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小学生懇談会 理想の子ども像を話し合って順位付け?

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妊娠・出産・育児

小学児童母親

懇談会にて、グループ学習の模擬授業とのこと。
課題は、
”理想の子ども像を、列記されたものから選択し、5人程度のグループで話し合って、
グループの意見として、1、2、3位をまとめる。” 

列記された項目は、
・従順な子、・健康な子、・明るい子、・親切な子、・好奇心のある子、・勉強のできる子、、、など様々。

(グループ話し合い学習の意義は理解しております。が、)
理想とする姿は、個々の思想・置かれた環境などによって、全く異なる事柄で、
それを話し合いで、グループで意見をまとめるなどということは、
正直、グループ学習の課題として、ありえないと思いました。 
(実際、皆の理想像はバラバラですし、それをまとめる手段などありませんでした。)

最後の先生のまとめのご意見では、
自分の意見を曲げない・譲らない子供達がいるので、
意見をまとめる練習になるのだそうです。

ちなみに、子供達は、
”リーダーに必要なこと” などを話し合うらしいです。
(このテーマも、意見を出し合うなら良いですが、意見に順位付けをして、
グループ内で意思統一にもっていく内容ではないと感じます。)

”グループで話し合って、物事を決めていく方法を学ぶ”
それは、大事な手法の習得でしょう。
ただ、その内容が、グループで話し合って決めるべきことかどうかの判断は、非常に重要です。
物事を遂行するための手段・方法などを話し合って決める、などが妥当な課題でしょう。
思想・信条・理想などに関するようなことを話し合って、順位付けするもしくは意思統一する
などという教育には、恐怖と不安を感じました。

この感覚を共有してくださる方は、どのくらいいらっしゃいますか?
このようなことが行われていることに関して、
どのようにお感じになりますか? 

日本の公教育の質の問題に直結することと思われます。

ユーザーID:6154255201

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  • 確かに不適切

    親が懇談会で「理想の子ども像」について、
    明記されてある内容のタイプの順位を付ける。

    ということで間違い無いですか?

    だとしたら、
    おかしなことをする先生だなと思います。

    例えば、どの子がどんな能力を持っていて、
    どこの場で活躍するかによって、

    そこで求められる能力は違ったものになるだろうと
    予測されるからです。

    従順な人は、事務職などの部下に良いでしょう。
    健康な人は、外仕事に向くでしょう。
    明るい人は、営業職など人との交渉に向くでしょう。
    親切な人は、人を助ける職業に向くでしょう。
    好奇心がある人は、研究職などに向くでしょう。
    勉強ができる子は、医師や弁護士など頭脳を使う職業に向くでしょう。

    というように、それこそ十人十色であって
    順番など付けられるはずはありません。

    もしその先生が、そこまで深く考えて
    課題を出したとしたら、大したものです。

    まあ、最後まで参加して、
    先生の意向を確認したらよろしいかと。
    多少興味があります。


    また、「リーダーに必要なこと」とありますが、
    これは、国が推進していることだから
    そういう課題をやらせるのでしょう。

    私が思うリーダーの資質とは、
    上記した色々なタイプの能力をうまく引き出し、
    適材適所に配置し、管理できる力がある人だと思います。

    子供達の意見がどんな風にまとまるのかも
    面白そうですね。

    ユーザーID:7609867040

  • まああんまり力のある先生じゃあないと思うけど

    項目最初に出して選ばせるというのがなんともはや。
    まあそうすりゃ簡単だけどさあ…
    あんまり力のある先生じゃないよねそれ。
    自分の力が無いから子供の混沌を怖がるんだよねえ。

    とは思うけど、
    まあ好きにしといてくれればいいす。
    たぶんその先生が力が無いだけだから、公教育全体に話を広げる気は起きない。

    ユーザーID:2194536154

  • 問題ないに一票です

    恐らく高学年だとは思いますが、高学年であったら私は全然問題ないと思いました。
    高学年では中学受験をするお子さんもいて、自分の人生を選択できる年齢です。

    授業内容に関しては、
    世の中にはいろいろな価値観がある。
    相手の意見を聞く。
    少なくとも、それを学ぶ授業でしょう。
    大切な学びです。

    順位付けと言っても「正解がない」もしくは「競っている訳ではない」のですから、そこに強制力があるはずもありません。
    クラスで絶対的な順位付けをするのが目的ではないのですよね?
    実際、グループ内で順位付けをしたとしても、他のグループとは違う意見になるはずです。


