矢吹丈は結構勉強家?

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葉子もどき

話題

あけましておめでとうございます。
50代女性の葉子もどきと言います。
数十年間、心の片隅にうごめいていた疑問があります。

「あしたのジョー」という日本漫画史上に燦然と輝く名作(アニメもあります)を、
皆さんご存じのことと思います。
私も子供の頃大好きでした。
ですが、当時から感じていたのですが、主人公の矢吹丈は、「小学校もろくすっぽ出ていない」(本人のセリフより)
のに、何故あんなに語彙力があり、難しい言葉や言い回しを知っているのか?
例えば、

「女の分際で小賢しくも」
「昼行燈みたいに」
「奇遇だ」
「光栄のいったりきたり」→光栄の至りをわざとふざけて表現するあたり、高度なテクニックを駆使してます

まだまだたくさんあります。
漫画の中には丈が読書をしているシーンなど無かったと思いますし、少年院でも勉強なんかしないで暴れていただけ
だったと記憶しています。
それなのに、セリフは結構お利口そうなのは何故でしょう?
地頭が良かった、あるいは読者に見えない場所で密かにお勉強していたに違いないと私は思いますが、皆さんは
どうお考えですか?

ユーザーID:4892425745

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  • お答えします

    頭が良くなきゃボクサーなんてなれるわけが無い。

    貴方、単なる学力がすなわち頭の良さだと
    誤解してんじゃない?

    ユーザーID:0681676359

  • 大人と接していたから?

    机に向かう勉強はしていなくても、大人たちと接し始めたのが早く、かつ地頭がいいから言い回しやフレーズの使い方が上手いのかな、と思いました

    ユーザーID:8831551805

  • 環境の中で自然と身に付いたのでは

    「光栄のいったりきたり」などは「その手はくわない」をもじって「その手は桑名の焼きはまぐり」というようなもので良くある言葉遊びじゃないでしょうか。その発祥が「明日のジョー」という可能性はありますが。

    その他のセリフも学校に行かなくても、周りの大人の口真似で身についたのではないでしょうか。「小賢しい」なども今の若者はあまり使わないかもしれませんが、昭和40年代の若者にはそれほど違和感なく使われていたと思います。

    でも、矢吹丈が勉強家というのは当たっているかもしれません。原作者の高森朝雄(梶原一騎)氏やその弟の真樹日佐夫氏は教護院や少年院の世話になる荒れた十代を過ごしながら、作家にまで上り詰めたわけです。矢吹丈のキャラクターには多分に原作者の少年期が重なる気がするので。

    ユーザーID:1336348632

  • マジレスすると

    主役だから。

    私も旧い漫画を今でも読みますが、
    当時の漫画の主役は健気な苦労人が多いので、
    「細腕繁盛記」みたいな感じですよね。

    対してライバルは、
    金持ちなのに浅学という対比がわかりやすい。
    ほんとうに嫌なタイプとして描かれていて。

    矢吹丈は、
    苦労人で知的で憂いがある。
    「かっこいい男の内面」の性質を全て備えてますよね。

    ユーザーID:5332659739

  • それは

    原作者の語彙力が反映している。

    というと、身もふたもないか。

    大人の世界の中で育ってきているので、逆に子供らしい語彙は少なく、大人の使う言葉遣いをそのまま踏襲している。

    で、どう?

    ユーザーID:9722457490

  • その程度じゃ勉強はしてない

    テレビは無いとしても、大人逹との会話が多かった、ラジオを聴いていた、大人向けの本や雑誌を読んでいて覚えちゃったとか。

    あとは「マンガだから!」としか…

    ユーザーID:8961231863

  • 原作者が語彙豊富だった…

    と言ってしまっては身も蓋もないですか(笑)
    耳から…かな?
    本人は本とか読まなくても 周囲の大人やテレビ ラジオ 映画や寄席などでは 普通にあのレベルの話がなされていた。下町でも 年配者の間ではことわざや落語のセリフなんかは飛び交っていた。江戸言葉は粋で言葉遊びも豊富でした。日常の暮らしの中で 自然に耳から入ってきて覚えた…ということでいかがでしょう?
    コーチ?!の段平さんのボクシング練習法の手紙も書きこなし読みこなし…それなりの文章力や読解力もあったわけですね。
    あしたのジョーに限らず 巨人の星もタイガーマスクも サイボーグ009達も 皆 貧しくとも語彙は豊富で教養がありましたね(笑)そういう時代だったのですね。

