それってどうなのか?

レス106
お気に入り245

そらら

ひと

初めて投稿します。
私の感覚がおかしいのか・・皆様にお尋ねしてみたいと思いどうぞよろしくお願いいたします。

主人についてです。
主人は父親の事をとても尊敬していて(もう既に亡くなっております。)たまに口にするのですが、「親父の子供に生まれて良かった」「尊敬している」との言葉を私に言います。
頻繁にではなくたまに言います。
そう思えることは本当に素晴らしいことだと思います。

そんな主人にこの前話しの中で(少し言い合いになりかけた時がありその時)「お父さんの命日知ってるの?」と聞くと「知らない」と言います。
そんな事はどうでもいい。
何を思い出に残してくれたかが重要と言います。
一瞬「はっ?」「この人は何を言ってるのだろう」

ちなみに実家に帰った時も別にお仏壇に手を合わせたりしません。

何回忌とかそういうのもどうでも良いそうです。
お坊さんのお経もどうでもいいようです。
(ありがたいお坊さんなんかいないという考えかたです。)
(お坊さんは金儲け的な存在にしか思っておりません。)

私は何回忌とかも意味のあるものだと思っていますし亡くなった人はお坊さんのお経で亡くなった後行けるところに押し上げてもらっていくのだろうなと思っています。

話しをもとに戻しますが、親がなくなり尊敬し大好きだった人なら尚のこと普通に命日って覚えていませんか?
仮に親のことが嫌いであったとしても命日はすぐに言えるし覚えているものだと思います。

「それって何かおかしい!」というと「別におかしくない!!」の一点張りです。
親のことが嫌いで命日なんか知らないならまだ分かるのですが。
皆さまこの考え方どう思われますか?

ユーザーID:1517881696

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

このトピのレス

レス数106

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • ふつうは覚えてる

    そして月命日にはお墓参り。
    当たり前だと思ってました…
    仕事の都合(出張とか)でなかなか月命日通りにならず前後するときありますが。

    ユーザーID:8988701138

  • 皆さん大丈夫なの?



    命日を思い出せないなんて非常識の極みです

    ユーザーID:1420171896

  • すみませんね

    私も父(故人)を尊敬していますし、大好きです。

    でも命日ははっきりとは覚えてません。

    法事も七回忌?だかまでやったような…

    正直大好きな父が亡くなった日やそれを思い出してしまう
    法事はあまり興味がありませよ。

    誕生日は今でもお祝いしてますよ。

    そもそも父が神仏的なものに無関心だったので
    誕生日に仏壇に好きだったカップ酒を供えて
    おめでと〜と誕生日祝った方が喜んでるんじゃないかな?

    トピ主様も夫婦だからと言って必ずしも価値観を同じにしなくてもいいのでは?

    義父様と夫さんにしか分からないものもあると思いますよ。

    まあ親父を尊敬してる俺!って言うのに酔ってるだけかもしれませんが(笑)

    そんな真面目に捉えずにサラッと流しましょ。

    ユーザーID:1188082020

  • 供養の仕方は人それぞれ

    私はご主人タイプですね。
    親や弟たちの命日は勿論覚えています。
    亡くなった直後は悲しみに戸惑い、四十九日や
    一周忌などは、遺された者を徐々に癒す先人の知恵だなと
    救われた気持ちでした。

    ただ、年数が経って気持ちが落ち着くと、型通りの法事にあまり
    意味を感じられず、それよりも日々何かにつけ懐かしく
    思い出すようになりました。

    季節毎に、日が照ったり風が吹いたりーーその度に
    空を見上げて思い出しています。

    私もご主人のように感謝を込めて、いつも思い出してもらえたら
    いいなと、子供たちや孫たちに接しています。
    私にとってこれが本当の供養だと思います。

    ユーザーID:0145341294

  • 供養と言う考え方であれば

    そうですね、命日に一生懸命思い出すよりも日常の生活の中で亡くなった人のことをお思い、敬意を表する方が亡くなった方にとっての供養になっていると思いますよ。

    私も父が数年前に亡くなりましたが、そう言えば親父こう言ってたなとか、こういうこと教えてくれたなと言うことは命日や記念日に関係なく思うことですし、命日だからと言ってその日に集中して考えたりはしません。 いつまで経っても親父には敵わない、そう思えるお父さんがいらしたのはいいことだったと思うし、それを毎日ではないけどいつのも生活の中で時折思い出すことのほうがお経を読んでもらうよりも大事だと思います。

    自分が死んだら、子供たちには日常の生活の中で思い出して欲しい。 年に一度だけ思い出されるほうが寂しいです。

    ユーザーID:5109508390

  • あなたがうるさい印象

    ご主人が尊敬してると言うなら「あ、そうなんだ」で良くないですか?
    で、命日知らんとわかったら「尊敬してるわりに命日知らないじゃん(笑)」じゃ駄目なんですかね?

