【PR】あなたの「もう一度行きたい、思い出の家族旅行」を教えてください!

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編集部

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今でも覚えている、懐かしい家族旅行。
その時のエピソードや出来事は、大切な思い出の一つではないでしょうか。

そこでみなさんに質問です!
あなたの「もう一度行きたい、思い出の家族旅行」を教えてください!

例えば、
「夏は九十九里で海水浴」
「上高地でハイキング」
「冬休みにニセコでスキー教室」
「別府温泉で海の幸と温泉三昧」
「大曲で迫力の花火大会を鑑賞」
…などなど!
大人になってから巡る思い出の旅は、一体どんな旅になるのでしょうか。
皆さんの投稿をお待ちしております!

※旅の情報サイト「たび小町」はこちら。
※このトピへ寄せられたレスは、「たび小町」の中で紹介させていただく場合があります。

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  • 別府温泉のパイナップル

    かれこれ40年以上前、幼稚園児くらいの若干あいまいな記憶ですが、別府温泉で食べたパイナップルが忘れられません。
    確か、街中に小さな屋台のようなものがあちこちにあって、割り箸に刺した四つ切りぐらいのパイナップルを売っていたという記憶です。
    東南アジアの街で見かけるような感じだったと思います。

    当時長崎在住でしたが、家族4人のささやかな夏休みの1泊旅行でした。
    地獄めぐりをして汗をかいたあとに、兄と二人で頬張ったパイナップルが、甘酸っぱく、とても美味しかったです。
    ネットで調べてもそれらしいものが見当たらないので、今はそういうお店はないのでしょうか。
    どなたかご存知の方、教えていただければ幸いです。

    ユーザーID:0061110706

  • 丹後半島の海 と コンビーフ

    1964年 東京オリンピック後、急速に
    モータリゼーションが進んだ。
    私が 小学生の頃だ。
    ウチの親も車を 購入した。 初代カローラだ。
    夏休み その車で 初めて家族旅行に行った。

    丹後半島の旅。

    その時に見た日本海の美しさは、
    とんでもなく感激だったなぁ。

    阪神間の汚れた海しか知らなかったので、

    海 ってこんなに 美しいのか!!!
    なんて 美しいのか、と思った。

    水中メガネを買ってもらって、潜ると、
    さらに 感激。
    なんと 透明なのだ。

    休憩の時に 食べたのは、
    当時は 未だ普及していなかった、
    コンビーフ。
    生まれて初めて 食べた。
    美味かったなぁ。

    しかし、よく考えてみると、

    両親とも、運転免許とりたて。初心者だった。

    国道は未だ整備されていなくて、危険な箇所もあった。

    海水浴場も整備されておらず、
    危険な 岩場で 泳いでいたように思う。

    いかにも 昭和 だ。
    なんだか 懐かしい。

    ユーザーID:1804151425

  • たくさんの思い出がありますが

    四季折々、色々な所に連れて行ってもらいましたが、風景として一番印象に残っているのは山形の銀山温泉。
    あの有名な写真の場所の風景です。
    私が行ったのは45年前くらいだと思いますが、今の写真を見ても全く変わっていない。
    古き良き日本の温泉郷ですね。

    ユーザーID:5355819060

  • 軽井沢万平ホテル。

    主人と知り合って、45年前から、6月になると万平ホテルに行っていました。お正月が開けた頃、支配人から、今年のご予定は?と電話が入りました。ジョン・レノンさん達とも会いました。有名人が当たり前にいて、騒ぐ人もいないで、自然に過ごしました。経営母体が変わり、従業真の質が落ち、メインダイニングにチャーシュー麺が置かれるようになった頃から、足が遠のきました。息子が、離乳食に「コールドコンソメ」を飲み、大変気に入り、他のところでは、飲まなかったり、玄関上のお部屋に泊まったり、年寄りの愚痴。「昔は良かった」
    洞爺湖ウインザーホテル、昔の各地のプリンスホテル。日光金谷ホテル、などいいホテルがいっぱいありました。年取ってから、沖縄にはまりました。海外はもういいですが、国内はまた行きたいところがいっぱいあります。1人になり、足も悪くなかなか行けなくなりました。

