で、県立図書館のマイクロフィルムから写しました。

    レスありがとうございます。

    幸いなことに、原本はすべて楷書です。
    「世」「吉」などに異体字が使われていますが、それらもチェック済みです。質問の文字と熟語は異体字ではありません。

    熟語は確かです。

    このレスの前に、前後の内容を少し説明した投稿をしました。何かご存知でしたら、よろしくお願い申し上げます。

    ユーザーID:7581105798

  • トピ主のコメント(7件)全て見る
  • 詳しいわけではないですが

    「誥」は「詰」の異字として使われる事があります。
    おそらく「永詰(ながつめ)」の意と推測します。
    この場合の「詰」とは、江戸詰とか溜詰とかに使われるのと同じ「勤務する」と言ったような意味合いで、「永詰」は常勤あるいは長期勤務のポジションに就いたと言う事ではないでしょうか。
    次は徒行目附になっているわけですし、履歴書の一部としても合います。

    ユーザーID:9542764227

  • 意味から憶測

    誥の意味はネットでわかりますよ。

    「○○年○月○日永誥 △△年△月△日徒行目附 …」はたぶん現代にすると

    「○○年○月○日辞令 △△年△月△日より監査部 …」

    徒行目附=徒目付(かちめつけ)は藩の監査の仕事ですよね。きっと誥の意味から殿からのおふれ、っていう事じゃないでしょうか。

    憶測に過ぎないので、1つの推測の域を出ません。

    ユーザーID:1307150897

  • オーバー70様、tora様

    現在、tora様までアップされております。

    オーバー70様、tora様
     レスありがとうございます。

     江戸詰!
     納得がいきました。すごくいきました。
     ありがとうございます。

     いやてっきり、いったん首になったのかと思ってしまったのです。「永の別れ」とか「永訣」とか、字面的にもそんな感じがしてしまって。
     まだアップされていない私のレスには書いたのですが、なぜかこの先祖、安政の大獄が始まった4日後に奥右筆になってるんです。冷や飯食わされてるのか重用されてるのか全然わけがわかりませんでした。

     あと、その息子なんですが、「願い出無く江戸表に至り」とか書いてあるもんだから、いったい何をやらかしたんだろうこの親子、とハラハラしていました。
     でも納得です。江戸に単身赴任中のとーちゃんがいるなら、そりゃ行くかもしれないですよね。幕末の混乱の最中だし。

     ありがとうございます。
     まだアップされていない私のレスにも謎に感じていることを書いています。もし何かご存知のことがおありでしたら、よろしくお願い申し上げます。

    ユーザーID:7581105798

  • トピ主のコメント(7件)全て見る
  • エル様

    先のレスでは大変失礼いたしました。
    「詰」の異体字で「誥」と書かれている可能性が出てきました。
    私の持っている異体字リストにはなかったようです。
    当を得たご指摘、誠にありがとうございました。

    ユーザーID:7581105798

  • トピ主のコメント(7件)全て見る
  • 古文書館の人に聞く

    はいはーい!学生時代に古文書館でバイトしてた私がお答えします!
    古文書館の中の人は専門家、研究者です!
    そこに持っていって聞いてみましょう!

    ちなみに私はサイト管理に呼ばれただけの日本史オンチです。
    江戸末期くらいまではなんとか読めるようになりましたが、意味までとなると難しいです。

    ユーザーID:7283566547

  • 総務畑のご先祖様

    永こうの意味は分かりませんが。

    総務畑で働いてこられたご先祖様と考えれば、不思議でも変でも何でもない経歴に見えます。むしろ、それなりに出世コースに乗っていたのかもしれません。

    ユーザーID:1170179576

  • なかなかの人物では?

    御勝手掛とは、財政担当ですね。
    庭奉行は読んでそのまま作庭や庭園の維持管理担当でしょう。
    幕府以外の諸藩で諜報担当を御庭番みたいな呼び方をする事はないと思います。
    奥右筆は確かに秘書官ですが、藩主に近い分、藩政に影響力を持つ場合もあるでしょうね。

    察するに、そのご先祖はかなりできる人だったのでは?
    一つの役目を親子代々受け継ぐのが基本の時代に、様々な分野を次々と担当する事自体、異例の事です。
    特に御勝手掛とか奥右筆とかは有能な人物を就けないと藩政が廻らなくなる重要なポジションです。時代は幕末で、前任者のやり方を墨守してそのまま後任に引き継げばいいという状況ではありません。どの藩もそれなりに有為な人物を見出して何とか波を乗り切ろうとと足掻いていた時代です。
    最初は馬廻組とか小普請組とかいった、いわば閑職に就いているので、代々重職の家柄というわけでもなさそうですし、実力や藩主や家老の引き立てなど、何か他人と違うところがあったのだろうと思います。

    その後、明治時代をどのように生きたのか知りたいですね。

    ユーザーID:9542764227

  • 穴があったら入りたいです。

    皆様、レスをありがとうございます。

    自分の2つめのレスがアップされたのを見て、素人の思い込みの恥ずかしさにうめいております。
    このレスはエルさまのレスがアップされた時点で投稿したのですが、その後皆様からのレスを見て、勘違いを2つしていることに気づきました。
    勘違い1 同一文書に違う字体がなければたいていの場合異体字ではないと考えた
    勘違い2 自分の先祖に関する章だけをチェックして「違う字体がないから異体字ではない」と考えた

    いやもうなんというか、早とちりと駆け回る感じがこの先祖にしてこの子孫あり、かもしれません。お恥ずかしい。

    通りがかり様のおっしゃるように、「永詰」だと筋が通ります。他にも二人「永詰」と書かれている(「詰」は「こう」です)先祖がいるのですが、永詰の後すぐ死んじゃっているので、てっきり「まさか、首? これって『永訣』? うち危なかったの?」とか考えておりました。。。

    皆様、他にも何かご存知のことやお気づきのことがおありでしたら、レスをいただければうれしいです。
    よろしくお願いいたします。

    ユーザーID:7581105798

  • トピ主のコメント(7件)全て見る
  • ありがとうございました。

     みなさま、ありがとうございました。

     このご先祖、大政奉還の時には古稀近かった人でして、明治になってからの話はほとんど伝わっていません。
     幕末には、日本のあちこちで内戦がありましたが、うちの藩も例外ではなく、このご先祖は砲兵隊を率いて戦い、その戦功で結構重要な感じの奉行に役料五十石付きでなっています。たぶん版籍奉還前後の後片付けもやっています。だから、「いったん首? それなのにこの出世?」とわけが分からなくなったのです。
     もともと知行地の石高がぎりぎりお目見え以上程度の中級武士で、うちの名字も知行地の地名と同じ漢字ですから、この土地に後から入ってきた主家にしてみれば子飼いでもなんでもなく、この人が出るまでのんきな役職ばかりです。まあ、何代かに1人、頭がよくて殿様からご褒美の銀差しをもらった人が出ていますが、そんな程度です。

     継ぎ字ではない方の漢字が私の名前とかぶっていて、祖父に叱られるときはこの人が引き合いに出されたので、すごく気になっていました。

     その祖父の十回忌が終わってそのことを思いだし、読んでみたのが今回です。
     本当にありがとうございました。

    ユーザーID:7581105798

  • トピ主のコメント(7件)全て見る
  • ありがとうございました。

    これにて閉めさせていただきます。

    ユーザーID:7581105798

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