「あの時、こうしておけば…」と思うことはありますか?

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編集部からのトピ

編集部

発言小町ユーザーのみなさん、こんにちは。「読売中高生新聞」編集室です。

読売中高生新聞では4月に、大人の本音を10代に伝える連載「オトナの本音アワー」がスタートしました。中高生が抱える素朴な疑問や悩みについて、この掲示板で小町ユーザーのみなさんから意見を頂き、紙面で10代向けに紹介していきます。
親や教師からはなかなか聞けない、オトナの本音を教えてください。

今回のテーマは「あの時、こうしておけば…」と思うことは何ですか?
進学、留学、就職、転職、起業、結婚……人生には様々な「決断すべき時」があると思います。

そこで、皆さんに質問です。これまでの人生の大きな岐路で迷った時、
(2人の男性からアプローチを受けたとか、大学に通っている時に全く別の夢を見つけた……などでしょうか)
打算で選んで失敗した、ということや、妥協した、あきらめてしまった……ということがあれば、教えていただけませんか?

人生は選択の連続とも言われますが、中高生がこれからの人生で後悔しないために、気をつけた方が良いことも、ぜひお聞かせください。

※投稿の際は、ご意見とともに、お住まいの地方、年代、性別を記載してください。
※ご意見の一部は、読売中高生新聞(http://www.yomiuri.co.jp/teen/)で転載させていただくことがあります。

ユーザーID:9261759548

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  • 熱意があれば道は拓ける

    両親親戚が公務員の中で育ちました。なので幼いから公務員として働き公務員と結婚という、親が引いたレールがありました。学生の頃は公務員のバイトしか許可でませんでした。

    22の時、私何がしたいんだろう?親のレールにこのまま乗っていいのか?悩みました。
    結果、介護に携わりたいと両親に言ったらもう反対。既成事実を作る為、公務員試験白紙で出しみごと不合格(笑)自分で[未経験ですがやりたい]とタウンページから介護施設に片っ端から電話。施設長と直談判。今振り返ってみると、世間知らずだったと思います。

    あれから20年、最近親も年老いて、ようやく私の仕事(ケアマネ)を理解してくれるようになりました。

    今は医療職の主人と結婚し息子も産まれ、自分の人生に後悔なしです。

    息子には、自分の人生なんだから自分で考えて生きていきなさいと常々言ってます

    ユーザーID:8958675187

  • 悩むなぁ

    私は今はまぁまぁ克服できましたが、極度の人見知りだったので就職活動もままならず(勉強はしっかりしたのでいい大学には入れました)、就職活動に失敗したこと。公務員に絞ってしまったのでつまらない就職活動になってしまったことを後悔しています。結局は決まらぬまま卒業して、数ヶ月後に新聞広告に入っていた求人にチラシをみて、中小企業に勤めました。

    きちんと大学では遊んで交友関係を深めていたらなーと思います。いろんな情報が手に入り活発な自分になれたのにと思います。

    両親が遊ぶことを良しとしない人たちだったので可能性をことごとくつぶされました。子供の頃からです。
    母親も極度の人見知りだったので仕方がないのかもしれません。

    けれど今は看護学校に入り直し、看護師として邁進しています。とっても楽しいので良しとします!!

    自分の人生は自分で切り開くということを遅ればせながら実感しました。

    ユーザーID:9866466981

  • 結婚かな・・・

     結婚して15年以上経過していますが
    家事を全くしない専業主婦になる事を
    見抜けなかった事が大いに悔やまれます。

     毎日、仕事が終わってからも1時間程度
    会社にいて時間を潰しています。

     家に帰って会話をしても愚痴と不平不満
    ばかり。

     極力、部屋に籠って合わない様にして
    います。

    ユーザーID:6580674101

  • 後悔しない人は人としてダメ

    人生とは、大きいことも小さなことも含めて
    「あの時、こうしていれば」の連続なのではないでしょうか。

    かといって、平行宇宙の別の自分が
    あの時こうしていて、それで満足しているかというと
    そんなことはないと思います。

    どんな選択をしていても
    選択しなかったことをあれこれ思うのが人というものです。

    ただ言えることは
    楽な方に流されたり怠けたりした結果については
    あの時こうしていれば、の思いは強くなるでしょうね。

    ユーザーID:6543269511

  • ないなあ

    「あの時こうしておけば」って考えてもあの時に戻ることなんてないから考えたことないです。
    今が失敗したなーと思うことがあるのなら、いまからどのようにそれをリカバリーしようかな?いまからどうしようかなーとしか考えないです。