    主さんが疑問に思ったのなら、直接先生に問題提起をして下さい。
    学校側の意図を無視しての議論は、意味がないと思います。

    ユーザーID:0087828994

  • やだなそういう学校・・・。

    担任の先生の好みで、クラスの流れが決まりそうですね。
    専門学校の時でしたが、結構個性の強い先生がいて、かなり先生個人の独断と偏見で授業を進められてました。科目は「社会福祉」だったかな。教科書も一応買わされた記憶があるけれど、全く使わないで、毎度先生の独演会になってましたね。プリントや黒板もほとんど使わないのでテスト前とか「どこを勉強していったらいいか全く分からない」と生徒同士言ってました(苦笑)
    記述式テストの採点ポイントも理解不能でした。もうみんな大人だったから「あれ、社会福祉とかじゃなくて、ただの先生の意見なんじゃないの(苦笑)」と笑ってたけど、そういう事を小学校とかの段階でやられちゃうとすごく怖いなって思います。
    物事の善悪とかは、自分の子にはある程度親から教えたいです。

    そういや、私が中学の頃は、立派な先生がいて、生徒達が当たり前のように立候補がいない→推薦→多数決でリーダーを決めようとする中、「あの人は声が大きいからとかだけで、決めるのはやめなさい。誰がリーダーという物をやるにふさわしいかよく考えて」という事を説いていました。
    「誰が信用できる人なのか本当に知りたかったら、社会的に弱いとされる立場の人に聞いてみなさい。そういう人にも挨拶したり、優しくできる人は本物だから」のような事も言っていました。
    「どういうのがリーダーに必要だと思う?」と子供同士話し合わせ、考えさせるのはいい事だと思います。でも順位付けや意思統一はいらないですね。各々が、自分の頭でよく考えればいいと思います。

    ユーザーID:7892728052

  • 今、こんな事をやっているんですか?

    怖いです。
    理想の子供像なんて、大人にとって都合の良い姿でしかないでしょう。

    トピ主の市町村では、こういう事が教育として成立しているという事なんでしょうか?

    校長や教育委員会の意見も聞きたい。

    ユーザーID:8580459300

  • 「理想の大人」なら面白いですけどね。

    きっと「こういう大人はいやだ」というところから入って、子供ならではの面白い意見が出てくると思うので。
    いずれは大人になるわけですから「理想」を考えるのは有効です。

    自分と等身大の「理想」を論じるのは、子供にとっては厳しい課題です。
    時に自分が否定されるような感覚を味わいますから。
    意見を曲げない子が出てくるのも当然で、それを「まとめる」って、どうまとめるのか?

    意見に順位付けをする、というのも理解に苦しみます。
    結局は担任の先生の気に入った意見が優先される恐れがあります。

    >思想・信条・理想などに関するようなことを話し合って、順位付けするもしくは意思統一するなどという教育には、恐怖と不安を感じました。

    全面的に同意します。
    実際、どのような内容なのか気になります。
    担任の先生の思想・信条を刷り込まれることもあるので要注意です。
    全体主義に誘導しているような傾向がありませんか?

    とりあえずは実際の授業を体験させ、お子さんから内容を良く聞き出して下さい。
    おかしなところがあれば、ご家庭でディスカッションが必要です。
    続報お待ちしています。

    ユーザーID:1505808600

  • テーマが悪い

    テーマが親として行うには最悪ですね。
    でも、仮定の話なのでまとめようと思えばまとめられるはず。与えられた立場になって行う、ディベート授業と似ています。
    ただ、個人の意見ではないのに、たまに与えられた立場を本気にして、ディベート後も絡んでくる人がいるんですよね。私の場合、大学生時代に「日本が好き、嫌い」がテーマとして与えられ、「嫌いな立場グループ」として意見を言わなければならなかったのですが、終了後に討論相手の1人に絡まれたことがありました。あれはテーマに沿った立場で述べた意見で、私個人の意見とは違うと説明しましたが、なかなか面倒でした。

    保護者の多くは、仮定の立場で討論をしたことがないでしょうし、下手にテーマにそって3位まで決めたら、あとあと「あの人たちの理想って…」とヒソヒソそれそうです。

    先生はおそらく「分かりやすい身近な事=理想の子供」として考えたのでしょうが…「子供が好きな献立」でも良かったのに。

    ユーザーID:3291443879

  • 叱らない育児の歪では?

    私も、何でそんな事するのかな、私が小学生の頃はそんなのなかったけど、と思いましたが、

    >自分の意見を曲げない・譲らない子供達がいるので、

    そのせいか・・・と思いました。
    昔から、頑固に自分の意見を曲げない・譲らない子はいましたけど。
    今は、ご家庭で、叱らない育児や、ありのままのワタシ、が横行していて、「言っても分からない子」が多いのかなと。

    子供を型にはめる教育は、恐ろしいですけど。
    先生が危惧している子が、社会や友達から弾かれないように、という気持ちが有るのでは?
    あからさまな批判をせず、「こっちを求められてますよ」というお知らせのような内容なのだと思います。
    まぁ、裏を返せば「こうならないと、弾かれますよ」という冷たさも感じますけどね。
    頑固な子は、その程度じゃ気付かずに我が道を行くのでしょう。

    私は、最近退社しましたが。
    私のグループに配属された新人君は、頑固にやり方を曲げず、レビューや打ち合わせで先輩達に指摘・注意されても「これが最善です」と譲らずに突き進み、結局、顧客からNGを食らって、自席で先輩に文句言って泣いてましたよ。
    男が泣く??(愚痴くらいは聞いてあげるけど)
    男も職場で泣く時代になったんだな・・・と思いました。

    ユーザーID:4744034855

  • え、、

    なんですかその懇談会!

