今はもう食べる事の出来ない思い出の味を教えて

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開花期

話題

祖母が他界して2年目の春が来ました。

祖母は今時期のまつりごとになると、餡を練り上げるところから手作りで、桜餅やぼたもちを作ってくれました。

その味は、餡があまり好きではない私でも何個もパクパクと食べられる優しい甘さのお餅でした。

先日、お店でぼたもちを購入して食べました。
祖母の味とはまったく違ったのですが、思わず祖母の味を思い出しました。

その後、思い出しながら同じように餡を練り上げ作ってみましたが、祖母の味にはなりませんでした。
美化されてるのかな?なんて思ったりしましたが、本当に祖母のお餅は美味しかったです。
また食べたいな。ありがとうおばあちゃん。

皆さんにはもう一回食べたい思い出の料理はありますか?

例えば、お袋の味? 宿泊先の味? 偶然作って出来た味? 凄く不味かった味?

ありましたらエピソードと共に教えて下さい。

ユーザーID:0131776120

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  • 京都の三条木屋町にあった

    長浜ラーメンのお店が忘れられません。

    今でもあるのでしょうか?

    ユーザーID:9811744763

  • 春になると…

    私は関西出身です。春になると母が「カマスゴ」を焼いて二杯酢に浸けたものを作ってくれました。今は東京に住んでいるので「カマスゴ」は手に入りません。実家の母も施設に入ってしまいました。もう食べられないと思うと無性に食べたくなります。

    ユーザーID:4762931133

  • あるペンションの食事

    歴史が好きで、京都奈良には昔からよく行っていたのですが、奈良に行く際に必ず泊まっていたペンションがありました。

    ご家族で経営していらっしゃる小さなペンションで、奥様の作るお食事、特に朝食が絶品でした。
    1人で、また家族、友人、何人を誘って何回泊まったか。
    誰もが絶賛し、あのご飯をもう一度食べたいと言いました。

    ある時久しぶりに奈良に行くことになり、何年かぶりに予約の電話を入れた時、出られた奥様は私のことを覚えていて下さり、「ああKさん」。
    しかし続けて「すみません、今はもう営業していないんです」と。

    もう二度とご主人の温かいおもてなしを受ける事も、可愛い居心地の良いお部屋で過ごす事も、あの美味しいパンやオムレツを味わう事も出来ないんだと思うと泣けてきました。

    朝食が美味しいと言われる旅館やホテル、その後何軒も泊まりましたが、未だにあの小さなペンションより美味しいと思える味に出会った事がありません。
    私にとってはあの小さなペンションの朝食が「世界一の朝食」です。
    叶う事はないけれど、もう一度食べたかった。

    ユーザーID:6324947825

  • むかしばなし

    国鉄が分割民営化された当時、地元の祭りで元国鉄職員のおじさんが慣れないたこ焼きの屋台を出してたんですよね。
    それが私のこれまでの人生で一番のたこ焼きです。
    別にイイ話ってわけじゃないです。
    外はカリッ、中はとろーりというのがたこ焼きの王道ですよね。
    中まで粉がギュッと詰まって粉っぽいそのたこ焼きを、周りの大人はこれまずいよと口々に言ってました。
    でも私は何でも噛み応えのあるものが大好きで、そのたこ焼きはすごくすごくおいしく思えたんです。
    さらに慣れないおじさんが頑張っているという付加価値付き。
    二度と出会えないだろう、私にとっては幻の絶品です。

    ユーザーID:2997683359

  • 今はまぼろしの、給食に出た鯨の竜田揚げ!

    私が小学生だった頃の給食のメニューに、
    「鯨の竜田揚げ」や「鯨のカレー」が時々出ました。
    鯨のカレーは余り好きでは有りませんでしたが、鯨の竜田揚げは大好きでした。
    同級生も皆んな好きだったと思います。

    戦後の日本の食料がまだ十分で無かった頃に、
    鯨は日本人のタンパク源として重要な役割を果たしてくれましたね。

    それとコーヒー味の脱脂粉乳。
    同級生は嫌いな子が多かったのですが、私は大好きでした。
    飲まない子も多くて、その分私が貰って飲んでいました。
    だからなのか、他の子よりも背が高かったですね。

