趣味・教育・教養

気になって仕方がない乱れた日本語表現

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和もの大好き男子

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以前から、いわゆるコンビニ敬語には嫌悪感を持っておりますが、
最近非常に気になっておりますのは、
「〜ません」という否定表現が死語と化し、
「〜ないです」という言い方に統一された様に思えるからです。
他にも、聞くに堪えない誤った表現は山ほどありますが、
いつからこんな言い方が定着してしまったのでしょうか。

ユーザーID:6265407708

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  • もう少し詳しく

    私はコンビニに行く頻度が高くないので、あまりわからないのですが、具体的にどのような接客用語が使われていますか。たとえば、「申し訳ありません」だったら「申し訳ないです」という具合でしょうか。
    私はテレビの天気予報で「〜の予想です」という気象予報士の言葉に違和感をおぼえます。確かにこの頃、変わった表現が増えてきていると思いますね。

    ユーザーID:4010772376

  • お分かりですか?


    >嫌悪感を持っております

    >気になっておりますのは

    >思えるからです

    >聞くに堪えない

    ↑すべてが間違いとは言えませんが、本来の言葉の使い方ではない、望ましい書き言葉とは言えない、というのはお分かりですか?

    例えば「嫌悪感」は「持つ」という表現ではなく、本来は「抱く」ものです。

    あとはご自身でお考え下さいね。

    人様のこと言うのはそれからですね。

    ユーザーID:6322022540

  • 否定語は使わない

    たとえば、職場で部下指導する場合、部下からの提案や打診に対し「それはできない」と言うのではなく、「こういう方法はどうか?」といった提案型にするよう学習してきています。
    ですから、お客様に対してももちろん「できません」という言い方はご法度。

    間違った日本語の使い方を指摘したら、800文字では収まりません。
    「なるほど」という相づちは、目上のに対してはNG
    「参考」は、説明をする側が「参考になれば幸いです」と使う言葉であって説明を受ける側が「参考になります」と言うのは間違い。
    「勉強になります」と言うのが正解。

    最近の恋愛相談でよく出るフレーズ。
    「男性が告白してくれました」
    「男性からアプローチしてもらいました」
    「別れる時、彼は泣いてくれました」
    「僕の彼女さんは.....」
    へ?なにそれ!って感じです。

    自分の行動について「ご」や「お」をつける人もいますね。
    テレビに出る芸能人や有識者、政治家も平気で使っています。

    物に「お」をつけたり。
    「おりんご」「おみかん」とかね。
    でも「おバナナ」とは言わない

    ユーザーID:4725424012

  • 葬儀に際して

     現代、敬語は非常に乱れた状況にあります。
     参考までに、私の体験した例を、記しておきます。

     肉親(母)の葬儀の案内を、葬儀社が、私の職場へファックスしてくれました。
     後で気が付いたのですが、職場に掲示されたそのファックスには、私の名前で、「母○○○○が、○月○日、逝去いたしました。」とありました。

     「逝去」は、「他人の死の尊敬語」(広辞苑・第五版)です。
     つまり、この場合、自分の身内に敬語を使ってしまったことになるわけです。正しくは「死去いたしました」でしょう。

     言葉は生き物です。葬儀社はかなりの大手でしたので、この会社のみならず、日本全国で「逝去」の意味・用法は変わりつつあるのかも知れません(死去などと書けば、却って葬儀社が文句を言われるとか)。

     ただ、本来の意味をご存じの方もまだ多い訳で、変化の激しい時代には、うっかり人任せにしておくと、とんだ恥をかくことがあります。

    ユーザーID:8364104556

  • 前から

    いつから?って前からです。
    前の世代の言葉の乱れが今の世代に引き継がれるのです。
    自分で考えているほど、自分たちの世代の言葉は完璧じゃないんですよ。

    いつだって庶民の言葉は乱れているのに、さも自分たちの世代は
    完璧であったかのように語る人たちには心底辟易します。

    ユーザーID:5211485370

  • を→が

    高速が走れる
    ドイツ語が話せる
    新聞が読みたい
    風車が見たい
    彼が信じられない
    曲名が思い出せない
    温度が感じられない
    生活費がもらえない

    文脈によっては不自然ではありません。例:どうしても曲名が思い出せない
    ただ使い分けがされていないケースを散見します。
    「が」が続いていたりもします。例:私が彼が信じられない理由は…
    最初の助詞が「が」だと(?)主語に付くものととらえるから(?)違和感があるように思います。
    長年海外在住なので、日本で日本語がこのように「進化」しているなら
    受け止めようと思っています。

    ユーザーID:8344113963

  • ???

