誰かに気がついて欲しかった。

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  • トピ主です1

    わからなくても結構です。
    共感いただけなくても結構です。
    気づいてもらいたいという気持ちは私の中で過去の感情であって、今の私は半ば諦めていますから。

    皆様が詳しく知りたいであろう、具体的に何が問題か、苦痛だったエピソードが何か、それでどのような感情になったのか。
    事細かに、第三者に説明した経験が何度かありますが、それを持っても感情を分かち合える人は見つからなかったのです。
    私が本来羨む立場の人間から、私は逆に今まで苦しい目に合ってきた、今まで大変な目にあった、あなたの方がよっぽど恵まれていると言われる事もありました。私の逆バージョンと称し周りの人間といかに違うか時間や文字数の限りアピールしてくる人もいました。
    そんなこと気づく人がいるはずない、誰しも当たり前に思っていることに疑問を持つ人などいないと私の気持ち自体を踏みにじる人もいました。
    ここで同じことを書いても、恐らく返ってくる言葉は今まで私が受けた言葉は同じでしょう。

    それでは堂々巡りに終わってしまって得られるものは何もありません。そして、この宇宙上のどこかにいるであろう私と同じ心地の人間に対しても、不快にさせ、生きる希望を無くしてしまうかもと考えると、たとえ匿名のコミュニティーであっても気軽には話せません。
    私が悩みの正体を話さないことで、結果的に同じ境遇をさまよう誰かを守ってあげたいのです。

    それでも、勇気を持って話しましょうよと思う方もいるかもしれません。
    しかし、このトピに寄せられたレスの断片を見ても、
    大多数の人間が当たり前のように感じて疑問にすら思わない概念、思い込みのもとに支配させている事が一目見て私にはわかります。
    そのような相手に話したところで、私の苦悩は理解されない事は容易に想像がつきます。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です2

    結局人間というものは生まれもった身体的特性によって、人物のイメージや関心を持つであろう話題、分野を勝手に想像されられると同時に、活動の場や付き合う相手を強制的に決められ、その範囲の中で生きる事を強いられるのだとつくづく感じます。
    その身体的特性のイメージとは外れた分野に興味や関心があっても、それに行動を起こすことは許されず、その集団の場に入ることも認められない。
    物心ついた頃から私自身のもつ外面と、内から湧き出るエネルギーの差が、世間や周囲の一般的基準と釣り合わなかった。それと同時に、生まれ持った身体の特性部分に対して強い拒絶意識と除去願望をもっていた私にとって、多くの人が羨む特性というものは苦痛にしか感じないのです。
    その特性自体が、親から愛されない理由として関連づけられた事もあります。
    同年代の人からはいじめられる原因、いじめて良い理由としてみなされたこともあります。
    立場の強い大人からは人間性を否定され、叱りつける理由として扱われたこともあります。

    しかし、人類が長い歴史をもって築いた社会的な概念と、生物の大自然が長い時間をかけて作りあげた法則を目の当たりにすると、私の考えなどその歴史に反する冒涜のようにみなされることもあります。

    カウンセラーや精神科、病院の人にこの苦しみを具体的に話しても、きちんと理解してもらえると感じた人は見つからず。それどころか専門家の立場にも関わらず私の身体的特性に対して羨む気持ちや憧れを思わず口にした人もいます。たまたま変な人に当たったというわけでなく、何人かに相談して、少なくとも片足が余るくらいの人が言葉にした位ですから、よっぽどなのだと感じていますし、そもそも人に相談する事自体が間違いだと結論に至りました。今では通院やカウンセリングは、余計に他人の不信感を強くするだけだと思い止めています。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です3

    この状況を打破するためには、それこそ身体的差別のいっさい無い国や地域に移り永住するか、外的の侵入リスクのない無人島へいき完全に自給自足の生活をするかでしょう。しかしそれを実現するためには日本円にして数千万から億の額の資金が必要となります。
    私は大学を出て、一般民間企業に就労していますが、目標とする資金を集めるにはそれこそ40年以上の年月がかかります。今自分が知る中で最も給与の待遇がよい職場に就職し、一般の2倍を超える労働時間を続けても、です。
    その目標資金を仮に達成しても、その苦しみから解放される充実感をもつことなく、その頃には心も身体もボロボロに老いて、あとは意識がなくなり死の時を迎えるのみ、といった状況なのが目に浮かびます。

