• ホーム
  • 話題
  • 自分の意見に対する反論に慣れたい(駄)

自分の意見に対する反論に慣れたい(駄)

レス11
(トピ主0
お気に入り25

生活・身近な話題

ゆうき

レス

レス数11

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • コリン・パウエルさんが好き

    アメリカの元国務長官。コリン・パウエルさん。
    著書
    「リーダーを目指す人の心得」飛鳥新社

    で書かれてます。

    「自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと意見が却下された時、自分も地に落ちてしまう。」

    この方、ものすごいたたき上げの方なんですね。苦労人。
    アメリカで、人種の壁にも苦労なさっている。

    だから、言葉にリアリティがものすごくある。

    自分が挫折したとき、この方関連の本やこの著書で、ものすごく救われました。

    これからの時代、いろんな文化の人と出会います。
    自分の意見に執着しないほうが、面白い景色が見られますよ。

    ユーザーID:7313341843

  • 自分を絶対としない

    平和、穏便を願ってやまない私は、批判や反論はもらいたくはないけれど。

    自分とは全く違う考えの人もいるって事を、常に頭に置いてレスしてるかな。

    世界は大変広くてデスね、いかにも学のあるような理路整然とした発言をのべてくる人が正解で幸せとは限らず、収入も然りでして。
    また、まったり、ざっくり、バッサリした自分の意見が絶対でもなく。
    批判か反論みたいなものを受けたら「へー?」とまず思うんです。

    だって自分が絶対と信じて意見したものが間違ってると反論してくるのだから、自分の間違いを改めて勉強させてもらう機会か、はたまたヘリクツなのか、ここで見極めたりも出来るんです。

    私はマイノリティ発言もするし、万人受けするような人間とは全く思えない。

    でも、実際の生活では、私は本当に周りの人間に恵まれてきた。関わる人選びを追求してきた結果だと思う。

    だから、そこが深い自信になって、批判も何もいち意見なんだなって思う。

    自分に軸を置けているか、いま一度考えてみる必要アリではないですか?

    どうも近い小町ユーザーな気がして、エールを送りたくなりました

    ユーザーID:3241419108

  • 議論の目的は?

    ある意見に対して別の意見を戦わせる行為、いわゆる「議論」の目的をトピ主は誤解しているのではないでしょうか?
    「議論」の目的は「自分の主張を他に認めさせる」ことではありません。
    自分の意見を通すことに価値があると思い込んでいるから、反対意見にぶつかると自分を否定されているかのような感覚に陥ってしまうのでしょう。
    意見を出し合って、より合理的で妥当な結論を導き出すことが「議論」の目的です。
    自分が気が付かなかった考えを提示されたら、自分が負けたと考えるのではなく、むしろありがたい情報を得たと考え、その情報を踏まえてさらに自分の考えを高めていけば良いのです。

    「自分の意見を他に認めさせて自己承認欲求を満たしたい」というレベルから脱却しましょう。

    ユーザーID:4936569832

  • シミュレーションする訓練を

    何かを主張する時は、あらかじめ反論を想定しておくといいですよ。

    こう来たら、こう返すとある程度決めておけばオタオタすることはありません。
    ネットであれば時間をかけて推敲できますので、自分の論に穴はないかじっくり検討できます。
    テーマによっては色んな角度から意見が来ますから、多方向からシミュレーションしておけば良いし、煮詰まったら「なるほど、そういう考え方もありますね。勉強になります」で終わらせてしまえば角も立ちません。

    会議等、現場での発言はより慎重に、反論も想定せずにうかつに発言すれば「中身のない思いつき」で終わってしまいます。

    ただ、反論されても感情的に言い返すよりは黙り込む方がずっとマシなので、あまり気に病む必要はありません。
    建設的な話し合いのためには、冷静であることが第一です。
    気持ちに余裕を持って臨んで下さい。