    夫もそうで、逆に周りで「あーあー、やっぱりああしとけばよかったー」とかいう人がいるといらっとします(笑)。いったってしょうがないじゃん、と思うから。自分の選択ミスをごまかすような言い回しなんですよね、それって。選択ミスしたらそのミスをどう取り返すかしか考えないでいいのにね。

    ユーザーID:6215980642

  • わが人生に悔いはない

    後悔しても時間は戻せないんで、
    今を生きております、40代後半既婚女性です。

    私がまだ小学生の頃に乗ったバスの手すりに
    シールが貼ってあって、そこには

    「明日やれることは今日やろう」

    子供ながらに感動しましたねー。
    そうだよなーって。

    あと某まんがで
    「死んだ子の歳は数えない」

    これはテストの点数を悔やむシーンで主人公が言った言葉です。
    全くその通りだと思いますねぇ。

    映画でも内容は全く関係ないですけど
    「今を生きる(原題・死せる詩人の会)」ってあるでしょ?
    この題名、好きですね。
    今を生きる。

    今、出来る事を精一杯やる。
    明日死んでも悔いはない。

    以上が高校生以降、私がずっと思ってる言葉です。
    それに私は病気でいつ死んでもおかしくないしでね・・・。

    ユーザーID:1587415762

  • やっぱり進学先

    東京、61歳、女です。

    「あの時に…」と思うことは、進学先ですね。

    中学、高校はいわゆるお嬢様学校と言われる所へ通いました。

    理系が得意で大学は薬大をひそかに考えていましたが、当時は付属校の生徒で外部受験をするのは美大、音大以外はいなくてほぼ全員そのまま上の女子大へ行っていました。

    高2の夏からは友だちが夏休みをのんきに過ごしているのを横目で見て、塾通いです。

    親は「どうせエスカレータで上へ行くのだから、塾へ行ってもしょうがないんじゃない?
    そこの女子大出て少し働いたら結婚するのだから」
    そういう時代でした。

    結局私も周りに流されてサボるようになり、外部受験を断念しました。

    大学も特に興味がない文系の学部へ。

    卒業後はコネで商社へ入り、(当時大卒女子は全員コネ)職場結婚しました。
    妊娠して退職。
    以後は時々パートで働く程度で、基本専業主婦です。

    もし進学先が違えば仕事も違い、全く違う人生だったかもしれません。

    でも今の生活に後悔はなし。
    私の同年代では多いパターンかもしれません。

    子どもたちは自分の希望する進学先を選びました。
    「お母さんのように、中学から大学まで10年も女子だけなんて考えられない」そうです。

    ユーザーID:2114372780

  • 親にお金を騙されて貸した事かな?

    親は お金をお金と思っていなかったと思う
    ギャンブル、お酒に狂い私は掛け持ちで死にかけながら働いた

    完済した日は 人生で一番泣きました

    誰がなんの為に好き好んで、この親から産まれてきたのか?

    産まれてもあんなに苦労するなら 産まれてきたこと自体間違い そう大間違い
    産まれかわれるなら、立派で尊敬出来る両親に巡り会いたい

    ユーザーID:2933174934

  • 7月28日号の「読売中高生新聞」で紹介させていただきました。

    ロゴ

    たくさんのレスをお寄せいただき、ありがとうございました!
    みなさまのご意見の一部を、読売中高生新聞の7月28日号で掲載させていただきました。

    予想以上に「後悔はない」「いつでも最善を尽くしている」という方も多く、すごい……!と、感じ入りながら拝読しました。

    また、いじめや、毒親との関係など、子供の立場からはどうすることもできないような状況でも、「誰かに相談すれば良かった」「もっと自分を大切にできたはず」と後悔している、という方々がいらして、その前向きな、建設的な後悔に深く考えさせられました。
    同じような問題にぶつかっている中高生の読者にとって、本当に支えになると思います。貴重なご経験やご意見をたくさん寄せてくださり、心より感謝申し上げます。

