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発言小町

新しいトピを作成
本文です

二十歳過ぎればただの人

大人です
2018年10月22日 21:05

小学校4年生の出来事でした。

先生が、木の葉を取り出して、面積の測り方を質問しました。

答えは、方眼紙を当てて升目を数え、半端な部分は二つや三つでおよそ一つとして数えるというものでした。


私は、その方法では不正確だと思い、大小の四角形や三角形を何処までも埋めていくべきだと主張し、自分だけ、その方法で計測しました。

鉛筆の線の太さや人手による作業である事を考えると、どちらが上手くいったかは、言うまでもありません。


でも、その後、理系の大学に進んで、小学校4年生の私の着想は、微積分に通じるものがあるのではないかと、ふと、思いました。

もしかして、神童だった?

今では、前期高齢者目前のただの人です。


益体もない話ですが、人には言えない自分だけの自慢です。

皆様の、そのような神童話(もしくはプチ自慢)をご披露頂けませんか?

話しても信じてもらえないだろう、今更言っても仕方ない、そんなモヤモヤを吐き出してみませんか?

ユーザーID:3619568175  


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タイトル 投稿者 更新時間
全国模試
おっちゃん
2018年10月23日 10:59

お勤めしていた時の社長(一線を退いて、スカウトされて入った雇われ社長で60近かった方)が東大出の秀才で、高校生時代に受けた全国模試の自分の順位を覚えているとおっしゃっていました。

頭はよかっただろうと思うのですが、数字には弱かったみたいで、三期連続で赤を出して更迭されてしまい、私があとを引き継ぎました(笑)

ユーザーID:6714355671
追記です
大人です(トピ主)
2018年10月24日 6:07

正しくは、

「十で神童十五で才子二十歳過ぎれば只の人」

のようです。

高校1年生の出来事でした。

世界地図の大西洋をじっと見ていて、アフリカ大陸の西側の凹みに、南アメリカ大陸の東の凸が、はまるように思いました。

のちに、ヴェーゲナーの大陸移動説を知って、俺って才子だった?

ふと、そう思いました。

もう、何十年も前に読んだ本の話なので、あてにはできない事を、はじめにお断りします。

アメリカの実験物理学者カール・デイヴィッド・アンダーソンは、陽電子(+の電荷を帯びた電子)の発見で、ノーベル賞を受賞しています。

この事に関するこぼれ話です。

実は、日本の研究者も、陽電子の軌跡(電子とは逆方向の軌跡)を捉えていたそうです。

惜しむらくは、「電子は、えらく跳ねるものだな」と思って、それを見逃してしまったそうです。

日本人の研究者や学生に、探求心の大切さを説いて、奮起を促すための創話のようにも思えます。

名を成す人と凡人の違いなのかも知れません。

それさえ分かれば、気が休まる気がします。

あくまでも、私自身の話です。

ユーザーID:3619568175
思春期の思い出携帯からの書き込み
苔玉
2018年10月24日 8:42

小学6年生の時、スケッチブック一冊分を
自作の詩とイラストで埋めつくしたことがありました。

母親に見つかり「全部自分で創作したの?」と聞かれたのですが
猛烈に恥ずかしくなって「本やマンガから写した」とごまかした私。
母は「そうよね。あーびっくりした。これ自分で作ったんなら大したもんだけどね、ははは」
と言って会話終了。

多分多感な思春期に似たようなことをした人は大勢いたでしょう。
今そのスケッチブックが残っていたとしても稚拙で見られたものじゃないと思いますが、
あのまま詩や小説を書き続けていたらモノになってた?と妄想することがあります(笑)

イラストだけはやめられず、アラフィフの現在イラストのオファーを頂き細々とやっています。

それにしても、小学生で微積分の原型を思いつくってすごいですね。
私は理系センスはさっぱりなので尊敬します。

ユーザーID:1808668194
ありますあります笑
なな
2018年10月24日 10:31

私は大学生1年のときなので、18か19?(ハタチ前でセーフということで)

>話しても信じてもらえないだろう、今更言っても仕方ない、そんなモヤモヤ
に当てはまるので、書かせてください。笑

京都の大学の文学部で、近代文学のレポートを出しました。
たしか、授業でやっていた森鴎外の『舞姫』が必須で、それに加え
短編集のなかの小説をひとつ選んで書け、というものでした。
私は『藤棚』を選んで書きました。

まあまあの自信作で、きっと点数も良いはず、と思って出したのですが、
次の授業で教授が
私のレポートとまったく同じことを講義でしゃべりだしたのです!

