嫌な言葉、半端ない

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いつの頃からこんな表現が使われるようになったのでしょうか?

半端ではない、が本来の言い方ではないですか?

英語の世界でも、某スポーツシューズメーカーのテレビコマーシャルで、
We are short a person.(一人足りないんだ。)というのがあります。
正しくは、We are short of a person.ではないのでしょうか?

We are short a person.(一人足りないんだ。)の使用頻度が高いからofを省略するようになってしまっているのでしょうか。
なぜならWe are short money.とは言いません。

言葉は短くなる傾向があると言いますが、私は受け入れがたいです。
皆さんはいかがですか?

ユーザーID:9627279071

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  • 嫌ってもしょうがない

    いつのまにか新しい言葉が生まれて、定着していきます。

    私も他人の「正しい言葉」にこだわった時期がありましたが、野暮なことだとこだわるのをやめました。

    ユーザーID:3402811418

  • うちのダーがフロリダ、パネーの

    海外在住です。

    先日、日系のデパート前で耳にした若い日本人女性二人の会話の中にでてきた言葉です。

    フロリダ? パネーノなんて地名あったかしら? それよりも今の日本語? いえ、何語かしらと思ったとたん、日本語で道を訊かれまして彼女たちが日本人だとわかりました。

    その後彼女たちとちょっとお喋りをしたついでに、最初に耳にしたフロリダのことをお尋ねしました。

    驚きましたよ。

    ダーとはダーリン。私の彼、という意味。

    フロリダとは、お風呂に入るので、今まで複数でやっていた何かから離脱すること。

    パネーは、頻度がすごいこと。

    つまり、彼女の彼は、グループで何かしている時に、お風呂に入ると言って抜けることが多い、というお話らしいです。

    理解できない日本語がどんどん増えてきて、新日本語というネット講座が始まりそうですね。受講しませんけど。

    ユーザーID:5978971053

  • 半端無い

    その他、短くなった言葉で下品や意味不明になったものは多々有ると思います。
    私は「ギャン泣き」と言う言葉が大嫌いですね。

    響きが下品で、本来優しさに溢れている母親や女性が使う言葉では無いでしょう。

    ユーザーID:5592478810

  • 新しい表現を知らない、ただそれだけの話です

    >言葉は短くなる傾向があると言いますが、私は受け入れがたいです。
    >皆さんはいかがですか?

    受け入れるもなにもありません。

    何故なら、

    >半端ではない、が本来の言い方ではないですか?

    「半端ない」は、「凄い」の意味で使っているからです。

    要するに、表現としては、別物だという事です。

    トピ主さんが、新しい表現を知らない、ただそれだけの話です。

    ユーザーID:5010457532

  • 違和感あります。

    私は数年前に15年ほど住んだ海外某国から転職のため日本に帰国しました。母国に久々に住めると楽しみに帰ってきた時に、聞きなれない表現がたくさんあって驚きました。
    その一つが「半端ない」です。今でも慣れません。以前は「半端ではない」と言っていたのに。

    他にも「ほっこり」、「ほぼほぼ」、「ざっくり」、「飲み(飲み会のことを指して)」など色々違和感がまだ消えない表現があります。

    ただ、私の元在住国の言語でも、若者が形容詞を副詞的に使ったり(そのような慣用がないのに)、ある文をその文が字義的に意味するものと正反対の意味として使ったり、
    驚くような言語の変化がありましたから、これが言語の自然な変化なのかもしれません。

    ユーザーID:0876125938

  • アメリカ英語。

    イギリス人曰く「We are short of a person が正しい。We are short a person はアメリカ人がそう言う。」と申してました。
     
