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恐ろしい母親 携帯からの書き込み

ボールペン好き
2018年9月27日 10:28

私は社会人生活をして、また学生に戻り、仕事をした為、現役で受かって仕事を開始した人より5歳年上でした。
仕事を始めたのが29歳。そこからがむしゃらに働き、必死に仕事を覚え、給料も見習い期間は本当に少なかった。
当時の恋人にも酷い振られ方をし、辛い時期もありましたが、今の夫と2年付き合い、36歳で結婚しました。35歳の時、母に、「結婚したい人がいる」と話した時、信じられない一言が。
「そんな勝手な事許さないよー!あんたにはどれだけお金がかかってるんだ」と第一声が怒鳴られました。
35歳の娘が、結婚が決まったと話したら、普通は、「おめでとう」と喜びませんか?
正直恐ろしい母親だと思いました。

以前から毒親で、白雪姫の継母みたいに、自分は着飾るくせに、娘がオシャレをするのを嫌がらせしてくる所はありましたが、ここまでとは思いませんでした。

考えられる事は、3歳年上の姉がまだ結婚していなかった事や、教育費をかけた娘が結婚したら、お金が夫に流れ自分達には入って来ない事を計算したんでしょう。

顔合わせの時も、「こんな娘のどこが良かったんですか?私が姑ならこんなガサツなこ嫌だわ」と言ったり、夫に対して「さっきから、◯◯さんから一言も結婚の話が出てないですが、この会は一体何の会なんですか?」とか言ったり、空気の読めない発言をして、白けさせました。

前もって夫には、母親はこういう人だからと話していましたが、夫は驚いていました。父は口下手なのに、場を一生懸命盛り上げようとしてくれていましたが、鈍感な人なので、母の女の意地悪さには無頓着でした。

妊娠したら、この母親に子供を見せたくないです。

ユーザーID:3081576945  


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ボールペン好き(トピ主)
2018年9月28日 13:16

最近やっと仕事がひと段落し、今やっと妊活を始めました。大分遅いスタートで不妊も覚悟しています。仮に妊娠できても、無事に出産できるか心配です。
35歳で結婚が決まった時、普通の親なら、娘の高齢出産や不妊を心配して、やっと相手が見つかった事を喜びませんか?
そういう心配をする前に、「あなたにはお金がかかってるのよ!そんな勝手な事許さないよ!」って、発想が恐ろしいです。母親の発想ではありません。

母は私が働き出してからまだ全然貯金も貯まってない頃、お金を送れと電話して来て、私に奢ってもらう為と、強引に泊まりにきて、高級レストラン代を奢らせました。見習い期間が明け、責任ある立場に立ち、長時間拘束され、やっともらえた貴重な休みでした。
その後も、百貨店で母の好物があれば、近所に配る分も含め、たくさん買って送ってあげていました。

親が子供の為にお金を使うのはある意味当たり前と思います。母も、父も同じように、自分の親に大学の教育費を出してもらっています。父は娘にそのような言葉を吐くのが恥だと思ってるようで、そんな事を言いません。ちなみに、父は高給取りで、自営業の為、まだ働いています。

母親の言葉の中に、娘が女として自分(母)より幸せになる事を許さないという気持ちをありありと読み取りました。
そのちょっと前には、「誰かいい人いないの?あんたみたいな子は結婚無理かもね」と言っていましたが。

自分が妊娠を本格的に考えた時に、恐ろしい実母もいるなあと改めて思いました。
里帰り出産なんて、うちでは考えられません。こんな鬼母の元で安心して産めるはずがないです。

娘の出産を心配する優しいお母さんが欲しかった。
今妊娠を目の前にして、本当に思います。

ユーザーID:3081576945
トピ主です携帯からの書き込み
ボールペン好き(トピ主)
2018年9月29日 14:55

私が大学に入り直したのは、家業を継ぐ為です。私が合格した時に、母は近所に得意になって吹聴していました。

ユーザーID:3081576945
トピ主です携帯からの書き込み
ボールペン好き(トピ主)
2018年10月3日 12:16

私が悲しかったのは、夫との顔合わせの時に、「できれば、夫に嫌われさせて破談にさせてやろう」という母の意図を感じた事です。夫は、世間的には、エリートで、母には雲の上の存在に感じたでしょう。母は、夫と同じ大学を卒業し、仕事をしてきた人には、今までの人生で会った事ないはずです。
私は優秀ではありませんが、夫と私は上司、部下の関係で、付き合って2年でも、知り合ったのは長く、一緒に辛い時も仕事をしてきた戦友のような関係でした。だからこそ、私みたいな者でも、夫のような立派な経歴の男性と結婚できたんです。

優秀なエリート婚約者の前で、さぞかし気取った娘を演じてるだろう、と、わざと恥をかかせるような事を言い、破談に持っていこうと企んだんだと思います。だからこそ、「オッカシー、この会はなんの会?」アハハ笑とか、「こんなガサツな子」発言があったんです。
夫の前では、普段から本音トークで話していますし、私も母に、「顔合わせの席でそういう事をいうのおかしいよね?娘の恥になるような事をわざと言ってるよね?」と言い返しました。
母は、自分の目論見が外れて、バツが悪そうな顔をしていました。
その母の悪意に、全く気づかない頓珍漢な父。父と夫と私は同業者になり、父は、優秀な娘婿が来てくれた事を喜んでいました。専門トークで盛り上がりました。口下手な父が、珍しく、場を盛り上げようとしてくれて嬉しかった。