    順位を付ける意味がない気がします、、、

    テストと違って、正解がないのに、、

    そんな時間がもったいない!
    子供達を校庭でたくさん遊ばせてあげたらいいのに!

    ユーザーID:9310455821

  • 「答えはない」前提の指導だと思いますよ

    >思想・信条・理想などに関するようなことを話し合って、順位付けするもしくは意思統一する
    などという教育には、恐怖と不安を感じました。

    お気持ちはわかりますが、トピ主様が不安を感じたのは「答えがある」前提の指導だと思い込んでいるからではないでしょうか。つまり「理想の子ども像はこういう子どもです。みなさんこうなりましょう。」的な答えになると思っているのではありませんか。

    そうではなく、「みんな違ってみんないい。どの子も理想の子となりうる。」という到着点、つまり、グループごとに順位は変わる、「答えはない」前提の指導だと捉えれば、恐怖や不安はないと思います。

    さらに、もう一歩踏み込むと、冒頭の作業を危険だと思うのであればこそ、このような訓練は子どものうちからしておいたほうがいいと思います。今の時代、冒頭の作業を不安や恐怖としてタブー視して避けて通れる時代ではなくなり、建設的な結論に導く力が求められています。「みんな違ってみんないい。」では、弱すぎて通用しません。

    今後の多様化社会では、議論に応じた面子を見据え、その場での落とし所としての一定の基準を提案する力が必須になるとみられます。「みんな違ってみんないい。」では、物事は、まとまらないからです。
    >意見をまとめる練習になる
    という先生のお話からも、ここまでを見据えた高度な課題だったのではないかと思います。

    模擬授業ということで、背伸びしすぎた課題だったのではないかな。
    教育大附属小などで取り扱われそうな課題ですよね。

    ユーザーID:0505433005

  • 大ビックリですよ

    世の中、十人十色と言いましょうか、各人の思いはバラバラでいろんな考え方があるんです。

    まず、各人が自分とは違う考えを持っているという事実を把握し、
    各人の思いの違いを認識し尊重すると共に、
    それぞれ各人が、自分の意見についてどうしてそう思うのか、メリットはなんだ、デメリットはなんだ、などと整理し、他者に上手に伝える。
    また、他人の意見についてもどうしてその人がそう思うのか、どのような利点や欠点があるのかを上手に聞き出し、その評価は妥当なのか偏っているのか・・などなどを話し合って意見を統合していく練習ですよね?

    なまじ正解があるようなテーマでは面白くもなんともないから、「なんとでもいえる、いろいろな意見がある」テーマで話し合うのですよ。

    例えば、修学旅行の半日フリータイムに「国会議事堂見学」をするか「ディズニーランド」に行くかをグループ(や、クラス、学年全体)で決めなきゃいけないとき、
    --
    思想・信条・理想などに関するようなことを話し合って、順位付けするもしくは意思統一する などという教育には、恐怖と不安を感じました。
    --
    なんてことを言っていても何も決まらないのです。

    ユーザーID:0249341828

  • それって「教師から見て使い勝手の良い子供の順」って事でしょう

    昭和40年50年代に小学生だったので、生徒の扱いは雑でしたね。何しろ1つの小学校で1500人以上の児童数。
    まとめる先生も大変なんだろうけど気分しだいで体罰が行われちゃうような時代でした。

    なにしろ女子にも平気でビンタがとんでくるんですよ、それも1部の女子が生意気な口をきいたから連体責任だそうです。
    「ここは軍隊か」と腫れたほっペを冷やしながら泣きました。

    今は体罰も許されないし、子供のケアも行き届いて良い時代になったよねと思っていたのにまだまだ本質は変わってないんですね(まあイジメ問題については思う事はありますが)

    このグループ学習の前に、意見を曲げない譲らない子供さんの具体的な例を教えて欲しいですよね。
    理由がちゃんとあるなら尊重すべきだし、ただのわがままならば個別に指導すれば良いんですから。

    ユーザーID:7170604139

  • 問題ないと思います

    順位付けについてですが、グループごとに違う結果が得られたわけですよね?

    先生から、「あるグループは正解で、別のグループは間違いだ」・・・・等とは言われてないのでしょう?

    だったら子供たちは、同一グループの中であっても自分と違う意見が出たり、
    別のグループではまた意見が違ったりして、
    「ああ、そういう意見もあるんだなー」と、人によって色んな意見がある事も分かったのでは?

    別に、教師が思う正解だけに、無理やり結果をこじつけさせてる訳じゃないでしょう?
    このようなことをディスカッションできて有意義だったのではないでしょうか。

    もしも問題あるとすれば、それは、教師が「たった一つの順位だけを正解」とするケースでしょうけど、そうでは無かったのでしょ?