    読売中高生新聞編集室では、第5弾として、新しい挑戦をすることも多く、恥ずかしい失敗をしてしまいがちな10代に、「あなただけじゃない」と元気づけてもらえないかと、

    「10代の時の黒歴史は何ですか?」) についてもご意見を募集しております。

    また今後ともご協力いただければ幸甚です。
    改めまして、重ねて感謝申し上げます。
    引き続き何とぞよろしくお願いいたします。

    編集部(トピ主)

    ユーザーID:9261759548

  • 初恋の、、、

    40歳、女です。

    小学生の時に、同じ習い事をしていたことで、その習い事は止めても、年賀状だけやり取りしている男の子がいました。
    中学、高校は別々になっていましたが、私は女子高に行ったこともあり、その男の子の事が忘れられませんでした。

    高校3年生の正月。
    私は早々、推薦で大学進学が決まり、相手の男の子は進学校だったので、たぶんこれからが受験の本番だろうと、頑張ってね。と年賀状に書きました。
    その年は、7日ごろになり、寒中見舞いが着ました。

    お父さんが夏に亡くなり、年賀状が出せない。今、受験を控え、辛い。

    と書いてありました。
    早々に進学も決まり、ぼんやりぬるま湯につかっていた自分は、頭を殴られたようにショックを受け、、、どうしよう、お悔やみの手紙を書くか?電話?何話すのの、、。受験の邪魔をしてもいけないし、きっと彼女とかが慰めてるだろうしとか、、。悩んだ挙句に何もせず、、。

    今になって、家は知っていたので、学業成就のお守りとお悔やみの手紙を、ポストインしてみればよかった。と何もしなかった自分を後悔しています。
    大学1年の時も年賀状を出しましたが、返事は来ず、、、。そのまま、年賀状を出すのは止めてしまいました。

    その後、彼との接点は、無くなり、それなりの年齢で良き相手と結婚し(よくよく旦那様をみると初恋の彼にすこーーーし似ている)、子育て中。

    初恋の彼の件はたまに胸が痛みます。その時の私、どうするべきだったんでしょうね、、、、。

    ユーザーID:8626056174

  • 毒親持ちの中高生へ

    30代前半女性、東京出身の在米。
    毒親に育てられ、自分を愛することを学んでいる今、振り返って思うことは2つ:
    - 若い頃からもっと自分自身を自分で認めて肯定すれば良かった。
    - 若い頃から人と交流・議論して、人前で話す機会を持てば良かった。

    日本にいた時は毒親に萎縮して、自己肯定や議論なんて発想すらなかった。
    学歴主義で亭主関白の父は、兄と私の成績が悪ければ私達を人間扱いせず、感情に任せて怒鳴ったり殴ったり。
    専業主婦の母は自己保身に走り、経済力のある父に反抗せず、家で神のように振るまう父を黙って見ているだけ。
    兄は難関国立大に受かったけど、私はだめで、難関私大に行かせてもらった。
    大学時代、難関国立に行けなかった自分はろくでなしなんだと自分を責めた。
    生きてる価値なんかないし、いつ死んでもいいやと思っていた。
    死ぬ前に少しでも父から離れたくて、どうせならアメリカで暮らしてみたいと思った。
    理系であればアメリカの多くの博士希望の院生は学費を払わずに済む上、わずかだが1人で暮らせる分だけ給料が出る。
    これを知ったとき、じゃあアメリカで博士になったれと思った。
    英語を頑張って、アメリカの教授とコネを作って、なんとか大学院に入学したら、自由で素晴らしい世界が待っていた。
    生まれて初めて、自分という存在には愛する価値があること、そして人と交流し議論することの楽しさを学んだ。
    もう日本には戻らないし、父に会うこともない。とても清々しい。

    これを読んでいる中高生の中にも、毒親を持っている方がいらっしゃると思う。
    今は逃げ道がないと感じるかもしれないけど、必ず自由になれるチャンスが来るから。
    その時まで、つらいかもしれないけど、利用できるものは利用すると割り切って、着々と準備を進めてね。
    そして自由になったら、周りの人がどう言おうが、自分の自由と精神衛生を徹底的に最優先して生きてね。

    ユーザーID:7759924402

  • 骨は貯金できる(?)