    頂いたレスの中にもありましたが、私はこの世界では風変わりな少数派の人間なのだと自覚すると同時に、決して自分の意志や信念を曲げない、動揺しない事が大事なのだと思います。
    私自身も悩みに対する理解が得られるとは思っていません。
    恐らく私が死んで数百年から数千年、人類の思考や価値観に対する研究が進み、それが叡智として積み重なった時、初めてこの文の意味が解釈され、この人はこんな苦しみを持っていたと始めて分かるでしょう。
    かつて地球が宇宙の中心だと当たり前に思われた時代に地球は太陽を廻る惑星だと唱えた科学者や、力こそ全てと軍国化していた時代に戦争の悲惨さや悲しみを訴えた先人たちのように。
    私は神様にお祈りして、次にいのちを受ける時はこの様な苦しみのない星のもとに降りれますようにと、願うことが唯一の希望です。
    しかしこのようなネット上に情けない発言をすると言うことは、まだまだ甘え、心の弱さがどこかにあるのでしょうね。もっと強くならなければと思います。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続き

    何が苦悩なのか。具体的なエピソード、それがなぜ苦痛なのか。なぜ言われるのが嫌なのか。
    それを様々な場で、詳細にのべあげても、「わかりません」「意味不明」などという、何の解決にもならない答えしか返ってこなかった。
    これは思い込みではなく、長年の私の経験と結果から学び、悟ったことです。
    それなら、最初から語る意味など無い。詳細を書く意味などないと、諦めの境地にいます。

    寸分の狂いもなく全く同じ人は世の中にはいない。
    誰しも悩みを持っているけど、それを隠して明かさずに生きている。

    正論であり、真っ当な意見だと思いますが、それならなぜ私と逆の立場の人には
    「わかります。私も同じでした」という意見が沢山よせられるのか。
    どうして、先述の正論を、あえてその人にも伝えないのか。

    私の特性とやらは、特別珍しいものではありません。
    ざらにいる、寧ろ、大多数の人が私と同じ特性を持って生きていると認識しています。世の中全体からしたら50パーセント以上、もしかしたら90パーセント位の人は同じなのではと思います。
    しかし、大多数の人には悩みになるとは夢にも思わない。だからこそ遠慮なく口に出てしまうのだろうと。あくまで私の推測です。
    まあ、私の場合それを相手の口から引き出しまう何かがあるのでしょうね。それは動物としての本能レベルの話に発展するので、誰もロジカルに説明できませんけど。

    私と同じ状況にいる人が沢山いるのなら、なぜその人は分かち合いのコミュニティーやネット上に表れないのか。
    もう対応する術がなくて自ら命を落としてしまっているのだろうか。私もいずれは彼らと同じ道を辿り、犠牲者のカウントに1を加算されるだけの存在としてのみ、この世に跡を残さないのか。

    ごめんなさい。意味わかりませんよね。
    でも、今の私にはこの言葉が精一杯なのです。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続き4

    あの、本当にすみませんが、本題となっている特性が何で、何が辛いのか、具体的に書こうとすると、どうしても手が震えて止まって書くことができません。
    なので、みなさんのレスを踏まえて伝えられる言葉だけを残させて下さい。

    特性という言葉を聞いて、極めて優れた美貌や、非常に特徴的なパーツがあるなどを思い浮かべた方が多いかと推察しますが、そういったものではありません。
    それこそ、持ってるスマホがiPhoneか、Androidか、私のなかの特性はその程度のものだと、自分の中では思っています。
    それにも関わらず、なぜか人と会う度に口にするんです。ちなみに、初対面の人
    だけでなく、それなりの頻度で会う人や毎日のように顔を合わせる人もです。
    その事を具体的な単語や数字で述べでも、ここでは伝わらないだろうと考えてます。
    これは思い込みではなく、実際に自分の言葉で伝えて「なんだ、普通の人じゃん。そんなの至って一般的なことだよ」といった反応しか返ってこなかった。経験に基づくものです。
    しかし私を目の前にすると、みんな同じように、こちらとしては毎日聞き飽きた言葉を口にするんですよね。
    文字や数字で読むのと、実際直接合って目にするのでは感情の強さが違ってきます。なので上手く伝えられる自信がない。話しても正しく伝わらない恐怖の方が私の中で大きい。

    >自分だけ特別な人間でいたいんだって感じ。トピ主さんと同じ悩みを抱えた人は山ほどいる

    確かに、同じ心境で生きている人は沢山いるのかもしれません。
    では何故、その同じ心境という人物が、ネット含めて私の目の前に誰一人として現れないのか。逆バージョンと称する人物ばかりが集まるのか。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続き5

