大人になっても忘れられない一言

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編集部

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発言小町ユーザーのみなさん、こんにちは。「読売中高生新聞」編集室です。

大人の本音を10代に伝える読売中高生新聞の連載「オトナの本音アワー」。中高生が抱える素朴な疑問や悩みについて、この掲示板で小町ユーザーのみなさんから意見を頂き、紙面で10代向けに紹介していきます。親や教師からはなかなか聞けない、オトナの本音を教えてください。

今回のテーマは「大人になっても忘れられない一言」
中高生の時期は何かと多感なお年頃。先生から何げなく言われた一言がきっかけで今の職業に就いた経験や、今考えれば大したことではないのに、当時、親に言われてショックを受けた出来事など、大人になってからも忘れられない一言についてお聞きしたいと思います。笑い転げた友達の一言など“笑撃”のエピソードもお寄せ下さい。

※投稿の際は、ご意見とともに、お住まいの地方、年代、性別を記載してください。
※ご意見の一部は、読売中高生新聞(http://www.yomiuri.co.jp/teen/)で転載させていただくことがあります。

ユーザーID:6902527567

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  • 父からの言葉

    私が中学生の時に(40年も前の事です)
    今はお金を払えば何でも買えるけど
    教養だけは買うことは出来ない。
    本を読みなさい、大学に行って沢山勉強しなさい。と中学しか出ていない読書家の父親が
    一生懸命働いて、私を大学に行かせてくれました。
    お父さん ありがとう
    今もこの言葉に支えられてます

    ユーザーID:0761657789

  • 忘れられない一言。

    黙ってたら、可愛いのに。
    おバカが、ばれるから、あんまり、喋らない方がいいよ。と会社で言われました。今思うと…。笑えないです。が、その時は、全く気にしなりませんでした。だって、周りのひとの表情は、笑顔でしたから。

    ユーザーID:2254435806

  • 父の衝撃発言

    50代、女性、中国地方在住です。

    たぶん、12〜13歳の頃、父が放った一言を今でも忘れません。

    父が言うには、自分の姉(私の伯母)に、私の容姿について質問されたそうです。

    「父親のあなたに似てれば美人でしょうね。」と言われたので、

    「いいや。カモミールはブスだよ。」

    とはっきり答えた、とのこと。

    笑って話す父の姿を今でも覚えています。

    ぜ〜〜〜〜〜〜〜ったいに、許しません!!!

    年頃の娘が傷つくかも、という気遣いさえできない人でした。

    80を超えた父ですが、今でも感性が宇宙人です。

    ユーザーID:0985937077

  • 人生を変えた一言

    母親に対して父親が吐いた一言

    「誰に食わせて貰ってんだ!文句あるなら出て行け!」

    父親に対して母親が言った一言

    「肌着破けたから買っても良い?」

    この一言で一生結婚しないでひとりで生きて行く事を決めました。生まれて半世紀ずっと独身を貫いてます。

    ユーザーID:5031494642

  • 中学生の時

    ある日、校内の階段を降りていた時、普段は何も置いていない殺風景な踊り場に活け花が飾ってありました。それを見て私は思わず「あ、きれい!」と叫んだのでした。すると後ろから
    「あなたの心もね」と声が。
    驚いて振り向くと後ろに女の先生が微笑んでいらっしゃいました。
    確か音楽の先生だったと思います。当時教わっていた先生ではなかった為、名前もわからず、顔も思い出せません。でもその先生から掛けられた思わぬ言葉が嬉しくて、今でもずっと心に残っています。

    ユーザーID:1879764683

  • 中学ん時

    私はオタクで絵を描いたりマンガ読んだりするのが好きだったのですが
    中学の同級生(同部活、ちなみにバレー部。文化部がなかったので)に
    マンガ描く人にブスが多いのって本当だねと私に向かって言った事。