    日本に帰国した時にスーパーで鯨肉を探しました。
    捕鯨禁止になった今は手に入れるのもとても難しい様ですが。

    鯨肉は売られてましたが、トロの様にサシが入っていて、
    上等過ぎて竜田揚げに出来る様には見え無かったので買うのを断念。
    結局念願の鯨の竜田揚げは食べることが出来ませんでした。(泣)

    脱脂粉乳はこちらの国でも売られていますが、
    給食で飲んだ味とは全く違うのでなんか拍子抜けです。

    という事で、もし叶うので有れば、
    まぼろしの「鯨の竜田揚げ」をもう一度死ぬ前に食べてみたいです。

    ユーザーID:6206862901

  • 高専寮の食事

    五十代の男です。
    おふくろの味なら、母がまだ元気なので実家に帰ればいつでも食べれます。
    たいていのグルメなら金さえ出せば食べれます。

    しかし、学生時代の寮生活、基本食事は決して満足できるものではありませんでしたが、なぜかみそ汁だけは絶品で、母のよりも美味しかった。
    料理上手な自分の妻も含め、いろんなみそ汁を食べてきましたが、あれを超えるみそ汁はありません。

    死ぬ前にもう一度食べてみたいのですが、現実的に不可能です。

    ユーザーID:4838269526

  • 私も祖母の味

    同居していたおばあちゃん。
    今生きていたら100歳くらいです。
    なんでも手作りしていました。

    木綿豆腐、こんにゃく、おみそ、切り干し大根、梅干し、梅酒、白菜漬け、奈良漬け、たくわん・・・
    そんなおばあちゃんが作ってくれていた、お饅頭が忘れられません。
    中にこし餡が入った大きなお饅頭。
    おばあちゃんは、ふくらし粉と言っていましたが、ベーキングパウダーで膨らませた生地が手作り感があり大好きでした。

    いまでもおばあちゃんが大好きで会いたいなあ・・・と思いますね。

    ユーザーID:1142526396

  • 母親の中華そば

    母親の中華そばです。
    脳梗塞で倒れ、ある日突然要介護5になりました。

    ざっくりは知ってるけど、
    ちゃんと教えて貰ってなかったからなぁ。

    似たような味にはなるんだけど、同じにはならないんですよね。
    ちゃんと教えて貰っておけば良かった。
    また食べたいよ。

    ユーザーID:3560628130

  • 母親のおいなりさん

    既に他界した母親が時折り作ってくれたおいなりさん。
    それは甘みは殆どない軽い塩味のもので、これが私には非常に美味いものでした。
    と言うか子供の頃は、この味付けが世間一般的なものだと思っていました。
    なので、市販のおいなりさんを食べた時は、その甘さに完全に意表をつかれ、「美味くないなあ」でした。

    ちなみに、配偶者は「甘くないおいなりさんなんて考えられない」と言っています。

    ユーザーID:0720643972

  • 有ります、母の味

    開花期さん、こんにちは。

    母が亡くなりもう30年が経ちました、早いものですね。
    いまだにすぐ側にいるかのような思いです。

    母は開花期さんのおばあ様同様、何でも手作りでした。
    見よう見まねで小豆を煮てみたこともありましたが今も上手くできません。

    母の味で覚えておけば良かったと思うひと品に、
    レバーの唐揚げがあります。
    レバーを血抜きし、ニンニクや玉ねぎのつけ汁につけたレバーを
    唐揚げします。
    教えてもらった通りにやるのですが、同じような味にはなりません。
    何かが違うんですよね。もう食べられない味になってしまいました。

    母は大変器用な人で、また、工夫もする人でした。
    テレビを見て、その日のごはんに作ってみるとか、真似てみたり、
    新しいものにもどんどんトライをする人でした。

    レシピを残しておいてもらえばよかったなとつくづく思います。

    ユーザーID:3867772609

  • 丁稚羊羹

    親戚のおばあさんが作ってくれていた丁稚羊羹です。

    竹の皮に包まれ、ムチッとしているけれどパキッと割れ、甘さ控えめだけど小豆の味がするこの丁稚羊羹が大好きでした。
    薄っぺらいところは乾燥してパリパリになっていましたが、そのぺらぺらした部分も好きでした。
    大人になってから色々なお店のものを食べたり、自分でも色々作ってみましたがその味にはなりません。


