昭和、平成にはあったけど今は無い職業

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生活・身近な話題

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昭和生まれのアラ還です。
将来AIに取って代わる職業が話題ですが、皆さまが実際に見たが現在では無い職業を教えて下さい。
戦後から高度経済成長期を超え、生活はドラマチックに変化しましたが、本当に無くなった職業はなんでしょうか?

私が思いつくのは鉄道の改札で切符を切っていた人とバスの車掌さんくらいです。
人力車は昭和には絶滅したと思っていましたが現在は復活して観光地でよく見ます。

自分の目で見たけど今は無くなった職業を教えて下さい。

ユーザーID:6097600299

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  • エレベーターガール

    思いつくのは、エレベーターガールですね

    ユーザーID:1431019229

  • 部署内でもいいですか

    昔はあったそうですが今はやらない(やりたくない)仕事
    ・口述筆記
    ・テープ起こし
    ・手書き書類の清書

    昔は「かなタイプ」というものがあって重宝されたと聞いており、私の前の前の前の前の前の秘書さんはかな入力しかできなかったそうです。
    職場でふる〜いパソコンがでてきて、「花子」「ロータス123……」とか……さっぱりわかりませんでした。

    ユーザーID:6606660283

  • 場立ち

    40代半ばです

    昭和後期、小学生だった私がニュースで目を引いたのは証券会社で大勢の男性が手を挙げて指で何かサインを作っている場面です
    お正月明けには女性が振袖を来てウロウロしている場面も見ました
    一体何をしてるんだろう・・・?とずっと思っていました
    後になって「場立ち」という仕事だと知りました
    今は全く見ませんね

    ユーザーID:6060665289

  • 電話交換手

    お若い方は想像もつかないと思いますが、企業の代表電話に掛かった電話は交換手が抜いたり差したりして各所につないでいたんです。子どもの頃社会化見学で見た事があります。

    私が就職した頃にはもうデジタルでしたから無くなっていましたが、電話室のスペースはそのまま残っていたりします。息子の高校にも『電話室』と書かれた、しかし何も残っていない実質倉庫がありました。
    昭和30年代は憧れの職業だったらしいとは聞いたことがあります。

    ユーザーID:0454027478

  • 絶滅かというと微妙なんだけど

    全くいないかと言われると自信がないけど。
    〇活版印刷の活字拾い
    〇写植貼り(カレンダー写植はとても厄介だったそうだ)
    〇和文タイピスト
    (↑以上は母が昔やってた仕事。やってるとこ見てないけどまあやってた人を見てるということで)

    〇サザエさんの三河屋さんみたいな御用聞き(これもギリギリ見てる)

    〇各駅のホームで駅弁とお茶を首にかけて売る人(店舗なし)

    〇手動踏切の番をする人(これもギリギリ)

    ユーザーID:2748420249

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  • 駅の改札はまだいます

    地方都市在住のアラフィフです。
    駅の改札は地方駅には存在します。
    専門ではなく、駅員さん兼務で(昔は専属だったのか知りませんが)
    切るのではなく押印です。手渡しなのは変わりません。
    機械の改札を設置するより兼務で行った方が安上がりなのだと思います。
    田舎は列車の本数も少ないですし。

    いまのところ自分の目で見た仕事で、現在なくなった職業…
    思い浮かびません。地方だと、古いものもほどほど残っていますので

    AIにとってかわられるといわれていますが、AIを導入する費用を考えると
    簡単に導入できないと聞きました。(大企業からでしょうね)
    少子高齢化の人手不足を上手くコンピューターに補ってもらえるといいですよね。

    ユーザーID:0587981434

  • 思いつくのは、

    壊滅はしていませんが、喫茶店等にあった、紙のマッチ製作会社。それと喫茶店のサイフォンを製作する会社で、こちらは日本に二社残っていると聞いた事があります。

    ユーザーID:0996390185

  • それは、

    ドラフター(製図板)を使った設計・トレースの仕事。

    ユーザーID:2924418114

  • 消えた職業

    消えた職業

    紙芝居、米屋の配給米、ラオ屋(キセル修理)、金魚売、銭湯の浴場従業員、
    学校前のおもちゃ行商、

    ユーザーID:5894120461

  • 写植屋さん

    若いころ、出版関係の仕事をしていました。

    就職した当初は、DTPはまだ普及しておらず、レイアウト用紙をつかって「見出しはここ、どの書体の何ポイントで」「写真はここ」というような指定をして、外部の写植屋さんで紙面を作ってもらっていました。
    その後、DTPが普及して、写植屋さんはすっかり見なくなりましたね…。