    >従順な子、・健康な子、・明るい子、・親切な子、・好奇心のある子、・勉強のできる子、、、など様々。

    列挙されてる例は、「従順〜勉強できる」までがトピで言葉で表されてるけど、他にも「など様々。」とあるので、選択肢はもっと沢山与えられていたのでしょう?
    選択肢はどのくらいの数があったのか分からないけど、子供達が話し合っていて、
    例えば、与えられた選択肢の中に自分が思う理想像がなければ、他の選択肢のケースもあるぞ!と気づく。この自体も価値ある体験だと思いますよ。


    結構、有意義な授業だと思いますけどね。

    ユーザーID:8845041986

  • グループ模擬授業 テーマ別

    保護者・教育者も含めて、
    多くの方のご意見を伺うことができたら嬉しいと思っております。

    ご面倒かと思いますが、
    模擬授業を受けてみてください。

    ーーー
    先生から、
    ・この授業が ディベート練習であるとか、意見をまとめて議論をする練習などという
    前置きや解説はありません。
    ・グループに一枚 大きく1位、2位、3位と書いた紙を渡されます。
    ・課題は、”理想の子ども像”を項目から選び、グループの意見を 1−3位にまとめる。

    仮想グループ内
    ・3人が ”従順な子”を 理想の子ども像として選びました。
    ・あなたは、”従順な子”は、絶対に選びたくないと思っていた項目でした。
    ・他には、”愛想の良い子” ”勉強のできる子” などが上がりました。
    従順な子1位、愛想の良い子2位、勉強のできる子3位で、問題ないという雰囲気です。

    さて、
    この場合、”あなた”は、どのように対応しますか?

    ーーー
    これを 子どもバージョンに置き換えてみます。
    課題1 ”理想のリーダー” 
    ・グループ内では、”声が大きい”、次いで ”体力がある”、”背が高い” という意見が多数を占めています。
    ・”人の意見をよく聞くことができる” を挙げた A君の意見は全く異質とみなされ、賛同は得られず、1、2、3位には入りません。 
    この場合、A君は、どうすべきですか? A君はどのような態度で、その授業に臨むべきですか、または臨むことができますか?

    追加:課題2 ”遠足の自由時間の使い方” であったら? 

    課題1と 課題2の 違いをお感じになりますか?

    ユーザーID:6154255201

  • 「理想の子供は存在しない」と結論付けても良いのだと思います。

    >どのようにお感じになりますか?
    アクティブラーニングやディベートが盛んな国在住なので、この手の議論は単なる課題の1つだと感じます。

    Aさんは従順、Bさんは健康、Cさんは…
    「皆さん、…な子であるXさんのようになりましょう」と言う結論に辿り着く目的での話し合いではなく、色々話し合った結果
    ・理想の子供は存在しない
    ・〜な子などと一括りにする事はできない
    ・個性に順位はない
    等の結論に辿り着いて良いのだと思います。
    …と言うか、それに気が付いて欲しいがための課題だと思います。
    先入観や誤誘導を恐れて、先生は詳しく説明しなかったのだと予想します。

    インパクトのある「理想の子供」だった、ALやディベートに馴染が無かったから主様はショックだったのだと思いますが、課題は「世界で一番きれいな色は?」等でも何でも良かったんだと思いますよ。
    逆に保護者の方が皆同じ意見で「〜な子が理想です」と言う結論に辿り着いたのだとしたら、私は怖いと感じます…。

    我が子が通う学校では自分の思想・文化的背景に関係なく、例えば
    A 〜に賛成
    B 〜に反対
    のグループに分けられ、その立場で論理的根拠に基づいたディベート等も良くやっています。
    実際に自分は〜に賛成の考えを持っていても、反対グループに属したら反対派として意見を述べなければいけません。論理的な話し合いの場で感情的にならないよう、主観と客観を離す練習です。

    >順位付け…意思統一
    「先生に〜しろと言われたら、絶対に〜しなければいけない」と言う固定観念から脱却すれば、課題の受け止め方も変わると思います。

    お子様達が経験する
    >リーダーに必要なこと
    も「1つに纏められるようなリーダーシップはない」と言う結論に辿り着いて良いと思います。

    >日本の公教育
    を変える試みの1つだと思います。
    お子様達が答えはあると思うか、無いと思うか…楽しみですね。

    ユーザーID:2497735212

  • 問題ない

    子供の個性、大人の個性、確かに色々です。いろんなタイプの人間を否定してはならないでしょう。


    ですが、その一方で、社会的に適合しやすい人格というのが存在するのも事実。

    そのような議論をみんなでした場合、
    それぞれのお子さんたちが、

    「なるほど、こんなタイプだったら生きやすいかも!?」という事を考える
    ひとつのヒントにはなると思います。


    順位付けが悪いということですが、
    例えば先生が最初からベスト3を決めておいて、
    子供達にその先生の考えを押しつけるのは問題でしょう。
    でも、そうではないのでしょう?だったら問題ないと思いますが。

     

    ユーザーID:1526730337

  • そこまで大げさなものでもないと思いますが

    答えがないことを子供たちで話し合っていく場です

    自分の意見を曲げない・譲らない子供達がいるので、
    意見をまとめる練習に尽きるでしょう。

    それに従えと思っているわけでもなく
    人気投票しているわけでもない
    実際皆の理想像はバラバラなのですから。

    先生が順位を決めこれが正解ですというのなら大問題ですけど
    ちょっと考え方が偏ってませんか?