    詳しくありませんが、本来の正統な英語よりアメリカ英語が主流になって来てるのではないのでしょうか?。

    ユーザーID:4906515774

  • 私も嫌いです

    このような傾向は多すぎますね。
    考えてみれば、「パソコン」もおかしいけど、定着していますね。

    ユーザーID:1397563881

  • 言葉は生き物ですから

     半端ない、は勿論ですが、半端ではない、も違うそうです。本来の正しい用法は「半端なことではない」です。私は「半端ではない」を使っていましたが、国語の先生に「半端なことではない」と直されました。もう40年前の話です。英語もご指摘の通りです。ただ、使用頻度が高いかどうかは疑問です。現在住んでいる英語国でネイティブに聞いてみても、of抜きを頻繁に使っているわけではないからです。私の周りのネイティブスピーカーはみんな同世代ですから、若者言葉にはうといでしょうが。
     ただ、それを言い出すと、日本語なら「ら」抜き言葉から始まって、私のような還暦間近の人間、それも国語が大好きだった人間から見ると、おかしな表現は山のようにあります。飲食店での〜になりますとか。
     私が今いる国で通っているESL教室の先生は言語学の専門家なのですが、彼女はいつも言っています。「言語は生き物です」と。言語は時代につれて変化していきます。私が子どものころ、入水はじゅすいであって、国語のテストでにゅうすい、と書くと×をつけられました。今や、辞書にはどちらの読み方も載っていますし、テストでもどちらでもいいそうです。
     英英辞書を読んでいても、古語と記された言葉が沢山あります。私が高校生の頃、一生懸命暗記した単語が、最近出版された辞書には「古めかしい言い方」とされていることすらあります。
     私は「半端ない」は大嫌いですし、「びみょー」とか、「こちら○○になります」などを聞くと鳥肌が立ちそうですし、なんでもかんでも四音に略するのも大嫌いです。ら抜き言葉も大嫌い。ですが、言葉は生きている人間が使う道具であり、刻々変化する、それは仕方のないことだと諦念を持つようになりました。

    ユーザーID:4967084006

  • 同感

    ぶっちゃけ

    もいやですね。

    ユーザーID:8375112934

  • 今更ですが…

    私は「ら」を抜いてしまう、いわゆる「ら抜き言葉」がどうしても受け入れられません。

    「見れる」「食べれる」「起きれる」など言われると、心の中で「“見られる”だよ」「“食べられる”でしょ?」「“起きられる”だってば」と、訂正してしまいます。

    また、とてもステキだと思っていたある俳優さんが、インタビューを受けている時に「こちらの番組に出れて幸せです」と言ったのを聞いた瞬間、サーッと冷めてしまいました。

    どんなに多くの人が使う様になっても、私が「ら抜き言葉」に慣れる日はやって来ないと思います。

    ユーザーID:6361289210

  • ぱねぇ

    「半端ない」はもっと省略されて「ぱねぇ」になってますしね。
    言葉はそれを使う人の品性を表します。

    親しい間柄なら、多少崩れた言葉遣いでも構わないと思いますが、テレビなど不特定多数を相手にしたメディアでは、やはり気を付けるべきでしょうね。あまりおかしな言葉遣いだと、スポンサーからクレームが出ないのかな?と心配になります。

    私がテレビなどで気になることば:
    ・ハンパない(半端でない)
    ・ほんとっすか?(本当ですか?)
    ・ちーっす(こんにちは+ございます ・・・かな?)
    ・どや顔(関西系の方言でしょうか。どうや+顔でしょうかね)

    はっきり言って、ばかみたいですよね。

    ユーザーID:4991793121

  • 言葉は生きてるからね

    言葉は生きているものですから仕方ないと捉えます。
    確かに違和感があったりイラっとしたり、自分は絶対にそういう言い方はしないぞと誓ってみたりもしますけどね。

    ちなみに「半端ない」は私も絶対使っていませんでした。半端ではない、半端じゃない、もしくは軽いトーク中でも「半端でない」と、せめて「で」は入れるように。。
    でもね、、最近、その絶対も揺らいできた気が。
    まあいいのかなあ、半端ないでも。半端ないって雰囲気のしゃべりの時あるしなあなんて。

    テレビで、アイドルでもありキャスターでもある方が、ご本人バラエティー番組では「半端ない」を使い、ニュース番組では「半端じゃない」を使っているのをみてさすがだなと思いました。私もそんなふうに臨機応変に使い分けようかなと考えたりもします。
    繰り返すけど、言葉は生きている、変わっていくものだと思うから。

    ユーザーID:2191374101

  • 受け入れなくてもいいのですよ

    私にも嫌いな言葉がいくつかあります。
    でも、言葉が「完全に定着」し、「違和感を持たれなく」なるには、それなりの時間が必要です。
    ですから、私の嫌いな言葉が「あたりまえ」になるころには、私はおそらく天寿を全うしています。

    トピ主さんもそうです。
    生きている間、「嫌いだ」「受け入れない」と拒絶し続ければよいのではないでしょうか。
    それはトピ主さんの自由です。使う側も自由です。

