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発言小町

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なりたい自分になる(逆説的です)

うかつ者
2018年9月9日 22:11
新しいレス順
レス数:51本

タイトル 投稿者 更新時間
きつねのライネケ
うかつ者(トピ主)
2018年10月6日 18:31

>今は大学の古びた研究室で童話の本に囲まれて授業と会議の合間にコーヒーをすする文学研究者です。夢を実現したねぇ、と言われます。

小学校5年生の時、「きつねの裁判」を読んで、どうしても、きつねが悪いとは思えませんでした。

むしろ、きつねにひどい目に合わされた動物たちは、それでも仲間がいますが、きつねは孤独です。

一人立ち去るきつねが、寂しそうに思えて、仕方がありませんでした。

それを確かめて見ようと、去年、「きつねのライネケ」を求めて読んでみたら、ずいぶんと印象が変わっていて、淡々とした物語に思えました。

童話は、大人になって知ったシャルル・ペローのものが好きです。

ユーザーID:2632478487
私も前期高齢者
おぢさん
2018年10月6日 12:45

>好きな本は、仕事には全く役に立たず、無駄な事をしていると、自分でも思っています。

それはつまり、仕事に役立つことだけが有益なことで
自分個人の楽しみや自分を高めるための読書や趣味は無駄なことなのですか。

私は現役時代はその逆でした。
自分の個人生活が一番大事なことで
仕事はそれを支えるための生業だと思っていました。
もちろん仕事を通じていろんなことを学びましたし
自分の精神的成長にもなったと思って仕事もそれなりに大切にしていました。

>思った自分にしかなれない

それは一つの真理なのかもしれません。
しかし自分の欲して行うことを役に立たない無駄と断ずるのは
思った自分にさえ近づかないことではありませんか。

人生に無駄なことはないとかいう言葉があり
それが本当かどうか知りませんが
自分で自分の行動を無駄と言い切るのは
その部分、自分で自分の人生の一部分を切り捨てることではありませんか。

私も自分のやりたいことを我慢して仕事に明け暮れた日々
そして今はそれらからも解放されて趣味と読書の日々
結婚して子供を育て孫たちを得て
伝記に残るようなこと何一つ成し遂げてはいませんが

>結局、こうなっちゃったのか俺、そんな感じです。

とは全く思わないし、無駄な人生だったとも思いません。
一部でも無駄だと思えば全部無駄だと言っているのと同じように思います。

ユーザーID:2844228554
妄想を一部実現
パプコ
2018年10月6日 11:56

妄想癖の子供でした。
童話の世界が好きで、童話の本を集めた古びた喫茶店でお茶をすすって過ごすことが夢でした。

今は大学の古びた研究室で童話の本に囲まれて授業と会議の合間にコーヒーをすする文学研究者です。夢を実現したねぇ、と言われます。

スポーツで大活躍してクラスの人気者とか
世界を股にかける大貿易商とか、
自由気ままに旅をして世界中に友達がいるフーテンとか、
こうなったらいいなという妄想は多分もっと色々あったと思うのですが
叶えられたものしか覚えてないですね。

できるだけたくさん、やってみたいこと、実現したいことのストックを持っておくことが
充実感につながるのかもしれません。
不惑ですが、まだまだ妄想を続けたいと思います。