「え?!」と驚きました。
だって、それまでやってたのは『舞姫』だったんですから。

突然の『藤棚』そしてその内容・・・

すっごく驚きましたが、
その頃はワープロと手書きのはざまで、
1回生の頃は手書きで書いていたし、控えも証拠もなく
言ったところで・・・と諦めました。

まあ、そんなものなんでしょうね。教授って。
生徒から良い意見が出たら、発表の場のある人が盗っちゃうんだろうな〜と悟りました。

そして教授が自分の意見として発表するくらいなんだから、
さぞかし点数は良いだろうと思いきや、成績はいまいち・・・

「おい!」と心でツッコみました。

ユーザーID:6784222678
リーマン・ショック
金欠気味の古希
2018年10月24日 11:46

三男は金が大好き人間です。サッカー選手とクオンツのどちらが金に成るかを天秤に掛け、クオンツを選びました。そのため、東大理・数理に進み博士号を取得しました。

悲劇は学位取得の半年前に起きました。リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したのです。外資系金融機関で稼ぎを断念し、某メガバンクに就職しました。

年末には父親になります。結構良い収入を得ています。リーマン・ショック、悪いことばかりでは無かったようです。

ユーザーID:7889191297
同じく数学で
ささのは
2018年10月24日 14:11

中学生の時、0(ゼロ)乗が1であることに気付きました。
ついでに言うと、マイナス乗も。
数学の先生に嬉しくて報告しても、「あ、そう。」とだけ。。。
学校の先生は子供の可能性の芽を摘むなーと、高校で習ったときに思い出した記憶があります。

ユーザーID:2922986370
文系だけは天才児
大阪人
2018年10月24日 14:54

小学校低学年にして新聞や母や祖母が持ってた大人向けの小説を読み、教科書はもらったその日に1時間で読破。自分ののみならず1年上の姉の教科書まで読み漁り、姉の代わりに読書感想文を書けば(嫌いな算数のドリルとトレードしてた・笑)学年代表としてコンクールに出すと言われ(姉が必死で先生を止めました)、中高では古文は1読しただけで理解し、全国模試では科目別で4位を取ったことも。(理数系が地を這ってたので担任に嘆かれました…)
受験は文系科目だけで切り抜け、大学1年の時に書いたレポートでは良く出来すぎていたために教授に盗作を疑われるハメになったこともあります。



もちろん今はただの40代のオバちゃんです。

ユーザーID:4207754039
超能力?
あいすどーる
2018年10月24日 15:40

自分でも覚えていないくらいだから、物心つく前だろう、そんな幼い頃。保育園、幼稚園頃か。
たいそうクジ運が強かったそうです。

強かったというより、もはや不思議な力が?
と思えるレベルらしく、
駄菓子屋なんかでは、兄の要望を聞いては、箱の中から狙い通りの景品の当たりクジを「はい、これ」と引いていたため、
よく兄は私にクジを引かせていたんだそうだ。

商店街のガラガラなどでも上位クラスの当たりクジを引いていたらしい。
自分でも覚えているのは、景品が「島倉千代子のコンサート」。
母が好きだったらしく、幼い自分には関心がないのに当てさせられて、一緒に連れて行かれたことだけは覚えている。

そんな能力は、物心ついたと同時期になくなり、
小学校に入ってからは、超能力に憧れるただの子どもになっていたが、
ただ、なぜか20代まではビンゴだけは極めて強かった。

そしてアラフィフの今は、超能力どころか、フツーの能力も衰え。。
せめて筋力をつけなくてはと思うこの頃である。

ユーザーID:5384528842
数知れない
2018年10月24日 15:43

幼稚園のとき、床のフローリングの交点に隙間があるのをみて、「本当は線と線が交わるところには面積は無いはずなんだろうけどな」と思っていました。
小学生の頃ならトピ主さんみたいな例は、数知れなくありますが、「これ今習うとこじゃないんだろうし」と黙ってましたね。
言うと、先生が苦笑いするから、授業の迷惑かと思って。
私は土木の建築事務所に勤めてますが、理系ならその程度はいっぱい居ると思います。

ユーザーID:6895359056
親からは馬鹿にされた話題が多い
pax
2018年10月24日 20:02

現在は爺ですが...

