二十歳過ぎればただの人

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趣味・教育・教養

大人です

小学校4年生の出来事でした。

先生が、木の葉を取り出して、面積の測り方を質問しました。

答えは、方眼紙を当てて升目を数え、半端な部分は二つや三つでおよそ一つとして数えるというものでした。


私は、その方法では不正確だと思い、大小の四角形や三角形を何処までも埋めていくべきだと主張し、自分だけ、その方法で計測しました。

鉛筆の線の太さや人手による作業である事を考えると、どちらが上手くいったかは、言うまでもありません。


でも、その後、理系の大学に進んで、小学校4年生の私の着想は、微積分に通じるものがあるのではないかと、ふと、思いました。

もしかして、神童だった?

今では、前期高齢者目前のただの人です。


益体もない話ですが、人には言えない自分だけの自慢です。

皆様の、そのような神童話(もしくはプチ自慢)をご披露頂けませんか?

話しても信じてもらえないだろう、今更言っても仕方ない、そんなモヤモヤを吐き出してみませんか?

ユーザーID:3619568175

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  • 全国模試

    お勤めしていた時の社長(一線を退いて、スカウトされて入った雇われ社長で60近かった方)が東大出の秀才で、高校生時代に受けた全国模試の自分の順位を覚えているとおっしゃっていました。

    頭はよかっただろうと思うのですが、数字には弱かったみたいで、三期連続で赤を出して更迭されてしまい、私があとを引き継ぎました(笑)

    ユーザーID:6714355671

  • 追記です

    正しくは、

    「十で神童十五で才子二十歳過ぎれば只の人」

    のようです。

    高校1年生の出来事でした。

    世界地図の大西洋をじっと見ていて、アフリカ大陸の西側の凹みに、南アメリカ大陸の東の凸が、はまるように思いました。

    のちに、ヴェーゲナーの大陸移動説を知って、俺って才子だった?

    ふと、そう思いました。

    もう、何十年も前に読んだ本の話なので、あてにはできない事を、はじめにお断りします。

    アメリカの実験物理学者カール・デイヴィッド・アンダーソンは、陽電子(+の電荷を帯びた電子)の発見で、ノーベル賞を受賞しています。

    この事に関するこぼれ話です。

    実は、日本の研究者も、陽電子の軌跡(電子とは逆方向の軌跡)を捉えていたそうです。

    惜しむらくは、「電子は、えらく跳ねるものだな」と思って、それを見逃してしまったそうです。

    日本人の研究者や学生に、探求心の大切さを説いて、奮起を促すための創話のようにも思えます。

    名を成す人と凡人の違いなのかも知れません。

    それさえ分かれば、気が休まる気がします。

    あくまでも、私自身の話です。

    ユーザーID:3619568175

  • 思春期の思い出

    小学6年生の時、スケッチブック一冊分を
    自作の詩とイラストで埋めつくしたことがありました。

    母親に見つかり「全部自分で創作したの?」と聞かれたのですが
    猛烈に恥ずかしくなって「本やマンガから写した」とごまかした私。
    母は「そうよね。あーびっくりした。これ自分で作ったんなら大したもんだけどね、ははは」
    と言って会話終了。

    多分多感な思春期に似たようなことをした人は大勢いたでしょう。
    今そのスケッチブックが残っていたとしても稚拙で見られたものじゃないと思いますが、
    あのまま詩や小説を書き続けていたらモノになってた?と妄想することがあります(笑)

    イラストだけはやめられず、アラフィフの現在イラストのオファーを頂き細々とやっています。

    それにしても、小学生で微積分の原型を思いつくってすごいですね。
    私は理系センスはさっぱりなので尊敬します。

    ユーザーID:1808668194

  • ありますあります笑

    私は大学生1年のときなので、18か19?(ハタチ前でセーフということで)

    >話しても信じてもらえないだろう、今更言っても仕方ない、そんなモヤモヤ
    に当てはまるので、書かせてください。笑

    京都の大学の文学部で、近代文学のレポートを出しました。
    たしか、授業でやっていた森鴎外の『舞姫』が必須で、それに加え
    短編集のなかの小説をひとつ選んで書け、というものでした。
    私は『藤棚』を選んで書きました。

    まあまあの自信作で、きっと点数も良いはず、と思って出したのですが、
    次の授業で教授が
    私のレポートとまったく同じことを講義でしゃべりだしたのです!

