あなたの人生を一変させた出来事とは?

レス33
(トピ主0
お気に入り114

生活・身近な話題

どらまちっく

あなたの人生を一変させた出来事は何ですか?

ちなみに私の場合、30代半ばで会社を辞め、
アジアのある国に私費留学したことです。

あれ以来、自分の人生に自分で責任を持つという、
すごく当たり前のことができるようになりました。

ユーザーID:4046055211

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数33

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • 二度の結婚!

     タイトルの通りです。
     最初の妻は顔がいいのだけが取り柄の性悪浮気女で、家にいても気の休まることが無く悲惨な生活でした。
     離婚後、それに懲りて性格の良さそうな一回り以上年下の未婚の女性と再婚しました。
     今の妻とは相性も良く、家にいても「素」のままの自分でいられ、毎日楽しく心安らかに暮らしています。
     前妻に財産の大半を持ち出されてしまいましたが、再婚後は親や親せきの遺産相続などで老後の貯えも十分でき、何の心配もなく人生を楽しんでいます。

    ユーザーID:0546472353

  • そうですねぇ

    親の離婚です。兄弟もバラバラになりましたし、
    その後の養父からの壮絶な虐待で
    人生一変しましたよ。

    ユーザーID:1971248182

  • もちろん

    結婚、出産、離婚ですね

    ユーザーID:6194734283

  • 子供が産まれました

    先月、待望の第一子が誕生し、私達夫婦は親になりました
    今となりで安らかに眠っているわが子
    この子が無事に成人するまで、育て上げる責任があります
    これからの人生が一変しました。

    ユーザーID:2871955326

  • 似てます

     20代前半で、会社に長期休暇を頂いて、ヨーロッパ旅行に一人で行きました。

     自分といっしょに生きていくパートナーを見つけよう。
     1人でいるのも気楽だと思っていました。
     が、いっしょに色々な経験をして、人生を共に生きていく人を見つけよう。その方が人生が豊かになりそうだ。

     長期休暇をとって旅行に行く。上司も巻き込んで、問題になってしまいましたが、行かなかったら、違う人生だったと思います。

    ユーザーID:2784322695

  • 生活・身近な話題ランキング

    一覧
  • 貧乏人の小倅が

    日本育英会の貸与奨学金、企業からの給付奨学金、アルバイト等で工学博士の学位を取得したことです。某研究所に入所、個研室が与えられました。

    貧乏から抜け出せたのです。もう42年前の出来事です。今は、自適な老後生活を送っています。

    ユーザーID:8000018236

  • 17歳からの1年間の米国ホームステイ

    高校の時に所属していたボランティアクラブが
    某団体が高校生の為に作ったクラブでした。
    某団体の後押しで1年間アメリカでホームステイをする試験を受けました。
    元々はDV気質の父親から離れたいという現実逃避と
    父親が何かしら少し考えるきっかけになればいいと思っての受験が、なんと合格。
    私自身も焦りました。
    合格するなんて思っていなかったので。

    アメリカでの3軒のホストファミリー、そこで出会った大勢の人と
    父の圧力無しで生活することは私にとって最初は戸惑うことばかりでしたが
    (長年支配下に置かれていた生活が急に自由になったことへの)、
    徐々にそれを受け入れられるようになりました。
    それでも人の顔色を見る性格は治りませんでしたが、
    ある時周囲が私を思い遣ってした言動が他人の顔色を見る私を困らせることに。
    その時にお世話になっていた2番目のホストマザーが
    「あなたはいつも他人のことを考えて行動している。
    誰があなた自身のことを考えているのか、あなたは他人のことを考えているのに。
    あなたは自分のことを大切にして行動しないといけない」と言ってくれ、
    本当に目から鱗でした。

    その1年間がきっかけとなり私は英語の道に進み、英語に関わる仕事に。
    父の影響で結婚に興味なく生きていましたが、39歳で夫と出会い結婚。
    それも英語の仕事をしていなかったら起こり得なかったこと。

