衆寡(しゅうか)敵せず

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一歩一歩

「衆寡敵せず」


徳川家康が今川に人質に取られていた少年時代のエピソードです(後の創作かも知れません)。

川を挟んで、近隣の子供たちが、石合戦(つぶて合戦)をして遊んでいました。

一方の方が人数が少なく、相手方の(1/3か半数?)しかいません。

どちらが勝つか、お付きの者に聞かれた家康は、少ない方だと言い、結果、その通りになります。

何故、それがわかったかと、また、聞かれた家康が、少ない方は、一致団結しているのがわかった、そう答えます。


冒頭の言葉、違うじゃないか、そう言いたくなります。

冒頭の言葉は、しょせんは、いいわけに過ぎないのでしょうか。

(個々の事例では、あてはまることもあるかもしれませんが。)

ユーザーID:0366150645

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  • ことわざや故事成語って

    ことわざや故事成語には、正反対の意味を表すものがあります。

    「急がば回れ」「思い立ったが吉日」

    「好きこそものの上手なれ」「下手の横好き」

    「寄らば大樹の陰」「鶏口牛後」

    など。

    ことわざとか故事成語というものは、世の中にある事象を端的に表すのに用いられることばだと思います。Aという事象もあればその正反対の事象も存在し、それぞれの事象に合ったことわざを用いて言い表しているだけではないでしょうか。

    どちらが正しい、どちらが真実、ということではないと思いますよ。

    ユーザーID:9302184278

  • しょせん子供の喧嘩でしょ

    >川を挟んで、近隣の子供たちが、石合戦(つぶて合戦)をして遊んでいました。
    >一方の方が人数が少なく、相手方の(1/3か半数?)しかいません。

    「衆寡敵せず」とは、圧倒的な数の差があれば勝負は決まっているという意味です。
    1%でも多い方が「衆」で少ない方が「寡」というわけではないと思いませんか。
    じゃあ、どれくらいの比率なら衆寡なのだと言われれば、「大きな差」としか言いようがない!

    また、子供の喧嘩に使えるとは思えない。オトナ同士の戦いじゃなく、コドモであれば平均年齢によって戦力は大きく異なるからね。

    ユーザーID:8262707497

  • 誰の言葉か

    「衆寡敵せず」はご家来衆が言った言葉なのでは。
    「衆寡敵せずと言いますから、人数の多い方が勝つでしょう」とご家来衆が行ったのに対して、家康が「自分は人数の少ない方が勝つと思う」と答えたという話なのではないでしょうか。

    ユーザーID:6014603827

  • 言い訳というより一般論だと思う

    衆寡不敵
    一般的にはよく訓練され、統率の取れた軍隊同士であれば、多い方が勝つ。
    秀吉による九州征伐(20万対3万)や小田原征伐(22万対8万)などがこの例に当てはまるでしょう。
    近代戦であれば、索敵能力に優れ、より遠い所から攻撃ができ、総合的な火力の強い方が勝つ。
    湾岸戦争などがこの例に当てはまるでしょう。

    そりゃ寡では勝てんわな。と思うのが一般論でしょうね。

    例外として寡が衆に勝つこともある。
    桶狭間の戦いなど、作戦の良さもあったものの、様々なラッキーが重なって勝利を手に入れています。
    今川が安全策で攻めてきてくれたのもその一つ。
    織田側の砦など見張り程度の兵を裂いて監視し、本拠地を一挙に攻められていれば手も足も出なかったことでしょう。
    ベトナム戦争もゲリラ戦で長期化をしたまではいいけれど、米国本土で反戦運動がおこらなかったら、徒に犠牲者を増やしていたかも知れません。

    衆寡適せずを言い訳ととらえるのは、いくらなんでも敗れ去った武士達が可哀相に思えます。
    衆寡敵せずをものともせず、勝利を収めた人を褒めるべきでしょうね。
    そして窮鼠猫を噛むという諺もある通り、大軍を要した側も油断してはいけないという教訓になればいい程度の話なんだと思いますよ。