    お子さんやお孫さん達には飽きられて喜ばれなくなったけれど、私はいつも喜んでくれるからとわざわざ作ってくれていた、
    とそのおばあさんが亡くなってから10数年後に知りました。
    元々遠縁の方だったので、亡くなった後はお子さんやお孫さんとのお付き合いが完全に切れてしまいました。
    とは言え、皆さん飽きていたのでレシピなどはどなたも引き継がなかったそうなのですけれどね。
    また食べたいなぁ

    ユーザーID:0651237999

  • 正式名称すら知りません

    私は幼少の頃は母方の祖母と同居しており、近所に野菜を売りに来ている行商のおばちゃんがいました。

    そのおばちゃんが、毎回ではないけど、野菜と一緒に持ってくるのが、祖母や母が「黒砂糖の団子」と呼んでいたお餅系の菓子。

    小さめのバナナくらいの大きさと形で平べったく、炙って食べるものでした。祖母が買って、昔ながらのストーブに網を載せて炙って食べさせてくれました。

    餅ほどは伸びず、まさに「お団子」の食感で、甘さは程よく控えめでした。直火で香ばしいのもあってとてもおいしく、私や弟は「今日はお団子、ないの?」とよく祖母にねだったものでした。

    今は祖母も鬼籍で、おばちゃんもおそらくそうでしょう。あのお団子に似たものはまだお目にかかっていません。おばちゃんの手作りだったのでしょうか。

    私にとってはまさに昭和の思い出の味です。

    ちなみにその「お団子」は生の状態でも、市販の餅ほどカチカチではなく、(そのままで食べるのは無理ですが)手で曲げれば容易に曲がる程度の柔らかいものでした。

    ユーザーID:7191970559

  • 祖母の手作り

    祖母が手作りしていた料理すべてです。
    祖母が漬けた高菜の漬物、白菜の漬物。
    親鳥のお煮しめ。鯉こく。
    懐かしさに涙が出ます。

    ユーザーID:5372705464

  • 白菜漬けです

    母が元気だったころ作っていた白菜づけです。

    白菜の葉の間にりんご、梨、柿などの果物をスライスした物、よくわからない緑の葉、赤カブなどいろいろなものがぎっしりとはさんであります。
    切り口がキレイで、お正月などの御馳走のお漬物でした。
    とても手間がかかるので、作る時は近所のおばさん達が我が家の庭に集まって共同作業で作っていました。
    思い出しながら作ってみましたが見事に失敗。
    もう一度食べたい味です。

    ユーザーID:1616253172

  • 京都の大丸か高島屋の地下のドーナッツ

    今から30年ほど前に京都の大丸か高島屋の食品売り場で売っていたドーナッツです。
    ベーカリーなのか惣菜店なのか覚えていませんが、ものすごく粘りのあるイーストドーナッツを売っていました。
    砂糖をまぶしたシンプルなもので、力を入れて引きちぎらないと切れないような粘りがありました。
    モチモチともちょっと違う、何とも言えない食感。
    未だにあれと同じ位の粘りのあるイーストドーナッツは食べた事がありません。

    同じ店でピロシキも売っていて、そちらも皮はとても薄いのにやはり粘りがあってとても美味しかったです。

    何という店だったのか、今でもどこかで営業しているのかも分かりません。
    探偵ナイトスクープに出そうかとすら思いました。

    どなたか覚えていらっしゃらないでしょうか。
    また同じように粘りの強いイーストドーナッツをご存じないでしょうか。


    ところで傀儡課長様

    長浜ラーメンは今もありますよ!

    ユーザーID:5224884855

  • 高菜丼

     やっぱり、美味しくて他にないオリジナルの味が「思い出」として深く刻まれましたね〜。
     私は某日帰り温泉の食堂で出会った「高菜丼」。高菜のお漬物を豚肉と炒め、唐辛子をきかせていたんですが、これがまたビールに合う。よそで見たたことなくて、感動して社長さん(その施設でスタッフに混じって働く気さくな方)に話しました。
     すると「うちのおふくろが作った高菜漬を使ってるんですよ。」とのこと。しかしその後、メニューから外れてしまい、一度しか食べられませんでした…社長さんのお母様がご高齢の為、漬物を作れなくなってしまったんですね。

