それってどうなのか?

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  • 現実的な話として

    実家を遙か昔に離れ、親が亡くなってから何十年と経つと、つい命日を忘れたりします。
    私も親はとても尊敬し、いまだに感謝していますが、時が経つと、そんなものと言えばそんなもの。

    ご主人のように、お坊さんを毛嫌いしてる訳でもないし、命日も一応は覚えてるから、ご主人に全く共感するわけではないけど、法事や命日をそんなに重要とは思わない点は、そこまでおかしいとは思わない。

    別にあなたの考えも間違えではないし、これは価値観の違いではないですか?
    どっちがおかしいと決めるのはやめましょうよ。

    ユーザーID:1658268412

  • レスします。

    胸につまされます。
    当方も亡き父親を尊敬し、敬愛し、目標とするものです。
    しかしながら命日「?」、何回忌「?」です。
    それもこれも、未だに、そして一生、彼(父)の前では「庇護される子ども」のままなのです。
    老いた身体や、何を言っているか解らない言葉や、それに困る母親を見ることのなかった、所詮私は「子どものまま」なのです。このトピをみておおいに恥じ入ります。

    もういなくなってもいいよ!と、思えるくらいその人の人格が無くなる「老い」。
    それを遺さなかった父親は、ある意味罪です。

    でも、だからなのでしょうか、私は父を追って止まないのです。
    夫様が「オレのおやじは〜」などとえらそうしたら、頭はたいてください。

    そういっていられるのは、本当は悲しいことなんだよ!と言ってください。
    母が介護になってから、迷惑かけて死んでいくことの意味を、遺された身として解り始めたところです。

    ユーザーID:6801959874

  • ご主人側です

    命日は、覚えていないよりは覚えていた方がいいでしょうね。
    でも、誕生日やクリスマスと同じで、意味がないと感じる人もいます。
    私もそうです。

    トピを読んだ印象では、私はご主人側に近いです。
    死んだ後、ないがしろにして良いとは思いませんが、
    生きている間にどれだけ助けとなれたか、そちらの方が遥かに重要だと思っています。

    私も父を亡くしましたが、生前は看病に手続きにと、かなり尽くした方だと自分では思います。
    (それでも、悔いはたくさん残っています)
    その私は、父の命日をおぼろげにしか覚えていません。
    仏壇は、夜に膳をそなえる際に手を合わせる程度です。掃除は定期的にしています。
    法要は、とりあえずやっている感じですね。

    死んだ後、儀礼的なことで張り切る人は嫌いです。
    生きている間はろくに助けもしなかったくせに、死んだ後に美化して、泣いたり褒めたりする人も嫌い。
    大切なのは、生きている時、どれだけ助けとなれたかどうか、だと思います。

    ユーザーID:1607131137

  • 覚えてません

    ご主人の考え方に全面的に賛成。
    命日より故人との思い出、まして坊さんやらお経やらそんなのはどうでもよく、私の死後子供たちが命日を覚えていなくても、何も思いません(そもそも死んだら思うこともできないけど)。

    あなたのように考える人がいてもちっともおかしくないけど、その逆の人がいたってそれもまたちっともおかしくないですよ。

    ユーザーID:1384323633

  • 別では?

    命日というのは宗教によるものですね

    宗派よる様々な設定と親を尊敬、愛してるという事実とは、別ものではないでしょうか??

    ユーザーID:4842736726

  • ご主人派です

    ご主人の言う通りだと思います。

    そして、あなたがおっしゃっている>お坊さんのお経で亡くなった後行けるところに押し上げてもらって行くのだろう、、、とは思っていません。亡くなった後いつどこに行くかは亡くなった本人次第ですから。他人に依存しているような人は高い所には行けないと思っています。お坊さんもただの人。中には人格を疑うような人もいますから。お墓も命日も仏教の風習であり、そこに亡くなった人はいないし、まあ命日が亡くなった人に祈りを届ける日と考えれば悪くはありませんが、いつでもどこでもそれは出来るということなんです。

    ちなみに私も父の命日が4日だったか5日だったかよく覚えていないのです。でも、その月のその日頃になると父のことをよく思い出して、心の中で祈っています。

    ユーザーID:9334039578

  • 人には人の考え方がある

    もしかしたら私は少数派なのかもしれませんが、ご主人よりです。
    命日はギリギリ覚えてるのですが、仏壇にはほとんど手を合わせませんし、
    何回忌…というのもまったくしてません。
    そもそもお坊さんを呼んだりしなかったです。
    うちの父がご主人と同じ考え方をしていましたしね。

    なくなった日とか、法要とかよりも、
    父親との思い出が、父親との絆がすべてだと私も思います。

    お坊さんのお経で押し上げてもらう…というのも、仏教を熱心に信仰している人が
    思うことかなと思います。
    もしキリスト教だったら?…というのは屁理屈かもしれませんが、
    世の中にたくさんの宗教があるように、またないように、
    トピ主さんにとっての常識がほかの人にそっくりそのまま通用するとは
    言えないのです。

    親の命日が何かの試験にでも出るというのなら覚えなくちゃいけないかも
    しれませんけど、
    まあ自分の場合は親がなくなっていることを受け入れられていないので
    命日もなんだか覚えていたくない気持ちではあります。

    ユーザーID:9138792779

  • 命日より誕生日かな

    私は、ご主人寄りかな。
    私も亡くなった父のことは大好きで、今でも思い出すだけで泣いちゃうほどなのですが、仏教の思想は信じていないので、お線香をあげるとか、法事を営むことが供養とは思えません。実家の仏壇の写真を見るだけで涙が出ちゃうので、申し訳ないけど、お線香もあげたことはありません。それよりも、毎日思い出すことが供養だと思ってます。
    命日は、人生一番の悲しい日なので忘れられないけど、むしろ父の誕生日の方が懐かしい思い出の日として心に刻まれてます。人それぞれなんでしょうね、ご主人もいろいろ考えてるのかも、理解してあげて。

    ユーザーID:6420157701

  • 関係ないと思いますよ。

    年忌法要やお墓参りなどの先祖供養、日々の仏壇へのお参り。こうしたことを大事な習慣としている家庭はあります。そういう家庭は親を敬う気持ちと先祖供養が合体するのですね。

    ご主人は、ご先祖様に手を合わせる習慣のない方のようです。

    だからと言って、親への尊敬の気持ちや感謝の念がない訳ではないのですよ。

    先祖供養と仏教的、あるいはスピリチュアルな考え方が合わさっているのが、多くの日本人の感覚だとは思います。

    けれど、そこは家庭の文化の違いも大きいのです。

    ご主人の自分の父親に対する思いは、ご主人の心の中にあります。

    あなたが「は?」の一言で否定するのは失礼極まりないことですよ。

    先祖祀りは心の中にあるものです。「千の風になって」の歌の気持ちでいいと思います。

    ユーザーID:5704935821

  • ご主人を支持

    私も亡くなった母を尊敬しています。
    出来るものならば、今の私と同い年の母と話しが出来たら楽しいだろうと
    想像したりします。
    命日は覚えていますが、仏教徒ではないので何もしません。
    海に散骨(両親が希望していました)しましたから
    お墓まいりもしません。
    むしろ母の誕生日に母のことをあれこれを思い出します。
    母の娘に生まれて幸せでした。
    ご主人の考えと同じです。
    色々な考え方があると思います。

    ユーザーID:4370146428

  • 男の人って…

    別に世の中の全てじゃないけど、男の人って、記念日やら誕生日やら命日やらという節目の日付を覚えてない人って多いですよ…。
    別にご主人の意見に賛成ってわけじゃないですよ。
    ただ、ご主人は「お父さんを尊敬していた」という思い出だけを美化しているんじゃないでしょうか。
    実際、尊敬だけされるお父さんなんて いやしないと思います。
    でも、亡くなって思い出になったことで、諸々の不都合な部分だけ都合よくご主人の頭から消え去ったんですよ。
    つまり、ご主人は自分に都合の良いことしか覚えない人間ってことなんでしょう。
    そういう人に意見するだけ無駄です。

    ご主人のお父さん発言は寝言だと思って「はいはい、ヨカッタネー(棒読み)」と流した方がいい。
    突っ掛かった所で、ご主人は都合悪いことは全部忘れるんだから。

    ユーザーID:7116117880

  • 私はあなた寄り

    ご主人が父親を尊敬できるのは幸せですが
    一般常識というものはあるのでは?と思いました

    家族の命日は普通は知ってるもんじゃないの?