ユーザーID:6092873452
見えるものが違ってくることは、ある事なのかも知れませんね
うかつ者(トピ主)
2018年10月5日 19:55

>若い私にはたどり着けなかった(想像できなかった)
>場所かもしれません。

世阿弥「風姿花伝」に、”老木の花”とございますね。

見えてくるものは、違ってくるのかも知れませんね。


>友が
>今の私の方に
>顔を向けてくれている

ご友人は、若いAnne様に、今のAnne様を見ていたのかも知れませんね。

変わるところと変わらないところ、その調和、その妙が、Anne様なのかも知れない、そう思いました。

ユーザーID:2632478487
ザムザのような自分に、ため息が出ます
うかつ者(トピ主)
2018年10月4日 23:14

>思い描いたことしか叶わないし、思い描けば叶います。

「散歩のついでに富士山を登った人はいない。」

そのような事でしょうか。

カフカ「変身」のザムザのように精神が縮退する一方の自分に、ため息が出ます。


>実力というより運でした。これははっきりいえます。

rara様に、人を引き付ける魅力があった、そのような事ではないかと思います。

他人の金で商売をするのが本物の商人と言いますね。

他人の善意を引き寄せるのが成功の秘訣、rara様のお話は、そのように受け止めるべきかと思いました。

ユーザーID:2632478487
なんのなんの
うかつ者(トピ主)
2018年10月4日 19:59

>今 自分が望まない環境にいますが これも自分の執着が成したことで自己責任です。

ホーソンの「緋文字」を想起しました。

主人公の女性は、罰(見せしめ)に、服の胸にA(姦婦:adulteress)の文字をつけるように命じられます。

不思議なのは、物語の最後で、罪が解けて緋文字を付ける義務もなくなった主人公が、緋文字を続けることでした。

なにか、とても励ましを受けたような、強いものを感じました。


>もうそろそろ ここを脱却します。もう分かったので充分です。

お喜び申し上げます。


>成長できたのか出来ていないのかは分かりませんが、
>世の中に対して 諦めの気持ちをもてるようにはなりました。
>分かりにくくてすみません。

なんのなんの。

諦めなど、鈴虫様の辞書には必要ありますまい。

ユーザーID:2632478487
名前を目にして、とてもうれしく思いました
うかつ者(トピ主)
2018年10月4日 19:45

>エックハルトは読んだことがないです。神秘と言えば
>ジョルジュ・バタイユだと思います。彼の小説「眼球譚」
>を読みました。

「眼球譚」は、私も読んだことがあります。

二十数年前のことで、詳細は忘れましたが、強烈な印象がありました。

それ後、ジョルジュ・バタイユが、普遍経済学の概念を提唱していることを知り、別の興味を持って、「純然たる幸福」など、数点の著作を読みました。

難解で、理解できたとはとうてい言えませんが、大事なことが書かれているとは感じますので、また、チャレンジしたいと思っています。

ジョルジュ・バタイユは、大変好きな思想家です。

悪魔的な思想家で、そこが、神秘的な感じを与えるのかも知れないと、私なりにそう思いました。

名前を目にして、とてもうれしく思いました。

ユーザーID:2632478487
もうじきに60代
Anne
2018年10月4日 13:52

若かった頃に
なりたい自分というのは
当時の自分が想像できる範囲内の自分ということです。

私は友について
当時の自分とは違う見解に
一周まわってたどり着いている様に思います。

友が
今の私の方に
顔を向けてくれている

それだけのことに感謝しています。

あの頃の私には
『ばら』という名前がついていた
私には本当の名前があるはずだ
それを探しまわっていましたが
『ばら』と思い込んでいたのは
私自身であったのかも。

今ここにいて
孤独という気分も
満たされた気分も
暑いも
寒いも
感じていることが幸せ。

若い私にはたどり着けなかった(想像できなかった)
場所かもしれません。

自分語りですみません。

ユーザーID:5592375884
なりたい自分になりました
rara
2018年10月4日 8:29

子どもの頃から、「こんな女性になりたい」というイメージ的な夢がありました。
外見的なものですが、身のこなしなどすべてにおいて理想がありました。
いつしか、自分が描いている通りの女性だと他人からいわれるようになりました。
つまり、なりたい自分になっているのだと思います

また、トレンディードラマ(古い表現でごめんなさい)を見ながら、こんな素敵な会社に就職して恋愛がしたいと夢見ていました。
勉強嫌いで成績も悪い私が奇跡的に素敵な会社に入り恋愛をしました。就職氷河期の時期でしたのでこれはもううれしかったです。もちろん恋愛もたくさんして理想通りのOL時代をすごしました。

さて、子どもの頃、夢をみていたわけではないのですが、漠然と、こんな創作をして生きていきたいと思っていたことがありました。
いまになり、それが叶いはじめています。
また、その創作を始めた頃、「こんな有名人と仕事がしたい」という夢を持ちました。それがまた叶いました。

創作関係の夢は30代なかばになってから叶ったことです。
あ、そうそう、もうひとつ、こんな職場に行きたいという仕事の夢も叶ったのでした。

思い描いたことしか叶わないし、思い描けば叶います。


たとえば創作しながら有名人と仕事をすることを最初から思い描かなかった場合、きっと叶わなかったでしょう。実力というより運でした。これははっきりいえます。

思い描いたから叶ったのです。

ユーザーID:5854809941
ご謙遜を
うかつ者(トピ主)
2018年10月3日 20:19

>その後もどうしても、どんなことをしてもこれをしたい!ということがありました。努力した、でもだめだった。結局、何度も挫折して、私はそれでも恵まれた方だったのか、望んだ道に進めました。

