ひとりで食べる夕飯

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トピ主のみ1

Keiko

話題

私が子供の頃、
都心まで通勤していた父は、仕事帰りに和菓子屋に立ち寄り、お土産片手に帰宅することがよくありました。
うちから3分のところに住む祖父母(母方)の分も忘れずに買ってきては、私に持っていくよう言いました。
「おばあちゃん、これ少しだけど」
私はいつも決まって玄関先でこう声を掛けます。
「上がってらっしゃい」と返事があります。
大体夕飯どきで、お膳にはのっぺ汁と、ほうれん草だか小松菜のお浸しと、パックに入ったお刺身が見えました。
石油ストーブの匂い。その上に乗せた鍋から煮物の甘い匂い。
祖父は「いつもありがとさん」と微笑むと、視線を再びテレビに戻しお酒をクイッと飲みました。
『水戸黄門』です。
「ええい、この紋所が目に入らんか」「ははあ」とひれ伏すシーン。
祖母は「一緒に食べるかい」と、お箸をおいて私の返事を待ちます。
「ううん、またこんど」と言ったものの、すぐに帰るのは悪い気がして、ちょっと座って黄門様を見ます。
すぐに退屈になって「じゃあまたね」
「おばあちゃんちで、今度一緒にね、ほんとだよ」と祖母。

あれから40年経ちました。
最近、水戸黄門の再放送見ながら夕ご飯を食べています。
昨日煮た里芋の残り、昨日茹でた枝豆の残り、冬瓜のしょうゆ漬け、
ゴボウを入れた肉豆腐(食べきれないのでまた明日)。赤ワインをグラス半分。飲み終わったらご飯半膳。
食後に冬季限定のチョコをひとかけ。のつもりが四かけ。
ドラマのエンディングテーマが流れ、薬を飲んで終わり。
毎回「由美かおるさんって、なんて美しい方なんだろう」と感心し、
「一回ぐらいおばあちゃんちで夕飯食べればよかった」としょんぼり。
いや、いや、いや。
「夕方に孫がフラッとやってきて、向島やら日本橋の老舗の和菓子が届くなんて、それはそれなりに幸せなことだ」
と、子供も孫もいない私は思います。

ユーザーID:1575297113

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  • 一年経ってしまいました。お礼が遅くてごめんなさい。

    今日も水戸黄門(再放送)を見ながら夕食を頂きました。
    昨日作り置きしておいた茶わん蒸しを湯煎で温め直し、イサキを焼いて、ナスとピーマンの油いため。冬瓜の煮物。
    赤ワインを飲みながら頂きました。
    食後に戸棚におせんべいを一枚取りに行って、また口さみしくなって取りに行って。
    そんなことを繰り返しているうちに「何か変」と胸騒ぎがしたんです。
    似たような場面をどこかで読んだ気がしたのです。
    読んだのではありません。
    書いたのです。
    トピのことを思い出したのです。
    焦って探したらありました。
    なんてことでしょう。
    一年前の昨日と同じように、私、冬瓜食べているんです。

    お礼を書きます。
    皆さん、読んでくださってどうもありがとうございます。
    一年あっという間でした。
    色々ありました。
    老親の介護が始まりました。定期的に遠距離介護に行っています。
    無理しないと決めているので、今はとりあえず、ハッピー介護なのですが、
    それでも自宅へ戻ると疲れが出てしまい、休息(ぐうたら生活)します。
    この夏もそのつもりでいましたが、台風と大雨で三度の被災。
    周りを見渡せば、うちなんかより気の毒な家々がたくさんありますから
    「これくらいで済んでよかった、命が助かって良かった」というレベルです。
    停電も1週間経験しました。
    一年前には想像がつかなかったことばかりです。

    でも、
    去年と同じように、今日も美味しくご飯を頂きました。
    一人の夕食ですが幸せです。
    「人生、楽ありゃ苦もあるさ」って思います。
    くよくよして、へこんで、涙して、
    結局、なるようにしかならないことが多いです。