    「え?!」と驚きました。
    だって、それまでやってたのは『舞姫』だったんですから。

    突然の『藤棚』そしてその内容・・・

    すっごく驚きましたが、
    その頃はワープロと手書きのはざまで、
    1回生の頃は手書きで書いていたし、控えも証拠もなく
    言ったところで・・・と諦めました。

    まあ、そんなものなんでしょうね。教授って。
    生徒から良い意見が出たら、発表の場のある人が盗っちゃうんだろうな〜と悟りました。

    そして教授が自分の意見として発表するくらいなんだから、
    さぞかし点数は良いだろうと思いきや、成績はいまいち・・・

    「おい!」と心でツッコみました。

    ユーザーID:6784222678

  • リーマン・ショック

    三男は金が大好き人間です。サッカー選手とクオンツのどちらが金に成るかを天秤に掛け、クオンツを選びました。そのため、東大理・数理に進み博士号を取得しました。

    悲劇は学位取得の半年前に起きました。リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したのです。外資系金融機関で稼ぎを断念し、某メガバンクに就職しました。

    年末には父親になります。結構良い収入を得ています。リーマン・ショック、悪いことばかりでは無かったようです。

    ユーザーID:7889191297

  • 同じく数学で

    中学生の時、0(ゼロ)乗が1であることに気付きました。
    ついでに言うと、マイナス乗も。
    数学の先生に嬉しくて報告しても、「あ、そう。」とだけ。。。
    学校の先生は子供の可能性の芽を摘むなーと、高校で習ったときに思い出した記憶があります。

    ユーザーID:2922986370

  • 文系だけは天才児

    小学校低学年にして新聞や母や祖母が持ってた大人向けの小説を読み、教科書はもらったその日に1時間で読破。自分ののみならず1年上の姉の教科書まで読み漁り、姉の代わりに読書感想文を書けば(嫌いな算数のドリルとトレードしてた・笑)学年代表としてコンクールに出すと言われ(姉が必死で先生を止めました)、中高では古文は1読しただけで理解し、全国模試では科目別で4位を取ったことも。(理数系が地を這ってたので担任に嘆かれました…)
    受験は文系科目だけで切り抜け、大学1年の時に書いたレポートでは良く出来すぎていたために教授に盗作を疑われるハメになったこともあります。



    もちろん今はただの40代のオバちゃんです。

    ユーザーID:4207754039

  • 超能力?

    自分でも覚えていないくらいだから、物心つく前だろう、そんな幼い頃。保育園、幼稚園頃か。
    たいそうクジ運が強かったそうです。

    強かったというより、もはや不思議な力が?
    と思えるレベルらしく、
    駄菓子屋なんかでは、兄の要望を聞いては、箱の中から狙い通りの景品の当たりクジを「はい、これ」と引いていたため、
    よく兄は私にクジを引かせていたんだそうだ。

    商店街のガラガラなどでも上位クラスの当たりクジを引いていたらしい。
    自分でも覚えているのは、景品が「島倉千代子のコンサート」。
    母が好きだったらしく、幼い自分には関心がないのに当てさせられて、一緒に連れて行かれたことだけは覚えている。

    そんな能力は、物心ついたと同時期になくなり、
    小学校に入ってからは、超能力に憧れるただの子どもになっていたが、
    ただ、なぜか20代まではビンゴだけは極めて強かった。

    そしてアラフィフの今は、超能力どころか、フツーの能力も衰え。。
    せめて筋力をつけなくてはと思うこの頃である。

    ユーザーID:5384528842

  • 数知れない

    幼稚園のとき、床のフローリングの交点に隙間があるのをみて、「本当は線と線が交わるところには面積は無いはずなんだろうけどな」と思っていました。
    小学生の頃ならトピ主さんみたいな例は、数知れなくありますが、「これ今習うとこじゃないんだろうし」と黙ってましたね。
    言うと、先生が苦笑いするから、授業の迷惑かと思って。
    私は土木の建築事務所に勤めてますが、理系ならその程度はいっぱい居ると思います。

    ユーザーID:6895359056

  • 親からは馬鹿にされた話題が多い

    現在は爺ですが...