    ユーザーID:1465010640

  • 地頭の良い

    >地頭が良かった、あるいは読者に見えない場所で密かにお勉強していたに違いないと私は思いますが、皆さんはどうお考えですか?

    地頭が良いんだと思います。

    文字は習わないと書けませんが、言葉そのものは、他人の用法などから、理解していくことができます。

    もっとも、そうは言っても、習得には個人差があることから、矢吹丈は地頭が良いと考えられます。

    ユーザーID:4135730328

  • 大人びてた

    「女の分際で小賢しくも」なんて、小学校では習いませんよね。
    逆に学校に行かずに周りのちょっと道をはずれた大人たちにまみれて
    暮らしてきたからではないでしょうか?

    そういう大人たちの様子を見聞きして覚えたのでは。

    …と真面目にレスしてしまいました。

    おっつぁんがよく使ってたとか……もありますよね。

    ユーザーID:7257212276

  • 登場人物には、とくに主人公には…

    『あしたのジョー』
    原作者の人生観が反映されているから…かも知れない。原作は確か故梶原一騎氏が別名義を使い、共作者という表現が正しいと思う、巨匠ちばてつや氏が作画担当でした。

     同じ原作で『巨人の星』も当然、ご存知だとは思います。主人公、矢吹ジョーのボクシングに対するストイックで刹那的な生き方は、原作者の人生観を反映していると思いますので、言葉づかいも、自ずとそうなるのです。そしてそれは準主役の、力石徹にも当て嵌まります…、つまり男の美学かな。

     ヒロインの白木洋子や乾物屋の、のりちゃんの思考や行動も女性目線よりも、原作者の願望や理想を投影したと思われる節がありますね。

     ですから矢吹ジョーの中には、梶原一騎氏と、ちばてつや氏の精神性があるのです。

    ユーザーID:2988264655

  • 難しいですか?

    あしたのジョーはなんとなく知ってる程度の漫画ですが
    トピ主さんが例に挙げた
    「女の分際で小賢しく」とか
    「昼行灯みたいに」とかって
    本で覚えるわけじゃなくて回りの人のを聞いて覚える言葉ですよね、
    特にあまり素行のよろしくない人たちが使うと思いますよ、
    少年院なんかでは日常茶飯事に聞いていたんじゃないでしょうか。

    トピ主さんと同年代の女性ですが、
    とても語彙力があるとは思えません。
    地頭がよかったかどうかはわかりませんけどね。

    「奇遇だ」に関しては、
    下町でガラの悪い人同士が顔を合わせて「よう奇遇だな」みたいな
    ドラマのシーンしか浮かびません、
    感じ方って人それぞれなんですね。

    ユーザーID:4357619817

  • 時代背景から推測

    今、一般会話の中でご紹介されているような語句は確かにあまり使われないので、ちょっとお勉強しないと分からないのかもしれません。

    でも明日のジョーは1967年連載スタートですから、お話としての時代は1960年代。
    その頃、何が流行っていて人々がどんな言葉を話していたか?
    1660年代は落語ブームが到来。
    1966年には笑点も放送開始。
    落語というのは題材として江戸時代から現代に至るまで様々です。
    昼行灯など役立たずの表現として今でも落語では面白おかしく頻繁に出てきますよね。
    また、落語って妙に文学的だったりして、それなりに難しい語句も使われていたでしょう。

