生活・身近な話題

海外永住組、日本の実家が夢に出てきます

レス15
お気に入り196

在欧20年

話題

この国の文化と歴史に興味を持ち、留学したのが20年前。
幸い、自分の専門分野を活かして就職でき、正規滞在・永住権を獲得し、不動産も手に入れ、この国で死ぬまで生きていく条件は揃いました。
子供はできませんでしたが、優しい夫、遠いけど気持ちよくお付き合いできる義実家もあります。
日本人の友人はほぼ全て帰国してしまいましたが、現地人の友人も少数ながらおり、趣味もあるしボランティアの活動もあるし、経済的に不自由なく充実した日々が送れていると思います。

けれど、毎晩ではありませんが夢に頻繁に出てくるのです、日本の実家が。
両親はいまだ健在で(父はそろそろ危ない感じですが)、里帰りは2年に1度1ヶ月程、その度に「楽しかったけど、私はもう日本には住めないな」と思います。
仕事、家族、生活習慣、人々の気質や態度、人口密度から社会保障に至るまで、どれを取っても私には今のこの国の方が合っているし、日本に帰国する気は全くないのに、実家を夢に見た後は決まって哀しい、郷愁に駆られたような気持ちになります。
時々、実家が取り壊されて無くなっている夢や、実家があるはずの街を歩いていて家が見つからず不安にかられる夢などを見た時は、非常に悲しい気持ちで目が覚めます。
そして、それを小町など日本のサイトを読むことで紛らわしています。

海外小町の皆様、同じような方はいらっしゃいますか?
何か対策はあるのでしょうか…?

ユーザーID:6903580172

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

このトピのレス

レス数15

投稿する
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • 海外ではないですが

    40代女性です
    すみません、海外ではないですが、実家の夢をよく見ます
    実家は残っていますが、両親が離婚しているので帰ることはもうないのですが。

    また、子どもの頃に行ってた祖母の家もたまに夢にでます
    もう取り壊されてないのですが…

    郷愁なのでしょうね


    「ふるさとは遠きにありて思ふもの」

    私はこの年になって、室生犀星の詩の意味がようやくわかってきました
    人生に成功しても、故郷を離れたものは郷愁を胸に生きていくのかもしれません。
    それは悪いことではなく、幼い頃の魂が心に生きているからなのでしょう

    ユーザーID:1990670518

  • そういうもの

    アメリカです。永住権は取得しましたがこの国に骨を埋めるかはまだ迷い中の者です。
    対策はないと思う。
    周囲を見てても思いますが、どの国出身者も皆、故郷を恋しく思い、母国語の歌を聴くと泣いていますよ、一世は。
    アメリカでの生活に満足しているから、故郷のことはドライに割り切れるかといったら、そういうものではない、そこは別物なんだと思う。

    死ぬまで恋しいふるさと。母国ってそういうものなんでしょうね。
    2年に1回でも帰国できているのなら、それを楽しみに、大切に、悲しみには負けずに生きていくしかないかなと思います。

    ユーザーID:6680998447

  • トピ主は歳をとったのだと思います。

    ふるさとを想う気持ちは、他民族に比べて、日本人に特に多いような気がします。
    日本国内にいても、老境に入るとふるさとのことを思います。

    今、ふるさとが夢に現れるというのは、実はもう一人のトピ主の本当の気持ちなのではないでしょうか。

    素直にそれを受け入れて、心密かに日本帰国を夢見たらいかがでしょうか。

    今、日本は人生100年だと言っています。90年云々は2,3年で終わりました。トピ主は現在50代後半ぐらいと推察致します。海外からのお試し移住というのがあればやってみてください。

    ユーザーID:4507948471

  • 同じような境遇ですが、、、

    既に30年になりました。
    但し、私の場合はこちらで修士、博士と終了し、就職した頃、そうでした。
    就職後は、本当に暇無く、ぐったり疲れて寝るだけ、、、で、あまり夢もみなかったと思います。

    その後、仕事を継続しつつ日本に頻繁に出させてもらい、両親を看取りました。
    多分、その時、母は3ヶ月、父は6ヶ月、本当に行ったり来たりの生活をして居たので、日本にいる事は、とても、辛い事、とインプットされたのだと思います。

