記憶に残るクリスマスプレゼント

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生活・身近な話題

30代のサンタさん

子供の頃、枕元にクリスマスプレゼントを置いて欲しいと手紙を書いた。

クリスマスの日の朝、包装されたプレゼントがあって大喜びした。

ある年はサリーちゃんの魔法のコンパクトを希望し、実際は母の使い途中のファンデーションのコンパクト。

また別の年には、サンタさんの赤い靴下をプレゼントで埋めてと希望し、実際はキャラクターのハンカチ1枚と沢山のポケットティッシュで靴下が埋まっていた。

別に貧乏なワケではなく、クリスマスの日に欲しいおもちゃを買って貰えたのですが。

欲しいおもちゃよりも枕元のプレゼントの方が記憶に残っている。

皆さんも記憶に残るプレゼントや変わったプレゼント、面白いプレゼントなどありましたら教えてください。

色々なお話を聞いて笑ったりホッコリしたいです。

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  • 子供の頃のクリスマス!

    ああ、懐かしいなあ!私も子供の頃、枕元にプレゼント置いて貰っていました。
    初めてのプレゼントが多分、お菓子が沢山入ったサンタさんのブーツ。
    後になって父が枕元の靴下が小さすぎて困った。と言って笑っていました。
    私は自分の持っている一番大きな靴下を置いていたと思うんですけどね。
    それから少し大きくなってからはパジャマ入れを置いておいたらその事も笑っていました。
    そして笑う父を母が楽しそうに見て笑っていました。
    今は亡き父の思い出です。

    ユーザーID:4061799786

  • うちのクリスマスプレゼント

    我が家はクリスマスだけじゃないんですが、プレゼントって全部本だったんです。
    両親学校の先生で二人とも本が好きだったせいでしょうか、プレゼント買いに行く、というのは「本屋に行く」と同義。今でも誕生日プレゼントとかクリスマスプレゼントを子供に買うというときにおもちゃ屋さんとかいくとなんか違和感があります(笑)。

    何歳の時だったか覚えてないんですが、まだサンタを信じてた頃。欲しい本があってずっと両親に「サンタさんには〇〇の本をお願いするんだ」と言っていました。
    インターネットなんてない時代だったので、本と言えば本屋に行って探してもらって注文するしかなく、私のお願いしてた本は手に入らなかったみたいなんです。そうしたらプレゼントの本の包み紙の上に「欲しい本は手に入りませんでした。ごめんね サンタより」って書いてあったんです、母の字で。
    サンタさんが母だったと知った朝でした。その時もらった本は「まんが シートン動物記」だったような。

    ユーザーID:5509750107

  • 毒サンタ

    義兄はサンタさんが算数の問題集をくれたという絶望のクリスマスがあったとか。

    ユーザーID:7391250731

  • 洗濯機

    8歳の頃だったか
    欲しくて欲しくてたまらなかった
    おもちゃの洗濯機。

    枕元にあったのを飛び起きて開封し
    薄暗闇の外へ。
    駐車場の散水栓で、パジャマのまま洗濯機を回し続けました。

    明るくなって起きてきた母から寒いでしょうと
    声をかけられましたが
    寒いなんて気づきもしなかったな。

    あの頃もらったプレゼント以上の感動は
    大人になってからはないものですよね。

    ユーザーID:7612598306

  • 子供の頃にはクリスマスなんて知らなかった

    >皆さんも記憶に残るプレゼントや変わったプレゼント、面白いプレゼントなどありましたら教えてください。

    昭和30年代の田舎の子でしたので、そんなもん知りませんでした。家がクリスチャンでもなかったので当然と言えば当然!!

    ところで、トピ主家はクリスチャンですか?

    ユーザーID:2095055046

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  • 母の小芝居

    5歳くらいの時だったと思いますが、当時大流行りのリカちゃんハウスがクリスマスプレゼントでした。

    記憶に残っているのはプレゼントそのものではなく、母の棒読みセリフと大根役者ぶりです。

    朝起きた私に「ああ、そうそう、昨日遅くにね、サンタさんが来てたのよ!えーと、どこだったかしら、そうそう押し入れに入れたんだった。ほら!よかったねー」と。
    そのこっぱずかしい小芝居を見て、サンタさんが存在しないことを悟りました(笑)

    その母ももう亡くなりましたし、わが子も中学生になり高価なプレゼントを直接ねだられます。
    クリスマスが来るたびに、母の小芝居を思い出します。そして自分はきちんと演じられていたのかどうか心配です。
    ちなみにわが子がサンタさんの存在に疑問を抱いたのは、クリスマスプレゼントにうっかり入れたままだった電気屋さんのレシートを見つけた時だったらしいです。

    ユーザーID:9724143286

  • お礼はダンス

    クリスマスのプレゼントはいつも本でした
    毎年欲しいものをお願いするけど、全くお願いしてない教育的な本が枕元にあり、いつもがっかりしていました

    が、ある年は教育的プレゼントな本とは別にピンクレディの振付本も置いてありました
    ピンクレディの振付をコマ割にした写真が載っているものです(写真はピンクレディ達本人)
    ピンクレディにハマっていた私は思わぬプレゼントに狂喜乱舞していたのですが、サンタクロースから手紙が入っていました
    「お正月に踊ってくれるのを楽しみにしています。遠い空から見ています」


    私は父方祖父母と同居していましたが、お正月はその祖父母への挨拶を兼ね父の兄弟が揃うのが習わしでした
    父は6人兄弟、その子供たち、そして可能ならば兄弟の配偶者の父母も
    毎年30人ぐらいが集っていたでしょうか・・・
    新年会で使う部屋にはピアノがあり、私や私の他に習っているいとこ達がピアノ披露をさせられていたのですが、サンタクロースは今年はピンクレディも披露しろ!と言っていたのです