母親がこういう事をやると予想したのは、中学の三者面談でも、担任に、普通は聞かれたくないような、まともな母親なら娘の恥になるので、黙ってるような事を得意になって話したからです。担任は男性でした。

今は父がまだ働いているので、実家は継いでいません。

23歳の時、大学生でお金がないので、下着を送ってくれないかと母に甘えたら、象のアップリケの小学生のようなパンツを10枚ほど送ってきました。
そのあたりから

ユーザーID:3081576945
トピ主です携帯からの書き込み
ボールペン好き(トピ主)
2018年10月3日 12:33

母は心の病気なのではないかと、薄々思っていました。

母は父とは格差婚で、父と父の親に頭が上がらず、母は父に殴られたりしていました。
だからこそ、娘が素敵な男性と結婚して幸せになるということに敏感なんだと思います。

私には姉がいますが、姉がそういう対象ではないのは、私が美貌が自慢だった母の若い頃に似ているからだと思います。
私が23歳の時に、母が「23歳なんておばさんよ。もう若くはないから」と突然言った事がありました。
今から思えば、23歳なんて、一番青春のいい頃です。

姉も、実家に私が帰省した時に、たまったレシートをゴミ箱に捨てたところ、ゴミ箱から取り出し、「こんな店に2人で行ってるでー」と母に告げ口する人でした。私が24歳の頃です。
今でも思い出すと、異常だと思います。

こんな人だから、姉は未だに独身です。

この異常な家族から離れて、今ホッとしています。

読んでいただきありがとうございます。

ユーザーID:3081576945
トピ主です携帯からの書き込み
ボールペン好き(トピ主)
2018年10月4日 17:52

皆さんレスをありがとうございます。私は今結婚したわけではなく、仕事が落ち着いたので妊活を始めた時に、母親にされた仕打ちを思い出し吐き出したくなったんだと思います。不快な投稿とは気づかずに申し訳ありません。
私と母の決定的に違う所は、他力本願かどうかだと思います。母はよく、「お父さんには妻子を幸せにする義務があるのよ!」と怒鳴ってました。
それは違うと思います。子供の頃から、幸せは自分が努力して勝ち取る物だと思っていました。だからこそ勉強して、今の資格を得て技術を手にしました。本当に大変でした。ガムシャラな人生でした。
結果職場で夫と出会ったわけです。

母は、自分が努力せずに、社会的地位の高い職業の父と結婚し、それが幸せにつながると信じていました。父が自分を無条件に幸せにしてくれると、お姫様願望のある人でした。
父に「いつもありがとう、あなたには感謝しているわ」なんて口が裂けても言う妻ではありませんでした。
私が働き出したら、私の給料を巻き上げ、将来父と離婚しようとしていたようです。
自分で言ってました。だからこそ烈火のごとく、怒ったんです。アテが外れたから。
今後も父に頭を下げてお金をもらわないといけないから。

母に感謝する事は、女性が男性に養われてる以上、男性に頭が上がらない、言いなりにならざるをえない、と身をもって教えてくれた事です。稼いでる者が強いのよ、とよく言っていました。
うちは、夫婦共働きで、夫より私の方が稼いでおり、夫とは対等な力関係です。

過去は変えられない、その通りですね。
いい言葉です。ありがとうございます。

ユーザーID:3081576945
トピ主です携帯からの書き込み
ボールペン好き(トピ主)
2018年10月5日 12:50

うちの父と母は格差婚でした。父方の祖父母が大反対して結婚を阻止しようとしましたが、学生時代に母に助けてもらった父は、半ば母に脅されて結婚したようです。母も「押してダメなら引いてみろって言うのよ、お母さんはこの方法で結婚したのよ」とある時得意になって言ってました。父は本当は離婚して、もっと釣り合う素敵な女性と結婚したかったんではないかと思います。
父がそれをできなかったのは、おそらく、私と姉の為です。
祖父母は、「離婚なんてそんな体裁の悪い事は許さない、嫁には我々が注意するから」と父を引き止めて、母の実家にも電話して謝罪させてました。
「気に入らないならこの家から出て行ってもらって構わないんだからな」と母は言われていました。
男親が反対するような玉の輿の結婚の実情はこんなものです。
父は、子供に暴力はありませんが、子供の物を壊したり、花瓶を割ったりはあり、姉と隅で震えていました。自分達が殺されるんじゃないかと。そういう子供時代でした。
父に唯一感謝してるのは、お金を出してくれたからです。また、私自身、母は父には釣り合わなかったと思っていました。母は、本当に貧乏な家庭に育ち、何の努力もせず、のほほんと生きてきた人で、たまたま美貌で見初められ、玉の輿に乗った人でした。
棚からぼたもちで、自分で努力して手に入れたものじゃないから、自分の手から幸せが溢れ落ちていったんだと思います。私は、母の惨めな人生を見て、例え女1人でも生きていけるようにと、勉強しました。ちなみに、姉は「女の子は最悪結婚があるから勉強しなくてもいいで」と良く言っており、底辺大学しか合格できず、見かねた父が、コネ入社させましたが、周りに裏口とバレ、逃げるように、実家の近くの地方支社に転勤願いを出し、実家暮らしです。そういう性格は、母似です。
夫にも夫の親にもこの話はしました。
驚いていましたが、同情してくれました。

ユーザーID:3081576945
 
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