    日本にいた頃も、都内でしたが、早いうちから実家を出ていましたので、恐らく、実家に対する愛着のようなものが、トピさまとは異なるのかもしれません。

    私は、両親が亡くなった後、実家を売り、こじんまりしたマンションに自ら形を変えてしまいました。
    社会保障も、年金も、すべて、今住んでいる欧州が最も楽です。しかし、日本に帰る道も未だとっておきたい、、、

    何処で一生を終わらせるのか、別に、何処でも良い!と思って、います。
    もう少し、帰国するのを頻繁にすると、きっと、夢を見なくなるのでは無いかなぁ、、、

    私は、年に2回は帰っています。従って、日本に帰っても、友人もいるし、全然、自分で違和感は感じません。
    何処でも、同じです。

    ユーザーID:4193370721

  • 夢は夢、現実は現実

    夢というのは今まで生きてきた記録が、意識無意識でも脳の中の一角から出てくるのだと思います。楽しいのも恐ろしいのも現実ではないからあまり考えて悩まない方が身のためです。理の通った現実に比べ、夢は不条理で強インパクトはあるけれど馬鹿げた事です。

    対策として薦めるのは一日の間に体の運動をかなりする事です。そしたら、エンドルフィンが出てきて程よく疲れて気持ち良く、ぐっすり眠れて夢など見ても起きた時忘れていて見ないのと同じです。

    それから、夢が悪い方向に動き出した時、自分でコントロールしていい方向に仕向けて行くこともできます。これはかなりの修業が必要ですが、多分出来なくても夢は夢ですから悪い夢、悲しい夢は忘れて、大切な現実にチャレンジしてください。

    ユーザーID:8554948982

  • 日本に住んだら海外の夢をみますよ

    私は海外に住んだことはないのですが、私の夢が参考になればと伝えます。
    実家に住んでいたときは実家の近くの川に沿って下っていく夢をよく見ていました。
    実家から出て独り暮らしするとその川をさかのぼって行く夢を見るようになりました。
    川に沿って下る=実家から出たい。
    川に沿って上る=実家に戻りたい。
    と判断しました。
    独り暮らしがしたかったんですけど、いざするとこんな夢を見るんだなと。

    ユーザーID:6317617718

  • 私も同じでした

    一瞬私がたてたトピかと思うくらいトピさんと境遇が似ています。私も、数年前まで良く日本の実家が夢に出てきました。それがおかしなことに、20年以上前に結婚したはずの姉がまだ実家にいて、父もまだ現役で働いていたりと私が日本に出る前の家族環境で、目が覚めた後にになんとも懐かしいようなさびしいような気持ちになることが多かったのです。普段、仕事にプライベートに忙しく日本のことを思い出す暇もない日々ですが、きっと潜在的にホームシックだったのでしょうね。日本の両親が年老いてきたこともあり、常に親の健康を心配する気持ちと何も親孝行できていない罪悪間も加担していたのだと思います。幸い、
    2,3年前から、日本に一時帰国する頻度を増やし、半年から8ヶ月に一度は2週間から3週間弱日本に一時帰国するようにしました。そうしたら、日本の実家の夢をみることも余りなくなりましたよ。トピ主さんは、2年に一度の帰国とのこと。もし、状況が許すならもっと頻繁に里帰りできませんか。

    確かに、私にとっては一年に2度日本に帰国することは時間的にも経済的にも負担だし、日本に行く時間と費用を考えたら暖かいカリブ海に行けたのに、と思うこともあります。
    でも、できるだけ親に顔を見せてあげて(親の顔を見て)、ちょっとお小遣いでも上げることが自分のできる最大の親孝行だし、将来親がいなくなったときに大後悔しないためにも
    これからしばらくはこのパターンが続くのだろうなと思っています。

    ユーザーID:7307784123

  • あくまでも私のケースです。

    30年以上アメリカに暮らしています。トピさんのような感情を抱く方達は多いと思います、私の場合は帰国して日本に暮らしたいとは思いません。
    日本製のモノや食品は大好きです。私は一人っ子で母から酷い精神虐待を受けて父はアル中、一般家庭のどこにも電話があった時、家にはありませんでした。
    共同トイレの木造アパート六畳一部屋を二つ借りていました。学校でのイジメ、教師からの差別、そんな中高校を卒業してお金を貯め、アメリカの大学に留学して就職、結婚、今の家族に恵まれています。何度も帰国して両親にも会いましたが諸事情でもう何年も連絡を取っていません、もしかしたら亡くなっているかもしれないです。
    都会育ちで母校も住んでいた近所もすべて区画整理で無くなっています。
    両親もそれから郊外の団地に引越し、訪ねても懐かしいと思う場所は残っていません。
    私は今の家族を大切にしてできるだけの贅沢を許してくれる夫とこの地に骨を埋めるつもりです。 ただシニアケアの場所は日系の所がいいなとはふっと思いますが。