    幼稚園頃
    海と湖の違いの親からの説明が納得できず.考えあげ抜いた結果、陸と水の境界線をたどって、水側を囲めば湖か池で、陸地を囲めば海と自分で納得した.でも湖と池の違いはわからなかった.
    親は少しは公園で友達と遊ぶよう勧めたという.

    小学校中頃
    先生から質問

    1+2+3+4+5+6+7+8+9+10 =

    を問われた

    1+10=11
    2+9=11
    3+8=11
    ...
    9+2=11
    10+1=11

    というところまではわかったが、その後どうしてかわからなくて先生をやきもきさせた.掛け算を教わったあとだけど、この後どうして良いかわからず.いい線いってるけどあかんなぁといわれたと思う.

    父親から我々は平面の上ではなく地球の上、要するにボールの表面に住んでいる.その外に星たちが有ると教えた.その時ボールの裏に住むこととどう違うのか違いに判らなかった.どっちに住んでるのかどのようにして確かめれば良いのか両親にしつこく質問して、いいかげんにしろといわれた.これは自慢できることではない.

    上記自画自賛です.(笑)

    中学時
    母が料理しているこの「玉ねぎ」と私が見てるこの「玉ねぎ」(常識的に同じ玉ねぎなのですが)がどうして疑うことなく同じものと認識できるのか不思議でしょうがなかった.
    これは哲学の一分野の大事な研究テーマだそうですが、哲学成立の条件の一つに、だれもが一度はどこかで考えたことを研究レベルで行うこと、というのがあることを高校で教わったので、自慢できることではない.

    管楽器習い始め、息が足らないので鼻から息を吸いながら吹くことが曲いなりにできそうだったが、お師匠から音楽的ではないと却下.これらは雅楽の笛やウィーンのオーボエ奏者やガラス細工師は当たり前にすることらしい.

    上記の考えは冗談を飛ばすときには応援してくれてる気がする.

    ユーザーID:3439025781

  • 栴檀は双葉より芳し

    >頭はよかっただろうと思うのですが、数字には弱かったみたいで、三期連続で赤を出して更迭されてしまい、私があとを引き継ぎました(笑)

    そうか。

    「栴檀は双葉より芳し」は、成功した人にしか言わないのか。

    そう思いました。

    失礼がありましたら、ご容赦下さい。

    ユーザーID:3619568175

  • 本物

    >あのまま詩や小説を書き続けていたらモノになってた?と妄想することがあります(笑)

    小学校の1学年上の友だちに、物凄く彫刻の上手い友だちがいました。

    おそらく、その道には進んでいないと思うのですが、彼が、そのまま彫刻家になっていたら、どうなっていただろうと、今でも、思い出すことがあります。


    >イラストだけはやめられず、アラフィフの現在イラストのオファーを頂き細々とやっています。

    苔玉様は、本物であられた、そういう事ではないでしょうか。

    ユーザーID:3619568175

  • 両親が気の毒でした

    三歳頃から字を読み始め、幼稚園の時には新聞を読んでいました。最初は父や母に知らない文字の読み方を聞いていたけれど、その内父の辞書を引っ張り出して自分で調べるようになったそうです。小学校一年の時に童話短編集を書き、先生がガリ版印刷(!)にしてみんなに配ってくれました。当然学校の成績はトップ、中学生の時には両親が学校に呼び出されて私の進路について今から考えておくよう勧められたそうです。

    今考えると私が特に才能があったわけではなく、他の子供と比べてずっと早熟だったんだと思います。だから高校卒業まではうまくやっていましたがその後は全く普通、大学院を無事に出たのが取柄と言えば取柄、六十三の今では何の変哲も無い婆さまで時折は昨夜何を食べたかも思い出せない事があります。