    仏壇に手を合わせないっていうのはポリシー云々以前に非常識だと私は思います

    でもご主人は頑固で変わり者っぽいからあなたが自分の意見を言っても
    受け入れてくれなさそう

    お気の毒です

    ユーザーID:5143922020

  • どちらも正解

    こんにちは。
    アラフィフ女性、3年前に父を亡くしました。

    私は、トピ主さんもご主人も、どちらも間違ってはいないと
    思いますよ。
    命日や法要をする事が大事と思う主さんと、
    それよりも思い出の方が大事と思うご主人。

    ご主人が、お義父様の事を大事に思ってらっしゃるなら、
    それが一番のご供養かもしれません。

    私は、命日や法要を大事に思う方ですが
    来たくない人はたとえ身内でも来なくても良いし、
    来て欲しくない人は呼びません。

    お義母様は、お義父様の命日はご存知なのでしょうか?
    もしお義母様が法要を大事に思い
    執り行うならば、主さんは参加すれば良いですし
    ご主人が「行かない、必要ない」とおっしゃるなら
    私なら「あらそう、じゃあ私だけ行って来るわね」と
    ご主人にお留守番してもらいます。

    法要や命日は、故人を思い偲ぶ日。
    お経で故人を慰め、身内で「あいつはああだったなあ」と
    思い出すのも良し、
    独りで「親父はああだったなあ」と思いを寄せるのも良し。

    私は、どちらでも良いと思っています。
    まあ、お墓があるのにほったらかし、というのは
    賛成出来ませんけれどもね。

    ユーザーID:9135187961

  • 別におかしくないような

    うーん難しい話しです。その人それぞれの考え価値観の問題です。供養とは亡き人を、忘れないでいる事です。世界中に沢山の宗教あります。色々やり方違います。そう、決め付けなくてもと思います。但し墓参り・お仏壇の御参りくらいして欲しいですね。尊敬していたなら。

    ユーザーID:9881038926

  • トピ主がおかしい

    日本人なら皆同じ考えだと思いますか?
    そんな訳ないでしょ。
    一番大事なのはいい父親だったという事実。
    形式よりも心。

    ユーザーID:4219152298

  • 割とご主人寄りかも

    父が五年前に亡くなりました。
    命日ですが、○○年○月 ← ここまでは覚えています。
    でもその後の日にちが12日だったか13日だったか、毎回忘れます。
    私は3人兄妹の末っ子ということもあり、多分一番父に可愛がられました。本当に父との思い出はたくさんあり、次 産まれ変わることがあるなら、また父の子に産まれたいです。本当に本当に大好きで尊敬しています。今でもふとした時、父に守られてる感があります。命日でなくても度々お寺に行ったり、実家のお仏壇に手を合わせています。
    だから私にとって、12日でも13日でもどちらでもいいんです。きっとそのへんは父も笑って許してくれてると思います。
    私は、ご主人寄りの考えかもしれません。

    ユーザーID:8055344602

  • 形式など、どうでもいい。

    私は完全に、ご主人寄りですね。
    格好良くて大好きな父が亡くなって10年。
    今でも子どもたちに、父の自慢をすることがあります。

    私の兄弟達も、父のことが大好きで尊敬していますが、
    何回忌など、何もしていませんね。
    命日は亡くなった翌年だけは覚えていましたが、今はうっすら覚えている位。

    何かの折に思い出しては、格好良かったな〜と思ったり、子ども達に話したり…
    いつも自分の近くで、見守ってくれてる気がしているので、
    父のことをよく知らないお坊さんが絡む行事なんて、どうでもいいことですね。

    そういえば、母も父のことが大好きで、こんなに素敵な人はいないのよーと、
    いまだに私達に言いますが、仏壇もないですね。
    もちろん、お線香もあげていません。
    形式ばったことは、どうでもいいです。
    いつでも、そばにいるのだから、命日や仏壇の前は特別ってことはないです。

    ユーザーID:4583659023

  • 余計なお世話です

    亡くなった人をどう想おうと、人それぞれだと思います。
    何回忌とか、仏教に興味がない私にもほんとにどうでもいいし、仏壇に故人がいるなんて思ったこともありません。
    仏壇に手を合わせることほど無意味なことはないと思っていますよ。

    命日については、、、私もあまり覚えない方ですね。
    実の親を亡くしてないからわかりませんが、もしかしたら、あまりに悲しい日は忘れたいのかもしれませんよね。
    そこをしつこくつつく主さんの神経の方がどうかしてると思います。

    どうなのかと言われれば、ご主人のような人は珍しくないし、そこにこだわる主さんの方がデリカシーに欠けると思いますね。

    ユーザーID:8141173052

  • 孝行は生きている間に

    供養って、亡くなった人のためと言うより、
    残された遺族のためにあると思っています。
    亡くなった方を偲び、自分の気持ちに区切りをつけるため・・・

    命日がそんなに大事なことでしょうか?
    亡くなった人のことをいつでも思い出し、懐かしみ、尊敬できるといえる
    御主人の中で、お父様は生き続けられるのです。

    >はお坊さんのお経で亡くなった後行けるところに押し上げてもらっていくのだろうなと思っています

    命日だけ思い出して形だけの供養をした方が立派とでも言うのでしょうか?

    私は親の命日は覚えては居ますが、御主人派ですね。
    仏壇やお墓に亡くなった人が居るわけではない
    そのような物体にしかよりどころを得られないのか
    御主人のように心の中によりどころがあるかの違いですね。

    仏壇で手を合わせることを否定しているわけではないですよ
    私も手をあわせますから
    供養の仕方は色々あるのでは無いでしょうかね。
    夫婦といえども口出し無用
    御主人の親のことですからね

    ユーザーID:6929033659

  • 別におかしくない

    私も親の命日は正確には覚えてません。
    誕生日は覚えているし一緒に過ごした思い出はしっかり覚えてます。

    亡くなった肉親をどのような存在として記憶に残しているかはその人それぞれの価値観です。
    命日を大切にするのも法要を欠かさないのも良いことでしょう。
    でもそういうことに拘らない人もいるのです。
    私の親も拘らない人でした。
    人の価値観が自分と違うというだけでおかしいと言ってしまうのは視野が狭いだけです。

    先祖を大切にするのは大事なことだと思いますが、その偲び方は一つの決まった型に捕われるものではありません。

    私の場合、母が長く意識も無くそのまま死んで行った日付には思い入れがないんです。
    命日を覚えていたら故人のことを大事に思ってるなんてこともないですしね。
    仏壇の中に母はいませんし、自分の心の中に母はいます。
    私は全くご主人と同じ価値観です。

    ユーザーID:2152252709

  • 人間って色々です

    トピ主さんの感覚がおかしいとは思いません、というより普通でしょう。
    ただし、色々な人がいるので故人となった親を深く尊敬あるいは敬愛して
    いながら命日を覚えていない者がいても不思議ではないです。
    ちなみに当方はまったく好きでなく我が人生の反面教師程度に考えていた
    父親の命日をよく記憶しています。
    旦那さんの云う「何を思い出に残してくれたかが重要」という考え方も
    一理はあるし、お経をよむお坊さんを金儲け的な存在にしか思っていない
    のは当方も同じです。
    トピ主さんは記憶力のいい人なのでしょうが、親の命日は覚えているもの
    とは限らない思います。

    ユーザーID:2937663768

  • 50代女性です

    とくにおかしいこととは思いません。トピ主さんにはトピ主さんの考え方があるように、ご主人にはご主人なりの考え方があるだけです。どちらが正しくて、どちらが間違いであるか、ということはありません。

    思うに、ご主人は無宗教に近い考え方なのではないでしょうか。だから、父親にたいし個人として敬意を持っているけれど、宗教儀式などには重きを置いていないということでしょう。おそらく、形式にはこだわらず、心のなかで父親のことを思いつづけるのだと思います。一方、トピ主さんはまず形式を大事にするタイプだと思います。葬式や法要など、宗教儀式を行なうことこそ、故人にたいする敬意を表わすことだと考えているのです。故人を悼む様式がご主人とトピ主さんで異なるというだけです。

    要するに、どちらが正しいか、あるいはどちらが普通か、という問題ではありません。二人とも正しく、互いに互いのやり方を尊重すべきことだと思います。だから、トピ文を読んで、トピ主さんにこそ、「はっ!」「この人はなにを言っているのだろう」と感じてしまいます。人の考え方を自分の基準に合わせて批判する、トピ主さんの考え方がおかしいと思います。

    ユーザーID:6412445171

  • それは宗教観の違いなのでは

    私は特定の宗教を信じている者ではないですが、根底には仏教的な考え方があるとは思っています。父方は浄土宗で、小さい頃からお盆や法事の際にはそのやり方に則って祖母や祖父の供養をしているのを見てきたけど、自分が死んだら可能なら海とかに灰をまいてほしいなぁ、とか思ったり。(お墓にいれられたくない)

    命日のことも言われてみれば私もあまり気にしてないです。
    祖母のことはとても好きだったけど、何日に亡くなったか、そういえば覚えてない。
    季節だけは覚えています。

    命日を覚えていないことが罰当たりだなとは考えたことがありません。
    私もトピ主さんのご主人に近い考え方だと思います。

    仏教的に輪廻転生を信じていて、いろんな生物の一生をめぐっているんじゃないかとかは、思います。

    >亡くなった人はお坊さんのお経で亡くなった後行けるところに押し上げてもらっていくのだろうなと思っています。

    こういうのも、思ったことがないな。
    個人的には極楽浄土は人間だけの場所じゃないと思ってるから(笑
    だからお経あげてもらってない生き物も等しく、死んだら人間だろうが動物だろうが「魂」みたいのが集合してるかなとか思います。

    ユーザーID:3568137849

  • 受け入れられていない


    尊敬するお父様が、亡くなったという現実を受け入れる事ができていないのではないでしょうか?