おめでとうございます。


「置かれた場所で咲きなさい。」

わたしは、この言葉が、どうしても好きになれません。


本が大好き!様のように、挫折を乗り越える意志力、それが、私にないものなのかも知れません。


>やる気と能力と運、その3つの掛け合わせかもしれません。

ご謙遜を。

本が大好き!様は、運さえも招き寄せたのだと思いますよ。

ユーザーID:2632478487
独り言です
鈴虫
2018年10月3日 19:02

青春時代に 自分が絶対的に否定していた環境に どっぷり浸かって生きています。
今の職業も 自分が否定してきたものですし人間関係もです。
自分が否定していたものの中で実際に生き、一部になることで
成長できたのか出来ていないのかは分かりませんが、
世の中に対して 諦めの気持ちをもてるようにはなりました。
分かりにくくてすみません。
良くも悪くも(憧れでも反感でも)強く意識したものを引き寄せるのではないかというふうに受け取っています。
今 自分が望まない環境にいますが これも自分の執着が成したことで自己責任です。
もうそろそろ ここを脱却します。もう分かったので充分です。

paxさんのレスで思い出しましたが、私も鈴虫が子供の頃から好きです。
小学生の時、鈴虫の羽音を聴きながら眠りたいと思い
数匹を捕まえ虫かごに入れて部屋に持ち込んだところ、
即、虫嫌いの母親に捨てられ 残念な気持ちでした。
今は 外からの鈴虫の羽音を聞きながら寝ていますが、叶えられた夢はこれでしょうかね。

ユーザーID:8248536371
アイデンティティ(自我)とパーソナリティ(人格→自己)8
フェボナッチ50代
2018年10月3日 15:22

私が読んだ哲学者のミッシェフーコーは日常的な実践が
どのようにして自我を決定して認識をシステマティズムするか
を書いていて興味を持ちました。

私が認識している自我は「自己同一性」であり、
自己は「自分と他人を通しての自分」です。

私の場合の自我は「自分は何者であり、何をなすべきか」を
考えてイメージした自分に同一していたと思います。

あくまで他人との交流からの自分視点を重視するのが自己
であり自我と自己が相反した場合でも自我を正確にコント
ロールするのが自己だと思ってます。

これがコントロール出来ないで完全に自我がそう思い込ん
でいたらば精神が分裂していて精神病だと思います。

>私の思うに、とてもポジティブな方なのでしょうね

私は昔の友達に会っても変わらないってよく言われます。
イメージ力やアイディアの発想が小さい時から友達とは
逸脱していました。

>エックハルトとか、神秘と合理は違う概念ではない、
そう思わせます

エックハルトは読んだことがないです。神秘と言えば
ジョルジュ・バタイユだと思います。彼の小説「眼球譚」
を読みました。

ちょっと読んでいてダダイストの映像見たいな話で面白
かったです。

私は20代とかは哲学書値段が高い割にはあんまり面白く
なくて何度読んでも頭に入らなかったです。
ただ恩師はよく読んでたのを横目でいつも見てました。

よって、ジョン・ケージの訳のわからない現代音楽や
前衛芸術や禅の正法眼蔵や詫び錆び英語版の老子を読みやっと
老子の意味が理解できました。最近は天使についての分厚い本
を主人からプレゼントされぼちぼち読んでいます。

ユーザーID:3170631061
やる気と能力と運、その3つの掛け合わせ
本が大好き!
2018年10月2日 22:14

どんなになりたくてもなれないという事実を受け止めた時から、人生は始まると思います。私がそれを受け止めたのは5歳頃でした。こんなふうになりたい!と死ぬほど恋いこがれたけど、なれなかった。それを受け止めた瞬間、人生は始まったと思っています。その後もどうしても、どんなことをしてもこれをしたい!ということがありました。努力した、でもだめだった。結局、何度も挫折して、私はそれでも恵まれた方だったのか、望んだ道に進めました。

望めばできる、それは嘘だと思います。望んでもできないことはある、というより、できないことの方が多い。それでも望みを捨てることはできず、死ぬほどやりたいことだから、できない可能性も受け止めた上で、賭ける。虎穴に入らずんば虎子を得ず、の覚悟で挑むのです。