    私たちが死んでも、言葉は変わり続け、そして生み出されていきます。

    なお、主題とずれますが、
    トピ主さんが多用されている文末の「?」は、日本語としては「ありえない」と聞いたことがあります。
    国語に「!」や「?」はない。それでも伝わるようにできているのだそうです。
    (そう文豪が嘆いていましたが、出典は覚えていません)

    トピで言えば、「なったのでしょうか」で疑問や問いかけになります。
    「!」は「っ」です。「あなたっ」「バカモノッ」ですね。

    でも、「?」も「!」も定着しましたね。

    ユーザーID:4520816906

  • どこの国でも文法通りに会話してません。

    日本語の普段の会話でもですが、文法通りに私達は会話していませんよね。
    文法通りの会話が必要なのは公式の場、会社等ですよね。

    英語でも同じです。
    普通の会話では文法通りに会話する人達はすくないですよ。
    結構いい加減な文法の会話が多いですね。

    日本語でも英語でも正確な文法通りに話している人は少ないと思います。

    私も最初はトピ主さんの様に非常に気になりました。
    でも言葉は生き物です、変化して行くのは仕方がないかなと思う様になりました。

    ユーザーID:4215007699

  • 仕方ないです

    受け入れる必要はなく、理解する必要もなく、
    受け入れがたいまま共存するしかないです。
    違和感満載、自分は嫌だけど、
    他人が行うのは、ある程度許容する。
    という意味です。ま、黙認ってやつですね。

    世の中、受け入れがたいことだらけです。

    ユーザーID:6596314991

  • 全然オッケー

    これを最初に聞いた時は本当に変な感じがしました。
    本来「全然、、、ない」と否定形で終わる表現ですから。
    「全然大丈夫」「全然初めて」・・・
    気持ち悪いです。

    言い出したらキリがないのですが、
    テレビで芸能人が
    「このドラマに出させていただいて」「やらさせていただく」
    というのもなんとかなりませんかね。
    「出していただきました」「させてもらったんですよ」等でいいじゃないですか。
    たぶん定型表現と信じているんでしょうが、あんなヘンな敬語国語の教科書にも載ってません。
    といってもここまで蔓延してしまったらもう手遅れでしょうね。

    「とんでもございません」は「とんでもないことでございます」が短縮化したらしいですが
    「とんでもございますせん」もけっこうあちこちで聞きますね。

    ユーザーID:3467731475

  • そうそう、じゅんさいさん

    私の言いたいことを言ってくださりありがとうございます!

    猫も杓子も
    >「このドラマに出させていただいて」「やらさせていただく」
    って…

    へりくだっているつもりなのかもしれませんが、不快感しか感じません。

    さらに、使っている「おすすめ商品」のコーナーで、

    「この商品はうちの子の食いつきがいい」

    との表現を見て、ペットかなにかの話かと思いきや、自分の子ども(乳幼児)の話だった時は心底驚きました。

    ペットを、「うちの子」と表現するのにも違和感が拭えないですけどね。
    自分の子どもが好んでよく食べることを「食いつきがいい」とは…

    ユーザーID:3594105594

  • 多数派になればそれが正解

    そうやって日本語は変化してきた。

    「とんでもございません(ありません)」が間違いだ、とする指摘がありますが、2007年をもって正しいこととなりました。(文化庁文化審議会答申)
    変化についていけていない人は未だに間違いと主張していますけどね。
    もう10年も経過しているのに頭の固いことで。

    「とんでもない」という1つの形容詞を「とんでも」+「ない」に分けて、「ない」を「ございません」に置き換えるから間違いだとしています。
    文法的にはその通りだと思います。
    しかし、「とんでもございません」という1つの言葉として通用しているのでOKになったのです。
    昔はプールという言葉は無かったが、外国から入ってきて日本語として通用させたのと同じ理屈。とんでもないを敬語にしたのではなく「とんでもございません」という新しい言葉なんです。