    だからこそ、美味しく楽しく自分に優しく、ご飯頂きます。
    皆さんの食卓に幸あれ!と願います。

    ユーザーID:1575297113

  • ありがとう

    なんと温かい文章を書かれる方でしょう。
    読んだこちらまで温かい気持ちになりました。
    子供の頃の記憶。遠い昭和の。
    石油ストーブの匂い。煮物の匂い。冬の匂い。
    記憶が匂いを、匂いが記憶を思い出させる、今年もそんな時期になりました。

    誰といても何人でいても、孤独な人は孤独です。
    トピ主さまは豊かな柔らかい心をお持ちの優しい方なのではないでしょうか。
    美味しそうな夕飯ですね。
    私も、子も孫もいませんが、明日から温かい夕飯を作りたいなと思いました。

    ユーザーID:9639461938

  • 私も横レス

    食事を共にする機会がありながらしなかったのは残念…というコメントがありましたが、「あえてしなかった」わけではなく、現実に食べようがなかったのでは…と思うのですが…。
    お父さんが帰ってきてお土産があった時、つまりは不定期にそのお使いが発生していたんですよね。
    祖父母宅も食事時という事は、割と早めの時間、トピ主さん宅はお父さんが帰ってきて間もない、こちらももう少ししたら夕食、みたいな時間帯では?あるいは、遠距離通勤のお父さん(「都心まで」という表現から推測)、もしかしたら残業ありだったのであれば、子供達はすでに食べていた後の時間帯なのかもしれませんが。
    どちらにしろ、お祖母ちゃんのところで一緒に夕食、というタイミングではないと思います。家では自分の夕食も用意してあるか、あるいはもう食べちゃった後、という状況であれば。
    もちろん母方の祖父母だそうですし、祖父母宅からお母さんに電話をかけて、食べて帰るように伝えることもできますけど、まだ小さなトピ主さんがそこまで気が回るとは思えないし、祖母も、そこまではしなかったという事ですからね。
    そしてぶっちゃけ、お年寄りの夕食のメニューは、子供のトピ主さんには、わざわざ食べて帰ろうと思うほど魅力的なものではなかったでしょう。これは仕方がない事だと思います。
    そこまで子供の頃のトピ主さんに求めるのは難しいと思います。

    ちなみに私の幼少期は、水戸黄門は夕方の再放送と夜の本放送がありました。時間はうろ覚えです。

    そして今私は一人でご飯を食べる事も割とありますが、まだそこまでさびしくはありません。でもいつかはそうなるのかな。

    ユーザーID:8808071454

  • うーんリアル

    私も、夕食時の祖父母宅に居ることが多かったです。
    両親が共働きでしたので、帰ってくるまで居させてもらいました。

    父が末っ子長男で、高齢になってからの子でしたから、当時の祖父母はもう
    かなり年をとっていたと思います。
    だから、夕食も早かったです。

    なぜか、こたつの感じとかストーブのにおいとか、麺から作る煮込みうどん
    とか、おやつに出された神棚からおろしたお繭玉を煮つけたお団子とか、
    冬の記憶ばかりなんですよね・・・なんでだろう?

    だいたい、夕食の準備で黄門様(もしくは大岡越前)の再放送、夕食時に
    大相撲、無い時期はアニメの再放送でした。(ガンダムとかやってました)

    そうそう、学校を風邪で休んだ夕方、祖父母宅で聞く大岡越前のテーマ曲は
    体調不良と相まって、かなり寂しくなったものです。

    高齢の祖父母も、こんな孫を預かって大変だっただろうな・・・


    ああ、それにしても

    >食後に冬季限定のチョコをひとかけ。のつもりが四かけ。

    これがいちばんリアルですね・・・

    ユーザーID:2852684897

  • 横レスですが…

    こぐちゃんさん

    トピ主さんよりちょっと年下の者ですが、
    「水戸黄門」って、夕方の時間帯に再放送がやっていたりしませんでしたっけ?
    私自身、夜20時代に観たことはないのですが、
    学校から帰って、テレビをつけると時代劇がやっていたような記憶が…