    ユーザーID:6469605279

  • 祖母のドーナツ

    子供の頃、祖母に1〜2回だけ作ってもらったドーナツが人生最高においしかったです。

    自分で作って、揚げたてを食べても勝てない。
    有名店でも勝てない。

    祖母とは別居で、盆正月に会うくらいでした。
    たまたま作ったドーナツで、レシピは保存してなかったみたい。
    そして祖母はもう亡くなりました。

    祖母と一緒に作った、揚げたてだったのが、おいしさUPしたのかもしれない。
    記憶が美化されているだけかもしれない。

    でもドーナツといえば、祖母のドーナツが最高なんだよなぁ…また食べたい…

    ユーザーID:1397750110

  • 私も祖母の味

    祖母は料理上手で割と何でも自分で作ってしまう人でした。今生きていたら95歳くらいだったのかな?
    そんな祖母が作ってくれた「おはぎ」が、家族みんな大好きでした。

    庭で七輪を出し、炭火で小豆をコトコト。
    炊き上がった小豆を潰し、お米をつぶし、世界で一つ、おばあちゃんの作ったおはぎです。
    お餅部分の柔らかな食感とうっすら紫色を帯びた艶のあるあんこ。
    小さい頃はあんこ嫌いだったのですが、不思議と祖母の作るこのおはぎのあんこだけは食べられました。
    嫁入りして色々とあった母親も、あの味には脱帽で、今も再現しようと試みていますがどうもうまくいかず。
    「おばあちゃんのおはぎまた食べたかったね」
    なんて、よく話しています。

    最近知りましたが、作ってはご近所にもおすそ分けしていたみたいで、たまに「おばあちゃんの作ってくれたおはぎは本当に美味しかった」と言われます。

    最後におばあちゃんのおはぎを食べたのはいつだったのかな・・・。また食べたいけど、でも絶対に食べられない思い出の味です。

    ユーザーID:4128709804

  • 学生時代のごちそう

    学生時代に「美味しい!」と思っていた味が、それなりの収入が得られ舌も肥えた社会人になってワクワクしながら食べてみるとそれ程でもなかった。
    そんな話をよく聞きます。

    やっと、それなりに収入のある社会人になりました。
    第一学食のハンバーグ定食、手こねの小ぶりなハンバーグ2個に半熟目玉焼き。外がカリカリだけど美味しかった。濃い目の味で煮込んだ味噌汁も美味しかった。
    正門そばの札幌ラーメン、麺茹でと具のたっぷり野菜炒めを絶妙のタイミングで仕上げてくれてた。スープ・具・チャーシューの味付けバランスも最高。
    そんな思い出の味をもう一度食べ、聞いた話が本当なのか(絶対に見栄張ってるだけで、ウソだと思うけど)試してみたいのですが・・・。
    キャンパスが移転してしまい昔の学食もお店もなくなってしまったので、もう食べられません。

    ユーザーID:1958735231

  • 神保町「いもや」のとんかつ

    外食ネタですみません。
    このお店、惜しまれつつも今年3月に閉店しました。
    しつこさの残らないからっとしたとんかつ。
    私もお別れして来ましたけれども
    もう食べられないかと思うとさびしいです。

    ユーザーID:9310649207

  • 叔母の…‥

    大晦日に届けて貰ってた、母方の叔母が育てて、挽いて作った『江野蕎麦』。
    2:8くらい?
    美味しかった…。

    ユーザーID:0737295837

  • 祖母の味噌汁とカンメのグレープフルーツのシロップ漬け

    皆さん、お亡くなりになった方の料理が多いですね。

    私も、祖母のお味噌汁。
    一番記憶に残っているお味噌汁は、親戚から貰った庭で育てているちゃぼの卵と家庭菜園のニラのお味噌汁。
    卵が薬臭くて、子供のころ嫌いでしたが、庭で飼っているちゃぼの卵は本当に美味しいです。
    そして、ニラが入りお味噌は近所のこうじ屋さんで特別注文(祖母の好きな配合で)のお味噌。