    例えば部長に褒められて、その賞賛を軽く打ち消す時に「とんでもございません」を使います。
    「とんでもないことでございます」しか使えないなら、部長がほめたことがとんでもないことだという意味に受け取られる恐れがあるので注意が必要なんです。
    部長、その程度のことで褒めるなんてレベルが低いですと喧嘩を売っているのかと。
    しかし「とんでもございません」なら、褒めて頂いたこと事体は喜びながらも、謙遜している様が伝わります。またそう誤解無く解釈してもらうための新しい言葉なんです。
    誤解がないように、新たな言葉が編み出され、2007年をもって正式に追認されたということでしょう。

    ただ、変化が早すぎるのも問題はあると思います。
    ばあちゃんと孫くらいは普通に会話できなきゃね。

    ユーザーID:6777933812

  • ダメ元とか使っちゃう

    半端ないは使いませんが、「ダメ元」は使ってしまいますね。

    トピ主さんは新しい言葉は一切使いませんか。
    許容できる言葉とできない言葉の境目はなんですか。

    ユーザーID:6618878053

  • 私は変化が合理的なら肯定派

    正しいか正しくないかではなく、より合理的な方向へ進んでいるのだと思います。
    言葉を短くするのもその一つ。
    半端なことではない(一昔前)→半端ではない(現代)→半端ない(若者言葉)
    若者言葉の方が短く、記載するにも発声するにも効率的で且つ誤解も生まれません。

    また、ら抜き言葉も実は大きなメリットがあるから出現したのだと思います。
    「食べられる」には少なくとも三つの意味があります。
    敬語、受身、可能な状態を表します。
    敬語はともかくとしても、食われているのか、食べることができるのかは、前後の文脈を読まないと分からない不合理な言葉です。
    外国人に対する日本語教育で大変苦労する場面が出現する訳です。

    ところが東海地方の方言では、「食べれる」は食べることが可能と限定され、「食べられる」は食われるという受動の意味に限定されます。非常に合理的な方言です。
    尚且つ、可能の意味を表す時は一文字少なくて済みますから合理性が増します。
    だから全国的に広まったのだと思います。
    ら抜き言葉のデメリットは実はあまりないのです。
    変化の途中における学校教育と実社会における言葉の差異が発生し、多少の混乱が生じることぐらいでしょう。

    また「やらせていただく」もその手前の一般会話を見れば実は合理的です。
    「やる?」→「やるよ」
    「やっておいてくれる?」→「やっておいたよ」
    こんな回答、みなさんも普通にしていませんか?
    本来は「する」「しておいたよ」なのでしょうけど、質問者は「やる」に対して「やる」で返して貰った方がより強い合意を得たと感じます。
    オファーがあったから敬語で「やらせていただく」になる訳です。

    ついて行くしかないでしょう。

    ユーザーID:9999925817

  • 半端ないも嫌だけど

    私は「ますでしょうか」が気になって仕方がありません。

    ユーザーID:8552055573

  • 方言とミックス

    よく関西の方が、テレビドラマの似非関西弁を批判しますが、東京人に言わせると標準語に方言が混じるのが嫌です。「がっつり」とか「ら」抜き言葉とか、芸能人が使い出したんでしょうが、聞いていて本当に嫌です。

    ユーザーID:2775200496

  • おばちゃん

    40代より上のおばちゃんが使ってるとみっともないなあって思います。

    ユーザーID:1811419088

  • 結局は自分の感覚だけですよね?

    自分だって厳密に本来の日本語のあり方を守っている訳でもないのに、自分の基準に合わない言葉を嫌ってるだけだよね。

    そういうのをご都合主義と言います。

    ご都合主義で「今時の若い者は」と言っている人となんら変りはありませんよね?
    ま、ピラミッドの時代から「今時の〜」はあったそうですから、年寄りとはそういうものだと思っておきます。
    ・・・がイチイチ絡んでくるオッサンオバサンが鬱陶し過ぎる。

    ユーザーID:0430595199

  • はい、わかりました

    例えば「やばい」はアウトローの世界の言葉で
    良くない状況という意味ですが
    今は一般の人たちが使い、原典とは逆の
    とてもいい、という意味にも使ってます。