    ユーザーID:0721118489

  • 残念な思いがします

    トピ主さんのおじいさんやおばあさんは、いつも寂しかったでしょうね。
    高価なお菓子をもらうことよりも、孫と一緒に食べる夕飯のほうが価値があったと思います。
    私が生まれる前に、両親の父母はすべて他界していましたので、祖父母に会ったことさえありません。
    食事を共にする機会がありながら、あえてしなかったのは、残念なことだと思います。

    ユーザーID:2098151855

  • 水戸黄門様…

    娘が幼い頃、時々実家に預けることがありました。
    一人娘で嫁いでしまったことを申し訳なく思っていたのですが
    幸い夫の実家も同じ市内で、私たちはちょうど中間地点のマンションに住んでいたため
    孫娘がせめてもの両親の慰めにもなろうかと。

    夕飯まで食べさせてもらった娘を連れて帰る際、よく回らない舌で
    「おじいちゃんはいつも「いとこうもん」みてるんだよ」と話すのを聞かされました。
    父に話すと「良く見てるなあ、何だか情けないじいさんだな〜」と嬉しそうに苦笑していました。

    そんなかわいい孫娘の花嫁姿を見たい、ひ孫まで見たい、と意気込んでいた元気な父でしたが
    その願いは叶いませんでした。

    娘はおじいちゃんが天国に旅立ったあと数年後花嫁さんになりました。

    今は夫と二人「おたがい今までより量が食べられなくなったねえ」なぞと話しながらそそくさと夕食を済ませます。
    食後時々BSで再放送の黄門様を観ながらふと父と娘の思い出がよみがえったりします。

    トピ主様のレスを読み少しは親孝行ができていたのではないかと心が温かくなりました。
    ありがとうございました。

    ユーザーID:1041423540

  • 光景が浮かびます

    素敵な文章ですね。
    風景がはっきり浮かんできます。風景だけじゃなくて、音や匂いまで、自分もそこにいるかのように。
    暖かくて切なくて、同世代としてジーンときました。

    ユーザーID:3961951330

  • ほろりとしました

    おばあさんの思い出と一緒に晩酌されてたんですね。
    そんな夕餉は、少しさみしいけれど、
    御自分で手作りされたお気に入りの一品を
    ふと思い出したことと一緒にしんみりと楽しめる
    素敵な時間でしょうね。

    幼いころの家族の思い出とは、遠くに行ってしまったけれど
    お料理の支度や石油ストーブの匂いで、すぐそこに蘇ってきそうですね。
    私も一人でおでんを作って酒を飲んでいるとき、
    呑兵衛だった亡き師匠を急に思い出し、師匠の思い出と会話しました。
    それは確か冬の入り口の日でした。
    今頃は、ちょうどそんな季節なのかしらと思います。

    ユーザーID:4984951186

  • うふふ

    ふんわりと心温まる思い出をつまみながら静かにご飯を食べる一時

    いい思い出があるということ、しみじみ幸せなことだと思います

    ユーザーID:4216034340

  • 私も一人

    73歳の女性です

    母は私が25歳の時に他界し
    父は私が52歳の時の他界し・・・
    兄妹も子供もいない私は
    52歳から20年以上食事も
    庭掃除も簡単な修理も一人でします