    ブームと言われるほど流行ったのですから、大人も子供も口々に使っていたでしょうから、特に机に座って勉強しなくても知ることができたのだと推測します。

    と言いつつ、実際は原作者の知力によるものでしょう(笑)
    原作者は商業高校を半年で中退しています。
    その後、勉強されたのかもしれませんが、当時の若者にとっては特に珍しい語句ではなかったのかもしれませんね。

    ユーザーID:9035730822

  • 昔の人だから

    昔の人って、おしゃべりしてると、そういう表現しますよ。色んな人と話すうちに覚えた言葉なのでは?
    なので、本からの教養じゃなく、経験から培ったんですよ。

    ユーザーID:8338906985

  • 原作者がうっかりしていた?

     身も蓋もない話ですが、タイトルの通り原作者が自分で決めたはずの矢吹丈の経歴をうっかり忘れて、不相応な難しいセリフをしゃべらせていただけでしょう!
     

    ユーザーID:5271718638

  • 単に

    作家のボキャブラリーが豊富だからだと思います。

    ユーザーID:1372460684

  • 読書家 ジョー

     前回のレスは、思わずまじレスしてしまいましたが今回もまじレスします。
    ジョーの普段着のジャケットには、いつも文庫本がポケットに入っていました。特にドストエフスキーは好きな作家だったようです。ジョーがドストエフスキーを愛読しているのが分かってしまうと、漫画の世界観が崩れてしまいそうなので今まで秘密にしてました。

     余談ですが、漫画の中に出てくる「泪橋」は、今でも明治通りの交差点名に残っています。名前の由来は検索すると出てきます。トピ主さんが面白いトピを立てたので妄想してみました。

    *白木洋子ではなく、白木葉子でした。

    ユーザーID:2988264655

  • 門前の小僧

    門前の小僧習わぬ経を読むということでしょう。

    ユーザーID:2230368603

  • 可愛いトピだなぁ。笑

    それは梶原一騎やちばてつやの台詞回しだからねー。笑
    ま、それを抜きに語るなら、昔むかしの『少年院の数え唄』だったかな?をググッてみて下さい。
    ほぉ〜と思う語彙が沢山出て来ます。しかもちゃんと五七五七七…。
    しかし一体どこでこんな語彙と俳句や川柳の法則性を学んだのか…。疑問に思う気持ちもわかります。
    彼等は少年院に入るまで、世の中の艱難辛苦を相当舐めて汚い大人達の中で育って来ているわけだから、本など読まなくても、世の中を揶揄する語彙は幾つも持っているだろうと推測されます。
    ま、矢吹丈の時代の少年院、に限定されますが。

    矢吹丈みたいに、苦労と不幸を重ねた上での少年院送致、が限定であって、今の子供には通用しませんけどね。
    時代も違うし。

    ところでちばてつやさん、前から思っていたけど、絵コンテが汚くて原画を読む気になれませんでしたが、梶原一騎さんの原作は何を読んでも面白くて、ちばてつやさんというより、梶原一騎さんのファンです。

    今や、ちばてつや賞なる漫画大賞があって、ピアノの森を描いた一色まことさんが選ばれたと知って、ファンの私は嬉しい限りです。

    ユーザーID:9179321920

  • 思い出しました

    年少数え唄や、やくざ小唄、四八四ブルースなど、何れも少年院とか刑務所で創られた唄です。
    この人達はまともに学校も行ってないのに、よくこんな唄が創れたなぁ、と思ってます。
    渡世とか、義理人情とかの語彙がやたらと出て来ますが。

    ドロップアウトした人の中には、驚くほど知能の高い人もいたんだろうね。矢吹丈も例外じゃないかも。
    読む限り、頭の悪い男ではなかったのが窺えます。だから葉子もくっついて離れないのねぇ。ドロップアウトしてなければボクサーになることもなかったかも。