    親は何も言わなかったけどきっと失望しただろうなあ。

    ユーザーID:7462165876

  • 井の中の蛙 十五まで

    小学校1〜2年の頃は天才か?と親に期待されていました。
    高学年に上がったころは普通の秀才。

    中学に入り、授業中は寝てばかりでしたが、
    試験前に教科書を見ればクラスで5番には入っていました。

    高校に入ったとたん、いつも通り寝ていたら期末で学年ブービーを取りました。
    慌てて起きていて勉強するようになり、どうにか中盤までアップ。
    何故か文系には強く学年一けたでしたが、理系はぼろめた。
    普通の人として卒業しました。

    同じレベルの人が集まれば、私ってこんなものなのね、と実感したものです。

    ユーザーID:9865241807

  • 天才か・・・・

    小学5年のころ、夏休みの自由研究で、「蟹の歩き方」を観察して発表した。

    今頃やっていれば、ロボット工学の大家になっていたかもしれない。

    生まれた時代が早すぎたんだね・・・・

    いまも、奇人変人のままだけど、大して世のお役にはたてなかった。

    ユーザーID:8618801407

  • 豈図らんや

    >私のレポートとまったく同じことを講義でしゃべりだしたのです!

    >そして教授が自分の意見として発表するくらいなんだから、
    >さぞかし点数は良いだろうと思いきや、成績はいまいち・・・

    >「おい!」と心でツッコみました。

    そうですよね。

    そりゃないよ、って言いたくなりますよね。

    豈図らんや教授が私であったとは。

    なな様の『藤棚』の理解が、ご学友全員の理解するところのものとなったのですから、真の教授は、なな様であった、そういう事かと思いました。

    ユーザーID:3619568175

  • 人間万事塞翁が馬

    >結構良い収入を得ています。リーマン・ショック、悪いことばかりでは無かったようです。

    「人間万事塞翁が馬」のようですね。

    私のような”只の人”とは、大違いのように思います。

    ユーザーID:3619568175

  • 自戒。自戒。

    >中学生の時、0(ゼロ)乗が1であることに気付きました。
    >ついでに言うと、マイナス乗も。

    ピタゴラスは、三平方の定理を発見した時に、牛百頭を神にささげたと言いますね。

    ささのは様も、さぞ、嬉しかったのではないですか?


    >数学の先生に嬉しくて報告しても、「あ、そう。」とだけ。。。

    中学の修学旅行で、有田焼の見学に行ったときの事です。

    柿右衛門の絵皿に見入る私の後ろを、担任の先生が、「俺は、皿一つに2千万円を出す気にはならないなぁ。」と言って通り過ぎていきました。

    今の私も、そうかも知れません。

    自戒。自戒。


    >学校の先生は子供の可能性の芽を摘むなーと、高校で習ったときに思い出した記憶があります。

    中学生の頃に、世に名の通った学者や芸術家等に触れる事で、その後の人生が大きく変わる、そのような話を聞いたことがあります。

    講演等で触れ合うのが一番だと思いますが、それが叶わないなら、本等でも良いのかも知れません。

    怠け者の私は、それをしませんでした。

    ユーザーID:3619568175

  • 教訓とさせて頂きます

    >私は土木の建築事務所に勤めてますが、理系ならその程度はいっぱい居ると思います。

    関孝和が、微積分と似たような考え方をしながら、でも、微積分には辿り着けなかった、そのような話を聞いたことがあります(異論もあると思います)。

    また、同じ西洋においても、ローレンツ変換を見出すのと、相対性理論を着想するのでは、やはり、違う何かがあるのでしょうね。

    おそらく、あのまま私が考えを煮詰める事が出来たとしても、どこまでも有限に留まっていて、無限の概念には到達する事は無かっただろう、そんな事も思ったりしました。

    それが妥当な分析であるかは分かりませんが、一応、それで納得した覚えがあります。

    教えて頂いたこと、教訓とさせて頂きます。

    ユーザーID:3619568175

  • ご謙遜を。

    >中高では古文は1読しただけで理解し、全国模試では科目別で4位を取ったことも

    全国レベルで何かを成し遂げたことのない私には、凄いとしか言いようがありません。


    >もちろん今はただの40代のオバちゃんです。

    ご謙遜を。

    ユーザーID:3619568175

  • う〜ん、再現できていないなぁ

    >母が料理しているこの「玉ねぎ」と私が見てるこの「玉ねぎ」(常識的に同じ玉ねぎなのですが)がどうして疑うことなく同じものと認識できるのか不思議でしょうがなかった.