    学生のころ神戸に行って都会には美味しいものがあるなあ!!
    と感動したのは神戸そごうのカンメのグレープフルーツのシロップ漬けと京都大丸のフルーツパイです。

    どちらも閉店されたようで、残念です。

    ユーザーID:7734863063

  • トピ主です

    レスを下さった方々ありがとうございます。

    ちょっぴり切ない思い出と、春の陽気に負けないくらいとても心暖まるエピソードの料理ばかりで、
    皆さんの思い出の料理を想像していると、何だか同調してしまって、私まで「食べてみたかったな〜」と思ってしまいました。

    時が経てば、私の作った料理も家族の誰かの思い出の味に変わるのでしょうかね。

    引き続き皆さんの思い出教えて下さい。
    改めてありがとうございます。

    ユーザーID:0131776120

  • 目黒の大衆洋食屋

    数年前に閉店してしまった、JR目黒駅東口の雑居ビルの1階に「ホップワン」という洋食屋さんがあったんですが…。

    そこの、ドライカレーがとても美味しかった。古き良き洋食屋さんが閉店して悲しー(涙)。

    ユーザーID:4322250725

  • 母の味

    母は、しっかりだしをひいて、きちんと食事の支度をする人でした。
    まだドリアなど知名度がない時代に、ハイカラにも作ってくれました。

    母の作る たけのこご飯は、味は薄いのですがタケノコ本来の味がしっかり際立っていて美味しかったなあ。
    私が作ると、だしのあじはするのに、タケノコの風味がとんでしまうんです。
    タケノコ掘るところからやっているのになあ。

    あ、ちなみに母は、生きてます。

    認知症でもう作ってもらえないのです。

    ユーザーID:8869268354

  • 横ですが、マグカップ様

    情報ありがとうございます。

    京都を離れて20年になります。

    夜鳴き屋やますたに等もおいしかったですが、

    飲み会の後の長浜ラーメンは格別でした。

    看板に店名は書いてないと思うのですが、

    確か「みよし」だったと思います。

    ユーザーID:9811744763

  • ゲベッケンのチョコボール

    学生時代ゲベッケン(パン、ケーキの店)で売っていた「チョコボール」。
    しっとり、ずっしりしていてとても美味しかったです。

    問合せたところ「材料が手に入らなくなって作っていない?!。」そう。

    仕方ないので、違うけど「ラムボール」をお取り寄せしています。

    ユーザーID:5033602873

  • 『いもや』 半愚漫さんへ

    「いもや」さんは、浅草橋で食べられますよ!。白い暖簾も、厨房の配置も、白木のカウンターも、しじみの味噌汁も同じです。もちろん、か〜るく揚がった美味しいトンカツも。

    JR浅草橋駅or馬喰町駅下車。
    エトワール海渡さんの裏側です。昼時は、やはり混んでます。先日は昼の12時半で10人待ちでした。最近はネットの影響か?、韓国や中国の人達もチラホラ見かけます。

    イチオシは、とんかつ定食(ロース)だね。

    ユーザーID:4322250725

  • 京都の

    母親の弟が1970年代当時、働いていた京都『平川風月堂』の、『和クッキー』だったでしょうか?
    丸い真中に、『細長く硬い砂糖』と、もう一つは『干しぶどう』の。
    『御中元』『お歳暮』に貰ってて、兄と『オヤツ』でした‥懐かしい…
    ‥『金沢』のメーカーで、似た『干しぶどう』のモノを見かけ、思い出しました。

    ユーザーID:0737295837

  • 黄色のカレーライス

    ぼたもちとは、餅米と飯米を半々か、6対4くらいで蒸して潰した
    あんこ餅の事ですよね?
    米の割合によって味も変わりますね。
    餡も豆と砂糖の割合が難しい。
    お母さんは憶えておられませんか?

    私の祖母も美味しいぼた餅作ってくれました。
    それから、黄色いカレーライス!
    昔は祖母が食事の用意をしてくれてました。
    ハイカラなメニューといえば、カレーライスでした。
    美味しかったなぁ〜。
    部活帰りは、三杯くらいは食べてました(笑)

    余談ですが、
    我が家(関西)では、ぼた餅のごはんを潰す時
    「半殺しにしてな」って言います。
    全部つぶさずに、米の形が半分残る様に潰すって事ですけど
    ぶっそうな言い方でしょう(笑)
    こんな言い方、他の地域では言わないでしょうねぇ???

    ユーザーID:0133290457

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