    ユーザーID:7888023334

  • 「烏合の衆」が、反対の意味になるでしょうか

    匿名様

    お返事ありがとうございます。

    >どちらが正しい、どちらが真実、ということではないと思いますよ。

    「衆寡敵せず」に関して、「烏合の衆」が、反対の意味になるでしょうか。

    集団は個が弱くなる分、やはり、「衆寡敵せず」は違う、そう言いたくなります。

    ユーザーID:0366150645

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  • 突き詰めて考えた場合、「衆寡敵せず」は、あやしいと思いました

    白根山登様

    お返事ありがとうございます。

    >「衆寡敵せず」とは、圧倒的な数の差があれば勝負は決まっているという意味です。

    そうだとは思いますが、意外にそうでもない、そんな事が言えそうな気がします。

    冷戦の一方のリーダーであったソ連が、ああも、もろく崩れ去ると想像した人は、少なかったのではないでしょうか。

    突き詰めて考えた場合、「衆寡敵せず」は、あやしいと思いました。

    ユーザーID:0366150645

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  • 負けた側へのコメント

    書かれている話の題名が「衆寡敵せず」だったのでしょうか?それなら題名は間違っていると思います。数で3倍の差があれば、少数側が負けた時、その健闘をたたえて衆寡敵せずと言ったりするのではないでしょうか。

    ユーザーID:6812784234

  • そうかも知れません

    あっきー様

    お返事ありがとうございます。

    >「衆寡敵せずと言いますから、人数の多い方が勝つでしょう」とご家来衆が行ったのに対して、家康が「自分は人数の少ない方が勝つと思う」と答えたという話なのではないでしょうか。

    そうかも知れません。

    そうとう昔の話で、概略しか覚えていません。

    ごめんなさい。

    ユーザーID:0366150645

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  • 思考停止だと思います

    ノアの箱舟様

    お返事ありがとうございます。

    せっかくだから、議論させて頂きますね。

    仰っていること、思考停止だと思います。

    >ベトナム戦争もゲリラ戦で長期化をしたまではいいけれど、米国本土で反戦運動がおこらなかったら、徒に犠牲者を増やしていたかも知れません。

    これなど、まさに、そうですね。

    ユーザーID:0366150645

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • このエピソードは

    このトピのエピソードは、神君家康公を称賛するのが目的です。幼いころからリーダーとして、頭脳明晰、判断力にすぐれていたことを示す逸話です。言うなれば「栴檀は双葉より芳し」ということでしょうか。平凡な人物なら多数が勝つと判断して、恥をかくところですが、さすが神君、野戦の王者となるべき人物は結果を見通していたというあっぱれな話に仕立ててあります。

    ユーザーID:6812784234

  • 家康の戦い方

    家康の基本的な戦い方は、相手の城を大軍で囲い、兵糧攻めにして、相手が降参するまで気長に待つ、といった戦法のようです。

    まさに「衆寡敵せず」です。

    ユーザーID:2249393739

  • 孟子の時代

    槍や刀で肉弾戦をやっていた時代と、近代の戦争は同列では語れませんね。

    ソ連崩壊は元を辿れば経済破綻が原因。
    経済的には圧倒的に劣勢だったソ連が、超経済大国のアメリカと同等の戦力を保有していたのですから、内実はグズグズでしたよね。
    ソ連の崩壊を想像した人は大勢いました。
    パンを買うのに行列を作らなくてはいけない国が、いつまでも大国でいられる訳がありません。
    フランス革命しかり、中国の各時代の各帝国しかり。
    国民が食べ物にことかくようになれば、その国の命脈は長くは続かないのです。
    革命らしい革命が無かった日本が逆に例外なのです。