    ご主人にはお父さんとの思い出やエピソードがあり、その情景を折に触れ回想する。
    法要よりもそういう偲び方が性分に合ってるんでしょう。

    ちょっとうるさい妻という感じで、ご主人もうるさいと内心思ってますよ、おそらくね。

    ユーザーID:3425041401

  • トピ主何言ってんの?

    他人の価値観を受け入れず、自分の価値観を押し付けるなら、生涯、他人との接触は絶って下さい

    ユーザーID:6138619436

  • 色んな人がいるよ。

    確かに大好きな親の命日を覚えていないのは理解出来ない。
    年に何回もある訳じゃないし、通夜や葬式や四十九日や相続など、記憶に残ることがたくさんあるもの。
    うっかり思い出すのを忘れるならわかるけど、完全に覚えていないのは考えられないなぁ。

    でもお坊さんにお経唱えてもらって云々は、価値観の違い。
    仏教徒以外はお坊さんにお経唱えてもらわないよね。
    あなたは仏教徒以外は死後地獄に落ちると思ってるのかな。

    ともかく、旦那さんが命日なんて関係ないと言うならそれで問題ないでしょ。
    あなた何か困る?
    困らないなら「そういう人もいるのね」でいいじゃん。

    ユーザーID:4773333326

  • 残念ながら

    私も両親の命日は覚えてません。

    お彼岸のお墓参りは欠かしませんが、◯回忌供養などはもう何年もしてません。

    でも私は誰よりも両親を尊敬していますし二人の子どもに産まれて良かった、と心から思っています。

    あなたの考えはとても素晴らしいです。
    故人を大事に思い供養する気持ちがしっかりと伝わってきます。

    でもご主人のような考え方の人間もいる、ということです。
    あなたには理解できないかもしれませんが、そんな表面的なこと(いつが命日とか今は何回忌に当たるとか)を第一にはしない人がいるんです。

    なんらおかしいことはありませんし、コウアルベキ、と言い争う必要もありません。

    ユーザーID:7883738687

  • おかしくない

    尊敬する気持ちと、命日を覚えているかどうかはまったく関係ないです。法事もしかり。仏壇に手を合わせるかどうかもです。
    旦那さんの心の中には、お父さんがいつもいらっしゃるのでしょうね。だから旦那さんは、そういう形式的なものを必要としないのです。心にお父さんがいるから、わざわざ仏壇に手を合わせなくても、心で思うだけでいつでもお父さんに会えているのですよ。
    それは今でもお父さんが大好きで、そんなお父さんを尊敬し誇りに思うから。おかしくなんてないですよ。

    ユーザーID:1027041418

  • うーん

    「記念日」を気にしない人は男性に多いかも。
    うちの夫、自分の両親の誕生日知りません。
    誕生日にプレゼントをあげたことがないらしい。
    私の誕生日も、知ってはいますが特に重要視してません。日付をいまだに間違うことがあります。
    子どもの誕生日すら、曖昧です。
    しかしながら愛情深さにおいては、こちらが引くくらいです。
    旦那様もこのタイプかもしれません。

    でもうちの夫、「自分の」こととなるとちょっと違います。
    誕生日祝わないと不機嫌ですし
    正直、私はもうどうでもいいわと思っている結婚記念日なんかは覚えてる。
    (結婚記念日だからごちそうつくったわ〜ってやってほしいらしいけど・・・)

    旦那様もこのタイプかもしれません。
    「この日(誕生日)だから、こう(祝う)」というのは常に「やってもらう」立場でいるんじゃないかな。

    うちの兄なんかは、母の還暦にサプライズを企画するような男なので、最初は夫のことを理解できませんでしたが、
    私はもう、「こういう人なのね(悪い意味でなく、受け入れてる)」と思って暮らしています。

    ユーザーID:6761193061

  • 独善的だなあ

    故人の偲び方ってのは色々な形があるので、
    トピ主みたいなのもアリだしトピ主夫みたいなのもアリだと思う。
    自分だけが正しいってトピ主の姿勢はなんとも独善的。