望むことは必要条件であって十分条件ではない。いや、むしろ望んでもいないのに巡り合わせであっさりなれている人も多い。やる気と能力と運、その3つの掛け合わせかもしれません。

ユーザーID:5896487677
上手な説明ができずにいます
うかつ者(トピ主)
2018年10月2日 21:19

>「この物語を読んで、自分もどこか李徴に似ている」
>いえ、似てないと思うんですが。

妻子の事よりも自分の詩業に身を入れている男だから獣になってしまったと嘆く李徴が、自分に似ていると思いました。

何の役にも立たない事に時間を費やしている自分は、自分勝手で、他人を思いやることが出来ない虎狼の心の持ち主ではないか、そのような意味で書きました。

山月記のモチーフはよく分かりませんが、そうなったあとの李徴は書かれていても、李徴がなぜそうなったか、あるいは、どうすべきだったのかは、私の理解が浅いのでしょうが、書かれていないように思います。

私の関心はそこにあり、なぜそうなったかについては、三木茂夫「胎児の世界」が多くの事を教えてくれて、大体分かったように思っています。

また、どうすべきであったかは、キルケゴール「反復」が手掛かりになりそうですが、上手に読めていませんので、再読したいと思っています。


>勿論、どちらでも満足ならば個人のお好きなようになさると良いのですが。

思いのままに書き散らしていますが、それでも、レスを頂けている事をありがたく思っています。

不快に思われたのなら、甘受します。


せっかくですから、私から、

>「創造は密室の祈り」という、画家の村上華岳の有名な言葉があります。

等価交換が経済の原則だと思うのですが、では、価値はどこから生まれるのでしょうか?

長年考えているのですが、自分ですっきりくる上手な説明ができずにいます。

ユーザーID:2632478487
楽しいお話、ありがとうございました
うかつ者(トピ主)
2018年10月1日 21:54

>お互いコツコツと楽しくプロセスを続けましょう。

お励ましを頂き、ありがとうございます。

フェボナッチ50代様は、私の思うに、とてもポジティブな方なのでしょうね。

逆説的?かも知れませんが、ラ・ロシュフコーは、生産性とはどう言う事かを、知り尽くした人物だと思います。


>日本人哲学者の九鬼周造の本はハイデガーに興味があったので

あるいは、エックハルトとか、神秘と合理は違う概念ではない、そう思わせます。


>ココ・シャネル『天分は、持って生まれるもの。
>才能は、引き出すものよ。』

NHKの教育放送で、ココ・シャネルとライバル(確かイタリアの女性デザイナ?名前は忘れました)の物語をやっていました。

とても、面白かったです。


>30代になり初めて祖父がゼロ戦の教官だった事を知りました。

今年、「真珠湾攻撃総隊長の回想」を読みました。

矜持としてのゼロ戦乗り、そんな事を感じました。

自分の知らない世界がいくらでもある、そう言う事かも知れません。


楽しいお話、ありがとうございました。

ユーザーID:2632478487
質問です
ホール
2018年10月1日 12:26

「この物語を読んで、自分もどこか李徴に似ている」
いえ、似てないと思うんですが。
一人で篭ってる、というスタイルは同じですが、李徴は詩作を書いて、「発信している側」ですが、トピ主さんは読書する、つまり「受信してる側」でしよ?
それに気づかず、「一人で部屋にこもる」ってスタイルにばかり固執してるから、読書にせよネットにせよ、自分を客観的に捉えられないんですよ。
「創造は密室の祈り」という、画家の村上華岳の有名な言葉があります。
何を思い、それをするか、という事です。
執筆と読書は全然、本質が違いますよね。
発信と受信という意味においても違うと思いますが、どうなのでしょうか。
勿論、どちらでも満足ならば個人のお好きなようになさると良いのですが。