幼稚園頃
海と湖の違いの親からの説明が納得できず.考えあげ抜いた結果、陸と水の境界線をたどって、水側を囲めば湖か池で、陸地を囲めば海と自分で納得した.でも湖と池の違いはわからなかった.
親は少しは公園で友達と遊ぶよう勧めたという.

小学校中頃
先生から質問

1+2+3+4+5+6+7+8+9+10 =

を問われた

1+10=11
2+9=11
3+8=11
...
9+2=11
10+1=11

というところまではわかったが、その後どうしてかわからなくて先生をやきもきさせた.掛け算を教わったあとだけど、この後どうして良いかわからず.いい線いってるけどあかんなぁといわれたと思う.

父親から我々は平面の上ではなく地球の上、要するにボールの表面に住んでいる.その外に星たちが有ると教えた.その時ボールの裏に住むこととどう違うのか違いに判らなかった.どっちに住んでるのかどのようにして確かめれば良いのか両親にしつこく質問して、いいかげんにしろといわれた.これは自慢できることではない.

上記自画自賛です.(笑)

中学時
母が料理しているこの「玉ねぎ」と私が見てるこの「玉ねぎ」(常識的に同じ玉ねぎなのですが)がどうして疑うことなく同じものと認識できるのか不思議でしょうがなかった.
これは哲学の一分野の大事な研究テーマだそうですが、哲学成立の条件の一つに、だれもが一度はどこかで考えたことを研究レベルで行うこと、というのがあることを高校で教わったので、自慢できることではない.

管楽器習い始め、息が足らないので鼻から息を吸いながら吹くことが曲いなりにできそうだったが、お師匠から音楽的ではないと却下.これらは雅楽の笛やウィーンのオーボエ奏者やガラス細工師は当たり前にすることらしい.

上記の考えは冗談を飛ばすときには応援してくれてる気がする.

ユーザーID:3439025781
栴檀は双葉より芳し
大人です(トピ主)
2018年10月24日 20:14

>頭はよかっただろうと思うのですが、数字には弱かったみたいで、三期連続で赤を出して更迭されてしまい、私があとを引き継ぎました(笑)

そうか。

「栴檀は双葉より芳し」は、成功した人にしか言わないのか。

そう思いました。

失礼がありましたら、ご容赦下さい。

ユーザーID:3619568175
本物
大人です(トピ主)
2018年10月24日 23:35

>あのまま詩や小説を書き続けていたらモノになってた?と妄想することがあります(笑)

小学校の1学年上の友だちに、物凄く彫刻の上手い友だちがいました。

おそらく、その道には進んでいないと思うのですが、彼が、そのまま彫刻家になっていたら、どうなっていただろうと、今でも、思い出すことがあります。


>イラストだけはやめられず、アラフィフの現在イラストのオファーを頂き細々とやっています。

苔玉様は、本物であられた、そういう事ではないでしょうか。

ユーザーID:3619568175
両親が気の毒でした
玉藻の前
2018年10月24日 23:47

三歳頃から字を読み始め、幼稚園の時には新聞を読んでいました。最初は父や母に知らない文字の読み方を聞いていたけれど、その内父の辞書を引っ張り出して自分で調べるようになったそうです。小学校一年の時に童話短編集を書き、先生がガリ版印刷(!)にしてみんなに配ってくれました。当然学校の成績はトップ、中学生の時には両親が学校に呼び出されて私の進路について今から考えておくよう勧められたそうです。

今考えると私が特に才能があったわけではなく、他の子供と比べてずっと早熟だったんだと思います。だから高校卒業まではうまくやっていましたがその後は全く普通、大学院を無事に出たのが取柄と言えば取柄、六十三の今では何の変哲も無い婆さまで時折は昨夜何を食べたかも思い出せない事があります。