    私は、仕事柄、亡くなった方のお骨を拾うのに立ち会うのですが...、

    亡くなった方と、結びつきが強ければ強いほどお骨を拾う時、立ち会わない方が多い傾向にあります。

    本当は、ご命日も回忌日も知っても認める事は出来ない...

    まだ、どこかでお父様は生きているのでは?
    と、ご主人さまは思っていらっしゃる。

    これだと、命日を知らない?と言いますか受け入れられない事に説明がつくのでは?と思います。

    ユーザーID:3389314275

  • う〜ん

    私も命日は覚えてませんね。
    でも、故人を好きであったり、尊敬していましたよ。

    宗教的な話になっちゃうなら、二度とレスしませんけど
    私はご主人の事をおかしいと思いません。

    トピ主さんの価値観の押しつけの方が窮屈に感じますね…

    ユーザーID:7719922029

  • 自分の考えが全て一番正しいと思わない方がいいと思います

    ご主人が父親を尊敬する気持ちが一番大切でしょ?
    命日だから覚えていて当然!おかしい!とあなたの価値観を押しつけておかしいと騒ぎまくっていることの方がおかしいと思います。
    覚えている方がいいけれど、覚えていても心の中でどうでもいいと思っているよりは、心の中で供養の気持ちを持っている方が断然良いと思います。

    あなたの文章からは、自分とは違う価値観の人を徹底的におかしいと決めつけて自分の考えを押しつける強引さがグイグイ感じられてとても不快に感じます。

    ユーザーID:8796899397

  • 夫婦でも他人

    夫婦といえども他人なので
    夫は夫の価値観でいい。
    あなたは命日を大事にしたらいい。
    そのことについては
    今後一切話合わないこと。
    相手を尊重するとは
    こういうことです。

    ユーザーID:9559068479

  • そんなものでは

    うちの主人もそうですよ
    義母の事を尊敬し超が付くほどのマザコンですが
    誕生日も命日も覚えていません
    法事にも興味はない

    だから大事に思う事と別物なんだと思います
    小さいころから仏壇に向かう習慣がないと
    拝んだりしないかも
    私は義母の命日も誕生日もしっかり覚えているけど
    義母に対して思い入れがあるわけでもなんでもないです
    大好きでもないし尊敬もしていない
    必要があるから覚えているだけです

    ユーザーID:6803637398

  • それは別物でしょう

    主さんは、ご自分の価値観をご主人に押し付けようとしていませんか?

    亡き父親を尊敬していることは、もう変えられません。
    それで、尊敬する人の命日を知らないからって、どうして非難されることになるのでしょう。

    ご主人の心の中には、いつも尊敬する父がいる。亡父には何よりの供養だと思いますけど?
    お仏壇に手を合わせること、回忌の法要など、弔い事に関する価値観は個々に違います。
    命日を覚えていないことを悪いことのように言われても・・
    覚えていないことを普通じゃないと決めつけられても・・

    私は、長男夫と結婚し、夫実家で姑と完全同居です。
    本家なのでもちろん仏壇もお墓もあります。
    別居の頃は、義家に帰省するとお線香をあげたりしていましたが、同居してからは全く手を合わせることはないです。

    同居してから、仏事なんてどうでもよくなりました。
    それでバチが当たっても構いません。
    私の死後は、火葬さえしてくれれば葬儀も読経も戒名も何も要りません。

    きっと、信仰心に厚い方々には非難されるでしょうね。

    ユーザーID:4651048988

  • 命日・・・

    父が50代で亡くなって30年
    父の命日に久しぶりに実家へお参りに行ったら母が「今日は何の用?」と・・・
    母は父にベタ惚れって周りにも言われてたし私も信じてたけど
    30年もたったらそんなものかぁ、と(母はまだ認知症ではありません)

    超マザコンだと思っていた夫は、母親の誕生日も知らないし命日の月日どころか、何年だったかも思い出せません。
    昨年の秋、父親が満100歳で亡くなったのですが、すでに日にちを忘れています。
    満百歳だと言っているのに、生まれた年がわかりません(西暦ならすぐわかるでしょ?って思うのに・・・)
    私は文系で数字にはめちゃ弱く、夫は理系なので得意だと思っていましたがそれとこれとは別のようです。

    私は50年も前に亡くなった祖母の命日も覚えているしその時の状況すら思い出すこともできます。
    でも、それ以外の祖母の思い出は全くありません。
    好きではなかった祖父の命日も近くなると必ず思い出すし、誕生日ですらざわつきます。
    従姉妹が亡くなった日も高校の同級生が亡くなった日も覚えています。
    でも、それを偉いと思ったことはありません。
    自己満足なセンチメンタリズムだと思っています。

    ユーザーID:8486526674

  • 私はご主人寄り

    私にとって祖父がそういう存在です。
    そんな祖父の命日は覚えていますが、
    何年に亡くなったか、何回忌とか全く覚えていません。
    14年前くらいに亡くなったと思います。
    私の実家は今の住まいから飛行機移動の距離で、
    父から法事に呼ばれたことも、法事の日程の連絡を受けたことがないのもあるでしょうが、
    私から確認したこともありません。
    葬式と初七日と四十九日には参列しましたが、
    お坊さんの読経の時は全く違うことを考えていました。
    だからって、私の祖父への気持ちに何か変わりがあるとかではありません。

    私の祖母、両親はまだ存命だけど、3人が亡くなったとして
    多分、誰の命日も覚えていられないと思う。
    祖父の存在は別格でしたし、初めて同居の家族が他界することを体験して
    脳裏に焼き付きやすかったのだと思います。

    わざわざ掲示板に書くほどのこと?
    「わたしの夫はこういう考えなんだ」で済むことだと思うんですけどね。
    人のことを「おかしい」とか言えるあなたの方がおかしいと思います。
    自分を絶対的に正しいと思うから、相手をおかしいと思うんでしょ?
    傲慢だな。

    ユーザーID:8915172454

  • たぶんそれは

    父を尊敬し、感謝している自分が好き....なんですよ。

    ユーザーID:1554641076

  • おかしくない

    別におかしくないと思います。

    命日だとか、何回忌だとか、あの世だとか、お経で行けるところに押し上げてもらうだとか、そんなことはどうでも良いし信じていない、という人もいます。

    でも、お父さんのことは尊敬しているし感謝している気持ちは本当なんでしょう。

    人それぞれなので、仏教や宗教、信じるも信じないも自由です。

    ユーザーID:6888582151

  • 死んだら無になる、なのかな?

    別におかしくはないと思います。
    ちょっと大げさですが、「死後の世界」をどう考えているかの違いではないですか?

    ご主人にとって、お父様との間柄についてはご存命の頃の出来事、思い出だけで完結しているのでしょう。
    単にトピ主さんと考えが違うだけで、どちらが正しいということではありませんから、義父様のご供養についてはご主人とご主人のご実家にお任せした方がいいですよ(トピ主さんが勝手にする分にはいいですけど、ご主人に無理強いしないようにして下さい)。

    ユーザーID:8459259403

  • 偉人伝

    旦那さんにとって父親は「偉人」なんですよ。
    野口英世とか伊藤博文みたいなモノなのでしょう。
    生きてるとか死んでるなんて事は超越した存在に成ってるんじゃないかな。
    偉人たちの足跡や功績には興味ありますが、生年月日や命日にはそれほど興味はないでしょ?
    そういう気持ちなんじゃないかな。

    私も父親を尊敬はしていますが、それとは別に家族の情も持ち合わせています。
    私自身は宗教的な事はあまり信じていませんが、生前の父は信心深かったので父のために仏壇に手を合わせ命日やお盆には墓参りもします。

    旦那さんの考え方はおかしいとまでは言えないかな。
    もちろんトピ主さんの考え方は日本人として多数派の意見だと思いますよ。

    ユーザーID:1184012596

  • ご主人に1票!

    ご主人にほぼ同意です。

    もっとも弔い方とか、悲しみ方は
    人それぞれだと思うので
    トピ主さんのやり方を否定はしません。

    ユーザーID:0217815823

  • トピ主も自身の価値観にガチガチ。

    私の父は40年以上前に亡くなりました、
    人生初めての人の死で身内の死でした。
    私自身父の死で死後の捉え方が固まったかも知れません、
    別に仰々しく弔って欲しくないな〜と。
    母は仏壇に花や好きだった果物を供え当然手を合わせていますけど、
    私は帰っても手は合わせませんね。
    命日は覚えていますが行動には移しません、
    手を合わせなくても時折父の事は思い出してるから。
    怒られた思い出に子煩悩な父に連れられ出掛けた思い出、
    少ないからこそ鮮明になってるんでしょうが。
    お経は聞きますが心に沁みるとか亡くなった人の為だとか思いません、
    その道の勉強はしてるでしょうけど有難いとは思いませんね。
    トピ主も自分の意見は正しい事だ!と押し付け過ぎではないですか?
    好きだったらこうだろう!と。
    考え方等人の数だけ多様性があります、
    ご主人は自分の考えを押し付けてるの?おかしいと言い切ってるの?
    自分の親ですから好きな様にしても良いのでは?
    私は母が死んでも粘着質にやらないです、
    生きてる間に出来るだけ大事にして子の務めはやろうかなと。
    死んでから大事にしても本人は分からない。

    ユーザーID:3706219171

  • それってこうだよ。

     奥さんの誕生日
     結婚記念日
     付き合って〇ヵ月記念日とか
     手を繋いだ記念日など。

     女性は記念日大好き。

     でも、男性からすると記念日やプレゼント用意することってそんな大事?
     愛情ってそんなもんなの?
     プレゼントや記念日より、二人の関係性とか気持ちとかのほうが
    大事じゃない?ってか忘れてたら別れるとか離婚とかなによ?
     そんな感じじゃないかな?