    電子書籍なんてのは、影も形もなかったころの話です。

    さらに遡ると、「活版印刷」といって、文字1個1個が金属のハンコのようになったものを組み合わせて印刷をしていた時代がありました。
    私が就職した90年代はじめころ、活版印刷はすでにほぼすたれていましたが、印刷会社に見学に行ったとき、片隅に少しだけ設備が残っていたのを見たことがあります。
    活版印刷の時代は、活版印刷の組版をする職人さんがいたのですが、これもなくなった職業ですね。

    もしかすると、伝統工芸的にやっている会社はまだあるのかもしれませんが…。

    ユーザーID:7846314127

  • 思い出したこと

    都心の住宅街に住んでいました。
    子供の頃、金魚売が「きんぎょ〜え きんぎょ」と言いながら
    リヤカーに乗せたガラスケースに金魚をいれてリヤカーを引いていました。
    近所にはスーパーもない頃でしたから野菜の引き売りも見たことがあります。
    「と〜ふ〜」と聞こえるラッパを吹いて自転車で回ってくる豆腐屋さんもいました。
    これらは職業とは言えないかもしれませんが、乾物屋さんや魚屋さんも御用聞きに各家に回ってきました。
    都電はもちろんのこと、JR市ヶ谷駅の前をトロリーバスが走っていた頃のことです。

    ユーザーID:0230643259

  • 自分の目では見てないけど・・・。

    自分の目では見てないけど『電話交換手』がまず思い浮かびました。

    ユーザーID:0936472381

  • タイピスト

    昭和50年代就職した会社で
    和文タイピストがいました。
    もう、その頃でも希少な存在で
    あっという間にワープロに取って代わられました。
    あと電話の交換手、最近聞かないですけど
    今でもいらっしゃるのでしょうか?

    ユーザーID:9422064002

  • 思いついたのは


    タイピスト、知りあいの今70代後半のおばあさんが、若い頃このお仕事されてました。

    後は全くなくなってはいないので、レスの主旨と違うかもしれませんが、非常に減ったのがデパートのエレベーターガール。私の住む市の有名な大きいデパートはエレベーターが6基もありますが、一つもエレベーターガールはいません。昔は全部いられて、女の子のなりたい職業だったこともあるみたいです。たまに車椅子やベビーカーの人を、優先エレベーターまで案内して安全に乗せてられるのを時々見るだけです。

    ユーザーID:4712985301

  • 印刷のための、文字のスタンプ?を集める仕事

    映画で見たのですが
    コンピューターがなかった時代の話で
    新聞か雑誌の印刷のために必要な文字のスタンプを集めるという仕事がありました。
    現在でもごく一部では残っていると思いますが、
    ほとんどいないですよね。

    あと、タイピストという仕事も朝ドラで見ました。
    昔は文字を打つだけで専門職だったんですね。

    母は商業高校出身なのですが、
    昔は仕事でもそろばんを使っていたみたいです。

    私も昭和生まれですが、
    大学に入る頃にはパソコンが普及していたので
    パソコンやEメールが普及していなかった頃の仕事や論文執筆というのが
    想像できません。

    ユーザーID:9453823574

  • 無くなりましたね。

    『小売業者』『自転車店』『電気屋』『八百屋』『魚屋』『お米屋』などが、
    大手ショッピングセンターに吸収されたり、
    廃業で、『シャッター通り』になって寂れた街に。

    ユーザーID:0500332634

  • 40代女

    ・エレベーターガール
    ・付添婦(病院が完全看護になる前は必要だった。雇えなければ家族で付添)
    ・タイピスト
    ・文選工
    ・セル画職人
    ・ドット絵デザイナー
    ・炭鉱労働者
    ・電話交換手
    ・写植オペレーター
    今も少しはいらっしゃるのかもしれませんが、今はほとんど聞きませんよね。
    私はこの中のタイピストに憧れてましたがすぐワープロの時代になり、印刷を勉強したので文選工がいいかなと思ったら電算写植に取って代わられ、それもすぐDTPに時代が移ってしまいました。今はそれにかかわる仕事をしています。
    病院の付き添いは辛かったです。うちは付添婦頼むお金がなかったので高校生の私が長期入院している祖父の世話を祖母と交代でやりました。夜も患者のベッド下にシート敷いて泊まりました。付添といっても通院の世話ではないですよ。シモの世話、食事介助、着替えなどの医療にかかわらない部分の患者の生活介助です。今は看護師がやってくれますよね。その後叔母が入院した時も付添たのまれましたので25年位前まではその慣習はあったわけです。
    看護師の仕事が大変なったのも付添婦という仕事を無くしたからだと思います。昔は病院から付添婦を斡旋されました。ちなみに祖父も叔母も病院は違いますがれつきとした市立病院です。まあ患者側の家族としては楽になって良かったです。

    ユーザーID:1453444927

  • 憧れのお姉さん

    デパートのエレベーターガール!