    ユーザーID:7372513828

  • 決意の家族旅行

    あれは25年ほど前、北海道一周旅行に行きました。
    私は当時小学生、父(30代後半)が大腸がんになり、家族の想い出づくりにと決意の旅行だったと後に知りました。私をはじめ、下の兄弟2人(小2、小4)も家族全員でいく初めての北海道にワクワクしてとても楽しかったのを覚えています。
    摩周湖の美しさや十勝の雄大な自然、広大なラベンダー畑、どれも良い思い出です。

    その後、3度も別の癌にかかった父ですが、今も元気にしております。
    今となっては笑い話ですが、家族の最後の想い出作りにと計画したこの旅行、またみんなで行きたいです。

    ユーザーID:8415895065

  • 両親とのタイ旅行

    25年ほど前、祖母を送ってから両親とタイに旅行しました。弟が航空券を手配してくれて、当時バンコクに駐在中の商社マンの叔父が借りている一軒家にお世話になりました。

    叔父のガイドでカンボジアとの国境付近まで行ったのですが、果物がおいしかったことが忘れられません。まだ青いバナナが殊の外おいしかったこと。ランブータンやマンゴスチンなど熱帯の果物が豊富で安く手に入ったこと。ドリアンやパイナップルなども・・。

    当時、タイは高度経済成長のまっただ中で、エネルギーと活気にあふれていました。日本の国力も最高の頃(1990年代)。行く先々で大切に扱われて、ほんとうに忘れられない家族旅行となりました。

    ユーザーID:0634653145

  • 唯一、記憶に残る家族旅行

    行った事を覚えてるのはほぼ、湯の山温泉位。
    日本海に海水浴に行った記憶はありますが、鮮明ではないです。

    家族揃ってではないですが、叔母や叔父と母・兄と母の友人の別荘に行った事が
    確か、祖父も一緒だったような…
    信州の方で夏でも涼しかったですし、白樺湖や蓼科も良かったです。

    ユーザーID:4072462467

  • ず~っと、昔。『コテージ』

    家族みんなで、夫の車で。
    『運転は夫』なので、5~6時間で、到着の場所。
    近畿~『滋賀』『福井』『岐阜』『名古屋』辺り。
    人数は多いので『コテージ』。
    『アレルギー』で、汗を掻くと酷くなるから『冷房付き』。
    夏休み、2回。3ヶ月前、朝9時必死!!の予約電話。
    大概『バーベキュー』、『現地の、お肉!』
    『七輪』を買い、玄関に『可愛い袋』に入れてたら『邪魔』っと避け…
    ‥到着し、夕方の火起こし!『無い!!』煉瓦を積んで代用。

    新品のキャリーバッグ、楽しみにルンルン、部屋の廊下コロコロ。
    「持ってくわ」と、夫。車のトランクに『バキッ』取手の折れる音。ほんの3メートルしか使ってない(涙)

    ちょい遠出『福井』
    大雨!慌てバーベキュー片付け。
    狭い!市営のバス。アコーディオンカーテン。泣けそ。
    皆でコミック回し読みの、夜に。
    次の日は晴れ、蓮子池が綺麗。蓮子飴。ハス茶。

    滋賀は、朽木に。…‥花火、煙りで末っ子喘息に。熱も出、『こどもの国』とか記憶にないと(涙)

    岐阜。そびえる山々が高いね~と。夜の長良川『鵜飼』の篝火が、川面に、綺麗。。親子6人で初めての、旅館。

    明治村。夫、『機関車』に、財布を落としドキッ。夜は『味噌カツ』。それ以降『味噌カツファンに。
    名古屋城、金のシャチホコ。階段の石の大きいこと。エレベーターに、ビックリ。。美術館!?行って良かった~!