    トピ主さんはソ連が「衆」と見ておられるようですが、中身はグズグズだったんですよ。
    チェチェン紛争を見れば分かります。
    軍縮協定が結ばれて、正規兵を大量に解雇した直後に紛争が起きて、慌てて新兵を入れたのがソ連軍側。
    チェチェン側は元々ソ連軍だった訳ですが、ベテラン兵揃い。
    しかもソ連の戦い方は、ソ連兵以上に熟知している。
    戦車の弱点も知り尽くしていて、主砲が向けられない位置から、装甲の薄い上部を攻撃して撃破しています。

    外形的にはソ連兵の方が多いですが、ソ連崩壊時には10カ国以上が独立した訳ですから分散しなきゃいけない。

    じゃあ、衆がソ連で寡が当時独立した国々か?
    見た目の構図はその通りでも、中身は違います。
    もはや西側諸国を敵に回して戦争がやれる状態にないソ連。
    ソ連対独立を支援する西側諸国。
    衆は西側で寡がソ連であった。
    リトアニア独立革命の時、ゴルバチョフが戦闘の命令は出していないと言い訳していましたよね?
    出さない訳はないけど、西側との対峙を避けたのです。
    衆が西側だからね。

    ソ連崩壊をもって衆寡敵せずの否定は、ちと苦しいと思いますよ。

    ユーザーID:4095195070

  • 徳川家康の伝記にあった話です

    ナビ様

    お返事ありがとうございます。

    >書かれている話の題名が「衆寡敵せず」だったのでしょうか?

    徳川家康の伝記にあった話です。

    勝ったのは少人数の方だったので、「栴檀は双葉より芳し」的なことだったと思います。

    ユーザーID:0366150645

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • ちょっと意味が分からないので

    もう少し詳しく「なぜ思考停止なのか」を教えて頂けませんか?
    一般論という部分はちゃんとお読み頂いておりますでしょうか?
    例外をもって否定することを正とするならば、全ての格言は否定されてしまうという点についてはいかがお考えでしょうか?

    私がベトナム戦争を例に挙げたのは、強大なアメリカにベトナムが勝った(いや負けなかったのが正しい?)のは、戦い以外の別の条件が重なったラッキーに過ぎないのではないかと思うからです。
    桶狭間も、相手の失策に助けられ、尚且つたまたま雨が降って相手の軍規が乱れたというラッキーが重なったのではないかということです。
    一般論としては衆寡敵せずは大きくは間違ってはおらず、寡が勝つ場合はむしろ例外だと思うのです。
    条件が揃わなければ難しいという意味でね。
    私は例外があるからと言って格言を否定する気にはなりません。

    男性は女性より力が強い。
    女子の重量上げのメダリストはそこらの男より力が強い。
    だから男性は女性より力が強いというのは間違い。
    間違っているのだから女性は男性より力が強い・・・にはなりませんよね?
    トピ主さんの論調はそういう事を主張しているように見えてしまいます。

    ちなみに衆寡敵せずの元は孟子です。
    三国志にも出てきます。
    家康の時代よりうんと昔です。

    ちなみにソ連はぼちぼち終わると予想していた人は大勢います。
    特に欧州など自国が革命の経験がある国出身の人は、国民が食えなくなったら何かが起るって歴史的常識として知っていますから。
    日本の国の成り立ちでは、私を含めてなかなかイメージはできないようですが。
    もう成りはでかいが経済的には破綻した小国に成り下がっていたのがソ連の末期です。

    ユーザーID:7888023334

  • やはり基本的には「衆寡敵せず」

    ノアの箱舟さんの言う通り、一般論だと思いますよ。
    家康のエピソードは、一般論とは異なった結果を家康が当てたからこそ面白いんであって、これが一般論通りの結果だったらエピソードになりようがありません(ちなみにこのエピソードは「傍目八目」だっただけのような気もします)。

    それから強いて言えば、「衆寡敵せず」には冒険主義を戒める意味もあるかも知れません。凡将は状況を甘く見て大敵に少数で挑戦したりしますが、ほとんどの場合、勝てるわけがありません。「衆寡敵せず」を忘れなければ、そういう失敗をすることもないでしょう。
    確かに寡兵を以って大軍を打ち破るのは華々しく、将軍の夢とも言えますが、一方で「善く戦うものは、勝ち易きに勝つ者なり」という言葉もあります。真の名将は事前に勝てる条件を整えてから戦うため、当たり前のように勝つ、ということです。「衆寡敵せず」をおろそかにしたら、一時的な勝利は得られても最終的な成功を収めることは難しいでしょう。

    なお、ソ連のことを書かれていますが、米=衆、ソ=寡だったのですから別に不思議なことはありません。

    ユーザーID:3771054386

  • 現実的には「衆寡敵せず」じゃないでしょうか?