    別に傷つかなかったし、そうかもねとも思ったけど
    未だに忘れられない(笑)
    今思うとすごい事言う人ですよねぇ。

    彼女、口が過ぎるキツイ人だったけど中3になったら色気づいて
    すんごい大人しくなった。実はこれが一番衝撃的だった。
    自分が言って来た事やって来たこと忘れてんのかな〜〜って。

    嫌いな人でもなかったけど苦手だったな。ハハハ

    ユーザーID:5520390788

  • 中学の恩師の言葉

    卒業式終了後の教室での最後の話だったと記憶しています。
    担任は野球部の顧問もしていました。
    これからの人生でフィルダースチョイスをおかさないように
    というような話だったのを覚えています。
    大体先生の話というのは大概忘れてしまうものだと思いますが、
    これだけはなぜか頭にあるのです。
    ちなみに私はフィルダースチョイスしまくりの人生のような気がします。

    ユーザーID:3344665548

  • 一生忘れられない

    50代 女性

    中学生の時、体育の時間、教室には誰もいない。
    そこを狙われ、他のクラスの男子問題児にお金を盗まれた。
    たまたま、犯行を目撃した生徒がいて、お金は戻って来た。
    盗んだ生徒から私へ、謝らせなかった担任。
    その担任は、私に「お金を学校へ持ってきたお前が悪い!」と。
    絶句して、次の日、抗議の為に休んだ。
    すると、私の親が呼び出された。
    こんな学校行きたくなかったけれど、
    問題児と問題児を庇う教師のせいで、
    自分が勉強する機会を奪われるのも嫌だった。

    中学生だった私でさえ、この考え方だったら、
    銀行強盗しても、銀行にお金がおいている銀行が悪い。
    殺人犯なら、生きている被害者が悪い。
    ってことになるじゃないか!!と思った。
    お金を盗った生徒と、担任の名前は忘れたくても忘れられません。

    校内のルールと、社会のルールが乖離しているのであれば、
    バカな問題児は、混乱し納得できないだろう。

    社会でも通用するルールにしない日本教育だからこそ、
    未だに、教師側が隠していてニュースになっていると思います。

    ユーザーID:9503767146

  • それは 君たちが やるんだよ

    私(61・男)が小学生時代、当時クラス仲間の間では、

    「将来は 壁掛テレビ 電子辞典 自動運転 今では夢のようなことが実現するよ」

    と話していたら、それを聞いていた先生が、

    「それを実現させるのは 君たちの世代だよ 君たちが これから将来就職してそのようなことを研究・開発・計画・市場調査・販売・普及・・・させていくんだよ 私 (当時の先生) たちの世代はもう将来は高齢者になってるから、君たちが将来活躍して日本を、世界をリードさせていくんだよ」

    とよく言われたものでした。今思えば当時の先生がおっしゃられたとおりになった。私もその一人でした。仲間が集まれば以前は夢のようなことが本当に実現できるんです。

    高校時代、授業が理解できず先生から参考書を紹介されたものでしたが、

    「君たち どうしたらいいと思う わかりやすい参考書なんて そう簡単に見つけられないし、複数の参考書を買って 必要なところを読めばいいわけですけれど それでは本が増えてしまうし 高価ですね」

    「一番いい方法は それは君たち自身が自分で 本を執筆・出版することだよ 専門書を取り扱ってる書店で 自分に合った本が見つけられることなんて まずないと思いなさい それでしかたなく数冊の本を買うことになってしまうんです」

    「本なんて安いもんだよ 自分の部屋に例えば物理学書が10冊あったとしたら、いつも自分の部屋に 10人の物理学教授がいるのと同じだよ 大学へ行くより安いんだよ」

    ということをよく忠告されたもので、それで我が家には 数学書・物理学書だけで 2000冊もなってしまいました。

    ユーザーID:7808958892

  • 女の敵は女

    60代、女性、北陸在住です。

    中学の家庭科の授業で、女性教師から言われました。
    「じつは、女の足を引っ張るのは女。女の敵は女なんですよ。」
    当時は大人の事情みたいなドキッとする発言に驚きましたが、