    そのうちの7割くらいは、私の逆の立場として辛い目に遭ったことを吐露したり、私の立場が優遇されるエピソードを話して羨ましさや憎しみの気持ちを表わにしました。
    2割くらいの人はそのような気持ちがあったことを認めた上で、そのような立場に対して加害する行動を過去に行ったことを告白しました。
    残りの1割程度は、本質とは違う問題(この話自体作家さんが作った御伽話じゃないか、など)を投げかけてきました。
    私と似た境遇を経験した、心境を受けた人は1人も出てきませんでした。

    ここに、私の葛藤があります。
    なぜ、特性がある人をあえて差別する意見や、そのような行動をした人が居ながら、被害に苦しむ立場の意見が一切出てこないのか。せいぜい、「見たことはないけど、こういう境遇(=私が育った環境)でつらい目に合って苦しんでいる人もいるはずだ」といった、机上の空論としか語られないのか。

    また、「神様にお願いするしかない」「未来の宇宙に希望を託すしかない」といった、一般の方には絶句するであろう意見も、
    これまで皆さんから挙がった提案の多くを実行し、それでも世界が変わらなかった事に対する私なりに出した結論です。
    その過程が書かれてないので、そういった反応は仕方ないです。

    幼少期の頃、私の身体の特性が原因で、親からは愛されない子として差別され、他の兄弟と経済面でも愛情面でも差をつけられて育ちました。
    同じ年代の人たちからは特性ゆえに本来望んでいた生き方や集団に入ることを強く拒絶され、やりたくなかったことや入りたくない集団で活動する事を強制されました。
    周囲の大人はそのような態度の私を周りの雰囲気や集団の規律を乱す存在としてぞんざいに扱いました。
    それでも若い頃は、私が悪いのではなく、たまたまそういう環境のもとに生まれたのだと思い、必死の思いで努力して家を出て、別の街へひとりで移り住みました。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続き6

    その場所でも特性からくる周囲の反応、それに対する私へ期待すること、そうでないことの見識は変わらず、意見の相違から苦しんだことも多々ありました。
    それでは思い切って色んな考えのいる場所いこうと東京へ行きました。それも「23区、山手線の西側」どんぴしゃです。
    それでも、私は身体的特性ゆえに異質な存在であることは変わりがありませんでした。
    大都会の場合、変わった生き方をする人間よりも集団の中で無難な存在、生き方を送る人の方が圧倒的に多い。
    それゆえに他の人とは違った性質をもった私の身体的な部分に目がいくのでしょうが、それを新しい集団の場に幾たびに口にされるのは辛かった。結局は昔育った場所と同じじゃないかと思いました。
    こういう事が繰り返し起こるのは相手がみんな日本人だからであって、他の国の人たちであればこういう事は起こらないはずだと思い海外へ留学やボランティアへ、あらゆる国へ出かけました。
    しかしその多様な人種が集まる中でも、私の特性はひときわ目立つ存在であって、会う度に口にされる現象に変わりはなかった。
    そう言われるのが辛いです、身体と心と、期待される性格が合ってないですと話したら、
    「地球上に存在する全ての国は、あなたのような身体的特性をもつ人を優遇し、そうでない人を差別する歴史のもとで作られた。それを知らずに語るのは先人に対して失礼だ」
    そういうニュアンスの言葉を返されました。

    ここまで行動して結果が変わらないなら、もう、他人の理解に期待を任せることに意味を感じません。諦める以外に方法はありません。
    神様の話や宇宙の話は、諦める決心をつける中で私が本の中で見つけた、消化するための物の考え方、捉え方です。

    本来は、身体の特性を気にせずに過ごせる場所、存在があれば解決できる問題だと思います。しかしその方法がわからず、悩めば悩むほど迷子になって引き戻れなく感覚があります。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続きです。

    このトピのレスを読んで、どういう言葉であれば気付く誰かに出会えたのか、それを考えていたら一睡もできませんでした。
    直近のレスの中に特性の事を含めて、私自身に当てはまるものが3つ程ありました。
    それらを組み合わせてきちんした文章にすれば他人に伝わるかもしれない。
    ただ、その内容は一般人と異なる感性である事に変わりないだろうから、理解される期待より無理解や否定的な意見だけを述べられて終わる恐怖の方が大きい。
    私の場合、生まれ育った環境やトラウマを特性と結びつけて話したがるから、無理解を示されるのかもしれない。一般の方と異なる点、理解し難い点は寧ろ生育環境や、恐怖体験自体にあるのに、それを自身の考えへの否定と捉えてしまう事が原因ではないのか。
    いずれにしても人に伝える文章にする為には少し時間がかかりそうです。