    兵庫の上郡『カブトムシ』を貰った…
    「有難うございます!」。「夜中、ガサG!の出現」と息子…親が飼育。
    市島。『猪威し』が、1時間毎の音響に!!気が抜けない。
    ステキなコテージ。屋根続きで、天井から隣の話し声が合い朝の3時まで…‥
    朝『筍掘り体験』を‥「筍、持って行き~」と。
    和知町の『志布志』冷んやり鍾乳洞。

    岡山。抽選券で『後楽園』
    平日オリーブ園休み、『日本で二番目に美味しいアイス』気になる。

    ユーザーID:1201068789

  • 家族旅行は苦手です

    親がじっくりものを見るということができなくて
    どこに行ってもスタコラ歩くだけ。
    東京旅行で何故かゲームセンターに行ったりするし、
    面白いと思えなかった。
    子供じゃ好きな場所にも行けない。

    大人になって1人で旅行して
    初めて自分が旅行好きなことに気づきました。
    大人になったら今度は親のガイド役になってしまうので
    それはそれで疲れるだけです。
    1人が最高です。
    誰かと行くのなら、教養が同程度で、
    価値観・旅スタイルが合う友人と行きます。

    ユーザーID:1585722321

  • じいちゃんとばあちゃんと伊勢神宮

    うちの両親は共働きで、私が小学生の頃は祖父母に面倒をみてもらっていました。家族旅行の思い出というと、祖父母と姉と一緒に行った伊勢神宮への一泊旅行でしょうか。(子供に伊勢神宮は渋いですけど、笑)

    夏休みにどこにも連れて行ってもらえないと私が駄々をこねたら、しかたなく祖父母が重い腰をあげてくれました。その時、姉とおこづかいを出し合って、仕事で行けなかった両親にお守りを買って帰りました。実は当時のこと、私はあまり覚えていなかったのですが、母は今でもそのお守りのことをうれしそうに話します。

    今度は、リタイヤした両親を連れて伊勢神宮に行こうかな。まだ元気なうちに。

    ユーザーID:4816224536

  • 長野の温泉

    小学校の頃、毎年の夏休みに長野へ旅行に行きました。
    父親がとても忙しい人だったので、家族旅行は皆の一大イベントでした。
    当時、よく利用していたのは温泉プール付きのホテル。
    色々な種類の温泉があり、夢中になって入りました。
    温泉コンプリート2.5週目にして鼻血を出し、それでも入ろうとする私を見て両親が笑っていたのを覚えています。

    いま家族旅行に行くとしたら、皆で美味しいご飯を食べて、のんびり過ごしたいです。
    家族と一緒に過ごせる時間を大切にしたいと思います。

    ユーザーID:1978784641

  • 沼津の千本浜

    まだ自分が4歳くらいで、
    父母に護られながら安心して過ごしていた毎日、
    そんな中で昔住んでいた家のすぐそばの千本浜は一番幸せな思い出が詰まった場所です。
    何をしたって思い出ではないけれど、
    松の匂いや、親に手を引かれながら松原をぬけて、海が見えてくる瞬間のワクワクの記憶は、しっかりと焼きついています。
    両親も育児に追われつつも、いい時だったみたいで
    沼津の話になると思い出話に花が咲きます。
    また行きたいね、というものの両親は70半ば、私は子供も小さく運転に自信なし。
    でも一度、両親と訪れて、子供に戻ってみたいです。

    ユーザーID:1100507455

  • 冬は囲炉裏のある民宿に泊まり、スキー三昧

    父母とも、医者でした。私が小さい頃、二人ともまだ30代で休みが少なく、冬休みが取れると、2ー3日から3ー4日しっかり家族旅行しました。父母とも、もうなくなってしまいましたが、子供達と過ごす時間をいつも考えてくれて、とても嬉しかったです。

    私が小学校の頃は、冬も夏もやることも行く場所もほぼ同じ。冬は、あまり有名でもないこじんまりとした場所のスキー場で、スキー三昧。父がコーチです。いつも宿泊していた民宿には、大きな囲炉裏があって、都会っ子の私にはとても珍しく、スキーから戻りお風呂に入り、夕食までの間は、いつもこの囲炉裏を囲んで、私と同年代の民宿の男の子と遊んでました。カードゲームが多かったかな。スキーも小学校の低学年までは、たまに教えてもらってました。でも、高学年になるとお互い恥ずかしくて、少しずつ距離ができました。囲炉裏を囲んで食べる、山菜や、山のものがとっても美味しかったです。暖いオレンジ色の火がとても優しかったです。年越しは、いつもこの民宿でしてました。お雑煮も美味しかったです。