    いくつの時かは覚えていませんが、高校生以下であったのは確かです。

    私の見ている「赤」は、友だちの見ている「赤」と同じだろうか。

    本当は、私の見ている「赤」は、友だちの「青」ではないかと、悩んだ事があります。

    確かめようとしても、私が「赤」く見えるものを指さして、これ「赤」だよね、と質問したとします。

    友だちは、「青」く見えているはずですが、それが友だちに見えている「赤」なので、うん「赤」だよ、と答えます。

    そのとき、私には、この問題の答えが、はっきり分かりました。

    でも、解決したので、それっきり忘れました。

    しかし、それが落ちではあんまりですので、覚えている限りで再現します。

    私が、「赤」を見て、暖かく(熱く)感じたとします。

    友だちは、「青」を見て、やはり、暖かく(熱く)感じたとします。

    このように、私の「赤」と、友だちの「青」が、どこまでも区別がつかなくなったとします。

    これすなわち、私に「赤」く見えているものは、友だちにも「赤」く見えている事を意味します。

    う〜ん、再現できていないなぁ。

    ユーザーID:3619568175

  • ご両親は、きっと、安心されたのではないでしょうか

    >大学院を無事に出たのが取柄と言えば取柄

    >親は何も言わなかったけどきっと失望しただろうなあ

    ご自慢のお子様だったと思いますよ。

    子どものうちは良いとしても、長じては、子どもには、人並みの幸せを願うものかも知れませんね。

    ご両親は、きっと、安心されたのではないでしょうか。

    ユーザーID:3619568175

  • なんだかなー

    トピ主様の思いついたことは葉の中の正方形を無限に小さくして足して行き同様に葉の外の正方形ら無限の小さな正方形を引いていくと両方の値は一定の値に収束しそれが葉の面積になるということでして微積の前の段階の極限値のはなしではさみうちによる極限値の決定になると思います。微積なら葉の面積は葉を限りなく細く切りそれを長方形として面積を計算して全て足すことになると思うのですが。私はこの方法で5年生のとき円の面積は半径かける半径かける円周率であることがわかりました。しかし、二十歳過ぎればただの人、不惑過ぎればダメオヤジ、50過ぎれば物忘れが始まりました。

    ユーザーID:2388160828

  • 文系、理系って、不思議ですね

    >何故か文系には強く学年一けたでしたが、理系はぼろめた。

    私は、理系でしたが、日本史が好きでした。

    一方、工学系(理系の範疇?)には、全く関心がありませんでした。

    文系、理系って、不思議ですね。

    それにしても、学年一けたは凄い。

    ユーザーID:3619568175

  • お後がよろしいようですね

    >微積なら葉の面積は葉を限りなく細く切りそれを長方形として面積を計算して全て足すことになると思うのですが。

    どこまでも木の葉そのものに近づけるような幻惑に憑かれたのだと思います。

    はたして、そこから無限の概念に到達できたか、そこが自分でも興味があった、そのような事だと思っています。


    >私はこの方法で5年生のとき円の面積は半径かける半径かける円周率であることがわかりました。

    丁寧なレス、ありがとうございます。

    お後がよろしいようですね。

    ユーザーID:3619568175

  • 先生が教えたかったのは「方法」

    先生が教えたかったのは、不定形なものの面積を算出する「方法」だと思います。

    升目を小さくすれば、それだけ精度があがることは確かです。先生のやり方は、精度は荒いが、その方法は「不正確」ではありません。

    ユーザーID:6033771613

  • 円の面積の思い出

    円周率を習う小学高学年ころだったと思いますが...