    ユーザーID:3107517505

  • 先生も

    PTAで保護者がグループに分かれ討論する。
    テーマは「理想の担任・教師像」で教師像の順位をつける。
    それを、先生、教頭、校長、教委に提案なさってみてはいかがですか。

    いつも思うのですが一般の社会感覚からズレた教員
    自分の考えの枠から出られない教員が多いように思います。

    ユーザーID:8967418199

  • 主・客観、公・私の区別、KYになる・先入観を持たない努力

    >この授業が…前置きや解説はありません
    授業中の課題なら、遊びではなく何らかの「学習目的」があるはずです。→公・私の区別

    >絶対に選びたくないと思っていた
    何故、絶対に選びたくないと思うのか、感情的理由ではなく論理的に説明する必要があります。→主観、客観の区別、論理的な思考、説明

    >〜という雰囲気
    日本では、空気を読むのが良いとされる傾向があります。海外でも本音と建て前の使い分けは多いですが、空気や行間を読むは通用しない事が多いです。これからの時代を生きるお子様は国籍や文化的背景に関係なく、自分の意見は多少言えた方が良いと私は思います。

    >A君の意見は全く異質とみなされ
    言葉を尽くし分かり易く、論理的な説明をしても賛同が得られない事は多々あります。A君だけではなく、その場にいる全員が自分と異なる意見がある、多様性を認めれば良いだけの事だと思います。
    しかも1つ課題内で意見が異なっただけの話。全生徒、自分が正しいと思うなら「私」の場では、それを貫くも良し、相手の論理的根拠に一理あると思えば自分の考えを後から変えても良いと思います。それが話し合い以外の面で人間関係に影響するのなら、公・私、主・客観の区別が不十分な可能性があります。
    在住国の議論は理詰めで激しくやり合う事もありますが、議論が終われば何事もなかったように仲良くします。「君の意見は素晴らしかった」と笑って話す事もあります。

    課題1と2
    2なら課題が「個」に直結し難いので、主・客観を切り離し易く感じる人が増えるだけだと思います。2でも、理詰めで相手を追い詰めようと思えばできますよ。課題が何であれ相手を追い詰めない、配慮するのはマナーです。

    従順を選びたくない理由は、何だったのですか?

    主様は先入観無ですか?
    議論中は先入観や思い込みで審判・批判しない、異なる考えを受け入れようとする姿勢も重要だと思います。

    ユーザーID:2497735212

  • こう言う正解のない問いってのは

    何故その回答を選ぶのか、その思考をする事が重要で、何を選んだかはそんなに重要じゃないんですよ。
    思考をしている時に脳が活性化しているので、私が子を通わせている幼児教室でも年少さんくらいの段階でこれのもっと簡単なバージョンをやってます。
    小学生なのでさらに進化させて、グループディスカッションや協調性の訓練にもしているんですよね。
    細かいことは忘れちゃいましたが、アメリカではとっくにやってる教育で、社会に貢献して行く為(社会で必要とされる為)の協調性や問題解決能力を鍛えるための教育の一環だと思います。
    テストの点数よりも、この様な点数化しにくい力が重要視されてるんだそうです。
    世界ではこう言う教育が既に主流で、日本人も人口減少社会の中、子供達が将来世界と渡り合って行く為に取り入れられてるんですよね。

    私も団塊ジュニアのアラフォーですから、正解のある問題の方が好きですけれども、時代が違いますからね。
    子供の為にはこの様なアクティブラーニングを正しい方向で進めてあげて欲しいなと思います。

    私の子供はまだ幼児ですので、小学校の学習指導要綱については詳しくないのですが、親も社会が求める学力のあり方の変化を勉強して、正しい知識をつけて学校と協力する事が肝心だとこのトピックを見て感じました。(先日購入して放置中のこのカテゴリの本を読み進めようと思います。)

    トップクラスの中高一貫私立では、既に日本の大学ではなく海外の一流大学に進学する為の教育が行われていますから、本当に自分の頃とは時代が違うなと日々感じています。

    ユーザーID:7522861536

  • 懸念される点

    当然の前提として、
    アクティブラーニング、ディベート練習、グループ話し合い学習
    いずれも、目的のしっかりした教育技法であると考えます。

    頂いたご意見も参考にさせていただき、
    現在の学校教育の懸念点を再考してみました。

    (新しい教育法の取り入れを積極的に行っている可能性があると考えた場合)
    懸念されるのは、
    上記教育法の、正しい運用の仕方が分かっていない、
    不適切な方法で実施した場合の弊害 に対する認識が不足しているのではないか、
    といった点です。