    ユーザーID:2200860754

  • 貴女は自分で法事を仕切ったことがない

    >私は何回忌とかも意味のあるものだと思っていますし

    貴女は祖父母や両親の命日を全て覚えているのですか?
    全て覚えていて、すべてお坊さんに頼んで供養して貰うのですか? 

    そっちのほうがビックリ!です。

    私も母だけは覚えていて、命日には写真と花を飾りますが、それ以外はお彼岸だけです。

    そもそも親族が多かったら、金がいくらあっても足りませんよ。
    うちなど一族郎党が古い街の中で暮らしているので、毎月のように法事でした。つまり毎月のように金を包まなければならなかったのです。

    それがイヤなので、うちの母はもう一切をヤメにしたのです。寺も墓も法事もです。
    大正生まれなのに、大英断だったと思います。

    まさか貴女は供養供養と言いながら、金は一銭も出してないのではないですか?

    だったら貴女は口先だけで行動が伴ってない人です。
    夫のことをとやかく言える立場にありません。

    ユーザーID:9433527236

  • 日時にも勝る思い出

    私も両親に愛情をたっぷりかけてもらいながら育ちました。
    でも、実を言うと…親の誕生日もおぼろげなんです。
    両親は大正生まれで、自分たちの誕生日とか結婚記念日とか、そういう事は大したことではなく、
    私は私で、親の何回忌とか命日とか即座に言えるわけでもないのです。

    でも愛された思い出はたっぷり頭の中にあります。
    父の言葉や笑い声、母の歌や背中の温かさ…。

    墓参りも思いついた時しか行かない親不孝娘かもしれません。
    でも、両親の娘で良かったと思っています。
    こういう人間もいますがいけませんか。
    人の心を他人がとやかく言う権利はないと思います。

    ユーザーID:5086386970

  • 私もおかしくないと思います

    夫にとっては仏事なんて興味ないし関係ないと思っているのですよ。

    私もそうです。

    父との思いでだけしか頭にないのですよ。

    それはそれでいいと思いますがね。

    物事を全て一括りにするという考え方の方がおかしいと思います。

    ユーザーID:6671817130

  • 宗教アレルギー かつ 記念日気にしない人?

    法要等に関しては、そういう人もいるだろうなと思いました
    自分だけ改宗しちゃった人にありがちですが
    トピ主さんの夫さんは「無神論者的な人」になっていらっしゃるのかなと

    しかしこれ、私としてはどうよと思ってます

    マザーテレサは皆さんご存知の通り
    キリスト教の神に仕えることに人生を捧げた方ですが
    彼女が救い世話をした死にゆく人にはその人の信仰する宗教を聞き
    その宗教で弔ってあげていたそうです

    私もこの考えに賛同していて
    トピ主さんのケースの場合私が夫さんなら
    尊敬する父の尊厳を一番重く考え
    彼の信仰する宗教の戒律に従った法要を行います

    トピ主さんの夫さんの場合
    父を尊敬してるとは言っても上っ面で
    父の尊厳を重視しない
    息子としての役割を果たそうともしない
    そういう風に見えてしまいかねないなと思いました

    世の坊さんに何か恨みでもあるんですかね?
    それとも宗教に夢見すぎてるのかな?

    ユーザーID:6642368517

  • 宗教観の違いだから

    親を大事にしているかしていないかの違いではないと思いますよ。

    >私は何回忌とかも意味のあるものだと思っていますし亡くなった人はお坊さんのお経で亡くなった後行けるところに押し上げてもらっていくのだろうなと思っています。

    私はあまりそう感じていません。
    トピ主さんとは死後に関する考え方に違いがあります。
    ご主人もそうなのだろうと思います。

    >親がなくなり尊敬し大好きだった人なら尚のこと普通に命日って覚えていませんか?

    私のことが好きだったら結婚記念日も付き合った記念日も覚えてるはず!という考えに似てますね。
    どうなんだろう、私は結婚記念日を時々忘れます。付き合った記念日はうろ覚えです。
    誕生日はイベントになっているし書類などにも記入するので忘れないですね。
    親の命日は経験がないのでわかりませんが、祖父母の命日は覚えていません。
    親のはきっと忘れたりはしないだろうとは思いますが、それが絶対に普通のことかどうかはわかりません。

    ユーザーID:5481458251

  • 気にならない。

    尊敬してるけど命日はどうでもいいという価値観、驚くけどそれで終わりです。別に気にならない。
    そういう価値観の人もいるよな、と思うだけです。
    それにご主人がいうことも分からないではないです。人が作ったルールに則って死者を悼むのもいいですが、
    自分と生前のその人との関係性に鑑みて、自分なりの方法で死者を悼むこともできると思います。
    ないがしろにしてるわけではないのだから、余計な口出しはしないほうがいいのでは?

    ユーザーID:7030398897

  • ひとそれぞれ。

    気にする人もいるだろうし気にしない人もいる。
    そんなもんだろうと思います。
    私は自分は覚えてるタイプですが、覚えてない人をおかしいとは思いません。
    うちの主人も親が大好きですが、親の誕生日すら覚えてません。

    自分と価値観が違う。
    それだけの事なのに、そんな喧嘩ごしで指摘されたら
    ご主人も気分が悪いと思いますよ。

    ユーザーID:1559077233

  • ご主人に同意

    40歳女性。
    全てではありませんが、ご主人の考え方に同意します。

    私も大好きだった祖父母の命日をはっきりと覚えていません。

    実家に帰ればお仏壇には手を合わせて
    興味があって本をみながらお経を唱えたりしますが
    お坊さんならすべてありがたいとは考えていません。
    (尊敬すべき人もいれば、金儲け主義の人もいます。
    私の実家のお寺さんは住職は面白い人ですが金もうけ主義です)

    〇回忌等の法事は親戚と会って思い出話を楽しみたいので出席しますが
    絶対に必要とは考えません。

    私には子供はいません。
    自分が死んだあと甥姪や友人など誰かの記憶に少しでも残れば嬉しいと考えますが
    何かの記念日のように命日を覚えたり、高い金を払ってお坊さんにお経を唱えてほしい
    とは全く思いません。

    ご参考までに。

    ユーザーID:7063440946

  • 価値観の違い

    すてきな旦那様ですね。
    法要は生きている人間の自己満足だと思います。
    正直、死んでから、命日を覚えて貰っていても、仏壇に手を合わせて貰っても亡くなった人間はわかりません。
    旦那様はお父様が生きている間に十分親孝行されていて、満たされているのだと思います。
    どこででも、いつでも形にとらわれる事なく、お父様を思い出し偲ばれる。トピ主様こそ、自分の価値観を押し売りしないで下さい。

    ユーザーID:9434862246

  • 私がご主人のお父様だったとしたら・・・

    私はたぶん、ご主人派です
    ただ、まだ親は生きておりますから、あくまでも想像です

    私は無宗教なのだと思います
    実家ではちゃんとお坊さんに来ていただきお経をあげてもらっています
    私もその場にいれば一緒に拝みます
    実家に行った時には線香もあげます

    でもその行為で何かが変わるとは思っていません
    親はお経やお線香をあげてもらうものと思っているでしょうから、ちゃんとするつもりでいますが、私が自分の子供にもそうしてほしいとは思えません
    ご主人のように「尊敬している」「良かった」とか日ごろから思ってもらえる方がうれしいと思います
    義務的にあげるお線香やお経よりもずっといいと思います
    (心がこもっているならどんな行為もすばらしいと思うので、仏事を否定するつもりはありません)

    弔い方は人それぞれでいいのではないでしょうか
    トピ主さんが思う弔い方だけが正しいのならば、違う宗教の方はどうなるのでしょうか
    諸事情により弔ってくれる人がいない場合はどうしたらいいのでしょうか

    ユーザーID:1005392466

  • 日にちに意味は無いのでは

    普通とは思わないけどおかしいとも思いません。
    私はトピ主さんのように信仰心はあまり無いのでご主人の気持ちも分かります。
    さすがに親の命日は最近の事なので覚えていますが、大分前の事であれば覚えていない人がいても、まあそんな人もいるだろうなと思います。

    私の夫は義母と仲が良く何かと気にかけていますが、両親の誕生日を覚えていません。特に親の誕生日にイベントが無いし、自分自身が誕生日に思い入れが無いからでしょう。

    また私も自分が入籍した日がいつかは覚えていません。その日はただの手続きの日であって、何も意味が無いです。挙式した日は覚えていますが、特に祝わないので夫は忘れているでしょう。