    いまでもその民宿があるのかは解りません。タイムマシーンでその時に戻りたいです。子供思いだった両親に感謝です。

    ユーザーID:2253808374

  • 母とふたりで北海道の温泉へ

    母の出身地が北海道だったこともあり、毎年夏休みに北海道に旅行へ行っていました。
    その中でもとくに「定山渓温泉」に母とふたりで行ったことが印象に残っています。
    ソフトクリームを片手に温泉街を散歩して、
    無料で入ることができる足湯が定山渓にはいくつもあったので
    疲れたらそこでゆったりリラックス…。

    夏の北海道の空気は湿気も少なく、とてもさわやかな香りがしたことを今でも覚えています。時間があれば、あの時のようにもう一度ゆったり北海道の温泉めぐりをしてみたいものです。

    ユーザーID:1508185822

  • 観光地の 土産について 想う

    29日付け、、みーたん様のご投稿

    >子供に伊勢神宮は渋いですけど、笑

    なるほど、たしかに 神社仏閣は 『渋い』。(笑)

    神社は、
    昭和時代の 小学校の修学旅行の定番だ。
    『二十四の瞳』でも修学旅行は こんぴらさん
    だったような気がする。


    >母は今でもそのお守りのことをうれしそうに話。

    これにも、ほのぼのと和む。
    そして、なんだか ほっこりする。


    旅行の 『おみやげ』について ふと想った。

    俗に よく聞くのは、
    >観光地の 土産 は ろくなものはない。

    その 真偽はわからないが、
    確かなのは、
    真心が篭った土産は 確かにあるのだな、、と。

    ユーザーID:1804151425

  • 北海道に行きたい


    現在18歳の子どもが1歳半の時に、フェリーを使って北海道に旅行に行きました。

    何処に行っても、とにかく広い。

    水がおいしい。

    食べ物もおいしい。

    景色が美しすぎる。

    子ども達が結婚する前に、家族でもう一度訪れてみたいです。

    ユーザーID:2431276741

  • 京都

    母が京都出身で、夏と冬によく一緒におばあちゃんのいる京都に行きました。

    夏は、お盆の最後に真っ赤に染まる大文字焼きが主な行事。おばあちゃんの家のお風呂が小さいので、近所の銭湯へ。銭湯の後、隣の店で、冷やし飴という、生姜と蜂蜜を混ぜたような冷たい飲み物をゴクゴク飲んで、暑さを冷ます。本当に美味しかったです。

    冬は、お正月の食材調達で、錦の市場へ。年末の買い物客で大にぎわい。その頃は観光客はいなかったです。いつも母が買うのは、棒鱈という京都ならではの干した魚。それを家で、甘辛く煮た煮物が、子供の頃大好きでした。

    食に関する思い出って、脳に焼き付いていますね。

    冷やし飴と棒鱈が懐かしいです。

    ユーザーID:2253808374

  • 8月末の登別温泉+地獄谷+鬼火祭り

    ある夏にしばらく札幌で過ごしていました。週末に車を借りて旅行することになり洞爺湖〜登別と旅行しました。どちらかと言うと洞爺湖がメインでこちらに宿泊。湖で花火大会もあってホテルでもリラックスできました。

    翌日チェックアウト後、登別の地獄谷と日帰り温泉に立ち寄る計画でした。登別に着いてはじめてその週末に地元のお祭りがあると知り、せっかくなのでお祭りも楽しむ事に。

    迫力のある鬼の山車(幼児が泣いてしまうような)に続く地元の方々による鬼火音頭に合わせた盆踊り兼練り歩きは、最高に盛り上がり楽しかったです。
    老若男女問わず、皆さんグループごとに鬼の格好をしていたり、顔を黒く塗っていたりで嗜好を凝らしておりお祭りを心から楽しんでいる様子でした。その時のビデオを観ると、瞬時にあの時の高揚した気持ちになります。

    締めとして地獄谷で見事な花火大会も催されました。「観光スポットである地獄谷で花火鑑賞できる」って何か単純にスゴイなと思ってしまいました。これもコラボの一種みたいな。。 