    ユーザーID:9179321920

  • 不良のイメージ

    昭和37年生まれなので、昔の若者ですが。
    「小難しい言葉を使う」というのも、不良っぽいなーと思います。

    通常は、相手に通じるように、相手の語彙に合わせて、できるだけ簡単に言うでしょう?
    それを、わざわざ、こねくり回した言い方をして(誰もわかってくんない)とか思う。

    わかんねーよ。
    と、今ならツッコミますが、当時は、斜に構えた物の言い方も格好良かったんですよね……。

    そういう人たちってイメージがあります。
    昭和の不良は。
    いつ覚えるも何も、スラングを覚えるのと一緒に、仲間うちで使って覚えるんですよ。

    勉強ってね。
    机に向かってするもんじゃないんです。
    人と話して、身につけるもんなんですよ。

    ユーザーID:8155719051

  • あしたのジョー、大好きです

    本人のおっしゃる通り、小学校もろくすっぽ行ってないのでしょうが
    頭は良いのだと思います。

    野生のカンとはいえ、いろんな相手に対応できるし、変わってゆく環境にも適応してゆく智恵がありますよね。

    賢い人だと思います。

    何が幸せかも、ちゃんとわかっていたし。

    語彙力は自分で勉強するのもありますが、まわりの人から学ぶことも多いです。そうしたことをきちんと聞き分け、使うことができる能力がちゃんとジョーにはあるのでしょう。

    それに、あげられたいくつかの言葉は、勉強で得るというよりも、周りの大人たちの使う言葉をそのまま自分の中に消化して使うレベルのものだと思いますよ。

    でも、なかなか楽しいトピを、ありがとうございます。

    ユーザーID:7588996411

  • それよりもっと大きな疑問があります

    矢吹丈の髪型は、なぜ正面から見ても横から見ても変わらないのか?

    この疑問が永遠に晴れません。なぜなんだ、ジョー!

    ユーザーID:2291670846

  • ジョーはお祖父ちゃん子だったのかも説で

    そのお祖父ちゃんがお亡くなりになってから少しずつ人生が狂ってきたのかもしれないという説で行きます。

    それを途中で救ってくれたのが、ダンペイオジチャンなんだとおもいます。

    わしらの明日を壊さんでくれ〜ジョオォー

    オッチャンから、こんな事を言われたら、昔自分の事を無償で可愛がってくれていた祖父の事を思い出すジョーなのかもしれない。

    ユーザーID:1827671589

  • 単なる話し言葉

    平安時代の人々と現代人が話そうと思えば、現代人側が相当がんばって古典の勉強をしなきゃいけないでしょう。
    じゃあ、平安時代の庶民が猛勉強していたのか?
    別にそんなことはないでしょう。

    それが50年前のマンガですから、微妙な感じになるだけでしょうね。
    昭和のお笑いは駄洒落のオンパレード。
    または言い換え。
    無賃乗車を薩摩守なんて言い換える。(平忠度タダノリが薩摩守から)
    こんな洒落っ気のある会話が流行っていたようですから、事情を知らなければ、当時の人は平家物語の勉強をしてる?となる。
    イヤイヤ単なる流行言葉ですから。
    てなことを真面目に書くばかばかしさよ(笑)

    以下、私の推測
    確か矢吹丈が詐欺で捕まった時に15才と警官が書き込んでいました。
    少年院には学習時間が設けられていたのだと思います。
    勉強のシーンは絵面が地味なので省略されていただけで、結構基礎教育を受けたのでしょう。
    その中で、先生が駄洒落好きで光栄のいったりきたりとか言って笑わせて、生徒達の興味を引いて勉強させたのでしょう。
    そこで丈は勉強に興味を持ち、教養を身につけたのだと推測致します(駄)