    大人になって思い返すと、
    まったくその通りだなあ、と考えます。

    ユーザーID:5000040524

  • おじいちゃん先生の言葉

    小学校4年生の時、担任が産休に入ったため
    代替要員として、かなりおじいちゃんの先生が来ました。

    とても優しい先生でした。

    その先生が、最終日に黒板に書いた言葉。

    「一に、健康。
     二に、心。
     三に、知性を磨くこと。」

    大人になって子供が産まれ、まったくその通りだと思います。

    ユーザーID:8348280409

  • 50代女性

    50代女性です。
    高校生の時、二者面談(進路相談かな?)の時に言われた言葉です。
    「もっと自分を大切に生きなさい」
    イロイロ(家庭の事、育ちの事など)とあり、グレてはいないかったけれど
    投げやりで、やる気がなく地味な生徒だった私です。
    問題起こしてないからいいでしょ〜私なんて〜という感じ。
    言われた直後は、「自分を大切に」・・・自分を甘やかす?わがままになる?
    ・・・と感じてしまい、すぐにはその意味が理解できずにいました。
    自己肯定感の低い、生きながら死んでるような、その自覚さえも低い
    私を見抜いてくれていたんですね。
    大事な時は、なぜかその言葉を思い出し、頑張れる自分がいました。
    もう、その担任の先生は亡くなりました。ありがとうございました。

    ユーザーID:2452424267

  • 私に対してだけ…

    中学生の頃、科学部だった私。

    勉強にも熱心で、評価が高かったからか、理科の授業で分からないことを質問したら、教師に
    「あなたともあろう人が(そんなことも分からないのかというニュアンス)!」と言われました。

    私じゃなければ普通に答えてくれたんだと思います。
    思いがけないタイミングで"ガッカリ"という態度を取られて、真面目が損する世界だと思いました。


    暗くなってしまったのでうれしかった話をすると、
    小学生の頃だったかな?家(一軒家)の2階から階段を降りるとき、近くにクイックルワイパーがあったので
    ついでに階段のホコリを掃除しながら降りていきました。
    階段の下には物音に気付いた母親が様子を見に来ており、目が合うと「もう、ミオったら〜!」とすごく嬉しそうな顔をしてくれました。
    そんな母親がかわいらしく、また嬉しく思ったことを覚えています。

    ユーザーID:0820480717

  • 思い出と共に

    あれは二十歳になったばかりの冬でした。

    なぜか急に祖母に会いたくなり、父に頼んで車を出してもらいました。

    高校生になると部活や友達との約束を優先していたので、4年ぶりです。

    祖母はとても喜んでくれました。

    美味しいと評判のお蕎麦屋さんに行った帰りに、足をのばして山頂公園に行きました。

    展望台で景色を眺めながら、祖母が言ったんです。

    「立派な人になってね」

    って。

    衝撃の一言でした。

    頑張ったね、えらいね、良くできたね、など褒めたり励ますものではなく、人生を見据えた言葉だったからだと思います。

    生きざまを問われたような気がしたんです。

    それから半年ほどして祖母は亡くなりました。

    あの言葉は、あの景色と共に心に焼き付き、今でも私を導いてくれています。

    ユーザーID:8596536609

  • 小3の担任の先生

    「笑顔がピカイチ!」

    小学校3年生の時、担任の先生が言ってくださった言葉です。


    勉強はダメだし、やることは遅いし、すぐぼんやりして授業もあまり聞いていない私でしたが、先生はその私の笑顔が「ピカイチ」だと言ってくださいました。


    今、紆余曲折を経て、同じ職業(教えている対象年齢はもう少し上ですが)に就いています。教師の一言は良くも悪くも生徒の心に大きな影響を与えるのだと、あの一言を思い出しながら、日々生徒に接しています。