    科学的に正しいかどうかは定かではありません。

    健脚でならした80代の叔母が、癌には勝てずに無くなりました。
    若い頃から国体選手になるような人でした。
    癌を患う前までは息子や孫が根をあげるほど歩いても平気な人でした。
    旅行も年なんだからと止めても平気で海外に出かける。
    荼毘に付してお骨を拾う時、係員の人が「久しぶりに立派な骨を見た」と言っていました。
    若い頃からよく運動をし、年をとってからもある程度の運動をしていないと、こういう立派な骨にはならないのだとか。

    年をとってから、急に運動を始めても、太くて逞しい骨にはならない。
    骨の成長はもう止まっているのだから、細いままで密度だけを保つことになる。
    若い頃、それも成長期にしっかり運動して太い骨を作っておく。
    年をとったらは太い骨がスカスカにならないように、密度を保てば晩年まで元気に歩くことができる。
    密度を保つと言っても年齢の割にはという注釈がつく。
    骨が細くてはなかなかそうはいかない。

    私の母はオシャレで、いくつになっても体型を気にしてダイエットするような人。
    晩年は寝たきりになりました。
    お骨を上げる時、ポロポロと崩れてしまった記憶があります。
    私個人の後悔ではありませんが、叔母のように若い頃から骨貯金があれば、晩年の5年間はもっと充実していただろうし、家族に入れ替わり面倒をかけるという事もなかったのでは?と思わずにはいられませんでした。

    どうかお若い方々。
    オシャレで細身な体型でいたい気持ちは分からないでもないし、60年後、70年後のことなんて気にしてはいられないとは思います。
    でも、今しか出来ない将来の健康のために、どうか沢山運動をして、太い骨を手に入れて下さい。

    関東、60代女性

    ユーザーID:9262546170

  • 後悔の連続です

    北海道・30代前半・女です、あり過ぎるくらいあります。

    私、4回転職しています。
    そのうち3回は引き抜きですが、考えが甘かったと反省しています。


    2番目に働いた会社で私は20代半ばで社長秘書となったのですが、
    更に自分の可能性を広げられる場所で仕事がしたい!と魔が差してしまい、
    社長のことも、同僚のことも大好きでしたが、
    皆に散々引き留められながらも転職しました。

    この転職が大失敗。
    3つめの会社は人間関係が最悪でした。
    最悪な人間関係の中では仕事もままならず、半年で辞めました。
    ここで初めて気づいたのが、
    自分を必要としてくれる場所・人と一緒なら、
    どんな挑戦だって怖くなかったのだということ。


    その後、以前からお世話になっていた今の会社の社長が拾って下さり、
    今はとても素晴らしい環境で仕事をさせてもらっていますが、
    それこそ「人」が全てだということ、本当に身に染みて感じます。
    こんなに周りに無礼ばかりしてきた私なのに…感謝でいっぱいです。


    「もっと人を大事にすれば良かった」これが後悔です。

    ユーザーID:6771161288

  • 苦しいことが多かった

    物心ついた頃に母はなく、父は隣家のおじさんという感じでした。
    祖父母がいましたが、だれかに特別手をかけてもらったわけではなく、
    ごはんを食べさせてもらって、大きくなった感じです。
    学校も自分で働いて学費を払いました。
    食べるものも食べずに勉強しました。
    祖母は、金をとる苦しみは死ぬ苦しみ、といっていました。
    本当に貧乏でした。大人になって、はじめて牛肉を食べました。
    あの時にこうしておけば、というよりも、
    神様が決めた人生だから、どんなふうでも仕方がない、
    私は、生まれが他の人とは違う、そう思って生きてきました。
    おかげで人と比べることなく、他人に対するねたみもありません。
    ただ、親に愛され、守られ、お金の心配もせずに進学をして、
    夢をもって生きることができたら、どんなによかったか、
    と思うことがあります。
    あのときこうしておけば、というのは、恵まれた人がいう言葉です。
    私には、選択の余地はありませんでした。
    とにかく自分の力で生きなくてはいけなかったのです。
    いつも必死で、いまも必死に生きています。
    50代、女

    ユーザーID:9958410840

  • 旅行

    大学時代、あれだけ時間があったのに、もっと親に借りてまででも海外に行っておけばよかったかなと思います。
    当時はそこそこ行ってるつもりだったけど。。。社会人になったら本当に行けませんでした。
    浪人するのも嫌で留学も短期のみだったけど、浪人なんてまったく問題ありません。やりたいことをした方がいいです

