バブルで得したこと、損したこと

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白へび

話題

トピを開けて下さり、ありがとうございます。
バブル景気、バブルでゴーとか、1990年前後言われていましたが、バブルで得したことより、損したことのほうが大きいです。
1986年に、短大を卒業し、すぐ就職は決まりましたが、初任給は137000円。ボーナス、年6か月。土日は完全休み。夏と冬にそれぞれ、1週間、9日間の有給休暇。3年半働き、退職金は約50万。それは、ミンクのコートに化けました。
結婚式、披露宴は、超一流ホテルでお色直し4回。新婚旅行は、オーストラリア。もちろん、結納、結婚指輪、結納の3倍の婚礼家具。一体、何百万つかったことか?今のように、両家の親、せいぜい、きょうだいまでで、海外婚礼のほうが良いと思います。
せめてもの救いは、家やマンションを買わず、夫の会社の社宅に入ったことです。当時、買った方は、値段が暴落し、売りにもだせず、不便な場所に
高い家を買ったことになります。我が家は2001年に買ったので、都内の便利なところに買えました。

業界にもよるでしょうが、バブルで大儲けした方、教えてください。

ユーザーID:6955030751

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  • 道路沿いに

    大きな土地を持っていました。毎日TELが来ました。凄い値段であがってましたよ。あの時売っておけば良かったなあと思います。
    それと1000万定額預金に10年置いてたら 手取り1700万になって帰ってきました。嬉しかったです。

    ユーザーID:4750919520

  • もう30年前になるのですね

    バブルの頃は、実家が一番勢いのいい時でした。

    そこで有り余っていたお金で土地と株を買って大失敗。土地は二束三文になり、その後、だいぶ長く固定資産税を払わされた末に、ようやく数年前に売れました。

    株は、当時上場したばかりの話題の株式。一時はうなぎ登りに上がりましたが、その後下落。じっと我慢の子で、今でも所有していますが、悔しい思いはいまだに消えません。

    ・・ということで、わが家は分相応ということを知らなかったため、土地と株式で損をしました。あの長〜い坂を上って町役場に固定資産税を払いに行っていたころ・・悔しさをかみしめていました。

    皆さまの景気のいいお話を聞きたいです!

    ユーザーID:5901729757

  • 2001年はITバブル崩壊

    平成元年頃のバブルで儲かった人は、

    今は60〜80歳ぐらいになっているので

    小町の参加者は少ないのではないでしょうか?

    ユーザーID:5285485441

  • 無題

    公務員ですからバブルの話は聞きますが関係のはい話です。

    公務員になった私と保険会社に勤めた同級生がGWに会いました。
    同級生の給料は私の3倍でしたから,「よくそんなのでやっていけるね」と言われました。
    ボーナスは年間で9か月分だと言っていました。

    20年ほどして久しぶりに同級生と会いました。
    バブルが弾けて2回,転職して苦労しているとのこと。
    「公務員は絶対安定しているからいいよね」と言われました。

    その時は大変だったんだなと同情しましたが,まてよと思いました。
    同級生が20年で得た収入は,私が一生働いてやっと手にする金額です。
    (退職金は分からないのでいれていません)
    さらに苦労しているというその時点でも私と同額の収入を得ていましたから,生涯収入は私の2倍程度になりそうです。

    結論としていい思いをしたのではないでしょうか。

    ユーザーID:3592406127

  • 個人年金

    バブルの頃はそれほど稼いでなく、特記すべきことはほとんどありませんでした。

    儲かったと思うのは個人年金に加入したことで、31年間で500万円積立てて、10年間で合計1200万円もらえる確定年金です。
    その後のバブル崩壊でいくつかの保険会社が破綻してしまい、好条件の個人年金がダメに名た人もいますが、運よく契約した保険会社は破綻せず、あと数年で支払いが終わり受給を待つ身になります。
    うちの細君もバブル崩壊直後に個人年金に加入しており、30年かけて400万円の掛け金で10年間で700万円支給されるものです。
    バブルの頃にお宝保険に加入していた人はそれだけで恩恵を受けた人です。

    ユーザーID:8048287590

  • 当時浪人生でした

    マンモス予備校に通ってました。
    私は理数コースだったのですが、先生が、理数系を出ても目先の給与で証券会社とか言ってしまうんだよねと嘆いていました。
    勉強のためと言えば親は惜しげなくお金を出してくれ、特待生枠で浮いたりして残していたら幼少期からの貯金も含め入学する頃は300万になってました。
    1人暮らしするので銀行の手続きに行ったら学生なのにお金持ちですねと言われました。
    1991年、まだバブルの勢いが続いていたので学生生活は面白かったです。
    スキーも一杯いきました。家庭教師、学生課で紹介されると一律時給2500円でしたが向こうの親が京大だからと引き揚げてくれて、2時間で1万、他にも割のいいバイトに沢山出会えました。