ユーザーID:2388582314
フーコーは読んだ事があります。
フェボナッチ50代
2018年10月1日 3:09

ジャック・デリダの本は確か読んでないです。

唯不思議に思ったのはトピ主は私のレス読んだだけで
ポストモダン構造主義者のデリダの本をご紹介して
下さった事に感銘を受けご返信致します。

私は現代アートや建築等のポストモダン構造主義
について興味があり色々な本や作品を見たり
読んだり作ったりしてました。

最近はユーザーインタフェイスやらデジタル化された
ビジュアルについての本やコンピューターの本ばかり
読んでいて学んでいます。

ジャック・デリダ著足立和浩訳「根源の彼方に―
グラマトロジーについて」
「幾何学の起源」をKindleで読んでみます。

日本人哲学者の九鬼周造の本はハイデガーに興味が
あったので妹に送って貰う予定でしたからまずは英文
で読んで日本語で読みたいのを送って貰おうと思います。

さて私が思うには成りたい自分になってるとは

●具体化→実践化→具現化>実体化

なんだと思います。

私が子供の頃から大切にしてるのは私自身に
有意義である日々のプロセスを行い天分を引き出し
全うする事なんだと思います。

ココ・シャネル『天分は、持って生まれるもの。
才能は、引き出すものよ。』

と言っていますが私独自の解釈では
『天分を引き出すのが才能であり才能とは好きだ
からこそ苦難があろうとも続けられる行為』

だと思います。

お互いコツコツと楽しくプロセスを続けましょう。

ユーザーID:3170631061
物語として
うかつ者(トピ主)
2018年9月29日 23:49

>脳が行動をプログラムするというならば、まずはイメージが大事なんでしょうね〜・・・思うってところから。

H(ハリー).S(スタック).サリヴァンの「精神医学は対人関係論である」を読んで、感銘を受けました。

そして、俺は、何で、この本を読んでいるのだろう、そう思いました。

仏教用語の「転生輪廻」を、物理的にではなく観念的に捉えてみた場合、自分と同じことを考えた人が過去(歴史上)にいたと知ることは、本を読むことの重要な喜びの一つと言っても良いかも知れません。


>良いきっかけをいただきました。
>ありがとうございます。

このトピの背景のテーマとして、「必然」を設定してみました。

「必然」は、なるべくしてなった、それくらいの意味です。

「必然」に抗うことに意味があるんだ、そんなお話をしてみたくなった、そんな事だと思います。


>私は45歳のおばさんですが、この考えで単純に行くと、今後は「思う」素敵な女性になるのですね。

ご無理をなさらずに。

そうお考えになられている事で十分素敵なのではないですか?


こんな愚痴っぽいトピにレス頂き、恐縮しています。

ユーザーID:2632478487
ためになります
なるほど
2018年9月29日 11:00

良いきっかけをいただきました。
ありがとうございます。

>なりたい自分になる、というより、むしろ、思った自分にしかなれない、そのような事なのかも知れない、と思いました。

本当、そうですよね。
どこかで気づいていながら、どこかで分かっていながら、
今後の自分の有り様に、自分の「思い」がまず必要なんだ、ということを、私はしょっちゅう忘れています。
他の方のレスもトピ主さんのレスも、色々な意味でためになります。

脳が行動をプログラムするというならば、まずはイメージが大事なんでしょうね〜・・・思うってところから。
私は45歳のおばさんですが、この考えで単純に行くと、今後は「思う」素敵な女性になるのですね。

ユーザーID:0601129723
確かに、真相は、捉えがたいものかも知れませんね
うかつ者(トピ主)
2018年9月28日 20:17

>トピ主さんも、一人で本を読む、だけではなく、誰かに語りかけたくなったのかあ。

中島敦「山月記」で、李徴(りちょう)の詩を読んだ袁さん(えんさん)が、大事な何かが欠けていると、感想を漏らす場面がありますね。

李徴は、役人勤を厭うて、山にこもり、詩作に耽った人物でした。

この物語を読んで、自分もどこか李徴に似ている、李徴のように虎になるには嫌だなぁと、強迫観念のようなものを持ちました。

これまでのサラリーマン人生において、そんな事も頭の片隅にあったのですが、あまり大差のない生活を送ってきたなぁ、もしかして虎狼の心になっている?、ふとそんな事を思った次第です。

>高校生の頃からその感情があったのか、今になって変わったのか…。

高校時代の友人は、「お前、結構、話す方だったぞ。」と言っていましたから、やはり、孤独(自己慰安)を求めていたのだと思います。

>真相って、表面にはないから。

長年無口だと思っていた父親が、母親がけがで入院してしゅんとなったとたん、とてもお喋りになったので、母親と娘が、とてもびっくりしたそうです。

父親曰く、娘が生まれてから二十数年、母親と娘がずっとお喋りをしているので、黙っているしかなかったのだそうです。

面白い話だなぁ、と思いました。

私も、お喋りな自分を変えたかったのかも知れません。

なるほど、真相は、捉えがたいものかも知れませんね。

ユーザーID:2632478487
 
現在位置は
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