    30代主婦関西在住

    ユーザーID:4269943558

  • 後悔ばかりかもしれません

    近畿地方に住む40代女性です。今までの後悔内容を思い返して共通することは

    「自分の言いたいことをはっきり言わなかった」
    「行き当たりばったりだった」
    「楽なほうに逃げていた」

    の3点にたどり着きます。

    過去に戻ってやり直せるのなら、すべてリセットしたい気分ではありますが、その時に今と同じ人生が待っているかは不明です。
    夫は言います。「仮にやり直しがきいたとしても、必ず別のところで不具合が出ると思うよ。例えば、今順調なことが、上手くいっていないかもしれないよ」

    ユーザーID:5390360060

  • 18で家を出れば良かった

    姉弟の姉です。兄弟姉妹でこの立場は本当に損だと思います。両親は弟を溺愛。私は弟に美味しい所取りばかりされてきました。
    親は弟に教育費をたっぷりかけ東京の某国立大学を出したのが自慢です。
    そのために私は色々我慢させられてきました。
    親にとつては何もかも弟優先で考える事が自然なのでしょう。
    旅行先でも私は子守で弟夫婦は遊んでました。
    18歳の時、家をでて遠い大学へ行けば良かった。そのためにもっと勉強すれば良かった。弟の学費の事なんて考えなければ良かった。

    ユーザーID:1294546833

  • 選択し・選択される難しさと、未知の領域への決断

    中部在住、40代女性です。

    人生で大きな選択といえば、やはり進路・就職でしょう。
    この選択の難しさは、自分が望むだけでは叶わず、相手からも選択(合格・内定)が必要な事。
    尚且つ、実際にその場に入ってみないと分からない事も多い。

    親や先生の意見や、先輩の体験談を参考にしても、まだまだ未知の部分がある。
    実際に入ってみると、イメージと違う事も多々あります。

    しかしながら、私の体験からすると、それも一つの「出会い」です。
    後から振り返ると、自分の思い通りにならなかった事も、自分の何かを発掘してくれる「出会い」の場合もあります。

    完全に選択を間違ってしまったと思う時は、やり直したほうが早いこともありますが、
    少々の思惑違いは、それを克服する力を試されてる場合も有り得ます。

    私は最初の職場では、学んだ事をそのまま活かせましたが、
    結婚後に再就職した時は、新しい分野に挑戦する事になりました。
    これ、自分に向いてないかもと感じつつ、試行錯誤を繰り返す内に、
    自分の新しい面を持つ事が出来て、ちょっとだけ自分の世界観が広がりました。

    「出会い」は色々な形で訪れます。
    それを自分の糧に出来るか、嫌な体験で終わるかは、自分次第でもあります。
    選択も大事ですが、選択の結果の「出会い」も大事にして下さい。

    ユーザーID:0768245635

  • 後悔するからこそ、先に活かせる

    あの時こうしておけば良かった…
    細かい事から大事まで、いくつもあります。
    しかし、その時の自分にとっては、最善と思える道を選んできました。

    その結果、失敗したり、痛い目にあったりしました。
    でも、痛い目にあったからこそ、反省して次に活かせる事も多かった。

    10代の方達に言いたい、「失敗を恐れてはいけない」
    誰でも、失敗するよりは成功したいものです。
    しかし、失敗の中から学べる事も多いのです。
    若い人なら、やり直したり取り戻したりする時間はあります。
    どうか、大いに迷って、失敗してもそこから何かを得て下さい。

    「転んでもタダでは起きない」
    選択を誤ったと思った後でも、変えられるものもあります。
    完璧じゃなくてもいい、たくましく生きて欲しい。

    ユーザーID:0768245635

  • やらなくて後悔するより、やって後悔したほうがいい

    昔、

    「やってやれないことはない、やらずにできるわけがない、はっちゃき、まちゃあき〜!」と、

    坂上忍くんが子役のころに「ハッチャキ!!マチャアキ」という番組で叫んでいたような気がしますが・・・

    そうか、やらずにできないと言ってしまうのはもったいないな、と思ったものです。

    それからは、やらないうちにやれないと思うより、やりたいと思ったらやってみようと思いました。

    で、やって後悔することがたくさんあります。

    でも、私が今まで歩んできた道で失敗したことも含め、経験が今の自分を作っていると思います。
    あの時、右に行けば・・・いえいえ、左を選んだのは自分だし、選んで失敗だと思ったのは、選んだからわかったこと。