    うろ覚えだった踊りを1週間で完璧にし披露しました
    当時大人気だったピンクレディ、他のいとこ達も踊りだし、酔っぱらった大人も踊ったりしていつになく盛り上がり、今思えばカオスのような状態でした


    父に踊らされていただけでしょうけれど、唯一楽しいクリスマスプレゼントです

    ユーザーID:8078585885

  • クリスマスツリー

    私の母は、昭和初期の生まれで、今年90歳を超えます。

    私の父は「アメリカ文化」が大嫌いで、クリスマスなんてもってのほか。
    で、もちろんプレゼントはおろか、ケーキなどはありませんでした。
    得意先の方からいただくケーキはありましたが…

    しかし私の進学した中学がクリスチャンスクールだったこともあって、私がクリスマスをお祝いしたいというと、父を横目に、小柄な母が、近所の花屋さんから、自分の背丈ほどもあるクリスマスツリーを、歩道を引きずりながら、持ち帰ってくれました。

    あのときは、うれしかった…
    デコレーションも、母のがなけなしのお小遣いから買ってくれました。

    プレゼントはなかったけど、このクリスマスツリーだけで幸せでした。

    ちなみにクリスマスは、プレゼントを「もらう」のではなく、「あげる」時だと、今は理解しています。

    ユーザーID:8787916031

  • サンタさんはいないとわかっていても

    私には兄が2人いて、兄からサンタさんのプレゼントは両親からと割と早い?うちに聞いて知っていたと思います。
    それでもクリスマスの朝に枕元に置いてあるプレゼントは本当に嬉しかった。寝る前に、朝起きたらプレゼントあるかな〜と、ドキドキワクワクしながら眠りについた覚えがあります。
    すごく嬉しかったのは、キティちゃんの腕時計。小学校低学年の頃で、腕時計を貰えて少しだけお姉ちゃんになれた気分になりました。

    それから覚えているのは、両親から手渡しですが、セーターとかの衣類をもらいました。子供の頃はわからなかったけど、あまり裕福ではない…というか、今思えば家計はカツカツだったと思われる家庭でしたが、毎年クリスマスプレゼントを選んでくれる両親は、きっと三兄妹の喜ぶ顔を思いながら選んでくれたんだろうなと思います。

    このトピを見て、プレゼントをもらって嬉しい自分と、笑顔の両親を思い出すことができました。
    今は年老いた両親ですが、今年は私がサンタさんになって両親を笑顔にさせたいです。

    ユーザーID:9391023662

  • 小学校高学年だったと思う

    クリスマスの朝、枕の下に『サンタクロースより』と母の字で書いてある封筒が。
    千円札が一枚入ってました。

    茶封筒で。

    時々思い出しては姉と大爆笑します。
    姉も同じ物をもらってました。

    千円って、茶封筒って。。。
    せめて封筒くらい、ねえ。。。

    ユーザーID:7978774571

  • 5年くらい前かな?

    子供の頃ほしくてほしくてたまらなかったプレゼントがありました。ファーストママというシリーズの、「クックオーブン」ホットケーキなどが実際に作れるというのが売りでした。

    しかし、貧乏なサンタさんがくれたのは同じ「ファーストママ」シリーズのアイロン。(クッキングトイの半額くらいの値段)プレゼントを見て泣いた記憶があります。今なら子供3人、しかも転職したばかりでプレゼントにそんな金額かけられないとわかりますが。


    ・・・という話を笑い話として旦那にしたことがあります。(確か9月くらい)その年の12月25日、枕元に「クックオーブン」がありました。「ずいぶん遅れてごめんなさい。サンタより。」という手紙とともに。


    喧嘩しても、すれ違いでも、この思い出で「やっぱり別れないでおこう。」と思えます。クックオーブンは1回ぐらいしか使っていませんが、大事にとっておいてあります。2歳の息子がもう少し大きくなったら一緒に使いたいです。

    ユーザーID:6313952648

  • 合理主義が口癖

    まだ小学生でした。クリスマスの朝、渡されたのは数百円の日記帳。家のローンもあるし、あなたはお姉さんだしクリスマスなんてねっと母親は言いました。三歳下の弟には彼の希望したプレゼントが、サンタから届いていました。
    父は大手企業に勤めており娘にクリスマスのプレゼントを買えないほど貧乏ではありませんでした。塾も大学の進学も弟だけ。私は成人式に振り袖も着せてもらえませんでした。母はイベントや行事のたびに合理主義といい、
    合理主義とは娘に金をかけたくないと同義語でした。
    現在、愛も金も少なかったほうの子供の私が、親の介護をしています。
    サンタクロースがいるなら、昔のわたしみたいな子供に贈り物が届きますように。

    ユーザーID:9805976539

  • 3歳の頃ですが

    おもちゃのピアノが欲しかったので何度もお願いしました。
    朝起きると枕元に毛糸がありました。母が「まあー良かったわね。ママがセーター編んであげるわよ」と言いました。
    セーターなんて欲しくない。わんわん泣きました。
    そのころ父の病気で私は伯母に預けられていました。母は薬品会社の社長秘書として働き、夜は父のいる病院に泊まり込む生活でした。
    とにかく寂しかった。伯母には子供もいず、とても怖い思い出しかないです。
    せめておもちゃのピアノが有ったら、寂しさは和らいだと思います。悲しいクリスマスの思い出です。

    ユーザーID:1298891636

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