    具体的な例文を書き添えて頂ければ、もう少しコメントのしようもあるのですが、

    >「〜ません」という否定表現が死語と化し、「〜ないです」という言い方に統一された様に思えるからです。

    私は「〜ません」が死語になったなどということは、全く感じておりません。
    他のトピでの投稿もじっくりご覧になってみてはいかがですか?「ません」って、実に沢山使われてますよ。

    確かに言葉の流れによっては「ないです」も使っています。
    いつから定着したのかと仰られても、今も昔も状況によって使い分けている人がほとんどでは?

    少なくとも、「ないです」が「ません」に取ってかわって「統一されている」と言われるほど世の中で乱用されているとは思えず…
    主さんの気のせいではありませんか?

    ユーザーID:3923042394

  • 言語表現の進化です

    欧州系をはじめ多くの言語では、内容が「肯定」なのか「否定」なのかは、その文章の文頭でわかるような構造になっています。
    一方、日本語では肯定か否定かは、文末の「〜〜〜〜〜ます」か「〜〜〜〜〜〜ません」で、初めて示されます。

    文字で読めば分かっても、口頭でやりとりしている時、文末の発音を意図して強く発音しないと、「〜ます」なのか「〜ません」なのか聞き取れない。
    仕事のデキナイ人にかぎって、「〜ます」か「〜ません」かの発音がはっきりせず、どっちなのか聞き返されることが多い。

    そこでビジネスをはじめ日常会話では、意思が正しく伝わるよう「〜ません」を避ける努力をするのは、日本語の進化に好ましいと考えます。
    「〜ないです」も一つの候補でしょう。

    ユーザーID:3893242783

  • シチュエーションによります。

    コンビニとか仕事、電話なら、気になりません。
    「○○ます」と「○○ません」より、「○○です」と「○○ないです」の方が聞き取りやすいからです。
    17日を「じゅうしちにち」ではなく、「じゅうななにち」と言うのと同じ。
    間違いなく伝えることを重視するときに、本来の言い方とは異なっても問題はないと思います。

    文章で書かれたら違和感あります。
    使い分けが出来ているなら、一概に乱れたっていうのもどうかと。
    言葉なんて生き物ですから、多少の変化は許容範囲です。
    あまりにもヒドいのは嫌ですけど、多少変でも分かる日本語で働いているコンビニの外国人店員さんなんて尊敬します。
    第一、そんなこと気にしてたら、老け込みそうです。

    ユーザーID:8859112249

  • 私が気になってるのは

    「○○しづらい」という表現が気になります。
    食べづらいとか持ちづらいとか書きづらいとか。

    一昔前まではそれぞれ、食べにくい・持ちにくい・書きにくいなどと言ってた(書いてた)はずですが、ここ10年ぐらいでしょうか、やたらと「○○しづらい」と言う(書く)ようになったと思います。
    しかも「づらい」ではなく「ずらい」って書いてあったりして。
    あれもこれも辛くては生きていくのは大変ですね。
    おそらく「にくい」は憎いに通ずるので避けているのではないかなと思います。

    それからニュースなどでよく耳にする「見える化」という言葉にモヤっとします。
    「可視化」ってそんなにわかりにくい理解しにくい言葉なんでしょうかね。
    中学生以上ならわかる言葉なんじゃないのかなと思いますが。
    可視化を使わないのなら「見えるようにする」と言えばいいのに…

    最後に「NISA」という言葉。
    個人投資家のための税制優遇制度のことだそうですが、NISAと書いてニーサと読ませるには無理があります。
    NISAじゃなくてNESAならニーサでもいいんですがね。
    普通に読んだらナイサですがナイサだと「無い」に通じて、投資なのに無いだと縁起が悪いとかでニーサ読みにしたのではと勘ぐっています。

    ユーザーID:9120386988

  • わかります

    いつからでしょうね。
    ここ20年くらいの間に変わってきたかな?

    あまり気にしていませんでしたけど、確かに比較的若い世代は「〜ないです」「〜ないですねえ」という言い方をして「〜ません」は使わない。
    後者はなんとなく、キツく聞こえる、感じが悪い、という感覚がそこにはある気がします。

    言葉は変わっていきますからね、いつの世も、どこの国でも。
    そして過渡期を生きる世代が必ずそれを憂えむ。
    歴史はその繰り返しな気がします。

    ユーザーID:2520090153

  • 「北風と太陽」さま、ご意見ありがとうございます。

    ほんの数日前に、
    読売新聞の「マナーのつぼ」というコーナーに提示されていた記事と
    同じ趣旨の事を仰っていると感じました。
    現代社会では皆さん、そんな風に考えているのだと、改めて知りました。