    私も50歳後半に差し掛かり、末っ子を大学に送り、今は自分管理に専念しています。 誰か何処か何かを頼りに幸せを探すのではなく、毎日ほんの少しでも自分を成長させる事目指しているんです。健康、フィットネス、趣味、虐待のトラウマをずっと背負った事にもカウンセリングで清算しています。それなりの薬も飲んでいます。対策の答えにはなっていませんね。きっと主様のご両親は温かいファミリーなのですね。 こんな日本人も日本国外にいるんだ〜的なケーススタディーとして読んでいただければ幸いです。 アメリカは私が移住した頃と比べて有色人種も多種多様に活躍しているので私にとっては住みやすくなりました。 日本のチャンネルもあるし。ご自愛を。 不安が積もり過ぎる前に相談できる所(人、医者)を探すのも手段かもしれません。
    がんばりましょう。

    ユーザーID:2281147148

  • ふるさと…

    レスありがとうございます。ドリーマーさんまで拝見しました。
    「ふるさと」この言葉と、それにまつわるお話を読んで、まさに私の気持ちを代弁して下さったようでちょろっと涙が出てきました…
    変に感傷的になってるなあと自分でも思いますが、それだけ現在の生活に余裕があるということなのでしょうね。
    欧州の貨幣価値によりこちらでは中流の生活ができていても、日本で余裕ある老後を暮らせるほどではないので、帰国定住は無理ですが、せめて毎年一度は帰るようにしたいと思います。両親も、元気な姿を見れるのはあと数年?とも思いますし。
    運動して体を疲れさせる、たしかに良いアイデアですね。経験あります。健康のためにも積極的に運動していきます。

    ユーザーID:6903580172

  • 海外在住もうすぐ20年

    11年前私の母が癌の末期になった時、同じような夢をよく見ました。
    でも母を見送った後、見なくなりました。
    今思うと、母が亡くなる数ヶ月前から日本帰国し母に寄り添うことができ、最期も見送ることができたことが、吹っ切れた理由なのではないかと思います。
    どうかトピ主さまも、ご両親がお元気なうちに沢山日本帰国し、ご両親に何かあった時は何を差し置いてもご両親に寄り添うようにしてください。

    ユーザーID:7221485088

  • 家族がいるからこそ恋しい

    私は在米ですが、トピ主さんと同じくこちらに住み始めて20年になります。 こちらで仕事もし、家もあります。 渡米した当時は、ここを私の第二の故郷にする、という思いと覚悟でやってきました。 私もトピ主さんと同じで、今住んでいる場所がいろいろな意味で自分の肌に合っていてとても快適に過ごしています。

    20年が経ち、両親も年を取り、だんだんと日本に対する想いが強くなってきています。 できることなら、日本に戻りたい、今はそう思います。 

    満足に親孝行もできなかったため、せめて両親が元気でいる間はもっと一緒の時間を過ごしたい、と思うのです。 仲の良い妹も実家の近くにいるので尚更そう思います。 

    私にとっての祖国は日本ですが、家族あってこその故郷だと思うのです。 もし両親も亡くなり、実家も取り壊され、妹とも連絡が途絶えたら、私と日本を結ぶ接点はもう亡くなり、日本への想いも薄れると思います。 たまに旅行で日本に帰るくらいでちょうどいいかなと。 そうしたら、今住んでいるアメリカのこの土地で死ぬまで暮らすことにきっと迷いがなくなるでしょう。

    自分の今の暮らしがどんなに満たされていても、日本に暮らす家族と子供の頃の思い出が詰まった場所は、自分にとってはいわばルーツのようなものであって、かけがえのない大切な無二の存在なんだと実感しています。 それがなくなってしまうことを考えたら、とてつもなく切ない。 

    私はできれば、両親が元気なうちにもう一度日本に戻って暮らしたいと考えています。 そしてそのまま永久帰国とするか、再びアメリカに戻ってくるかは、その時にまた考えたいと思います。 