    ウチの主人はどうしても義母(主人母)の正確な命日が覚えられないんだけど(何月の下旬、くらいの見当はつく)、
    それは、ショックすぎて記憶が錯綜してどうしてもその辺りのことがきちんと記憶に整理できないからなんだ。
    何か書類で義母のなくなった日を書くとき、「まだどうしてもダメだ」ってつぶやいて調べてた。

    ユーザーID:7147243163

  • そうなのかな

     私は仏教徒ではないけれど、祖母と一緒に法事もやってきましたが。そのときお坊さんが言うには、「法事は故人のためでなく、法事を行う人の功徳を積んでいる」といったようなことを言われていました。
     地域によっても、仏壇に御線香をあげるタイミング、お墓参り、法事をやる日も独自の譲れないルールがあります。
     あなたが大事に思うことはそれでいいけれど、ほかの人にもそれを強いることは、宗教の自由、でできないことじゃないのでしょうか。
    あなた自身、お坊さんが読んでいる御経の意味やら分かっておられますか?自分自身も理解できないことを他人に押し付けるのはどうなんだろうと思います。

    ユーザーID:6192706738

  • 宗教と、人を慕うこととは、別の次元では?

    トピ主さんにとって、人を慕うということは、
    社会が作り上げた礼式にのっとるということ。

    ご主人にとっては、思い出し、愛することが、
    人を慕うということ。

    その違いですよね。

    ユーザーID:1470254122

  • でた、価値観の押し付け

    ご主人さんはトピ主さんのそれと価値観が違う。
    それだけだと思いますが、親を尊敬する割に命日も知らない男はナシだわ、と思うなら離婚すればよいし、自分の男性を見る目がなかったと反省すればよろしいです。

    そうではなくあなたが「それっておかしい!」と鼻息荒くするのみで特に生活に支障が出ているわけでもないなら、あなたの了見が狭いだけで他は問題ないと思います。

    ユーザーID:7230286196

  • 旦那さまにちょっとだけ似てます!

    トピ主さん、家族を亡くされたことってありますか?

    私は20代で同居していた祖母と父を立て続けに亡くしたのですが、
    2人の「命日」がなかなか覚えられませんでした。
    誕生日は絶対に忘れないのに。

    こんな自分はおかしいのかなと思っていたので、
    このトピを読んでびっくりでした。

    大好きな人が亡くなったとき、
    やっぱりつらいことよりも
    楽しかったことを覚えていたいものなんですよね。
    だから頭が勝手に命日のことを考えるのを
    拒否していたのかも。

    とはいえ、法事はとても大事だと思っていて、
    そこは旦那さまとは違いますね。

    きっと、トピ主さんに賛同するかたの方が多いと思うのですが、
    ご参考までに。

    ユーザーID:3929128063

  • ご主人よりです。

    冠婚葬祭や儀礼的なものには
    懐疑的です。
    きちんとすればこちらの気持ちは
    落ち着き、他人にとやかくも
    言われません。

    しかし人生の本質を考えるとき、
    ご主人の考えを支持します。
    何も考えずに命日を覚えない人とは
    一線があるでしょう。

    ユーザーID:3675617850

  • 生き続けているんじゃないの?

    ご主人の心の中では。

    ユーザーID:5586598742

  • えっと…

    主さんは、旦那さんに対して、
    「いつも亡くなったお父さんを尊敬してるとか言うけど、命日も知らないなんて、その気持ち、嘘なんじゃないの?」と、いちゃもんつけたいってことなんですかね?

    旦那さんからしたら、そう言われているように感じると思うのですが、
    相手の大事にしている部分に、価値観間違ってるだの何だの言って、夫婦関係壊れませんか?大丈夫ですか?

    そうなんだね。で済む話だと思いますが?