    私に素晴らしい忠告をくれた2番目のホストファミリーは離婚して音信不通ですが、
    1番目と3番目のホストファミリーとは30年経った今もメールで連絡を取り合い、
    会いに行ったり会いに来てくれたりの関係。
    父のDVは治りませんが、万が一の時は私が先頭になって戦うつもりです。
    アメリカでの1年が私を少し強くしてくれました。

    ユーザーID:2116840293

  • 私も留学

    20代でしたがスペイン語圏へ留学しました。
    それをきっかけにスペイン語圏の友達も出来、なんだか生活も変わったし、しっかり生きていこうみたいな気になりました。
    トピ主さん、30代後半だなんて思い切りましたね。
    でも私が留学したのはう15年も前・・・記憶が薄れてきています。

    ユーザーID:7519010411

  • 結婚

    しかも国際結婚

    ユーザーID:2648970884

  • 結婚、新築、出産

    ありきたりですが…。
    結婚するときに新築を購入しましたが、共働きで早速うっすら埃が…(笑)と、気がついたとき。
    「私たちがやらなきゃ、誰もここを掃除してくれない」
    と言う、当たり前なんですが実家暮らしではうっかり忘れていた事実に衝撃を受けた時です。
    いかに今まで、両親の愛情を受けていたのか、またそれを甘受していたか。
    そして、メンテナンスもです。
    何事も自分でやらなきゃ何も進まない!と、仕事や夫に対しての接し方も変わりました。

    あとは、双子の男の子がお腹の中にいたときにエコー映像を夫と一緒に観たときです。
    あの感動は忘れられません。
    絶対に守ろう!と夫と決意したこと。

    何より自分の判断に自信が持てるようになりました。
    多少失敗しても、軌道修正だと思い、笑い飛ばせるようになりました。

    また、子供の保育園の関係で時短勤務をしていますが、殆ど同じ仕事量を時短勤務でするためには、ひたすら集中と事前準備。
    おかげで今まで知らず知らず、だらだら残業していたんだなぁとびっくりしましたね。
    これも、人生観が変わった出来事です。

    ユーザーID:2973574187

  • 結婚かな。

    大学時留学中、知り合った相手と結婚し欧州に住むことになりました。
    分かり切っていたことですが、それからの人生はガラリと変わった。

    結婚後は良いことも悪いことも勿論ありましたが、
    日本では想像できなかったような辛く乗り越えなければいけないことばかり。
    まるで忍耐力を試されているのかと思うような日々を過ごしました。

    自分で選んだ道、進むしかないんですけどね。

    ユーザーID:0257909560

  • 出来ちゃった結婚

    レスタイトル、この一言で、だいたい察しが付くでしょう。

    ユーザーID:3191338109

  • 出会い系にアクセス

    今から20年前、職場の上司が彼氏の出来ない私(彼氏いない歴=年齢でした)を見かねて、事もあろうに職場のマックでその頃流行りだした出会い系にアクセスしてみろと言いました。
    PCを持っていない私は上司に言われるがままに職場のマックで出会い系にアクセスし、そこで知り合った人と一年後に結婚しました。

    あの時言われるがままにして良かったです。
    枯れ果てた私の人生が一変しました。
    今は夫婦と子供2人の4人家族、幸せです♪

    ユーザーID:4154458898

  • 東日本大震災

    宮城県沿岸部在住の者です。

    あの震災で、一度に大勢の親戚を亡くしました。
    ある日突然前触れもなく、平凡な日常が奪われることを思い知らされました。
    そして、平凡でつまらないと思っていた日常が、
    いかに幸せでありがたいものであるか、痛感させられました。

    水洗トイレが普通に使えること。
    洗濯、洗顔、歯磨き、洗髪、入浴ができること。
    街中に電気が灯っていること。信号機が機能していること。
    温かい布団の中で足を伸ばして寝られること。
    欲しいものが並ばずに制限なく買えること、品物が揃っていること。

    あれ以来、あまり物欲がなくなりました。
    また大地震や津波が来たら、なくなっちゃうから、と。
    でも失われた街並は、今でも私の心の中にしっかり残っています。