親は何も言わなかったけどきっと失望しただろうなあ。

ユーザーID:7462165876
井の中の蛙 十五まで
nemo
2018年10月25日 16:34

小学校1〜2年の頃は天才か?と親に期待されていました。
高学年に上がったころは普通の秀才。

中学に入り、授業中は寝てばかりでしたが、
試験前に教科書を見ればクラスで5番には入っていました。

高校に入ったとたん、いつも通り寝ていたら期末で学年ブービーを取りました。
慌てて起きていて勉強するようになり、どうにか中盤までアップ。
何故か文系には強く学年一けたでしたが、理系はぼろめた。
普通の人として卒業しました。

同じレベルの人が集まれば、私ってこんなものなのね、と実感したものです。

ユーザーID:9865241807
天才か・・・・
tora
2018年10月25日 17:41

小学5年のころ、夏休みの自由研究で、「蟹の歩き方」を観察して発表した。

今頃やっていれば、ロボット工学の大家になっていたかもしれない。

生まれた時代が早すぎたんだね・・・・

いまも、奇人変人のままだけど、大して世のお役にはたてなかった。

ユーザーID:8618801407
豈図らんや
大人です(トピ主)
2018年10月25日 21:10

>私のレポートとまったく同じことを講義でしゃべりだしたのです!

>そして教授が自分の意見として発表するくらいなんだから、
>さぞかし点数は良いだろうと思いきや、成績はいまいち・・・

>「おい!」と心でツッコみました。

そうですよね。

そりゃないよ、って言いたくなりますよね。

豈図らんや教授が私であったとは。

なな様の『藤棚』の理解が、ご学友全員の理解するところのものとなったのですから、真の教授は、なな様であった、そういう事かと思いました。

ユーザーID:3619568175
人間万事塞翁が馬
大人です(トピ主)
2018年10月25日 21:15

>結構良い収入を得ています。リーマン・ショック、悪いことばかりでは無かったようです。

「人間万事塞翁が馬」のようですね。

私のような”只の人”とは、大違いのように思います。

ユーザーID:3619568175
自戒。自戒。
大人です(トピ主)
2018年10月25日 21:29

>中学生の時、0(ゼロ)乗が1であることに気付きました。
>ついでに言うと、マイナス乗も。

ピタゴラスは、三平方の定理を発見した時に、牛百頭を神にささげたと言いますね。

ささのは様も、さぞ、嬉しかったのではないですか?


>数学の先生に嬉しくて報告しても、「あ、そう。」とだけ。。。

中学の修学旅行で、有田焼の見学に行ったときの事です。

柿右衛門の絵皿に見入る私の後ろを、担任の先生が、「俺は、皿一つに2千万円を出す気にはならないなぁ。」と言って通り過ぎていきました。

今の私も、そうかも知れません。

自戒。自戒。


>学校の先生は子供の可能性の芽を摘むなーと、高校で習ったときに思い出した記憶があります。

中学生の頃に、世に名の通った学者や芸術家等に触れる事で、その後の人生が大きく変わる、そのような話を聞いたことがあります。

講演等で触れ合うのが一番だと思いますが、それが叶わないなら、本等でも良いのかも知れません。

怠け者の私は、それをしませんでした。

ユーザーID:3619568175
教訓とさせて頂きます
大人です(トピ主)
2018年10月25日 22:43

>私は土木の建築事務所に勤めてますが、理系ならその程度はいっぱい居ると思います。

関孝和が、微積分と似たような考え方をしながら、でも、微積分には辿り着けなかった、そのような話を聞いたことがあります(異論もあると思います)。

また、同じ西洋においても、ローレンツ変換を見出すのと、相対性理論を着想するのでは、やはり、違う何かがあるのでしょうね。

おそらく、あのまま私が考えを煮詰める事が出来たとしても、どこまでも有限に留まっていて、無限の概念には到達する事は無かっただろう、そんな事も思ったりしました。

それが妥当な分析であるかは分かりませんが、一応、それで納得した覚えがあります。

教えて頂いたこと、教訓とさせて頂きます。

ユーザーID:3619568175
ご謙遜を。
大人です(トピ主)
2018年10月25日 22:48

>中高では古文は1読しただけで理解し、全国模試では科目別で4位を取ったことも

全国レベルで何かを成し遂げたことのない私には、凄いとしか言いようがありません。


>もちろん今はただの40代のオバちゃんです。

ご謙遜を。

ユーザーID:3619568175
 
現在位置は
です