    先生、あの時は本当にありがとうございました。先生のように、生徒の良いところを1つでもたくさん見つけられる教師になれるよう、これからも精進していきます。

    ユーザーID:1580590181

  • 高校の担任の先生から言われた言葉です

    損得ではなく、善悪で物事を考える大人になりなさい

    何をするのにも要領がよく、そつなくこなせてしまう、そんな子供でした。ずる賢いところがあった私の性格を見抜いていた担任の先生の言葉は、当時の私の心にとても響きました。いまでもたまにこの言葉を思い出します。

    ユーザーID:6787652269

  • 一生の宝物です

    それぞれ大学時代に教授たちに言われた言葉です。

    「世間は鬼ばかりじゃないよ」

    「あなたの後の人生のために」


    私は不幸な家庭環境に育ったので、そう言われてショックを受け家に帰ってから泣きました。
    私のためにそう言ってくれる人がいるということ、動いてくれる人がいるということ、考えたことも無くて本当に驚きました。

    ユーザーID:0593714990

  • 郷関を出でる夕べに

    九州出身・関西在住 66歳男

    『どげなおなごでん、親がおっとやど。親ん気持っ思えば、おなごグレをすんなよ』

    標準語への意訳⇒『どんな女の子にでも、親は居るのだぞ。親の気持ちを思えば、女の子をもて遊ぶな』

    一浪後、大学進学にて郷里を出ずる前日の夕べ、父が晩酌の席の傍らに私を座らせて、言った一言。仕事一筋の職人気質で、寡黙な父も勇を奮って、語り掛けた一言だったと思います。

    元来、女性が苦手で弄ぶどころか、お付き合いさえも難しい性格と、自認していました。

    然しながら、花にも咲くべき時が有る様に、田舎男の細やかな人生にも、唯一のモテ期が到来し、いろいろな方からお声を掛けられて、思わずイイ気に成ったり、思春期のリビドー已み難く、途を誤りそうに成りました。

    しかし、心の深奥に染みついた『父の言葉』に、セルフコントロールされ、やがて訪れる妻とのご縁。もう結婚42年目を迎えていますが、宝とも思い感謝する良妻との出会いは、父との約束を守ったが故と、信じて感謝しております。

    ユーザーID:1872470326

  • 廊下を掃除していたら

    「隣の教室の前(2メートル先位)まで掃くのですよ。風でゴミが飛んできたりするでしょ?」

    その時は、うちのクラスの掃除範囲じゃないのに、何故?と良くわかりませんでしたが、
    大人になって、家の前の掃除をする際は、その言葉を思い出して、お隣の家の前まで掃除するようになりました。

    あともう一つ
    「悪い事をしたら、神様が見ていますよ」

    本当に神様が見ているの?と、良くわかりませんでしたが、大人になって、ちょこっと悪い事をしようかと悪魔が囁くたびにこの言葉が心に響くので、それ以降、後ろめたいことは出来なくなりました。

    ユーザーID:8291127356

  • 中学の卒業式に

    校長先生が言った言葉です。
    未だに忘れません。

    人には耳糞 鼻くそ 尻糞 目糞があるが
    心には何糞!と言う気を持ちなさい。
    人生開けますと。
    めげそうになったとき助けられた言葉です。

    ユーザーID:9001161530

  • 「何事ももう遅いという事はない」

    短大2年の就活時に先生に言われた言葉です。

    「いいか、もう遅いってことは絶対ないから。これは就活に限らないから。」

    おかげさまで、大した学歴もないこしかけ一般職の女子でしたが、その後も色々自力で勉強したり資格をとったりして、結婚退職が当たり前だった時代に、結婚しても子どもを持ってもずっとフルタイムで働き続けてこられました。

    既にアラフィフですが、もう歳かな、始めるには遅いかなと思いそうになるたびに思い出す言葉です。

    ユーザーID:3525931209

  • 言葉は凶器ともなるが生きる糧ともなる

    中学生の時に
    「お前は生きてる意味がない」と
    同級生の女の子に言われ続けてきました。
    人に向かって言う言葉じゃない事も、
    洗脳されるほど、毎日言われ続けました。