    トピ主さんにとって命日は宗教行事と結びついているので、命日を意識する機会が多いでしょう。
    でも無宗教のご主人にとって亡くなった日にちそのものはあまり意味が無いのではないでしょうか。

    何を残したかが重要と言う気持ちもよく分かります。
    特定の日にちを覚えている事と、親に対する想いの深さにはあまり関係が無いと思います。

    ご主人に結婚記念日を覚えているか聞いてみてください。

    ユーザーID:5166915565

  • 単にトピ主さんは信心深いだけ

    私は御主人のように「生きていた時に故人の思い出を大切にする」ということの
    方が重要に思いますし、故人も自分の命日を覚えてくれているよりも
    そちらの方が喜ぶ事と思いますよ。

    最近は全く無宗教という事で、お墓も作らず、散骨するような人もいる程です。
    トピ主さんは仏教の教えといったものを信じて、故人の供養を大切に
    するのだと思いますが、それが正しいとは言い切れないと思いますよ。
    貴方の価値観で御主人を非常識呼ばわりしてはダメだと思いますよ。

    ちなみに私も、かなり身内を亡くしてきましたが、命日は覚えていませんね。
    私の実家も主人の実家も、祖父母の命日だからと特別な事もしていませんしね。

    ユーザーID:9484948940

  • 二人とも正しいと思います。ご主人はご主人の流儀でOK

    両方とも正しいと思います。ただ考え方の違いだけ。

    またご主人がそのお父さまをしたっているのですから
    本人の好きなようにさせては、いかがでしょうか?

    大げさな事を言いますと、伝統の長い大きな宗教が世界にいくつかありますが
    各々いくつかの派閥に別れています。

    大きな潮流は、
    A. 行事を大事にする。像を作って拝む。などを教義の中心に置く派閥。
    B. 行事、像を重視する事を禁止し、出来るだけ豪奢な建物などを作らないで
      始祖の教えを素朴に受け継ぐ事を重視する派閥

    の二種があります。

    仏教で言うと、
    Aは真言宗が思い浮かびます。弘法大師が中国から持ってお帰りになった
    宗派。日本で作った仏具、きらびやかな仏壇など。

    Bは、浄土真宗や禅宗でしょうか?簡素を尊び心の中で拝む事を大事にする。

    どちらも同じ山に登るのに、別の登山口から上るだけで、頂上は
    いっしょ。そう考えると、相手の好きなやり方でやってもらい、自分は
    自分の信じるやり方でやれば良いのでは、と思います。

    ユーザーID:2763436089

  • 考え方は人それぞれ!

     トピ主の旦那は宗教的なことが嫌いというか信じてはいないのでしょうね。
     まあ、宗教観は人それぞれで他人に迷惑をかけない限り、どんな考え方でも構わないのではないでしょうか?
     それにしても少し変わった人だとは思いますが。

    ユーザーID:1511556323

  • ご主人に同意します

    単に宗教観の違いでしょう。どちらがあっていて、どちらが間違っているという問題ではありません。他宗教ではまた違った弔い方をするわけで。個人的には、葬儀や法事は生きている者の心の安定の為にやるものだと思っています。

    ご主人の心の中には、死に別れてしまった悲しみよりも「ありがとう」という感謝や尊敬のほうが大きいのでしょう。だから死んだ日なんてどうでもいいし、ましてや宗教的儀式など関係ない。

    私はご主人と同意見です。死んだらただの無になると思っています。あの世だの何だのは信じていません。だから墓も不要だし法事も不要。できれば葬儀も不要。灰はその辺にばらまいて捨ててもらえれば一番ですが(燃えるゴミでもいい)法的にそうもいかないので、樹木葬にしようかと夫や子供と話しています。

    でも生きていた証が残せるのは幸せですね。子供の心の中に自分が生きていたら、それだけでも生きた意味があるし嬉しいです。

    命日にも拘りないです。だって死んだ日はその年のその日だけ。そんな嫌な日、思い出したくないし。誕生日も似たように思っているので、毎年忘れます(笑)でも家族を愛してるし仲も良いし、幸せですよ。

    ユーザーID:2760152618

  • ごめんなさい。

    私も父の命日覚えていません。1月ということは分かるけど、何度確認しても日にちが覚えられません。普通に父とは仲が良かったのに、どうしてか自分でも分からないです。
    亡くなって、今年で8年です。流石に母にも聞けないので、今度こっそりお位牌を見てきて、どこかに記録しておこうと思っています。

    そんな私が言うのも何ですが、命日が言えなくても、別に『それってなにかおかしい』というようなものではないと思います。
    ご主人の本心は分かりませんが
    >「親父の子供に生まれて良かった」「尊敬している」
    本当にそう思っておられるなら、単純に数字として命日や何回忌というようなことを覚えているより、余程素晴らしいことだと思うし、亡くなった方も喜んでおられると思います。

    でもトピ主さんの言われる
    >私は何回忌とかも意味のあるものだと思っていますし亡くなった人はお坊さんのお経で亡くなった後行けるところに押し上げてもらっていくのだろうなと思っています。

    これも分からないではないので、ここは宗教観や価値観の違いということで納められては如何でしょうか。

    ユーザーID:2364877485

  • 価値観の違い

    トピ主さんは死後の世界があって、ご先祖様が天国て暮らしている的な考え方で、
    旦那さんは、死んだら機械の電源が落ちる的な考え方なのでしょうね。

    ちなみに私は後者の考え方ですが、お盆やお葬式は故人を思い出す場として、大切にしています。

    なんとなくですが、旦那さんが、親父を尊敬しているオレかっこいい的な感じが見え隠れして、イラっとしちゃうのかなと感じました。

    文章からのイメージなので、的外れでしたらすみません。

    ユーザーID:9611617395

  • うちの夫

    夫の両親はすでに鬼籍に入っております。
    命日、全然覚えていません。
    義祖母の命日も知りません。義母と同じ日なんですけどね。

    私の父や仲良くしていた私の弟の命日も覚えていません。
    誰の命日も興味がないようです。
    お墓参りは盆暮れには必ず行きます。
    お仏壇は宝くじを置く場所になっています。

    家族の中で私以外誰も命日を知りません。
    私が死んだら…お寺さんからのお知らせでしか気が付かなくなるんだと思います。

    ご主人の事、責めないでください。
    どちらが正しいとか別にいいと思います。

    ユーザーID:6473147268

  • 覚えていません

    誕生日なら覚えていますよ。
    物心ついたときから、何度も話題に上り、何度もお祝いしてきましたから。

    でも、命日は覚えていません。
    誕生日ほど何度も話題に上るわけでもなく、誕生日ほどの回数の法事を重ねたわけでもありません。

    戒名も覚えていません、私が馴染んだ名前ではありませんので。

    特に信仰はないので、お経によって亡くなった方の魂がどうとかいうのも、知識も興味もありません。

    ユーザーID:9825259513

  • えっと…

    主さんは、旦那さんに対して、
    「いつも亡くなったお父さんを尊敬してるとか言うけど、命日も知らないなんて、その気持ち、嘘なんじゃないの?」と、いちゃもんつけたいってことなんですかね?

    旦那さんからしたら、そう言われているように感じると思うのですが、
    相手の大事にしている部分に、価値観間違ってるだの何だの言って、夫婦関係壊れませんか?大丈夫ですか?

    そうなんだね。で済む話だと思いますが?

    ユーザーID:6902908405

  • 生き続けているんじゃないの?

    ご主人の心の中では。

    ユーザーID:5586598742

  • ご主人よりです。

    冠婚葬祭や儀礼的なものには
    懐疑的です。
    きちんとすればこちらの気持ちは
    落ち着き、他人にとやかくも
    言われません。

    しかし人生の本質を考えるとき、
    ご主人の考えを支持します。
    何も考えずに命日を覚えない人とは
    一線があるでしょう。

    ユーザーID:3675617850

  • 旦那さまにちょっとだけ似てます!

    トピ主さん、家族を亡くされたことってありますか?

    私は20代で同居していた祖母と父を立て続けに亡くしたのですが、
    2人の「命日」がなかなか覚えられませんでした。
    誕生日は絶対に忘れないのに。

    こんな自分はおかしいのかなと思っていたので、
    このトピを読んでびっくりでした。

    大好きな人が亡くなったとき、
    やっぱりつらいことよりも
    楽しかったことを覚えていたいものなんですよね。
    だから頭が勝手に命日のことを考えるのを
    拒否していたのかも。

    とはいえ、法事はとても大事だと思っていて、
    そこは旦那さまとは違いますね。

    きっと、トピ主さんに賛同するかたの方が多いと思うのですが、
    ご参考までに。

    ユーザーID:3929128063

  • でた、価値観の押し付け

    ご主人さんはトピ主さんのそれと価値観が違う。
    それだけだと思いますが、親を尊敬する割に命日も知らない男はナシだわ、と思うなら離婚すればよいし、自分の男性を見る目がなかったと反省すればよろしいです。

    そうではなくあなたが「それっておかしい!」と鼻息荒くするのみで特に生活に支障が出ているわけでもないなら、あなたの了見が狭いだけで他は問題ないと思います。

    ユーザーID:7230286196

  • 宗教と、人を慕うこととは、別の次元では?