    一番よくないのは、「あの時こうしておけば・・・」と、いつまでもクヨクヨすること。

    過去は過去、すぱっと気持ちを切り替えて前を向いて「進む」ことが大切なんです。

    そう思って、今日も失敗する方を選んでいる私なのかもしれませんが。
    失敗したら、さっさと軌道修正すればいい。なので、私の歩んでみた道はジグザクで、まっすぐな道じゃない。

    でも、やらなかった後悔はないです。

    ユーザーID:4285371915

  • 今の自治体に転職したこと

    これに尽きます。前の自治体の方が、のんびりしていて良かったです。仕事も何でもやらせてもらいました。小うるさい調理師さんはいたけれど、管理職には恵まれていました。

    今の自治体、最初に働き始めた時に真っ先に感じたのは、「身動きの取れない巨人のような組織だ」です。
    実際、人数も多いです。

    前のところの特別支援学校で、のんびりと子どもたちのごはん作る仕事していれば良かったなーと25年以上経った今でも思います(栄養士です)。
    いつだったか、その学校で非常勤さんを募集していたとき、本気で戻ろうかと悩みましたが、給料があまりに安くなりすぎるので、諦めた覚えがあります。

    ユーザーID:3886651969

  • 後悔なし

    主旨と違いますが
    私は後悔をしたことがありません。

    あの時〜〜すればよかった。など考える人は
    全力で生きてないんですよ。

    自分の選択を後悔する人は
    自分で決めたことに責任を持つ意識が低いように思います。

    50代になった今も
    後悔のないように頑張ってます。

    ユーザーID:8077436700

  • 復職の意志を貫けなかったこと

    初めて妊娠した時、幼稚園教諭をしてました。産後3ヶ月から保育園に預けて復職予定でした。ところが産まれてみると家族中が復職に大反対。自分の赤ちゃんを放って他人の子どもを見るのか、保育園は3歳まで待って自分で育てるべき、と孤立無援状態。もちろん赤ちゃんは可愛いくて、説得も抵抗もできず…。せっかくの正職員を辞めてしまいました。
    専業主婦を終え、また先生に戻れたのは35歳。でも保育園のパート職にしかなれませんでした。パート職では担任にもなれず雑用ばかりで資格の意味すらない仕事内容、やりがいも見出だせず、転職、転職でした。
    出産しても辞めなかった同級生は既に主任として後輩育成までしてるのに、自分自身はキャリアを積めず辛くて涙が出ました。子どもは可愛いけど私は専業主婦が好きではなく、仕事という生き甲斐の時間も欲しい人間だったんです。
    やりたい意志は通すべきだったのに。他者に甘えて言うまま流され自分の底力を信じなかった事が、結局自分にはね返ってくるんですね。
    紆余曲折の後、今は正職員として楽しく働いています。体力と、続けていればあるべき年収が格段に落ちていますが。
    今はきちんと育休を取りガッツリ働き続けるお母さん達がたくさんいらっしゃいます。結局収入が足りず不本意なパートを繰り返した我が身と比べて、切なく羨ましいです。
    一度しかない人生、あの若さやる気元気パワーがあった時期に、自分の真実に向き合わなかった私を引っ叩きたい。絶対やる!と動き出せば周りだって変えられるんだ、と知りました。
    時間、巻き戻せたらなあ〜(笑)

    ユーザーID:0596806466

  • 義両親との敷地内同居

    四国地方、40代、女性です。
    自分たちで土地を買って、家も建てられる経済力もあったのに、わざわざ義両親の隣に家を建てたこと。
    地盤が緩く、地盤改良に100万円。道路沿いでやかましく、窓も開けられない。居眠り運転の車が突っ込んでくる。
    過干渉の義両親。仕事、育児、家事でくたくたなのに、夜中にやってきて、何時間も話をする。休日の朝には早く起きて手伝えと玄関先で怒鳴り散らし、ピンポンの嵐。
    土地代も助かってないし、家も自分たちで払ったのに。

    最近やっと落ち着きましたが、後継ぎだといわれたからって、何とか理由をつけて別に建てればよかったです。お人よしでした。過去に戻れたら「同居はやめておけ」と過去の自分に言いたいです。