    時折寂しいな〜って思いますが
    今更どうしょうもならないので
    あきらめ半分でドーンと生きてます

    従妹と友達、ご近所の方々が心の
    より所ですが自分で出来る事は
    自分で・・が、モットーです

    さて、今日は犬を通じて友達になった方の
    お家へおやつ持参でお邪魔します
    おしゃべりが生きがいですわ

    ユーザーID:2851076134

  • 良い幼少期を過ごされましたね

    都心の旧家、大所帯で過ごしました。
    主様のご年齢はわかりませんが、過ごしてきた時代がかぶっている気がしました。

    家族はすべて鬼籍に入り、訪ねて来る人も減り、たまの来訪者は厄介事を持込むようなご迷惑様ばかりになりました。

    「少しばかりですが」「些少ですが」などの口上の後、お品を渡すことは以前はよくありましたが、最近はどうなのでしょうね。

    四半世紀以上、孤食生活を送っている私はこのトピのお陰で懐かしくなりました。
    主様、ありがとうございます。

    母の車の送迎で女子小学校へ通った頃を思い出しました。
    当時は毎日のように誘拐事件が大きく報道されていて私どものような一般家庭でも親の車の送迎はよくあることでした。

    時々、母方の祖母がタクシーで校門脇で待っていてデパートに寄って好きな学用品を選ばせてくれました。
    命のバトンは繋げなかったですが、当時の幸せを振り返り、鬼籍の皆にありがとうの気持ちです。

    ユーザーID:0156329237

  • ありがとう。

    わたしもなんだか 自分の子供の頃 祖母をおもい出してしまいました。
    ちょっと切なく、でもほっこりするお話ありがとうございました。

    ユーザーID:2766632383

  • 最後の数行

    私もそう思います。

    誰かが気にかけてくれるってそれだけで幸せ。
    孫がちょこんと横に座って一緒に水戸黄門を見てくれる。数分だけでも幸せな時間だったでしょう。

    幸せってそんな些細なことの積み重ね、かな。

    ユーザーID:1970302154

  • ちょっと遅い時間ですね

    水戸黄門はTBSで月曜の夜8時からだったと思いますが、印籠が出てくるところは終わり頃ですよね。
    8時40分とか45分ぐらいでしょうか?
    夕ご飯にしても、子供にお使いに行かせるにしても、随分と遅い時間ですね。。。
    夕ご飯を一緒にも何も、普通もう食べちゃってますよね?
    もしかして地方で放送時間が違っていたのでしょうか。
    スミマセン、なんか気になりました。

    ユーザーID:3293759310

  • 同い年ぐらいでしょうか?

    Keikoさん、こんにちは。私は51歳、現在アメリカに住んでいます。
    平成という響きに慣れないまま、その平成も終わりを迎えようとしている昨今、小学生時代の昭和が懐かしく蘇ってきます。
    自転車に乗ってお稽古事に行き、今の季節だと帰る頃はもう日が暮れていて、よその家の前を通るとプンと夕食が匂ってきて。
    今は車社会に生きており、夕暮れの中を徒歩で帰ることなんてありえない生活になりました。
    携帯ゲーム機も無い時代で、放課後は校庭か公園で友達と遊び、みんながみんな「全員集合」や「ザ・ベストテン」を見ていた時代が無性に懐かしくなります。
    そう、石油ストーブの匂いも。

    NHKのフックブックロー(もう放送は終了しました)の最後に流れていた『おもいで書店』という曲を聴くと、小学生の頃のことが思い出されて懐かしさに浸ってしまいます。
    もしご存知なかったら、検索して聴いてみて下さい。

    ユーザーID:0956578516

  • すてき

     上質な短編小説を読んだ感覚です。詩と言っても、良いかも知れません。

     丁寧に生きていらしたんだろうな。

    ユーザーID:7759559881

  • 幸せな光景が目に浮かびます

    幸せな子供時代をお過ごしになったんですね。
    穏やかでほのぼのした情景が目に浮かびます。
    トピを読んで、なんとも言えないあたたかな気持ちになりました。

    私には幸せな記憶は数えるほどしかありません。
    結婚していますが相手には苦しめられて来ました。
    子供はそろそろひとり立ちです。

    私も1人でご飯を食べますが、その1人ご飯が今は幸せです。

    ユーザーID:2871778686

  • そっかあ。

    Keikoさん、秋ですね。
    寒くもなりました。
    人恋しい季節です。
    昔の思い出を思い出していたんですね。
    そうですね、一回ぐらいおばあちゃんちで夕飯食べればよかった