    偶然出会ったお祭りだったので本当にサプライズでした。お蔭様で私達家族にとって忘れられない特別な旅となりました。

    ユーザーID:2828222674

  • オーストラリアへもう一度

    25年ほど前に、意を決して家族で初めての海外旅行をしました。
    私達夫婦は新婚旅行も国内でしたので、どこかで一度海外に行ってみたかったのです。
    当時子どもは幼稚園年長と、1歳10ヶ月のふたり。
    行先は時差も考えて、オーストラリアへ。気候は春秋。
    日程はたっぷり9日間。できるだけフリータイムを多くして、滞在型に。
    子どもの体調を見ながら、現地では遊園地や動物園に日帰りバスツアーなどを利用して行きました。
    子どもたちは
    カンガルーやコアラと触れ合い(というよりもカンガルーに遊ばれ)、ロリキートにえさをやり、
    オペラハウスの壁を滑り台にして遊び(今では絶対にできないが当時は許可されていた)、
    お店でアイスクリームを英語で頼んで通じたり、
    ホテルのルームサービスでサンドイッチを頼めば何人前かと思うような量だったり、
    スーパーマーケットで買った半カットのスイカをスプーンですくって食べたり‥
    子ども中心の旅でしたが、日本ではできないことばかりで、本当に楽しい旅でした。
    子どもたちは飛行機でもグッズをいただき騒がず静かにしていられて、安心しました。(あやし用にお気に入りのオモチャは持って行きました)

    今はもう社会人となった子どもたち。思い立ったらどこへでもひとりで行っています。たまには親と旅行しようよ。

    ユーザーID:5694883534

  • もともとは

    小学生途中まで大阪在住だった。父母とも実家は東京だった。だから、毎年のように東京と大阪を新幹線で往復していた。ずっと昔、最初に登場した0系だった時代の頃である。
    したがって、その往復が唯一の家族旅行だったようなもので、それ以外の類はまずなかった。日帰りで遊園地に家族揃ってというのは何度かある。

    東京に引っ越して上記のような往復は必然的になくなった。しかし、やっぱり自分の楽しみは列車の移動そのものだった。だから、旅行したいといつも思って、中学二年の夏休みで初めて関西方面に各駅停車で出かけた。ただし、帰りは父親と一緒の新幹線であった。

    次の中三での夏休みも似たような類であったが、このときは母親と妹で中国地方まで行った。仕事の関係でまた大阪からの新幹線で父が加わって帰京した。これが唯一の本格的な家族旅行だったようなものだが、記録的に親といっしょに新幹線に乗ったのはこれが最後になってしまった。その後は修学旅行だったり、部活の合宿だったりのほか、主に一人旅になった。親も病気になって遠出する機会がなくなり、勿論受験などあったから家族旅行の機会はまずなくなっていまは両親とも故人である。

    何年か前、青梅鉄道公園にあった新幹線の0系車内に入る機会があった。もういまの新幹線には走っていない、子供の頃はこの座席で毎年往復していたんだなと懐かしい思いにかられて眠ってしまった。実はあるレクリェーションの参加中で自由行動の時だったが、このために集合時刻に遅れそうになった。携帯電話に呼び出しがかかって夢から目覚めた。

    ユーザーID:7900402647

  • 「ねじゃ!」

    転勤で青森に引っ越し、その夏 日本海側の西海岸に家族でドライブ。千畳敷で透明度の高い海を見て子供たちと 釣りをする事を思いたち、近くの売店に「竿はないか」 と子供と一緒に聞いたところ、売店のおばさんに「ねじゃ!」 (無い)と怒られました、皆 同じ事を聞いていたのでしょう。その後、鯵ケ沢で 下の子が車の中から「あそこにブサイクな犬いる」と言いだし、降りて犬を見るついでにイカ焼きを買いました。この犬が後て有名になった「ワサオ」君でした。……車を走らせ約20分 うしろに乗っている 妻と子供たちが大人しく静かです、「寝たか」と思って振り向いた瞬間!! イカ焼きを口にほうばった3人の顔がありました。3人からは「お父さんには耳と足を残しといたよ」と口をそろえて云われてしまいました。胴の部分 食いたかったのに!!

    ユーザーID:2458573370

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