    トピ主さんにとって、人を慕うということは、
    社会が作り上げた礼式にのっとるということ。

    ご主人にとっては、思い出し、愛することが、
    人を慕うということ。

    その違いですよね。

    ユーザーID:1470254122

  • そうなのかな

     私は仏教徒ではないけれど、祖母と一緒に法事もやってきましたが。そのときお坊さんが言うには、「法事は故人のためでなく、法事を行う人の功徳を積んでいる」といったようなことを言われていました。
     地域によっても、仏壇に御線香をあげるタイミング、お墓参り、法事をやる日も独自の譲れないルールがあります。
     あなたが大事に思うことはそれでいいけれど、ほかの人にもそれを強いることは、宗教の自由、でできないことじゃないのでしょうか。
    あなた自身、お坊さんが読んでいる御経の意味やら分かっておられますか?自分自身も理解できないことを他人に押し付けるのはどうなんだろうと思います。

    ユーザーID:6192706738

  • 独善的だなあ

    故人の偲び方ってのは色々な形があるので、
    トピ主みたいなのもアリだしトピ主夫みたいなのもアリだと思う。
    自分だけが正しいってトピ主の姿勢はなんとも独善的。

    ウチの主人はどうしても義母(主人母)の正確な命日が覚えられないんだけど(何月の下旬、くらいの見当はつく)、
    それは、ショックすぎて記憶が錯綜してどうしてもその辺りのことがきちんと記憶に整理できないからなんだ。
    何か書類で義母のなくなった日を書くとき、「まだどうしてもダメだ」ってつぶやいて調べてた。

    ユーザーID:7147243163

  • うーん

    「記念日」を気にしない人は男性に多いかも。
    うちの夫、自分の両親の誕生日知りません。
    誕生日にプレゼントをあげたことがないらしい。
    私の誕生日も、知ってはいますが特に重要視してません。日付をいまだに間違うことがあります。
    子どもの誕生日すら、曖昧です。
    しかしながら愛情深さにおいては、こちらが引くくらいです。
    旦那様もこのタイプかもしれません。

    でもうちの夫、「自分の」こととなるとちょっと違います。
    誕生日祝わないと不機嫌ですし
    正直、私はもうどうでもいいわと思っている結婚記念日なんかは覚えてる。
    (結婚記念日だからごちそうつくったわ〜ってやってほしいらしいけど・・・)

    旦那様もこのタイプかもしれません。
    「この日(誕生日)だから、こう(祝う)」というのは常に「やってもらう」立場でいるんじゃないかな。

    うちの兄なんかは、母の還暦にサプライズを企画するような男なので、最初は夫のことを理解できませんでしたが、
    私はもう、「こういう人なのね(悪い意味でなく、受け入れてる)」と思って暮らしています。

    ユーザーID:6761193061

  • おかしくない

    尊敬する気持ちと、命日を覚えているかどうかはまったく関係ないです。法事もしかり。仏壇に手を合わせるかどうかもです。
    旦那さんの心の中には、お父さんがいつもいらっしゃるのでしょうね。だから旦那さんは、そういう形式的なものを必要としないのです。心にお父さんがいるから、わざわざ仏壇に手を合わせなくても、心で思うだけでいつでもお父さんに会えているのですよ。
    それは今でもお父さんが大好きで、そんなお父さんを尊敬し誇りに思うから。おかしくなんてないですよ。

    ユーザーID:1027041418

  • 残念ながら

    私も両親の命日は覚えてません。

    お彼岸のお墓参りは欠かしませんが、◯回忌供養などはもう何年もしてません。

    でも私は誰よりも両親を尊敬していますし二人の子どもに産まれて良かった、と心から思っています。

    あなたの考えはとても素晴らしいです。
    故人を大事に思い供養する気持ちがしっかりと伝わってきます。

    でもご主人のような考え方の人間もいる、ということです。
    あなたには理解できないかもしれませんが、そんな表面的なこと(いつが命日とか今は何回忌に当たるとか)を第一にはしない人がいるんです。

    なんらおかしいことはありませんし、コウアルベキ、と言い争う必要もありません。

    ユーザーID:7883738687

  • 色んな人がいるよ。

    確かに大好きな親の命日を覚えていないのは理解出来ない。
    年に何回もある訳じゃないし、通夜や葬式や四十九日や相続など、記憶に残ることがたくさんあるもの。
    うっかり思い出すのを忘れるならわかるけど、完全に覚えていないのは考えられないなぁ。

    でもお坊さんにお経唱えてもらって云々は、価値観の違い。
    仏教徒以外はお坊さんにお経唱えてもらわないよね。
    あなたは仏教徒以外は死後地獄に落ちると思ってるのかな。

    ともかく、旦那さんが命日なんて関係ないと言うならそれで問題ないでしょ。
    あなた何か困る?
    困らないなら「そういう人もいるのね」でいいじゃん。

    ユーザーID:4773333326

  • トピ主何言ってんの?

    他人の価値観を受け入れず、自分の価値観を押し付けるなら、生涯、他人との接触は絶って下さい

    ユーザーID:6138619436

  • あなたがうるさい印象

    ご主人が尊敬してると言うなら「あ、そうなんだ」で良くないですか?
    で、命日知らんとわかったら「尊敬してるわりに命日知らないじゃん(笑)」じゃ駄目なんですかね?

    ご主人にはお父さんとの思い出やエピソードがあり、その情景を折に触れ回想する。
    法要よりもそういう偲び方が性分に合ってるんでしょう。

    ちょっとうるさい妻という感じで、ご主人もうるさいと内心思ってますよ、おそらくね。

    ユーザーID:3425041401

  • 供養と言う考え方であれば

    そうですね、命日に一生懸命思い出すよりも日常の生活の中で亡くなった人のことをお思い、敬意を表する方が亡くなった方にとっての供養になっていると思いますよ。

    私も父が数年前に亡くなりましたが、そう言えば親父こう言ってたなとか、こういうこと教えてくれたなと言うことは命日や記念日に関係なく思うことですし、命日だからと言ってその日に集中して考えたりはしません。 いつまで経っても親父には敵わない、そう思えるお父さんがいらしたのはいいことだったと思うし、それを毎日ではないけどいつのも生活の中で時折思い出すことのほうがお経を読んでもらうよりも大事だと思います。

    自分が死んだら、子供たちには日常の生活の中で思い出して欲しい。 年に一度だけ思い出されるほうが寂しいです。

    ユーザーID:5109508390

  • 供養の仕方は人それぞれ

    私はご主人タイプですね。
    親や弟たちの命日は勿論覚えています。
    亡くなった直後は悲しみに戸惑い、四十九日や
    一周忌などは、遺された者を徐々に癒す先人の知恵だなと
    救われた気持ちでした。

    ただ、年数が経って気持ちが落ち着くと、型通りの法事にあまり
    意味を感じられず、それよりも日々何かにつけ懐かしく
    思い出すようになりました。

    季節毎に、日が照ったり風が吹いたりーーその度に
    空を見上げて思い出しています。

    私もご主人のように感謝を込めて、いつも思い出してもらえたら
    いいなと、子供たちや孫たちに接しています。
    私にとってこれが本当の供養だと思います。

    ユーザーID:0145341294

  • すみませんね

    私も父(故人)を尊敬していますし、大好きです。

    でも命日ははっきりとは覚えてません。

    法事も七回忌?だかまでやったような…

    正直大好きな父が亡くなった日やそれを思い出してしまう
    法事はあまり興味がありませよ。

    誕生日は今でもお祝いしてますよ。

    そもそも父が神仏的なものに無関心だったので
    誕生日に仏壇に好きだったカップ酒を供えて
    おめでと〜と誕生日祝った方が喜んでるんじゃないかな?

    トピ主様も夫婦だからと言って必ずしも価値観を同じにしなくてもいいのでは?

    義父様と夫さんにしか分からないものもあると思いますよ。

    まあ親父を尊敬してる俺!って言うのに酔ってるだけかもしれませんが(笑)

    そんな真面目に捉えずにサラッと流しましょ。

    ユーザーID:1188082020

  • 皆さん大丈夫なの?



    命日を思い出せないなんて非常識の極みです

    ユーザーID:1420171896

  • ふつうは覚えてる

    そして月命日にはお墓参り。
    当たり前だと思ってました…
    仕事の都合(出張とか)でなかなか月命日通りにならず前後するときありますが。

    ユーザーID:8988701138

  • トピ主さんがどうかと思います。

    ご自分が一番正しいのかな。

    ご主人様のような方がいても不思議じゃありませんが。

    ユーザーID:6087846867

  • 私も憶えていません

    >話しをもとに戻しますが、親がなくなり尊敬し大好きだった人なら尚のこと普通に命日って覚えていませんか?