    ユーザーID:0701234092

  • 古希ですが

    オワイ屋さん、靴みがき、自転車でラッパを吹いてくる豆腐屋さん、氷屋さん

    ユーザーID:6439576266

  • 事務系でいろいろある

    思いつくのは、和文タイピストや速記者。
    裁判所関係で最後まで残ったけれど、もういない。

    メルヘン系なら、
    いなくなったとおもうけれど、昭和の40年代、「ろばのパン屋さん」
    ろばが荷車引いて、パンを売りに来たの。

    ユーザーID:1138524225

  • タイピスト、キーパンチャーとか、、

    タイピストってかっこいい職業だったそうです。それからコンピューターの入力するキーパンチャーというのもありました。
    わたしの子供の頃は、お茶汲みOLと言われる職場の花がいました。
    それから、鉄道の遮断機上げ下げする人がいました。
    うちの近くに6本の線路の遮断機があり、徒歩だと渡りきれないので半分開けて途中まで人が入る複雑な遮断機で、大変そうでした。
    昭和末まで多分ありましたよ。

    ユーザーID:5195984319

  • お茶汲みを主な仕事とする若い女性

    少なくとも公務員の世界ではほとんどいなくなりました。

    あと、タイピストと、電話交換手。

    電話交換手に至っては、『ご希望の番号を押してください』の自動音声と、プッシュホンの番号で振り分けが完了するようになりました。

    ユーザーID:6383392535

  • 電話交換するひと

    なんて職種かわかりませんが、私の職場では平成になってもありました。
    がさすがになくなりましが。
    電話局がつなぐ交換ではなくて、会社の代表番号にかけたら交換の人がつないでくれるということです。
    今はダイヤルインになっているし代表にかけても内線がわかっていたら自分で回せます。
    内線がわからない場合は総務の人がまわしているようで専属の人はいないようです。

    もしかすりとどっかの会社にはあるのかもしれませんが。

    ユーザーID:2677932795

  • アナログ系の職業はいなくなったなぁ

    トレーサー、タイピスト、セル画彩色職人。
    この辺りは殆ど見かけなくなりました。

    ユーザーID:1581421429

  • 電話交換手

    完全にいなくなってはいないのかな?

    新社会人になった40年くらい前本社勤務だったからか
    単に回線不足だったのかは知らないが
    外線からの電話はすべて代表電話が受付け
    交換台のお姉さま方が各部署に取り次いでくれていました。

    数年もたたないうちに外線からの電話はダイヤルインで直接受け取れるようになったので
    交換台のお姉さまのその後を心配いたしました。

    ユーザーID:5262999614

  • まだあるかもですが

    まだあるかもしれませんが、チンドン屋さんは、もう何十年も見ていないです。

    もう絶対に無いと確信できるのは、正式名称は不明ですが、ストッキングを縫ってくれる人。50年程昔は、デパートの踊り場に間借りして、椅子と小さな台だけで商売をしている人がいました。靴磨き的な商売の仕方です。昔は、ストッキングが高級品だったので、破れたストッキングを、そのお店に持ち込んで、縫って貰って履いていた様です。

    ユーザーID:1469352457

  • 電話交換手

    電話交換手。今は、音声案内になってしまいました。

    ユーザーID:0503288373

  • 見てないけど電話交換手

    昭和だと電話交換手という仕事があったのではないですかね。
    自分の目で見てはいないですが。

    切符切りの人は平成になっても見たことありましたよ。
    切るんじゃなくてスタンプではありましたが。
    もしかしたら今でもいるかもしれません。
    地元の駅ですが、少なくとも10年前は自動改札は
    導入されていなかったです。今はわかりません。

    ユーザーID:5834383657

  • みどりのおばさん

    みどりのおばさん、みどりっぽい服を着て、学校前に立っていたおばさんがいました。

    いつしかPTAのお母さんになったような・・?あれは職業だったんでしょうか?

    ユーザーID:6895382162

  • チンドン屋

    もしかしたら、まだやっている人がいるかな?あと、サンドウィッチマンも。田舎じゃなく、逆に新宿とか渋谷あたりに出没してたりして。

    あと、カラーヒヨコ売りの屋台。

    野菜売りのトラック。魚屋のトラックは「かわいいかわいい魚屋さん♪」という歌詞の歌を流してたっけ。
    牛乳屋のトラックは「アルプスの少女ハイジ」の主題歌のメロディーだったな。「パープー」とラッパを鳴らす自転車の豆腐売り。

    あと、自転車の蕎麦屋の出前。ザルそば何段も積んてあるのを片手で持って、って職人技だけど、テレビでしか見たことない。
    酒屋の御用聞きと配達はどうなんでしょう?

    小学校の時、放課後、校門のそばで家庭学習の教材をセールスしていた怪しいおじさん。

    野球場のビール売りのお兄さんが絶滅しそう。今はほとんどがお姉さんが売り子。昔はお兄さんばっかりだったのにね。

    ユーザーID:0919196069

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