    ユーザーID:5116042167

  • 海外ではありませんが

    田舎から上京し、暮らした期間は既に実家でのそれを超えました。

    中学生の時に、同じ町内で引っ越しをしています。
    私が夢に見る「実家」は、いつも、引っ越し前の家です。
    「家」が出てくるのは、その実家と、結婚して初めて暮らした家の2か所ですね。


    「仰げば尊し」の二題目に
    ♪身を立て 名をあげ やよ励めよ

    とあります。今では卒業式に謳われることも少なくなりましたが、
    ここでいつも涙が出てしまいます。

    せつない気持ちは、帰るところではないという気持ちの裏返しかもしれません。
    私は、せつない気持ちと同じくらい、頑張ろうという気持ちになります。

    ユーザーID:4604791701

  • 遠く 遠く 離れていても

    米国永住50代

    25年前に英国7年間住んでました。
    日光浴は大事だと初めて実感しました。

    トピ主様は欧州の何処にお住まいかわかりませんが
    私は英国に住んでいた時は食べ物の夢をかなり見ました。

    それも冬の時期が多かったです。他には3年程帰国出来なか
    ったのも原因だと思います。

    英国の冬は日照時間が短かったりどんよりした曇りが多くて
    水や食事が合わなくてかなり気が滅入りました。

    今は米国中部に住んで10年以上になりますが夢は見ません。

    冬も日差しは強いですし日本食材も結構手に入り週3日は
    日本食を作って食べてます。休日はいつも和菓子と玉露を飲んで
    ます。

    最近はインターネットTVで日本の番組をライブで15チャンネル
    映画、電子書籍も読んでいます。
    地デジ見て日本茶飲んで和菓子食べて猫が膝で寝ていると都内にいた時
    よりも快適です。テレビを大音量で聞けるからです。

    WiFiを充実させればスマホでYoutube をミラーリングすれば
    大型テレビに転送して昭和の歌謡曲見ながらカラオケします。

    私は運動はジョギングとインドアテニスしてます。
    夏は温水プールで週2回水泳します。水泳するとよく眠れます。
    夢は最近は見ません。

    ・「遠く遠く」槇原敬之
    ・「ホームにて」中島みゆき

    これを聞くと故郷を離れた心情が痛い程伝わります。

    ユーザーID:3214134538

  • 住めば都

    私は中学生で米国から日本への帰国子女で、昨年日本の持ち家を売却した米国永住組の男性です。

    私は子供の頃から今は亡き父の仕事の関係上、数年ごとに引越しを繰り返しましたが、自分の人生にとって最大のインパクトがあったのは1960年代小・中学生時に米国NY市に住んだ事でしょうか。その後父が都内に購入した家に約10年住みましたが、今度は自分の留学と職場転勤や再就職のため再度渡米し、現地人と結婚し家庭を築き、持ち家を数州に渡り数軒購入しそのまま居座っています。現在は昨年に南CA州に新築を建て家族に住んでもらい、その間私は単身赴任でNY州北部にてアパート住まいです。

    私はトピ主様のお考え(日本には住めないことなど)に似ていますが、それに加えて私には生まれ育った家がなく、実家とは強いて言えば10年住んだ都内の家、或いは人生初めて建てたTX州の注文住宅に25年間住んだことでしょうか。ですので、私には‘実家’という概念は薄く、それよりもどちらかというと‘住めば都’の気分の持ちようが強いです。更に毎年一時帰国をした際、かつて毎日通った商店街にあった特定の店が無くなったり近隣の住人が変わっていたりと切ない思いの方が多いです。余談ですが還暦祝いも無く更に5年過ぎ、来月65歳を迎えMedicare (米国版老人医療保険制度) にお世話になる小生でした。

    ユーザーID:8834852611

  • トピ主です。

    引き続き、レスありがとうございます。たろすけさんまで拝見しました。
    皆さんの意見、思いが、とても励みになっています。
    去年春に一時帰国したのですが、今年の夏にも日本に行くことを決めました。両親も喜んでいます。
    仲の良い妹(私の妹も、実家近くに住んでいます)、姪や甥に合うのも楽しみです。
    皆へのお土産、何にしようかな〜
    今は、日本で結構何でも買えるんですよね。去年、友人へのお土産にロクシタンのハンドクリームを買っていったら、日本にも割とあちこちにお店があったのでがっかりしてしまいました…南仏へ出張した時にわざわざ買い込んだのに。

    ユーザーID:6903580172

お気に入りに追加しました

レス求!トピ一覧