    ユーザーID:0108739618

  • 超大企業に転職した事かな。

    偏差値50を切る位のおバ○カさんな高校を卒業し零
    細企業に就職しましたが耐えきれずに1年で退職。

    半年簿記の学校へ通って2級取得しました。

    2級の合否待ちの時に超大企業の支社で経理を募集して
    るのを発見し条件が「高卒以上、簿記2級程度」だった
    ので私でもいけるわ!と即行動。
    60倍の倍率を勝ち抜いて見事採用されました。

    その後7年間馬車馬のように働きました。
    一般職なのに毎月締日前は深夜まで残業してタクシーで
    帰ってました。
    一番遅くて25時、システムの入れ替え等がある時の残業
    は一番多い月で80時間でした。

    それを経験して学歴コンプレックスを発症しました(笑

    そりゃそうですよね。
    親はど田舎出身なので中卒で中の下位のサラリーマン家庭
    で周りには友達含め大卒の人なんて誰もいなかったし。
    でも、その会社には当然ですが旧帝大卒やW大卒K大卒し
    かいない…しかもみんないい人…

    結婚後は派遣で趣味程度に働いてましたが子どもが小学生に
    なったのを機にフルタイムに切り替えました。
    派遣でリハビリをしていざ正社員にと思っても40代の高卒
    なんてどこも採用してくれず…
    益々学歴コンプレックスを刺激されました。

    今は以前の会社ほどではないですが超に近い大企業で何と
    か正社員になりました。
    今もやっぱり旧帝大や有名私大卒がゴロゴロゴロゴロ。

    あの時、採用されてなかったら旦那と結婚する事はなかった
    だろうし、当然今の会社にも採用されてなかったと思います。

    あの転職が人生の転機だったと思います。

    残業は本当にキツかったけどね(苦笑

    ユーザーID:5741311065

  • 結婚

    20代のころ、日本の田舎に住んでいました。
    そこで職場の上司から息子の嫁にと、結婚の話がでてきました。
    息子さんも私を気にいってくれて、結婚生活はアメリカではじまりました。
    駐在ではなかったので、今も住んでいます。この生活に満足で、かれこれ30年。
    30年前よりも、英語も話せるようになって、アメリカ人の友人もできて、
    仕事にも活かされています。

    私が日本に住む男性と結婚してたら、全く違う人生だったと思います。
    私の人生を変えたのは、今の主人との結婚です。
    とっても感謝しています。

    ユーザーID:8654932962

  • 同じです

    私も20代の半ば、同じように国を出ました。誰も頼る事は無く自分だけだから、何が一番大事なのかなと考えたら健康という結論に達しました。健康で体が丈夫だった
    ら、何でも打ち勝てるなと思いました。ジムに通い始め、走ったり泳いだりしてましたが、今になってそれだけは良い決断だと思います。

    >あれ以来、自分の人生に自分で責任を持つという、
    すごく当たり前のことができるようになりました。

    その通りです。波乱万丈で色々あったけどこれだけは確信して言えますね。最初の決断が100%自分の物でなかったら、誰かのせいにしたり人を恨んだり、境遇を嘆いたりしたかもしれません。これからも長い人生、自分だけの責任だと思ったら辛い人生ではないような気がします。

    ユーザーID:2840547255

  • 研修旅行が不倫旅行だったとき

    まだ19歳でした。

    大学2年生の春休み、来年から入るゼミ選びのために、候補にしていたゼミが主催するという、海外研修旅行に行きました。それが初めての海外旅行です。

    当時はバブル崩壊後の就職難で、私はやりたい勉強とその分野での就職率の悪さ、それに加えてその分野での自分の適性に悩んでいました。潰しは効くけど、本当にやりたい方ではない専攻を選んで、就職のしやすさを優先させるべきか、本当に自分でやり遂げられるかも分からず、仕事の口もあまりないが、取り組んでみたい分野に進むべきか。

    そんな時にゼミ旅行の話があり、興味のある分野での勉強も兼ねて、その旅に出て自分の適性を見極めたいと思っていました。

    アルバイトをしてはいたものの、旅費は多分親が出してくれたと思います。心配性の父を、かわいい子には旅と言って母が説得して送り出してくれました。

    結果、現地の大学訪問と教授の友人だった先生のお墓参りをしただけでした。(しかもその方のお話しが聞けるということだったのに、行って初めて数年前に亡くなっていたことが判明)