    独り言ですみません。
    他人にとって私の文章は意味不明で一分も理解できない文だろうと思います。本来は特性の事を詳しく書いた上で、かつ読み易い文で書くべきである事も理解してます。
    そんな文でない、あえて他人に容易に理解できない形で書いてるのは、過去の診療や自助グループ等で推敲した上で丁寧な言葉で伝えても無理解や批判、逆の立場からの否定的意見ばかりが寄せられ、理解されなかったショックが大きく、どうせ伝えた所で無理解である事は同じという絶望感と、本音を言っても言わなくても嫌われるのが一緒なら本音を隠して嫌われる方が傷が少なくてましという投げやりな思いが渦巻いてるからだと思います。こんな事書くとこれに対しても非難や無理解の言葉がつくかもしれませんが。

    蛇足ですが、私は一般企業で勤務してると以前レスしましたが、正社員ではなくフリーランスの協力メンバという立場で、かつ4つの案件の掛け持ちです。それゆえ忙しい割には人間関係が希薄で感情の表し方がわからなくなっているのかもしれません。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続きです。9

    このサイトで私が執拗に誰にも理解されない事を繰り返し書いている理由は、直近のレスの指摘にあった通りです。
    では何故、こんなことをしているのか。それは理解されない世界観を一つの記録として残すためです。

    私に対して批判や不快な意見、嫌悪感、ネガティブなニュアンスの言葉が集まれば集まるほど、私の意図した通りで大変喜ばしい事ですし、私自身は救われなくても数千年後のより良い世界造りのため、この文章の学術的価値が高まったと誇りにすら感じます。

    こういった発言は一般社会ではまず相手にしてくれません。
    医療現場やカウンセリングでこのような発言を繰り返したら「改善する見込みのない患者」として診療を切られてしまいます。
    仕事の場でデモデモだってを繰り返したら向上心のない人物として制裁を受ける可能性があります。
    プライベートの場で同様の発言をしていたら重たい人間として敬遠されます。
    それでは記録も意思も残らない、それならネット上で心情を綴り無理解や批判を集める事が自身の思想を社会に伝える為の精一杯の手段だと思いました。

    私の悩みを端的に書くと「身体面と心理面・思想でそれぞれマイノリティを抱えており生き辛い」
    と考えています。
    それが2行の文で共感を得られるようならこんな長文かつ客観的に見て不快感要素満載な文章には書いていません。
    これは私の誇大妄想ではなく経験を基に書いています。
    レスで挙げられた文例とほぼ近似する内容かつシンプルな文章量で他人に相談を持ちかけたことがあります。

    しかしカウンセリングや集団の自助サークルでは、その場で相手を混乱させ全く共感は得られず、「例えば?」といった質問を聞かれるのがせいぜいといった感じでした。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続きです。10

    これらの経験を踏まえて私なりに何を伝え、何を伝えないか思考錯誤を繰り返している段階でありますが、それを続けているうちに「何を発言しても理解されない結果は同じ」思考回路ができあがり。
    負の無限ループからブレイクも抜けることもできない状態に知らずになってしまったのかもしれません。

    そういえば小さい頃から頭の中で考えていることは、その身体的な特性に対する理解を得るための言葉は何か、そればかり悩む毎日でした。

    その特性ゆえに本来やりたくない事、不得意な分野の行動を強制させられる。
    本来自分がやりたいものに対して家族・同年代の生徒、子供や責任者の大人から特性と不相応であることから強い拒絶反応や嫌悪感を露わにされました。
    それに対して自分の意思を強引に貫くと学校の関係者、家族、その他関係者全員を不幸にし、結果的に自身の精神的苦痛が強まっていきました。

    本来の原因は私の特性以外の部分の行動やプロセス、もしくは環境にあったのかもしれませんが、結果的に私は特性が原因だと考えるようになりました。

    その結果、私自身は他人や社会のあらゆる存在に一切興味を持てない「特性のことしか頭にない人間」、他人からしたら「特性以外に語る要素のない人間」であり、実際の中身は空っぽのろくでなし。そういった感覚が常につきまとっていました。

    仕事の質を高めたり、空いている時間をできる限り仕事に費やすようなスタイルに変えて、それなりに多くの収入や組織の地位を得るようになっても、周囲からは身体の特性しか見られていないような、心の隙間が埋まらないもどかしさがありました。