    例え正論を言うのでも、
    否定語を遣えば逆恨みされるのが関の山だと・・・。
    だから、皆さん、他人の間違った日本語表現を見聞きしても見て見ぬ振り、聞かぬ振り。
    そのお蔭で、「美しい日本語表現」が見る見る内に破壊されていくのだと実感しました。

    冒頭に例にお挙げになったシチュエーションは正にそう。
    確かに、頭ごなしに否定するより提案型にする方が無難ですし、
    ましてや、お客様に対して「できません」というのは、
    失礼である以前に、お客様の意を汲む、あるいは意に沿う意思が全くない、
    とも受け取られかねませんね。

    「〜してくれました」、「〜してもらいました」という表現に疑問をお持ちになる感覚、
    私も分かります。

    それに関して言えば、
    「〜して頂く」と「〜して下さる」の遣い分けも、最近出来なくなっている様に私は感じます。

    私が考える両者の違いは、
    人様に自分が予め、「やっておいて下さい」と言って頼んでおいた事を、
    約束通り相手がしてくれた場合が「して頂く」で、
    一方、自分は敢えて頼んではいないが、先様が好意で「して下さる」、
    この場合には「して頂く」ではなく「して下さる」と言うべきだと考えています。

    それが、最近、何でもかんでも「して頂く」、あるいは「させて頂く」で、
    「して下さる」という表現を最近全くと言っていい程、聞きません。
    死語になっているのではないかと思える表現のひとつです。
    「北風」様のご意見、全て、賛同致します。

    ユーザーID:2902871040

  • 「北風」様への返信の追伸


    ところで、最近、こうした「日本語表現」に関する記事や投稿の類を見ていると、
    現時点でコメントをくださった皆さんに限らず、
    殆どの日本人が、「使う」という漢字を「使って」おられます。
    しかし、「言葉遣い」と表記致します様に、
    言葉を「つかう」時は「遣う」という漢字を「遣う」べきだと私は考えています。

    その意味では、皆さん「言葉遣い」、「漢字遣い」を誤っておられると存じます。

    ユーザーID:2902871040

  • 「ろんと」さんへの返信

    「嫌悪感を持つ」

    はい、仰る通り「嫌悪感を抱く」が正しいです。

    それから、投稿直後の訂正投稿を単に忘れただけであって、
    「思えるからです」は「思える事です」と書き直すつもりでした。

    「北風」様への返信にも書きましたが、そういうあなたこそ、
    「言葉の使い方」という表現は、
    それこそ、あなたがご大層に仰る「本来の言葉の使い方」ではありませんし、
    「望ましい書き言葉」とは言えないと思います。
    何故なら「言葉遣い」とは書いても、「言葉使い」とは原則としては書きません。
    もっとも、現在は後者の表記の方が、
    さも「それが正しい」かの様に定着してしまったのかもしれませんが。

    従って、「言葉をつかう」という表現に「使う」という漢字を「使った」あなたこそ、
    「人様の事を言うのはそれからですからね」と言われるべき方です。
    そっくりそのまま、ご意見を返します。

    ユーザーID:2902871040

  • とはいえ、言葉は変化するもの

    擁護するつもりはありませんが。
    言葉と言うものは変化していくものですからね。
    100年もたてば、なにが“正しい”とされているかは分かりませんよ。

    個人的にはなるべく恥はかきたくないので気を付けていますが。
    他人のことはどうでもいいです。
    あまりに不愉快なことを言われたら(悪意がなくとも)、指摘しますが。

    ユーザーID:8972799015

  • 言葉は変わって行くもの

    言葉は常に変わり続けています。常に新しい表現が生まれ、言葉の意味が変わり、発音までもが変化していきます。
    あなたの言葉遣いも何十年か前の基準からすると乱れまくっているはずです。試しに図書館等で50年前の新聞や100年前の文学作品を読んでみて下さい。現在の日本語と違う点が色々あるはずです。「最近の言葉は乱れている」という人はいつの世にもいますが、言葉の持つ変化する性質に気づいていない人のセリフだと思います。

    ユーザーID:6040999623

  • 定期的に出てきますね

    時代とともに言葉は変わってきている事は
    ご存知ですね。

    トピ主さんのお気持ちもわかりますが、
    自分でも知らず知らずのうちに、
    簡略した言い回しを使ってしまって
    いますが、それは多くの人たちが

    「それで良い」

    としたものですので、基本の日本語は
    抑えつつ、TPOに合わせて使い分けて
    行けば良いのでは?