    ユーザーID:6787077674

  • ありがち

    日本人に多いって言われてますよね。ひと昔前の、かな。今は違うかも。
    うちの母がそうです。議論嫌い。
    父は平気なので、私とあれこれこれはこうだ、いや、違うだろなんて言い合っていると母だけ感情的になったり、急に一人でテレビをつけだしたりします。嫌なんだそうです、反対意見を自分が言われると。

    要するに「人に合わせる」のが礼儀、みたいな文化が色濃かったせいだと思います。
    人の言っていることを否定するのは相手に失礼、違うなと思ってもそれは直接言わず、言っても歪曲的に表現しないと角がたつ。

    その文化の中で育つと、圧倒的に「議論のできない人間」ができあがります。
    日本の従来の会議が討論型ではなく、説明型だったのはそのせい。

    どうしたら変われるかとのことですが、理屈で考えて「相手が自分の意見を否定しても、それはあなた自身を否定しているわけではない」としっかり理解すること。
    人格まで否定されたと思うからバクバクするんです。
    そこはやっぱり慣れ。場数をふんで少しずつ、でしょうね。

    当方アメリカなんですが、こちらはご存知のとおり議論好き、討論上手な人たちばかり。
    喧嘩か?みたいな言い合いをしてもそれはそれ、が徹底してます。
    そんな彼らといるうちに、いつの間にかトピ主さんのような思いがなくなりました。

    人の批判も「ただの一つの意見」として冷静に聞く。
    自分が相手を批判する時も臆せず、心の中で「あなたを攻撃したいわけじゃない、あくまで私の意見を聞いてね」という思考でいること。

    うん、時間はかかりますよ。でも地道にやっていけばきっとラクになる日がくると思います。頑張って下さい。
    意見を戦わせることができて、尚且つサッパリしている人のコミュニティーに入るといいです。ご自分と似たタイプの人たちといるといつまで経っても変われないから。

    ユーザーID:4119515923

  • 生活・身近な話題ランキング

    一覧
  • 私も同じです

    生まれ育った家庭から私の意見は誰も聞いてくれませんでした。ことごとく潰しにかかりました。

    今私は自分の価値観を徹底的に潰してくる友人との関係を悩み距離をおいてます。
    職場でも経験年数25年最高の技術をもちこの業界では知らない人はいない先輩がいます。
    その人からマウンティングのように私の会話の揚げ足をとり徹底的に私の意見や価値観を完封なきまで潰す人がいます。

    又それを笑いに変えます。私は吃りであった事や自分の意見を言う事を許されない環境で育ちました。辛かったですね。家に帰ってからこう切り返せばよったと腹だたしく悔しかったですね。会話してても頭がすぐ回りさっと言い返せる人を羨ましく思いました。対応策では友人と距離をおく事。吃りを直す事。自分で直し何百人の前でもスピーチ出来るまでになりました。

    職場での会話は出来るだけ自分から話さない。回りが話してるのに相槌をうつだけ。人の悪口愚痴は言わない。誰がみてなくても自分の仕事をきっちりやり会社の方針に従う。

    腹がたつ事や悔しかった事は心にとめず流す。これらの事がが出来るようになってからは職場でマウンティングされる回数も減りましたね。私の実績を認めてくれる人もチラホラいます。

    心に止めず流すと言うのは中々難しいですが夫とは完全なる家庭内別居離婚をしてますのでこれ以上悲しい事はなく何とか出来るようになりましたね。私は後何年生きられるかわかりませんが亡くなる時に
    〔あーおもしろい人生だった]と言い残して死にたいです。

    ユーザーID:1478152864

  • 日本人あるある

    反論されると、自分の人格そのものが否定されたように感じるからじゃないんでしょうか。あくまで否定されたのは「その時点での」トピ主さんの「考え方だけ」なんですけどね。一度相手の言っていることを咀嚼して、自分なりの言いかえで、相手の言っていることを確認するようなリプライを返してみてはどうでしょうか。それはこれこれこういうことなんでしょうか、といった感じに。これなら理性的なやり取りができると思いませんか。