    担任に相談しても
    担任の前では優等生なその子…
    当然、暴言は続きました。
    担任の計らいで2、3年生はクラスも遠くにしてくれました。

    そんな私でも結婚をして、子供を授かりました。
    子供たちの屈託のない笑顔を見て思い出した言葉…
    「笑っても1日、泣いても1日。笑って過ごしたほうがいいでしょう」と言う
    母の言葉でした。

    そして、子供が通う学校の校長先生から直々に頂いたお言葉。
    「ももさんの笑顔は、周りの人を明るくしますね。道しるべとなっていますね。
    お子さんたちも、お母さんにそっくりですよ。この母にこの子ありです。」と。
    その言葉でポロポロと泣けてきました。
    校長先生に辛かった事を打ち明けたら
    「ももさんのその経験は、本当に辛かったですね。
    でも、そのことがあったからこそ、今があるのです。
    辛い経験も自分の物。
    辛いことがあって、お母さんからの言葉があったのでしょう。
    『経験は宝なり』ですよ。」

    今の私は、自分は生きる意味がない人間だと思っていません。

    生きる意味がない人間は、この世に存在しないのですから。

    ユーザーID:5569583692

  • 人生を変えた言葉、支えた言葉

    北海道在住、40代、女性です

    小学校を卒業する時に担任の先生から

    「とんとんは運動は捨ててペーパーテストで頑張りなさい」

    当時、真面目で運動神経ゼロの私には衝撃的な言葉でしたが
    母親になった今、同じく運動神経ゼロのわが子に
    「大丈夫!進学や就職に運動はそんなに必要じゃない」と言って励ましています

    高校3年生の面談で担任の先生から母へ

    「お嬢さんを進学させるのはお金をドブに捨てるようなものですよ」

    かなり素行が悪かったので言われても仕方がありませんが
    その後色々と実績をあげて見返したつもりです

    私が自分を否定しないで済んだのは小学校の先生の言葉
    反骨精神は高校の先生の暴言

    あと詳細は書けませんが父から言われた
    「身の程を知れ!!!」
    この言葉は何かある度に私の脳裏をかすめ良い戒めになっています

    これらによって変わり支えられ今日があると思っています
    大人の言葉はありがたい!
    私も支えになる言葉を未来ある若者に伝えられていると良いな

    ユーザーID:7329971394

  • あんはや様と似ていますが

    「土地やお金などは、失ってしまうこともあるけれど、あなたの身についたものだけは、誰も取り上げることができない」

    躾に厳しい両親でした。礼儀作法から日常の立ち居振る舞いまでことあるごとにチェックが入り、
    「どこへ出しても恥ずかしくないように」と、言われて育ちました。
    学歴・お稽古事に関しても同じくで、おかげさまで周囲からは一目置いて頂ける程度の学歴と
    ちょっとお小遣い稼ぎができるくらいのお稽古ごとの資格も持っています。

    うちの両親は、ともに戦前生まれで10代の多感な時期に第二次世界大戦を経験し、終戦を迎えています。
    終戦後に今まで習ってきたことが間違いだったといわれたり、土地からなにから財産のすべてを
    理不尽に失ってしまう人を目の当たりにしたりしてきた経験から、最後に頼れるのは自分自身だけという
    意識を強く持ったのだろうと思います。

    とはいえ、確かにそれはそうだなあと思いますので、自分の子供であったり資格取得に挑んでいる
    若い人たちには同じことを言ってしまいますね。
    「頑張りなさい。身についたものは、取り上げられることがないんだから。」って。

    ユーザーID:9699383043

  • 今でも中学校の同級生と仲が良いです

    団塊Jr世代です(40代)

    中学生になりたての頃
    母から「友達を選びなさい」と言われて大泣きしました
    (あまり素行の悪い友達とは付き合うな)