    ユーザーID:2963465043

  • 掲示板でも

    「愛犬」が「亡くなりました」
    ペットに「ごはん」を「あげます」
    気持ちはわかりますが、やっぱり変です。

    自分の犬を「お宅の犬」と言われて怒る人。
    今はワンちゃんと言うらしい。猫はニャンちゃん?
    家畜はブウちゃん、モウモウちゃん、メエメエちゃんと言うのか?

    「義父」「義母」。養父母かと思いました。
    舅姑と言えないのか。義姉妹、義兄弟(ヤクザみたい)。

    関西圏でもないのに夫が妻のことを「嫁が」。
    舅姑発のトピかと思いました。これは関西お笑い芸人の影響でしょうか。

    私も使ってしまうこともあるけど、夫を「ダンナ」。
    芸者衆か二号さんみたい。

    婚姻届けも「夫」「妻」でなく「旦那」「嫁」にしたらどうかな。

    支払いの時「2000円となっておりますが、大丈夫ですか?」
    そのくらい払えるわいっ!

    ユーザーID:3721302108

  • 大腸亭さま、ご意見ありがとうございます。

    仰る通り間違っていますね。
    きっと、葬儀社の立場で、敬語のつもりで、
    「逝去」と書いたのでしょうが、
    あなた様のお名前で書くのであれば、
    あくまでも代筆という事になりますから、
    あなた様の立場に立って「死去」とするのが本来ですね。
    あなた様の言語感覚の方が正しいです。

    「本来の意味をご存知の方も多い訳で」。
    全くですよね。
    最近の日本人は、言葉を知らなすぎます。

    賛同意見と理解いたします。ありがとうございました。

    ユーザーID:2902871040

  • いわゆるコンビニ敬語とは?

     トピ主さんが指摘する「いわゆるコンビニ敬語」というのがどの企業で指導している言葉使いなのか具体的にわからないけど…
     トピ主さんはこのコンビニ敬語を乱れた日本語の象徴と思っているのかな?
     おそらくコンビニだけでなく社会全体の変化じゃないのかな?
     確かにそれほど知識のない私でも最近の日本語は以前と比べて乱れているなとは思うよ。
     これがいつの時代にもある日本語の変化なのか好ましくない安易な変化なのかはわからないけどね。
     ただトピ主さんの言葉使いも気になって仕方がない人がいるんじゃないのかな?
     昔の日本人が現代人以上に猛勉強をして正しい日本語を継承しているわけじゃなく変化の速度が緩やかだっただけじゃないかな?
     でもトピ主さんの気持ちもわかるよ。
     私もトピ主さんも含めて美しい日本語を大切にしていきたいね。

    ユーザーID:4408654755

  • よくわからない

    >「〜ません」という否定表現が死語と化し、
    >「〜ないです」という言い方に統一された様に思えるからです。


    すみません
    よくわからないのですが

    〜ないですとは
    たとえばどのような言い方・使い方がありますか?

    ユーザーID:6090216517

  • 1950年代からです

    いつからという問いなら、戦後の日本語改革がひと段落した1950年代からですね。
    日本語が戦後に大きく変わった時から、いろいろと混乱しつつ、定着してきたのが、この70年の日本語の歴史です。

    ユーザーID:9608158595

  • 漱石の言葉使い

    明治のベストセラー作家である夏目漱石は「言葉使い」を使ってますし、「全然」を肯定文に使ったりと、今で言う乱れた日本語を多用しています。
    石川啄木もそうですね。
    明治大正の作家たちの、乱れた日本語を正したくてたまりません。

    ユーザーID:9608158595

  • アップルパイさま ご意見ありがとうございます。

    そうですね。平成生まれ世代が小中学生になる頃でしょうから、
    ここ20年くらいになるのでしょう。
    「〜ません」と言わなくなった理由、仰った事にもあるかと思います。

    それこそあなた様が仰った「20年前」は、
    違和感のある独特の表現を口にする世代は若い世代だけでした。
    しかし、現在、テレビや街で皆さんの会話、発言を耳にすると、
    若者だけではなく、世代を問わず、皆さんが若者言葉になっている様な気がします。

    「今時の若者は・・・」を口癖の様にして眉をひそめていたはずの高齢者が、
    今や、若者のまねをして、若者ぶって、
    若者のおかしな言葉遣いに迎合している様にも見えます。

    「言葉は生き物だから変っていく、それは仕方がない、一々目くじら立てるな」
    という理屈で、「日本語の乱れ」を良しとする風潮、見て見ぬ振りする風潮、
    私には許せません。どうしても。誰が何と反論しようと。

    ユーザーID:2902871040

  • 肉肉しい肉さま ご意見ありがとうございます。

    コメントを拝見して膝を打ちました。確かにそうですね。
    気付かせて下さり、ありがとうございます。

    しかも、「しかも「づらい」ではなく「ずらい」って書いてあったりして。」
    この文章、いつも感じています。
    何故なら「何かをする事が辛い(つらい)」の意味ですから、
    絶対に「ずらい」という仮名遣いはあり得ませんよね?