    要は、
    課題・テーマの設定 と それに対する取り組み方法の選択 が適切になされているのか、
    ということです。

    教える側は、
    1話し合いで決めるべきこと (決められる可能性のあること、統一したり順序を決めたりしていくもの)
    2話し合いで決めるべきことでないこと (多様なままで良い、統一も 順位づけも不適切で、話し合うことが主目的)
    があるということの認識が必要。
    1 即物的事象 (修学旅行の時間、運動会の役割など)
    2心的抽象的事象 (思想心情など)
    の区別ができることが必要条件でしょう。

    意思統一の形成を目指す課題なのか、多様性を議論する場なのか、の区別です。

    A この区別ができるのに 2の課題を持って、意思統一を目指す学習法は、いわゆる思想教育に当てはまってしまいます。
    B 一方この区別がわからずに、意図せず思想的抑圧を伴う教育を行ってしまっている。

    実は、現状の教育現場では、Bの ことが起こってしまっていることを危惧しています。

    その方法が適切なのかどうか、検証しあうシステムがあってほしいと願うところです。

    ユーザーID:6154255201

  • グルーブごとに順位が違くなるはず

    グループごとに色々な回答?が出るはずです(先生が誘導しなければ)
    クラス全体の時だと意見を言わない児童も小グループ内なら、自分の意見を言います。
    グループごとに出てきた順位を元に、正解のない問題について、自分と違う考えの人間がいることに気付く。
    自分の意見を各自言う、
    などなど、ディスカッションの勉強なのではないかとおもいます。。

    先生に手腕があれば、有意義な授業だと思いますけどね

    ユーザーID:8237577157

  • 教師の指導力が足りてないのかもね

    >この場合、”あなた”は、どのように対応しますか?
    私なら、結果は多数決で決め、その上で、自分の思うところを、その選択に至る際に出た意見、という補足にして自分の意見をつけるかな。
    ま、いろいろなパターンがあるので、その一つ、ではありますが。

    >この場合、A君は、どうすべきですか?
    上記と同じです。

    >追加:課題2 ”遠足の自由時間の使い方” であったら?
    変わりません。でも、トピ主様の心象が変わるのは、理解できます。こちらの方が無難で安心できるのでしょうね。

    >課題1と 課題2の 違いをお感じになりますか?
    私自身は、課題1の方が、良い刺激にはなると思います。
    一方で、課題2は、無難すぎて刺激がないかな。
    どーでもいーやー、って思ってしまう子供が多いと、議論は上手くいかないと思うので、課題1くらいの刺激がちょうどいいのでは?

    ただ、今の日本でこの授業をするなら、教師の説明力が足りてないと、トピ主様が感じているような方向に生徒もミスリードされるので、指導する側は注意が必要だと思います。どんな授業も、教師がどこまで理解して授業いるか、がポイントかと。少なくともトピ主様には、授業の目的を正しく伝えることができなかったわけですよね。トピ主様だけなら致し方ありませんが、他の保護者、他の子供たちも同じ印象を受けたのであれば、その授業は失敗でしょう。それも込みでのチャレンジのようにお見受けしますが。

    ユーザーID:0505433005

  • 誰が何が不・適切かを判断し、システム管理するのですか?

    主様がお考えになる
    >正しい運用の仕方
    とは?

    >不適切な方法で実施した場合の弊害
    何が不適切?
    どのような弊害が懸念されますか?

    >認識が不足
    どのような認識が不足していますか?
    不足を補う為に何をすべきですか?
    認識後、どんな対策をするべきですか?

    >区別ができることが必要条件
    なぜ「必要条件」?
    途中で学ぶ可能性は無?

    >意思統一の形成を目指す課題なのか、多様性を議論する場なのか、の区別
    誰が区別するのですか?

    >その方法が適切なのかどうか、検証しあうシステム
    これを大人が決め、子供同士の話し合い時にシステム利用するなら、形の異なる
    >思想教育
    >意図せず思想的抑圧を伴う教育
    になる可能性は考慮済ですか?