    私は父母ともに尊敬していますが、命日は憶えていませんし、墓参りも10年に1回するかしないかで、仏壇は無いし、坊さんに経をあげてもらったこともありません。しかし、間違いなく、今も尊敬の念はあります。

    トピ主さんは形式的に過ぎると思いますよ。

    ちなみに、私自身も(尊敬のあるなしに関係なく)こどもたちに、命日を憶えていて、仏壇に手を合わせるとか、墓参りをして欲しいなんて、まったく思っていません。

    ユーザーID:6284872544

  • 祖母の形見は大事にしているけど…

    亡き祖母が元気なころに分けてもらった装飾品は大事にしているし、
    「いざ!」ってときのお守りがわりだと思っています。

    ただ、親戚関係がけっこう面倒だったため密葬みたいになってしまい、
    私は葬儀には出られなかったし、命日もちょっとあやふやです。
    ○回忌はやってるのかやってないのか、おしらせさえ来ません。

    それでも私はときどき一人で祖母のことを思い出して
    「あの時はありがとう」と考えたり
    祖母の真似をして野鳥に餌をやったりしています。

    どっちかというとご主人の考えに近いと思います。

    ユーザーID:4501573372

  • 心の中はわかりませんから

    御主人が、亡き父を尊敬し故人との思い出を大切になさっているならそれでいいではありませんか。

    御主人の育った環境からなのか
    御主人の個人のお考えなのか
    亡き父の尊敬して偲ぶお気持ちはあるけれど
    仏事に関心がないと解釈でいいのではないかしら

    トピ主さんが、御主人をおかしいと感じても
    面と向かって批判する必要も
    どちらが正しいか決める必要もなく
    その考えどうよ?って心の中で秘めておけばいいじゃない?


    仏事をキチンと務めても義務感だけで故人を偲ぶ気持ちが無いって場合だってあるでしょうから

    ユーザーID:5016659834

  • 価値観が違うだけでは?

    宗教や、故人を大切に思う気持ちって、人それぞれだと思うし、押し付けられるものでもないし、おかしいと決め付けられるものでもないと思っていたのでビックリです。それこそ主さんに対して「はっ?」「この人は何を言ってるのだろう」って思っちゃいました。

    主さんは命日を覚えていたい、お坊さんのお経は大事と思っている
    旦那さんは故人を偲び尊敬の気持ちを忘れないことが大事と思っている

    それぞれでいいのではないですか?

    私は子持ちですが、自分が死んだ後子供に「嫌いだけど命日って覚えてるな」と思われるよりは「いい親だったな、でも命日覚えてないな」と思われるほうが何倍も嬉しいです。
    私ならその考えを批判されたら、かなり気分を害します。

    ユーザーID:4476438205

  • それは信仰の問題?

    トピ主さんは、仏教的な考え方が強いみたいですね、それ自体は誰が見ても悪いことではありません。
    同時に、ご主人の考え方も、決して変ではありませんよ。
    亡くなった人を想う気持ちを大切にされていることに間違いありません。

    形式にこだわるか、もっと言うと宗教にこだわるかどうかじゃないですか?

    昔の人は、新年(歳神様)を迎えると全員が一斉に歳を一つ取ったというじゃありませんか。
    そこには個々の誕生日なんて関係ないのです。

    尊重する、ってことを考えてみてください。
    それから話し合いは裁判ではなく、対話です。白黒つけようなんて思わないで、お互いの違いを楽しめばいいじゃないですか。

    ユーザーID:3602764293

  • 揉める必要もないかと・・・

    子供の頃に3つ下の妹を事故で亡くしました。

    命日覚えてない人っていっぱいいると思います
    単に覚えてない人、あまりのショックでそこらへんがスッポリ抜けてる人
    一概に「そんな大事な人の命日を忘れるなんて!」って言えません

    我が家も誕生日のお墓参りは自然と人が集まりますが命日にはバラバラ
    だって亡くなった日ですもの、遺族としては悲しいことがあった日

    それなら生前の良い思い出を語ってくれる方が故人は嬉しいんじゃないかなって思います。

    うちのお寺のお坊さんも
    「細目な墓参りより細目に思い出してあげることの方がいい」と言ってましたよ。
    まぁ適度なお墓の掃除も大切ですけどね

    命日や法事は大事!というならトピ主さんからやんわり声をかけたらいいのでは?
    「そろそろお義父さんの命日だしお墓参り行かない?」とか
    「お墓はお父さんの家のようなもの、きれいにしなくちゃお父さん可愛そうでしょ」とか言って連れ出すとか

    おかしい!って言っちゃうのは相手の気持ち否定してるようにとれちゃうんじゃないかな?

    ユーザーID:8265877211

  • 口論になった時に わざわざ命日の事を持ち出したのはナゼ?


    かねてから疑問に思っていたのなら、日常の会話の中で質問するのが普通でしょう?
    なぜ わざわざ口喧嘩のタイミングで命日の事を言ったの?
    口喧嘩の内容が命日に関係する事だったの?
    ふつう命日がケンカの原因になるとも思えないけど…

    もしアナタが最初からご主人を否定するつもりで、敢えて口喧嘩のタイミングを選んだのなら、アナタ意地が悪いと思う

    命日だったりお経だったり、少なからず宗教に関わる事って その家庭によって接し方が違うでしょう?
    濃密な家庭も有れば淡泊な家庭も有る…
    それを 違う とか おかしい とか言える事なのかな?


    私に至っては代々キリスト教の家系で育ち学校もミッション系だったので、仏教のしきたりが全く分かりません(汗)

    もしトピ主さんのように、「それおかしいよ」と言われてしまうと、もう成す術がありません…(悲)

    国際結婚も珍しくない現在、異教徒同士の結婚もごく普通だと思うのですが、トピ主さんは否定的という事でしょうか?

    ユーザーID:7109921804

  • 私の夫もそうです

    夫はおばあちゃん子でした。
    命日が何月かは覚えているでしょうが
    日付けまでは覚えていないようです。

    そういうもの?と最初は驚きましたが、
    でもよくよく考えると、亡くなった日なんて
    なんの思い入れもないですからね。

    ユーザーID:7755508679

  • おかしくない

    日本人の大半がそうだと思いますが
    別に熱心な仏教徒じゃないんですよね
    だから法事だとか坊さんのお経なんて正直ありがたみは感じません
    坊さんの金儲けに付き合ってるだけです

    命日もそんなに…
    亡くなった日を覚えてるより思い出を覚えてる方がよっぽど嬉しいですが

    というか何を大事にするかなんて人それぞれですし
    いちいちそんなのおかしいとか言ってくる方がおかしいと思いますけどね〜

    ユーザーID:4789929073

  • 私も覚えられません

    40代父親です。私も覚えられませんが、亡き父親のことは尊敬しています。
    いつ亡くなったという点ではなくて、一緒に過ごした日々(線、イメージ)や色々な人から伝え聞いた父親の生い立ちを、自分のそれと重ねて、似ている事や、違う事を想像して遺伝子的、運命的である事の感傷にひたったりする事に、より重きを置いています。自分の子供達にも私が他界した後は、同じように感じてくれれば幸せだなと思います。記念日好きの人っていますよね。トピ主さんがそうで、旦那様(私も)は嫌いでもないけどそれほど好きでもないだけでは? うどん派、そば派みたいなものですよ。その事で争うのは不毛に思います。 

    ユーザーID:2661122785

  • 家庭環境のちがいかな

    私はトピ主さん側で命日や法要はきちんとやるべき派の家でそだったので
    亡くなった方への尊敬の念はその後の法要でしめすべきと思いますが
    ご主人みたいな人がいても別のおかしいとは思いませんね。

    死んだあとどうなるかわからないから、やれることはやってあげたい。
    生前の思い出と死後の供養は別のものです。
    それにお墓参りのきっかけとして命日やお彼岸って意識すべきかな。

    横ですが、ケントさんのレスでなるほどなぁと思いました。
    ご主人は自分がいまでは「お世話する側」という意識が薄いんじゃないかな。
    ご主人にとって父親とは「与える側」の人間で自分からなにか世話するという意識がない。

    ユーザーID:6973253824

  • おかしくない

    40代既婚男です。

    妻の父は、結婚前に他界しています。
    盆や彼岸にはお墓参りに行きますが、毎回ではありません。
    父親の事は大好きだったようですが、命日に特別に何かをしている様子もなく、命日を覚えているのかも分かりません。

    故人の偲び方は人それぞれです。
    トピ主様のように、かくあるべしと決めつける方に違和感を覚えます。

    ユーザーID:8770349003

  • ばつが悪かった?

    命日ね、私は覚えてるけど、思い出すのが辛かったりするんですよね。
    私の父も大好きだった叔父も暑い8月になくなったから8月とか暑い夏を思うと胸がギュッと苦しくなる感じあるし… トピ主の旦那がそうかどうか知らないけど
    あと何年に亡くなったか覚えてるけど、それが何回忌なのかとかは分からないな
    私は宗教に熱心では全く無いですけど、一応、夫と一緒にお墓参りは正月、春と秋のお彼岸、お盆は行きます。私の夫は、毎朝お仏壇と神棚に手を合わせてます。法事は夫はやってないですね。お墓参りはしてるけど。確かに夫は信心深い方。

    ここではトピ主を批判する人が多いみたいだけど、私は亡くなった人の命日を覚えてたり、仏壇に手を合わせることは別に普通だと思いますよ。覚えてなくて何が悪い。ってキレる事でもないと思う。ご先祖を大事にするのは当然のことだと思うし。旦那さん、トピ主に指摘されて、ちょっとバツが悪かったんじゃない?