    ユーザーID:9544115104

  • よく判ります

    いつも思うのは、日本人は「ディベート」が不得意だということです。

    反論が返ってきても、それはあくまで持論に対する他の意見なので、否定された訳ではない。
    なのに「否定された」という感情が沸いて、見ないふりをしたり、相手をこき落とさないと気が済まなくなる。
    でも持論を展開する権利があるなら、周りだって反論の権利もあるものだし。

    どうしてそうなっちゃうんでしょうかね?
    皆さん、自分が反論する側なら徹底攻撃はするんだけれどね。
    反論のやり方が悪いから、反論されたとき、そうなっちゃうんでしょうね。

    「否定」の感情を抜きに反論ができれば一番ですよね。
    反論するにも、キャラやセンスが必要と言うか。言い方でグッと響きが違ってくるというか。
    お互いの「尊重」「尊敬」がないと難しいというか。

    とにかく学校の授業でもディベートをたくさんたくさんするべきですよね。
    ディベート慣れしていれば、「反論の役割」もあるんだということを知り、
    お互いに良い結果を出すためにどんな考えもだすべきだと悟るようになると思うんですが。

    これがうまく機能すると、いじめもなくなりそうですよね。

    そんなわけで、私は反論が返って来ても、「そんなもの」と思うし、有り難いと思うように努力します。
    ・・というか、心穏やかじゃないだろうけれど、努力するしかない。
    相手が口が立つ人で、どうしようもない場合は、逃げることもアリかもしれません。

    反論が出ることを想定して反証しておけば、その答えも自分で先に導き出すことができ、考えも深くなるので
    それに越したことはない。

    反論を悪いことと思わず、「ありがたい」と思うこと、これでしょうかね。
    相容れない考えには、「そんな考えの人もいる」と思い、そこまでで考えを止める。

    ユーザーID:2042231985

  • 熟成させる習慣

    会議の場では難しいですが
    ネットの返信はすぐに返信しない事です。
    送ってしまったら、お互いの手元にも残り後の祭りです。文字は言葉以上に慎重になった方がいいですし。

    私はタイミングが多少遅くなっても、下書きした物を翌日吟味してから発信します。

    そうやって自分の意見をじっくり読み直す習慣をつける事で、自分なりの表現や意見を精査する能力がアップします。
    会議でも、少つずつ変わっていけます。

    また会議なら事前に資料や議題を確認し、予習する。メモを持ち込むのも手です。
    走り書きでも流れや他者の意見を文字にして確認する事で突破口が見えるものです。

    メモはキーワード程度。メモに夢中になり
    相手の発言を聞き逃しては逆効果です。

    ただ、後から「あー」と思うのは普通です。
    大体の人は、悔しい経験をしているのです。
    ですから、気にしすぎない、忘れて次を向くというのも一つの解決方法です。

    要は巻き戻せない時間に固執しない事です。

    ユーザーID:4477108584

  • 事前に反論を考える

    反対された後に冷静になれば反論が思いつくのであれば、それを事前に準備しましょう。

    反対意見を想像するのも訓練です。可能なら同僚に事前に意見をもらうのも一つの方法でしょう。

    すべての反対を予想するのは難しいですが、事前準備の積み重ねによってだんだん想定外の状況に対応する能力もつけられます。

    ユーザーID:6124181538

  • 単なる準備不足か思慮不足

    性格の問題ではありません。
    ミーティングの意見に対して反論が出た時に萎縮して何も言えなくなるのは、当然予想される疑念に対して何ら準備をしていないからです。
    完全無欠な論などないので、自分の論の弱点をあらかじめ補強するか、前提条件を限定的にしてあらかじめ弱点を議論から除外しておくものです。

    「議論」ではなく「口喧嘩」なら性格の問題でしょうが、「論」を戦わせているのであれば性格の問題ではありません。

    ユーザーID:0167403454

あなたも書いてみませんか?

  • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
  • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
  • 匿名で楽しめるので、特定されません
[詳しいルールを確認する]
レス求!トピ一覧