    ユーザーID:3241428816

  • 浅草だから

    矢吹丈の育った場所は浅草付近ですよね。

    当時(今も?)の浅草あたりは露天商も多く
    彼らは非常に語彙が豊富で口達者です。

    フーテンの寅さんの口上を聞くと、とても勉強になります。

    矢吹丈はそういう環境で育ったからだと思います。

    ユーザーID:7062107748

  • そういえば・・・

     考えたこともなかったけど、ああ、そう言えば・・・

     矢吹丈ってボクシング始める前に鑑別所送りになったのは詐欺罪でしたね。詐欺グループの一員ではなく、自分自身のアイデアでの詐欺。つまり頭がいいのでしょう。
     小・中学校で不良少年になる子どもの多くは精神年齢が低い、また頭の発達が遅いため勉強についていけず、不良のグループに属する道をとります。(やる事は万引きや盗んだバイクで走り出すこと)しかし矢吹丈は一匹オオカミ、つまりあれは落ちこぼれの逆で、いわゆる「浮きこぼれ」だったと思われます。あほらしくってやってらんねえや!で小学校中退。
     また、後に金龍飛が戦争の話をした時もすぐに朝鮮戦争のことだと理解できたところを見ると、日常的に新聞などを読み込んでいる知的好奇心の旺盛なタイプだったと言えるでしょう。
     あと、もう一つ、頭の良い若者によくある特徴として「まっすぐな瞳」「強いまなざし」というものも矢吹丈は持ってますね。
     ちばてつや先生のお描きになる漫画の主人公はそんなタイプが多いですね。

    ユーザーID:8666305206

  • 丹下のおっちゃんはああ見えて良い所のぼんだった

    しかし戦後のどさくさで身をもちくずし
    流れ流れて泪橋の住人になりました
    この辺りは同氏の「あかねちゃん」を参考にしてみました

    一見「ジョーょお」位しか言って無い感もありますが
    おっちゃん、ジョー、西やんが揃った時なんかの会話とケンカは
    ボキャブラリーも豊かだったんじゃないか説

    あとは時代を考えると落語が娯楽の中心だった
    葉子もどきさんが挙げられた例は熊さん八っつぁんの世界用語
    ラジオから流れる落語で智恵を磨いた世代なんじゃないか説

    あとは紙芝居位ですかねぇ?

    ユーザーID:1033451315

  • 亀レス

    確かに難しい言葉が出てきましたね。地頭が良かったのでしょう
    おばキュン様の意見が私にはしっくりきます。



    ユーザーID:6287494109

  • 頭の良し悪しは、学歴とはまったく無関係です

    小学校しか出ていないのに日本国首相にまでなった田中角栄をみれば
    わかりますが、頭の良し悪しは学歴とは何の関係もありません。
    逆に、東大を出ていても所謂「お勉強の出来る馬鹿」という言葉もある
    くらいですからね。

    そもそも頭のさほど良くない人を伸ばすための社会システムが学校なので
    あって、学校に行かずともそれなりに頭の良い人は居るものです。

    あとトピ主は「高度な言い回し」としていますが「女の分際で小賢しくも」
    「昼行燈みたいに」「奇遇だ」なんてものは単なる口語として、少し前まで
    頻繁に日常会話の中で出てきた言い回しですよ。

    「分際」なんてのは江戸時代から庶民の言葉ですし「小賢しい」も同様。
    「昼行灯」などは忠臣蔵を知っていれば(知らない日本人などいませんが)
    誰でも出てくる言葉ですし「奇遇」も普通の言葉です。
    「光栄」云々だって、言語的センスがあれば子供でも言える言葉ですし。

    これらはむしろ平易な言葉だと思いますよ。
    いずれにせよ、この程度のことは勉強しなきゃ言えない方がおかしいので、
    これをもって彼が「勉強家である」などとはとても言えないと思います。

    「彼に語彙がある」のではなく、「この程度の語彙も持たない人がいる」
    というだけのことです。

    ユーザーID:5003965406

  • どこが難しい?

    時代的にごく普通の言葉で、全然難しい言葉ではないと思います。
    尋常小学校しか出ていなくて、職人をしていた明治生まれの祖父も普通にそういう言葉は使っていました。

    ユーザーID:9330457251

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