    その頃は、学校の友達と家族が自分の中での人間関係の全部だったので

    自分の大好きな母が
    自分の大好きな友達を否定した事にショックを受けました

    だんだん大人になるにつれ
    自分の世界が広がって母の言っている意味がわかりましたが

    後は
    団塊世代の数学教師が

    「僕ら団塊世代と君ら団塊Jr世代は、兎に角
     人数が多い!死ぬまで競争だよ!ハハハハ」と

    笑いながら言われたので
    妙に納得してしまい

    1番は目指してないけれども
    人並みに生きるためにはコツコツ努力しなければなぁーと
    思うようになりました

    ユーザーID:6405421754

  • 社長の一言

     とある会社で、そこそこの地位まで行きましたが、任された新しいプロジェクトがうまくいかず、退社しました。
     再就職で何社か面接しましたが、うまくいかず自信を喪失していました。
     5〜6社目ぐらいだったでしょうか。従業員100人ほどの企業で、面接官はその会社の社長でした。その社長の私にかけてくれた一言「あなたのような方が応募してくれるのを待っていたんです」

     就活で悩んでいた娘にも「お前が応募するのを待っている会社が必ずある」と励ましました。
     後日、就職が決まった娘から言われました。お父さんから言われたあの言葉がとてもうれしかった、と。

    ユーザーID:0024308802

  • 今も昔も耳の痛いこと

    なんだろう?その時は「それ、私のこと勘違いしてる。そんなことない」って
    いうことです。

    違うと思ったくせに、妙に記憶に残っている。

    何年かたって、下手をするともう成人してからぶち当たった壁や失敗、トラブルで
    また思い出されるんです。
    「あの時指摘された私の特徴は、こういうこと。でもこれは相手が悪い。私は
    そうじゃない。誰か味方してよ」ってまだ思う。


    恥ずかしいけど、そういう内容のひとことです。

    ユーザーID:1769854210

  • 母は知らないだろうけど

    私が高校生の時。

    顔の輪郭が太って見えることが
    コンプレックスだったので
    ローラーを購入して入浴時に
    マッサージをしていました。

    ある日の風呂上がりに
    脱衣場で体を拭いていると
    両親の会話が聞こえてきました。

    母「ローラーが置いてあった」
    父「ほうなんか」
    母「あんなんしてもたいして変わらんのに」
    父「はははっ」

    聞いた瞬間耳を疑いました。
    でもね、母さん一言言わせてね。

    私を産んだのはあなたでしょう!
    もっといい遺伝子だったら良かった!

    ユーザーID:9622655797

  • 大人になってからだけど

    友人に「愚痴ばっかりなのね」と、無垢な子どものように、それはそれはきょとんとした顔で言われてはっとしました。

    それからはできる限り愚痴を抑えて、楽しい話題を提供できるようにがんばっています。

    それでも不満ばかりを抱えている姿は透けて見えていますが、努力することは必要かと思っています。

    ユーザーID:3412010932

  • 人生にストレスは必要

    40代男性、東京都在住です。
    タイトルのことを中学のとき体育館で先生が言ってました。
    話の流れは覚えていませんが、今は本当にそうだなとよく思います。
    アメリカで「バイオスフェア2」という実験がありました。
    10数名ぐらいの科学者が太陽光と空気と水以外(?、細部忘れました)は普通の地上とは隔絶された施設で2年間生活するというものです。

    この実験で驚いたのが参加した研究者の体型です。実験前の記念撮影ではごく普通のアメリカ人体型(太り気味?)だったのが2年後には全員がガリガリにやせていたのです。
    そして施設に設置した大木は枯れてしまったということです。
    施設内はガラスで覆われているので太陽光は降り注ぐものの風というストレスがないために枯れたということです。全員がやせたのは一般的な地上とは違う「過剰」なストレス、大木が枯れたのはストレスが「全くない」ため。この研究からも人生には「適度」なストレスが必要だなと改めて感じた次第です。

    ユーザーID:8996875697

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