    野戦で同程度の装備と練度の軍隊が衝突して10倍以上の兵力差を覆したことは多分ないんじゃないかと思います。2〜3倍ぐらいの差だと結構少数側が勝ってることもあるかと思いますが、その程度の差だと「衆寡敵せず」という程の差じゃありません。
    桶狭間の戦いとかも、総兵力の差は倍はなかったようですし。
    攻城戦では攻撃側と防衛側で3倍以上の兵力差があって同等とみなされてますから、攻撃側が籠城側の兵力の30倍ぐらいはないと衆寡敵せず、と言う表現には当たらないので、攻城戦でもほとんどの場合、「衆寡敵せず」は成り立ってると思います。

    >冷戦の一方のリーダーであったソ連が、ああも、もろく崩れ去ると想像した人は、少なかったのではないでしょうか。

    むしろ、衆寡敵せず、の一例だと思いますが? 大きな権力を持つ少数の意志より、個々の力に劣る多数の民衆の意志が優先された訳ですから。

    ユーザーID:5215216928

  • 家康のイメージ

    お返事ありがとうございます

    ナビ様

    >言うなれば「栴檀は双葉より芳し」ということでしょうか

    まさに、そうでしょうね。

    tora様

    >家康の基本的な戦い方は、相手の城を大軍で囲い、兵糧攻めにして

    秀吉は城攻めの名手で、家康は野戦の名手、と言われていたように覚えていますが、違うのでしょうか。

    ユーザーID:0366150645

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • どうでも良い事を書いているとしか思えません

    DHMO様

    お返事ありがとうございます。

    申し訳ありませんが、どうでも良い事を書いているとしか思えません。

    ユーザーID:0366150645

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 全くの荒唐無稽でもないはずです

    ノアの箱舟様
    ピルチャード様

    お返事ありがとうございます。

    出典や一般論は、どうでも良いと思っています。

    >私がベトナム戦争を例に挙げたのは、強大なアメリカにベトナムが勝った(いや負けなかったのが正しい?)のは、戦い以外の別の条件が重なったラッキーに過ぎないのではないかと思うからです。

    アメリカがベトナムに負けたのは、必然だった。

    なぜなら、アメリカの指導者の捉える理念は、自国民を説得できるものではなかった。

    アメリカ国民も、ベトナム国民が、自分たちの理念をやすやすと受け入れるものだと思っていた。

    敵地で戦死する自国民を悲しむ人々と、自国で、自国民が戦死するのを目の当たりにする人々では、戦争に対する気持ちからして違っていた。

    以上の分析が正しいかどかは別にして、全くの荒唐無稽でもないはずです。

    せっかくベトナムの例を持ち出しているのに惜しいなあと思いました。

    それが、思考停止の意味です。

    「衆寡敵せず」

    それが真理に近いように言われるのはつまらない、そんな話をしてみたく思いました。

    もう、話したい事の核ははなしたように思います。

    レス頂いた方々へ

    ありがとうございました。

    ユーザーID:0366150645

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • いまも変わらない

    衆かならずしも衆ならず、寡必ずしも寡ならず。

    こんな言葉はないと思いますが、でも、一面の真理ではあると思います。

    ローマ時代に迫害を受けたキリスト教が、世界三大宗教の一つになると、ローマ時代の人には想像もつかなかったのではないでしょうか。

    ユーザーID:0366150645

  • トピ主のコメント(9件)全て見る

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