    ユーザーID:6902908405

  • 覚えていません

    誕生日なら覚えていますよ。
    物心ついたときから、何度も話題に上り、何度もお祝いしてきましたから。

    でも、命日は覚えていません。
    誕生日ほど何度も話題に上るわけでもなく、誕生日ほどの回数の法事を重ねたわけでもありません。

    戒名も覚えていません、私が馴染んだ名前ではありませんので。

    特に信仰はないので、お経によって亡くなった方の魂がどうとかいうのも、知識も興味もありません。

    ユーザーID:9825259513

  • うちの夫

    夫の両親はすでに鬼籍に入っております。
    命日、全然覚えていません。
    義祖母の命日も知りません。義母と同じ日なんですけどね。

    私の父や仲良くしていた私の弟の命日も覚えていません。
    誰の命日も興味がないようです。
    お墓参りは盆暮れには必ず行きます。
    お仏壇は宝くじを置く場所になっています。

    家族の中で私以外誰も命日を知りません。
    私が死んだら…お寺さんからのお知らせでしか気が付かなくなるんだと思います。

    ご主人の事、責めないでください。
    どちらが正しいとか別にいいと思います。

    ユーザーID:6473147268

  • 価値観の違い

    トピ主さんは死後の世界があって、ご先祖様が天国て暮らしている的な考え方で、
    旦那さんは、死んだら機械の電源が落ちる的な考え方なのでしょうね。

    ちなみに私は後者の考え方ですが、お盆やお葬式は故人を思い出す場として、大切にしています。

    なんとなくですが、旦那さんが、親父を尊敬しているオレかっこいい的な感じが見え隠れして、イラっとしちゃうのかなと感じました。

    文章からのイメージなので、的外れでしたらすみません。

    ユーザーID:9611617395

  • ごめんなさい。

    私も父の命日覚えていません。1月ということは分かるけど、何度確認しても日にちが覚えられません。普通に父とは仲が良かったのに、どうしてか自分でも分からないです。
    亡くなって、今年で8年です。流石に母にも聞けないので、今度こっそりお位牌を見てきて、どこかに記録しておこうと思っています。

    そんな私が言うのも何ですが、命日が言えなくても、別に『それってなにかおかしい』というようなものではないと思います。
    ご主人の本心は分かりませんが
    >「親父の子供に生まれて良かった」「尊敬している」
    本当にそう思っておられるなら、単純に数字として命日や何回忌というようなことを覚えているより、余程素晴らしいことだと思うし、亡くなった方も喜んでおられると思います。

    でもトピ主さんの言われる
    >私は何回忌とかも意味のあるものだと思っていますし亡くなった人はお坊さんのお経で亡くなった後行けるところに押し上げてもらっていくのだろうなと思っています。

    これも分からないではないので、ここは宗教観や価値観の違いということで納められては如何でしょうか。

    ユーザーID:2364877485

  • ご主人に同意します

    単に宗教観の違いでしょう。どちらがあっていて、どちらが間違っているという問題ではありません。他宗教ではまた違った弔い方をするわけで。個人的には、葬儀や法事は生きている者の心の安定の為にやるものだと思っています。

    ご主人の心の中には、死に別れてしまった悲しみよりも「ありがとう」という感謝や尊敬のほうが大きいのでしょう。だから死んだ日なんてどうでもいいし、ましてや宗教的儀式など関係ない。

    私はご主人と同意見です。死んだらただの無になると思っています。あの世だの何だのは信じていません。だから墓も不要だし法事も不要。できれば葬儀も不要。灰はその辺にばらまいて捨ててもらえれば一番ですが(燃えるゴミでもいい)法的にそうもいかないので、樹木葬にしようかと夫や子供と話しています。

    でも生きていた証が残せるのは幸せですね。子供の心の中に自分が生きていたら、それだけでも生きた意味があるし嬉しいです。

    命日にも拘りないです。だって死んだ日はその年のその日だけ。そんな嫌な日、思い出したくないし。誕生日も似たように思っているので、毎年忘れます(笑)でも家族を愛してるし仲も良いし、幸せですよ。

    ユーザーID:2760152618

  • 考え方は人それぞれ!

     トピ主の旦那は宗教的なことが嫌いというか信じてはいないのでしょうね。
     まあ、宗教観は人それぞれで他人に迷惑をかけない限り、どんな考え方でも構わないのではないでしょうか?
     それにしても少し変わった人だとは思いますが。

    ユーザーID:1511556323

  • 二人とも正しいと思います。ご主人はご主人の流儀でOK

    両方とも正しいと思います。ただ考え方の違いだけ。

    またご主人がそのお父さまをしたっているのですから
    本人の好きなようにさせては、いかがでしょうか?