    ただ、このトピで自分の気持ちを書いているうちに、一般的な人との生き方を無理して嵌め込み特性を気にするような環境に自分に閉じ込めるより、
    それを気にせず、自分らしさを発揮できる環境、生き方を模索する方が良いのかなと考えるようになりました。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続きです。11

    私の場合、特性で悩む時間を減らせるような方向に持っていった方が、それによる経済的な問題や、人間関係の構築に困難が生じる可能性はありますが、最終的には精神的な面でより豊かに、充実した人生が過ごせるのかもしれません。

    今の自分を取り巻く状態、そして自分で積み上げたものをもとにして、より自分らしい人生にするにはどうするのが良いか考えたいと思います。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続きです。12

    書き足して置きたいことがあるので追記しに来ました。

    以前のレスで、私の特性はもしかしたら5割から9割の人が持っているかもしれないということを書きましたが、それならなぜ共感する人がいないのか、と疑問を持つと思います。
    その特性を持つもの同士が集まりやすい場所、その特性を持つ人だからこその経験、その経験を基にした考え方…。いろいろあると思いますが、生まれつきの精神的なものの見方、とらえ方の問題が一番大きいのではと考えに至りました。
    本来この掲示板は、誰かに悩みを聞いてもらったり、解決のアドバイスやヒントを受けるための場所で、私に対してもそういう考えを持っている前提で閲覧者の方はレスされているのでしょうが、私自身は自分の悩みを分かち合いたい、聞いてほしいなど言う気持ちは最初から全くありません。あくまでも自分の気持ちを消化するための独り言を書いているという感覚しかありません。
    それを極めて異常という反応をとられても仕方ないです。今までのカウンセリングや精神科、病院などの通院のなかで、一般の人より大きく逸脱した考え方や精神の構造は、医学的にそれを指し示す精神障害や精神的疾患の名称をつけてカテゴライズしていくのですが、私にはそう言った精神障害および疾患を診断書つきのものが3つ、グレーゾーンのものを含めると5つもっています。
    しかし、1つの精神障害を理解するだけでも相当な知識と対処が必要で、不特定多数の一般人どころかお医者様ですら理解がままならない事があるのに、それが5つもあったらそれぞれがどのように関係しあうか、グレーゾーンの場合はどういった状況、心理が生まれるか等、専門家をもってすら理解は困難となります。それならいっそのことそういった精神障害の話はなしにして、否定や無理解、非難を行う人をおびき寄せ、そういった言葉を受けるしかないという状況を受け入れるしかないと考えています。

    ユーザーID:8651459825

  • トピ主です。続きです。13

    以前のレスで、このトピには学術的価値があるということを書きましたが、価値があるのは「無理解、非難、批判」をする側の人たちのほうで、私自身の書き込みには最初から価値など皆無に等しいと考えています。むしろ自分自身は、そういった人を寄せ付けるための生贄、犠牲者、撒き餌。そういった感覚しかありません。

    このトピ単独では理解は困難でしょうが、「特定を具体的に明かした自分」に対しても、「辛さすらも心にしまった自分」に対しても同様の無理解や厳しい意見をぶつけた人を今まで数えきれないほど見てきました。何を言っても何を話しても、それに対して否定的な感覚の人ばかりを集め、集団で自分を叩き潰しに来るような感覚です。ハンドルネームの件を含めて、そういった事態を証明するためのエビデンスを残そうとしているだけです。この内容を理解できた方は、おそらく私の文章に対して補助線が引けた人なのだろう、と思います。

    それにしても、私の特性に対する憶測で、なぜ「美しさ」だけが過剰な見られ方をするのか。それが身長や体重や、肌の色といった方向に転換されないのか。
    肌の色が白いだけでなく、黒い方の考え方はないのか。
    なぜ「美しさ」が女性的な美しさの意味合いだけで、男性的な美しさは考慮されないのか。
    あまりに形として整いすぎると、それに対する気味悪さを感じることだってあるのに、なぜそういった配慮がないのか。
    私の特性の正体を明かしているわけではなく、あくまで雑感ですが。もしかしたらそういった専門家になったほうが、心穏やかに過ごせるのでしょうかね、はい。

    正直、自分でも何を言いたいのか、よくわからない感覚です。ただ一つ言えるのは、この意見がさらなる反感を生み、これからたくさんの批判やきつい意見を寄せ集める未来だけは容易に想像できるということだけです。今の人生ではそういった状況を心から楽しむしかないのかな、と思います。

    ユーザーID:8651459825

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