きらりと光る、好感の持てる・・・

レス4
お気に入り26

トピ主

学ぶ

「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」

「壇ノ浦の戦い」における平知盛の言葉です。

浮かび上がってはずかしめを受ける事がないように、鎧を二枚着て入水する用心、一門の棟梁として、その最後を引き受けようとする覚悟、見事だと思います。

(但し、宗盛・清宗親子の最後も、悪いものとは思いません。)

知盛は、表立った活躍は残されていないようですが、この場面で、知盛の事がいっぺんで好きになりました。

このように、脇役的な立ち位置ではあるが、きらりと光る人物、好感の持てる人物、そんな歴史上の人物を教えて頂けませんでしょうか。

ユーザーID:8592754522

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

このトピのレス

レス数4

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • 忠度

    清盛の26歳年下の異母弟であり1番下の弟である、平忠度。

    体格も良く俊敏で、和歌も得意、文武共に秀でていました。

    京で女房三十六歌仙の1人、23歳年上の歌人、待宵の小侍従と浮名を流し、36歳で薩摩の守となり、薩摩の守としても知られた人物です。

    平家が都から逃れる際、歌の師であり歌人として名高い藤原俊成に、自分の作った多くの和歌を記した巻物を託してから京を去った逸話もあります。

    須磨・一ノ谷の合戦で討死にしますが、その時、亡くなった肩に掛けた矢筒に文が結び付けられているのに気付きます。
    開いてみると

    行(いき)くれて 木(こ)の下かげを やどとせば
    花やこよひの あるじならまし

    という歌が詠まれてあり、この状況下でありながらも優れた風情ある歌を詠む、文武共に優れた人物を、とその場に居合わせた敵の人々にも惜しまれました。

    ユーザーID:2357435779

  • 取るは逆、守は順

    森鴎外の小説『栗山大膳』より、

    「猶一つ心得て置くべきは権道である。これを見切りと云う。取るは逆、守は順であるから、これは不義だと心附いた事も、こればかりの踏違えは苦しゅうないと、強く見切って決行するのである。」(青空文庫)

    吉田松陰の歌、

    「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」
    (国禁を破れば、死罪を免れないことは知っているが、こればかりはやむにやまれず決行するのである。これが大和魂である。)
    に通じるものだと思う。

    ユーザーID:6948974303

  • 味わいのある歌ですね

    塚様

    レスありがとうございます。

    >平家が都から逃れる際、歌の師であり歌人として名高い藤原俊成に、自分の作った多くの和歌を記した巻物を託してから京を去った逸話もあります。

    あ〜あ、確かにありましたね。

    諸行無常を感じさせて、物悲しくなった記憶があります。

    >行(いき)くれて 木(こ)の下かげを やどとせば
    >花やこよひの あるじならまし

    この和歌は、知りませんでした。

    味わいのある歌ですね。

    平家物語は、名場面が多いですね。

    ユーザーID:8592754522

  • tora様 レスありがとうございます

    >猶一つ心得て置くべきは権道である。

    権道、大雑把な理解ですが、「やり方は間違っているが、正しい結果を得るための近道」のような意味でしょうか。

    「孟子」が出典のようで、どこか、大義名分に通じるところがあるような気がしました。


    >これを見切りと云うし

    真渓涙骨の言葉に、「決心に敵なし。四囲の敵は即ち汝の無決心を語る」とありますが、見切って決心するのは、容易い事ではないように思います。

    吉田松陰の歌に通じると言われているのは、とくにこのあたりかな、と思いました。


    >取るは逆、守は順であるから

    不忠な手段を取るが、それが主を守るためであるなら、こだわりを捨てて踏み切るべきだ、そういうことでしょうか。

    黒田騒動は、有名なお家騒動くらいの知識しかありませんでした。

    今回、黒田騒動の概要、栗山大膳(利章)を知ることが出来ました。

    大変、勉強になりました。

    ユーザーID:8592754522

お気に入りに追加しました

レス求!トピ一覧