    第三者が受け入れがたいとか言っても仕方ありません。
    定着するか廃れるか天のみぞ知るということです。

    この小町でも、いろいろ新語や省略語が見られます。
    仲間内の言葉やスラングが一般化する見本なのでしょう。

    受け入れがたい言葉は
    自分は使わないと決心するしかありません。
    他人に禁止命令は出せません。

    ユーザーID:2018935179

  • このトピマジぱねぇっすね

    そもそも「半端なことではない」なんていう表現自体がそんなに使われてたわけじゃないじゃないですか。そういう状態を表現するために「半端ねえ!」っていう言葉が用いられるようになったのはいわゆるツッパリさんが奔りだったと記憶しています。
    そういう意味ではツッパリさんの業界用語が広まり、使われるようになったわけであるように言葉なんていつどんな広がりを持つなんて予測不可能な生き物だと思ってます。
    マジぱねぇっす。

    ユーザーID:6848211698

  • 受け入れがたいは主観です。

    私は納豆が大嫌いです。
    好き嫌いはほとんどありませんが納豆だけはだめです。
    現在60代の私が子供のころ、私の住む地方には納豆というものがほとんどありませんでした。
    だから納豆は関東地方限定のくさい豆という認識でした。

    同じように「ら」抜き言葉もそうだと思います。
    東京地方の方言を勝手に標準語としたため
    一地方の言葉がすべて標準であると勘違いが生まれたのでしょう。
    だから他地方の方言が標準語とは違うので間違った言葉と認識されているのでしょう。
    「ら」抜きは鳥肌が立つ
    それは刷り込まれた感覚、好悪にすぎません。
    「ら」抜きが広まっているのは
    方言という下地があること
    「可能」と「尊敬」の区別がつかない(食べられる)
    社会的に言葉の省略傾向にある
    などの理由でしょう。

    あなたが受け入れがたいこととはあなたの主観であり
    社会的に拡大傾向にあることは別のことです。
    どこまで擦り合わせるかはあなた次第です。

    ユーザーID:2018935179

  • ですから

    方言の「ら」抜き言葉は否定しません。標準語に混ぜて使われるのが困るのです。どんな合理的な理由があろうと、標準語にはそれなりの文法がありますし、また文の前後関係から可能と尊敬の区別がつかないことはまずないと思います。言葉というのはその地方の文化です。ドラマの関西弁が偽物と批判する関西人がいますが、それもよく分かりますし、所謂方言を持たない東京人としては標準語こそが自分の文化ですから、それを乱されるのは受け入れ難いということです。

    ユーザーID:2775200496

  • 言葉の単純化?

    むずい

    面倒い

    って最近良く聞きます。SNSの影響か、全てがショートハンドされてるみたい。

    ユーザーID:8733806518

  • 結局はご都合主義だよね

    >文の前後関係から可能と尊敬の区別がつかないことはまずないと思います
    ウラを返せば前後が無くちゃ見分けがつかないということ。
    そんな欠点のある言語を後生大事にする意味がわかりません。
    ただ自分の感覚に合わないからキライってだけでしょう。

    現代では、ライン等で短文でやりとりすることがもはや日常。
    前後の文脈が必要な言語なんて廃れて当然です。
    若者が前後の文脈を読まなくても分かるようにより進化させてあげているのに頑なに拒否。
    進化を嫌うならそれはもう原人に戻れって話しでさ。

    質の悪い頑固老人と一緒。
    男女平等がいいよねってみーんな思っているのに、女は女らしくと主張して譲らない迷惑なおばあちゃんみたいだ。

    そもそも標準語の元となる東京弁の前身の江戸ことばの成り立ちをこの人は知ってしるのだろうか?
    北関東の言葉と、上方(関西)言葉と三河弁の融合。
    関西でしか表現されない言葉が、なぜか飛び地の東京に残っていたりする。

    その後
    関東大震災や東京大空襲で東京地方の人口減=地方からの人口流入
    だめ押しは高度成長期における民族大移動ともいえる現象。
    これらの地方出身者の言葉がまじりあって今の東京弁が成り立っているのです。
    方言を持たない?笑わせてくれるなよ。
    標準語って言ってるだけで方言を使いまくっているのですよ。
    それをあたかも独自文化って、狭い日本で何を拘っているのやら。
    地方は東京弁の影響を受け、東京弁は地方の方言の影響を受けて変化するのは止めようもない事実なんです。

    なのにたかが「ら」抜き言葉くらいでガチャガチャ言うおじさんおばさんにはホントうんざりです。
    訳のわからん言葉を、明確になるように進化させてあげてるのに何を言っているのやら。
    まさか蝶々を「てふてふ」じゃなきゃおかしいとか言い出さないでしょうね?

    ユーザーID:2531316568

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