    老舗の和菓子も喜んだろうけど
    あなたの顔を見て嬉しかったと思いますよ。

    私は60歳になりましたがKeikoさんは
    まだ50歳でしょう。
    私の祖母の思い出といったら
    頑固で怒りっぽく口やかましい祖父に一言も反対の意見を言わず
    私達に絶えずニコニコとしていたことでしょうか。
    祖母が亡くなったときに祖父が一番悲しくて後悔していたのを
    見ていました。

    ユーザーID:1562232832

  • レスします

    優雅な夕食ですね。
    この間、何かのテレビを見ていたら、
    一人暮らしの人は、自分の前に鏡を置いて食事をすると良いと言っていました。

    寂しくなりがちな一人の食事を、鏡に映る自分の姿を見ながら食べる事で、
    姿勢が良くなる事と、精神的にも良い効果が有るそうですよ。

    貴女の場合寂しいとは仰って居ませんが、試してみては如何ですか。

    ユーザーID:5129315179

  • 短編小説のよう

    一人でゆっくり食事を味合う様子が豊かで大人の世界ですね。
    忘れ得ぬお優しい方々に囲まれたkeikoさんの子供時代を思う食事風景は、幸せで少し切ない味がしました。

    ユーザーID:4317961274

  • 私もひとりご飯です

    短い小説を読ませてもらったような感じです。

    私もトピ主さんと多分同じか少し上くらいの世代。
    6人で賑やかに暮らしていたこの家も、義父が亡くなり子供達が巣立ち夫はまた単身赴任。
    義母と私二人暮らしの生活です。
    とはいっても好きに自由に暮らしたい義母とは、階を分けて生活は別にしていますが。
    お金や生活の細かい管理は助けてあげて後は見守る形です。

    最近は丈夫な義母も歳には勝てず、通院の度に私が付き添うのが通常になりました。
    待合室で待ちくたびれた義母がポツリと一言。
    「この頃はもう水戸黄門も見なくなったよ」
    どうしたんだろう?あんなにずっと見てたのに。
    そういえば、最近のお義母さんはやけに良い人になったな。
    半年前までは問題行動ばかり、感情と衝動で生きてる感じだったのに。

    夫の転勤が決まった時は、真っ先に義母のことが気になりました。
    私一人で大丈夫だろうかと。また暴走したら困るなと。
    でも逆にこういう状況になったということは、お義母さんに心配なことはもう無い。
    そういうことなのかもしれないとも思いました。
    今のところ後者の方が当てはまっている状況です。

    結婚しても子供がいても私は今ひとりで夕飯を食べています。
    いずれ夫が定年を迎えたり孫ができたとしても、
    今後の私の夕飯はひとりで食べる時が一番多いのだろうな。
    私もトピ主さんと同じく食後の粒チョコを口中で溶ろかせながらそう思いました。

    ユーザーID:5514559973

  • たまに一人ですよ

    4人家族が単身赴任や就職で今は下の子と二人ですが、もう大きいのでいないことも多く、一人の夕食は仕事帰りに買ったものが多いです。普段は買わないレバー(皆嫌うので)とかちょっといい肉や魚でビール1缶開けたらワインもちょっと飲んで心浮き立ちます。
    一人もいいもんだ。

    ユーザーID:3802936271

  • 胸が熱くなりました

    発言小町を見始めて一年、60代の私には、驚きの連続でした。
    毒親という言葉もここで知りました。

    自分は善意で行っている事が、「小さな親切、大きなお世話」と思わせる文章を、自分が攻められているような心地でハラハラしながら読んでいました。
    今日この文章を見て、胸が熱くなりました。

    優しい心の持ち主なのですね。
    心が救われました。
    ありがとう!

    ユーザーID:6843073767

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