    大げさな事を言いますと、伝統の長い大きな宗教が世界にいくつかありますが
    各々いくつかの派閥に別れています。

    大きな潮流は、
    A. 行事を大事にする。像を作って拝む。などを教義の中心に置く派閥。
    B. 行事、像を重視する事を禁止し、出来るだけ豪奢な建物などを作らないで
      始祖の教えを素朴に受け継ぐ事を重視する派閥

    の二種があります。

    仏教で言うと、
    Aは真言宗が思い浮かびます。弘法大師が中国から持ってお帰りになった
    宗派。日本で作った仏具、きらびやかな仏壇など。

    Bは、浄土真宗や禅宗でしょうか?簡素を尊び心の中で拝む事を大事にする。

    どちらも同じ山に登るのに、別の登山口から上るだけで、頂上は
    いっしょ。そう考えると、相手の好きなやり方でやってもらい、自分は
    自分の信じるやり方でやれば良いのでは、と思います。

    ユーザーID:2763436089

  • 単にトピ主さんは信心深いだけ

    私は御主人のように「生きていた時に故人の思い出を大切にする」ということの
    方が重要に思いますし、故人も自分の命日を覚えてくれているよりも
    そちらの方が喜ぶ事と思いますよ。

    最近は全く無宗教という事で、お墓も作らず、散骨するような人もいる程です。
    トピ主さんは仏教の教えといったものを信じて、故人の供養を大切に
    するのだと思いますが、それが正しいとは言い切れないと思いますよ。
    貴方の価値観で御主人を非常識呼ばわりしてはダメだと思いますよ。

    ちなみに私も、かなり身内を亡くしてきましたが、命日は覚えていませんね。
    私の実家も主人の実家も、祖父母の命日だからと特別な事もしていませんしね。

    ユーザーID:9484948940

  • 日にちに意味は無いのでは

    普通とは思わないけどおかしいとも思いません。
    私はトピ主さんのように信仰心はあまり無いのでご主人の気持ちも分かります。
    さすがに親の命日は最近の事なので覚えていますが、大分前の事であれば覚えていない人がいても、まあそんな人もいるだろうなと思います。

    私の夫は義母と仲が良く何かと気にかけていますが、両親の誕生日を覚えていません。特に親の誕生日にイベントが無いし、自分自身が誕生日に思い入れが無いからでしょう。

    また私も自分が入籍した日がいつかは覚えていません。その日はただの手続きの日であって、何も意味が無いです。挙式した日は覚えていますが、特に祝わないので夫は忘れているでしょう。

    トピ主さんにとって命日は宗教行事と結びついているので、命日を意識する機会が多いでしょう。
    でも無宗教のご主人にとって亡くなった日にちそのものはあまり意味が無いのではないでしょうか。

    何を残したかが重要と言う気持ちもよく分かります。
    特定の日にちを覚えている事と、親に対する想いの深さにはあまり関係が無いと思います。

    ご主人に結婚記念日を覚えているか聞いてみてください。

    ユーザーID:5166915565

  • 私がご主人のお父様だったとしたら・・・

    私はたぶん、ご主人派です
    ただ、まだ親は生きておりますから、あくまでも想像です

    私は無宗教なのだと思います
    実家ではちゃんとお坊さんに来ていただきお経をあげてもらっています
    私もその場にいれば一緒に拝みます
    実家に行った時には線香もあげます

    でもその行為で何かが変わるとは思っていません
    親はお経やお線香をあげてもらうものと思っているでしょうから、ちゃんとするつもりでいますが、私が自分の子供にもそうしてほしいとは思えません
    ご主人のように「尊敬している」「良かった」とか日ごろから思ってもらえる方がうれしいと思います
    義務的にあげるお線香やお経よりもずっといいと思います
    (心がこもっているならどんな行為もすばらしいと思うので、仏事を否定するつもりはありません)

    弔い方は人それぞれでいいのではないでしょうか
    トピ主さんが思う弔い方だけが正しいのならば、違う宗教の方はどうなるのでしょうか
    諸事情により弔ってくれる人がいない場合はどうしたらいいのでしょうか

    ユーザーID:1005392466

  • 価値観の違い

    すてきな旦那様ですね。
    法要は生きている人間の自己満足だと思います。
    正直、死んでから、命日を覚えて貰っていても、仏壇に手を合わせて貰っても亡くなった人間はわかりません。
    旦那様はお父様が生きている間に十分親孝行されていて、満たされているのだと思います。
    どこででも、いつでも形にとらわれる事なく、お父様を思い出し偲ばれる。トピ主様こそ、自分の価値観を押し売りしないで下さい。

    ユーザーID:9434862246

お気に入りに追加しました

レス求!トピ一覧