    主様は始めに
    >アクティブラーニング、ディベート練習、グループ話し合い学習
    >いずれも、目的のしっかりした教育技法であると考えます
    と仰っていますが、本文・レスを読む限り本質的な意味をまだ理解されていないか、本心では受け入れたくないお考えのように感じます。

    在住国では幼児でも「出来ない、やらない理由を並べるのは簡単。でも、それは建設的な意見ではない。実行が難しい事だからこそ、できる方法を考えよう。問題解決に繋がる意見を…」と考える教育を受けます。

    主様も懸念ばかりではなく
    何が問題で、どうしたら問題解決出来るか
    どのような検証システム
    が必要なのか「具体的な解決素案」を学校や先生に提示したら良いと思います。

    日本語は少ないですが、英語で検索すればALについて検討→改善を模索した文献は沢山あります。自分の疑問に対し、答えを見つける過程がALです。
    先生だけが教育する訳ではありませんので、国の方針・教育、議論に難があっても、お子様に判断力・自己肯定感・主体性が備わり芯が通っていて、多少の困難は乗り越えられる力・逞しさがあれば大丈夫だと私は思います。

    ユーザーID:2497735212

  • 2018年7月6日 19:43のトピレスを見ました

    「思想的抑圧をした場面」が具体的に描写されていれば、「それはマズイね」という判断もできますが、そうでもない。2018年6月29日 20:41に書かれた模擬授業も、特に問題ないと感じます。

    さらに、ご自身は意識されていないようですが、先生は、
    >自分の意見を曲げない・譲らない子供達がいるので、意見をまとめる練習になる
    と、課題の目的もはっきり仰っている。

    以上を踏まえると、トピ主様の文章からは、「思想の抑圧が行われる可能性がある」という懸念をトピ主様が一方的にしている、としか読み取れません。トピ主様が授業目的を理解していないだけではないかな、と思います。

    この授業は、
    >1話し合いで決めるべきこと
    >2話し合いで決めるべきことでないこと
    をわざと同時に取り上げて意見統一の訓練をする、という授業だと思います。
    ですから、わざと分けていない、のだと思いますよ。
    そこを理解されていないように思います。

    ユーザーID:0505433005

  • 実際の問題

    実際問題として、
    理想像という課題に対して、
    先生のまとめのお言葉が、

    ”自分の意見を曲げない・譲らない子供達がいるので、
    意見をまとめる練習になります”

    であったという点が、
    今回の学校教育への懸念に繋がったわです。

    先生が意図していたことは、
    多様性を話し合わせて、議論をすることが主目的ではなかったということです。
    (方法も1、2、3位と紙に書かせるわけですから、少数意見は基本切り捨て形式です。)

    あくまで、
    この ”何々の理想像” という課題をもって、
    意見を曲げて譲る練習を 期待していたということなのです。


    この選択されたテーマと、施行法、そして先生の期待される学習目標が、
    理不尽であるということ、もしくはその危険性をはらんでいるということを、
    教える側の人々には、認識をもってもらいたいと願う次第です。 

    新しい学習方法を取り入れようとしているとした場合、
    その前向きな取り組み姿勢は評価されるべきでしょう。

    ただ、公教育の質の問題と書きましたのは、 
    教える側には、一定の理解度が必要ということです。
    そこ点は、満たされているのだろうか、能力を補完するシステムが必要なのではないだろうか、
    と考えさせられます。

    在外なので…様 
    >国の方針・教育、議論に難があっても、お子様に判断力・自己肯定感・主体性が備わり芯が通っていて、多少の困難は乗り越えられる力・逞しさがあれば大丈夫だと私は思います。
    → 判断力・自己肯定感の形成が不十分で、困難をなかなか乗り越えられない子供達がいるのです。その子供たちにとって(も、もしくは、こそ)、教育の現場が存在し、教育法が練られる必要性があると考えます。いろいろな教育分野があると思いますが、子供の特性なども踏まえた多角的な面から、その方法を検討していただきたいと思います。

    ユーザーID:6154255201

  • 2018年7月9日 23:07のトピレスを見ました

    >多様性を話し合わせて、議論をすることが主目的ではなかったということです。
    多様性に気づくのは主目的ではなく、多様性があるがゆえに「まとまらない意見をまとめること」が主目的だと思います。

    >(方法も1、2、3位と紙に書かせるわけですから、少数意見は基本切り捨て形式です。)
    その状況で、ごねる子をどのように納得させるか、どのように本人が納得するか、という「落とし所を探る能力をつける」というのが、授業目的だと思います。
    いきなり完璧にはできないので、お互い未消化のまま終わった、ということなのではないかな、と思います。

    >意見を曲げて譲る練習を 期待していたということなのです。
    意見を曲げて譲るまでが、力づくのプロセスから納得を伴うものへ変わることを期待しての練習だと思います。
    が、既に述べたように、いきなりそこに到達することは無理ですから、不完全なまま終わっているのでしょう。
    初めての授業なのでしたら、そんなものではないでしょうか。

    >満たされているのだろうか、能力を補完するシステムが必要なのではないだろうか
    私は、それが「親」だと思います。
    そもそも学校は、常に完成された教育パッケージを提供する組織ではなく、親と二人三脚で模索しながら教育現場を築く組織だと思います。
    だから、今回も模擬授業をして反応を見たのではないでしょうか。
    トピ主様のような印象を受けた保護者も少なからずいたでしょうから、今後の課題にされるのではないでしょうか。

    ユーザーID:0505433005

  • 主観と客観的事実を混同していませんか?

    >意見を曲げない・譲らない子供達がいるので、意見をまとめる練習 

    >意見を曲げて譲る練習
    は同じですか?