    ユーザーID:6550299896

  • 沢山ありすぎて…

    まず幼少期の勉強と歯磨きを怠った事
    衛生や美容に配慮し始めたのが大学生になってからでした…もっと興味を持つべきだった
    バイトや正規社員だった頃、キチンと貯蓄しておくべきだった…世の中結局お金です
    真剣に資格を活かして生きていきたいと思っていれば、キチンと働きに見合ったお給料をもらえただろうに
    何事にも真剣さが足りない自分にイライラします
    男性との交際…いい年になって恋愛にのめり込み、数々の失敗がありました…本当にやり直したい
    その中の1人と結婚に至りましたが、その人の家族や親戚が最悪な人達で鬱病を患ってしまいました
    本当に本当に後悔しています
    あの時、周囲の忠告をしっかり受け止めて彼と別れていればこんなにも他人を恨み、病気に苦しむこともなかったのにと後悔です

    ユーザーID:8835670699

  • 色々ある

    ・小学生くらいの時に歯磨き一生懸命しておけば良かった。

    ・大学院浪人するか散々悩んで就職したけど、やっぱりしておけば良かった。

    ・就職の時に日本のバリバリ財閥系企業と外資の業界最大手を教授から紹介されて、
     財閥系企業選んだけど、外資選んでおけば良かった。

    ・あの時電話一本かけていれば全然別の人生になっていたのに...

    ユーザーID:5009849152

  • 興味深いトピですが

    その時その時に懸命に選択してきてるはず、悩んで選択してきてるはずなので「こうすれば良かった」は案外ないのかも知れません。

    あっちの道に行ったらどうなってたかな?という話だったら、あの人と結婚してたら、あの人とだったら…
    考えても、今より幸せにはなってないと思います。
    悩んで選んだ人だから、幸せな時もあったわけです(笑)

    中学でもっと勉強していたら?
    いえいえ、勉強よりもっと違う事に興味があったのでしょう。
    勉強ばかりしていたら、もっとスペックの高い人と結婚していたかな?病んでたかな?

    今の生活がちょうどいいので、後悔は無しです

    ユーザーID:8524924575

  • 貯金と義両親との二世帯

    30代 女性 中部

    あまり勉強しなかった割には良い職につけたものの貯金をあまりしなかったため、結婚・マイホーム・ 育児にあたり金欠気味。

    自分の地元で暮らしたいとゆう条件で結婚したものの、結婚後に何故か夫の両親と二世帯の話が。 断ったら義両親から呼び出され嫁としての自覚を持てだの散々説教され、参ってしまい承諾。

    でも子育て中の今、やっぱり地元で育てたかったと心から後悔! 義両親、早くいなくならないかな…と黒い感情までわく始末です。

    ユーザーID:9333910411

  • 進路

    高校3年時、親の望む学科への進学ではなく、自分がやりがいをもってやっていたアルバイトの系統に進むことをもっと強く言えば良かったと思っています。親の言った職業は人前で話をするのが苦手な私にはかなり難のある仕事でした。せっかくその学科の資格もとれましたし、専門卒の資格も得たけれど、私に能力がないのでそうした条件を掲げる「いい仕事」には結局入れない場合が多かった…。学費もかかったし、仕事も続かなくて転々して職歴にも傷がついたし…。自分ができる事って自分が1番分かるのですから、自分の意見をもっとごり押しすれば良かったと30過ぎた今も後悔しています。

    ユーザーID:3931881714

  • 仕事を手放さない、義両親と同居しない

    40代、義両親との同居歴20年目の関西の主婦です。

    大手住宅メーカーに就職後3年目で結婚退職しその後専業主婦になりました。
    同期入社した同僚は出世して女性でありながら課長、部長となり華々しいキャリアを積んでいます。彼女たちは結婚後も家事育児と仕事を両立していました。
    女性が一旦仕事を手放すと希望の職種、賃金に見合う再就職は難しいです。
    結婚はするもしないも自由だと思いますが、仕事は可能であればパートであれ細く長く続けた方がいいと思います。

    もうひとつ、(元気な時の)義両親との同居は絶対やめた方がいいと思います。
    お金を貯めるためなどという同居も絶対やめた方がいいです。
    家族だけで住む自由はお金に替えられないと散々揉めた後で気づきます。

    ユーザーID:7708500514

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