    ユーザーID:1454900664

  • 私の父は。

    私の父はもっとスゴイですよ(笑)私が生まれるよりだいぶ前に、父の両親ともに他界しています。父はもういい年齢ですが、今もしょっちゅう亡き祖父母の思い出話をしますし、とくに祖母が作っていた料理にはひとかたならぬ思い入れがあるようで、きっとトピ主さまのご主人さま同様、自身の親を尊敬していると思います。が、そんな父は親の命日も、誕生日も、血液型も…そこまでならよくある?かもしれませんが、何と自分の母親の本名を知らなかったんです。たとえば祖母の本名がユキだとすると、ユキノだと思い込んでいました。ところが、戸籍謄本で見ると、ユキ。父はびっくりしておりました。『ユキノ婆さんのはずやけどなぁ』なんて言っていました。我が家では笑い話です。でも私がその亡き祖母の立場ならば、息子があれこれの日付も正しい名ですらも忘れていたとしても、年を重ねても母親である自分を思い出し、思い出話をしてくれることこそ嬉しいのではと思っています。ご主人さまも、そんなうちの父みたいな感じかもしれませんね。あくまで、母親の名前まで忘れる父は特殊ですが…(笑)

    ユーザーID:1761966736

  • ご主人寄りです。

    私も父をある病気で亡くしていて、
    当時強く思ったのは、人の記憶の尊さです。

    物や形式と違い、大切な思い出はずっと記憶に残ります。
    だからご主人の仰る言葉の意味が凄く理解出来ます。

    トピ主さんの、命日や法要を大切に思うお気持ちも勿論わかります。
    ですが、ご主人が命日を忘れたからと言って「絶対おかしい!」と言うのは可哀想です。

    人によって、故人を思う気持ちの現れ方も違うと言う事ですね。

    ユーザーID:2591826029

  • 価値観の押しつけ

    やめてください。

    ユーザーID:7494309845

  • 忘れる?

    命日を覚えてないって人が多くてビックリ!普通命日忘れますか?

    私は両親の命日も、子宮外妊娠で数週でお別れした子のさよならした日もしっかり覚えています。

    そしてその日は心の中でお別れした時のことを思い出します。お経に関してはお寺さんが多いこともあり、ご主人よりですが…

    命日を忘れるなんて驚きました。

    ユーザーID:5108873517

  • 価値観の違い

    としか言いようがないですね。命日より誕生日やその人が与えてくれた日々を思い出す人もいるでしょう。

    そもそも言い合いになった根元ってこれじゃないですよね?話を脱線させるのは、女の常套句ですので、つまらない話を引き合いに出さないで欲しい。

    旦那からしたら、形にばかりこだわって故人をないがしろにしていると思うし。

    根底に、父親を尊敬している旦那を受け入れられないんじゃないですか?だって、トピ主さんにとっては関係ない人ですもんね。

    ユーザーID:3273320677

  • 感覚の違い

    ご主人が仰ってるように、ご主人に取っては大事なのは父親の命日がいつかではなく、父親の記憶とか思い出なんです。
    トピ主さんがそんなに好きな父親なのに、命日を覚えてないの?と思うのは普通の感覚だと思いますが、しつこくそれはおかしい、大好きならば命日くらい知ってる筈だと言うのは変だと思います。
    逆に好き過ぎて、亡くなった事がなかなか受け入れられずに亡くなった事を考えずにいたら、命日が記憶から消えてしまったなんて可能性もあるんじゃないですか?

    ある歌手が大好きと言う人が、その歌手の誕生日や出身地などを知らないと言ったら、トピ主さんは「おかしい」と言い続けるのでしょうか?
    相手が、その歌手の歌が大好きでプロフィールなどには興味がないと言っても、好きなら気になって調べる筈だと言い張りますか?

    例えが適当か分かりませんが、ご主人が大事なのか父との思い出や記憶、トピ主さんの考えは大好きな人だったら命日は覚えている筈、どちらも間違っていないと思いますが、ご主人が命日を覚えていないからって、「おかしい」と言うのはチョット違うと思います。

    女性の方が記念日に拘る人が多いのと同じような感じなのかも?

    ユーザーID:5644683505

  • 覚えてないな

    祖母のことですけど、
    亡くなった当日やお葬式のことなどはよく覚えてますけど、日にちは覚えてないですね。
    でも大切に思ってないとかそんなことないですよ。
    遠方に住んでるのでお仏壇で手を合わせる機会も少ないですけど、
    私なりに大切に思ってます。
    そんなに大事なことなのかな?というのが正直な印象です。

    ユーザーID:5409919913

  • うちも

    うちの夫も、そんな感じかな。
    長男ですが、仏壇に手を合わせることもない、お墓参りも行かない。
    仏壇とかお墓より、心でどれだけ思えるかが重要だって言ってます。

    夫の両親は健在ですが、亡くなったとしても、それは変わりないと思います。

    うちは、兄がきっちりやる方なんで、そんなもんなのかーって感じでした。

    別に、人それぞれのスタンスでいいんじゃないですか?

    ユーザーID:5349742923

  • 自分だけが常識人とは思わないこと

    >そして月命日にはお墓参り。
    >当たり前だと思ってました…

    毎月飛行機に乗って墓参りできないのですよ。
    皆地元にいるわけではないのでね・・・
    それを当たり前と言い切ってしまうあたり凝り固まった自分の常識は世界の常識タイプですね。

    >命日を思い出せないなんて非常識の極みです

    でも少なからず居るようですね

    >命日に一生懸命思い出すよりも日常の生活の中で亡くなった人のことをお思い、敬意を表する方が亡くなった方にとっての供養になっていると思いますよ。

    このように考えられるってすてきですね。
    我が家の菩提寺のご住職も似たようなことを仰っていました。

    月命日であろうが、祥月命日であろうが
    自分が覚えていてお参りされること自体は、偉いと思いますよ

    でも、こう言うとぴを見るに付け思うのですが
    自分の常識だけで、夫といえども他人を批判してはいけないと思うのです。
    特に御主人本人の父親の供養です
    その人なりの悼み方があって良いじゃないですか?

    トピ主さんの親の葬式に欠席すると言っているわけじゃないんですからね

    ユーザーID:6929033659

  • 心の拠り所

    ご主人はお父様が好きすぎて、亡くなったことを認めたくないのですよ。もう尊敬する彼はこの世にいないのだという事実に耐えられず、懐かしい思い出に浸ることによって現実から目を背けているのです。
    お坊さん嫌いも仏壇を無視するのもその所為です。
    分ってあげてください。そして、「命日」「お墓」「法事」などの話題は避けるようにしてください。
    どうかご主人のアイデンティティを崩さないであげて下さいね。

    ユーザーID:1361221525

  • 私のお墓の前で泣かないでください

    そこにお父様が眠っていると思っていないので、
    お経にも関心がないのだと思います。

    ユーザーID:8168857355

  • 覚えてなくてもおかしくないと思う

    命日って亡くなった日ですよ。
    あまり繰り返し思い出さないというか、思い出したくないと思いませんか?

    普通に考えたら、毎年お祝いする誕生日とかクリスマスとか、そういうイベントの方が記憶には残ると思う。
    だから、誕生日は覚えていても命日は特別な日とは思えません。

    トピ主さんは亡くなった日、亡くなった後のお墓とか法事とか、その後の世界を見てる。
    ご主人はきっと繰り返し、元気だったお父さんと過ごした月日を思い出してる。
    そこにはお葬式とか仏壇は出てこないんですよ。
    私はそんなことでおかしいなんて言う、トピ主さんが冷たい人だと思う。

    ユーザーID:0970939389

  • おかしくないと思います

    私もご主人派です。
    誕生日は憶えていても命日は憶えていないです。
    どちらが正しい訳でもおかしい訳でもないと思います。

    ユーザーID:2493359004

  • なぜそんなに問い詰めるのかな

    私もご主人よりです。
    命日忘れても大丈夫な、優しいお父さんだったんでしょうね。

    ユーザーID:8205671554

  • どうかしてる

    命日覚えてないって…

    例えばお父さんの命日が4月12日、お母さんの命日が2月14日みたいに似た数字で混乱してあれどっちだっけ?っていうんじゃなくて、まるっきりスッポリ忘れてるなら、おかしいでしょ。
    しかもトピ主さんのご主人は亡くなったお父さん自慢するんですよね?だったら尚更命日覚えてないって普通じゃない。「は?」って思ったトピ主さんの感覚は至極当然かと思います。

    お経や法事に関しては、地元から離れて暮らしてればできなくて仕方ないこともあると思うけど、命日に関しては忘れるなんてあり得ない。

    ユーザーID:5108873517

  • 本当に

    命日を忘れるのですか?

    その日に墓参りに行かなくても、その日に仏壇に手をあわせなくても、お経をあげてもらわなくても、それはその人の考え方だし、遠距離ならそもそもその日に墓参りはできない場合もあるだろうけど、自分の親が亡くなった日を覚えてないって本当ですか?

    ユーザーID:5108873517

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