「みにくいアヒルの子」

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「みにくいアヒルの子」

ラストで、自らが白鳥であったことに気付いて、アイデンティティーを取り戻す(発見する)、そんな話かなぁ、と思いました。

その瞬間、一緒に生まれたアヒルの子たちを、自分の中で「みにくいアヒルの子」は許したのかなぁと、ふとそんな事を思いました。

そんな感じも持っていて、好きな話です。

同じような事を思われた方、いらっしゃいますでしょうか。

ユーザーID:4978719356

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  • ちゃんと原作読んだ?

    なんでそこにアヒルの兄弟が出てくるの?

    そういう話ではありません。
    絵本ではなくて、原作を読み直してみてください。

    ユーザーID:0185003886

  • アイデンティティ

    生きかたですよね。夢を叶えたいとかお金持ちになりたいとかではないです。許すも許さないも最初から気にしてない感じです。

    ユーザーID:0537885139

  • そうだとすると、尚、良いですね

    おばはん様

    >そういう話ではありません。
    >絵本ではなくて、原作を読み直してみてください。

    あえて、「作者の意図しない読み方」、をしています。


    わさび蒲鉾様

    >許すも許さないも最初から気にしてない感じです。

    そうだとすると、尚、良いですね。

    私は、「貴種流離譚」的要素を感じ、それなしで読むとした場合を考えてみました。

    ユーザーID:4978719356

  • なるほど

    原作の話が出ていたので調べましたが、
    アンデルセンの作品は終始一貫した思想を感じますが、
    アヒルの子が一番わかりやすい感じですね。
    要するに雑多な日常にあきちゃったから、アイデンティティ開花させて、
    紙の使いにお迎えに来て欲しいんですよね。
    しかし貧乏なりに生活楽しみますけどね。
    マッチ売りもパトラッシュも商魂逞しい。

    ユーザーID:0537885139

  • アンデルセンの中では珍しく明るい話ですよね

    許したかどうか分かりませんが、醜いアヒルの子は白鳥達の中でも特に美しいのですよね。
    その美しさで他の白鳥達の尊敬を集めましたよね。

    今さらアヒルの兄弟を思いだしもしないような。
    でも、無意識の中ではトラウマとして残ってもいるような。

    アンデルセンは、悲劇的な話が多いですが、醜いアヒルの子は珍しくハッピーエンドです。

    アンデルセンは神経症だかの精神疾患のある人でした。
    トラウマだらけの生い立ちなんでしょう。
    それを考えると、過去のトラウマを乗り越えるために、醜いアヒルの子を白鳥達の王的存在にしたように思えます。

    すると、醜いアヒルの子は寛大な大人物風の性格にする方が良いですよね。
    姿の美しさに相応しい美しい心とか。

    まあ、現実と童話の中間として見てみると、美しい王的存在となったのは白鳥なので、人間ほど複雑な性格ではありませんから、あまり思い出さない、つまり許すも許さないも無いかもしれません。

    でも、鳥でも、幼少児のトラウマはなかなか消えづらいでしょうね。

    ユーザーID:4481575700

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  • 許すも許さないも気にしてないでしょう

    鳥だから...。

    というのは冗談ですが、私は本当に気にしていないと思います。この物語には作者の人生が投影されていると思うからです。

    アンデルセンは自分の表現者としての才能を信じていましたが、劇作家としても、俳優としても、バレエダンサーとしても認められず、作家となってようやく認められました。この物語には彼の人生が投影されていると思います。白鳥は自分が白鳥であることに気づいて居場所を見つけました。それ以外のことは本当にどうでもよかったのだと思います。

    ユーザーID:5341862392

  • みにくいままでは駄目かなあ?

    醜さ故に虐げられていたアヒルの子は、結局、「美しい」白鳥になったから幸せになったのですよね。
    昔話や近代以前の物語では、外見の美と心の美しさは切り離せないことのような気がします。野獣もカエルの王子も美しい人間に戻りますし、意地悪な姉は醜くく優しい妹は美しい。心の美しさを外見で表現しているのでしょうから、そこは違和感を棚上げにして読むのが物語を楽しむすべなのでしょう。

    でも私の素直な感想をあえて言うなら「みにくいアヒルの子と同じ外見で同じ美しい心でも、白鳥にならない鳥だったら不幸なままなんじゃないの? そんなの酷い! みにくいままで幸せになる展開の方が好きだ!みにくいアヒルの外見こそが愛おしいのだ!」です。
    とはいえ、主人公に注目して見ると白鳥の姿もまた同じアヒルの子であることに変わりはないのですが。

    自分がアヒルの子であったならと想像しますと。みにくい外見を疎ましく思ったこともあったが、それも自分だと受け入れて生きてきた。それなのに美しくなった途端、周りは手のひらを返すようにちやほやしてくる。やっぱり外見が10割なのか?……と、モヤモヤして、美しくなった外見を再受容するのに時間がかかりそう。

    ユーザーID:1798955876

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