    最近の言葉は、理由付けが、あまりにも「ご都合主義」すぎます。

    あなた様が最後に例示なさった
    「NISA」という語における一見「縁起かつぎ」の様な理屈も、
    私に言わせれば屁理屈にしか思えません、そう思いませんか?

    ユーザーID:2902871040

  • 昭和人さんへ

    意思が正しく伝わるよう「〜ません」を避ける努力をするのは、
    日本語の進化に逆行する「言語表現の退化です。」

    ユーザーID:2902871040

  • パーティクルさまへ

    「助詞」の誤用ですね。私も感じています。

    例えば知恵袋の投稿を見ていると、
    それこそ「曲名が思い出せない」という投稿を非常によく見ます。
    仰る通り、”そこは「曲名を」だろ?”と思います。

    他に、私が気にしている「品詞の誤用」は、
    本来「副詞」であるべきなのに「形容詞」を遣っている表現です。
    最もよく聞くのが、「すごい〜」。

    私が小中学生のころの日本語文法では、
    形容詞は原則として「名詞」などしか修飾しない、と教わりました。
    従って、「すごい」と来たら、続く単語の品詞は、基本的に「名詞」なのです。

    それなのに、最近、「凄い寒い」とか、「凄い美味しい」の様に、
    形容詞で形容詞を修飾するという、非常に摩訶不思議な表現に代わってしまいました。
    かつては「凄く寒い」、「凄くおいしい」と表現していたはずです。

    しかし現代人は、これを、「言葉は生き物だから、そういう風に進化した」と捉えて、
    見て見ぬふりし、迎合しますが、
    私は「言葉は生き物」を隠れ蓑に、
    「文法上の道理、ものの道理に適った、自然な日本語表現が退化した」と考えます。

    ユーザーID:2902871040

  • そうだ!

    敷居が高い
    の本来の意味をご存知でしょうか?

    ユーザーID:5492582416

  • 「嫌悪感を持つ」は正しい

    嫌悪感は、持つ、抱く、感じる、覚えるなど色々な動詞を伴います。
    「抱く」以外は間違いと決めつける根拠は何ですか?
    自分が聞いたことがないから間違いと決めつけないで、もっと色々な本や辞書を読んだり、見たりしたほうがいいと思いますよ。

    ユーザーID:6040999623

  • 個人的な意見

    肉肉しい肉さま、指名で申し訳ありません。

    可視化 と 見える化
    は本来は意味が異なります。

    本来というのは、最近ではほぼ同様の内容で使われることも多い(事例じたいが似通ってきている)ようなので念のためです。

    さて本題。

    わたしはよくこの手の敬語の話題を読みますし、ときにはレスもします。
    まず私の理想は、正しく美しい言葉を誰もがつかえることです。
    敬語の勉強をしはじめた頃は、いわゆるバイト敬語はなんなら憎かった(笑)。

    今も、好きではありません。

    しかし、基本的に正しくも美しくもない敬語に文句をつけるトピでは反対意見を述べています。

    理由は次のとおりです。
    ・私は40代、幼少〜学生時代、「言葉」は会話やテレビなど耳から以外では本や新聞から学んでいくもので、テレビや本の作り手はある程度の知識のある人たちであり、成果物は一定の共通レベルであった(と思う)のを土台にできた。
    現代は、SNSでの交流、動画の視聴など情報が多い。
    ⇒目からも耳からも玉石混交の言葉を浴びる、言葉を身につける環境の変化が違いすぎると思います。
    ・同様に、最近の人たちは電話よりもメールやアプリを通じた文字のコミュニケーションが多く、話し言葉と書き言葉の境目は私の世代より融合していそうだと感じます。
    ・あくまで一説ですが、バイト敬語のひとつ「よろしかったでしょうか」があまりに嫌われたため生まれたのが「お間違いないでしょうか」だそうです。私はこの「間違ってへんか?」とまるで「私が」間違っているかのような(「お」間違いないといわれるのだからそうでしょう)確認が不快でしかたありません。
    こんな言葉を生み出されるくらいならよろしかったでよろしかったです。
    ⇒過度な徹底論はかえっていびつな言葉を生むようです。
    ・いろいろ勉強するうち、必ずしも「正解はこれ」といえない敬語の奥深さを知った。

    以上です。

    ユーザーID:3394322862

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