    そして、研修旅行という名の、おばさん院生と教授の不倫旅行だったというおまけ付き。

    若かった私にはあまりに刺激が強すぎましたが、お陰で、その分野に進もうと思うことが出来ました。人格も何もかも、立派な人間しか取り組めないのではないかと思っていたのですが、逆に思えました。あぁ、このおっさん(教授)がやれるんなら、私大丈夫だわと。

    それから紆余曲折ありましたが、その道で定職に就き、もうじきかれこれ20年選手になります。その旅で知り合った人生の大先輩と意気投合し、年賀状だけのお付き合いでもう25年。先日、結婚と出産のお祝いを頂きました。

    多分もう亡くなられているであろう不倫教授先生ですが、今では心から感謝しています。

    ユーザーID:9122402093

  • 就職し上京したこと

    21歳の時猛勉強の甲斐あって某就職試験を突破、関西の実家を出て上京しました。
    過干渉の両親から離れられたのと同時に、昔から憧れていた仕事に就くことが出来ました。
    あれから40年近く経ち退職したけど、未だに東京近郊で暮らしています。

    上京したから独り立ち出来たし、両親から離れられました。
    今の友人知人は全てこちらの人です。
    入社式の12月10日は誕生日よりも結婚記念日よりも大事な日です。
    (車のナンバーも1210)

    ユーザーID:9441574146

  • こじつけ かもですが…

    48才の時に 偶々ネットで素敵なピアスを見付けたのが切っ掛けで、ピアスの穴を開けました。
    それまでは『身体を傷付けてまでオシャレしたくないし、運命が変わっちゃうっていうし…』って否定的だったんですけど、この歳になってそんなに変わりもしないだろうと。

    そうしたら その1年後、ある人物との出逢いがあり 人生観が大分変わりました。
    当時 色々有りましたが、今になれば人生に深みを与えてくれた感謝すべき廻り合わせです。

    あれは ピアスの穴が起こしてくれた稀有な出来事だったのかなと、たまに思ったりします。

    ユーザーID:1297023173

  • いろいろな過去

    9歳の時、幼なじみを目の前で亡くしたこと。
    自分は無傷で生き残ってしまったこと。

    最愛の人を想い、重い家庭の事情から、自分から別れを告げたこと。

    かな・・・

    ユーザーID:5319958932

  • おっちゃん(夫)と出逢ったこと。

    私は母親の影響で、極端に自己評価の低い大人になり、どんな目に遭わされても、仕方ないや…私が悪いんだ…と思って生きて来ました。
    頭が悪くて考え方もおかしな男と結婚してしまったのも、お前はこの程度で充分だ、お前のような者が三高と結婚できるわけがなかろーが!と親に押し切られたから。

    でも、『アンタみたいなイイコが苦労するんじゃないよッ!』とパーとのおばさんに泣かれてから、勉強して資格取ってクーデターを起こして離婚。それから出逢ったのが今の夫です。三高どころか、当時大手の支店長でした。一介の運転手の私とは出逢うべくもなかった立場の人でした。

    『もし宜しかったら食事でも…あっ、でも僕は独身ですからご心配には及びません』と笑って言われたのは、そこの会社で荷卸ししていた時。狐につままれた気分でした。
    付き合いが深くなると、『きみはどうしてそんなに自己評価が低いんだ!もっと自分を認めなさい!もっと自由でいいんだ!』と怒られたことは忘れません。
    夫はこの言葉通り、今でも私を自由に生かせてくれてます。
    若い頃にもっと自己をしっかり認識していたら…と思うこともあります。

    ユーザーID:6954858314

  • 猫です

    私の場合は、猫を飼い始めたことです。
    ある事がきっかけで、猫を飼い始めました。
    子どものころから犬を飼っていて、完全犬派だった私を、猫派に変えてしまった我が子たち。
    飼い始めてから3年ほど経ちますが、毎日本当に幸せです。
    猫のおかげで、心も体も健康に過ごしています。我が子よ、本当にありがとう!