    ユーザーID:7808375649

  • バブルの恩恵

    1988年に就職し、翌年結婚しました。
    入社後、給料が毎年上がっていくのが楽しみでした。

    地方在住で、派手にお金を使う場所もなかったので財テクに励みました。
    中国ファンドや公社債投信で運用してましたね。

    バブル崩壊後には土地と金利がさがって手頃になったのでマイホームを建てたのが1996年です。
    けっこう貯金が貯まっていましたのでそれを頭金にして、繰り上げ返済を早めに行い、あっという間に住宅ローンが完済できてラッキーでした。

    あと、私もお宝年金持ってます。
    バブル期に勧められて入った個人年金ですが、今でも5%位で回っているじゃないかな。あと数年で60歳になります。年金が下りてくるのが楽しみです。

    ひとつだけ損をしたのは、投資信託を1本持っていて100万が70万になり泣きました。

    何はともあれ、激動の時代でしたね。夢のようです。

    ユーザーID:7301301694

  • 工場勤務者

    昭和末期に高校卒業し、鉄鋼関係の工場へ就職しました。
    好かったのはやはり収入で、賞与が年3回あったり、
    現在の大卒に匹敵する給与があった事でしょう。

    逆に損というか大変だったのは現在ほど労働基準法が定まってなかったので
    長時間労働が当たり前だったり(最高は残業190時間かな?)
    安全第一じゃなかったので危険極まりない職場だった事。

    ユーザーID:1107813492

  • 保険

    個人年金とレスしている人、いらっしゃいますが、同じです。終身保険と年金保険があります。
    当時の予定利率は約5〜6%くらいでしたから単純に考えて100万が12〜14年で200万になる計算です。
    いわゆるお宝保険というものですね。実際は積み立てなので30年くらいで倍以上になりますが。

    途中、ものすごい勢いで保険の外交員が「新しいいい保険がある」と入れ替わりでやってきました。
    でも残念ながら、私はちゃんと保険の仕組みがわかっていましたのでね。外交員ぶっちぎって
    あと10年ほどで払いが終わります。

    バブルが弾けて、会社がつぶれ、給料も激減して本当に大変でしたが、公的年金も
    あてにできなくなるだろうと見据えて、どんなことがあってもこの保険料だけは
    手放さず、払い続けてきました。

    バブル世代に身を置きながら、バブルの恩恵は受けなかったのに崩壊のあおりはくらいました。
    この保険と海外積み立て(日本の預貯金なんて詐欺みたいなものです)や他金融商品などの
    含み益により、年金が今後半分くらいの受給になっても、老後はそこまで心配せずに済みます。
    ケガの功名でしょうか。高卒のババアですが、そのおかげで金融知識も情報もそこら辺の証券マンよりもあります。
    損したように見えたけど、結果的に得したのだと思っています。

    ユーザーID:9296402906

  • 私も個人年金

    網干左母次郎さんの例にあるように、払った金額の倍以上支給されるはずです(あと数年・・・)。
    保険など入る気はさらさらなかったのですが(そもそも自分が年取るなんて思ってもいなかったし:笑)、保険会社の知人に頼まれてふたつ(別口の知人です)も入ってしまいました。
    今となってはありがたい老後の資金です(そう、誰でも年を取るのでした・・・)。
    まあ、あとは仕事をしていた業界の関係でパーティとやらにしょっちゅう参加していたくらいでしょうか。
    (業界によっては「パーティ?そんなの全然やってないよ」らしいので)
    みんなよく遊んで仕事も頑張っていた時代ですね。
    仕事(業界)自体は今で言うブラックな働き方でしたが、その経験のおかげで何も怖くありません。

    ユーザーID:4543755989

  • ツキには見放されていました

    大学卒業時は4年制女子大生は門前払いの就職難。
    縁故採用で都心の企業に入社しましたが、当時は3年程度で寿退社が主流でそのような雰囲気に馴染めずに転職しました。
    私の卒業から6年経った頃、バブル到来で就職先は選び放題でした。

    両親が子供達の将来の為にと大手不動産会社分譲の土地をバブル前に数箇所、購入していました。
    法務局で住所を調べた不動産業者から頻繁に土地売却の連絡が届いていましたが、利殖の為ではないからと両親は無関心でした。
    一箇所でも売却していたら億単位のお金が入ったのに子供としては少々、残念です。

    大学時代の先輩(女性)が〇○証券で働いていたご縁で「るいとう」を購入していました。
    毎月10万円2銘柄を数年間、続けていたところ、まさかの自主廃業、朝のニュースで知って固まりました。
    千株単位で大手証券会社が引取り、端株(700〜900株)を時価で売却することになり、大損しました。
    その後、先輩がどのようになったのかは不明です。

    倒産した金融機関に勤務していた別の知人は海外で事業を立上げて大成功していますが、今に至るまでは大変だったと推測しています。

    個人年金に関しては信じられない配当金を当時は提示して多く生命保険会社が売り出していましたが、約20年前から倒産が相次ぎました。
    幸いなことに購入した会社は残り、近い将来、受給開始となります。
    450万円を一括で支払い、終身で年間100万円(手取り91万円程度)を受取るものです。
    今、思うと無理をしてでも1千万円を個人年金にしておけばよかったですが、今更、仕方がありません。

    早世の家系で長寿は期待していませんが、受給後5年間は生きたいものです。

    ユーザーID:6566430139

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