    先生曰く:
    知りたい円周の円に内接する正100万角形の周辺は円周に近づくと思わへんか?1億角形はもっと近づくと思わへんか? 思うやろ?! なぁ?!(実際もっと子供向けの言葉だったかも)

    私たち思う:同感

    後ででは円の面積は?と問われたものの、結果だけ教えてくれた.
    思ったよりも簡単な式だったので何かわけがあると思い、先生の手法を真似て
    まず正何万角形の面積は、その一辺を底辺とし、その底辺を直行して円の中心を通る線の長さの高さの二等辺三角形の全部の和と考えたわけ.



    正何万角形の面積 = (正何万角形の一辺の長さ x 高さ ÷ 2) x 何万 

    正何万角形の一辺の長さ x 何万 = 正何万角形の周辺の長さ

    だから

    正何万角形の面積 = 正何万角形の周辺の長さ x 高さ ÷ 2

    と解り

    高さは計算できなかったけど、正何角形の角数が幾らでも増えれば増えるほどどんどんと半径に近づくと思った.

    同様に周辺の長さは円周の長さに近づくとの先生の手法を思い出し

    結局面積は

    円周 x 半径 ÷ 2 = 2 x 半径 x 円周率 x 半径 ÷ 2
    = 半径 x 半径 x 円周率

    と納得した覚えがあります.

    今になって、円の面積はその円周を底辺とする高さ半径の三角形と同じ面積と思うと感慨深いものがあります.円って三角形(高さと底辺の比が円周率の2倍の二等辺三角形)が丸虫のようにくるまってるようで可愛いと思えます(笑)

    私職人、現在細々とパート勤務の耄碌爺.考えることより感動することが増えてます!

    ユーザーID:3439025781

  • モジュール

    モジュールの概念という点では、先生の、単一のマス目を数える方法も、あなたの大小のマス目を数える方法も、全く同じです。
    なぜなら、多分、どちらのやり方でもセンチメートルかミリメートルの単位を使ったであろうから。
    大小の正方形を使っても、それぞれを同一単位の定規で測るなら、より細かい単一のマス目をより細かく区切って測っている、というだけのことであって、先生のやり方から出ている訳ではありません。
    不定形なものの面積や体積を測るとき、やり方を知らなければ、まず、トピ主さんの方法をとるのが普通だと思います。
    バラバラのコップに入った水は、そのまま一つ一つ測るのが普通の小学生のやり方。
    でも、先生は、マス目の入った大きな水槽に全部入れてみて、それから測る事もできる、という事を教えたかったんだと思いますよ。
    全ての体積は統一された単位を使えば一括して測る事ができますよ、というモジュールの概念の第一歩を教えようとしてたのです。
    だから、同じ単位を結局使うなら、より手間のかかる方法を最初にとるのは、むしろ幼稚な方法だと思います。
    トピ主さんが、この紙を切り抜いて、重さを測れば正確に面積も出るね、といったなら、小4にしてはすごいかも。

    ユーザーID:8163891106

  • 授業の主旨

    その授業では、「平方センチメートルの理解」が主旨だったんでしょうね。
    平方センチメートルというのは、縦横1センチの正方形の面積です。
    その面積は、単位として、あらゆる面積の量を表すのに使います、という基本的概念の解説です。
    マスメを使って平方センチメートルをビジュアルで説明してたのでしょうね。
    だから、その単位を使って様々なやり方で測ろう、というのはその主題の1番目の授業の主旨じゃないです。
    先生がいちからみんなにわかりやすく単位の概念説明してるのに、話の腰を折って、こっちのやり方がいい!とか騒ぐ男子、居ましたね〜。
    とりあえず、先生の聞いて、それから個人でやってほしかったです。
    それ、次のページに書いてあるし、そんなに細かくやりたいならもっと小さい平方ミリメートルって単位もあるけど要旨は一緒だし、と冷たく見てた女子でした。

    ユーザーID:0942870799

  • 赤と青のお話

    トピ主さんの色のお話を読んで、
    似たような事を思った事があったので、
    思わずレスしてしまいました。

    私の場合は、食べ物でした。

    同じものを食べているけど、他の人も同じ味なのだろうか?
    もしかしたら、感想が一致しているだけで、実は感じている味が全く違っているなどという事はないのだろうか?
    と言う感じです。

    う〜ん。確かに説明が難しい(笑)

    ユーザーID:7015120239

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