    先生の指示が何であれ、話し合いの結果
    意見が分かれた・答えはなかった
    と答える自由な発想を望んでいるのです。ALなら「指示に従う」必要はありません。

    >判断力・自己肯定感の形成が不十分で、困難をなかなか乗り越えられない子供達
    どのような経験が自己肯定感を高め、何が低くするか、ご存知ですか?

    職業柄、私はそのようなお子様に関与しています。学校が全く影響しないとは言いませんが、それよりも成育歴、特に誰とどのような愛着関係を構築しているかが非常に重要です。自己肯定感が異常に低いようであれば、学校教育を考えるのではなく、根本的な所から改善の必要がある可能性が高いです。
    判断力は、学校教育中心に教えるべき・教えられるとお考えになりますか?

    >特性なども踏まえた多角的な面
    具体的には?
    子供が集団生活をすれば多少の喧嘩、意見の食い違いはあり、常に話し合いテーマを選べるとは限りません。
    学校・友人同士・少人数の慣れ親しんだ環境下での話し合いも危惧する程なら、ご家庭で意見交換の練習して頂くしかないのでは?

    意見が言い難いから話し合いしない
    テーマが不適切だから変える
    大人が監視
    等をすれば、そのお子様を長期に渡り守れますか?

    一般的に、子供達は何時か大人に庇護された環境から卒業し、社会人になります。
    経験上、手助けが必要なお子様こそ、少しずつ社会の荒波を乗り越える精神的準備・手段・方法を教え、耐性を付けて送り出す方が、結果的にそのお子様を守る事が多いと感じています。未成年に大人の庇護は必要ですが、家庭教育・特性の配慮と学校教育や先生に期待すべき事・範疇・役割は区別して考えるべきだと思います。

    主様の主観的な話ではなく、何がダメなのか「具体的に」お願いします。

    ユーザーID:2497735212

  • 良い方にも受け取る事ができる授業内容

    >自分の意見を曲げない譲らない子供達がいるので、 意見をまとめる練習になります”

    これのどこが駄目なのか分かりません。先生が、自分の意見を曲げない子供の人格を否定した訳じゃないでしょ?
    意見を曲げない事をずっと続けて生きたら!?大人になって彼らが困る事が沢山でてきます。だから子供の頃にそのように意見をまとめる訓練を授業で行うのは良い経験と思う。

    >先生が意図していたことは、多様性を話し合わせて、議論をすることが主目的ではなかったということです。(方法も1、2、3位と紙に書かせるわけですから、少数意見は基本切り捨て形式です。)

    これに関しても、実際に「意見をまとめる」作業はさせてる、議論はしてますよね。「議論をした上で、結果として何かを切り捨てる」のでしょ。
    世の中には、少数派の意見が切り捨てられる事象は沢山ありますよ。子供の頃に、このような授業で疑似体験できたのは貴重です。

    >この ”何々の理想像” という課題をもって、意見を曲げて譲る練習を期待していた

    他人の話に耳を傾ける訓練ができた訳でしょ。いい事では?
    逆に主様は、言い張って争い続ける事をヨシとするの?

    >判断力・自己肯定感の形成が不十分で、困難をなかなか乗り越えられない子供達がいるのです。

    だから!みんなで意見をまとめる練習をしたんでしょ。
    自分だけで考えられない子には、物事を判断する訓練ができたと思いますよ。

    >子供の特性なども踏まえた多角的な面から、その方法を検討していただきたい

    それは理想の教育かもしれません。でも学校現場はマンツーマンではない。担任一人で一人一人の生徒に向き合う時間的、物理的制限があるんです。そこも乗り越えろとおっしゃるならば、担任レベルの話ではすまないので、トピ主さんが教育行政に直接かけあって下さい。

    ユーザーID:5656917626

  • 意図ききました?

    それって、よくある市町村の学校のアンケートですよ。
    最近の親って教育委員会の指針にうるさいので、「親の傾向」を聞いておき教育指針に盛り込んで行きたい、という訳でしょう。
    選択肢の中からでないと、傾向は数値化しにくいから選択肢を設けているのでしょう。
    個々に対しては、複数回答のはずですから、別に何の強制もないはずですが。
    「授業以外ではのびのびと過ごせる子」も理想だし「勉強に重点をおいている子」が並立しても何ら不思議ではありません。

    ただし、回答数を集計すると、必ず「親の望む事」は数値として出てきます。
    トピ主さんが、何かを改革したいとき、まず、人のアンケートかマーケティングするでしょう。
    何がニーズとしてあるか、知りたくはないですか?
    やり方がおかしいとすれば、その先生個人が「グループの中で意見しぼってください」といった事でしょうが、それだって、その意見について議論してくださいと言っただけで、「理想をみなで一つにして、その考えを持ってください」と言った訳ではありません。
    議論と決定をごっちゃにしてらっしゃいません?

    ユーザーID:2739524825

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