    ユーザーID:2070035273

  • 人を信じることが間違いだと知った時

    ずっと仲良くしてる親友がいました。
    いえ、友達と思っていたのは私だけだったのかも。

    8年前ネット上での誹謗中傷に悩まされ始めました。
    それからずっとネットの嫌がらせが続いて、ある時、それがその親友の仕業だったとわかった時の衝撃。
    その親友だと信じていた友人にもネットで受ける嫌がらせを相談してたのに…
    世の中の人皆が信じられなくなりました。

    それ以来人生が一変しました。
    もう誰とも友達とは思わなくなりました。

    ユーザーID:1585975541

  • 結婚です。

    毒親と暮らしていたころは、徹底的に人格否定され八つ当たりされ、暴言浴びせられて、地獄でした。
    当然自己評価も低かったです。

    でも、夫と出会って結婚したことで、その地獄から抜け出し、穏やかな生活をすることができました。
    親と違って夫は私を認めてくれますし、以前ならできなかった日常のささやかなことができるようになりました。

    何回か占いを見てもらいましたが、いずれも、
    「あなたのご主人はあなたを地獄から引き揚げてくれた人だ」「結婚が開運のきっかけになった」
    とのことでした。

    ユーザーID:6128235963

  • 60歳を超えて山登りを始めたことでしょうか

    私は地方の国立大を卒業し、まあ一流と言われる企業に就職しそれなりのやりがいを残して62才で退職しました。私が退職したことを知った大学の同級生から山行の呼びかけがあり、それから山登りに嵌まりました。もともと大学の体育系クラブOBでしたので体力には自信があったつもりですが、50年も前のことでそれからは重いものと言えばビールのジョッキを持ったくらいで、ほとんど人に自慢できる体力らしいものはありませんでした。彼との山行で自分の非力さを悟った私は、これではだめだと思い、毎週のようにと言うかほとんど2日/週山に挑戦するようになりました。毎年夏は南北アルプスへも出かけています。苦しいですが、苦しさを楽しさに替えて頑張れるようになり、今では奴は早いと仲間に言われるようになりました。これがなかったら今頃は唯のアルコール依存症爺で病気はおろかこの世に存在すらしてなかったでしょう。人生終盤健康なな苦しさと共に楽しみを味わっています。あと10年くらいは楽しみたいです。

    ユーザーID:6851021320

  • 震災

    私も震災ですね

    これがきっかけで結婚もしました



    教訓がたくさんありますので

    忘れないようにもしています

    ユーザーID:8239045787

  • 息子を産んだこと

    息子を産んだことで人生一変しました。

    生まれつきの心臓病で、生後半年で手術しました。3歳まで歩くことも話すこともできませんでした。

    病院でたくさんの子どもと親御さんと出会いました。人間が生まれて無事に成人するのは当たり前ではないと思いました。同じ時期に父をガンで亡くしたので、死ぬこと、そして生きることについて必死で考えました。


    幸福感の閾値がすごく低くなって、おそろしく些細なことで喜べるようになり、たいがいのことは「生きてるだけでOK」と思えるようになりました。


    息子はもうすぐ25歳、元気にしています。

    ユーザーID:3998834099

  • 父の死

    小学生の時です
    それまでは思いが強ければなんでも実現できると思ってましたが
    いくら願っても父は死にました
    家族は壊れ、自殺未遂も経験しました
    現実は都合よく変えれないこと
    身近な人に好きとありがとうと言う気持ちはすぐに伝えることを学びました

    ユーザーID:7891874787

  • 病気したこと

     病気をして片耳が聞こえなくなったことです。たかだか感染症で死にかけました。


     形あるものは永遠ではない。それは私も例外ではないと知りました。私が死んだあとも残された人が何事もなかったかのように生活できるようにいろいろ教えたり、身辺整理をしたりしています。

    ユーザーID:4709030813

あなたも書いてみませんか?

  • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
  • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
  • 匿名で楽しめるので、特定されません
[詳しいルールを確認する]
レス求!トピ一覧